01
ガラス窓の外は暗闇、外灯がポツンとひとつだけ見えていた。
外は動く影などなく静かで、ほんとうに静かな真夜中に異変は起きた。
部屋の外にはやはり誰もいない、小鳥が電線に数羽とまり群れて眠っている。
人も寝静まった時刻。
ここは麻帆良の学生寮でこんな時刻まで起きてるのは一部の人物だけに限られる、多くは
スヤスヤと夢の中だ・・・・・・あるひとつの部屋。
まだ誰か起きている、そんな人の気配がある一室。
『・・・・ピッピッ、10時55分をお知らせします。明日の天気、沖縄地方からは低気圧が
移動し全国的にすっきりとしたよい快晴になるでしょう。しかし山間部、今夜は雲が各地を...』
無人の部屋のなかでジー・・と、ついさっきまで人がいたようにパソコンが起動したままに
なっていてディスプレイに映る小窓のひとつにテレビ放送があり天気予報が流れていた。
誰も見てない。
部屋のネームプレートには『長谷川』と『レイニーデイ』の二名の名前があり、少なくともどちらかが
消灯して電気を切っていないのがわかる。
本人たちが居ないのもおかしかった、片方はいつも別の場所で寝泊りをするので仕方がないにしても
夜ふらつく癖など無い千雨が出かけて行く時間ではない。
ジー・・ギュッ!
カッカカカ、ギィーン、ィーン!
動いていたパソコンの吸気、排気のファンが突然大きな音を出した、内部のハードディスクも限界を超えて回転し始めたようだ。
異常は続く。
電気もコンセントから煙が出てコードの被覆が破れてしまうほど熱くなっているようだ。
表示されていた小動物をモチーフにした耳の長いキャラクター、かわいいデスクトップのアクセサリー時計も止まってしまった。
暴走(フリーズ)したわけではないようだ。
何故なら、キーボードが勝手にタイプされて言葉、それは・・・・。
『生還』
この二文字だった。
直ぐにディスプレイに真っ二つにするヒビが出来、ビリッ、一度と放電したあと滲み出てきた赤い液体が画面を踊る。
汚す。
垂れて、落ちて、ぴちゃんぴちゃん。
溜まる。
血としか見えない。
正真正銘の生命の赤。直感的に理解できる匂いが本物だと知らせる。
色。
その鮮やかさからして生きている人間のものだ。
こぼすと言うよりペイントがされる机。椅子。カーペット。
画面の中央にやがて真っ黒な穴が形成されて、破裂した水道管のように際限なくながれ出てきた血液が
壁も乱暴に天井をも使って大きな文字が斜めに書かれていった。
最後に急に動きが変わるとウォーターカッターのようにパソコンを細切れに切り刻む。
『クリアー。ゲームオーバー。これでオサラバぁあはは、はぁっ。
あははははーーーーーーーーーーーーーーーーーーやったゾ!カエッテ、きたん』
ここで切れて床内部に続くが解読不可能、ディスプレイの元管から新しく出た血に活動が移る。
『ア、まだ体が来てないな。ちっい!?おっ
あ、あ、あ、あ・・・・でもでもでも最後、そうだ。そうなんだ。◎わたしは戻れた。
→本当に。△これで最後だ。あ・は、ははっはっ。あははーーくくっ』
乱暴に寄せ書きされていくキャンバスと化した部屋、家具や天井、床が汚され
もう何年も前に捨てられ風化した廃墟と化す。それでは補修より作り直したほうがマシなぐらいだ。
そんなこと気にも留めないでラクガキ続ける何者かは喜びの表現で埋まった部屋に満足したのか
次の行動に移った。
コードはすでに切れてイヤな煙と異臭だしてるパソコン・・・もうこれはクズ鉄と呼んでいい。
「あーなんだよコレ、あいつら生きたまま私をさらったくせに。
普通の人間が通れないからって、狭間で私の体捨てさせたんだっけ・・・・あちゃー
こんな大事なこと忘れてたとは・・・・・・死んでるってのは本当だったか。くそっ」
ザ・・・ザザッザ・・・・ジー、ザッ!
「どっちにしろ時間も流れてるし折角この世界に戻っても婆になっちまうからいいか!」
ジ・・・ジジ、ギャ!ジッ、ジッ!
