●.20
背中にいる影は今この瞬間にも殺されると思わせるほど危険だ、心臓が血液を無闇に走らせる。
「わぁぁぁっっっっ!!あは、あは、ははははは」
「きゃぁっ、わ、ぁぁっわわ!!・・・・はぁはぁーはっ」
「驚いた?!ははは、ふふ、くっ、おもしっろーい顔ーっひゃはっはは。まだまだねー」
「藤村せんせっ!?何を、あ」
驚いて悲鳴あげるなんて・・・そうだこの人はわたしの人生唯一の例外だった、そして気が付いた。
まだ続く敵意はその隣りにいる。見えないけどいる。サーヴァント!?
どう、して!?
言葉をなくして、藤村大河から脚後ろへ引こうとして思いとどまる。雲越しの憂鬱な日光とはいえ太陽は沈んじ
ゃいないし、一般人たちが倒れているとはいえ、サーヴァント連れていない時点でまな板のシオンなのだから逃
げたり命乞いなど持ってのほか、それに一度は助けた相手と殺した相手のペアだ。きっとそうだ、ランサーだろ
うこの獣のような殺気には身に憶えある。どんな事情なのか知りたい。
「・・・・先生。それでどうされたんですか、確か休まれたとか聞きましたよ」
「えっとねー朝起きたら突然ピクニックに行きたくなって、となり街まで歩いて言峰さんの教会に挨拶に行った
んだけど。そこで神父さんが良い所があるって言うのよ」
「綺礼が?」
「そうそう、それでねー、イイ人だよねあなたのお父さんって今日ずる休みしたでしょー?庇って・・・って冗談
よ、そんな恐い顔しない美人が台無しだぞ。でも無断欠席は許せないなーこのー、よし私が補習をしてあげよう」
「私ひとり郊外学習授業ですか、今は他に欠席している生徒多いと聞いてますがお見舞いとか・・・
こんなことしてて良いんですか?」
戦の亡霊から視線を外して意識を外さない、改めて藤村大河を見ると黒ずくめのうえに完全武装していた。武器
はすべてコートに隠れているが、いつでも討てる姿勢を崩さない戦う者として私の前に居る。口は笑っているが
目は険しいままだ、それに言葉のすみっこからは軽蔑がだだ漏れて私を不愉快にさせる。
「(こいつ魔術師だぜ、マスター・・)」
「(サーヴァントいないなら違うんじゃないかしら、それより教会の力あるなら借りれるなら借りる)」
「(なにぃっ?共闘だと俺はこいつを殺し損ねてるんだぞ仮にもマスターの隣りに居て良いなど!ふざけるのも)」
「特別に一緒に行ったげるぞっ文句言ったら、ぶっ殺してあげるから
言峰シオンさんは居候として、私が私生活を預かった!課外授業に森のお城探検だよ、絶対にね♪そこの犬っコロもおすわり」
令呪が光ってる腕でニコニコと笑う大河、じーっと見ているシオン。
「(おいそりゃちょっと待てっての俺がどうして譲らなちゃなら、ぐっ重い・・)」
「ほら、おすわり。言うこと聞け」
無言でじーっとシオンに見られてるランサー、幸い霊体化にしているので
槍を杖のようにしてへたり込む哀れな姿は死闘演じた相手には見えないのが救い。何も言わないシオンがむしろ憎い。
マスタータイガーの横暴を止めれるわけなく為すすべ無し。
やはり殺したことを恨んでいるようだし、死に別れという失恋で荒れたヤクザの娘だった。
誠意見せろやと悪の権化と化している。
「(やめろこんなことに使うなーっ馬鹿野郎ーーーぉぉぉっっっ?痛い、くそっ令呪じゃねぇな魔力
なんてねぇんだから、ライン弄りやがったか背信神父が)」
「泣き入って情けないのねえー」
「(お前、ぜってー貰い手ねぇぞ)」
「はぁ?聞こえないなー」
「(だから重い、力が減るっ)」
大河ひとりのパントマイムにしか見えないが会話までしてサーヴァントがここにいる。
それがわかるシオンはあえて見なかったことにして、ここはタイガーに素直に謝ったほうが逃げられそうだと判断したらしい、甘い・・・。
「申し訳ありませんでした。心配おかけしましたが急に入った教会の仕事でした、ご連絡は出来なかったのは先生
がまさか言峰教会に行っているとは考えもしなかったので」
「うんうんわかった。あんたの言い分は聞いた・・・・居候の分際で、御託はいいから私と一緒に来いってんだ」
慇懃無礼のシオンに臆すること忘れた狂い虎、サーヴァント虐めたテンションのまま脅してきた。
ジャキリ
厭らしい笑顔でコートの中に手を入れる、そして硬く重い作動音がする。
それはシオンが使う護身銃より凶悪な感じだ。
「失礼します」
「来てくれるよね、優しいよねー問答無用じゃなくて取引するって言うんだもん。私って尊敬される教師の鑑って
感じだよねー、きゃはははははは」
ドカッガッッ
蹴られた。二度目はガードしたが凄く痛かった。
ケリをやめてゆがんだ笑顔で脅迫してくる、なにか靴に仕込んでありそうな痛さだった。
「・・・わかりました。ご一緒させていただきます」
■
■
■
■
■
■
対向車もいない郊外の道。
タクシーには乗客が二人いた、森の入り口まで乗せた運転手は異様な組み合わせ不思議な出で立ちの二人に警戒していた。
しかし、シオンがわざと会話を英語でしたために機嫌良い大河も合わせて理解できない。
不安が増していたが、つい数日前にメイド乗せたというタクシー運転手仲間の話を思い出していた。
変な二人組が消えた森の方向をしばらく見ていると遠くで猟銃の音がした。
そう言えばこの地区で狩猟が行われている、禁止期間は確か来月からだったか・・・・・・帰り道、雪が舞い始めた。
「流れる空気が変わったわ」
「えっ?なにー?」
「曇って寒かったけれど、ついに雪降り始めましたね・・・風が────先生、何か来ます」
「んんっクマか野犬かライオンにオオカミ、はたまた人食い虎かーっ!
