別れを伝えてから _ _ _ _ _ それから。 _ どれだけ時がたったのか分からない、ふと気がつくと夜空が見える。還ってきた・・世界、シンジは視界の端に写る赤に目を向けた。一人だけだけと思っていたのに。隣に誰か居る。 「・・・アスカ?」 ああそうか・・・僕が無理やり連れて来たのか、綾波がこんな事をする理由は無い。胸が上下して生きている事がわかる。アスカは何を考えているのだろう、あんな死を体験して。目は閉じたままだ。心はあの純粋な憎しみを内に持ったままだろうか? 何をするでも無くじっと見ていた、風が凪いで独特の匂いを感じる。この匂いは懐かしい、でもまさか・・・ゆっくりと振り向くと黒い夜がそこにあった。黒と白、赤と無数の光。原色の死の世界。 「ぁ・あ」 この光景はなんだ?血の海と生命力枯れたエヴァ・・・ 誰も居ないじゃないか、終わってしまった。遅かった?選択を誤った?絶望が闇の奥から這い上がってきて僕に交わる。後悔、ただもう出ないと考えていた涙を流し、アスカが居るべき場所に還す行為をしようとした。すぐに後を追おう。ぎゅっと力を・・・ 馬鹿だ、こんな事して何になるって言うんだ。 僕が無理やり連れて来て、また命を・・・こんなに華奢なのにこんなに傷ついてるのに、最低だよっ!ハハ、僕って奴は・・・ぁぁ救えない。アスカのためにと思い込んで殺そうだなんて僕にとって楽なことばかり選んで。 「ぁ・・・ぅ・・ぅ、なにここ?なんでいるの?どうして?」 「・・・あ、アスカ。・・・ここはわからない、た、たてる?」 すぅと目を細めるアスカ。 「いい」 差し出された手を使わず立ち上がる、歩き出して、振り向くと僕に睨みをきかせながら世界を見渡す。表情は変わらず。 そっけない。 あんなに大きな綾波もエヴァも海も、興味なしといった感じだ。 何か言わないといけないような気がして、ココの事やあれからの事。これからの事を話そうとするが僕はそれほど得意じゃない。口下手だ。 「あそこに見えるのは人工のものだから、たぶん第三近縁だと思う。でもサードインパクトで地形がまるっきり変わってるからネルフも無事じゃないだろうし、エ、エヴァは」 遮られることば。 「もういい。分からない振りして誤魔化そうとしてるの?」 「え?」 「もうここがどこだって、あれからどれだけたったってもう関係無いの。あんた私の首締めたわよね・・・気に入らない、殺すわ」 また優柔不断になっていたら、そう言われてしまった。目を覚ました彼女は相変わらず聡明で、いとも簡単にシンジの儚くも傲慢な期待を裏切り。首を締めて殺そうとした復習を始めた。 「アンタその目で私を汚してたのよね?」 「ぁ」 包帯を取り見える事を確認する彼女、数回瞬きをして自分の握る手を見てから殺意のこもる視線を突き刺す。プラグスーツと白い包帯は出会ったころの綾波のよう。でも、その目は殺意で彩られ意思ある人であることをうかがわせる。 バシッ 頬を張られた。そして、病み上がりだが10年近く軍隊にいた実力は凄まじく素手でシンジの肌を切り裂き傷つける。防衛本能から体を丸めて耐えるシンジ、だが攻撃は続く罵声と断罪を伴って、出血した血液が飛び真っ白な砂に血痕ができる。アスカは量産機に味わされた痛みを、逃げて助けに来ようとしなかったシンジに与える。殺さないように痛めつける、夜が過ぎていく・・・心を焦がすほど憎む相手を傷つけて。 「私はぁっママと一緒に居たかっだけなのにっ、この餓鬼!意気地なし、さっさと死ぬべきだったのよ!生きて居たくなかったら自殺しろ!そんな勇気ないものね、生きてんだか死んでるんだかわかりゃしない。ああ、気持ち悪い」 「ぐぁっ、ぁ」 殴り倒して頬を目を、血まみれにし骨を砕いて。体を壊し続ける。 「なんとか言いなさいよ、縋ってみなさいよっこのっ!この!はっ、吐き気がする。この世界はアンタにゃお似合いよ」 「ぅぁぁ、やめてやめてよっ!あー」 痛い痛い痛い痛い痛い痛い。 「まだ喋るんだ?・・・何回も死に損なってここまで来て、嬉しいわよ。私がアンタを殺せる」 「っ、殺さないで。やめ、うあ゛あ゛ぁぁぁっ、がっ」 「誰が喋って良いって言った?その声、聞きたく無いわ」 女のように細い首を掴む、爪を食い込ませると冷たい目で苦しがるシンジを見る。 ああ、醜い汚い。 離して、顔面に蹴りを一発入れた。 「ぐ、ぐぅ・ぅぅ。げほっ。ぐ・・・はぁ、あぁ」 「あの女も物好き・・・ああ、色好きか。アンタみたいな変態と・・・何処でだってOKだったのよね?盛っていたんでしょ?私が来る前は更衣室で、あとは学校かしら?そこらの草むらの中だって。言いなりになってくれた尻軽女が死んで相手が居なくなったから私?あはは、最低!それにしても・・・こんなに楽だったんだ。こんなに弱かったんだ。本当に!」 綾波と? 関係した事など無い。 依代にされたのだから、シンジの全てが暴かれて責められたのに。アスカに嘲笑されて心を深く傷つけられたのに、もぅ・・・ずたずたのボロボロなのに、アスカが知らない事なんて無いのに。それが盲弁だと嘘だとアスカに正すことができない、言葉を話させてもらえない。 「ぃ・・(痛い・・苦しい、)」 蹴られ、傷口を踏みつけられて気が遠くなっていた。