「エンジェル・ハイロゥ斥候部隊より報告です。
第142次偵察任務、完了。異常なし」

「わかったわ」

「やっぱり、異常はなかったわね」

「そうね」

「新学期のあの事件があったから、何かあったんじゃないかと思ってたけど・・・・・・」

「ま、だいじょぶだって」



葛城ミサト教員は、気楽だった

赤木リツコ教員は、この件にはいやに気を使っていた

入ってきた加持リョウジ教員は、汗を拭きながら発令所に入ってきた



「いやぁ、参った参った!」

「ちょっと、汗くらい拭いてから来なさいよ。汚いわね」

「いや、セントラルドグマの配電系統に警報が出てたんだよ。
それで調査に行ったら、おかしいことに何も異常なんて無かったんだよ」

「何それ?くたびれ損の骨折り儲けって奴?」

「・・・・・・・・それを言うなら骨折り損のくたびれ儲けよ」

「あ、そだっけ?」





君に吹く風


5月21日:事故






「あ、惣流。今日の探索はどうするの?」

「ん、そうね。特に誰と行くって言う約束はしてないわね・・・・・・・
何?畏れ多くもこの惣流アスカ・ラングレー様を誘おうって言うの?」

「う、うん」

「仕方がないわね。レイは?」

「綾波?・・・・・・・教室にはいないみたいだね」

「ちょっと捜してみましょ」



二人は、廊下に出た

レイの姿はすぐ見つかった

そして、レイにしては珍しく誰かと話をしていた



「お〜い。綾波!」

「碇君、アスカ?どうかした?」

「別に大したことじゃないわよ。ただ一緒に探索に行かない、って誘いに来ただけよ」

「えぇ。わかったわ・・・・・・・・・また、今度ね」

「はい」



レイと話していた少女、山岸マユミは去っていった



「レイ。何だったの?」

「山岸さん?魔法のことで少し話をしてたの」

「うーん・・・・・何か、悪いことしちゃったかな?」

「い〜んじゃないの?向こうが引き下がったんだし」



そして、三人は探索に向かった

更衣室で着替え、到達最深階層であるセントラルドグマの下層からスタートする









<セントラルドグマ:第12階層>



「そういえば、もうすぐターミナルドグマになるのよね?」

「まだけっこう先だよ」

「でも、いいペースで進んでると思う」



シンジは、戦闘用学生服に丈夫な手袋、頭にはヘッドギアをかぶっている

アスカも、戦闘用学生服を着用

しかし、手にはごついアーマーグラブ、お気に入りのリストバンド

脚にはニーパッドとシンガード(脛当て)が、曲線美を守っている

レイは戦闘用学生服に、コアがはまった腕輪だけという軽装である

それぞれの得物は勿論変わらない



「!正面に敵性反応、個数1」

「たったの1?」

「・・・・・新手の使徒なのかもしれないわ」

「そうね・・・・・・・あたしが正面、シンジは側面、レイは援護。いいわね!」



アスカがそう言ったとき、そいつが現れた

背は、そんなに高くない

しかし、腕が異常に長く、横幅も広い

アスカが埃っぽい床を蹴った



「だあああぁぁぁぁっ!!!!!」



斬!



物の見事に、使徒は中心線から真っ二つになった



斬!!斬!!!



袈裟懸け、逆袈裟に叩っ斬られる使徒

6つの肉塊になって飛び散った

得意げなアスカ



「へっへーん。全然大したこと無いわね」

「お見事」



シンジも思わず呟いた

しかし、レイの顔は青ざめていた

スペルコースの授業の時、確かに習った

特別座学講習で、使徒の種類、形状、弱点を習ったときに・・・・・・・

頭の中のデータベースに該当データがある



「使徒、イスラフェル・・・・・・・」



震える声で、呟いた

固有の名を持つ使徒は、特別な存在である

通常の使徒は、動物などが変異したものだが、この手の使徒は違う

種族:使徒という異質な生命体なのだ

アスカが不審そうな声で聞く



「何?どうかした?」

「惣流、危ない!!!」

「えっ!?」



ぴくぴくと蠢く肉塊が、突然跳ね上がった

蒼い血飛沫を撒き散らしながら形を変えてゆく!

