短編「秋葉の願う、穏やかな終末」














一日目

殺意を抱くほどの憎悪とは、相手と鏡に映った自分の姿さえ判別できない程の狂気である。
誰かから聞いたか、本で読み知ったか、憶えていないけれど、強く記憶に残った言葉を反芻する。
今の私の心理状態がそれに近づいていると自覚したから。


「・・・四季、あなたは反転して全てを終わらせた・・・そしてまた始めるつもりなの?なら私は」


この数日の日課となったこと、それは朝、鏡に写った自分の瞳の中を観察すること。
ああ良かった、微笑みも正常に鏡は私を映してくれた。
危うい色に染まっていない、私は血に飲まれてはいない、と確認できた。
下らない気休めに過ぎないと分かっていてもやめられない。


「あ、秋葉様。おはようございます。
今日は特に身支度に気合入れてらっしゃいますねー、学校で何かありましたっけ?」

「琥珀、分かって言ってるのね。それとも何?私はいつもとそんなに違う顔してる?
・・・今日は八年ぶりに兄さんがこの家へ帰ってくるのよ、みっともないところは見せられないわ、当然じゃない。
それより、それはどうしたの?」

「これですか?今朝一輪だけ咲いていまして、玄関に生けようと思ったんですけどー」

「いい考えね、でも今ある花は?」


鮮やかな赤、日々ゆっくりと深くなる秋の夕焼けに似ている花。
夜に最も生える花。
・・・花言葉は悲しい思い出だったはず。


「一緒にしちゃいます、たぶん合いますよ。こんなにも綺麗なんですから」

「そう?そう、任せるわ」


時間に余裕あったので琥珀に付き合い、どうしても決まらない生け花の形を推敲し最終的に二人で花瓶のせいにした。


「葉も必要じゃないかしら?それにしても趣味の悪い花瓶、久我峰が残していったのかしら?」

「そうですよきっと、こんなものは私が片付けておきますね」


朝食できるまで、急ぎの用はなかったし、ゆっくりとできるはずだった。
しかし落ち着かない。
朝からこんな状態で、しっかりと当主としての応対ができるだろうか?
兄さんは変わってはいないだろうか?
それに・・・長男を切り捨てるように追い出したこんな家へ、帰って来てくれるだろうか?
本当はソレさえ嘘偽りなのに、悲壮な想いが湧き上がる。


「お待たせいたしました、ささお召し上がりください」


あの花瓶を『掃除』しただろう琥珀に朝食を用意させ、そして明日には楽しみになるだろう食後のお茶の時間となる。
・・・だから、今のうちに嫌なあまり考えたくない事を考え、決めるべきことを整理しよう。
朝から憂鬱だった理由は、数日前に父が死に街に吸血鬼の噂が立ち始めた事が原因だ。
『遠野寄り』となった人間が何を欲するのか?答えは簡単、血と殺人を空気のように見えないけれど必要とする。
思い出す八年前の出来事。
父が死にこの屋敷にようやく、表面上だが、私が作った平穏な空気が流れ出したというのに。


「琥珀、今日はいつもどおりだから、予定より早く帰るって事はないから」

「はいはい、わかりました。あの部屋は予定どおり空けておきますねー」


苦笑含んだいつもの笑顔、しかし・・・。
ここに住まう人間は誰もが深い闇を隠して、生活しているのだ。
彼女も例外ではない、私の抱える闇の一部は彼女から受け取ったものなのだから。







二日目

「いない」


私はまだ決心できていない、それでも歩みは止めない。
四季が目の前に現れたら・・・殺せるだろうか?
反転さえしなければ、兄として接したかもしれない人を・・・殺せるのだろうか?
あの家ではなく学び舎で過ごした秋葉は、否定している。
殺せないと。
しかし、遠野家当主で一族を束ねる立場にいる秋葉は何とも思っていない。良心など捨て去っている。


「いない」


私は今、その狭間にいると自覚していた。
たった数日で嬉しい事と悪い事が同時に起きて、心が乱れているのだろう。


「いない」


しなければいけない事は・・・多い。
記憶の彼方に思い浮かぶ四季の姿は、鮮烈な赤い姿だけ。
幾つかの普通の状態の顔や声も完全には消えていないものの、八年の歳月で霞がかったものになってしまった。
・・・それでも彼は、私に一番近い肉親。
あの親戚連中よりは理解できるかもしれない、と思ってしまう弱い私がいる。
続く吸血鬼事件は、既に人の害になる存在に反転していると示す何よりの証なのに。
彼はまた当主に殺される定めなのだ。
・・・結論はとうの昔に出てしまっている、すべきことも分かってる、他の誰にも任せれない事だとも。
念のため琥珀に調査を頼んだけれど、それは私らしくない遠回りだったかもしれない。
そして今、私らしい罪の償いをするために夜の街に来ている。


「いない」


したいと思っている事は・・・少ない、けれど叶うはずも無い。
私が求める幸せは砂のように、指の隙間から落ちていってしまうものなのだから。
だから、せめて、最後にはあの二人には笑っていて欲しい。
そして、そこにこそ私の居場所があるような気がしてならないのだ。
それにしても・・・兄さんと違って壊れそうな体ではないけれど、夜の徘徊を明け方まで行うのは辛い。
・・・それを口には出せないし、悟らせやしない。
琥珀は何か感ずいているようだけど、当主としてすべき事柄にまで口は出してこない。
朝起きて寝坊の兄さんを待つ、そんな朝は八年願ったことのひとつだから・・・疲労した私は存在してはいけない。
八年間ずっと命の重みで確認して、その度に願っていたのだから。
カロリーの高いものを摂取するようにしているが、もしかしたら『戦闘』行うには足りないのかもしれない。


「今日はもう切り上げて、休んだ方が良いのかしら」


今していることは、四季の捜索。
裏路地を、廃屋を、人の近寄らない場所を私は歩く。
公園に入ったとき、感じた空気に・・・遠野の血が反応する。


「何かいる、これは・・・」


そして私が見た時には、信じられない程のスピードで動く。
その白い生き物の動きを見つめた。
人ではない、動物でもない何かが黒い液体となる。
パシャ


「・・ふぅ」


とても綺麗な顔をしているのに、圧倒的に優位なのに、その顔には愉悦も・・・何もない。
目的に到る手段でしかないのだろう、彼女にとっては。


「・・・・・・出てきたら?混ざり者よ」


振り向かれて冷たい視線を受ける、自分よりも確実に大きな存在である彼女に私は極めて冷静に返礼を返せた、と思う。
この相手に言葉を誤ってはいけない。
本能がすぐに狩られてしまうと告げている、吠え噛み付くなど小動物のような振る舞いをしてはいけない。毅然としなければ。