痛みが薄れてく・・・薄く? 意識はあるのに動く事かなわない 「あーぁ、気絶したのか」 アスカの声が聞こえる、悲鳴もあげず反応しないシンジに飽きたのか砂浜を去っていった。ひとりになってしまった。体が自分のものではないような不思議な感覚の中、波音だけが聞こえていた。 _ _ _ _ _ 心を見つめて _ アスカの視点で。心の声をかいていく・・・どうしてこんな所になのか?サードインパクトが起こったからなのか、何故シンジと二人だったのか。 鮮やかな赤の海の中で、みんなの声が聞こえていた。 そして私は出会い別れてを繰り返した、ママ、パパ、ヒカリ、マヤ、加持さん、沢山居た・・・そしてシンジ。夢、夢の中でいろんな所へ行った。 あれは一つになったという事?シンジの声が聞こえた、ミサトの声も・・・みんなみんな助けを求めていた。でも私はシンジを拒絶した。そして・・・首を締められて。 「まったく・・・どうして何もないのよ!畜生!」 黒く焦げた人工物と焼けた大地、変わらない。ずっと前からそうだった様に思う、そしてこれからも。 生命の息吹がない。 歩くけれど何処までも続いているような気になってくる、一人で居る事に不安もこみ上げてきて・・・シンジの事を考える私を叱咤する。知らない。あんな奴知らない。死んで結構。 それからのアスカを 5Kほどかく 朝。 _ アスカは何処かへ行ってしまった、動く事などできない。まだ生きてはいた。痛みの中、やっと息をする。でもなにか違う、昨日よりは良い状態。治りかけてる?そんなはずない。 「は、はぁ・・は・・ぁぁ」 手、指一つ動かせない。 骨も何本が折れてるに違いない、エヴァに乗っていたときは病院の知らない天井だった。 訓練で怪我したときも。 使徒にやられたときも。 でも、今は暑い太陽と・・・波の音。熱さで日射病に成る事を心配するより傷口から血が出るのが止まったのかが気にかかる。アスカに殺されかけた時より楽とはいえ、もぅ生きていけるとは思えない、アスカがここへ帰ってきたら見取ってくれるだろうか?それとも止めを?苦しいはずなのに痛いはずなのにこんな事考えれる余裕があるのか。・・・ああ、そういえば走馬灯見なかったな。 「ん・・」 上手く口を動かす事ができない、喉も酷く自由にならない。声はでるのだろうか? 「ぁ・・あ・・、がはっあ゛あ゛・・ぅ」 駄目だ。 心臓の動き、大きく聞こえる。 日が上り人の骸のような白さを持つ浜に一人、何時までたっても一人、波の音だけ。生き物の音声(オトコエ)は聞こえない。耐えられない熱さになってきて、出血があったよう。 悲鳴を出すことはできないが、太陽が命を削るのを感じて身を日陰に移動させようとする。そんな必死の努力も実らず、体を反転させただけ・・・悪い事に重傷の体はその衝撃でぽとぽとと血を流れ出してしまった。 ゆっくり、ゆっくり・・・そして確実に生き物としての死はそこまで来ていた。 _ _ _ _ _ 日沈み、また月夜。 _ 海、何処までも赤黒く広く広がる現世の海。 その先には亡骸がある、綾波レイの亡骸が。造形がそうなっただけで正確には全生物の母体の遺骸。大きさは死に絶えた惑星、地球を宇宙(ソラ)から眺めても分かるほど大きい。 形あるものいつか壊れる。 それは万物そうであるように、レイの顔も数世紀前の彫像のように所々崩れていた。 _ ぼくは倒れた状態のまま、痛む目で彼方を見る。 感慨も無く二つに裂かれた亡骸を見る。以前とは違い、その顔に何の感情を抱かなくなっていたがそれでも見る。他に目で見て意味あるものは無いのだから。 「・・・まだ生きてる」 かすれた声、でも息は昨日に比べると楽にできる。やはりヘンだ。 音も波音以外無く、動く事も無い世界。 いや、できない。 気が触れてしまうほど切れている光景と、シンジは・・・ 制服は破れ血は白い砂浜に広がっている、そうまだ彼は虫の息だった。 誰の仕業と問う必要は無い、この世界にはもはや二人しか生命は存在しないのだから。 こんな状態になってしまったのは自業自得、彼女にはそれだけの権利がずいぶん前からあったはずだ。今になってようやく、そんな気持ちにもなる。ぼくが夜ごと部屋で行っていた行為は、異性の彼女を酷く不快にさせていたし。時々好色の目で見ていた事もある、するどい彼女は気がついていたはずだ。それに馬鹿にしていた奴に仮にも生を押し付けられたのだから。 思う。 体から出る血を止めるすべはない、内臓をやられているのも感覚的にわかる。普通ならあと数日の命、彼女は戻ってきてくれる事も無ければ治療してくれるなんて夢にも思えない。それにしても・・・こんなに憎まれてたんだ。 殺すほど。 それに・・・ それと・・・ _ もぅ眠いや。 ゆっくり目を閉じると意識は急速に薄くなっていく、波音が子守り歌になってくれた。 眠りについたシンジの傍、シンジの血が波に流れていくと生命の海は人知れず胎動し始めた。 それは小さな粒子だったがLCLの海から出たそれは空へと上り、黒いソラに雲をつくる。やがて急速にその雲は世界に広がり、朝日と共に紺碧の水を降らせた。 ボゥと。 十字架が、地上のあちこちに浮かぶ。そのあとには人が現れた。卵から孵ってのだ、黒き月から。 _ _ _ _ _