ラブひな

第一話、新しい管理人



「ふぅ、困りましたしねぇー」
ココ、道の中央でのんびりとため息つく彼女はお上りさんでした。
しかも、生来の運命からからでしょうか人ごみに揉まれさらわれて駅まで戻ってきてしまったのです。
一時間前に折角買ったばかりの地図を片手に目的地までの半分、温泉地特有の土産物が並ぶお店屋さんのまえまで行ったのですが。
「疲れました、冷たいものでも・・あらっ?」
「あらあら」
プリクラを発見した彼女、マイペースです。とっても。
笑顔のまま、バッグからペットのたまちゃんを取り出すと肩に乗せます。そしてニコリ。
ちなみにこのたまちゃんというのは、珍しい種類のカメでずっと彼女と仲良しさんです。だからペットというより一心同体でした
「いいですねー、また一つ増えました」
いそいそと手帳を取り出してペタリと貼りました、そしてまた笑顔。
幸せそうです、しかしいつまでもプリクラのなかにいてもしょうがありません。もう一度地図を開きます。
「ここが・・駅。そして・・・上ですね、ひなた荘は」
東西南北と表現すべきところですが、迷う距離と順路ではないはずです・・・一抹の不安がありますが。



「知ってますか?今日、新しい管理人さんが来るみたいですよ」
「そら、急な話やな。あの婆さんがいのぅなって静かになったと思っとったのに」
しのぶとみつねはひなた荘の玄関近くにある、茶房でお茶をご馳走になっていた。
ポリポリと柿ピーを食べて暢気そうに、細めの目を垂れさせている彼女は紺野みつね。通称キツネ。
誰が名づけたか分からないのは世の常であったが、しっかりと意味が通っているのでキツネさんで住人の間では通る。
「そうか、もう一週間にもなるか。世界旅行に行ってから」
この趣味の良い和風茶房の若き店主はるかは、たばこを吸いながらそう不思議そうに話し始めた。
居ると居ないとではかなり違うと思っていたが、予想に反してこの一週間は平穏で怠惰な日常が過ぎていっていたのだ。
ひなた荘の住人達は予備校生の成瀬川なるを筆頭に、おのおの普通に生活していた。
「とかく、いなくなると分かるモンだな。みつねも親のように世話になったろうに寂しいか?」
「た・はは・・・、それよりどんな人がなるんや。あの婆さんの親戚やろーけど男か女か?」
態度を繕うみつね、頭の上がらない存在だった婆さんが居なくなったせいでずっとたるんでいた所。
厳しい人やったらどないしよ、男やったらどないしよと考え込んでいる。
新たなる管理人に興味は多々ある様子の前原しのぶ、顔見知りする性格だからだろう。不安そう。
はるかはコーヒーを注ぎ、一口のむと話した。
「なんでも、遠い親戚のお嬢さんだそうだ。最初は孫に継がせようとしたらしたらしいんだが・・」
「知ってるで、確か受験失敗して失踪したんやろ?んー、違ごうたかな・・・酷い性格やったっけ?」
「え?私、みつねさんから山で遭難して未だ行方不明だって聞きましたよ」
「みつね・・・・何をいってるんだ。あいつは今、留学しているらしいぞ・・・あのバカと」
いーかげんな噂好きのみつねを叱咤してから、しのぶに正確な情報を教えててやった。
昔、会ったことのある男の子を思いうかべた。
それと浮かんできたあの男の事の記憶を無視した。
「ふぅ・・・」
ぽわっとタバコの煙でわっかを作ってしみじみと懐かしがり、ぼっーと店の出入り口を見る。
今日はツアー客が少ないので、静かで暇な時間ではあった。



そのころ新管理人に予定されている彼女は、迷っていた。
「ここはどこでしょう?」
新緑の森の中である、どこどうやって来たのか挿し込む光があるだけ未開の地ではないようだ。
