リリアン女学園には高等部から入学してきた外部の人間だったので、簡単には馴染めなかった。お嬢様の温室
ならではの洒落た話題にゃ相槌さえ難しかったんだ。

二条乃梨子は苦笑とストレスが溜まる日々をおくって、やがて諦めるようになっていた。
つ、つっこみたい・・・あんたら実の親にもそんなに行儀いいのかと。
わたしの内心も知らず天使たちのような純正リリアン育ちの彼女たちの気遣いもあって、リリアンとは一線を
おくことにも慣れた。ほかにも数名、勉強だけしに来てるリリアン生徒、私のような例外がいたことは救い。
二酸化炭素とか色々足りないいんじゃないかね?
ここリリアンの清浄すぎる空気に高山病になりかけもしたけど私は元気です、神経が図太いとか言うな。
再びの頭痛はスール制度を教えられて、憂鬱に酔い気味になった時、深く考える必要なんてないとか。三年の
我慢はできるのか?女子高はどこもこんな感じなのかと思っていたけど、居候させてくれている菫子さんの話
ではそれも違うらしいと言うし、それでようやく自分が取り返しのつかない過ちを犯したと気がついた。
そんなこと最初に言って欲しかった。
自業自得である、二条乃梨子には親族の義理でキープ程度の選択肢だったから碌に調べずに入学したのだ。
姉妹制度なんていうものが存在するなんて思いもしない。
頭の片隅にもなかった進学先に入学してから知って驚いても、自分には関係ないことだと考えて話半分聞いて
いたわけだが・・・。
入学式では成績と性格を鑑みての生徒代表かとおもい、つい務めてしまったけど伝統と格式あるここで目だっ
てしまっては狙われる。妹に飢えた白薔薇さまに。


「不思議だよね志摩子さん。ここだけ桜が咲いてる。
イチョウの木ばかりのリリアンに紛れ込んだ、まるで私みたい」


偶然知り合ったのだ、と思ってた藤堂志摩子さん。
山百合会のことも知らず、白薔薇さまとも知らず、親しくさせてもらってるうちに、いつのまにか妹になるっ
て話になっていたのは予想外のことだった。・・・でもまあそうだよね。私がしっかりしてないと、何処かへ
行ってしまいそうな人だったから、山百合会に隠し事してつもりで実は公然の秘密だったとか、私自身の事件
もあってロザリオ受け取るのも良いかなと思ってしまったんだ。

なんて迂闊。

全校生徒の前であんなにも大っぴらに姉妹宣言したも同然なのに、受け取ったロザリオの重みに慣れはじめた
頃には後悔している。無計画な人生設計してないのに変だぞ?と思い始めた頃に周囲にはリリアンの雰囲気に
溶け込めたと思われていたんだ。それが間違いのもと、わたしの趣味だってそれほど知られてないけどささや
かな芸術鑑賞なのだし、仏像好きでもお姉さまがカトリックでも日本人だから無宗教です。









こんなに早く破局を迎えるとは誰が予想したろう?本命は、一を知って十を語る新聞部がわりかし当たってし
まって困る。次点で志摩子さん本人かな?え?私?んー、革命起こした本人がかすりもしないんだから不思議
だよね?

山百合会で紅薔薇のつぼみにさえ出会わなければ、白薔薇革命を起こすなんて思わなかった。白薔薇のつぼみ
でさえ身分不相応と知らずにいて、満足してたに違いない。
それでも私ってば実力行使の女だもん、奪い取る決意は固かったのだ。真っ黒な志摩子さんがそこまで予測し
ていたのかは分からないけど、贅沢にも白薔薇と紅薔薇を選べた経験がある女なんだ。リリアンでは素人さん
のこんな私が祐巳さまに絡んだら一大事だと思っていたのかな?白いフリして黒さを微塵も感じさせずに妹に
なったんだけど、長続きはしなかった。
返そう、って思ったのはお近づきになりたい手段と目的が変わってしまった後からだけど、祐巳さまに危機が
迫っている今、決断は促された。妹になってお守りしないと。狩人が獲物をむざむざ目の前で盗られてしまう
のは許しがたい。万死に値する。

小笠原祥子はお姉さまなのにスールないがしろにする瞳子を許していた、それでも仲よくしてくれてる祐巳さ
まの優しさを手にしても、なお意地悪してる様は滑稽だ。
一途に憧憬抱いている可南子さんとその予備軍は大勢居るし、わたしは・・・如何する?