「やはり気が付いていましたか、こんにちは。見事なものですね」


暗闇で分からなかったが、後で兄さんが処理したという混沌というもの、それはあたり一面に落ちていた。
その何か分からぬ物の骸の中、立つ彼女は戦闘終えてあとは去るだけだったのだろう。


「ふん、厄介なのに付きまとわれただけよ。あなたは私に何用かしら?それとも・・・あなたも奴を追っているの?」

「吸血鬼、のことですか?この地の魔は私が管轄する立場ですから・・・。貴方はいったい?」


ろくな戦闘経験もたない自分が対等の立場を前提に話していられるのは、相手がさして興味持っていないからだろう。
やったら確実に負けるだろう。
この国の魔には通じてはいるものの、どうみても西欧生まれの彼女、どんな名を持つ存在かは分からない。
敵対よりも中立を望むが、この街で起きている事件がもしも・・・。


「自己紹介、そうね、しておこうかな。アルクェイド・ブリュンスタッド、まじりっけなしのホンモノよ。
あなたと違ってね。でも珍しいものがいるのね、日本には。・・・ところであなたは?」

「遠野秋葉と言います、この地で死にぞこないの方々を始末するのは遠野の役目。
・・・あなたはもしかして、真祖と呼ばれる存在ですか?」

「うん」

「・・・そうですか、ではこの街で起こっている事件はあなたが来たから、と。いうことですね」

「え、違うよ、違うよ〜」


軽く笑ってあっさり否定、返答によっては引くに引けない緊張強いる質問だったのに。
これが真祖?
狂気や力なら有り余るほど持っていても、それぞれの個性はあると思っていたが、この羽ピン並みの軽さは予想外。


「・・・は?」

「だからー違うってば、確かにあいつ連れて来たよーなものだけどさー」

「えっと?」

「この街には来たばかりだし、この国も初めてだから、まだ色々と分からないんだけど。遠野秋葉?
答えてくれないかしら、どうしてあいつが屋敷にいないのか、とか?まだ表には現れてないはずなんだけどね」


二度目のあいつは、呼んだ瞬間空気が凍った。
厳寒の世界に突然放り込まれたような感覚に陥る、アルクェイドの殺気はそれほどのものだった。


「なにを言ってらしゃるのか知りませんが・・・私の探している吸血鬼は一族の掟によって殺されるべき存在です」

「ふーん、そんな展開になってるの。前回とはまた違う厄介ごとになってるのね」


勝手に納得して貰っては困る。
四季の事を何故知りたがったのか、何故真祖が関わっているのか、問い詰めたいけれど私の体は自衛を訴える。


「私はあなたと敵対したいわけではないですし、利害の一致があるらしいですから・・・協力しませんか?」

「そうね、いいわよ。
でも邪魔したら殺すからね、あなたもそれがわかってるらしいし、こんな穏やかに話せる相手は久しぶり」


穏やか!?
水面下で色々と思考していた私が馬鹿にされた気がするが、確かにあれだけの戦闘を演じた彼女の
日常は想像を絶するのだろう。今はこれで良い、上出来だ。







三日目

彼女とは同盟というものを結んでいた、どちらかと言うと私の恭順の意を彼女が汲み取ってくれたと言うべきだろう。
しかし・・・と思う。
何処の誰であろうと、深夜の訪問を窓からは遠慮してほしい。
真祖に常識を求める私は異常なのだろうか?
それに今の私は帰宅遅い兄さんのことが心配で、あなたに譲歩できるほどの余裕を持ち合わせていない。


「・・・・」


今日も彼女は窓から入ってきて、死徒の情報交換をすると思ったのに無言でいて・・・そしてため息をついた。


「不機嫌そうです、どうしました?」

「え、そう見える?おっかしいな、もう戻ったと思ったのに・・・」


彼女ほどの存在が疲労するわけでもなし、あの性格で心労など理解外の話なのだが、一体何があったのだろう?
それに今夜は・・・何か薄い。
今はまだあまり遠野寄りではない私、そんな私でも感じる。
純白でありながら深い闇を懐に抱えて底が知れなかった彼女が、不意をつけば私でも対抗できる程に弱っている?
でも故意に力を隠しているのかも知れない、私は信用できるのか試されているだろうか?


「傷、直さないんですか?」

「え?どこ?やっぱり直りきらないんだ、この傷」


うっすらと白い肌に一本の線を見つけた私、詳しく観察すると幾何学模様のように赤い線が体の各部に走っている。
・・・本当にどうしたというのだろう?


「これね、いきなり解体された名残」

「か、かいたい?」

「うん、瞬殺」

「殺されたと言うのですか?真祖のあなたが?」


冗談、うんそうだ。
羽ピンも、時々本当か嘘か判別つかない事を唐突に話したり実行したりする。
同じような性格の彼女なら、たぶん。
出会って数日、直接話す時間にして十二時間未満だと言うのにアルクェイドは極めて友好的過ぎた。
弱っている事を知らせてしまうなんて、今日はそれに益々拍車がかっている、私にはそれが演技には見えない


「突然さ、玄関先で若い男に十七分割。警戒心鈍ってたとかそんな問題じゃないわよ。
参ったわ・・・この街にはあの女も居るようだし、秋葉も気をつけたほうが良いわよ?でもおかしいわね・・・」


ノック音がして、扉の外に見回り途中の琥珀がいることが知れる。
問い掛けてきた。
入れようか?