はるか向こうに大きな建物が見えるのでとりあえず歩き出してみる。
あれがひなた荘なら幸運ですー、なんて。楽天家ぶりを発揮しながら。
「せいっ、せいっ、はぁっ!」
「なんでしょう、頑張っていらっしゃる様子ですが?」
森の中、素振りをしている少女に出会う。
凛々しい雰囲気と芯の強そうな日本人女性の典型、大和撫子のようだ。
木刀や竹刀ではく、真剣を使っているところと袴姿から凛々しさを感じる事が出来る。もう何時間もしていたようだ。
しかし、その真剣な鍛錬の様子を見てもむつみは動じることなく話し掛ける。
身を入れて止水を扱うので、滅多に人が来ないここに来ている。ソレを知らない彼女は身が危険だとか思えるはずもない。
「あのー」
「はっ!何者!・・女、どうしてこんなところに」
「すみません、ひなた荘はどちらの方向に行けばよろしいのでしょうか?迷ってしまいましてー」
始め気配を悟らせず後ろをとった彼女に警戒した素子だが、おっとりとした様子に気が抜けてしまう。
出遭った事のないタイプだからかもしれない、姉さまは表面はともかく、ひなた荘にも学校にもこんな娘はいなかった。
「わたし、少しおっちょっこちょいみたいで駅から来たんですけど」
「そうか、この道を降りたところにある。見えるだろう?案内してやろう」
迷っていたむつみの予想通り、大きな建物は目的のひなた荘だったらしい。
しかし素子はコンと自分の頭を軽く叩く彼女の様子に、指を刺して教えてやるだけでは心配になったのか案内を買ってでる。
さっきまでの殺気立った様子とは違い、むつみの様子に親切心・・・同情心が湧いてしまったらしい。
「ところでひなた荘に何のご用事か?あなたはなる先輩の知り合いなのか?」
「なる・・・・・・・・・・・って誰ですか?」
散々悩み考えた様子からは、突拍子もない答えが返ってきた。このペースには合わせれない素子。
しかし、素子は根がまじめな性格なのできちんと受け答えする。
「いや、管理人をしていた婆様が長い旅に出かけてしまったし、失礼ですがお幾つになられます?
はるかさんよりは若そうですし、もしかしてみつねさんのお知り合いですか?」
「えっーーーと、あら?あらあら、たまちゃんはいくつでしたっけ?私はえっと・・・」
いきなり彼女のバッグが動き出したかと思うと、小亀が一匹現れてむつみの肩によじ登っていく。
ひょっこりと顔を出したカメに驚く素子、姉さまの次に苦手だからしょうがない。
ココひなた荘で暮らしているのも、実家に苦手の一位と二位が両方とも揃っているのと、学業のため、神鳴流のため。
「カ、カメ!?なぜ・・わわっ、近づけなくても結構ですから」
「ええっと、そうですかー」
「す、すまない」
カメをごそごそとバッグに入れるむつみ、たまも嫌がってはいない。慣れなのだろう。
「・・・・・・・・・・」
「・・・」
「・・・・・・・・・・あのー、どこまで話しましたっけ?」
「まだ何も話して貰っては・・・着いた、湯につかりに来たのなら案内しよう。
生憎、管理人が不在で管理が行き届いている湯のは少ないが。客として来てくれたのなら残念だがもう旅館ではないのだ
そうだ。はるかさんなら何か知ってるかもしれないな・・・茶屋にいってみようか?」
「いえいえ、おかまいなく。浦島さんに用事がありまして」
「浦島?管理人の婆様ならいないが・・しかし、浦島というのはあの婆様だけだった・・・名前はなんというのですか?」
「乙姫むつみです、困りましたねー・・・飛行機の遅れですれ違いになってしまったのでしょうか?」
念のためフルネームを聞いて確認をとろうとするが、
自己紹介をして、手紙を取り出して確認しはじめたむつみ、玄関を入って直ぐの広間に座って持参した水筒から茶をすする。