そんな状況下では志摩子さんの考えも似ていた、どうせ私たちが協力して守っても最後には抜け駆けするんだ
から、相手の心読むのに長けてる私と最初から織り込んで裏切る志摩子さん。
こんな二人がいつまでも姉妹じゃいられない、そんな利害一致をくみとってあげたんだ。互いに。
っ!
ちょっと聞き捨てなりませんね。私は黒くなんてない、祐巳さまの妹になる為に必要なこと。
かくいう私もすっかり変わってしまったと思う。純粋なリリアンの生徒たちと同じマリア様(祐巳さま)が・・
・なんて思っては、多くのライバルたちに目を光らせてる。

一人目は松平瞳子。ラブラブだった紅薔薇姉妹の不仲の元凶で私との縁もある不可解な髪の女。つい先日まで
は、薔薇のつぼみ狙いなどそぶりも見せなかったのに。
なんだかんだ言って好きなんだから、祐巳さまにメロメロで近しい下級生と言えば名前が上がるのは当然だ。
翻って既に白薔薇ファミリーに落ち着いた私は目立つことしたいとは思わない。
性格上、白から紅へと中々博打がうてなかった。わたしのお姉さまその点すごい。祐巳さまもすごい。
私が躊躇してる間に一気に得点稼いで詰めてきたのが松平瞳子。
妨害もできなかったしお手上げだ、慎重に慎重を期して余計な疑い持たられないように距離保って策士ぶって
た。そんな余裕は無かったのに。ああもう馬鹿め。一時期、というか初対面から眼中に入れずに毛嫌って立場
追い込まれているようだったのに、自己中心主義者の紅薔薇の鶴の一言で首の薄皮一枚希望が残されたのには
愕然とした。
ドーンとぶつかってスールにしただけはある思いつきの女王様、指導してる?祐巳さまを振り回してるだけ?

二人目は、と言っても周りはみんなライバルなわけで、細川可南子はその中で秀でる一人に過ぎない。わたし
そう変わらないと思う。私のアドバンテージは山百合会に所属していること、でも白であることだからねー。
注意すべきは三人目の島津由乃、天使の生まれ変わりのような可憐さの祐巳さま、犯罪的な可愛さで上級生と
同級生と下級生から愛されまくってる祐巳さま、と羨ましき関係を築いてる。
それ親愛とか友情と違うんじゃね?私はそう思うのである。

本当に増えてきた。お手伝いに山百合会に来た人間はどこか無遠慮で、どこか個性が強くて追い出そうにも祐
巳さま自身や薔薇さまたちが引き止める。瞳子は祥子お姉さまとやらに心酔した時期があったのに、どう自分
に納得させているんだ?仇敵、黒幕、奇しくもまただ。紅薔薇の祐巳さま独占が崩せない。
カシャ、とシャッターの音と妙な経緯で知り合った蔦子さまもその一味に入るんだろうか、負けるものか。


「はぁ・・・志摩子さん」

「なにかしら乃梨子?」


日常的に身につけている違和感と心地よかった日々を振り返り、あの美しかった出会いは記憶が美化したもの
だったのだろうか?と名残惜しむ。
首から外し、志摩子さんを見る。
綺麗な笑顔だ。
でもこの人が容赦ないのを知っている。
現状にいたるまでの軌跡を思うとやるせないものが・・・そんな藤堂志摩子さんにロザリオを差し出す。





{ゲット・YU}ケース03.


















「そう、やっぱり私は臆病だったのかしら・・・。
積極的にスキンシップできないし、祐巳さんにもなかなか手を出せない。ダメね。
乃梨子、あなたは祐巳さんから離れなさいという姉の命令に逆らうし・・・これじゃ姉妹になった意味がない
んだもの。最後に死んで頂戴とまで言わないから、ひとつだけ私のお願い聞いてくれないかしら?
コレあげるから、どうかしら?」


