推奨環境
IE6 sp1_XGA(1024*768)_フォントサイズ中以下
OPERA 7.03_XGA(1024*768)_表示倍率90%以下







人の一生は今でこそ百年に届こうかという所まで延びていたが、それでも千年は途方もなく長い歳月。


それは死をこえた者にとっても同じことで、千年のあいだ碁盤に宿る霊として存在していた彼は時間を持て余していた。

彼のこだわる囲碁には対局相手が必要、彼が宿った碁盤が使用されていた頃はまだ楽しかった。

自分の手で打てずとも、パチリと碁石の音を聞くことが出来たから。

いまは・・・碁盤が古くなってしまったので、蔵の片隅にしまわれて埃をかぶっている状態。

碁盤がある蔵に、人はふと思い出したように数ヶ月、もしくは数年の間隔でしか訪れなくなっていた。

人との接触自体が少なくなっていた。



私の声が聞こえますか?聞こえずともよい、どうか、碁盤をここから出してはくれないだろうか・・・



だから訪れるものには誰彼構わずに声をかける、返事がないことにはもう慣れてしまった。

・・・初めて私の存在に気がついてくれた、虎次郎との別れから、嘆き悲しんでばかり、しかし時は無常に流れつづける。

生身の肉体を失って八百年後に出会った虎次郎、彼と出会い、別れてから既に二百年が過ぎ去ろうとしていた。

時は悲しみを忘れさせてくれる、癒してはくれない、けれど私はそれで良かった。



チッチチッ・・



繰り返される毎日、陽が昇り光が差し込み、雀のなきごえが聞こえる。

肉体を持たない、碁盤に住み着いている私には外界の時の流れを知る術はなかった。

それでも、天窓から漏れる日光や動物の鳴き声で朝夕を知り季節を知り歳月を数えていた。

変化の乏しい蔵の中ではあらゆるものが停滞する、それは空気だったり、時間の感覚だったり、私の思考だったりする。

・・・だから取り留めのない事が浮かんでは消えていく。



次に私が碁を打てるのはいつだろう?次に私に気がついてくれる人は男?女?子供?大人?



次の出会いを考えるとき、いつも虎次郎のことを思い出す。

虎次郎との早すぎる別れが悲しかった、つらかった・・・けれどまだ私は現世に留まっている。

神の一手を極めるまでは私は消え去れない運命なのだろうと悟っていた。









ぎぃ・・がたっ


その日の午後、珍しくお蔵の扉が開いた音がして軽い足音がした。

誰かが来た?

子供の話し声が近づいてくる、二人、声色から男女、まだ変声期前の年齢とわかる。



「ねぇヒカル、ヒカルったら勝手に入って」

「いいからいいから、じいちゃん以外はガラクタばかりだって言っててもさ。
ほらこんなお蔵には高く売れるお宝のひとつやふたつ、それにテスト悪くて今月ピンチでさ」

「もぉ知らないよ、それに暗くて気味悪いよ・・」

「うだうだ言ってないであかりも探すの手伝ってくれよ、この巻物はキープな、壷はわかんねぇや」

「わ、埃っぽい。渡さないでよ、早く出ようよ」

「上も行っておくか」



ヒカルと呼ばれた少年は、あっちへいったりきたりして何かを探していた・・・落ち着かない様子の少女を気にもしていない。

怖いもの知らずで探究心溢れる少年のあとから、仕方なく少女も階段を上がってきた。



「これここに置くね、私さきに出てるからね」

「おっ、これとかいいんじゃ?」

「あっ知ってる、白と黒の五目並べする台」

「ばーか違う、囲碁で使う碁盤ってやつ。こりゃあ高く売れるんじゃ・・・ん?この汚れとれないなぁ」

「どこ?」

「だからこれ」

「どこが?汚れてなんかないよ」



少年は碁盤を見つけてくれた、それは良い。

何処か別の場所に持ちだしてくれるらしい、それは良い。

しかし、売り払うつもりらしい。

なんと優雅でない話・・・呆れていたが、それで話は終わらなかった。

『この碁盤の染みが他の誰もみえぬという、この染みがなぜに私にだけ見えるのだろう』

碁盤に落ちた私の悔し涙を見ることができた虎次郎が言った言葉。

まさか、この少年が?本当に?碁盤に宿る碁打ちの思いを見る事ができる?



「目悪くなった?ホント落ちないぜ、これ」

「何処に染みなんてあるのよ、綺麗じゃないの。確かにここは暗いし、それは古いけど、汚れてなんかない」

見えるのですか?

