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毎朝、目覚めとともに確認する事が二つある。

進藤ヒカルの体に戻っていたら短いはずの髪、触って長いことを確認すると声をかける。



「佐為?」

はいヒカル、おはようございます。



取り憑かれた次の日と三日目は、あれは夢だった、と期待しつつ声かけたものだが・・・今ではすっかり慣れた日常の一部。

日課となっていた。

寝ぼけまなこをこすりながら、はっきりしない頭で正座している佐為に聞いた。



「いつ寝てんの?」

は?寝る?千年一度も寝てませんね、そういえば・・・。

「・・・あそ」



千年も存在していて、たったいま気がついたような話し方をする佐為に呆れるヒカル。

それとともに寝ている間に封印とかできないか・・・そんな打算が破産した。

佐為について他にも幾つか分かった事がある。

目で見える距離までしか離れられないことや、他人には見えも聞こえもしないこと・・・ヒカルの意識の中にいるのだから当然だが。

そして、筋金入りの囲碁バカだという事。

前に取り憑かれた本因坊秀作とやらも口を開けば一局、と煩わしい佐為に困っていたろうなと、ちょっと同情する。

進んで佐為に碁を打たせ、佐為のわがままを増長させた事は恨んでいたけれど。









その日の放課後は佐為との約束で囲碁教室に行く事になっていた。

それは対局の代わりだった。

ヒカルは佐為の二百年ぶりの誰かとの一局を延ばし延ばしにしていたし、しかしそれはワケ在っての話。

あかりの周囲、両親や祖父祖母ともに碁をしていなかったから、単純に探しても対局相手がいなかったのだ。

進藤ヒカルであったなら祖父に理由つけて対局をねだることも可能だったけれど・・・。



へー、あのひとは?

「プロじゃないの、碁で飯食ってる人。ふぁ〜、にしても眠い」

「あら、こんな可愛い娘が珍しいわね。あなた、はじめて?」

「あ・・はい」



学校の授業より眠い、興味持てないものに真面目に取り組みはしないヒカル。

反対に佐為は周りの碁盤を覗き込んだりして、うずうずしていた。

おばさんは一ヶ月、まだ勝てること少なくて・・・先生とは仲良くなったけど、と

隣の席にいたおばさんの話に相槌打っていると、指導してまわっていたプロの先生が来て柔和な表情うかべて聞いてきた。



「碁は初めて?そう、どうして興味持ったの?」

私、この人と打ちたいです。ヒカル。一局持ちかけてください。ヒカル。



打ちたい、打ちたいとアピールする佐為を無視して、作った笑顔で白川プロにあいまいに応対。

碁のいろはさえ知らないのだ、教わる立場であるはずの少女が勝負を申し込む不自然さ。後先考えてるのだヒカルも一応。

初対面であるし『先生』は苦手な種類の人間、ヒカルにはいつも怒られることしてる自覚はなかったが。

佐為は不満そうだが、何事にも順序というものがある。



「これは?」

「え、えっと・・・ここ?」

「はい、よくできました。基本はわかった?」

「先生、先生、ここはどうすれば?」



初めての碁にヒカルが考え込んでいると、先生は年上の生徒たちに呼ばれて行ってしまった。

佐為は残念そうだ。



ヒカル、行ってしまいましたよ〜またとない機会でしたのに。

「・・・ちょっと黙ってろ、これがこうだから・・・うーん」



実はまだ完全に理解してはいなかったらしい、碁盤と睨みあうのも性に合わないので見て回ることに。

まだ右も左も知らないので優劣もわからない・・・つまらない。



あれは・・・。

「え・・なになに?」

この碁は、ただの弱い者苛め、本来の楽しさとはかけ離れています!成敗すべきです、さあヒカル!今度こそ私に!

「・・・ワカラン、でも、そうだなぁ〜・・!任せておけって、勝負なんてしなくても・・くくっ」

ヒカル?