「秋葉様?どうかしましたか?」


まぁ良いだろう、年齢的には友人には見えないアルクェイドだから時間を考えて
・・・遠野一族に関わる人間とでも偽れば良い。
内密の話なら使用人風情に関わらせなくても良いのだから。


「・・・琥珀、ちょうど良かったわ。
紅茶を二人分運んで、それからこの事は口外しないように。誰もいなかったし私は寝ていたと」

「・・・はい」


琥珀が紅茶を運んで来るまで口裏合わせをしたかったが、
アルクェイドは自分を殺した相手の事を考えているのか、ぼぉーっとしていた。
四季の起こしている吸血鬼事件だけでも手一杯なのに、真祖に、真祖を追う死徒たち、
夜の街はすっかえり戦場と化していたのが昨日までの話。今は真祖をも殺す殺人鬼まで現れて・・・。


「お持ちしました」

「ありがとう琥珀。・・・砂糖は?いりませんか?」

「え?ああ・・・うん一杯だけ」


琥珀はアルクェイドを私の客と見てくれるだろうか?
暖めたティーカップに注がれる紅色の液体。
行儀作法を心配したけれど、意外な事に彼女はその美貌に似合う真祖のお姫様らしい気品も持っていた。
三者三様の静かな時間が過ぎる。
もう夜の半ばを過ぎようとしていたその時、ゴドッと物音。


「?」

「なんでしょう、見てきます」


静かだから聞こえた物音、玄関のほうに向かった琥珀・・・心当たりのない真夜中の訪問者、また厄介事増えた。


「今日はこのぐらいにしませんか、私の家の事はあなたに関わりないことですし。
当主の私が失礼な客人に挨拶しないといけませんから」

「私も実は今日は動きたくなかったの、中まで直りきってないし」


ザァッ
開けた窓から風が吹き込んできた、夕方降っていた雨は上がって月が出ている。


「じゃぁね秋葉」

「・・・おやすみなさい、アルクェイドさん」


彼女が出て行った窓を閉めて、部屋を出る。
すると兄さんの部屋の方から翡翠と琥珀の話し声がしていて、二人とも困り果てた様子で兄さんを呼んでいた。


「琥珀、さっきのは兄さんだったの?」

「はぁそうらしいです、翡翠ちゃんがお部屋にお連れしようとしたらしいんですけど」

「秋葉さま申し訳ございません、私の力が足りず志貴様のお役には立てませんでした」

「どういうこと?」


何故こんな夜半まで兄さんが帰宅しなかったのか、事情を翡翠から詳しく聞いて、それから会おう。


「私がロビーで待っていたところ、制服姿の志貴様がご帰宅になり
私に気がつかぬ様子でご自分のお部屋に・・・ですから私は呼びかけましたが・・・」


何処で何をしていたか、兄さんからは一言の言い訳もなかったなんて異常だ。
雨にぬれた、だから着替えを持ってきたと翡翠は付け加えた。
普通の人より格段に弱い兄の身を案じ、ノックして着替えを椅子に置く。
ベッドでシーツかぶっている兄さんに呼びかけた。
この役目は翡翠のものだったのに、でも私は妹だから・・・悲しい事に血のつながりはないけれど。


「・・・兄さん?寝てしまったんですか?」

「秋葉か・・・ごめん遅くなって。
でももう何もかも・・・何も考えたくない。
秋葉には言えないことばかりだ、昨日も本当は・・・ごめん秋葉」

「・・・兄さん」


こんなに拒絶されたのは初めてだった、何度も私に関わるなと言ってる兄さん。
だから、私も深く聞こうとはしなかった。
憔悴しきった兄さんに抱きつかれて、弱音を吐くなと言ったけれど・・・本当は恥ずかしかった。
今日は変なことばかり起きた、大人しく変わってしまったアルクェイドに、何かがあって帰宅が遅かった兄さん。







四日目

翡翠の告白で今朝初めて知った、夜に兄さんが抜け出していた事を。
その事でひたすら謝る翡翠を叱咤しても心は落ち着かない。
・・・至極当然だ、兄さんのことを心配しているのは翡翠も同じと分かっているから。
ああ、このままでは私が彼の家族であろうとする理由がなくなってしまう、穏やかな空気が失われてしまう。
何か良くない事に巻き込まれた様子の兄が心配で、それがまた四季絡みであったなら・・・。
その可能性を捨て去れない、不安は積もりゆくばかり。


「秋葉さま、紅茶が冷めてしまいます」

「え?・・・はぁ・・・そうね」


本当は一日の大半を兄さんと離れて過ごしていてはいけない、四季がこの街の何処に居るのかも分からないのに。
隣の県まで毎日一時間かけて通学して・・・。
通学の言い訳なんて、琥珀が面白がってあの朴念仁の兄さんにも分かるように説明したに決まってる。
こうなったら、転校でもして何が何でも常に傍らに居なくては。
転校、それはとても良い思いつきのように思えた。


「翡翠、琥珀。学校に連絡して転校の手続きをしてちょうだい、今日一日で終わらせるようにして」

「秋葉さま、転校・・と申されますと?」

「はい畏まりました、翡翠ちゃん行きましょう。時間が押してるわよ、志貴さん起こしに行かないとね」

「あ・・はい」


理解と対応の早さ、それは八年間傍らに私の影のようにいた彼女なら当然できること。
パタパタと駆けて行った琥珀、さて私も行かないと。
玄関まで来て、兄さんの部屋の方向を見る。
・・・今日は会えなかったな、明日からは一緒よ。兄さん。元気出して下さいね。



 ◆ ◆ ◆ ◆ 



「あーおはよー、どうしたのー、」

「・・・」


ニコニコと悩み無さそうな彼女とは同室だった、一週間前までは一緒に寝起き・・・いやあれはどうだろう?
全寮制のここで規則正しい生活習慣が身につくのは自然な事だが、彼女のようなフワフワした人物は・・・


「・・・・・ぁ・・・あーきはーちゃん?ねー、どうしたの?」

「え、あ・・・今日は少し忙しいの。話があるなら帰り際にしてくれない?」

「うん、わかったー」

「遠野どうした?何かあったんだろ、家の方で」


この数日抱えていた悩みが深刻になった。
その事を敏感に感じたらしい、元ルームメイトの月姫蒼香はずばり核心を突いてきた。


「そうね、否定はしないわ。あなた達とは浅くも短くも無いつきあいだし言っておこうかな、転校すること」

「えーっ、転校?転校ってあの転校?」

「・・・」

「ええ、突然だけどあの家から遠すぎるここに毎日通えなくなったの、わけは聞かないで欲しいけど」


びっくり、そしておろおろとする羽ピンなんて初めて見る。
貴重だけど蒼香の方は私に合わせてくれる、私も何処まで知らせたら良いのか迷っていたところだ。
相槌打つように質問に答える。


「え・・え・・毎日会えなくなるって事だよねー、」

「・・・はぁ、本当にするのか?この学校には大きすぎる損失だ、勿論建前だけの先生生徒も
お前が居なくなるなんて現実に起きないと思ってる。・・・家の方はそんなオオゴトが起きているのか?」