そして・・・・・・・・



「な、なぁんてインチキ!!!?」



使徒、イスラフェルは6体になっていた

いきなり囲まれた形になる三人



「一旦逃げるわよ!!」

「わ、わかった!!」



一目散に逃げ出した

走りながら、レイが口を開く



「使徒、イスラフェル。決して強靱な使徒ではないが、
攻撃を受けると分裂し、もう一人の自分を造る使徒。
弱点は、一瞬で全身を消滅させること。コアだけを完全に砕くこと
それしか方法はない・・・・・・・」

「だったら、簡単じゃないの!」



アスカが立ち止まった

長剣を正面に構えて、呪文を詠唱する



「スラッシュプログラム、ファンクション!フィールドレベル:4!!
ジェノサイド・フォール:ドライブ!!!」

「そ、惣流!!?迷宮が壊れる!!!」

「知った事じゃないわよっ!!!いっけええええぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!!!」



洒落にならない破壊力を秘めた長剣が振り下ろされる

刀身で展開されたATフィールドの球が唸りを上げてイスラフェルを飲み込んでゆく

球、といっても直径で2mを越えるほどの大玉である

壁を削り、床を抉り、もうもうと埃が立ちこめる



「あ、やばいかもしれない!」

「電池切れ?」

「そこまで行かないけど。ここまで派手なのはもう使えないわ!」



電池切れ、とは、コアが使えなくなる状態のことを指す

あまりに強力なフィールドを展開すると、コアは光を失い、フィールドを展開できなくなってしまう

その一歩手前まで、アスカの長剣のコアはいってしまった



「でも、ここまでやったなら・・・・・・」



埃が、だんだん晴れてくる

しかし、瓦礫を蹴飛ばして、20数体のイスラフェルが出てきた!



「「「嘘!!」」」



三人は、また逃げ出した

直前に、レイがATフィールドの矢を天井に飛ばし、通路を塞ぐ

足止めにはなったが、瓦礫の下敷きになったイスラフェルは、また数体増加した



「ま、まずいよ!!この状況!!」

「そうするのよ!?ゲートはまだ遠いし・・・・・」

「・・・・・・私の魔法じゃ、駄目。一度に消滅させる程の大出力は作れない」

「悔しいけど、僕も駄目だ。
・・・・・・こんな時に、ケンスケが居てくれたらなぁ・・・・・・」



ディスポの数発で、決着を付けることができる

しかし、三人とも、銃もディスポも持っていない

今できるのは、逃げることだけだ



ばしっ



「えっ!?」



照明が、激しく明滅した



「そ、そう言えば、加持先生がセントラルドグマの配電系統に異常があったって・・・・・」

「いきなり停電になんてならないわよ!!!早く逃げるわよ!!!」



アスカがそう言った途端だった

全ての照明が消えた

通路は完全な闇に覆われ、自分の掌さえも見えない



「・・・・・・レイ。奴ら、イスラフェルは暗視ができるの?」

「暗視はないわ。でも、聴覚が鋭いから足音や呼吸音、鼓動の音で見つかってしまう」



通路の向こうから、ザワザワと何かが来る気配

シンジは、立ち止まった

カヲルとの特訓の成果を、ぶっつけ本番で試してみるしかない



「シンジ!速く逃げるわよ!」

「先に行ってて。試したいことがあるから」

「何を言ってるの!?碇君、早く!!」



シンジは、目を閉じた

意識を研ぎ澄ませると、何かが来る気配を確かに感じる

ぼんやりと、その気配が形に変わる

・・・・・・奴の体内の「力の流れ」に変わる

飛びかかってきた!



