景太郎の所持品に一冊のノートがある。

表には『日記帳』と書いてあり、開くとつたない文字で試行錯誤のあとが見て取れる一ページ目。
何度も書いては消しゴムで消しての繰り返し。
平仮名ばかりの中におぼえ立ての漢字を一字、集中力まだ未熟な小学の間は数ページの空白など珍しくない。

中学に入り、意外と豆な性格を発揮して書きつづけてるが内容は男の子らしくなかった。
自分で作った和菓子洋菓子のレシピが並んでいたり、テストの点数の嘆き。
東大を目指していると、書いては嘆き、書いては時に喜び、学年あがるとスケジュールのみとなった。
そして、青山鶴子に出会ってしまってからは世界一周旅行記になっていた。しかも緯度方向の。








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サラ(旅行記前編




















△月◇日

今日は日本を出て一ヶ月が過ぎた。
港の警備の目をかいくぐる為、真夜中に貨物船に紛れ込んだのがまずかったし密航なのでは?
問いかけてみたものの、ちっさい肝っ玉大きくしたるから黙っとり。押し倒されました。航路は南へ。

父さんたち心配してるだろうなー加奈子も元気でいるとイイけど、ばあちゃんが探しに来てくれるかなー。
でも、鶴子さんと二人で武者修行してるのはまずい気がする。

これが恋仲の『約束の女の子』となら駆け落ちとか放浪とか婚前旅行とか言うんだろうなあ・・・。
『約束の女の子』が鶴子さんというのはないし、はるかさんが中学生ぐらいだったから、同年代だったはずだし。
ばあちゃんに説明できないや・・・、まずいなぁ。


「お前さんが孫の景太郎を掻っ攫って行ったのかい?」

「ほほほ。これはこれは凄いお婆さまを持ってはったんやね景太郎はん、待っとってや二人の仲
認めてもらうために頑張るで。全力でなんて久しぶりやなー」

「どんな仲なのかねえーひゃひゃひゃ。家へ帰っておいで景太郎?」


想像してしまった。
意外に仲良かったりしたら、それはそれで恐いなぁ・・・婆ちゃんは和菓子屋で加奈子とのんびりしてて欲しい。

勉強は中々できない。
先週まではジャングルでサバイバルしてるなんて考えなかった、大きな怪物とかやっつけて路銀稼いで
いたら秘境行ってみまへんか?とか何とか・・・このヘビ食べれるのかな?
リュックに麓の町で香辛料買って詰め込んできたけど・・・フィリピンと台湾あたりで買ったのも残ってる。










?月◇日

昨日まで三回目の漂流をしていた・・・板切れ一枚で。
鶴子さんは背中ではんなりしてるし、最初は陸目指して必死に漕いでたけど俺も毒されてきたのかな。
この人がいると大丈夫だって安心してるのもかもしれない。
話し相手してあげるとますます嬉しそうだった。


「この海藻も慣れると趣ありますなー」

「もぐもぐ、そーですねー。しょっぱいだけじゃありませんねー」


日本を出て半年ぐらいたった気がする。
お正月が過ぎたのを気が付いたのは昨日、太平洋のど真ん中で年越すとは去年は思いもしなかった。
星の読み方を憶えててよかった。海外に出るとまったく習慣なんて違ってるから祝日でも何でもないし。

東大の下見しに行ったときの出会いは確かに人生を変えた、世界が広がったし今も東大は目指しては
いるけど他にやりたいこともできた。
そう言えば、今日は鶴子さんが料理してくれてる。
最初の頃は不慣れな俺が一人で迷子になっても生きてけるように任されてた。屋根つき廃墟があったので
道具と燃料が手に入って、今は楽しそうに和風の味付けしてくれてる。
ちょっと破天荒なところあるけど、綺麗に生きてるし優しい時は優しいひとだ。

