「はい、次の人。入りなさい」

「・・・・・失礼します」



シンジは、静かな教室に足を踏み入れた

そこにいるのは担任である葛城ミサトだけ

今日は、シンジの進路相談である

三者面談でないのが、不幸中の幸いだろう



「ハイ。座って」

「はい」



ミサトは資料をめくりながら話を進めた



「・・・・・・えっと、今までの成績も、筆記はともかく実技がやばいわね。
この1年間で取り返さないと、卒業がちょっと危ないわよ」

「・・・・・・はい」

「ね、実習の時はどう?」

「・・・・・・それが、足を引っ張ることもあったり・・・・・・」

「ふ〜ん・・・・・成る程ね」



資料に何かを書き加える音



「シンジ君の選択授業は、随分ばらつきがあるわね」

「そうですか?」

「一つに集中した方がいいんじゃないの?シンジ君は軽戦士なんだから、
解錠術や、射撃訓練はあまり必要ないと思うけど?」

「・・・・・・はい」

「実習の時の仲間の弱点をカバーする気持ちで授業を選んだ方が良いと思うわ」

「はい」

「じゃ、とりあえずこのくらいね」

「はい、ありがとうございました」



そして、シンジはとぼとぼと帰っていった










「はぁ」



公園のベンチで、シンジは空を見上げた

何かを考えなければいけないのだが、考えがまとまらないもどかしさが頭の中で渦巻いている

アスカやレイに相談しても良さそうなのだが、生憎今日は外出している

シンジはふと視線を戻した



「また会ったね」

「へっ?」



視線を横に向ける

そこには、一度だけ見たことがある黒ずくめの男が立っていた



「あ、あなたは・・・・・・」

「この前は災難だったね。怪我は良いのかい?」

「あっ!た、助けていただいて、ありがとうございました!!」

「いや。大したことじゃないよ。
・・・・・・・・それにしても・・・・・・・」

「はい?」

「傍目に見て酷く落ち込んでいるように見えたけど、何かあったのかい?」

「・・・・・・・・・」

「よければ、話してくれないかな?」

「・・・・・・でも・・・・・・」

「気兼ねすることはないよ。
幸い、僕という存在は君の生活には関わりがほとんど無い。
悩みを話したところで、よけいな気を使う必要も、君の誇りが傷つくこともないさ」

「・・・・・・・わかりました。えっと・・・・・・」

「あぁ、失礼。まだ名前も名乗っていなかったね」



その男は、軽く微笑んで手を差し出した



「僕は、渚カヲルというんだ」




君に吹く風


4月24日:進路相談












シンジは、今までのことを包み隠さず話した

今までのこと、新学期入って早々アスカやレイに言われたこと、先ほどの進路相談のこと

初対面の人間相手に、何故こんな事を話すことができるのか、

シンジ自身も不思議に思った

カヲルは、シンジの話す内容の一つ一つを聞き、何かを考えているようだ



「・・・・・・・成る程。最終目標である卒業が怪しい、と」

「はい」

「じゃあ、問題の解決は簡単だよ」

「えっ!?」

「つまり、この一年間で卒業可能なレベルになれば良いわけだ」

「・・・・・・そんな、簡単に言われても・・・・・」

「最初から諦めていては、何もできないさ」



カヲルは、座っていたベンチから立ち上がると、懐から短刀を取りだした

その短刀をシンジに渡した

そして、つかつかと歩いて、校舎の柱をぺたぺたと叩いた



「さて、シンジ君。君はコレを切ることができるかい?」

「えっ!?む、無理ですよそんなの!!?」



シンジが狼狽えるのも無理はない

柱は直径が1m以上あり、しかも特殊鋼でできている

100人に聞いて、100人“近く”が、無理と言うだろう

しかし、カヲルは微笑みながら言った



「言っただろう。最初から諦めていては、何もできないさ」

「でも、無理だよ。先生にだって、できっこないよ」



カヲルは、『切る』といった

頑丈なハンマーを全力で叩きつければ、小さな傷くらい付くかもしれない

しかし、それでは『砕く』ことになる。『切る』ことではない

それなのに、全長が手首から肘くらいの長さの短刀では・・・・・・・・



