「こんな施設がまだ残っていたとは………。ゼーレも良くやる」
加持は何処か溜め息交じりに、呟いた。

サードインパクトからすでに三年以上の月日が流れる中、最早すでにゼーレの力などないに等しい。組織を統括していた者達は、もうこの世にはいないのだから当たり前といえば当たり前なのだろう。残るものは”遺産”と呼ばれる研究の成果のみだった。
それすらをも全て、無に帰す。
学術的に見れば、素晴らしいまでのテクノロジーなのだろう。
ダミープラグとして利用されたクローン技術。量産型のエヴァに使われたS2機関。使徒から得られた数多くのオーバーテクノロジーはネルフのみならず、ゼーレの持った支部の各所に点在している。
今はまだ、人類には早すぎたものだ。
消し去る以外の術を、誰も思い付けはしない。

薄暗い室内。いや、研究室だったのだろうか。まるで、水族館のように大きな水槽に満たされたL.C.Lと、いくつも漂う、人の形をした肉塊。コンピューターの管理により、今でもギリギリの命を保っていたのだろう。
ある意味、悲しみすら誘う。
許してくれ、などと言えるものか。
罪を認め、受け入れていく以外の道など、何処にもない。
苦しみも悲しみも、心の中に息づいてこそ確かな想いへと変っていくのだから。
手にした痛みから、逃げ出すことは許されなかった。いや、自分が許しはしない。
生きていくための、原罪。
だからこそ、幸せを求めることが出来るのかもしれない。

「加持さん。少しよろしいですか?」

背中越しに掛かった声に、加持は思考を中断して振り返った。
低く静かな声は、部下として働いてくれている諜報部のもののひとり、だ。整った体格と滲み出る雰囲気が彼の持つ歴戦を物語っていた。まだ若い部類に入るのだろうが、チルドレンのガードの任務にも就いていたことがあるらしい。何度かシンジ達について、話をしたことがある。
シンジが行方を暗ましていた二年もの間、最大の力と情熱を持って動いていたのも、この男だった。
髪の毛一筋ほどの痕跡も残さずに消え、そして、風のようにふと、現われていた少年を、信頼しているもののひとりだといっても良い。
ガードとして側で見てきた事実が、そうさせているのかもしれなかった。
そのことが理由ということではないが、加持が一番の信を置く人物だ。

「何かあったかい?」
加持が聞いた。
「はい。一つに意識があるものが………」
「………?どういうことだ?ここにあるのはダミーのみのはずだろう。ましてダブリスは………、もういないはずだ」
眉が寄る。

確かにいない。いるはずもない。ダブリスは最早、ダブリスではなく、渚カヲルとして人となっている。全ての記憶をなくし。
あの場所で。
今も変らず、生きている。
魂の複製など、いくらゼーレとは言え不可能なことであるはずだった。かつての綾波レイと同様に。ここにあるものは、ただのダミープラグとして作られたものに過ぎない。
意識などあるはずもなかった。
だが。
在ると言う。

「はい。そのことは私も承知しております。しかし………、F−タイプなのです。しかも、こちらからの質問に何も答えようとはしません。ただ、呟くように、”シン”と一言だけを。………混乱しているというよりは、意識が覚醒しきっていないような感じですが」
ぼんやりとしている、とでも言えば良いのだろうか。
虚ろな瞳と、微かに零れるように紡ぎ出された”シン”と言う言葉が全てだった。
しかし、それだけで充分なことだったのだろう。
確かに生きている。
いや、生きる意志を持っている。
「”シン”………?神か、それとも真、か?………どちらにせよ、こちらで勝手に判断する訳にもいかないな。………F−タイプを保護。その上で司令に決めてもらうとしよう」
「はい」
何処か、胸をなで下ろすようにほっと、息をついていた。
無理もない。
彼はまだ、若い。
「この施設は完全に破壊する。準備を進めてくれ」
加持が、もう一度周囲を見渡し、決断した。
ここにあるものは、かつての残骸。悲しいが、今はそれ以上の安息を与えることは出来なかった。
無性にミサトに会いたいとおもう。
そういうことだ。
小さく溜め息を吐くしか、納得する術を持たない自分が情けなかった。

