まひるとひなたのおうち1 あたし。 落ち込む事なくてすむから、本当は家に居たかった。 だけど無愛想な妹にも、仕事好きな両親にも迷惑かけるだろうから、一人暮らしを選んだ。 でも・・・。 あたしは孤独が嫌い、隣に誰かがいないと笑う事もできないの。 一人きりの寒い部屋の中、ソファで寝ていたあたしは体を起こす。 何だか体調が悪いみたいだ、キリキリと胃が痛む。思っていたより体は正直、心の痛み耐えていられたのに。 「・・は」 お風呂に入りたいし、暖かい食事をとりたいけれど自分は不器用で上手くできない事は先刻承知。 吐く息が白い。 暗い部屋、外の光がうっすらと数少ない家具の場所を教えてくれているが動き出す気にはならなかった。 「こんな事なら香澄に頼めば良かったな、今更だけど・・・はは」 新しく引っ越してきたマンションの一室で、空腹と寒さそして孤独と遭難の三大要素を満たしていたりするまひる。落ち込み激しい。 学校いる時には想像もできないほど気弱で元気の無い笑い方をしてしまう。 はしゃぐ事も、ふざける事も、相手がいて初めて意味を持つ。 「あいたたた・・・」 しかし、今日はクラスの誰も相手にはしてくれなかった。 ペースを乱さないでいてくれたのは3人だけだった、先生は私のこと邪険に扱う・・・のは前からだけど。 今日はこのまま・・・制服がしわしわになっちゃうけどもう眠りたくて堪らない。痛みから逃れたい。 明日には何とかなるよね。 横になり体を丸める、痛みに耐えながら深い眠りにつこうと思った瞬間。チャイムが鳴った。 ピンポーン。 こんな時間に、誰だろう?香澄?助かったよぉ、お風呂も食事も嫌々ながらあたしをこづきながらしてくれるに違いない。 でも引っ越してきたばかりで冷蔵庫にも何も無いなあ、何も無いからあたしを・・・あ、馬鹿考えてないで返事しないと。 「はーい♪」 あれ誰もいない、香澄? 悪戯?はぁ・・・いた、また?胃に穴があいちゃうよ。 もうやめてよ、誰でもいいから来てくれないかな・・・痛い。う、本当にいたっ!足蹴飛ばさないで・・・ひなた? 「・・・」 あのなんでイキナリ怒ってるのかな、この人。 あ、でも・・でも・・もう我慢できないよ、おねーちゃん寂しかったよお、ひなたぁ〜〜〜!!! 「外は寒いから早く中に入れなさいよ、なにつったんてんの?まひる?うわっ、うわ〜〜っ!な、うわっ」 小さな体をぎゅっと抱きしめてしまう。 「ぅ、寂しかったよぉ〜ひなた〜」 いつものように接してやったのに、抱きつかれて泣きつかれて・・・ひなたとて慌てふためく。 孤独に耐えていたので人恋しくてたまらなかった。 学校で受けた精神的な傷は思っていたより重傷、涙が出てきた。 「ぅぅ、ひなた」 抱きしめられる事、数秒。 「・・・・ぅ、ん。離してよ、うぅ〜〜・・・中に入れて、寒いんだから」 真っ赤になりながらまひるを引っぺがすとぶつぶつと文句を言いながら部屋の中に入っていった。 かちり。 明かりが部屋の様子を照らし出す。 いきなり姉のまひるに抱きしめられた事に動揺していたが、部屋の状態に現実的になるしかなかった。 玄関に残されてたまひるはひなたの後に続く、部屋を見まわす後姿に手を伸ばす・・・振り返る小さい人。抱きつきそこなった。 手を引っ込める。 う、また抱きつきたいけど・・・とにかく来てくれてありがとぉ。 でもひなたさん、いきなり氷点下ですか? 「なんでなんにもないの?」 「あるよ、ソファにえーっと・・・」 「いい、分かったから。引越し当日だから、でもどうしてダンボールの一つも無いの?まひる、家から持ってきた物は?」 「あ、あのそれは〜」 「いい、分かったから。それより可及的速やかに解決すべき事は外より寒くて凍死するってこと。 暖房器具は?・・・え、そっちにあるのはお風呂・・・だけ?使い方は?まひるに分かるわけないか」 「・・・む」 我が妹はこんな可愛げなかった?