ジオフロント立ネルフ学園

この学校の夏休みは短い

蝉が鳴き始めて、鳴き終える頃に終わりを告げる

それくらい短い、というのは極端な例えだ

実際は、半月程度だ

それ以外は夏季補習がある

そして、今日はその夏季補習の中でも極めつけのイベント

数日間の夏期合宿。その最終日の様子を語ろう







君に吹く風


7月30日:夏季合宿









「あち〜」



普段の黒ジャージを脱いで、黒タンクトップ姿

下敷きを団扇代わりにしてぼやいているのは鈴原トウジである



「やめなさいよ、暑いのなんかわかりきってるんだから」

「せやかて、暑いもんを暑いゆうてなにがあかんのや?」

「・・・・・もういいわよ」



外では、余命幾ばくもない蝉達が力の限り大合唱

暑さに拍車を掛けている



「でも、綾波はすごいね」

「何が?」

「汗とか、全然かかないし、暑くないの?」

「・・・・・心頭、滅却すれば火もまた涼し」



現在、教室でへばっていなのはレイくらいのものである

生徒達は全員、教壇に立っているミサトも



「自習」



と黒板に書いてだらしなく椅子に座っている

それくらい暑い

この学校の設備は最新だが、学園長の意向により教室には空調がない

曰く、



「学校と言うところは伝統的に空調などいらん!!
冬になれば、ストーブくらいは出しても良いかもしれんが」



と、クーラーのきいた部屋でのたまったそうだ

妻であるユイに殴り倒されたらしいが



「こんこん。ちょっといいかしら?」



わざわざノックの音を声に出して言うのは、その碇ユイである

ミサトが、ドアを指さした

誰か開けて、と言いたいらしい

一番近かったシンジがドアを開ける



「は〜い、シンジ」

「・・・・・・は〜い、って、その恰好は何!?」

「えへへ、似合うでしょ」



麦藁帽子に白のワンピース。ここまでは良い

しかし、その大八車は何なんだ!?



「本日は、購買部より補給物資を届けに来たのよ。
シンジはちょっと手伝って」

「ん、うん」



大八車に乗っかっている箱を下ろす

開けてみると白い冷気の煙が・・・・・・



「今日はアイスの差し入れに来たのよ」

「アイス!!!!!!?」×{教室の生徒全員−(シンジ+レイ)+ミサト}



得物に殺到する飢えた狼の群のように、アイスに殺到する生徒達



「ユイさん!!ビールあります!?」



おいおい



「はいはい、ちゃんと持ってきてますよ。
・・・・・・・・・・あら、栓抜き忘れちゃったわ」

「あ、大丈夫です!大丈夫です!」



ミサトは程良く冷えたビールの瓶、3本を持って教壇に立つ

教卓に瓶を並べる

右手は手刀を作る

静まり返る教室



「はっ!!!!!!!」



鋭い呼気と共に手刀を一閃

見事に瓶の口は切り裂かれていた

ビールが溢れ出してしまう前に一気に飲み干すミサト

一同は呆れて声も出ない



「・・・・・・・っくぅぅぅ〜!!!!生き返ったわ!!!」(注:勤務中)



ミサトはほっといて、生徒達は配られたアイスの冷たさを味わっていた



「ぬっがああぁぁぁ!!!!」



トウジが頭を抱えて暴れ出す

原因は分かりきっている

ケンスケとの早食い勝負で勝利したからだ

合掌



「じゃ、みんな頑張ってね」



ユイは帰っていった

大八車を引いて










どうやって階段を!!?









<発令所>



「エンジェル・ハイロゥ斥候部隊。第145次定期哨戒任務に出撃しました。
ターミナルドグマ:第15階層より、ヘヴン:第40階層まで」

「最近、ヘヴン付近の使徒が強力になってきているという報告を聞いたが?」

「はい、学園長。第143次定期哨戒任務の報告によると、
斥候部隊の半数以上がそうした報告を出しています。使徒が強くなっていると」

「・・・・・ふむ」

「幸い、どの生徒もターミナルドグマの上層までしか到達していませんが、
下層の使徒と戦うのは危険すぎるという声が上がっています」

「・・・・・・・そうか」



ゲンドウは、踵を返した

その時、発令所に警報が鳴った



『こちらエンジェル・ハイロゥ斥候部隊、第24分隊!!
ヘヴン:第39階層にて戦闘中、至急援護を求む!!!!!
くそっ、どうなってやがる!!?もう戦力が半分以下だ!!!』