元々、料理の腕は両親に仕込まれたしチョコに関しては右に出るものはいない。
それは悲しいよな。
今年は日本に帰れないみたいだ。カナコに貰えないのは残念だと思う、会いたい。










×月○日

今日は鶴子さんが川辺でドザエモンを拾ってきた・・・ロングの金髪、鶴子さんとはタイプ違うが綺麗な人だ。
技の練習で吹き飛ばした川底にいたそうだ。
それで息吹き返したらしいけど瀕死だったので、景太郎が介護することに。

鶴子さんは買出しに出て行き、水を取り替えていると目を覚ました。
ハッチハイカー旅行してきたから英語は何とかできるぞ。

鶴子さんの技が原因の後遺症なのか、記憶喪失は予想外。
突然出来た妹のようにあまえられて鶴子より年上なのに、かわいい何て思ってしまった。


「もしかしてインプリンティング?」

「どーでもいーんです。落ち着きますー、なんだかすっごく薄い胸とちっちゃな肩なんですけどー。んー」

「は、はなれーてーくださいよぉ・・・・うーん。
カナコも可愛かったけど、記憶無くして子どもみたいな感じなのかなあ」

「ほー。めんこい人、言うたんか?うちにはちーとも言ってくれへんのに、でもおかしなことに
なってはりますなあー。逆転親子言うてもいいくらい年の差あるみたいやのに」

「帰ってきたんですか鶴子さん。いやー、はははっ」


随分早いお帰りだ。
近くの町に買出しと嘘言って、二人きりにして景太郎を試したのかもしれない。女の子との約束が俺を
縛っている呪いだといって日本から誘拐されてきたんだから、女難は鶴子さんだけで十分だと思う。


「手がかりはありまへんでした。
本人に聞き、というても赤子同然やね。ま・・・・ええでっしゃろ」

「・・う・・ん?」


動くものに純真な瞳を向けて手で動かしたりしてる女の人。
発見場所に他に何か手がかりないか見てきたらしい、鶴子の手には今日の晩御飯になる果実や鳥があった。

次の週。
記憶が戻り始めていた、治療も鶴子の護符やら日本から持ってきている小包やらが活躍している。


「わたしは・・・サラ、マクドゥガル?」

「他のことは?」

「う〜・・・ん・・わからない。でも」

「なんどす?」

「自分のことぐらいなんとかします。命救ってくださったお二人にお礼をしたい。
感謝の意味たっぷりこめて夕食つくらせてください、たぶんできます。ぜひ!やらせてください!」


景太郎を熱く見つめて料理つくってくれると言う。・・・本当に刷り込み?・・・じと目の鶴子。


「でも助かって良かったですね。これでここから移動できたら
病院に行って、それから探してる人見つければ記憶も戻りますよ」

「優しいなあ景はん、ずっと体の面倒みたったウチに厭きたんか?浮気おすか?」

「ち、ちがいますよー。それにサラさんに誤解されますって!?
修行中なんですよっ師匠で、だから東大とか、恋人とか、あの、ですねえ!?」

「浦島はーん?ウチと言うもんがありながら他のオンナに情けかけよるとは甲斐性ありますなあ
ほんでわ、今夜のオツトメはいつもんの倍どすな」


勿論、勉強と修行のことだ。
神鳴流は役立つと思うし、また自分の家族、とくにお婆さんの騒動で被害にあうので教えてもらっていた。

そんな優しい鶴子さんも怒らせるとこわい。
牛の刻参りするタイプじゃないけど・・・・・・釘と木槌、そして相手を模したわら人形。
できれば霊験あらたかな大木が必要。月もなく虫も鳴かない闇夜にカーン、カーンと森に響く音。


「ごめんなさい・・・ごめんなさい。イヤです想像してごめんなさい」

「はい?なんどすか?」


出会いからここに至る経緯まで、その強引さと災難に飛び込む勇気に道連れ・・・嫌う要素は沢山あったが
その性格を個性と認めてしまうと鶴子の生き方は魅力あるものだった。
そして、そこまで嫌われるのは景太郎には辛すぎた。