「まぁね、弱音と取られても仕方ないけど」

「そうか・・・ついこの間、帰ってきたばかりの兄貴はどうしてる?
あの時以上の驚きをもたらさないでくれよ、無理を通すのは遠野らしいが・・・はなせないか?」

「二人にも話せない。当主としての大切な仕事ができてしまったの、どうあってもここに居るわけにはいかないの」

「じゃあ私も転校するー」


仲の良い、けど普通なら私と仲違いしてもおかしくない性格の彼女、相性は良かったけれど根気比べは初めてかもしれない。
けど・・・緩衝材ならぬどんな者にも効く中和剤こと三澤羽居。
彼女が挙手してぽわーっと宣言する。


「・・・意味分かって言ってるの?」

「分かってないな、絶対」


この娘のペースにはついてゆけない、今朝とは違う種類の頭痛がした。
そのあと、控えている煩わしい幾つかの話し合いを思えば、その会話は私をリラックスさせてくれたのだろう。
良い友人を持てたものだ。
気疲れして帰宅すると、アルクェイド・ブリュンスタッドの訪問を待っていたが・・・・。


「今日は来ない?まさか・・・ね」


悪い予感がして部屋を出る、兄さんの部屋へ。
何も無い静か過ぎる部屋、誰も居ない事を確認するとロビーへ行くと一人じっと立っている人物が居た。
求める人影とは違うが問い掛ける。


「兄さんは?何処にいるの?」


安心し見逃していた兄さんの事、まさか帰宅していない?
玄関に佇む翡翠がそれを示している。


「今日はまだ帰宅なさっておりません・・・・秋葉さま、お役立てず申し訳ございません」

「・・・そう」


深く頭垂れて謝る翡翠、感情を露にして主人への献身的な態度を示す彼女へ怒りの矛先は向かわない。
ただし、他へ向く。
例えば、全く自分の体をかえりみない血の繋がりの無い兄とか。
それは心配であるがゆえの怒り。
兄さんが巻き込まれた事件はまだ終わっていなかった、昨日は帰宅したからと安心してしまった私の失態だ。
危険すぎる街、早く見つけなればいけない・・・。
裏通りや廃ビル、人影ない場所を積極的に探した秋葉。
けど出会うのは死徒ばかり、紅い線をイメージすることに慣れてしまった。それでも戦闘は苦手だった。
・・・そして何の収穫も無いまま夜は明けた。







五日目

昨日のうちに転校手続きを終えたが、いつも以上に厳しい表情で、秋葉はいつもとは違う道を登校した。
・・・結局、一晩中探し回った人物は屋敷に帰って来てなくて、
翡翠は目を真っ赤にしてロビーにいた、休みなさいと命令したけど本人は納得していなかった様子。
それに睡眠を欲していたのは私も同じ。


「はぁ」


・・・ため息など私がつくことになろうとは。
部屋に戻って一時間ほど仮眠をとった、起きるといつものように朝食は用意されていた。
ただ寝坊の兄さんがいないだけ。


「じゃあ行ってくるわね、兄さんが帰ってきたらすぐに連絡頂戴、たっぷり叱ってあげなくちゃ・・・」

「・・はい、わかっております。秋葉さまご無理をなさらないよう」

「わかってる」

「出すぎた真似を申し訳ございません、ではいってらっしゃいませ」


琥珀の前では気丈に振舞ったが、私が落ち着きを取り戻した、とは思われていないだろう。
歩いて登校など初めて、隣に望む相手がいないことが残念だが
住んでいる屋敷の近くとはいえ、今まで何度通ったか両手で足りる程の道は新鮮な感覚だった。
道すがらそんな事を考えていると、周りに兄と同じ制服の男性達が増えてきていた。
要は屋敷が立つ丘から坂を降りるだけなのだ、思ったより近かったなどと思いつつ秋葉は校舎に入った。


「・・・」


転校を考え、実行に移してから多少気にはしていたが・・・
今日からはまったく知らない違う環境に慣れなければならない。
秋葉にはちょっとした試験だ。
転校生と言うファクターと、浅川のままの制服と、この街のあの屋敷に住んでいるということ。
何より・・・兄以外の異性とは嫌な縁戚や父としか話した事が無い。


「遠野秋葉です、よろしく」


同年代の男性も居るクラス、というものには私は戸惑いがあって言葉も硬くなる。
授業の合間に来る人間達に観察され、不機嫌になる暇も無いほどの質問に一つ一つ丁寧に返した。
午前は質問攻めにあい、昼休みに昼食の勝手分からない私は
親切というおせっかい焼きの女生徒に連れられて、食堂と言うものの前まで来た。


「申し訳ありませんけれど、今日は家の用事があるのです」

「えーそうなの、しかたないよね、じゃ今度」


午後からはまた兄の捜索をするつもりだった。


「?」


ぐにゃりと視界が歪む、突然にまわりの喧騒から切り離された感じ、音が遠ざかる。
一瞬だった、一瞬の出来事だった、ひとりの女生徒と視線が交わり。
そしてすぐに別れ、違和感も何もかも何事も無かったかのように喧騒の中に消えた。
振り返るが誰もいない、秋葉は口を閉じて歩を進めた。


「こんにちは。珍しいですね、転校生ですか?」

「・・・ええ、あなたも留学生には見えませんが?いったい何処からおみえになったんですの?」

「・・・。」


校門まで来ると、予想はしていたがあの女生徒が待っていた。
本当はこんな場所で悠長にお喋りなどしていられないが、真祖との同盟関係からも相手の話は聞かざる得ないだろう。
明らかに敵対する人間の甘言に流されるほど私は弱くはない、腹の探り合いも慣れたもの。


「・・・遠野秋葉と申します」

「シエルと呼んで下さい、ちょうど良かった、実は遠野くんの事に関して幾つかお知らせしたい事が」

「!」

「昨日帰って来ていませんね?」

「まさか兄さんはあなたと関わっているのですか?兄さんは関係ないじゃありませんか!?」


兄さんのこんな身近にも危険な人物がいる、転校は正解だった。
人質にされているのだろうか?それなら今ここででも、紅い・・・紅い世界のイメージを目の前の女に。


「何か勘違いなされているようですが、私ではありません。実は私も遠野くんを探しているのです」

「そうですか・・・生憎と、私達の目的は同じみたいですね」

「昨日の朝、遠野君の様子はどうでした?この街の何処か思い当たる場所はありませんか?
ああ、そうでした八年も離れて暮らしていたんですよね?とんだ無駄足でした、素直に有間の家へ行けば良かったんですね」