「ああっ、すいませーん」

「な、ああっ・・・あ」



手を近くにあった碁筒に伸ばすと、生徒の誰もが碁盤に視線落としているのを確認すると

子悪魔はにこやかに笑って背後の頭上から鉄槌を振り下ろす。

折角『藤崎あかり』なのだ、容姿を生かさないと芸がない、露骨にはしない。

必死に碁石を拾い集めるフリをして・・・。



「ごめんなさい、ああそんなトコにも碁石が」

「へ?ああっ、いやいいんだよっ、これは・・・」

ぽとり

「・・・」

「・・・」



対局者だけでなく、何事かと見に来た白川も目が点になる。

阿古他は素早く落ちたそれを拾うと脱兎のように走り去った、あとには気まずい雰囲気が漂う。

数秒後、ザワザワと失笑が、しかし騒ぎにはならず平常に戻る教室内。



「あ、手伝うよ」

「あ・は、はひ・・ぁ、あはは・・おかしー」



白川はヒカルが仕掛けた事をわかっていなかったので、自身のひくつく頬を隠すように

碁石を拾いながら、他人の不幸な事故を笑っちゃ駄目だよと言った。

でも今日はあからさまにいじめをしていた阿古田さん、良い薬になったと思っていたりもする。それに面白かったし。

その帰り道、不満そうな佐為を話し相手にヘヘンと活躍ぶりを自慢するヒカル。

実の父母は勿論、あかりに話したら何を言われるか・・・ときたま便利な奴だよな、ヒカルはそう思った。









囲碁教室二回目、あかりの本性はまだ知られてはいなかった。

しかしトラブルはつづく。

佐為が興味示している自販機の前、清涼飲料ばかり飲んでいたヒカルだったがここには珍しく乳製品があった。



「うーん」

これは何です?おおっ、容器が落ちてきた。中はどうなっているのでしょう?

「あ、こんにちはー」

「あら、あかりちゃん。今日は私と打ちましょうね?」

「え、でもまだキホンも覚えてないよ・・・無理だよ」

そうです、ヒカルはまだ碁石の持ち方もなってません。この前の髪の人にも遅れを取るどころか

「うるさいな」



佐為の愚痴にぼそりと釘をさす、飲み終えた缶を捨てて教室に向かった。

声かけてきたおばさんはテレビに夢中だった、映っていたのは何とか名人・・・知らない。



ヒカルぅ〜、今日こそ、あっ、この人は。

「あ、こんにちは。・・・あかりちゃんだっけ?」

「あ、はい」



まだ生徒少ない、準備中といった調子の囲碁教室で白川プロと話す。

人当たりの良い、しかし棋士という肩書きを持つ人間に佐為を会わせたくない。理由は単純明快、煩くなるから。

早々に遠い席に逃げようとすると、熱意溢れる叫び声。

生憎、それはヒカルのみに聞こえるものだったし至近距離だったので思わず耳を抑えるが効果なし。



打ちましょう!今日こそ、私はもう十日近くも待って居るというのに。ヒカル、絶対に打たせて下さい!ねえっ

「っ、〜〜」



音波攻撃だ、鼓膜を通してはないけれど何時までも人の頭の中に居座って、ここまで凶暴な奴だったとは。

生徒もちらほら来ているし、無理言って先生困らせて、来れなくなったら本末転倒だろ?

それに『藤崎あかり』の姿でおじさん、おばさんの注目集める気はない。

イスに座って碁石も持たず佐為を諌め続ける。



「ここじゃヤダ、他に碁が打てる場所探さないと、でもな」

「碁会所のこと?」

「あ、えっと」



何時の間にか授業は始まっていたようだ、打たないで居ると白川先生が来ていて、あかりの一人百面相を見られていたらしい。

佐為はここの人たちでは満足しないようなので、そこそこの打ち手と打てる場所があれば・・・。

ゴカイジョ?

