「ちょっいとそこ行く眼鏡のにぃさん、つら貸してくれまへんか」
修験僧にも巫女にも似た和装。手を編み笠にかけた人物に声をかけられた。
口元しか見えないが艶やかな笑みだったので、真っ赤になってアタフタする景太郎。
その人物が近づいて来ると見上げる形になった。すらっと背も高い、流す黒髪に白い肌、いでたちは凛としていたが
相手を緊張させない笑顔だった。とても柔らかくて思わず見入ってしまう。
これで世の男性諸氏はコロリとつまづくんだろう、計算高いにもほどがある。こんなとき美人は得だ。
だが、刀差して肩に大きな鳥をとまらせていた。あやしい。
「ええっ俺ですか、人違いじゃ・・・あの、本当に?」
「そや。なーんか背後にくっついとるで?
たち悪ぅないやろけど色々難儀しそうやもんで、問答無用で切っていいもんかなと思うてな」
「?」
「ちゃうちゃう、ハイゴって言うたのは比喩や・・・うーん、ちぃーと強いみたいやなあ。
既に囚われてますしなぁー道具もない。困ったなあ・・・そやねえー。
おいで、何もせんから緊張せんと」
「困ったって?あの、何か手伝ってほしいんですか?
それなら別に俺じゃなくても、あなたくらい綺麗な人なら誰だって、見てのとおり学生で」
「もー!上手なんやから兄さんの方が客商売向いてますえ。
ウチは青山鶴子言うんやけど、これから仲よーなるんや『ツル』と呼んでーな。ほな行きまひょ」
言うが、学生のしかもまだ義務教育期間はじめてにも見られる幼顔なのだ。
持ってるお金で買えるものなんてたかが知れてる。
そのうえ、へんな客引き口上だった。
これが噂に聞く革命する宗教の勧誘なんだろうか、それともまた知らないうちに
ばあちゃんとカナコにドッキリし掛けられてるんじゃないか?
そう思っていたら、ひょいとネコの子みたいに掴まれ持ち上げられて・・・。
「つべこべ言わんとええから遠慮せんと来ておくれやす。なー?一名さま、ごあんなーい」
「駄目、だめですって、離してくださーーーいっ。ああーっっ」
ほほほほ・・・少年は高笑いを聞きながら、いつもの女難に新しいパータンが加わったと嘆く。
細腕なのに思いのほか強靭な力で路地に引きずり込まれていった。
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鶴亀(占い師
下見と観光を兼ねて東京に出てきたのが今朝。・・・夢にまで見る東京大学を一度は見ておきたいと上京した帰路、あれよあれよと
いう間に怪しげな易占いに捕まってしまった不運な男の子。浦島景太郎。恩年15歳。所持金2345円。と帰りの切符。
引き止め勧誘されて案内された先には『ツルの知らせ』と書いてあるちっちゃな机の店舗。
竹ひごとか手のイラストとか、易占いのそれっぽかった。
「うわわわ、え、ええっ!?幸運の壷も要りませんっ。
お得な名画も買いませんよっ、学生なんです。一見さんですぅー」
「なに言っとんのんアンタ、流しの占いに常連なんておらんて。おにいちゃん気楽にしいや。
ほんまはお代は時価なんやけど出世払いでよろし。
人相占おうてあげます、ちょっっっと見たとき稲妻落ちたみたいにビシィッとくるもんありましたんや」
「聞いてください。だから今もう女難の相がでてますから、ばあちゃん俺で遊ばないでー
帰してくださぁーーーーいっ!
いやだー落ちるとか言わないでくれー、散々両親にも言われてきたんだー」
「まぁつれない人やね。じゃあ手相にしまひょ、それならええでしゃろ?