秋葉の努力を嘲笑い、プライドを傷つける。
わざと答えられない事ばかりを並べて、私の大切なもの・・・志貴との兄妹関係を貶めようとする。


「・・・本当にこれっぽっちも信用に値しない人ですね。
私は私の流儀で事態の打開をするつもりです、あなたが妨害するというのなら結構、私が全力で排除してみせます」

「そうですか・・・遠野君に会ったら、私がとても重要な話があると伝えてください。
それはあなたの身を守るためでもあるのですよ、遠野秋葉さん?」

「ペテン師でももう少しマシな言い訳を考えるでしょう・・・今は見逃して差し上げます。
それ以上その口は、会話などという高尚な作業は必要ありませんわ。次はありません、さよなら」



 ◆ ◆ ◆ ◆ 



帰宅すると翡翠が起きて来ていて、ロビーでまた志貴を待っていた。
メイドとして出来る事をただひたすら続ける彼女・・・その姿勢は賞賛に値するが今は。


「翡翠、琥珀は?」
「おかえりなさいませ。姉さんなら、さっき裏庭へ行きました」
「そう」


日のある内は琥珀に任せるつもりだ、体力を回復させて夜に備えないと・・・真祖の不在も気にかかる。
やはり最後に頼れるのは自分のみ。
一族の当主に成り立ての私が久我峰の経済や軋間の力は当てにしてはいけない。
この屋敷から追い出した当初はこんな状況になるとは思わず、関係悪化しても構わないと思っていた。
だが今は・・・今は力が欲しい。


「琥珀・・・ここに居たの、ちょっと」

「どうされたのですか、大丈夫ですか?フラフラじゃないですか・・・っ」


花を愛でていた琥珀、やって来た秋葉の様子を見て何が起こっているのか知ると青ざめて秋葉の体を支える。
そして、自分の首筋を傷つけ血を・・・。


「・・あ」

「飲んで下さい、まだ志貴さまは見つかっていませんでしょう?今、秋葉さまに倒れられたら・・・」


赤子をあやすような優しい言葉で秋葉に語りかける。


「ん・・」


時々思う、琥珀は翡翠の姉であると共に私の姉でもあると。
弱音を吐けばまだ朦朧とする意識だったので、琥珀に連れられ部屋に戻り仮眠をとった。


「秋葉さま・・・」

「琥珀、どうでした?そうまだ兄さんは帰ってこないのね・・・・」


起きあがる。
私の眠りは浅い、休息したお陰か血を口にしたお陰か・・・気分は悪くない。
良くも無いが。
そして私は見送られ屋敷を出る、夕方降った小雨に濡れた歩道に人通りはない。
やはり吸血鬼事件の影響は日に日に深刻化している。
少し時間がたつと月が昇っていた、その頃になると何処を見ても、闇から死徒が顔を覗かせているように思えた。
裏通りと街外れ、廃ビルの路地を歩き荒れた袋小路に来た。
・・・いつもと違う空気の流れを感じた私は跳び上がる、たんったんっと建物の上に立つと
ちょうど向かって反対側の建物に黒い影がいた。
死徒、ではない。
だがそれ以上に危険な奴だ、あれは冷たい月光を背にして殺意を私に向けている。


「言ったはず、その口は」


私も変えていく、あの蒼白い月さえ赤くする世界を創る姿に。
しかし、黒衣纏ったシエルは戦闘馴れしてる上に彼女の武器は遠距離攻撃ができる。
・・・どんな仕組みか知らないが燃える武器、体力が削られていく。
スピードはあちらが上。
ああ・・・自分は無力だ、吸血鬼の事ばかり気にしていて、私は彼女の事を何も知らない。分が悪い。
一族の手を借りて、網を張り、万全の体制を敷くべきだったのだ。


「交渉のテーブルを蹴ったのはあなたですよ、さぁ」


地に手をつきへたばった姿の私、その近くに、やって来た。・・・・・・チャンス。
まだ私は見せていない、檻髪を。
まだ私は赤い世界を描いていない、戦術では彼女に負けたが戦略を見誤った彼女。


「こんなところで私は立ち止まる気はありません」

「強がりを・・・選択しなさい、大人しくあいつを差し出すか」

「それは誰の事?」

「あなたは兄、トオノシキを何処へ隠したのです?あなたに抵抗できる力はもう」

「それはあなたのことですよ」


その一言に含まれる殺気に拙いと思う暇も無く。
秋葉の特殊能力を目で直接見る事は初めてだった、シエルに赤い世界が一気に押し迫ってきた。
赤い。
その嫌いな色は私を絡めて喰っていく、魔力も何もかも。


「っ、琥珀?・・・・帰ってきたの、そうわかったわ。今日はここまでにします。
これに懲りたら早く町を出て行くことですね、私はあなたの相手してる場合ではなくなりました」


唐突にその拷問は終わる、秋葉は去っていった。
何があったのだろう、・・・わからない、だが回復まで時間がかかるという事。
ここまで殺されたのは久しぶりだ、やはり彼女はあの真祖にも劣らない立派な化け物。
そして・・・私も。







六日目

前遠野家当主が八年前に行った、愚かな行為の不始末を、私が完結させる。
そんな決意を固めていた。
反転した四季を処理すると。
真祖という存在と出会って数日、私は流れる血の半分に由来する衝動が強くなっているのを感じていた。
今なら目に見えるもの全て・・・あの一個で世界と呼んでも過言ではなかった濃密なものでさえ、奪い尽くせると。


「私も遠野寄りになってしまうのかしら?いけない、今は余計な事を考えてはいけないのに」

「ここにいらっしゃいましたか。秋葉さま、街へ行きましょう?今夜は場所を絞りましたので見つかりますよ」

「そう、じゃあ翡翠、兄さんを頼みますから決して今夜は外へ出さないで」

「はい、姉さんも行かれるんですか?」

「そうなりますね、私が留守の間、屋敷の事お願いしますね」


外は夜の生き物たちが街を徘徊していて、琥珀と秋葉は彼らに招かれ屋敷から出て行った。
翡翠は翡翠の仕事を始めた。
ところがもう既に志貴は居なくなっていて、窓がひとつ開いている。
窓際にはロープ、志貴も行ってしまった。
私も覚悟を決めなければ、この屋敷に誰一人戻ってこないかもしれないという恐怖に包まれた。
弱いけれど冷たい風が部屋へと流れ込む。
ぞくり
あの時のように志貴を助けれないなんて、嫌だ。
学校に向う翡翠、辿り着くとそこは静まり返っていて、誰も居ないかのような錯覚を覚える。
けれど、確かにいる。