「はぁぁあああっ!!」



鋭い呼気と共に、シンジは短剣の刀身をATフィールドで覆い、斬った

イスラフェルの「力の流れ」の中心を



手応えはあった

何かが落ちる「どさり」という音

足下に掛かるのは、イスラフェルの血飛沫だろうか



しかし、暗闇の中では確認することはできない

シンジはアスカ達の後を追って走り出した



「綾波!!?敵性反応は幾つ!!?」

「・・・・・・37?1つ減ってる!?」

「そっか。うまくいったんだ」

「斬ったの?」

「うん。でも、一体斬るのが限界だった!どうにかしないと!!」

「!!正面、生命反応:1!!」

「「ええっ!!?」」



慌てて立ち止まる

そして、暗闇から声が聞こえた



「誰ですか?」

「・・・・その声は、山岸さん?」

「綾波さん?何かあったんですか?」

「い、今、イスラフェルの大群に追われてるのよ!!」

「山岸さんも、速く逃げよう!!」

「・・・・・逃げようって言われても・・・・・困りましたね」

「「何が!!?」」



声を揃えて聞くシンジ&アスカ

イスラフェルの聴覚が鋭いなんて事はもう忘れている



「ここは、行き止まりなんです」

「「「・・・・・・・・」」」



腹が立つほど冷静なマユミに、三人は今度こそ口をきけなかった

アスカが、絶望的な作戦を立案する



「レイと、えっと山岸さん?は、後ろに下がって。シンジとあたしが前に出るわ」

「イスラフェルの大群って、どれくらいの?」

「約37」

「・・・・・それは大変ですね」

「シンジ!!行くわよ!!!」



そう広くない通路で、肩を触れ合わせながら二人は走った

それぞれの武器を手に、めったやたらに目の前の気配を切り刻む

再生、分裂する前に、何とか突破しようとするが・・・・・・・・



「うわあっ!!!?」

「シンジ!!!?」



足下に、激痛が走った

倒れたイスラフェルが、シンジの足首に鉤爪を叩きつけたらしい

油断していると、アスカは足首を掴まれて投げ飛ばされた

壁でしたたかに背中を打ち付け、意識が吹っ飛びそうになる



「・・・・・・・くっ、畜生」

「惣流!!!」



シンジは、必死に戦っている

アスカは長剣にすがって立ち上がろうとしたが、途中で倒れてしまった

その時、ゆっくりとした足音が二人の耳に届く



「・・・・・・・・二人とも、私の姿は見えませんよね」

「や、山岸さんなの?急に何言ってるんだよ!!?それよりも、惣流の手当を早く!!」

「本当に・・・・・・見えないんですね?」

「見えるわけないよ!」

「・・・・・・・・・・・だったら・・・・・良いんです」



もしかしたら、この子は恐怖のあまりおかしくなったのかもしれない

薄れてゆく意識の中で、アスカはそんなことさえ考えていた

そして、シンジも次の言葉を聞いてそう思った



「碇君。惣流さんを連れて後退してください。後は私が何とかします」

「何言ってるんだよ!!?何とかするって、無理に決まってる!!!」

「良いから早くしてください!!急がないと、取り返しがつかないことになります!!」

「・・・・・・・わ、わかったよ!」



シンジは、アスカに肩を貸して立ち上がらせた

真っ暗な通路には、マユミと今や60と数体のイスラフェルが対峙している

しかし、どうしたことだろう

暗闇の中から伝わるマユミの気配に、通路に犇めくイスラフェルの群はたじろいた

彼女の中で、圧力に耐えたガラスが割れるように、何かが弾ける

そして、普段のマユミからは想像も付かないような言葉が、彼女の口から飛び出した



「(・・・・・・てめぇらぁぁぁぁっ!!!!!!!)」



その声は、マユミの声だけではなかった

獣じみた、確かに男の声と正確に唱和していた










「!!!今の声!!!?」

「・・・・・山岸さん?」

「でも、男の声も聞こえたよ」



シンジは、気絶したアスカを抱えて戻ってきた

暗闇の中では手当をすることもできず、何もできないままでいる

そうしていると、また声が聞こえてきた

マユミの声と、獣じみた男の声



「(・・・・・おもしれえじゃねぇか・・・・・かかってきな!!)」



口調こそ乱雑だが、確かにマユミの声も聞こえる

何が起こっているのか、三人にはさっぱり見当も付かなかった



「(オラオラオラぁ!!!!くたばりやがれぇ!!!!!!!!)」



何かを砕く音

悲鳴のように聞こえるイスラフェルの声

“ばさばさ”という羽を羽ばたかせたような音

地響き



「(あーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!!!!!!!!!!!)」



豪快な笑い声

マユミと、“いるはずがない”男の正確な唱和

その声が消えた瞬間

電源が回復した



「山岸さん!!!」



シンジは、マユミの所に駆け寄った

彼女は、やはり一人だけで佇んでいた

足下には、まるで巨大な何かに踏みにじられたようになっている無数のイスラフェルの死骸



「・・・・・・山岸・・・・さん」

「・・・・・・・・・・・」



彼女は、振り返った

その瞳は虚ろで、頬や長い黒髪には返り血を浴びて蒼く染まっていた

制服にもあちこちに血がかかっている

赤い染みが無いところを見ると、マユミ自身は無傷らしい



「だ、大丈夫!?山岸さん」

「・・・・・えぇ、平気です。綾波さんと惣流さんは?」

「う、うん。二人とも大丈夫。アスカは気絶してるけど、大怪我はしてない」

「そうですか」

「そ、それでさ、誰か助けてくれたの?」

「・・・・・・・・・・・・?」

「あの、誰か男の声が聞こえたから・・・・・・」

「いいえ。私一人でした」



シンジは、改めて足下に視線を落とす

イスラフェルの死体は、圧倒的な力で引きちぎられ、叩き潰され、踏みつぶされたように見える

か細い少女が一人で、一撃の攻撃も受けることなく、フィールドを駆使して戦ったのだろうか?

