ひなた荘は最寄りの駅を降りて温泉街をしばらく歩くと着く、交通の便の良さがあり立地条件は良い。
丘とも言える山一帯を敷地としている。
広大な建物と小道からなる、元は湯治客もてなす旅館だったから住み心地も良い。

石段と舞い落ちてくる桜の花びらが趣を醸し出していた。
季節は春。
出会う人、また別れも多い切なさと期待がパアッと膨らむ季節。暖かくなっていく日々。




「ふぅようやく着いたわね、クロ。
・・・でも、待ち合わせの時間には間に合わなかったわ。・・・どうしよう」



にゃー



「そうね。まず謝らないと」









/07
加奈子(日向荘着任編























まず息を落ち着ける。
家系の成せるワザか浦島加奈子はトラブルに巻き込まれ、予定より大幅に到着が遅れてしまった。




「お兄ちゃん。カナコは帰ってくる場所をつくっておきます」


「『いま管理人してるハルカに挨拶してくにゃ、最初の難関にゃ』ニャ〜、あ、失敗』」




乏しい表情、だが確かに彼女は笑った。
猫のクロにさせてる腹話術がまだ未完成だし、東京大学を目指しつつ体術と変装も磨いてきたが
まだまだ未熟だと自分を正しく評価していたので浦島はるかは強敵。

決意し、行こうと足を踏み出す。そこにかけられる声。
まったく気配はなかった、あわてて振り向くとお地蔵さんに変装している祖母だった。
いつもカナコよりも先にいたずらを思いつき実行してきたこの人、頼もしい援軍だ。




「待っていたよ加奈子」


「ごめんなさいお婆ちゃん。約束の時間に遅刻してしまって、ひなた荘の管理人を
やらせて欲しいと言いだしたのは私なのに・・・・・・・怒ってないですか?」


「まあいいよ、だって私もはるか任せで住人で遊んでいたしね。
それより、本当に引き受けていいのかい?
一緒に探しに行かなくても落ち着いていられるかい?」


「はい、わたし決めましたから。
それにおにいちゃんは律儀に約束守ってくれる人です、昔の相手もおぼえていないような約束守る人です。
きっとあの日からずっと私へのお土産探しているんだと思ってます」


「そうかい、じゃあ言っておくよ。
旅館にするには寮生の同意を得ること、雇う人間を探すこと、あとは・・・大事なのはこのぐらいだね。
茶房にいると思うけど、さて、帰ったよはるか。いるんだろうー?」


「誰、ん・・・?ばあさん、なんで!?確か海外に景太郎探しに行ってるんじゃ・・・あれ?
そっちのは確か」


「ひなた荘に用事があったのさ。
あれを加奈子に譲ろうと思ってね、景太郎はどこほっつき歩いてるんだか・・・誰だか知らないけど
腕が鳴るねえ・・・きっと似たもの同士だろうから」


「おひさしぶりです。はるかさん」


「そーか加奈子に。おっきくなったな、うん・・・かわいい女の子になった。
今度一緒に街に買い物でも行くか?それともまずは、ひなた荘散策しようか?」




戸惑い不思議なものを見る目ではるかを凝視してしまう、だって心地いい態度すぎる。




「・・・あの、わたしって悪戯して苦手だと思われてませんでした?」


「まーな・・・でも私もいい大人だし、加奈子が管理人引き受けてくれるなら助かる。
広すぎてな実際なにから手をつけていいのか。二束のワラジじゃ広すぎて一人では難しくてなぁ」


「かわらないねえ、根を上げるにしても言いようってものがあるだろうに・・・」




そこが欠点でもあり才能でもある。
学生のとき、沈着冷静で大人びた浦島はるかは頼りにされていた。どちらかと言うと頭脳より行動で
示すことが多かったのは、周囲が浦島家の者たちばかりで騒動には慣れてたせいか。
祖母や子供たちがいたのでそうなっただけで本来は日和見しているのが好きな、良く言えば達観した
何処か飽和していた女の子だった。

常にマイペース、東大入ったのもこの性格のおかげだと思っている。それからが大変だったのだ。
出会いがあり、冒険があり、また騒動があってマイペースを保てなかった。

でも、今は再びゆったりとして落ち着いている。
機嫌悪いのはタバコの切れた時や天候悪い時ぐらいで、いま一番の悩みは女子寮のこと。
少し前は祖母とこの茶房のマスターにて一番客みたいな存在になりかけてる自分の覇気の無さだった。
性格は浦島姓の女性にしては例外すぎるほど温厚な部類に入ってるはるかだが、一度プッツンすると
手がつけられないらしい。
東大で出会った男性との接触が切れているから今は信管抜いた爆弾状態みたいなもの。




「まずは住人と顔合わせだな、女子寮始めたばかりでまだ一人しかいないが」




そう言っていると入ってきた女の子がいた。
制服姿のまま、愛嬌ある笑顔でいつものようにお茶たかりに来たのだ。




「はーるか、は・っ・・・ひっ、ひなた婆さん!?入院したんやなかったんか、てっきり
流石の婆さんも年やしドコか悪くして寝込んどると心配して心配してたんや。
閻魔さんに拝み倒されてお帰り願わされたんか?」


「馬鹿キツネ。いつもやり返されてピーピー泣かされて言ってるのに、久しぶり会えばそれか」


「仕方ないよ紺野みつねちゃんの性格矯正できんし」


「そうやねん。さすが婆さん分かってるなあー」


「このひとが?」


「紹介しよう。紺野みつねという、今年一人暮らしを始めた矢先トラブル多くて親に頼まれた奴だ。
私が普段は抑えておくが一応女の子だ、仲良くしてやってくれれば落ち着くだろう。ほらキツネ」