「だからー、この・・・え!?・・・この蔵、あかりとオレしかいないよな?」

「え、そうよ。やだっ私を怖がらせようとしてるの・・・私、やっぱり外に出てるから」

聞こえるのですか?

「ちょっ、待てよ!」

「や、ヒカル一人ずつしか」

「わわっ」

「きゃ、ぁー」



走りだす彼ら、こんな薄暗いところで慌てて階段を二人で降りようとする。

ちょうど置かれていた巻物に足を滑らせてしまう、二人はそのまま落ちてゆき大きな音をたてた。

・・・・・え、えーーっと。









そのあと、大きな音を聞いてやってきた進藤平八は倒れていた二人に驚き、急ぎ病院へと電話をした。

数分後、二人は救急車に乗せられ市内の病院へ搬送される。



「・・・んー?」

あっ起きましたね?

「誰?ここは・・・確かあかりと二人で、つうーーイタタ・・・」

何処でしょう?それよりあなた、入れ替わっちゃってますよ。

「・・・その声、おまえ確か・・・え?な、なぁんでぇー!?これーーっ、嘘っ!?」



打ちつけた頭部を片手で押さえつつ首を振る、しかし慌てて口を抑える少女、そう少女だ。

待てオレは進藤ヒカルだ、男だ。

間違いなく、疑いようもなく、こんな聞きなれた声でも幼馴染のと自分の区別はつく。

つまり今オレは藤崎あかり?

あのとき、驚いてあかりの奴と階段から転がり落ちたんだ。で、この状態。

この際、目の前のコレは無視しよう。ややこしくなる。



「あー・・・あかりの奴は、寝てやがる」

あのー・・・えーと・・・私は・・・

「おい、あかり。いつまで寝てる?もたもたしないで起きて驚け、オタオタ困れ、オレだけそんなのヤダ」



隣のベッドにいた、ある意味見慣れない顔。

だってそうだろ?女でもないオレは鏡なんて滅多に覗かない、あかりの奴はたぶん・・・

あ、起きた。



「・・・あ、ぁ」

あ?

「あ?」

「あーーーーっ!?あ、あ・・・わ・わ、わたし?わたしィーーー!?」

きゅぅ・・・

「でかい声、出すなよ。分かる、分かるけどパニクってるのはお前だけと思うな。
オレにも分からないし、そんなに詰め寄るな!・・ったく、どうにもなんない。それにしても大声だな、耳が」

「まさかヒカルーー!?や、やだぁーー!!
私の顔でそんな物言いして・・・しない、しないもん。私絶対しない、ヒカルのバカーー!!バカバカ、バカ・・・」

あらら・・・泣かせちゃいました?