何故か、つい、と触れる風を感じだ。
優しく、包み込んでくれるような暖かさと共に。
もしかすれば、自分は気弱になっているのかもしれない。そうでなければ、今、このようなことを感じる理由がなかった。
しかし、弱さであるはずもない。
人として、当然の想いのはずだった。

(すまないな………。人はまだ、全てを受け入れるには弱すぎる)

水槽に浮かぶ幾体もの身体。
銀髪と赤い瞳。
ダブリス。

微笑んでいる。
ただ、それだけだった。

いや、それだけで充分すぎたのかもしれない。





「シン…………………。何処……………………?」
タオルで身体を包まれ、小さい声が紡ぎ出されていく。

余りにも淡い。





「………あぁ、わかった。こちらの方に連れてくればそれで良い。後はこちらの問題だ」

ゲンドウは加持からの連絡の内容に内心驚きながらも、動揺を外に出すことはなかった。
いつもの声で、話している。
いくつかの指示を出すと、静かに電話を切った。
そしてまた、両手を顔の前に揃え、組み合わせる。
小さく溜め息が聞こえたのは、気のせいなのかもしれない。

先程の言葉の中に含まれた戸惑いに気が付けるものは、世界広し、と言えどもほんの僅かだ。
少なくともネルフ本部内に、ふたり。自宅へと戻ればさらに倍となる。
そして、司令室にはこの時、ネルフにおけるふたりがゲンドウの側に揃っていた。

「………あなた?」
ユイがそっと、尋ねる。

リツコのように白衣に身を包んでいるのは、ネルフ内で働いているためだ。復帰以来、精力的に仕事をこなし、今ではリツコと共にネルフの技術の全てを管理していると言っても良い。それ以上にゲンドウの支えとなっている事実は、考える必要もなかった。

「ユイ………。レイのダミーは、決して己の意志を持つことがなかった。魂がないのだから当たり前のことだ。………では、何故ダブリスが………」
「魂を持っていると言うことだろう、碇?」
冬月。
好々爺と言いきるところに、人生が垣間見える。
「そうだ。………しかし、カヲルはすでに人であり、いや、人として再構築され記憶を失い我々と共にいる。シンジや同様に生まれ変わったレイと、な。ならば彼の保護したF−タイプのものは、誰だ?」
「それが私にわかれば、苦労はせんよ。今我々が出来ることは、いると言う事実を認識するだけだ」
尤もな話だ。

ダブリスではない。あるはずがない。
いや、違う。
あってはいけないことだった。
しかし、ダブリスの身体にダブリス以外のものが入ることなど、決してない。
そこに矛盾が生まれる。
ダブリスは最早、存在しない。だが、今確かに、在る。
誰だと言うのだ。

「どちらにせよ、会ってみなくてはわからない。そうでしょう、あなた?」
ユイが言う。
何処か達観しているが、性格のせいなのだろう。無意味な不安を抱え込むことをしようとはしなかった。
「………そうだな。会ってみなくては何もわからん」
微かに微笑を浮かべると、ゲンドウは答えた。
「そうですとも」
にこりと、ユイが笑った。
「赤木君にも話を通さねばなるまい?」
「ええ。そちらの方は私が請け負いますわ、冬月先生?………今ごろサンプルと取っ組み合いでもしているかもしれませんし、ね」
「サンプル?………あの事件のものかね?」
「はい」
短い答えに、悲しみが宿る。
冬月ですら、眉を寄せた。それほどのことなのだろう。

何かが始まろうとしている。
もしかすれば、何も終わっていなかったのだろうか。

不思議に、ゲンドウはそう思った。





〜優しすぎるあなたに〜
After and After

”君が いる ということ”

By かすい





「待ちなさいってば、シンジっ!!」

教室から出よとしていたシンジは、かけられた声に足を止めて振り返った。
微笑を流しながら、アスカの方を見るシンジに、幾人かの廊下を歩く女子生徒達が吐息を漏らしている。
シンジは気が付かない。
いや、そうではなかった。気が付かないと言うよりは、自分を見て少女達がせつない感情を胸に抱いているなどと、考えてもいないだけだった。
ある意味、シンジらしい。
高くなった背丈。ユイ譲りの整った線の細い、それでいて柔らかい顔立ち。
穏やかな性格と共に、好意を受けるのも無理はない少年だった。
ましてや、高校生ともなると異性に対する興味は尽きることはない。
異性を感じさせずに、異性を感じさせる。
碇シンジとは、何処か風のような人だ、と思う。