なにそれ?そこいけば打てる?場所を聞くと飛び出して行った。

駅前の塔矢名人が経営する碁会所、レベルが高いと引き止められたけれど佐為は俄然燃えていた。



「碁会所?そこ行けば打てるの?」

「え、まぁね。でも・・あ、でも常連さんは結構強いよ。強い人の対局を見ても多少の勉強にはなるけど、あかりちゃんはまだ」

「見学だよ、行って来るね。センセ」

「・・・はぁ、小学生には馴染めないと思うけど」



いいわけして出て行ったヒカル、白川の心配は杞憂に終わる、丁度おなじ年齢の少年がいるのだ。

しかも、佐為の御めがねに叶うような才能持つ。









「どう?佐為?」

はい満足です、なんと良い一局だったと今思い出すだけでも胸が一杯になります。



佐為に問い掛けて、久しぶりの良い反応にヒカルも心が軽くなる。

人間泣いているより笑っていたほうが良い、たとえ幽霊であっても・・・ヒカルはそう思う。

ヒカルを通じて碁石を、二百年ぶりに打つ自分の碁に喜び、大人げなくも指導碁よりも石の流れを重視してしまったけれど。



良い碁でした、あのものにも感謝しなくてはね。ヒカル。また

「え?まだ足りないのかよ〜。オレ疲れたよ、最後まであいつよく打ってたよな」



ヒカルは塔矢アキラとの出会いを軽く流して、貰ったパンフを見る。

結論・・・自分で打つのは疲れる。

コイツ見るだけでも満足するかな?

うーん、試して見る価値はありそうだと思った。

仮の自宅の玄関にさしかかると、犬が一匹駆け寄って来た。

あかりの家は数年前から犬を一匹飼っていた、ヒカルは嫌いではなかったが

今日に限った事ではないがこの頃本当に忙しく、散歩に連れて行かなかったので執拗にじゃれてくる。



「・・・まるで佐為みたいだ」

私は犬ではありませんよ、こんなに黒くて何処が似てるんですか?

「尻尾振って喜ぶところ」

碁をたくさん打ちたいのに、ヒカルはちっとも現代の棋士たちと接触してくれないですから。だから一喜一憂して。

・・・お前はいいですね、こんな簡単に相手してもらえて。



犬に佐為は見えないはずだが、佐為の嫉妬を感じたのか犬小屋の中に帰ってしまった。

仕方なくヒカルは名前呼びながら犬小屋へと向かう。



「クロ、クーロゥ・・」



頭をなでてやると機嫌よくなったらしい。簡単で良い、単純で可愛げある。

四六時中ついてまわり、話し掛けてくる幽霊よりマシだとヒカルは思った。



「はぁ・・・今日は疲れたなぁ、それにしても黒いからクロ?」

ぺろぺろ

「っと、くすぐったいぜ。あかりが名付け親なんて・・・お前は大変だな、ホント何の捻りもないぜ」



そろそろ夕食、クロと遊んであげた後、ヒカルは宿題を佐為に手伝わせた。

定番のあかりから電話、気恥ずかしいのも手伝ってヒカルからかけたことはない。

今日は一言目から何処に行っていたの?と。



「囲碁教室」

「・・・らしくない、らしくないよ。私が一人でそんなとこ行くなんて、お母さんにはなんて話してあるの?」

「オレが誘ったってことにしてあるけど」

「・・・ふうん・・・そう」



・・・碁、どうして?何故?私以上にヒカルらしくない、似合わない。

と思いつつも結構話すことは絶えなく、長電話になる。

女の子のあかりならともかく、進藤家ではヒカルの行動は不思議に写っていた。



「あのさ」

「なに?」



話題は勝手分からないくて探している物の場所や、よく誘われる交友関係にうつる。

互いに知らなかった事が多かった。



「あ、クロの世話してる?」

「うん、まぁ・・な」

「その返事、怪しい。ちゃんと散歩させてあげてよね」

「わかってるよ、・・・もう話すことないよな」

「え、ちょっと」



とは言え秘密にしておきたいこともある。



ヒカル〜、また碁会所行きましょ〜、あそこなら強い者と打てるのでしょう?



例えば、さっきからまた煩いクロ以外のもう一匹の犬ころ。

せっかく碁を打たせてやったのに、宿題を手伝わせてから、またワガママを言ってる。

塔矢アキラと対局して舞い上がっているのか、機嫌悪いヒカルに気がついてないようだ。



「じゃなあかり」

どーして無視するんですか?今は私と話してるでしょう?
独り言多いですねえ、ヒカルぅーこども囲碁大会行きましょうよーヒカルったらー



現代の知識持たない佐為には電話も不思議なもの、分かっていても説明もしたくないほど碁と口うるさい。

五月蝿い・・・・一回打ったからもういいじゃないか、碁石打つのめんどいし、疲れるし、早く元に戻らないと。

そしたら、もしかしたら消えてくれるんじゃないか、という希望も。