名前はえーと浦島景太郎はんと」
「ああーっ?!学生証いつのまに?返して」
「んっ?あは、背足りへんねー素子と三つも離れとるのに」
「うーっ」
「はいな、涙ぐみなはんな。
まるでうちがちっこい子いじめてるみたいやないの、よしよし」
手をブンブンあげ伸ばすが頭一つぶん以上景太郎が低い、ちょうど伯母の浦島はるか相手している感じ。
「あっ」
半分、勢いで連れ去られた。改めて女性を間近で確認する。・・・・・・・すごい美人さんだと思う。
編み笠脱いだおもては大和撫子、ころころ笑っていた目で正面から見られて長いまつげと意志の強そうな
綺麗な目でじぃーーーっと熱い視線を向けられて恥ずかしかった。
相手に半歩ほど踏み込まれたら息づかいまで聞こえそう、こんな人と二人きりは少年には刺激がありすぎた。
また青山鶴子にも刺激が強かった。
男を守るものと考えたことさえなかった人生、上目づかい涙こぼしていた年下の男の子にプイッと視線はずされた。きゅん。
「かわえぇなぁ・・・」
上品に口元隠してフフフと笑う。
頬が少し紅くなってた。
一方浦島景太郎は取り返した生徒手帳をしまって一安心。
「はぁ」
「んん?なんやの、占ってあげるからここ座ってなー」
逸らしていた目、フッとした瞬間合わさって微笑され完全にノックアウト。
激しく打つ鼓動とは正反対、無関係に心は止まる。射止められる。
足が逃げる意思をなくしてしまった。
簡単に折れてしまった、この何気ないスマイルはきっと忘れられない。
この人からは逃げられない、かなわないと諦めた。
「・・・占うって何でもですか?」
「はい、素直になってくれて嬉しい」
「それなら・・・俺の将来はどうですか?東大行けますか?女の子と約束したんです幸せになろうって
やっぱり駄目かな。夢の中でも思い出せないし、再会できても相手も分からないんじゃどうしようも」
「待ち。準備しますから、えーとな・・・」
幸せになれる。
そう言ったのは約束の女の子だけど、それはどんな運が強ければいいのか。
トーダイにいく、女の子に再会する、幸せなる。
単純に信じてきた信仰みたいな夢描いている景太郎にも、現実立ちはだかっているし
あの女の子はどんなふうに成長しているだろうか、美人かどうかも気になれば自分みたく
忘れてるかどうかも気になる。
占ってもらおうか?
今まで女の子に縁無かった景太郎がよこしまな思い持っていると、ギュッと手に力入れられた。
「あら?すまへん痛くありゃしはりませんでした?。
ウチ以外のオナゴの運勢なんてちーとも興味でないんやろ。なあ?」
笑顔かわらずで片手でパラパラ『初心者の手相〜』とかかいてある本を開いている。
あやしい。
脅迫療法の藪医者、いや藪易者?
なんか笑顔も恐く見えてきた。
やっぱり逃げようとソロリソロリと体を逃げの体勢にして、本に気を取られているなと見て取ったのだが・・・。
しかし、景太郎の手はしっかり掴んで離してくれない。
「まあまあそう急がんと。逃がしまへんから遠慮せんとまったりしていき。
えー・・・っと、運命線が今日ここで人生を変える出会いがあるとでとりますなー」
「明らかにテキトーじゃないですか」
「そんなに照れんでええんよ、そののほほんとした感じがうちと相性ぴったりに決まっとります。
いけずな人やこんな強引な誘いはじめてなんえ。年上の女捕まえて」
「話し聞いてくださいって、それに捕まったのは俺ですよーっ」
「まぁまぁ細かいこと気にしてたらハゲまっせ。
あー、生命線短いなぁこんなんでは受験戦争で勝てません、私と一緒に武者修行にどうどすか?」
「え、あの東大には無関係じゃ・・・」
だうーと涙ながす景太郎にいやん恥ずかしいウチの大きな胸に甘えられてますのん?
鶴子は楽しそうだ、ニコニコと上機嫌。
すがたかたち丸で違うけど、何か婆ちゃんみたいな言い方だ。しかも強引。初対面なのに。
以前、家の倉庫にあったような刀と似てるの持ってるし・・・やっぱり巫女さんじゃなかったのか?
「今なら一人寝の寂しさ和らげてさし上げますえ」
「け、けっこうですぅっ。もう帰ります」
「もー少し待ちぃ」
「やっぱりぃーっ??!恐いお兄さんがいたり、あれ?」
「もーそないなわけあらへんやんか。お代は出世払いゆうたやろ?
だから今はこれでー」
「・・・わわっ」
「まいどありーほなさいならー」
おでこに軽くキスして、あぜんとした景太郎を置き去りに去っていってしまった。