左の腕に巻かれるのは、紫色のバンダナ。

「どうしたの、アスカ?」
シンジは微笑みをアスカに。
「どうしたのって、別に理由がないとあんたに話しちゃ、駄目って訳じゃないでしょう?」
むう、と頬を膨らましていた。
僅かに顔が赤く染まっているのは、シンジの気のせいなのかもしれない。
「そんな意味で言ったんじゃないよ」
苦笑。

アスカに勝てないのは、こういうところだった。素直ではないにせよ、思っていることを間違いなく言葉にしている。心で何か思われるよりは、余程良い。
理由はないけど、話したいのよ。
アスカが言いたいのは、そういうことだ。
間違ってはいない。

「それくらい、あたしにだってわかるわよ。こっちだって言ってみただけなんだから。………帰るんでしょう?ちょっと、待ってて」
シンジの返事を待つことなく、くるりと背を向ける。
勢いにスカートが揺れるが、気にもしていないのだろう。弾むような動きに、少女の魅力を感じずにはいられない。
可愛い。
中学時代以上の人気を誇るのも、無理からぬ話だ。

「お待たせっ!」

鞄を持って戻ると、シンジと共に教室を出る。
ゆったりとした会話を交わしながらも、アスカはシンジの隣で微笑みを絶やすことはなかった。

サードインパクトから、二年近くも行方のわからなかった少年。
その間に一体何があったと言うのだろうか。
シンジは何も語らず、誰もが聞くことを躊躇われた。
それだけの成長が、そこにはある。シンジは昔以上の優しさと想いを携え、大人となっている。それだけでも充分だったのかもしれない。

ふたりは、連れ立って校舎をでた。
いつもならこの場にはトウジ達が加わっているが、今回は誰もいなかった。
アスカが一緒に、と言った理由もこの辺に在るのかもしれない。

夏も近いせいか太陽の光が降り注ぐ。最近、日が落ちるのも遅くなった。
急ぐでもなく、のんびりと歩む。

風がすっ、と頬をなでるように通り過ぎた。

「それにしても珍しいわね、皆いないなんて?レイ達はどうしたの?」
アスカが言った。
軽く見上げるように、シンジの顔を覗きこむ。それ程に少年は、成長していた。
「あぁ。レイとカヲル君はデートらしいよ。トウジも洞木さんと、ね?ケンスケは何だか調べものがあるとか、ないとか………」
「調べもの?………また何かしでかさなきゃ良いんだけど、相田は。とばっちりが来るのっていっつもあたし達じゃない。前だって何処かにハッキング仕掛けようとかしてたんでしょう、あいつ?」
呆れた顔を隠そうともしない。事実が多く含まれるだけに、隠す必要もないのだろう。
「はははっ」
シンジは乾いた声で笑った。
「それでなくっても、最近変なことが起きてるってのに………………」
「確かに、ね………。まぁ、調べようとしているのがそのことみたいだけど」

第三新東京市を賑わすいくつかの事件。
化け物がでただの、宇宙人がいただの、たわいもない噂話でしかなかった。
しかし、ここにきて状況が変りつつある。
目撃者が続出し、果てはその怪物に襲われ怪我人までもが出ていると言うのだ。
悪戯ではないのか、との声もあったが、ここはネルフの膝元。世界から注目を浴びている場所であるだけに治安に関するシステムは尋常でない。ましてや、かつての使徒戦で利用していたものまでもが使われている。何かをしようとする方が無理な話のはずだった。
だが、現に起きてしまっている。

「別にミサトも何も言ってないし。おばさま達は?」
「同じ。第一、父さんが家でそんな話すると思う、アスカ?」
「う〜〜ん、確かにしそうもない」
「だろ?」
顔を見合わせると笑った。

ゆるり、と行く雲が影を落とす。

「ところで、シンジ。………時間、まだあるの?」
僅かに頬を赤く染め、アスカが言葉を紡ぎ出す。
何処か恥ずかしそうに聞こえるのは、少女が表情をシンジから隠しているからなのだろう。
俯き加減に。
事実、照れくさいのは自分でも良くわかっていた。