「オレの顔でそんな慌てふためくな、そんな顔するな。うっ泣くなよ・・・頼むから」



あかりは自分の顔したヒカル見てショック受け大騒ぎ、ヒカルは予想通りの反応に逆に冷静でいられた。

しかし、涙目の進藤ヒカルなんて・・・あわない、らしくない、引く。



「と、とにかく話合わせろ、こんなこと誰にも話せないだろ?なっ?ぐずらないで返事しろ」

「ばか・・・ばか・・・そーだけど・・・」

「どーしてこんなことに、ってのはオレも同じ。だから泣くな。
赤の他人同士ってわけじゃないだろ、誤魔化すのも簡単だろうし・・ホント、なんでこうなったんだ?」

どうしてでしょう?でも不幸中の幸いですね、彼女が友達で良かったですね。

「ヒカルのせいよ、だってあのとき私を怖がらせて」

「だからそれはっ」



こいつせいだろっ、と指差そうとした時。病室に来訪者が二人。



「あかり!もう起きれるの?何ともない?」

「え、あ、・・はい」

「ヒカル・・泣いてたの?良かった、ケガしてないわね」



今さっきまで自分で隠しとおすと話していたけれど、ヒカルは自然体で演技できるほど役者ではないし

感情を内に貯めることができない性格。

ゆえに、あかりの母に素のまま返答をかえしてしまう。



「平気だよ、あんなでケガなんかしないって」

「・・・」

「そう良かった」

「ヒカルは?随分大人しいけど何処か痛むの?大丈夫?」

「はい、大丈夫です・・だょ」



そんな口調のヒカルに、あかりがむすっとしていると心配されてしまう。

いつも天真爛漫であった息子が気落ちしていると考えて、要らぬお節介を焼いてしまうのは母親なら当然だろう。

そのあと、二人は検査を受けて結果待ちの時間に帰宅してから連絡とるように約束をした。

横槍入れる未知の存在は最後まで無視した。










急遽自宅となった藤崎家へ。

幼い頃は二人でよく遊んでいた、その頃はあかりがヒカルの家へ遊びに誘いに来てくれて・・・

ヒカルが訪ねていった記憶は曖昧で、たぶん回数は片手で足りる。

・・・つまり、藤崎あかりの部屋に入るのは久しぶりだということ。

多少の抵抗感はあったけれど、色々あったので気疲れ酷く。

ベッドにダイビング、眠りたい、けれど約束の電話が入るまで待つ。

しかしまだ消え去らない幻覚と幻聴に額に青筋浮かべる、仮にも女の子がすべき表情ではなかった。



「お前なんなわけ?」

はぁ・・・ようやく聞いてくれるんですね、私のこと。

「いつまでも謎のままってのは気味悪いし、あかりには見えなかったらしいし・・・幽霊?もしかしてオレ取り憑かれてる?」

まぁ・・・そうですね。

「・・・あっさりと肯定しやがった。いいか?絶対この体は渡さないからな!」

乗っ取るつもりなんてありませんよ、それにそんな力も持ってませんから。

「怪しい、現にオレとあかりをこんなにして何処が!?」

それは違います、私は碁盤に宿っていただけ・・・碁が打てれば良いのです、それなのに
あなた達の精神を入れ替えて何になりましょう?



こいつが原因だと思う、何ひとつ証拠はない。

けど決定、ただ体が入れ替わっているだけでオレは至って正常だ。

お化けなんて信じてなかったけど、こうも長続きする幻想と幻聴に名前があるとしたら『幽霊』だろう。

勿論、今も完全に認めたわけじゃない。

他の誰も見えない幽霊なんて意味あるか?怖がらせないじゃないか?役立たず。

守護霊とかだったらまだしも、こいつは自縛霊の類らしい。



「あかりーヒカルくんから電話よー」

「はーい、いーかこの話はあとで。絶対渡さないからな」

そう言い残して部屋を出て行った、があとからついてくる佐為。

「来るな、お前は部屋に居ることになってるの。いくら人の精神にいるからって四六時中くっついてくるんじゃない」

威嚇するヒカルに佐為はすごすごと戻っていった。



「どう?・・・うん、わかった。それでこっちは・・・うん、うん。明日また詳しくな、そう・・・」









教室であかりと作戦会議、というより昨日の失敗談を打ち明けあう。

母親をどう呼ぶのかから放課後の予定までびっしり辻褄あわせ、男女という違いあっても意外と共通の話題が多かった。

幼馴染だからだろう、かなり踏み込んだ話題も幾つかあった。

ただ・・・



「いつもあーなんだ?ふーん・・って話し掛けるな」

はい・・・いつか碁打たせて下さいね、約束してください。

「はぁ〜〜いいよ、わかった。あかり何でもないから、気にするな」

「・・ヒカル?まだ調子悪いの?」

「ちょっとだけだよ」

「じゃ仕方ないよね、でも髪おろしてるのはめんどうだからでしょ?髪は女の命って母さん言ってなかった?」

「・・時間なかったし、できねぇよ」

「お母さんしてくれるよ、明日からはちゃんとね」

「はいはい」



話せない事もある、幽霊に取り憑かれ続行中だという事。

その幽霊は平安時代の碁打ちを名乗り、名を藤原佐為、千年も碁のことしか頭にないらしい変な奴。



「そう、なら今日はクロの散歩は私行くね」

「当然だろ?」

「・・・」

ヒカルって意地悪ですね、一緒に行ってあげたら良いじゃないですか?

「それは・・そうだな、一緒に行くか?」

「え?・・・行くの?」

「ああ、待ってるから早く来いよ」



碁と五月蝿く攻め立てられる時間が減るのなら進んでお供しますとも、それに飼い犬の散歩コースぐらい覚えたほうが良いだろうし。

しかし、この時のヒカルには男女仲良く散歩したことが噂になるとは想像もできなかった。

佐為のせいで余裕がなかったとも言える。

一言で表現するなら佐為はヒカル以上の駄々っ子、碁を貶されて泣く場合は最悪だ。

睡眠不足や乗り物酔いとは比べられないほど気分悪くなるし、しくしくと泣き止んだ後も尾を引く。長続きする。

やたら健全そうに見えても、そこら辺は真面目に幽霊していた。

囲碁なんて全然興味なかったけれど、一回じいちゃんと打たせて機嫌直させないと身が持たないっ、と学びつつあった。