「どうしたのよ?」
からからと移動していくベット、患者は今までの余裕ある人物とはかけ離れていた。髪もボサボサだ。
うっすらと浮かぶ胸骨、見開かれた眼光は何も移し得ないような暗闇だけをたたえている。
「どうして、私を独りぼっちにするのよ?」
アスカはこの病院からあれから一度も家へ帰っていない、誰もいない場所へ行く気持ちなどない。
トウジを見舞う時にヒカリに声をかけられなかったこと、レイもこの頃はゲンドウのところばかりにいること。
たった、少しだけ時が戻ったなら・・・
家に帰ればシンジが文句と嫌味を言いながらオドケテご飯を作ってくれたのに・・・。
「壊れちゃったの・・・私の居場所」
あの戦闘後回収された初号機に乗っていたのは人形だった、瞳には何もうつさずひざを抱えてされるがままに収容された。
リツコにとっては手痛い損失、その原因がシンジの極を求めすぎたことによるものと考えられ
その過程などを推測できるだけに、今までの不安は消えたものの・・・・回復の見込みはなかった。
「あんた・・・いつも言ってたでしょ、アスカって大学でてるわりに無知でこどもなんだって」
アスカは転校してきたばかりの頃のテストの点で競ったことを思い出して、何の反応も示さないシンジに語り掛けた。
「私・・・あんたのことがわからないよ、どうして?どうして?」
ギリリと奥歯をかみ締めて俯きかげんに尋ねる、返答は期待などしていないが少しでも・・・・今、自分が置かれている
状況をどうにかしようとアスカはもがいていた。親友の思いのヒトを傷つけ、もしかしたら殺していたのかもしれない。
天才を自負してきた彼女にとっては周りが賞賛の声を彼女にかけることだけを見返りとして求めてきたのだ。
敵意や、失望の声など聞きたくないのだ・・・が、ここに着て彼女は変わらなければならなかった。
自分より優れた能力を持つシンジ、戦友と呼べるひとレイ、親友・・・ドイツにいた時はまさか自分にそんな存在ができるとは
思いも寄らなかった、渇望していた暖かさがある家族ミサトやペンペン。
だからこそ今彼女は、苦悩する。
「私はエヴァ弐号機のパイロット、セカンドチルドレン・・・・なのよ」
「それなのに・・・・」
「それなのに・・・・助けれなかった、どうして?」
「シンジ、一体どうなちゃったんだろ?学校にも、ネルフにも、家にも・・・・私の居場所ないのよ?」
ごくりと、喉の音。
外はまだ沈みかけた夕日がうっすらとジオフロントの木々を黒くしていて、
あすかにとってそれは得たいの知れないモノが潜んでいるように思えた。外を見る、沈んだ表情で。
「?」
人影、あの後姿は?
「シンジ、またね」
急いで病室を出て行く、かしゃん、閉じられたドア。
徐々に青く、暗くなっていく病室。誰もいない。ただ、そこには死んだ人がいるだけ・・・・そんな病室だった。
「加持さん!?」
タッタッタッタッっと走ってその人物がいると思われる場所に急ぐ、声をかける。
「アスカ、どうしたんだい?こんなところに」
加持は大きくなったスイカをひとつ取っていた、まだほとんどが小ぶりなものだがソレだけが成長が良かったようだ。
「う、ううん、ちょっとね・・・みかけたから」
いいにくそうにただソレだけ言う。加持はそのしぐさにアスカのことを察して話し始めた。
「アスカ。俺は思う、ひとなんてこんなくらいことしかできない」
そう言いながら雑草をとってスイカの世話をする加持、いつもなら疑問を口にしながら人のことを諭すのだが
今日は断定の口調でアスカに話しかけた、もう時間がない自分。
アスカにとって兄のような自分、アスカに何をしてあげれるのかもう分かっていた。
「こんな植物だって一生懸命、つるを伸ばして根から水や栄養をとりこむ・・・生きているんだな」
「うん」
知らなかった、加持さんにこんな趣味があったなんて。
「ひとなんて一人じゃ何もできないようなものだ、たとえ何かを成したとしても空しいだけさ。
周りのみんなが祝ってくれなきゃな、俺も例外なくそのひとりさ」
「・・・」
私のこと?そうなのかな?わからない・・・。
「参号機のこと、後悔してるのかい?」
「・・・・・そう・・・なの、だって!」
傷つけてしまった、そして突然、私の場所はなくなった。
「だが、アスカのしたことは正しかったんだろう?」
「だって・・・・何もできなかったの」
アスカは虚勢を張ることを少しだけやめていた、加持は信頼できる人なのだからもしかしたらこの苦しみを救ってくれるかもしれないから
「何もできなかったことに悔しさを覚えているんだろ?