マイペースを貫くむつみに戸惑う、これが噂に聞く天然かと唖然としつつ身体が汗臭いのに気がつき
一旦部屋に行き着替えを持って湯和見をすることにした。とても悪そうな人間には見えないのでむつみも誘う。
「あのー、今日って金曜日ですよね?」
「いや・・・月曜だが・・・・すまぬが私は汗をかいたので湯に入ってくる、ご一緒にどうか?話もそこで聞こう」
「ええそうですね。えっ?たまちゃんどうしたんですかー・・・ああ、温泉ですねー」



「あれ?素子さん戻ってきたみたいです、もう一足は誰のでしょう?」
「なるやろ、それよりテレビでも見んか?」
「でも、いつもより早い時間ですよ。それより夕食の準備しないと」
「まぁまぁ、そんな冷たい事言わんと」
「でもキツネさん・・あわわあわ」
引っ張られて見に行く、しのぶはあの靴はなる先輩持ってたのかなと考えていた。
見たことないひとが広間のソファに座っていたので、みつねが声をかけた。しのぶは人見知りするのでみつねの後ろにいた。
読んでいた手紙から顔を上げるむつみ、知らない人が二人。
「こんにちはー」
「セールスの人か?昔あったやろ『笑う・・』ってヤツ、違う?じゃあ、意外なとこで素子の友達か?違う?誰や?」
これこれ、それそれと説明するむつみマイペースを崩さず。
ゆっくりと話していく、内容は『東大受験のために上京した事』『親戚の浦島さんにお世話になるという事』
『飛行機の遅れですれ違いをしてしまったらしい事』だった。
「でもな、浦島の婆さん居ないで?んっ、手紙に代理に人に頼んであるってかいたるて?」
「はーいー、はるか叔母さんって書いてあるんですけど」
「姉ちゃん、そこの下の茶屋の店主してるで。いってみよか」
「私は・・」
ずっと、みつねがむつみと話し込んでいたときに何もすることがなくて
落ち着かない様子だったしのぶはみつねに助言をこうが夕食の準備を任せられただけだった。
この場合、みつねが料理をすることをめんどくさがったと言うべきか。
乙姫のカメ姉ちゃんのおもしろそうな事態に、惹かれたというべきか。たぶん両方。
「しのぶはええ、夕食の準備でもしといてーな。この姉ちゃんといってくるでー、面白そうやしな」
「え、でもあのー」
引かれ連れて行かれるむつみは、素子の入浴の誘いを話そうとしたがみつねに強引に連行されていった。
しのぶがその後姿を見て、じゅんびにとりかかろうとすると素子がキョロキョロとしていた。
「あ、しのぶ。ここにいた女の人を知らぬか?」
「あ、そのひとならみつねさんと下のはるかさんの所に行きましたよ。・・連れて行かれたといったほうが正確かも知れません」
「そうか、まぁいい。私はこれから風呂に入ってくる。そういえば成瀬川先輩はまだ帰ってこないのか?」
「はい、そうみたいです」
「そうか、ココの所、大変そうだったな。追い込みか」
風呂に向かった素子、湯和見する時間には早いが温泉という良い環境なので利用しないのも勿体無い。
ココには普通のサイズの風呂がないのもあったが、住人は幸い全て女性。
ゆったりしていると、チャポンと音がする。
「おかしい・・・誰も入っていなかったはずだが」
確かに着替えもなかった、しかし・・・気配がするし湯に波紋が広がってくる・・・・・何か来る!!!
そして、女の子らしい悲鳴が上がった。
「きゃあーーーー!」



「な、なに?」
しのぶは味見をしていた小皿を落としたが気にせず、風呂に直行した。
あの冷静で凛とした孤高を保つ素子さんの乙女チックな大きな悲鳴、何がおきたんだろう?
きっと物凄い事がおきたんだ、ど、どうしよう?