「年取らないのも学園を卒業するまでぐらいは誤魔化せるだろ、成長しなくても化粧すればいいさ。
女なんだから不思議に思わないだろ。
・・・・黙ってりゃ誰も信じないさバカみたいなマジ話なんてな。前みたいに・・・・ふんっ」
そのクズ鉄につないであるスピーカーからノックするような音のあと、部屋の住人の声が聞こえた。
何処からか知らないが帰宅するようだ。
勇者と魔王が存在するよくあるゲームの異世界に外出していたようで、一夜の夢ですまされない時間を感じる喜びの声。
拉致られたとも言ってるし。
声が聞こえている間にスピーカーは何故か急速に劣化していき雑音が酷くなって壊れた。
ノイズが大きくなる。
まず、パソコン本体がボコリと膨らむ。
何かが内部から湧き出ようとしている、ねじが飛んで弾けた。
爆発したケースから部品が飛び散り、一部が窓に突き刺さって風となる。
大きな家具まで巻き上げる凶暴さ。
吹き荒れまくって部屋中のもの全てを巨大なミキサーにかけたようにして、もうここに人は住めない。酷い有様だ。
「グ・・グボォォ。ン、ア、ゥ゛ガッ・・・あ、はっ!!っ!!
いったーっ、痛いっ。久しぶりに分解するからかっ!?指一本でもこんな痛いっーつうのは反則だろっ!?」
特に再生中の所が痛いのか、小刻みに震えてこの世界に生まれ出る。
「嘘つきの小人め!やつら殺してやる、わたしを何だと思ってるんだ!
フランケンシュタインじゃねーんだぞ。
こちらとら乙女だってっるってだろ!!!魔女とかもーっ、あぁぁぁぁぁぁっっっもーー!!!
ちゃんと還しやがれっ、しっかり、うぉっ」
落ちていた金属片だったものが固まって歯とあごの骨が出来上がる。
色づいた唇が出来上がるのに数秒とかからなかった、人間の口が出来上がるがパクパクと動いて気持ち悪い。
やっと、声帯が完成すると吼えた。ガラガラの大声で深夜に迷惑このうえない。
まだ腰から下が再生中だと言うのに拳振り上げて床に叩きつけようとしてゴロンと転がって騒ぎわめく女の子に
なっていく、所々混ざっているのはパソコンの部品だったりペンやら、枕までもが致命傷な突き刺さり方をしていた。
それをポイポイ、引っこ抜いてやっとまともな人間の形になる。
最後に吐き出された黒い布切れがグルグル巻きついてドレスになった。首にチョーカー。リボンで髪が編みこまれた。
千雨のドレス、それは可愛らしさとは反対の普段していた服装とも趣味のコスプレとも合わない。
憂鬱そうな表情は妖艶さと危険な香りだ。
「う・・・血が足りないなー、調子に乗って血文字を書きまくったからなー」
ふらりと立ちあがる人影はこの部屋の住人、長谷川千雨だった。
額から、ぴゅーと血が出ていたりと凄い不死身っぷり。血がベッタリ濡れていたがそれもやがて空気に解けた。
うー、と顔を顰めて立ち上がる。
真っ暗でふつうなら見えないはずの部屋の中、あまりにも変わり果てた姿を確認する。
暗闇の中でキラリと光る目にメガネはかけていなかった。
それなのに見えているようだ。
それはまるで猫のような獣の目、瞳孔が縦に細くなって金色の輝いていた。
部屋の中は見回すと血文字が楽しそうな狂いっぷり〜♪
詠う狂人が団体ツアーで殴り込みをかけて来たようだ、足の踏み場も無いほど荒れ果てていた。
「あーあ・・・・・・・・・よっ、と。
ん?そうか。間違えた。もうここはラボじゃねぇんだな」
飛び上がった千雨はクルリと空中で反転して天井に着地、両足をつけて立つ。不思議なことに衣服までも
重力に逆らっていた。コウモリのようにぶら下がるのとは違った仕組み、重力を制御しているとしか
思えない光景だ。そんな荒唐無稽なことを何気なく行う千雨、帰還したというのに非常識な世界での
ファンタジーだった自分を引きずっていた。
部屋が荒れてて唯一天井が綺麗だとしても、普通は足の踏み場を天井に求めたりしない。
「わたしって『魔女』のまんま帰ってきたんだよな、ネットアイドルに続いて厄介な秘密が増えちまった。
それにしても・・・あちゃあ・・・・・・よっと、無事なもん無いぞ。こりゃ買いなおしか。
自力で片付けるのは無理だな。うん、魔法でやっちまおう」
千雨が決心すると瓦礫が浮かびあがっていく、ちいさな塵埃ひとつまで自由勝手に整理される。
証拠隠滅のため壁の中に吸い込まれていくもの。
逆に壁の中から出てきた鉄骨は組みあがり無骨なベッドとなった。
破れてもう着れない学園の制服やコスプレ衣装は、ひとかたまりとなってヌイグルミになる。
それに抱きついて眠ることにしたようだ。