「良く、見ているんだ」

「!!」



カヲルは、短刀を持っているシンジの手に手を添える

その手は、春の陽気に当たっているにもかかわらず、氷のように冷たかった

そして、握らせた短刀の切っ先を、ゆっくり柱に近づけてゆく



カツっ



柱に当たった

シンジが溜息をつこうとした瞬間、カヲルは刀身を滑らせた



ジリッ・・・・・・・



「えっ!?・・・・・なんで!!!?」



短刀の切っ先は、特殊鋼の柱に食い込んだ

そして、ゆっくりと柱を切り裂いてゆく



「どうだい?不可能な事じゃないんだよ」

「でも、どうやって!?」

「ATフィールド・・・・・君達も聞いたことがあるはずだ」

「あ、うん」

「ATフィールドというのは制御の仕方次第でどんな物にもなる。
君達が言う「魔法」では、様々な形のフィールドを扱うんだろう?
僕がして見せたのも、それと同じさ。「魔法」だよ」



そう言って、カヲルはさっき切ったところの50cmほど上を『切った』

切られた柱の間の部分が、ゆっくりと滑り落ちる



「だが、僕がして見せたのは物質そのものを切ったわけじゃない。
物質の繋がりではなく、それぞれの物質に宿る「力の流れ」を、ATフィールドで『切った』のさ」

「・・・・・・・・・そんなことが・・・・・・」

「できるんだよ。最初から、諦めてしまわなければ」



シンジは、滑り落ちた柱の断面を見た

まるで磨き上げたかのように、綺麗な切り口だ



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・すごい・・・・・・」

「教えようか?」

「えっ?」

「この技を、君にも教えようか?」

「いいんですか?」

「それを決めるのは、君次第さ」



カヲルは、短刀を鞘に収め、懐にしまった



「僕が君に会える時間というと、勿論平日は授業があるだろう?
この学校内という環境では、あまり満足な指導はできない。
だとしたら、休日と言うことになる」

「・・・・・・日曜日か」

「無論、普段の授業や探索の疲れを癒す暇も無くなるかもしれない。
なによりも、友達と付き合う時間だって削らなくてはならない。
それでも良ければ、好きにすると良い」

(・・・・・・学校じゃ、こんな事は教えてくれない・・・・・
 ・・・・・・どう足掻いたって、残り一年間しかないんだ・・
 ・・・・・・うまく行くかどうかはわからないけど・・・・・)



シンジは、腹を決めた



「渚さん、お願いします!!」

「あぁ、わかったよ。
では、毎週日曜の朝に、校門で待ち合わせることにしよう。
疲れていたり、用事があったりするときは来なければ良いよ」

「え、でも、それじゃ余計な手間が掛かりますよ。連絡とか・・・・・」

「構わないよ。どうせ、ついでだしね」

「・・・・・ついで?」

「いや・・・・・・・では、これから頑張ろう」

「はい!」

「それと、僕のことはカヲルで良いよ」

「はい、カヲルさん!」

「・・・・・・あまり、敬語とかも使わなくて良いよ。馴れてないから」

「?はい・・・・じゃなかった。うん」

「ふふっ、じゃあ、次の日曜に気が向いたら校門で」

「うん、じゃあ!!」



カヲルは、校門の方に歩いていった

振り返ると、シンジは寮の方に向かっていた



(・・・・・・うふふっ・・・・・・)



カヲルの耳にだけ、その微かな含み笑いは聞こえた



「・・・・・・サヲリ。何が面白かったんだ?」

(・・・・・・すみません。お兄様が、嬉しそうなのでつい・・・・・・)

「嬉しそう?僕が?」

(・・・・・・はい。あの子の魂が磨かれていく様子を見られるのを、
 とても楽しそうな目で・・・・・)

「・・・・・・・そうか・・・・・・確かに彼、シンジ君の魂は磨かれている。
数日前の脆弱だった魂が、嘘だったようにね・・・・・・・好意に値するよ。
決して、強くはないが、彼の魂の可能性は無限大だ」



カヲルは、サヲリと呼ばれる少女と話していた

しかし、校門から出てゆくカヲルは、一人である



「・・・・・・もうすぐだよ。もう一度お前を抱きしめることができる。サヲリ・・・・・・」

(・・・・・・はい、お兄様・・・・・・)