「やっぱり黒。
え?それって、貰えるんですか?貰えるんですね。
引き受けますが一回だけですよ、最後ですからね、本当にくれるんですね?」

用心して受け取る。
魅力的な数珠に仏欲がわいて抵抗できなかった、直ぐによくよく内容聞いておけば良かったと反省。

「それじゃこれを返すよ、志摩子さん」

「実は妹レンタルさせてくれって言われてるの、面白そうだからとか練習とか。
あ、もちろん帰ってこなくていいからね?」

「はあ」


なにソレ?
嬉々としてロザリオ渡そうとした手が止まり呆然とする。
姉妹解消することができたと言うのに、私を白薔薇のプレミアつけた古着みたいに厄介な誰かに引き渡すつも
りらしかった。裏切る手駒に手加減なし、最後のサービスかと思い違いさせて突き落とすトンでもない女だ。

妹レンタルなんて頼む相手もつわものに違いない。
黒い志摩子さんにこんなこと頼む相手の性格は窺い知れる、有言実行がすぎるので・・・黄薔薇ファミリーの
誰かさん。すぐ出た結論に憂鬱になる。


「あの人ですか・・・志摩子さんのお友達ですね」

「そうよ、頼まれたら嫌とは言えない相手だったの」

「喜んでいましたか?」

「とても楽しそうだったわ、大変だと思うけど頑張って山百合会の仕事はわたしがフォローしていくから」


遠因は・・・先代黄薔薇さまで引き止めきれない黄薔薇さま、黄薔薇のつぼみは噂にたがわぬ暴走機関車。
黄薔薇さまは的外れに思えるが、意外と妹に関しては盲目で先代から秘密指令でもあったりするのかもしれん。
私みたいなのが妹候補なら面白くなるだろうし、最終的にはギリギリまで私自身の行動制限になる。
誰がレンタルという発想をスール制度に持ち込ませたんだろ?
・・・ああそうですか紅薔薇さまの袖にされた経験が、試用おためし期間だった経験があるからですね。
改めて考えるとアレっすね、紅薔薇さま哀れですね。

それにしてもいつでも自由に祐巳さまと接触できるのがフリーの利点なのに。
前の姉が次の姉に妹譲るなんてのも、白薔薇さまの名前でこの異常事態を納得させる気だろうか?
私はそれでも晴れて姉なし。
元に戻っただけなのに、もう姉妹じゃなくなったのかと思うとリリアンに馴染んだようで寂しいような
気もしたが祐巳さまのロザリオ狙える自由を手に入れたのは嬉しい。

本当にあっという間の破局。
・・・まっ、いいか。
ロザリオは確かに在りし日の姉との絆だったし、祐巳さまのことをめぐって志摩子さんが黒くならなければ
私は今だって真面目に生徒会役員してる、この人を暴走特急SHIMAZUよりは尊敬してる。


「あと、まだ山百合会に手伝いに行くから」

「祐巳さんに会いに来るんでしょ、いいわ。来年も山百合会に居たければ仕事に励みなさい
三薔薇とは別格として生徒たちにも人気でればいいわね?無理でしょうけど」

「それでも、もうグラン・スールじゃないってことだよね。志摩子さんの妹って嫌じゃなかったよ。
今だって祐巳さまのことがなければ」

「いいの。言わなくても分かってる、ふふふ」


妹から別れを言えるようになったのは黄薔薇革命のおかげ。
この件だけは由乃さまに感謝してる。
それに姉の命令は絶対だから、普通なら姉にロザリオを返しなさいと言われるまで
続く関係のはずだったんだ。





次の日。

早速、私が白薔薇のつぼみから紅薔薇のつぼみの妹になってた。
ええと、噂だよ。噂。

祐巳さまとはスールになちゃないんだ、残念ながら・・・それで瞳子には問い詰められるし志摩子さんは笑っ
て否定しないし、あ、あ、ありがたい。ごめん。志摩子さま。陰謀だとか疑ったりしちゃって。
私しあわせになります。
妬まないで可南子さん、親の敵のように睨まれても交代しませんよ。


「それに。
それに、ですわ。
ふ、二股とは見損ないましたわっ乃梨子さんっ」


ぉい。やっぱりかい。
・・・黄薔薇のつぼみの妹にもなってた。

てめ志摩子?
結婚式と葬式が一緒にやってきたんですけど。ど?
かんべんしてください、こっちは慎んでご辞退させて頂きます。
狙いは妹欲しがってる島津由乃に恩売ることと裏切り者の私に潰し合いさせて、自分は漁夫の利ですか?
うう・・・これじゃプラスマイナスゼロ、謀って祐巳さま二人きりにならないと意味ないよぉ。
厄日だ。