じゃあ、アスカが今できることはただひとつだな・・・・」
「ひとつ・・・」
何なの?教えて加持さん・・。
「忘れないことだ」
「なっ!?そんなこと!」
この気持ちを忘れる?心外だ、そう言いたかった。
「今、アスカは苦しんでいるんだろう?」
スイカの世話をやめ、アスカに向き直る。目を見て・・話しかける。
「痛いの・・胸が苦しいの、加持さん」
「少しだけならな」
ぎゅっと加持の胸の中に縋りつくアスカ、あの戦い以後、やっとアスカは安らぎを得ることができた・・・・いっときのものだったが。
カツカツカツと通路に足音が響く、リツコとマヤだ。
「たいへんですね・・・全てが元通りになるまで」
マヤが報告書に目を通す暗い顔をしながら感想を述べる。
「そうね・・・」
リツコがそうこたえた、だが知っていた。
「まだ使徒は来るのよ、これで終わりじゃないわ」
参号機の後処理、使徒の潜在性を考慮しながらの作業が残っている。
次の使徒にも注意しながらことを進めなければならない、他にもダミープラグのこともある。
「そう・・ですね、センパイ」
使徒、そして人類補完計画・・・全てはまだ始まりの兆候さえもみせてはいないのだ。
「参号機の彼、どうかしら?」
ダミーの犠牲になった・・・そうマヤは思っている、自責の念にかられながらも的確に受け答えする。
「まだ意識はありますが・・・一両日中には」
暗に汚れてしまった自分を無視しているマヤ、辛いでしょうね?
リツコはマヤの報告を聞きながら、まだ沢山残っている仕事を片付けるために通路を急いだ。
片手を白くつりながらも指示をして、ネルフを全て正常な状態にしなければならない。
彼女はある意味、強いヒトだった。
それに比べるとガラス越しに全てを悔いている彼女は強くもなく、
全てを敵に回しても意思を貫き通せるほどの勇気やその類のものを失ってしまったようだ。
ピッピッピッピッ・・
防音、そのはずなのだが彼女には聞こえるその音はいつ止まってしまうのか恐怖していた。
ともすれば崩れそうな足は、力と意識を足に集中させてこのイヤな場所から彼女を逃げ出させた。
「ダメね・・私」
痛々しくつってある右手、苦言とただそれだけが彼女の全てだった。
「何故、ここにいるの?」
問いかけても答えるものはいない、無愛想な彼は答えるという意思の選択肢さえもないのだろう・・・哀れなヒト。
「はじめろ」
ゲンドウは指示をだす、職員たちがデータを取り始めメンタルチェックをすませていく。
リリスの魂の器たる私、機器が体じゅうに取りつけられ色々なデータをとる。今までどおりの作業、変化はない。
ココロさえも計れる機械など存在しない、もしソレで測ればレイの変化は顕著だっただろう。
アスカ、シンジ、学校のみんな・・・レイの思いは強く、今ここで行われている作業など意識の範囲外だった。
「・・・・・・・」
黙々と進められていく作業、誰一人ムダ口を叩こうとしない。静かな、ここの部屋にはまったく変化というのがない。
表目上は・・・ではある、ヒトはみな、心も持っている。
それなのに、貴方たちの私を見る目はなに?