「ななに、この湯気の量は・・」
がーんっ、湯がない!?はっ!?この台風が通ったような後は・・・いったい・・・



「んっ、なんだ?」
「むつみ姉ちゃんや、浦島婆ちゃんをたずねてきたんやて」
「はじめましてー、乙姫むつみですー。母の紹介で浦島さんを訪ねてきたんですがすれ違ったみたいで」
ずいぶんおっとりした娘さんに成ったんだな、なつみさんの娘さんだかららしいと言えばらしいが・・・懐かしいモンだ。
あとはあのバカだけぐらいだな、あの夏の日に過ごした子供達は。まったく大きく成長して。
しかし・・・ムムム、本当に大きくなったな。
「なんや、はるか。乙姫姉ちゃんまじまじ見てー、会った事でもあるん?」
「ああ・・、まぁ子供の時にな・・預かり物があったな、ほれ」
「わたしも知りたいなぁー、住人が増えたら宴会ひらかんといかんしー。管理人代行のはるかさんの許可必要やろ?」
酒が飲める口実が欲しかった遊び人のみつね、しのぶに宴会料理を作らせて
一芸大会でもすればあの固い素子も面白い剣技など見せてくれるかもしれないし、なるの息抜きにも・・何より酒が飲める。
そんなみつねの魂胆が手にとるように分かるはるか『・・・』と、分からないむつみ『???』。
「?えっっーーと、『旅館のことは任せた。不甲斐ない孫よりなつみさんの娘の方が良い。』だそうです」
「やっぱな、あの婆さんならそー言い残すと思っていた」
「はるかさんも世知辛いなー、そん孫一応血つながってんねやろ?」
「あの婆さんの孫だぞ?・・この姉ちゃんとどっちがいい?」
親類である自分を棚に上げて難問をキツネにぶつける。
深く・・深く考え込むキツネ、心なしかはるかからプレッシャーがかけられているような気持ちになってきた。
ここはボケなあかんのか?
プカプカと吸っているタバコの煙を邪魔そうに手で除いて、覚悟を決めてみつねは言いきった。
「うぅーーーーん、・・・・・・・・・・・よっしゃ、まかせとき!ひなた荘のことはやっぱ私が・」
「馬鹿者!」
ボケたキツネにばきっ、とはるかの突っ込みが刺さる。
ちなみに太極拳ではない、それでも破壊力は凄い床にぶっ倒れてしまうキツネであった。南無。
ひなた荘の財政を今日まで引き継いでいたのだ。
普通に経営していればかなりの黒字を産むひなた荘だが、特異な浦島の血筋が経営していたのでとんとんでやってきたひなた荘。
黒字に出来るチャンスをみつねに奪われるわけにはいかない。
ちなみに今までは『特異な住人達からの常識はずれの収入』と『その住人達の行動によって発生する修理費支出』が拮抗していた。
はるか『しかし・・・・おっとりとしたむつみの様子には心配させられる・・・どうしようか、手伝ってやるかな・・・・決めた』
「むつみ、私も手伝って立派な管理人にしてやる。だから頑張れ」
「はーいー、ありがとーございますー」
むつみはにこにこ笑ってうなづいた。
どっかーん!ばきばきばきぃーーっ。
上のひなた荘から大きな衝撃音、そして悲鳴も少し聞こえた。
「な、なんや?!ばーさん帰ってきたんか?いってみよ」
「私も行く、誰なんだまったく・・」
長い階段を風のように駆け上がっていくはるか、息の切れはない。
その後を必死に走って騒動の元へと急ぐみつね、息は荒い。
まだ茶屋で手紙を読んでいるむつみ、読み終わって人が居ないのに気がついてひなた荘に行くにはあと少し時間が必要だ。



「なる、帰ってきとったん?」
「え、ええ。それより何の音?凄く大きかったけど・・・」
はるかは一直線に温泉に向かう、入り口でパニくっているしのぶがいた。
見ると隕石が落ちたような破壊の後がある、もうもうと立ち上がっていた湯気が流されていくと
その中心に素子がぶっ倒れている、その頭にはむつみのカメが同じく気絶していた。
「も、もとこちゃん!!どーしたの!?素っ裸のままじゃいけないわ、みつね手伝って」
「なるー、はぁはぁ・・急いで昇ってきたんや・・はぁはぁはぁ・・・」
「わ、わたしが手伝いますぅー」
「うん、おねがいしのぶちゃん」
「素子がやられるとはな、他に誰かいた気配はないし・・・」
はるかは破壊現場を見て考える、この跡は十中八九素子の技だろう。だとしたら覗きでもされたか?