「・・・っ・・・」

「・・」


二階から聞こえる破壊音、と声は厳しく、まったく知らない人間のように感じた。
たが、行ってみるとアルクェイドと志貴・・・そして、赤い人。
赤。
赤い。
赤い人、志貴を殺した。


「なんでこんなところにっ」

「キ、キヤア――――――ッ!」


黒い影が跳び、誰かの悲鳴・・・ああ私の声だ。
こんな所に来て何をしたかったのだろう、何が出来たのだろう。
ただ漠然助けると、その思いは叶わないのか・・・。
姉とは違う臆病な私、そんなことを一瞬考え、そして体に強い衝撃を受けて気を失った。



 ◆ ◆ ◆ ◆ 



時間はさかのぼる、志貴とアルクェイドが誘い出された夜の闇に沈む学校。
黒い死の線だけでなく、そこは赤い、アルクェイドにも見える大量の赤い線が描かれていた。
血・・・ではない何か。
それが何かわからないけれど、ロアにこんな芸当はできなかったはずだとアルクェイドは言った。


「血じゃなければ、これは一体?」

「不用意に触らない方が良いわ、ここは奴のテリトリーなんだから」


一階から二階に上がると苦しむ声が聞こえた、死徒、吸血鬼、そいつらが姿を見せた。
アルクェイドが吹き飛ばし塵に変えていく。


「あ、ぁ・・来たのか、志貴。誰だ、また邪魔をするのか?
黒服といい、俺の邪魔をするな!燃えろ、燃えろ燃え尽きろ!白服も志貴もあいつも!」


長く白い髪を振り乱したそいつが叫ぶと、無秩序が訪れた。
赤い線が焔に、剣に、なって襲い掛かってきた、それを避ける俺と力でねじ伏せるアルク。


「お前を殺した相手も忘れて、ああ何て薄情な奴、俺はこうして嫌な奴と二人と共融しなければならない!
何故、こんなに、苦しまなければ・・・・お前諸共消えちまえ!」

「アンタね、大人しく」


聞こえていない、頭を抱えて誰かの声を無視するように吼える。
なんて無防備、当然吹き飛ばされる。


「死ねばいいんだ!ぐぉっぐぁぁぁぁぁ、はぁあっぁぁっ。
ひ、ひゃはは・・誰か知らないが、目が醒めた。いーい気分だ・・・志貴殺してやる、殺して」

「まだロアが現れないなんて、志貴こいつやばいわよ。」


血を流したからか、切れ具合が酷くなっている。
アルクに投げ飛ばされ、俺に右手の死の線を切られても、不利な形勢にいるのを自覚していないようだ。


「ん?ああ翡翠、お前も来たのか、そうだよな。あの時も今も、今度は」

「なんでこんなところにっ」

「ああ・・・そうか、じゃあ」

「な、このっ」


翡翠に気を取られた一瞬、ぐいっと持ち上げられ投げ飛ばされる。
アルクに翡翠ともども庇われた、また傷口開いた様子。
あいつは一人で何事かまた口走っていたが、屋上への階段へと消えた。


「つっ、志貴大丈夫?」

「お前こそ、また」

「片方だけか、どういうことだ?何故再生しない?おい、お前分かるか?これは・・・畜生!」


翡翠の状態も確認する、良かった気を失っていただけ。
けど、どうして此処に?



 ◆ ◆ ◆ ◆ 



屋上に逃げたロアを追う、だがそこには別の誰かがいた。


「琥珀さん!?」

「あれ?どうされたんですか、こんなところに来ては駄目ですよ。
翡翠ちゃん・・・大丈夫かな?シキさんを必死に探してるんじゃ・・・」

「奴は何処?」


月光が照らす屋上の、ちょうど反対側・・・そこにあった何かが落ちた音。
落ちた?
降りた、ではなく落ちた。その違和感。誰がロアと争っていた?


「下?逃がさないっ、志貴ついて来てっ!」


ダッと走り、そのまま飛び降りていくアルクェイド。
琥珀さんが何故こんな場所に居るのか問い詰める事も、まさかアルクェイドの後を追って飛び降りる事もできず。


「翡翠は二階に居る、気を失って倒れているだけだ。ここは・・・」

「えっ、じゃあ翡翠ちゃんの事は任せてくださいな。シキさま、後の事はお願いしますね」

「・・・」


戸惑っている暇は無い、急いで階段を駆け下りて校舎を出ると
片膝ついているシエルと倒れている秋葉がいて、戦っているアルクェイドは存外に苦戦しているようだった。
秋葉がどうしてここにいるのか、それは琥珀や翡翠が居たことからも
疑問にはならないが傷負っていて、息は荒いが命に別状はなさそうだ。


「邪魔者、今はあいつだ!志貴だ!今度は全て刈り取って、本当に殺してやる!」


アルクェイドと戦ってるのに、まだロアは俺を殺す事に拘っている。
殺す―――?
俺は過去に何度も死にかけた事があって、奴が何故そんなに拘るのか―――わからない。
あいつの手から放たれた赤い剣がシエルに突き刺さる。


「お前はまた、燃やしてやろう。姫君と共に赤くして、秋葉・・・だから大人しくしていろ」

「誰がっ・・はぁ・・は」

「よう来たか、今度は手か・・なら安い。お前は命だ」


憶えていない八年前の事故が関係しているようだけれど、今は関係ないこと。
殺し合いを望むロアに俺は・・・。


「ああそうだな殺し合おう」


答える、アルクェイドが戦っているが・・・決定打が無い上に今のロアは戦闘に酔って乗っている。
直死の魔眼でネロのように点をつかなければ、この化け物を止める術はない。
八年前胸の傷が痛む、忘却してしまった記憶に関係があるのだろうか?
わからない。
ただ、あいつの攻撃をナイフで受けて、殺してそして、地を這い駆ける。
一、二度の接触のあと赤い線が俺の体に巻きつき燃える。
殺す。
ああ・・・こいつは666の獣より強い。
当然だ、俺の急所を狙ってくるのだから・・・見えているのか?死が?