親友であるヒカリが、アスカは可愛い、と言うのはこういうところだ。強がってはいても、周りにはばればれな感情。
気持ちに気付いていないのは、シンジひとりだと言っても良いくらいだ。

「今日はバイトもないし、大丈夫だけど?」
シンジは言った。
「それなら、公園にでも寄っていかない?………ほら、こんなに良い天気なのにこのまま帰るのも悔しいじゃない」
アスカは言い訳をするかのように、早口で捲し立てる。
変らない微笑を浮かべるシンジを、小憎らしく思ってしまった。
これだけあたしがドキドキしているのに、平然として、と言ったところか。

「良いよ。僕も最近、行ってなかったし………。お付き合いさせていただくとしましょう、お姫様?」
「よろしい。じゃ、あたしの鞄、持ってね」
ひょい、と手渡す。
「は?」
「姫様なんでしょう?だったら従者が荷物を持つのも、当たり前のことよ」
「………………あのね」

じゃれるように、声を絡ませるふたりだった。





「大丈夫かい?」
加持は隣に座る少女に、声をかけた。答えが戻ってこないことは、理解している。何しろこの二日間、この少女の唇から出た言葉は”シン”の一言だけだったのだから。
「……………………………」
やはり、何も答えない。
ぼんやりと窓から流れる景色を見ている。実際見ているのかどうかは疑わしいが、外の世界に反応していることは、間違いではない。
意識は多少なりとも、あるはずだ。

車が僅かに振動を伝えてくる。
もう第三新東京内に入っている。後少しすれば、ネルフ本部に到着できるだろう。
見慣れた道が広がっている。

髪は肩よりも少しだけ長い銀髪。赤い瞳は確かに少女が生きていることを物語っていた。中性的な整った顔立ちは、十六、七の年頃にしては何とも言えぬ雰囲気を醸し出しているようで、可愛いと言うよりは、奇麗。そんな形容が、すとんと胸に落ちてくる。
女性隊員に着せられただぶだぶの服ですら、少女の美しさを隠しようがないのだろう。
何処となく見知った少年を思い出すが、無理はない。
ダブリス・ダミー F−タイプ。
それがこの少女だった。

「どちらにせよ、後はリッちゃん達に任せるしか方法はないしな〜〜」
ひとりごちる。

「シンが…………いる」
少女が小さく、言った。
「ん?………なんだい?」
加持は驚きながらも、聞き返した。少女が自分から口を開いたことは、それだけ驚きだった。素振りも見せずに尋ね返したのは、会話を続けようとする努力の証だったのかもしれない。
「シンが近くにいるわ。…………、向こう。すぐ近く………」
「シン?近くにいるって、人なのかい?」

「……………シンがいるっ!!」

少女に命が宿った。
強い光を瞳に。
まるで全てに力が行き渡ったかのようだった。





「………落ちてきちゃってんじゃないの、それ」
アスカはベンチで隣に座るシンジに、言った。腕に巻かれたバンダナが、ずり落ちてきている。緩んでいたのだろう。
そっと手を伸ばすと、バンダナを外し結び直した。
公園には子供達の笑い声が木霊している。
「ありがとう」
シンジは微笑んだ。

吸い込まれそうだ、とアスカは思った。

「良いわよ、別に。これ、大切なんでしょう?………なんで?」
「………なんでって、また、なんで?」
首を傾げる。
「前に言ってたでしょ、これをしてないと不安だって。本当にここにいるのか不安になるって。………どうして?」
「う〜〜ん、難しい質問。これと言った理由はないんだけどね、実際のところ。そうだな、………忘れたくないからなのかもしれない」
「忘れたくないって、何を?」
「………いろんなことがあったんだ、ここに戻ってくるまでに。いろんな人にも逢った。たくさんのことがあって、ここにいる。僕の半身が助けてくれた。いつでも、どんな時でも、ね。そのことを忘れたくないんだよ、きっと」
「いろんなこと、か。………聞いても良い、何があったか?」
アスカが遠慮がちに、続けた。
おずおず、としているところが愛らしい。
「そうだね。でも、何から話したら良いのかわからないくらい長い話だし………」
ベンチの背にもたれ掛かった。

