●.18


足首だけ水に浸らせているような浅い眠りでも、いつも言峰シオンは夢を自覚してみている。
そんな夢しか見れない女だった。
将来の姿を見る夢が持てるものだと知らない、不幸を不幸と知らない哀れな女だった。

10年前・・・の夢ではない。
それ以前の燃えて消えた過去の断片たち、自分はそれを取り戻そうとしている?無自覚に本能が私を、私であっ
た者にしてしまうのなら仕方のないことだ。でもそれは所詮夢なのだと言い聞かせてきた。
内容が荒唐無稽でおとぎ話のような話だから笑われてしまうのは目に見えていたし、養父に話そうものなら何を
言われるのか分かったものではない。

誰にも話したことはない。
君は突拍子もないことを言う、宇宙人や幽霊なら信じてもいいよという人はいたし、表の教会に通ってくる人の
中にはごく稀に私が裏に通じていることを理解している人が居たから、ここは日本だし東洋の秘術に通じてる人
も居た。
でも誰にも話したことはない、妖精や聖霊はまだ口にしてもいい。
だけれども神様は別格の存在で、たとえ創造神・・・つくるだけしか能がない神でも・・・一柱だ。
全知全能とは違うが私は天地創造のみを行えた。こことは別の世界で。
つくる。
それ以外はその後の世界の発展も崩壊も見ることさえできない神さまだ。見守ることも出来なければ手を出して
救ったり罰したりもできない。不自由な神さま。それでも私はそれしか出来なかったから・・・
ある日、その世界つくる手が引っ張られていることに気が付いた時、もう遅かった。

吹雪の中に引きずり出された、迷惑だと非力な手で抵抗したがもはや私は神でなく・・・。

「う・・ぁあ、またか」

寝ぼけた声、こんな馬鹿げた夢、その目覚めは最悪。
綺礼が遊び半分に洗脳した結果の、とてつもない思い込みかも知れない。
でもわたしにとってはあまりにもリアル、いつの頃からか理解していた、私はこの世界の住人ではないのだと。

「・・・・ん・・」

でも、いま目がさめる一瞬見えたのは夢ではなかった。
目を再び閉じて集中する。

「何処かの地下、ライダーとの途絶えたライン・・・すこし流れてきたのか?
地獄みたいなとこだったな・・・何処だろう?教会、墓地、孤児院、教会の何処から繋がっているんだ?
切れかけたライン辿って壁を壊すしかないか」

見たことない西洋の禁術だろう類が床に走り棺おけに繋がっていた。
ゆらゆらと気味悪い光源、悪趣味にも一定の明るさ保てる魔術でなく古い術をわざわざ用意したような・・・。
思考を止める。
サーヴァントを取り戻さなければならない、綺礼から・・・そのためにはまず傷を治さなければならない。

まぶたを開いて橋の下、水面に自分の顔を見るついていた血糊を拭う。
敗者の顔だ。
だが瞳に炎は消えていない。
令呪は失っていない、他のマスターたちはどうしているのだろう?




■ ■ ■





「あれ?言峰さんだ。珍しいね・・・お仕事の帰り?
あれ?病欠じゃなかったっけ、元気そおだけど・・・まぁいっか、私も一緒していい?」

甘味ドコロにシスターの服装で浮いていたシオン。
外国の物語から出てきたかのような美と服装、あまりにも現実離れしていたため視線を集めていた。
だが、グループでわいわいと舌鼓を打つここでは一人ぼっちだ。
それを知り見咎めても行動できる人間は限られる、博愛主義を生まれ持った三枝由紀香はその好例。
友人であると思っているから気にも止めないのもある。
疑問符をたくさん浮かべて周りの視線に気が付かず、無防備に話し掛けて席につく。


「構わないどうぞ」

「うんありがとう。知ってる人いないかなって鐘ちゃんを強引につれてきたけど、蒔寺さんは」

「知ってる」

「そうなんだやっぱり・・」

「事情は知らないほうがいい、あなたの為に言う」

「私はそんな気分になれないが三枝が気遣ってくれてな、言峰は何か知ってるようだな」

「ええまぁね。ここで布教するつもりないからあまり言わないけど、言えないといった方がいいかな。
他言無用よ。冬木は今危険な状態で、その勢力争いに私も関わってるから夜は見かけても近づかないで。
フラフラしてても決して遊んでるわけじゃないの」