原因はグランスール三名の密議に決まってる、提案したのは白か紅か。黄?ありえない。

「どうです?わたしの妹を使ってみませんか?」
「強制的にでも姉の経験積めば変わるものよね。わたしの経験から言えば」
「・・・仲間はずれだなぁ、わたし振られのは祥子と一緒なのに」

そりゃそうでしょう妹を得る経緯は予定調和、んで革命で明らかになった受身体質をどうにかしてくれないと
卒業した姉にいつまでも食われつづけちゃうだろうし。弱いぞ黄薔薇さま。





「いいご身分ですこと!まぁ白薔薇さまに頼まれてのことでしょうけど」


なんか勘違いされてるなぁ、それにつぼみ降りたことは知られてないみたい。
うん。
でも、そうすると祐巳さまと姉妹ってのは嬉しいし瞳子がいらついてるのはそれでか。
由乃さまには会ってないと言うか避けたいし、どうか加奈子さん変な視線を送らないでよ。


「それで噂の真偽はどっちですの?
まさか本当に二人、どころか三薔薇を射止めたとかおっしゃったら・・・わたくし乃梨子さんとの
関係を考え直さないといけませんわ。」

「ストップ。考えすぎだって」


きつくなった目に気おされながらもここは誤魔化しきったけど
後から何人も質問攻めにされて、正直にロザリオ返したとか件の二人とは今日はまだ会ってもいない。
だから、自分は























--------------------------ココまで完了------------------------------------

瞳子や可南子だと拒否されるとか・・・それはないんじゃないかなーそのままズルズル
と姉妹になりそう。
結構失礼なこと考えつつ祐巳さまの横顔見ている乃梨子。

まんざらでもない。
純真蘭万、だし。
良い人、だし。

フィーリングというかシンパシーあるし


好きでもついあたりさわりない言い方する。関心ありませんよって態度とってきた。

「はぁー・・いつまで続ければいいんだろう、いっそのこと二年生三人の輪につぼみ
繋がりで強引に入っていって・・・・・あの親友由乃に感ずかれるか」

「なんでこう祐巳さまの周りは大好き人間で攻めばかりなんだ。
瞳子みたいにアプローチされてしまいたい。一度嘘つくと誤魔化すのが大変難しいもの
なんだな」







◆どうかんがえても志摩子は由乃と乃梨子くっつけるつもりだった。
が、祐巳の天然に乃梨子が逆包囲なわけで。
黒志摩子も白祐巳の天然には勝てないわけです、









◆ここから下はほぼ完成の域。
◆一日の最後に。


調子に乗るな、きっとこれは罠だ。
こんな都合の良いことがあるはずが・・・ない。

噂の対処、黄薔薇のつぼみの暴走を止める為に今日は誰も来ないはずの薔薇の館。
祐巳さまが一人すうすうオヤスミしてる。
めっちゃ安心しきった寝顔です。
おもわず手を伸ばしちゃったりして慌てて他に誰もいないのかもう一度確認。
一気にイケ!っつう、ゴーサインが鳴りっぱなしです。

「・・でも。同意ずみじゃないし・・でも。くちびるを奪える機会は・・・でも。うぅ・・・」

我慢しろって?無理。
それにしても、トロトロでアマアマすぎやしません?
この誘惑には勝てねえよ。
薫子さん、自制心捨てちゃっていいですか?
良いですよと乃梨子、と想像上の志摩子さんも黒いシッポつきのマリア様も笑顔で言ってくれたし!
今更天使の輪っかのマリア様が冷や汗たらしながら祐巳さん起きてェーとか言ってるけど手遅れです。

それでは、いただきます。

「祐巳さま、一年前の私はこんなじゃなかったんです。本当ですよ。
あなたのせいです」

がちゃり

理論整然とした推理をして名探偵が犯人を追い詰めるように、おやすみちゅうの祐巳さまを起こさないように
鍵を閉めて、そーっと近づく。
寝顔を満喫する。
二条乃梨子、厄日の最後に至福の時間をすごす。









くすっ