大切な、大切な己の半身。
心の中にすむ、たったひとりの少女。
想いは風のように。
―――主様。
耳の奥で聞こえてくるように。

話し出そうとした瞬間だった。
シンジの視線の先で、陽炎のように景色がゆらりと歪んで見えた。
ぞくり、と背中に冷たいものが走る。

(………なんだ?嫌な感じが………、止まらない)

何かを形作るようにゆらゆらと。少しずつ歪みが大きくなっていくのがわかった。

「シンジ?」
アスカが。だが、シンジには届いていない。食い入るように眼を逸らそうとはしない。
「何なの?」
アスカもつられるようにシンジの視線の先を追った。
そして、知った。

徐々に光が歪み、収束するかのごとく形を形成していく。
二メートル以上の大きさはあるのだろう。発する威圧感は、今までに感じたことのないものだ。

「化け物………なの、もしかして、あれ?」
アスカが呟きを。
だが、あれは。
「化け物か………。無理もないね、そう言われるのも。使徒なんて、他の人が見たらばけものにしか見えない」
周囲で叫び声が上がった。遊んでいた子供達。井戸端会議に華を咲かせていた人が、我先にと逃げ出そうとしている。
「どうして、あんなのがいるのよっ!!」
尤もな疑問だった。
しかし、答えられるものは何処にもいないだろう。

第三使徒、サキエルに酷似しているそれは、見渡すように身体を揺さ振っている。
違いと言えば、そのサイズくらいのものだ。
慌てふためく人々を歯牙にもかけていないのか、気にする風でもなく、ただ、そこにいた。
しかし、そう思ったのも束の間、突然に使徒の前で光が収束すると、放たれた。
爆音と共に、煙が巻き上がる。

爆風がふたりを襲う。

「アスカっ!!!逃げるんだっ!!!」
シンジが叫んだ。突然の使徒の再来に何処か呆けてしまっていたが、逃げる以外にどのような道があると言うのだろうか。
エヴァはなく、また、自分達はチルドレンであったと言うだけで対抗できるだけの武器を持っている訳でもなかった。

ほんの僅かな戸惑いが、全てを決した。
シンジとアスカに気が付いたのであろう。
サキエルが向いている方向を変え、立ちはだかる。

「くそっ!」
シンジは舌打ちすると、持っていた鞄を投げつけた。
が、使徒の目前で簡単に弾かれる。
赤い壁だけが、広がった。
「A.T.フィールドっ!!嘘、まさか!?」
アスカ。
それだけ信じ難いことだったのだろう。胸の内にあった、まさか、という思いが打ち砕かれたに等しい。正しく使徒なのだ、あれは。

光が集まる。

「アスカ、危ないっ!!」
シンジは咄嗟にアスカに飛び付くと、そのまま押し倒すようにして庇い、地面を転がって使徒の放ったビームを避けた。
再び、爆風が降り注ぐ。
どうやら完全に目標をふたりに決めてしまったらしい。
辺りの叫び声を気にすることなく、ずい、と歩を進めた。

絶対絶命。
そんな言葉が心に浮かぶ。

(冗談じゃない。アスカを死なせる訳にはいかないだろっ!)
シンジは強く、否定した。
当たり前だ。諦らめてしまえば、そこで全てが終わる。終わらせたくなければ、力の限り抵抗していけば良いのだ。
「アスカ、早くっ!」
アスカを立たせると、背中を押すようにして走ることを促した。
「で、でも…………」
「僕が少しでも足止めする。その間に行くんだ。良いね?」
「そんな!アンタが死んじゃうじゃないのよっ!!」
「死にはしない。………僕もちゃんと、逃げるから」

影がふたりを覆った。

「早く行くんだっ、アスカ!!」

使徒が緩やかに動いた。動きとは裏腹に、そのスピードは眼を見張るものがある。瞬時にシンジの前に現われていた。
後ろに下がろうとしたが、下がる訳にもいかない。後ろには、アスカがまだいる。
シンジは使徒に殴り掛かろうとしたが、軽く弾かれた。
「ちいっ」
すぐさま体勢を立て直すと、もう一度。
だが、届かない。
サキエルがシンジを腕で払った。
吹き飛ばされる。
(くそ………。やっぱり、駄目だってのか?)
額から血が流れ落ちてくる。飛ばされた拍子に怪我をしてしまったのだろう。身体の各部に痛みが走った。