「危ないな、その魔眼は死が見えているのか?」

「そうだ、そうだよ。俺の能力、共融でお前から奪ったものだ。
お前の死はやはり、あの時開けてやった場所か・・・・・く、くくく」


失った片手に赤い槍を、奴は形を変えていく、白い髪が赤くなっていく・・・その姿は俺を狂わせる。
したい・・・こいつを殺したいと。
衝動は内から溢れる、クラスメイトに告白されたあの言葉が甦る。
もっとよく見なければいけない、死にやすい線ではなく、死のそのものの点を。
奴の目にはぼぉと蒼い魔眼が闇に映っているだろう、生粋の人殺しの俺が。


「どうした?その目と体は、もう使い物に・・・何を黙って」


もう何も聞こえない、何も感じない、何も考えれない。
奴は喋り続ける、無口になった俺が癪に障ったらしい、俺が死神に変わったとは知らずに滑稽だ。


「なっ、なんだとぉ・・このっ、やめろっ」


下から上へ、線をなぞり、全てが凶器となりうるロアの体を解体する。
血が落ちる前に十数メートルの距離を取る。
この人とは思えない身体能力で化け物を殺す俺は反転しているのだろうか?
目では追えない限界の速度で全てを行い、瀕死に追い詰めた。あとは・・・。


「何故、また・・このっこのっ元に戻れ・・・・・・あ」


ロアの声が聞こえた。
能力の暴走だろう、共融が伝える声は・・・怯えていた。
『死徒の持つ赤い世界を欲する瞳、姫君の持つ金色の狂気湛えた瞳、遠野や巫浄とも違う・・・あれはなんだ?
あの冷たい蒼色は?それは俺のまがい物とは違うというのか?本当の死を与える瞳だと・・・』
それでも俺は殺人衝動に身を任せて続けていた、殺すと言う事だけを考えていた。
初めて『自分』を確認できた。
何一つ障害が無い、目の前にいるものは何か?人間か化け物か?何でも良い。
恐れているか?俺を殺そうとしているか?どうでも良い。
しかし思うこともある。
ああ、さっきまでお前は何処に行った?まるで別人のように恐れおののいている、当然だ。
こんなにも壊れやすい世界を見た事がない、生きるものにいつか必ず訪れる死の線しか見えないのだから。
俺は滑稽なほど無様にうろたえるロアに、初めて何も知らずに線にナイフを落とした時のように、透明な一刀を落とした。


「本当の死を教えてやる、あぁ―――」


死を体験して来い、ただし今度は本物だ。もう戻れない死とはどんな感じがする?
―――何だ、もぅ居ないのか。
ロアは俺の与える死に飲まれて抵抗もしなかった、だから少しのズレもなく正確に点を深く突き過ぎた。
コンマ何秒もなかった、殺すという感覚もなかった。
解体ではなく消滅、それは酷く味気なくてがっかりとさせられる。
圧倒的な死は無限転生者ロアの永遠をいともあっさり途切れさせて、後には何も残らなかった。
何一つ残らなかった。







七日目

風も雨もなく、暖かな太陽が夕日になろうとしている午後。
やさしい風に誘われ秋葉が枯葉舞い踊るテラスを訪れると、メイド服着た彼女がお茶の用意していた。


「・・・」

「ありがとう――――――翡翠」


何も言わず無表情でいる彼女を見ていられなくて、私はそれに手をつけて、飲み干した。
これで良いんだ。


「・・・」

「・・・」


もう、これで・・・ああ―――眠い―――こんなにもやさしい終末を―――私。
カラン
ティーカップが倒れくるりと半回転する、静かにその様子を見ていた人物は自分もそれに手を伸ばす。
視線を秋葉に向けた後、ゆっくりとあるべき場所へ向かおうとした・・・。


「貸してくれたもの、まだ返してないよ、琥珀さん」

「ああ・・・ようやく来てくださいましたね。
今回もまた遅刻ですよ、けど嬉しいです。紅茶が冷めてしまったらどうしようかと思いましたから」


ようやくやって来たたった一人の観客、傲慢にも優雅に振舞う一人の女優が幕を下ろす事を止めようとしたが・・・。
彼女の手が持つ紅茶が内に持たされた魔力を発揮し、観客の足止めをしてくれている。


「秋葉は」

「安心して下さい、眠っているだけですよ。
昨晩までずっと走り続けていらっしゃったんですよ、志貴様がお知りにならない事柄のひとつです」

「それは当主としての仕事と関係しているのか?」

「・・・本当に何も知らないんですね。
私の事を何処で知ったのか詮索しませんけど、志貴さまは鈍感過ぎます。
所詮この家の人間ではなかった、ということでしょうね。
余計なお節介かもしれませんけど、いつまでもそんな風でいると秋葉さまに愛想尽かされますよ。」

「・・・わからない、俺がこの家の人間じゃない?
遠野の人間は何かしら特別な力がある、そうじゃないのか?」

「まだ辿り着いてはいなかったんですか、そうですね―――種明かしをしましょう。
遠野の呪われた血筋に受け継がれる特別な力、その弊害はお知りになっているでしょう?
『反転』と呼ばれ、これが魔と人との境になります。
これが起きると一族の掟によって闇に葬られる・・・遠野槙久は血が中途半端に薄かったために間違いを起こしました。
魔の血が引き起こす衝動は凄まじい筈です、それを身をもって理解されてはいなかった。
だから私が引き受けたのです、少し脇道に逸れましたが・・・槙久さまは長男の反転を隠す為にある細工をしたのです」

「そこに志貴さまが利用されたのです、十年前に養子となった男の子・・・。
あのナイフ、それにある七夜とは志貴さんの本当の名前です。
遠野に引き取られた理由は、一族の生き残りで名前が長男と同じだったから・・・わかりますか?遠野の業の深さが?」

「私達、同じような存在なんです。遠野槙久に運命を弄ばれたと意味で。でもどうしてでしょう?
まだこの期に及んで、私の行う事を黙認してくれる理由が見つかりません。すごいお人よしだと思います。
不可解です、けど・・・人形に心は必要ではありませんから」