「なんや頭ン中で変なコト考えはったんやね、ほな四倍で♪」

「死にますー、死ねますー」


何度も言うが勿論、勉強のこと。
鶴子の神鳴流のメニュー四倍は人間やめないと無理、泣く景太郎。
サラが泣いてる景太郎を見てなにかを勘違い、誰からわからないけど助けに入ろうとした。


「えっ。死ぬんですかっ死ぬ死ぬってダメぇー」


しかし、料理途中だったから包丁を装備したままで危ない。
痴情のもつれとも見えなくない三人。
ぷすっ


「あ、刺さりましたなーでもこんなくらい大丈夫ですやろ・・・サラはん放したりい」

「きゃあーダイジョウブ?ダイジョウブ?」


揺さぶって、今度は頚動脈きめてるのはワザとじゃないですよね?天然だとしたら恐い。
景太郎の手当てと誤解を解いて要領得るまで時間をかなり必要とした。
しかし・・・凶暴さを秘めていたサラさん、鶴子とサンドイッチされて景太郎は生き残れるのか?

料理はおいしかった。


「あーそうだったんだですか、良かった私じつは手当て苦手で魚をさばくとかは得意みたいなんですが・・・
でも、なに話してたんですか?」

「ああ勉強のことですよ。ねぇ鶴子さん?」

「知りまへん」

「本当ですよサラさんそんな疑うよーな目で見ないでくださいよー」


つーん、と突き放すと景太郎があたふたする。
いつもの光景だ。
観察してたサラは、食後のティーを用意して鶴子にふるまう。


「つれないなぁ、とか男はこういう時に甲斐性見せてほしくないですか?」

「ほぅ?話わかるやないですかー」


女二人意気投合して景太郎泣かしてしまう、ほほほ、あはは・・・可愛がられていた。










◇月□日

今日は俺の勉強方法。
鶴子さんの偏った日本史と修行、サラさんの英語と実用偶然殺人テクニック初級編を話そう。




いつも脇道にそれてしまうのが鶴子さんの授業。

「大地は割れ海は荒れた、日ノ本が滅ぶ危機やった。
そのとき神風を起こしたと言われるんが…南のから来襲した初代ゴジラはんどす。嘘や♪」

そんなふうに愛嬌たっぷりなので可愛いと感じてしまう。

本人は謙遜して言うが教育は剣の師、父親に手ほどき受けただけで国語は優秀だった。
しかし歴史は虚実入り混じってて困った。
でもなんと元号で憶えてるので西暦にするのが大変だ、昭和、元禄、天保、など勉強にはなる。
寝物語には相応しくない冒険活劇も結構話してくれた。

「いつか見せたけど、国の外から来た物の怪が象に憑依したんを祓ったのが神鳴流、斬魔剣弐の太刀どす。
対人特化してはりますが、使い手次第で威力は流れ星までいきますえ」

・・・・流れ星?
そんな感じに、受験に役立たない歴史の真相を伝授してくれる。

ついでに追記しておくと、一度見た鶴子さんの弐の太刀は確かにインセキ並み。
クレーター出来た。
流れ星のように光って、一瞬で対象物(地元ゲリラの戦車)を消滅させた。




サラさんの英語は着実に身についてるし、何故か未知の遺跡を発見してしまう俺に
考古学の基礎を教えてくれる。

あと・・・・・・・故意じゃないのに災難呼べるのは婆ちゃんより凄いです。

「これは何かしらね、ねー景タローくーん・・・あれ?どこ?」

ここです。
サラさんの足元に開いたトラップ穴、体でブリッジ、壁に必死につかまってます。
あなたが作動させた落とし穴トラップに落ちましたん。
底にいる先の犠牲者たちが仲間入りを熱心に誘ってくれてるので、はやく助けてー。生きるのに必死ですー。