アスカが泣いているのが、聞こえた。

(お前がいてくれたら、な?なんとかなるのに…………)
シンジは立ち上がりながら、心でふと、考える。
胸に残るのは、淡い風。
己を常に守ってくれた、優しい声。
―――ずっと、一緒です。
流れるのは、想い。

「そっちに行くんじゃないっ!!」
アスカの方へと向き直った使徒に、背中から声を張り上げ歩みを止めた。
振り向く間を与えずに、飛び掛かる。
壁に弾かれながら、何度も何度も。
襲いかかる光を、ぎりぎりのところで躱した。

わずかの間に最早、身体は傷だらけだった。
ぼろぼろの身体を引きずるように。

がくん、と足から力が抜け、倒れ込んだ。

「シンジっ!!」
アスカの声。

(逃げろって言ってるのに………。まったく………。アスカらしいと言えば、アスカらしいけど)
ぼんやりと、思う。
倒れている暇など、ない。
ふらり、ともう一度、身体を起こした。
(もっと、力があれば…………。お前がいてくれたら……、ね?)
しかし、シンジは飛ばされ、宙に舞う。

「………………………か、え、……で」

呟きが小さく漏れる。優しく響くのは、どうしてなのだろう。何年も口にしていなかったその名を。愛しく感じるのは、何故なのだろう。
痛みすら、遠くに消えるようだった。

風が舞う。
緩やかに、包むように、踊る。
ゆっくりと。
ゆっくりと。
かたちを作り上げるように。
淡い想いを糧に。
揺れる。

『呼びましたです、主様?………私の名前』

とくん。
胸の奥で、音が鳴った。

『呼んだ、です。………楓って。ね、主様?』

「………楓っ!!!」
シンジは叫んだ。
空に淡く浮かぶ少女。栗色の長く柔らかそうな髪と、何処かでレイにも似た顔立ちの中に、嬉しそうな笑顔が見える。

浮かぶ。
揺れる。
ふわり、と。

『はい、です。………主様っ!!』

腕からバンダナが、解け落ちた。





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こんばんは、です。はじめましての方、はじめまして。
かすい、です。
はっきり言って、何が何やらわからない話だと思います。
実はかすいは、某所で投稿させていただいている馬鹿者です。
このお話は、そちらのお話の流れに沿って出来上がったもので、
このお話だけでは、はっきり言って、わかるものではないと思っています。
ごめんなさい、です。

元々、シンジがサードインパクトの際、二年程行方不明になり、戻ってきた時のお話を
〜優しすぎるあなたに〜本編とし、これは第一章から最終章までで、
完結しています。
そして、その後日談として書いている〜優しすぎるあなたに〜After。
さらには行方不明だった間、シンジが何処に飛ばされ、何をしていたのかを
書いているのが〜優しすぎるあなたに〜For Coming Back To You,
Dear 第0章、です。
楓と呼ばれる少女は、このお話の中に登場しています。
もう一人の少女は今だ登場していない子ですが、第0章の最後の方で出てきます。
つまりはネタばれありのお話ですね、これは。
このお話は、Afterのさらに後。ですから、After And After
としています。
何だか無茶苦茶ですね?
困ったものです。
急いで楓を出すために、強引な展開。文章も強引ですね。
読みづらい。所詮はかすいです。許して下さいね。
NaNaさんのお許しがあれば、連載してみたいですから、次からはもっとちゃんとした
文章を…………。(って、かすいのちゃんとした文章なんてあるのか?)

話は変ります。
NaNaさん。HP開設、おめでとう、です。
お話を書きながら、HPまでも立ち上げるその力には頭が下がります。
頑張って下さいね。

では、またの機会に。


かすいさんからこのホームページの初投稿作品をいただきました。

うれしいです、私にはかすいさんのようにリズムがあるお話は書けないので

私の書く文章ってセオリー通りって言うんでしょうか?

堅い感じでサバサバしてないんですよね

作者さんに感想を書きましょう。