独白を続ける琥珀、まだ手にはティーカップを持っている。


「俺は秋葉を本当の妹のよう思っている。けれど・・・秋葉の事を一番理解しているのは琥珀さんでしょう?」

「あは、志貴さんも秋葉さまも私の邪魔ばかりして駄目ですねぇ。
舞台はまだ開く気配もなかったのに、下準備していた私に寄り道ばかりさせて・・・それが私を壊したんですよ?
だからもう、この人形劇の出来が予想できちゃったじゃないですか・・・」


笑った、悪意無く儚げにそして翡翠を演じるのをやめて、ティーカップから手を離す。


「茶番です、本当に何処までも」

「わかっていたんです、躊躇してしまったんです。
秋葉様を遠野寄りにさせない為にはどうすれば、なんて無駄な考え事してる私が居るんです。
おかしいですよね?
人形である私の、型どおりの反応にそんなものあるわけないですから。
いつかは反転して四季さまや槙久さまと同じになるって、でも違うって言う私が居るんです。だから・・・」

「でも、秋葉さまの姿が見えない時は昔の私になれました。
四季さまの人格を壊して槙久さまを憎ませたり、翡翠ちゃんを庇っての身代わりも苦痛ではなかったんです。でも・・・」

「秋葉さまが学校から時々帰宅された時は、落ち着かないんです。
いつも私の身を案じてくれて、ごくごく普通の主人と使用人の会話だけで良かったのに」

「ああ、そうでした。その原因もお話しましょう、これです。」


白いそのリボン、確か同じ物が志貴の手の中に今もある。


「これはですねー、秋葉さまの分なんです。元々ペアなんです。
・・・秋葉さまは言ってくださいました、もう憶えてらっしゃらないと思います。
浅川に入学する時に、屋敷に留まる私に『あなたは私と一緒に外へ行くの、だから何か私に貸して兄さんと同じに』と」

「あの庭で遊ばなくなって、志貴さま達との別れを体験し、成長するにつれて
秋葉様は言葉も交わした事のない私に優しくしてくださいました。
まだ召使いとして未熟な私が槙久様付きの理由、それがどんな意味を持っているのか、知ってらしたんでしょうね」

「空を飛ぶには翼が必要です、片翼だけでは空へ飛び立つことができません、二枚あって初めて意味あるもの。
その一枚は志貴様に、一枚は秋葉様に・・・二枚ようやく揃いました。
今回の事件で私の中で何かが変わりました、いえ終わったんだと思います。
・・・お暇を下さい、秋葉様が起きる前に私はこの屋敷からいなくなるべきでしょう。ですから・・・」


琥珀はまだ話し続けている、大切な事ばかりを伝えられている、俺はその一言さえ聞き逃せないというのに、
今、志貴は貧血の症状とは明らかに違う何かに襲われていた。
これは拙い・・・どうして今この時に?
酷くなる頭痛と、揺れる風景と、沙汰かで無くなる声、疑問・・・止まる体・・・・・・もう遅い。


「どんな形であれ、結末を望まないなんてできないんです。
私は人間ですから、復讐にも孤独にも愛情にも、私から生まれたモノにけじめをつけたいのです。
大丈夫です、ただ別れを告げる勇気がなかっただけ・・・から・・・おやすみなさい・・・」


調合次第で多くの薬を製造可能な彼女のこと、遅効性の薬物もたぶん―――何時?
昨日、は違うと言える。
確かな事は、その時に彼女が決心したということだけ―――。
今、目を瞑ったらもう手の届かないところに行ってしまうような気がして
強く手を握って痛みで意識を保つ。
よく考えないと、さぁ・・・できることを考えて。


「・・ああそうでした、今度は私が借りてゆきますね。
これなら秋葉さまも安心して貰え・・志貴さん?まだ意識があるんですね、困りましたね―――」

「痛い―――」

「あぁ、駄目ですよ。貧血持ちのあなたが手をこんなに傷つけて。
折角何か貸して貰って行こうと思いましたのに、そうですよね。志貴さんの持ち物は少ないですから」

「やめろ、何する―――」

「このメガネなんて―――あ、綺麗・・・」


力優る志貴だが朦朧とする意識の中では、伸びてきた琥珀の手を阻止できない。
結果、もつれて地面に二人とも転がる。
魔眼を初めて見る琥珀、その色に惹かれ吸い込まれるように見つめあってしまう。


「コホン、いつまでそうしているつもりですか?兄さん、琥珀」

「あ、あきは・・・いつのまに、ぁあ」

「・・・秋葉さま?え?・・・秋葉さま?・・・確かに私は睡眠薬を入れました、何故?どうして?」

「私の自衛本能が危険を感知した、だから起きてしまったのよ・・・これはアルクェイドさんでしょうね」

「はい?」

「琥珀、あなたが私を壊さずに居てくれたから、この屋敷に入ってきた真祖の彼女を感知でき起きる事ができたの。
そのことには感謝すべきでしょうけど・・・早く兄さんから離れなさいっ、何時までそうしているつもりなのっ!?」

「あ、え・・・はい。アルクェイドさん?と言いますとあの金髪の・・・真祖?」


二人で勝手に話を進めないで欲しい、俺はまだ薬が効いているんだよ?
早くこの苦しみを殺さないと、体に力が入らなくて崩れ落ちそうなんだよ。二人とも?


「・・・はっ、あ。秋葉、あいつを知っていたのか?」

「ああ、鈍い兄さん。・・・噂をすれば影、ほらお見えになりましたよ。
琥珀の姦計で翡翠も眠らされていたのでしょう、また何かあったのかと張り詰めてらっしゃるわ。
琥珀、一杯紅茶を用意して差し上げて」

「はい」


珍しく動転して自体を飲み込めていない様子の琥珀を一瞥してから、略奪で血を固めるため志貴に近寄る秋葉。


「私が血止めして差し上げますから、手を出してください」

「・・・そういえばそうだよな、あの時会っていたのに何事も無かったかように―――別れたもんな―――く」

「そーです、ついでに言えば兄さんがお知り会いとは私も今始めて知りました。
夜に出歩いていたのは・・・いえその話は止めましょう。解毒剤を用意させますからもう眠っても良いですよ」


そうして、俺は意識を手放した。
次に目を開けたとき、白いリボンの約束の女の子や、家族として守ってやると言った妹、殺した責任をとると言った吸血姫の
三人が出会いや過去を話し合い、起きた俺に詰め寄ってくるなど。
・・・予想できるはずもなかった。







ver 1.23