苦笑して煙に巻くシオン、由紀香はそれを真剣に聞いていた。
何故なら三枝由紀香はつい先日、聖杯戦争開始前に一度助けた相手だ。
夜、わけのわからない黒いものが教会裏墓場に残照を残していたのでそれを追いかけて街に降りた。
川伝いに追跡していって、下水道へ入り一つの悪魔の巣を見つけた。
汚い水が酷いものを集めて骸たちに生まれないはずの力を与えていた、そんな悪魔つきを私刑にした。

ざぁ、と水還したのを確認してふと頭上へと伸びる通路に気がついた。


「あの時助けてくれたよね、なのに蒔寺さんを怒らせちゃってごめんなさい。
わたしちゃんと説明できなくて怖かったから、うまく言えなくてそれで蒔寺さん誤解させたの」


その悪夢のような生物の墓場、指の火で焼き払って清めた。
見つけた通路を登り地上へ出るとそこは都会の死角、小さな墓がある通路だった。
そこで倒れていたのが彼女。三枝由紀香さん。


「気にしないで彼女とは話をした、理解してもらえたはず」

「そうなの?氷室さんが止めてくれようとしたんだけど、私も止めれなくて・・・良かった。
かなり頑固なところあるから楓ちゃんに誤解だってわかってもらえるのは時間かかるかもしれないけど。
喧嘩しないのは嬉しいよ」

「私にはわからないことだが問題解決したのならいい、由紀香は注文はどうする?」

「二人にこれあげる、甘すぎて私なみの味覚じゃおいしく食べれなかった」

「なら私も同席していいかしら?」

氷室と三枝が声がした方向を見ると遠坂凛の姿があった。

「は?聞こえなかった?三枝さんたちにあげると言ったのよ」


ビリッと電流走ったように感じた由紀香、学校でも有名人。
あこがれの二人に同席して嬉しさを感じるはずなのに何かおかしかった。
氷室鐘も空気を感じ取って店を出るか留まるか迷っている様子。


「それにずっと後ろから様子窺っていたじゃないの、失礼にも程があったけど我慢してあげたのよ」

「・・・三枝さんはよろしくて?氷室さんも」

「・・・私は構わないが、三枝と言峰はどうなんだ?」

「はい言峰さんも落ち着いてくれませんか・・・おねがいします」

「ああ分かった」

「ところで本当に何していたの?言峰さんは」


シオンが昼に戦闘する気がないことを半ば信じてあげるふりをして、三枝由紀香に微笑みつつ席につく。
机の下で指をシオンに向けて魔力を集める。少しずつ。少しずつ。
相手も物騒な女だ、机の下でシオンもスカートの中に手を入れて脚のナイフに指を這わせて微笑む。
・・・血を流しすぎたのか魔力と体力の回復が遅れていた。
手に包帯巻いたうえに華美でない白い手袋をしていた、今は爪に魔力集めれないほどだと分からないように。


「教会に行っていたの、忘れものを盗りに」

「そういえば家を出たそうですね、ふふふ・・・大変でしょう修行とはいえ一人暮らしは」

「確か孤児って聞きましたけど、もう一人立ちなんて凄いですね! 鐘ちゃんもそう思うよね?将来の夢なんて・・・」

「私は半ば決まっていたし今でも変わらずシスターよ、三枝さんが可愛いお嫁さんになったら
是非教会で式をあげてくれると嬉しいわね」

「言峰シオンさんはわたしには言ってくれないんですか?
教会と私が懇意にしてると聞いてないですか、本当あそこの神父はつれないですね」


外面を取り繕って笑う凛、薄ら寒さを感じていた鐘は仲裁できなかった。
どちらも由紀香の庇護者を申し出ていても、本人は気がつかず場を軟らかくしてしうのだ。
それに二人とも気が付くとガントとナイフから手を抜いた。


「氷室さんと三枝さん二人に言われては降参です、仕方ありませんね。
ここは休憩するため寄ったんですし偶然とはいえ知らぬ間に近くの席にいてしまったんですから」

「本当偶然は怖いですね、私の頼んだパフェがその凄い肥えた舌に合えばいいのですけど、でも遠坂さんは
予備の舌をお持ちですから?口に合わなかったら食べなくても良いんですよ。わたしとても言えないわ、養
父と仲良い遠坂凛さん?」