カヲルは、コートの上から首に下げているロケットを握りしめた










<購買>



「あなた。最近ターミナルドグマの結界が綻んでいますよ」

「・・・・・そうか」

「・・・・・・・・何か、原因が?」

「わからん」



ユイは溜息をつくと、お茶を淹れた



「まったく、いつまで経っても暢気なんだから。
シンジが暢気なのは、あなたに似たのね」

「何を言う。あいつが暢気なのが君ののんびり癖を受け継いだからだ」

「はいはい。お煎餅食べます?」

「うむ。いただこう」



夫婦そろって、暢気なモノである



「ずずっ・・・・・・それにしても、セントラルドグマまで上級使徒が上がってきたのは、
結界の綻びが原因だろうか?」

「さぁ・・・・・・ずずっ、恐らくそうだと思いますよ」

「そうか・・・・・・・・ぼりぼり」

「まさかあなたじゃないでしょうね?」

「何がだ?」

「いたいけな新入生を「スリルも必要だ」とかいう理由で、恐怖の“ずんどこ”に陥れたのは」

「・・・・・・・・それを言うなら・・・・・・」

「はい、“どんぞこ”ですね!!すいませんね!!!馬鹿な嫁で!!!!」



ユイさん、逆ギレ



「う、うむ。すまない。
しかし、いくら私でもそんなことはしないぞ」

「本当ですか?」

「当たり前だ。無駄に危険な目に遭わせるわけが無かろう」

「・・・・・・そうですよね・・・・・・じゃぁ、何が原因なんでしょうか?」










<研究室>



「ねぇ、リツコ」

「お金なら他をあたって」

「そんなんじゃないわよ。最近、ターミナルドグマの結界がおかしいじゃない。
あれって、なんなの?」

「さぁ」

「さぁ、って!何とかしなさいよ!!」

「やってるわよ。結界の修復には、時間がかかるわ。
原因の究明は、マヤに頼んでる。後は報告待ちよ」

「あ、そうなの・・・・・・・・・」



溜息をつくミサト

リツコは、コーヒーを二人分淹れながら聞いた



「らしくないわね。何かあったの?」

「・・・・・・ま、ちょっち考え事」



不覚にも、カップを落としそうなったリツコ



「考え事?どんな?」

「・・・・・・あの子達、無事に卒業できるのかなぁってね」

「はぁ、気が早いわね。まだ新学期も始まったばかりでしょ。
送り出すときのことよりも、先に考えなきゃいけないことは山ほどあるでしょ」

「わかってるわよ・・・・・・まぁ、何となく心配になったの」



ミサトの目の前にカップを置き、端末の前に座るリツコ



「ま、その時になったらゆっくり考えればいいわ。今は、片づけなきゃ行けない問題が山積みよ」



その時、研究室のドアが来訪者が来たことを告げた

カメラに写るのは、長い黒髪に眼鏡を掛けた女の子

リツコは端末を操作し、ドアを開けた



「失礼します」

「どうしたの?」

「すこし、相談したいことが・・・・・」

「わかったわ。悪いけど・・・・」

「ん。わかったわ」



ミサトは残りのコーヒーを飲み干して、席を立った

軽く手を振って研究室を後にする



「レイも冷たいイメージがあるけど、山岸さんもクールよね」










<そしてその日の夕方>



「あ、お帰りみんな」

「「「「・・・・・・・・」」」」

「ど、どうしたの?トウジ、ケンスケ、!?」

「・・・・・・いや、女の子って元気だよな・・・・・・・」

「「「あぁ、そう思う」」」

「た、大変だったんだね」

「・・・・・・・・まぁな・・・・・・」



墓に帰るゾンビのように自室に帰ってゆく四人

相当、引きずり回されたのだろう

まぁ、夕食時までに生き返ればいいが・・・・・・・

シンジは、自室に帰った



「お〜い、シンジ!」

「?惣流!?」



シンジは、窓を開けた

7、8mほど離れた窓から、アスカが顔を覗かせている



「あいつら元気!?」

「あいつらって、トウジ達!?死にそうな顔してたよ。何があったの?」

「根性無いわね。ただ買い物に付き合って貰ってただけよ」

「・・・・・・・・」



あの四人の状態を見ると、ただの買い物ではなかったのだろう

女の子が四人も集まっているのだ



「ね、今度の実習、また組まない?」

「?いいけど?」

「よっし!!首洗って待ってなさいよ!!」

「ちょ、ちょっと、何かあったの!?」

「えっへっへ、実は前々から目を付けてたリストバンドがあったのよ。
ドイツのガーナード製の格好いい奴が!」

「・・・・・つまり、自慢したいんだね?」