あたしはこんなにキュートなのに・・・でもまぁ一人よりはいい。 あ、そうだ。 説明は聞いていたけど、やっぱり分からないからひなたにお風呂をちょちょっいとやってもらおう。 「お風呂入らない?」 「用意できてないんでしょ?まひるに謀られるほど私は落ちぶれてないわ、素直にいえばいいのに。ん、夕食は?」 「えへへ、まだ」 照れ笑いしていたがまた胃が痛みだし、思わずしゃがみこむ。 顔色が変わってしまった、声だけで心配しないでとひなたに伝えるには・・・うーんとええと・・・くぅ、お腹すいた。 「まひる?」 「お腹すきすぎて痛い」 「あたしが買ってくるから姉はソファで寝てる。いい?」 涙目の姉を連れて行く気にはなれない、いつもならうっとおしいぐらいに擦り寄ってくるのに。元気が無い証拠だ。 重傷なんだろう、これはこれなりに。 ぐい 「なによ、お菓子は買ってこないわよ。胃に悪いから油ののった肉も駄目」 「・・・」 先手を取られて悔しそうなまひる、仕方なく本音をしゃべる。 捨てられそうな子猫のような瞳で妹にすがる、かわいいすぎ・・・真っ赤になって照れ隠ししてしまう。 「今日泊まっていってくれる?」 「え、えーっ。私のこの部屋に泊まれという事はつまり、まひるがそれを望んでいるってことで・・・」 「あ、ごめん。今のなし」 目を伏せて謝る。 ひなたも女の子だし、あたしが男の子だから駄目なのよね。一人暮らしって大変。 「あ、それはべつにいい。泊まっていく。ひなたが勝手にすることだからあの。・・・泊まっていくのは別に。も、もう行く」 背負ってきた荷物を置くと財布だけ取って風のように出て行ってしまった。 早い足、その十分の一でもまひるにあげたらと思うほど素早かった。 まひるは体を抱きながらのろのろとソファに近づいていき、丸まる。そこへひなたがきた、まだ行ったわけではなかった様だ。 「まひるっ!」 「え、なに?忘れ物?」 「お風呂沸かしておくから、時間になったら時計は・・・9時7分、に入るのよ」 この冷えた部屋では傷ついた体を癒す事はできない、ひなたの姉へのやさしさだった。 つかず離れずの姉妹だった二人、それでもずっと一緒だった。 別居でまひるのラブコールが途絶えようとした時、ひなたは近寄って身を寄せてくれた。嬉しかった。 心から今できる最高の笑顔でお礼を言う。 「気遣ってくれてありがとう」 「・・・。ばっ、ばか・・・もぅ」 かわいい・・・身長のコンプレックスの対象に対してこんな感情を抱いてしまった、すこし自分を裏切った気分。 でも、本当はまひるの事を大切に想っているひなた。 できる限り素早く準備をして、買い物に出かけようとした。 「えっと」 どうしてコレが分からないのか、まひるらしい。そんな事を思いつつお風呂の準備をした。 「ただいまー」 急いで帰ってきたがさすがに体は冷えていた、お風呂に早く入るべきだろう。 パンと野菜とハム、そして缶の熱いコーンポタージュ・・・コンロも無い部屋なので仕方が無かった。 手早くサンドイッチを作ってお風呂でゆでだこになっているかもしれない姉を呼ぶ。 時計を見ると大して時間はたっていない、まだ生ゆでだ。 「まひるーっ」 「は、はいー・・ねぇーお風呂来てーー」 「わかったーっ」 「ひなたすぐに入っちゃいなよ、寒かったしー」 リュックから持ってきた着替えを取り出して、急ぐ・・・余計な事をしてなければいいけれど。 変なところ触って湯、溢れさせたりしてないよーに。 服を脱いだところではたと気づく、まひる入ってる。ということは一緒に?え、えーっ!? まひると一緒にお風呂という狭い空間で、しかも素っ裸でーっ!?まずい、まずいよ。あの壊れた性格に確実に汚染されちゃう! 「・・・ひなた?寒いから入ってきたらいいよ、ねぇ」 一人でパニクっていると、近くで声。 まひるがこの扉一枚隔てた向こうにいる。 何を話せばいいものか分からずいると、つづけてとても弱い口調で話し掛けてきた。