「おーにきに」




まだ一人きり上の広大な邸宅と言ってもいい、ひなた荘に寝泊りして寂しいのだろう。
こうしてハルカのところに来ては、夜遅くまで話し相手させていたり片付けまで手伝ったり
普段しない、らしくないことをしていた。
すっかり懐かれているハルカは無造作にコーヒーを渡す、いつものようにそれを貰って幸せそうなキツネ。
視線が集まってるのを知って改めてまわりを見渡して知らない顔があるのを見つける。




「な、なんやもぅ・・・ん?誰や?」


「キツネ。浦島加奈子だ、ひなた婆さんの孫にあたる。
ひなた荘の管理だが私がしているが、これからカナコも」


「本来なら兄がひなた荘を相続するのですが、わたしは養子ですので代理と思ってくれて構いません」


「ほー案外大人しそうなやっちゃ、はるかさんが苦手なんて信じれへんなあ」


「ばあさんに影響されきってないからだろう」


「・・・ハルカ、それはどーいう意味だい?何なら一緒に連れていってあげるよ?」


「・・・わ、わるかった・・・よ、ばーさんもう一杯飲むか?」




いざとなれば身代わりになるお調子者がいるが、カナコと会話中で話し逸らせなかった。
キツネは腕組んでジロジロ見て一言。
カナコの前髪をわしわしと掴んでにしししと笑う。




「なんや可愛い子やん、うりうり」


「わっわっ、な、なにするんですか!?もぅ、役不足かも知れませんが管理人になるんですよ」


「へ?あんさんが管理人になるんか、ほいじゃ婆さんが旅行なら羽目外せ・・・」


「生活矯正はできるんだから明日から朝の稽古再開しようかね」




どよーん

一気に暗くなるキツネ、朝弱いだけでここまで落ち込みはしない。
それを見て同情し励ますカナコ。
中学生にフォローされては高校生、しかも女子が廃る。




「私も付き合いましょうか。久しぶりにおばあちゃんと手合わせしたいですし何よりここのところ
勉強ばかりしていて、つまらない生活でしたから。キツネさんもポジティブに考えて」


「あー!もーわかったわっ、先住者として管理人(仮免許)にひなた荘を自由にするか勝負や!
勝った方の言うこと聞き!ばーさんは幾ら孫かわええっても中立不干渉やで?」


「はっ、面白いね。いいよ」


「一応そうだな制限は必要だな、期限とか金銭とか」


「良し乗った、ええな?」


「一騎打ちですか」




いきなり何故か、明日カナコは管理人としての一番仕事。
先住民の反乱鎮圧を行うことになった、しかし今宵姦計に酒盛ろうとしたキツネを一匹始末することになる。




「ええやん、ほら一気にいきー」


「ええそうですね。狐と狸の馬鹿試合は飽きるので浦島流束縛術を披露しましょう」




結局、カナコが勝ち。
対立すると大抵年下のカナコが勝ってしまうが、普段は口で騙したりすかしたりして
どちらが勝者かは迷うところ。策士紺野みつね。




「東京大学目指してるんか、そらまたご苦労さん。
成瀬川なるっちゅうダチも目指しとったな、家庭教師が東大生やったんやて」


「東大の家庭教師ですか」


「そや、そーいやなるも来るかもしれんなー。ひなた荘も住人増えると楽しなるで」













---二ヵ月後---

新しい住人が来るとの知らせが浦島はるかからあった。
でもいまは二人。
紺野みつねの歓迎を受けた加奈子は最初こそ静と動の性格の違いに戸惑ったが、今では仲良くなり
浦島はるかを一緒に困らせたりして中々良いコンビを組んでいる。




「二人だそーだ、食器やら部屋の用意頼んだぞ」


それで二人で清掃と捜索。


「旅館だったときの食器をスペアにしたらええやん、これなんかどおや?」


「買いに行かなくて済みますね。ありがとうございますキツネさん」


「困ったことあったら相談しいな?
あ・・・楽しそうなこともやで?くっくっくっ、あのはるかさんの顔思い出したら」


「クス、あれは傑作でしたね」




年下の管理人相手に楽しそうだ。
キツネは結構まめに学校帰り一緒に買い物したり、休みにはひなた荘の修理や調査をしていた
加奈子の手伝いしたり、その報酬にカナコが実家から持ってきた和菓子食べたり・・・。




「はあ〜〜めっちゃ疲れたわ。やっぱり広いんやなあ」


「幼い頃来た限りですから私も全体把握はしてないんです。
はるかさんが知っていることも後で聞いておきますけど、ああこれはうちが和菓子屋なんでお土産に」


「ひとつもらっとこかな、なんやくわへんのか?」


「ええ、どうですか?売れ筋持ってきたんですけど二人で食べるには多いですよね・・・」


「遠慮せへんと食べ、ああそーか食べ飽きてるんやな。でもま付きあぇーv
うちだけ太るのヤヤん。こら何で逃げんねん?」


「・・・いぇ」


「てりゃっ年貢の納め時やで、ほれ食いかけやけど美味いもんやし・・・な?」




すすすっと逃げ支度する加奈子に飛びついた、疲れたぁと言ってたわりに意外な行動力を発揮した。
シシシと小憎たらしく笑うキツネ。
ハチャメチャにされて、へたばる加奈子




「うぅぅ・・・甘いものが」


「甘いものが?」


「苦手なんです、キツネのいじわる!」




一向に手をつけないカナコを不思議に思って、何か悪戯・・・激辛とか食べさそうとしてるんか?そう思った。
そ知らぬ顔して勧めて食べさせてやろうとして、甘いもの嫌いを知って笑ってしまい。
機嫌損ねられたりと姉妹のように過ごした。