ありえない、と思った



(あと10分で、下校時刻になります。
探索中の生徒は、最寄りの脱出口より帰還しなさい。忘れ物をしないように、注意しましょう。
繰り返します・・・・・・・)

「あ・・・・・もうそんな時間なんだ」

「そうみたいですね」

「引き上げようか」

「はい」



仮面のような無表情で、マユミは応えた

気絶していたアスカは、意識を取り戻していた

四人は、何とか地上へ帰還した










<迷宮昇降口>



「それでは、私はお先に失礼します」



マユミは、軽くお辞儀をすると、唯一の荷物である杖を持って帰っていった

三人は、呆然とその背中を見送っている



「・・・・・あの子、何者なの?60以上のイスラフェル相手に、
あんな短時間で、しかも無傷で勝つことができるのよ・・・・・・?」

「・・・・・わからないけど・・・・・・綾波は何か知ってる?」

「わからない。
そんなことより、今は保健室に急ぎましょう」

「あ、あたしは大丈夫よ!」

「念のため行った方がいいよ」

「・・・・・・・わ・・・・わかったわよ」



シンジとレイに連れられて、渋々アスカは保健室に向かった










<保健室>



「珍しいわね。今日はアスカ?」



保健室にいた赤木リツコは、アスカの怪我を診ながらぼやいた

手当を受けているアスカは憎まれ口を叩こうとするが・・・・・・・



「あ、あたしだって怪我くらいすることはあるわよ!!
・・・・・!!!っ、ったたた・・・・・・」

「まったく、無理のしすぎなんじゃないの?」

「イ、イスラフェルの大群に囲まれちゃったのよ!・・・・・ったた・・・・・
それに、急に照明が消えちゃうし、配電系統に異常があったんじゃないの!!?」

「セントラルドグマの状況は、発令所からでもわかったけど、
配電系統には何の故障もなかったのよ。今は部品の交換作業を行っているけどね」

「全く・・・・・・危うく殺されるとこだったわよ!」

「でも、よく生きて帰れたわね?イスラフェルの大群って、何体ぐらいの?」

「私は60以上と確認しました」

「60以上!!!?一体どうやって切り抜けたの!!?あなた達、ガンナーはいないわよね?」



首を振る三人

やはり、イスラフェル相手の正しい戦術はガンナーによる攻撃らしい



「・・・・・実は、山岸さんに助けられました」

「山岸さん?山岸マユミさん!?」

「は、はい」

「一体、彼女は何をしたの!!?」



いつになく興奮しているリツコ

シンジの肩を掴み、きつい口調で問いただす



「そ、それが停電の時だったので何をしたかまでは・・・・・・」

「何か、わかったことは無いの!?」

「え、えと、確か山岸さんの声と、変なんですけど男の声が聞こえて・・・・・・」

「・・・・・・・男の声?」

「しかも、その声は山岸さんの声と正確に唱和されていました」

「・・・・・・それで」

「それで、イスラフェルの死骸は、妙でした」

「どんな風に!?」



酷くイライラした様子で聞くリツコ

アスカは、不信感を覚えた

レイも同じくだった

しかし、詰め寄られているシンジにはそんなことを考えている余裕はないらしい



「見たままを言うと、引きちぎられて、叩き潰されて、踏みつぶされたような・・・・・・
でも、山岸さんってスペルコースなんですよね?詠唱も聞こえなかったから、
魔法を使ったわけでもないんでしょうか?」



その言葉を聞いて、リツコは溜息をつきながら椅子に座った



「ありがとう、わかったわ。
・・・・・・・勝手なことを言うけど、このことは他言しないようにしてちょうだい」

「・・・・・・わかりました」

「こっちからも聞いて良い?何でそんなこと気にするのよ?」

「・・・・・・・・色々あるのよ」

「返答になって無いじゃない!!!!」

「・・・・・・・・・・明確に、理由を言うことはできないわ。
でも、それなりの事情があるのは本当よ」

「・・・・・・ふん」



三人は、保健室を出た

教員室に行って事情を話し、教室の鍵を開けてもらい、装備一式をロッカーにしまう

そしてくたびれた身体を引きずって寮に帰った

シンジは遅い夕食を一人で摂り、トウジ達とそこそこ話をして自室に戻った



「明日の日曜日は、特訓に行こう」



そう呟いて、電気を消す

早く疲れをとるために、今は一秒でも早く眠ってしまいたかった



つづく





後書き

T.Kです
今回、序章込みで第4話となりました

マユミの力の一端が見えましたね
名前のある使徒も登場してきました
う〜ん、イスラフェルが60って、どんな感じなんだろう
自分で書いといて、想像も付かないな・・・・・・・・・・

では、この次の特急で更新しますので、お楽しみに!