今から二人は運命共同体なのだ。ほら得物は長船と村正、延びるスタンガン」
コートから両手に一つずつ黒光りするものを二丁、へへーんと笑って自慢する女。
それを言峰シスターは無視して黒鍵を手にして風下を警戒する、サーヴァントも気配だけは強くなっていく。
姿あらわしたのはワラワラと人の形した・・・・・・一言で言うなら、ゾンビってやつだった。
ボロボロのくせに結構俊敏な動きで迫る。
「浄化」
投げた刀剣、まっ黒な刀身が見事に胴体に突き刺さり灰になる。
「父と子と聖霊と」
士陰がバイブルをかざし光らせて読む途中で無粋な破壊音が連続する。
ズドン、ダンダン!ドン!
「うああーっ気持ち悪いーっ、何よこれ趣味悪い、でも面白い!
ゲームだとボスがこの先にいるんだけどな、尊い仲間の犠牲とかあったり・・・ってシオンちゃん。
手の豆潰れた。ひーりんぐplz!」
「このバンソーコーで良ければ貼ってあげます、あなたなら舐めておけば自然治癒するでしょう。
それに護身銃はこのくらいが女性にはお勧めですが、これ私の。あげないです」
「マジックポイント、ケチりやがって!じゃ、その銀色で小さい可愛いの欲しいなー、あ・・・まさか
シスターなのにヒーリング使えないのっ?
まっしろっ子、乳、のっぽ、肉食、外人!あとあと・・・ネンネめ!私殺れませんー。ケッ、可愛い子ぶりっ子が!
ピカピカ後光が眩しかったぞぉっグラサンかけてて良かった。貴様はこのピカピカ眼鏡でも光らせてろいっ!」
襲ってきた数はたいしたことなかった。
聖水をシオンが撒くと不浄な灰は土に還っていく、それを見ながら弾の補充するガオガオうるさい虎。
ゲーム知らないシオンはタイガーの言葉の半分も理解できなかったけれど、悪口に聞こえたので反撃はしておく。
「老眼・・・・?煩いおばさんだ、ほら手出して」
「違うもんこの眼鏡は葛木先生の忘れ物だから預かってるだけ。手?なんだーできるん、あ・・」
手の傷を魔力で編んだ包帯でなおしてやると、大河は見覚えあることに気が付く。
二度目、死んだと思った時に槍から助けられた後の治療・・・いつのまにか消えたこの包帯だった。
「なんですか、着きましたよ先生」
「なんでも」
お礼を言いたい。
今は隣りに見えないけど私を殺したランサーがいるし、責任とらせてさっきのゾンビを処理させても良かった。
でもシオンが知らないふりしているのだから対面させて、どちらかが死ぬ戦闘をさせては信義の問題になる。
面倒だし、なんかヤダ。
戦いたがっているランサーは令呪で抑えているのだし・・・なんだ結局案外シオンを気に入ってるじゃないか。
少し思い出した記憶の中にはシオンの作った朝食をたべていた私、学園で生き還り帰宅して布団に寝かせ
てもらえた私がいた。エミヤキリツグが死んで受け継ぎ選んだ生業とはいえ恩人とも言える彼女、言峰シオンとも
血を流し合わなければならないとは。
「戦争をひとりでやめさせるには勝つしかないのよ」
「・・・先生?」
「聞いてた?」
「いいえ。着きましたよ、ここが目的地ですよね」
振り返って自然に返された否定の言葉、ありのまま受け入れたりはしない。
藤村大河は既にエミヤキリツグという存在を愛してしまっているのだから、仲間なんて殺した相手・・・契約
交わしたランサーだけなのは、随分皮肉が利いていて気に入っている。
城の正面、移動して裏から入るのも選択肢としてはあったが、そちらは嫌な予感がしたので大河は門に手をかけた。
「行きますね」
「いたずらっ子だから罠でも用意してるかな、今お姉さんが行きますよー。おいたする前に夜歩きとか
しないように優しく眠らせてあげるからね」
「先生・・・」
甘えた声、媚びた声、呆れ目のシオンを無視して中へと進んだ。
ボーン
柱にかかったハト時計、凝った細工が夜の時間が訪れたことを示した。文字盤のからくり、背景のゲタゲタ笑う月が気味が悪い。
時計の針に止まっていた小さな虫が飛んでいった。
静かな建物の中を進み・・・鍵をかかっている部屋ばかりだったが廊下を三本歩いたところで、豪奢な照明が落ちていた。
「先に、誰か来たのかしら」
「遭難者ってわけじゃなさそうですね。見てください」
半開きの扉から光が漏れていた。
誘われている?