やはり、私にはアスカたちしかいない・・・・そう思った。
「ただいま・・・・・」
誰も答えるものはいない、帰ってきた理由はペンペンのことだ。
暇な時の彼女の遊び相手、シンジがいないときはゴロゴロと転がって苛めていたものだ。
「ペンペンーーー?どこぉ?」
風呂、彼の住処、そして冷蔵庫・・・いた。
「くわわぁ・・・」
トコトコ歩いてきてアスカの足にくっ付く、食べ物がなくなってしまったのだろう少し痩せている。
「・・・今、不甲斐ない飼い主に文句言ってあげるからね」
そう言って帰りに寄ってきたコンビニで買ったしゃけおにぎりを出す、ふとキッチンのテーブルを見ると
SDATが置いてある、シンジが珍しく乱暴に扱っていたものだ。
それでも少し傷がある程度で再生すると音楽が流れる、アスカはなんとなしにそれを持って自室に帰っていった。
ここにはもう誰の笑い声も聞こえない、暗闇そのものさえも動きをためらうほど停滞した空気だけが漂っていた。
かちっ、シャカシャカ・・
「・・・・・・・」
アスカは流れてくる音楽を聴いているようで聞いていない、見開いた瞳は目の前を見ているようだが
それもまた違った。どこまでも静かな空気を吸って・・・・・・・・いつのまにか寝息を立てているアスカだった。
心の中は誰にも覗けない、そのとおりだがアスカの心は今、自分でも把握できないもやもやとしたものがあった。
穏やかに眠る彼女、これから起こる全てが彼女にとって過酷で冷たくあること・・・・・・時は無情に過ぎていく。
夢?幻?光の中を走っていく、私。
誰・・か・・・
暗闇をひとつ、またひとつ取り去って
バンッ、バンッ、・・・
最後の扉を勢い良く開けるっ、そして・・・・・・・
そう、ママ死んじゃったの・・・・・そう・・・・・・・
人の心には魔物が住みつく、ただそれに気がつかないだけ、ただそれを見ないだけ、ただ普通に過ぎていくだけ・・・
だって、なにも変わらない日々が続いていくだけだから。
「報告は・・」
ゲンドウと向き合うのはリツコ、使徒のことが一段落したようで参号機の問題を報告している。
「いえ、まだ完全にはできていません」
幾つもあるプラントのひとつ、ヒト一人いなく何年前も使われなくなったようなところだ。
「そうか、コアの交換はやむえないか」
かつかつとうっすらホコリ残る床を歩く、機材を見る。リツコはまだ使えそうだと思った。
「いえ、まだ参号機のコアに利用方法は残っています。ですが、このことは内密に進めなければならず」
ここはエヴァでも一番、主となる部分の製造研究を行ったところ。これだけの機材があれば・・・
「問題ない、時間がなくなってきている。あらゆる手段を取ってもいい」
コアの操作もできるだろう・・・・人道的?そんな言葉、忘れたわ。
「では、さっそく準備にかかります」
リツコはその薄暗い部屋から出ていった。
「どうしてこんなことになっちゃったの・・・鈴原」
ガラス越しにみる彼は包帯でぐるぐる巻きになった頭をななめにしてベットに寝ていた。
絶対安静だといわれ、回復の見込みは不明なままだ。
「アスカ・・・んっ」
ぐっ、と胸をおさえる親友に憎悪を向ける一歩手前で彼女は思いの人を見ていた。
カツカツカツ、足音。
「洞木さんね?」
誰?白衣の・・・お医者さん?
「私はネルフの赤木博士よ、今回のことは彼にとって不運だったとか言えないけれど」
「不運?そんなことっ、って・・」
んっ、歯を食いしばる。
「使徒にのっとられていたのかもしれなかったのよ、彼はね」
「使徒?のっとる・・・」
恐怖する、その事実に。やはり彼女は普通の女の子なのだ、真実は重過ぎるもの。
「それで貴方に頼みたいことがあるの、率直に言うわ。エヴァに乗ってくれない?」