「なっ、な!なんですっ!・・・わかってる、こほん失礼しましたわ。お二人とも」

「はい、鐘ちゃん」

「ああ、三枝」


サーヴァントに我慢しろとでも言われたのか、目を伏せてシオンの挑発を防いでスプーンを手にした。
ようやく穏やかに舌鼓打てると相席した一般人の二人は学校の話題、相槌打つ魔術師の二人。
だが実際はきな臭い会話をしていた。


「(ねえそれで話ってのは何かしら、家出娘が出戻ってパパに甘えてきたの?)」

「(子猫かぶって三枝さんに笑って怖いわ、猛獣のくせして、それで血を浴びた虎さんは
私になにを喋ってほしいのかな、例えば養父が戦争参加したことかな)」

「(なんだそう。知ってるなら話早いわ話して)」

シオンも凛も言峰綺礼から教会の会話術を初歩で習ったので通じる。

「(・・・情報交換しない?冬木の代理人のあなたには教会の裏切った養父に代わり私が必要でしょ
すべは持ってるし教会にも接触できる、一人前の祭司の役目を果たしましょう。
ところでどのクラスを脱落させましたか?私は確認できていませんが血は匂いますが・・・)」

「(なにを、言ってるの?参加者同士で打ち解け合えというの?あなたもマスターなんでしょう・・・でも
いいわ、教えてあげるわ。キャスターのマスターを、私が学園で消したわ、次はあなた)」

「(この阿呆は・・・敵を増やしていくなんてバカ?私には借りがあるのをすっかり忘れているのね、藤村
先生を保護していたのにあなたが借り宿奪ったのに。それに私は召喚などしていないわ、今もサーヴァント
近くにいないのに信用しなさい。アインツベルンは昼も動いているけど夜しかサーヴァントを同行させて
いないみたい、マスターだけでも避けたほうがいい。私とは相性悪いだけかもしれないけど)」

「(使い魔ね、教会独自の情報網は確かに欲しいけれどね。藤村先生のことは・・・でも信用できるもん
ですか、あんたたち親子で協力していない証なんて都合のいいものあれば即疑うけどね。)
(アーチャーはどう思う?)」

「(どうと言われてもな教会がまともに機能していないなら、マスターは教会の神父から排除したいのだろう?
本当なら潰し合い期待してこの女に行かせればいいだけなんだが、どうするかね?)」

結局信用はできない。
だがまた、否定することもできない。
アーチャーにシオンのサーヴァントの気配を確かめさせて考えこむ、確かに藤村先生は私の失点だ。
保護していたと言い張るシオンが有利、でも何か・・・引っかかった。

「(質問していい?保護していた証拠とか、あるの?人質と言い換えることもできるのよ)」

「(・・・・・・はぁ、間桐という子と組んでいるのに。教会の信用力は地に落ちてるみたいね、私は結界を
張って守っていたの、簡単には破れないはずだったけどあの子は心得てみたいね。魔術師なのにどうしてサー
ヴァント出さなかったのかしら・・・別にいいわクラス知りたいわけじゃないから、あの時は大家の娘さんを
あなた達に殺されては追い出されてしまうと思ってた、血が足りなかった私の判断が間違っていただけでしょ
あ、ちなみにあの血はランサーにやられたのよ。だから、ねえ聞いてる?)」

「・・・・・桜」


私が藤村先生を殺す!?確かに目撃者は消すのが魔術師なんだけど、あの時の士陰も悪いのだ血なんて服に
つけていたし、でも私も混乱していたのだ。シオンが吸血鬼なんて日中動き回って普通に生活していたのに。

それより桜。
シオンの魔術を解いたという、アインツベルンと仲が良いという、エミヤとも親交深かったという。
・・・・・・・焦っては駄目だ、自分に失望して駄目だ。
でも、疑惑は既にあまりにもはっきりとしていたのに目をそらしてた。
あとは何を隠しているのか、サーヴァントを召喚し、私を信用させて背後から、そんなはずないと言える?
十年も離ればなれの生活をしていた相手を無条件に信じて、教会の機密情報を漏らすシオンを信じない。
それは酷くいびつ、歪んでいると言えないか。








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