足元にいるカメ・・・まさか、コレか?
まさか・・・な、頼まれたときにうやむやにしてしまったが。あの方も人が悪い。
「はぁふぅ・・なんで平気なんや・・・それよりコレは」
「酷いものだな、素子がやったんだろ」
「なんで?その本人が気絶しとるから聞くわけにはいかんし、なんやこのカメ」
みゅ〜
みつみが摘み上げてしげしげと見ていると、むつみが入ってきて暢気に風呂の跡をみる。
しのぶと成瀬川は素子を部屋に連れて行ってここにはもういない、カオラ・スゥが目を輝かせて破壊跡の中心を見ているのも
いつもどおりの光景といえばそうで・・・・一風変わった住人達が住むひなた荘らしかった。
「あらあら〜、たまちゃんいつの間に〜」
「なんや、このカメ。姉ちゃんのか?」
「うまそ〜やな!」
「スゥ、食べるときはしっかりと熱を通すんだぞ。あと、他に何か書いてあったか?」
はるかは涎をたらしているカオラに忠告しておく、それからむつみに向き直って手紙の託を聞く。
みつねから温泉たまごを受け取るとバッグに詰め込んでおくむつみ、さすがにスゥに食べられるのは避けたいようだ。
同郷は、カメしかいなかったし。
「食べちゃダメですよ〜、私の友達です〜。ええっと・・手紙でしたね、浦島さんのお孫さんの事が沢山書いてありましたよ〜
『いつまでも灯台灯台とふらふらしていないで、ひなた荘でも経営しなさい。と言ってやったら留学してしまった。
頼りない男だったが一緒に瀬田というのが居るからイイが、後でノコノコやって来ても歓迎なんかするんじゃないよ。』
というわけで、私が管理人をしててもいーみたいで〜念願の東大受験もゆっくりとぉ〜〜・・・ですね〜」
「そうか・・・瀬田か・・・。来たら歓迎してやるか」
その名前を聞くと怒りを溜め込まずにはいられない体質になっていたはるか、心なしか身体に力が入る
意味ありげに歓迎の言葉を強調した、死なない程度に接待する予定を決定した・・・・。
スゥは不満そうにむつみのバッグを見ていた、たま自身は気絶しているので身に危険が迫っていても逃げれない。
頼りのむつみは日向はるかとおしゃべりしている。
「スゥ、私にもわけてーな。旨そうやぁ〜、カメ♪」
「こらっ!そこの二人、そういえばむつみのもんだろ。やめないか」
手紙の内容のことで話していたはるかが、むつみのバッグに入っているカメに近づく二人を叱る。
ここひなた荘では、浦島の婆さんの次に恐れられているはるか。
キツネもスゥも後ろ髪引かれながらも引き下がるしかなかった、日向にはるかが帰ったらタマをまた狙うだろうが。



「「「「「「管理人〜!?」」」」」」「そや♪歓迎しよか♪」
みつねはむつみに親しげにくっ付いて嬉々としている。
酒が飲めるなぁんて、イイ気分や。この姉ちゃんに感謝しなあかんなー、秘蔵の酒もご馳走したるでぇ
「はい〜、おねがいします〜」
「し、しかし・・そのカメ・・は」
おそるおそる抗議の声を上げる素子、むつみに近づこうとはしない。
なるは、むつみからたまを受け取ると可愛がりながらしのぶにも渡す。
「ええ!こんなに可愛いじゃない。ねぇしのぶちゃん」
「え、ええ・素子さんは嫌いなんですかぁ・・」
しのぶに弱い素子は、しのぶが持つカメからなるべく離れようとする。
風呂の中でのように斬魔掌をくりだすことはできない、客人の持ち物だという事が分かっている上