「なによ。嫌なら良いのよ?来なくて」



自分から誘っておいて酷い言い草だ

と、シンジは思ったが口には出さない

彼だって命は惜しい



「ううん。じゃあ、次の土曜日にね」

「ん。じゃあね」



気が付くと、夕食の時間だった

慌てて食堂へ向かう

そこは既に大騒ぎであった

食堂のおばちゃんは大声で笑い、

男子生徒ばかりなので飛び交う話題には遠慮もくそもない

みんなお気楽極楽な連中である



「おぉ、シンジ」

「や。少しは元気になった?」

「あぁ、少しはな。でも見ろよ。ムサシやケイタなんてまだげっそりしてるぜ」



ケンスケは親指で指した先には、テーブルに顎を乗っけてくたばっているムサシとケイタの姿

シンジは、微かに笑った



「大変だったみたいだね」

「大変なんてモンじゃなかったよ。
何と言っても惣流と霧島がなぁ・・・・・・」

「そりゃ、綾波や委員長が大騒ぎなんかしてたら・・・・・・」



アスカやマナと一緒にきゃーきゃー騒いでるレイの姿

ヒカリの姿を想像することはそんなに難しくはない

しかし、レイの場合“騒ぐ”ということを考えることが難しい

極めて難しいのである



「まぁ、明日の授業に疲れを残さないようにね」

「あぁ」



で、さっきから鈴原トウジ君は何をしているのかというと



「っがっがっがっがっがっが」



黙って、というよりも喋る事ができないほどの勢いでがっついている

繰り出される箸はおかずを求めて唸りを上げ、どんな技よりも正確に摘み取る

右手の箸だけでは済まない

全身をフル活用するトウジの食事は、男子寮の名物である

両手だけでは足りないので、両足までも使っている



まぁ、そんなこんなで夕食も終わる

風呂は浴場か個室のシャワーである

シャワーの方は、経費節減のために排水を利用できるようになっている

排水を無限に循環させていれば、滝のような勢いのシャワーにうたれることができる

夏は冷水でこれ一発なのだが、春の夜はまだ冷える



シンジはベッドに寝転がって、自分の手を見ていた



(最初から諦めていては、何もできないさ)



カヲルに言われたことを思い出す



「・・・・・・・頑張らなきゃな」



そう呟いて、シンジは目を閉じる

そろそろ、夏が来ようとしていた





つづく



今日の補習授業

・加持先生の一日:訓練編



ジオフロント立ネルフ学園、冒険科近接戦闘系担当の加持です
って言っても、俺ってまだ一度も登場したことがないんだよな
主な担当科目は実技は剣術と近接格闘、座学では地理を教えている

えーっと、今日はネルフでの訓練の説明か

冒険科では、地下迷宮探索のための、様々な技術を習得できる
剣術、格闘術、銃器の扱い、解錠、そして何よりも大きいのが魔法だな
勿論、そういった訓練ばっかりじゃない。一般的な常識も身に付けなきゃいけないし、
将来のために外国語の1つや2つは話せなきゃ一人前とは言えない
まぁ、座学の方は時間割が決まってるが、訓練科目は違う
自分たちで考えて、何をするかを決めている
その選択に助言をしたりするのも、教員の仕事の一つだな

そういえば、リッちゃんがいつか魔法に関しての説明をしてたな
剣魔法や格闘魔法っていうのは、武器のコアから引き出すフィールドを制御すること
剣や籠手にでもコアがはまってさえいれば、魔法を使うことができる
正しい詠唱と、コアからフィールドを引き出し制御することができるならね

そうそう、使徒がコアを持っている以上、フィールドを展開できる
フィールドを中和できないから、普通の軍隊は太刀打ちできないと言うのは知ってるよな?
普通、使徒は常にフィールドを展開している
生徒達も、武器を持てばフィールドを自動的に展開する。そういう風に訓練してるからね
下級の使徒ATフィールドは、自動展開のフィールドで十分中和できる
しかし、上級使徒のフィールドはそうはいかない
こちらもフィールドを高めて中和に集中するか、一撃必殺の魔法に賭けるか、二つに一つしかない
ま、戦い方は生徒達自身の経験で編み出されていくだろう
俺達ができるのは、生き延びる方法を教えることくらいだな

ま、卒業まではまだまだ長いんだ
頑張ってもらいたいね





後書き

いよいよ、カヲル登場!しかも、妹(幽霊)付き!
え?嬉しくない?
まぁ、良いじゃないですか
これで、最初の情けないシンジ君も強くなってくれるでしょう
物語が一人歩きを始めてきたので、書くのが楽です
良いペースで更新できると思いますよ