わたしを説得するつもりらしい。 「ぁ、ごめん。ひなたが戸惑ってるって分かってても、つまりその・・・・・・変だよね。 もうひなただって一緒にお風呂はいる年齢じゃないし、あたしが男じゃなくても・・・あたしが」 今まで聞いたことも無い、小さくて消えてしまいそうな声。 「いい、いいよ」 「でも、あたしが」 寂しげな声に耐え切れなくなった、こんな声は聞きたくない。 まひるはいつも楽観主義者で底抜けの明るさで周囲に笑顔を振り撒いていて私の恥じるべき姉で、そして私が唯一想う人で・・・ 羞恥心が想いに負けた。 「もういいよ、私入る。その代わり見ない事、いいわねっ」 「ぁ、ありがと」 がちゃ 扉を開ける、まひるが湯船で顔を沈めている。ほっと一息してから、背を向けて体を洗う。 じーっ 「ん・・・?」 じーっ、わたわた 「分かりやすい・・・」 ちらっ、じ 「まひる、背中向けて。入るから」 あわあわ、ぱしゃぱしゃ 「絶対こっち見ないで、いい?じゃないと夕食があんたのお腹に納まらないかもよ?全部」 「なにっ、そんな沢山あるのかっ?お、おっきな肉・・・肉の塊・・・じゅるる〜」 「何勘違いしてるのよ」 「・・・」 「・・・」 「・・・」 「・・・」 「こんな時間もいいか・・・」 肩までつかって背中を合わせる、ゆったりとした時間が・・・。 「・・・うま」 「このっ、こんなに大きくなってあんただけには負けないわよ。肉に固執して魚は?お米は?」 流れなかった。 「美味しいものなら何でも、でもお肉が一番♪」 「自分で作れないのによくもま、私が来なかったら野垂れ死にしてたんじゃないの? 少しは自分の置かれてる環境を考えなさいよ、コレだから私が」 「酷い」 「・・・も、いい。まひるだし」 「何か引っかかる言い方、それより〜♪」 がばっ 「へっ?」 「うわっ、ひっつくなぁ〜」 こんな小さな空間ではいくら、あのまひるからとはいえ逃げ切れない。 ばしゃばしゃ、と湯音。 「捕まえたぁ〜♪」 「離せぇ〜離せっ、このっこのぉ〜っ」 暴れるが体格差もあり、まひるが押さえ込む。 「んっふふふー、無駄だよー。さぁて、ひなたは成長したかなー、くくく。あ」 つるつる。 固まってしまうまひる。謝らないと・・・ひなたの逆鱗に触れたも同然なのだから。 「こ、こ、この馬鹿まひるー!!アンタのはどんななのよっ!!う、なんでこんなあるんだっ。男なのにっ。このっ」 ふにっ、ふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふに。 「うわっ、わわわわ・・・ぁ、ぅ・は・・んっ、ひ・・ぅ」 「ううっ、この・・・このっ!・・・うわーん」 怒ったひなたは振り向いた眼前にあったカタマリを、手に余らせながらも揉みまった。 男の胸を揉むなんて、と空しさを感じてそっぽを向いた。 「・・・ばか」 元々ちいさなひなた、すみに寄って身を小さくするととても中学生には見えない。 「・・・ひなた?」 「ぅぅっ」 触らずともわかる、ふくらみが・・・あった。 けれど触りまくって揉みまくらせて貰った。柔らかくて良かった。 肩を落とし背を向けるひなたは敗北感ばっちりだったので、まひるは可哀想になる。揉みまくられたのも妹なら許せる。 「・・・ひなたぁ」 ぎゅにゅ。 「ん、ん」 後ろから抱きしめられても文句を言わない、まひるの声が優しかったからだろうか。 とっても優しかったから? 抱きしめられたまま・・・後ろの胸について考える。まじまじと見たわけではなかったが、ふくらみは確実にひなたよりあった。 対して私は小さなまま、あんなに食べてるのに不公平だ。まひるは男なのにおっきくなってた。負けれない。 「負けないんだから」 でかい・・・と思う。ちくしょう。姉の裏切りものめ。 「ひなた、あたしくらいなれば大きくなるよ。女の子だもん。