その女性が管理人になるかもしれないからだ。カメが住むのか・・・このひなた荘に。
いくら、見たくもないほど毛嫌いしている動物でも一緒に住まなければならないのか・・・・。
おっとりとしたむつみは、もうみつねに酒を進められ飲んでいた。スイカをデザートに。
「な、泣くなしのぶ・・苦手なだけで・・近づかなければ・・いいんだ。うん。」
「よかったぁ〜、しのむっ!はよ旨く味付けして!うちカレーがええな!」
スゥがしのぶに注文をつけるがたまを料理するなんて出来ない、後ろに隠す。
「ダメです、カオラさん」
「ムー・・そんな旨そなもん、食べな。勿体無いで」
言い争いを続ける二人に近づいてたまを奪取したむつみは、バッグにつめず肩に乗せる。
飼い主としてスゥにダメです、とはっきりいう。酔っているのだろうか。
「絶対にダメです。かわりにスイカなんてドウですかぁ〜」
しかしやっぱり穏やかな様子で微笑んでスイカを進める。
しかしそのままばったりと倒れるむつみ、体調というよりこの騒ぎに巻き込まれて疲れただけだったのだが・・・
周りの人間は初対面、呆気にとられる。
「う、うあっ、大丈夫ですか」
「キツネ、どれだけ飲ませたのよっ!ああっ、脈がぁっ!弱くなっていくー、乙姫さぁ〜ん!!!」
「キ・ツ・ネ〜何してるんだ!」
はるかがこぶしを作って迫る、冷や汗を流して誤解を解こうとする気の毒なキツネ。
「や、やめってぇ〜。ギブギブ」
変わらずの表情でキツネを床に羽交い絞めにするはるか・・・おばさん、はくいっくいっと強めたり弱めたりする。
バンッバンッと床を必死に叩く、タオルやロープに相当するしのぶのフォローはむつみの膝枕として活躍していた。
しんどい〜、助けて〜なぁ・・ぁ・・逝くわ、こりゃ。
「ありゃ?強くし過ぎたかな」
一応、女の子であるキツネの身体をこんな所で殺人事件の死体化させておくわけにも行かない。
はるかが軽々とキツネの身体を持ち上げて部屋へと運ぼうとしていると、むつみが戻ってきてなるやしのぶをホッとさせていた。
たばこが燃え尽きそうだったので、テーブルにある灰皿に捨てた。



「そういえば〜、たまちゃんはどこに居るんでしょう?」
「あのカメですよね、いういえば・・・しのぶちゃん見た?」
「はるかさんが持っていくの見ました、まだ一緒だと思います。狙われていましたし」
むつみが持ってきた荷物は少し、管理人室はまだ奇麗だったので
あとは部屋の入り口の表札を付けるだけ『浦島』から『乙姫』に、今日からココはむつみの仮宿となる。
「キツネのとこね、一緒に行きましょ。それとキツネとは親友だけど・・親友だから言っておくけど
むつみさん、キツネに流されないようにしてください。管理人って大変ですから」
「まぁまぁ、そうなんですか〜」
成瀬川の忠告にあいまいにうなづく、常識から外れた人ばかりのひなた荘の管理人は勤まるのだろうか
心配になってきたが、今年は受験。ここで起こる事に気をとられていてはイケナイのだ。
「そういえば、むつみさんも大学受験?でしたよね」
「ええ、東大に。かれこれもう3年目です、私ふがいなくて失敗続きですけど」
「なぜそこまで東大受けるんですか?」
「約束なんです」
「約束?大変ですね、私は今年初めて受けるんですけど、お互い頑張りましょうね」
誰とのどのような約束なのか、深く理由を聞くことはなかった。
まだまだむつみとは知り合ったばかり、あとでも聞けることだしまだ興味はなかった。