「どう?」
「何かいますね私が見てきます」
視線を離さず問い掛けたので、ランサーに霊体のまま偵察を頼んだつもりだった。
だが、シオンが走り入っていってしまう。
思いの外、彼女が勇壮なのには予想外だったけど学園で美綴とやりあったのを聞いていたので自分も
後を続こうとした。それをランサーが実体化して槍をふるい止めた、何をと怒る。
「チッ相手が悪いぜ、嬢ちゃん」
「ちょっと邪魔しないで私も、うっ・・・虫?」
振るった槍に叩き落された三脚の奇怪な虫、それが来た方向、廊下の暗闇に目を向けた。
────すーっと音もたてず小柄な何かが近づいて、黒い瘴気をまとって、酷く不安にさせる。
途端、カリカリ、コリキリキリキリ、壁の中から不快な物音が一斉に響きはじめる。
「客人かと思うたが柔らかい肉と棒切れの食事であったか、とにかく歓迎しよう」
「こいつはサーヴァントじゃねぇなー、でもよ、ちと加勢してくれや。
頭取れたって笑うがい骨みたいだからよ・・・ネクロマンサーってのは厄介だぜ」
「妖怪が住んでるなんて、イリヤちゃんちって侮れねー・・・でも場違いだよね?」
「焼き払うぞ、バカ。
いぶり出してやる・・・」
目の前の人間の形したそれが間桐臓硯本体とは気が付かない。
あまりにも人間から離れた存在に成り果てているからか、一帯に漂う腐臭のためかは一概に言えない。
クーフーリンがルーンを使い小さな虫を一掃し、その後ろから飛び道具で援護する大河。
「西洋のお城に日本の妖怪って変だよねー、変だよねー。
魔法でパパパッと片付け要員が先行っちゃうし、もー、大変」
コートから出した弾を入れ替え、入れ替え乱射し効果を見るが笑われる。
「ほほっ、下らぬなぁ。もう教会の娘の相手は別におる、気にせんで死んでよいのに」
「切りねえぞっ、こらっ」
「イリヤちゃんもどこほっつき歩いてんのよー」
ザクッとピラニアのように食いついてくる、水たまりのような影の中から現れては消える。かなり広い
廊下とはいえ部屋に入ったシオンが一向に出てこないのを思うと、罠にかかって既に仕留められたと考
えてしまう。壁の厚い石造りには小さな窓しか逃げ道はないのだから。
構造把握していないけれど、外から見た感じではあと一フロアていどでこの城の主の部屋がありそうだった。
「どうやら知人らしいの・・・あいにくアインツベルンはセイバーと供に外出中らしいのでのう。
この城のどこかにあるワシの探し物を知っているなら、吐け」
「「知るか!」」
「そうかでは当主どのが帰宅するまで家捜しするかの」
「逃げるのか貴様、サーヴァントを侮りやがって細切れにしてやるっ!おらっ!
マスターちびっとばかり耐えてろ!首を落とす!!はぁぁっ!」
背を向けて去って行こうとする敵、ますます虫の数は増え二人は劣勢に立たされる。
かなり怒っているランサーに釘刺して、銃身が熱くなって手が留守になった大河は冷静になれた。
懐から小型の面制圧兵器を手にする。
「一時撤退するよー、シオンちゃーん聞こえてたら生きてたらまた会いましょ」
「おいっマスター」
いきなりだった。
爆発があたりを包む、大河が手榴弾のピンを抜いたわけじゃない。
クーフーリンが抱き倒して守ったことからも、それが外部からの一撃であることは明白だ。
ゴヅッ・・ガラガラッ、ゴト・・ド・・・・・・音と光が収まると景色一変していた。
隕石の落下でもこうはいかない。
城の一角は文字通りの崩壊、砲撃されたかのような跡に唖然と見渡すと屋根の塔の一つに人影がある。
「ふむ、生きていたか・・・虫けらどもしか居ないのか出直すのも気分が悪い。
ゴミ掃除など普段はする気ないのだが、犬では出来ぬしな」
「野郎」
「セイバー?」
「違う。己の肉体を武器としないセイバーがいるものか、自分が傷つかない英雄がいるものか。
あれはアーチャーだ・・・二人も居やがるとは」
「ふむさすが犬の嗅覚は鋭い」
感心したぞ、誉めてつかわす。
偉そうにそう言っている黄金彩色の甲冑に身を包んだ男、ランサーは忌み嫌うように睨んだ。
next