大丈夫」 「ぁ・・・」 背中に押し付けられる二つの膨らみを羨ましく、心地よくも感じた。 抱きしめられたまま体が暖まるまで湯につかり、あがった。 仲良くお風呂から出て手早く着替えた。 室温の低さもあるが、まだ少しさっきの雰囲気を引きずって・・・何か振り切らないといけないような気がしたからだ。 仲の良い姉妹なんてのはまひるはともかく、ひなたは何をしていいのかわからない。 けれど結局のところ、今まで無かった触れ合いの仕方に二人とも戸惑っていた。 「サンドイッチ?」 「そうよ、まったくコンロも無いんだから・・・あ、しまったぬるくなってるかも」 コーンの缶を持つと、少し冷め気味。 体が冷えないうちに食べて寝るしかない、まひるは行儀よく座っている。準備する事も少ない。 食べて寝るだけ・・・歯磨きしたいが急いでいたので買い忘れた。 「できれば暖かいものが作りたかったけど、まひるをあてにした私の失敗・・・だからまひるは気にしなくてもいいの」 「ご、ごめん」 「・・・。」 妙な感じ、謝るのは珍しくは無いが。 「今日のまひる変、いつもと違って素直。普通。正直で何か本当の普通の女の子みたい・・・」 「そんな事無いよぉ、あたしはいつでも良い子だよ♪」 サンドイッチにかぶりついて幸せそうなまひる、倍ほどの量を食べるひなたは色々と考え事。 部屋の空気の冷たさや料理道具、設備をいち早く整える手順を考えていた。 「この殺風景な部屋どうにかしないと、暮らしていけないわよ。まひるならともかく。」 「うわ、何気にキツイ」 「本当の事でしょ、とりあえず明日。暖房とテーブルを手に入れて来い!」 命令形だ。 「それはあたし一人で?」 「それは心配、監視役は大変だろうけど・・・私はコンロや足りないもの家からとってくる」 心配されてる?あたしじゃなくて監視役が。 監視役って、香澄〜しかいないかな?透はあんなだし・・・美奈萌には断られそう。放送室に近づけないし。 「それなら香澄がいる」 「ああ、まひるなんかをいつも世話してるとっても物好きな人ね・・・これのどこが気に入ったんだろ?」 「全部」 幸せそうに顔のパーツとかして言う、サンドイッチを食べおえた。 じと目でひなたは見ていたが、ため息をついて首を振った。横に。何度も。何度も。 「あー・・・それはない。まひると関わるとそういういい人は損しつづけるって事よ」 「それってもしかして、あたしがひつこく迷惑かけてるって事?」 「もしかしなくても迷惑かけてるの、食べ終わったら片付けるからアンタは口でもゆすいで来て」 「ごそーさまでやんした♪」 「ごちそうさま」 同時に立ち上がる 「え、もう食べたの?早い・・・それにどこに入ったの?」 「まひるのせいでしょ」 「?」 片付ける妹と口を洗いに行く姉、甲斐甲斐しいというより適材適所。まひるにやらせたら失敗は目に見えている。 立ち上がって少ない荷物の中から毛布とコップを取り出す、口の中をゆすいでコップをキッチンに置く。 「んしょ」 Lの字だったソファーを動かし始めた。 「何?」 まひると同じように口をゆすいだひなたが帰ってくるとソファが合体していて、まひるがオイデオイデしていた。 「ソファからベッドをめいきんぐしてみました♪」 「・・・ぅ」 冷や汗、今日は厄日? お風呂に引き続き、今日まで避け続けれたラブコールから逃げ道なしみたいだ。同居なのだから仕方がない。 「ほら湯冷めしちゃう」 ぎゅっ 「う・・・、・・・」 「ひなた・・・今日はありがとね、ひなた。これからもずっと・・・ずっと」 いいミルクのにおい、可愛いな。 広場ひなた。 あたしの妹、一緒に居ようね。居てね?絶対に。 ぎゅう、としっかり抱きしめて眠りにつく。心音が、静かな部屋が、ひなたのぬくもりが心地よい。 「・・・・・・」 「おやすみなさい・・・。」 「・・・・・・おやすみなさい」 まひるは穏やかな声で眠りにつく、寒い部屋の中で二人は互いの体温に安心して眠った。