「こちら発令所、了解!
ブリュン・ヒルド攻撃部隊第1分隊、直ちにヘヴン:第39階層に援護に向かわれたし!」

『ブリュン・ヒルド攻撃部隊、第1分隊、了解!これより現場に急行する!』



喧噪が飛び交う



「・・・・・・ふむ、一騎当千の実力者が揃っていると聞いたが、質が落ちたか?」

『こちらエンジェル・ハイロゥ斥候部隊:第19分隊。
ヘヴン:第34階層にて、羽化拠点を発見・・・・・・・・おい、迂闊に手を出すな』



ドアから6歩でマヤの席まで辿り着いたリツコが、マイクを握る



「こちら発令所。
使徒の繭は小さな衝撃でも羽化を始める。一つが羽化を始めたら他の繭も全て羽化を始めてしまう。
現状の装備で殲滅が可能なら攻撃を、無理ならば閉鎖を、
どちらも無理ならば、さっさと逃げ出す事ね」

『了解、現状の装備にて攻撃を仕掛けます』

「了解」



警報はまだ鳴りやまない



『こちらエンジェル・ハイロゥ斥候部隊、第21分隊!!
ヘヴン:第36階層にて交戦中!!至急援



そこで、通信回線が沸騰した

ありとあらゆる表示が、警告メッセージで埋め尽くされる



「・・・・・・これは、サハクィエルのジャミング!!?」

「MAGI:バルタザール、メルキオール、カスパー、ジャミングに感染!!
全システムの87%がダウンしました!!」

「くっ!!MAGIシステムより通信装置を遮断!!」



全ての通信は、MAGIを通して行われる

受信機はMAGIに接続されて、その記録もMAGIの中に保存される

しかし、サハクィエルのジャミングは、あらゆる電波障害を引き起こし、電子機器を殺してしまう

金属系の導体に拾われて、電波に乗って、伝染病のように辺りに感染する

サハクィエルのジャミングは、ATフィールドでも防ぐことはできない

それどころか、ATフィールドさえも殺してしまう

サハクィエル自体は決して強力な使徒ではない

しかし、このジャミングは非常に恐れられているのだ

ジャミング波を放った後は、サハクィエルは勝手に自爆する

しかし、こちらも決してただでは済まない被害を被ることになる

ATフィールド無しでは、どうしようもないのだから



そして今、ジャミング波は通信の電波に乗って、MAGIに感染した



「ワクチンプログラムを走らせて!!機能回復まで何秒かかる!!?」

「ワクチンプログラム、ラン!!機能回復まで19秒!!



リツコが取った手段は、通信装置のカット

通信装置とMAGIは、物理的に接続されている

通信装置の中の受信機が拾った電波が、MAGIにジャミングをうつしたのだ

そして、リツコはその元を絶った



「MAGI、機能回復!」

「第21分隊!状況は!?」

『こちら第21分隊、敵を殲滅しました。ジャミングによる被害はほとんどありません』

「了解、哨戒任務を続行せよ」

『了解』



やはりおかしい

最近の使徒は強力すぎる

斥候部隊とはいえ、腕利きが揃った精鋭部隊である

そう簡単に、援護が必要なほどの状況に陥ることは今まで皆無と言っても良かった



「・・・・・嫌な感じね」



リツコは独白した










<その夜:体育館>



冒険科の三年生、全員が体育館に集められていた

壇上には、ゲンドウが立っている



「これより、夜間演習を行う」



ざわつく生徒達



「各自、二人組になって・・・・・」



二人で地下迷宮に行けとか言うんじゃないだろうか?

そんな話し声がそこらから聞こえてくる



「校舎に入るように」







「そして屋上まで上り、そこに置いてある紙に自分の名前を書くこと。以上だ」



最前列の、トウジ達がぼやいた



「そ、それって、早い話が“肝試し”ちゃうんかい!?」

「・・・・・・ごほん・・・・・平たく言えばその通りだ」

「そのまんまじゃねぇかよ」

「・・・・・・・ゴホン!」



ムサシのツッコミに、ゲンドウは咳払いで誤魔化した



「では、二人組を作った者から、各門より校舎に入ること。
北門、南門、東門の3つだ。西門は閉鎖しているので入らないように。
後に並んだ者は、先に入った組が出てきてから入るように。以上、解散!!」



ざわざわざわ

私語が始まる



「ねぇ、どうする?」



早くも蒼い顔をしているヒカリ

その顔を見たマナが悪戯っぽく言った



「やっぱり、ここは男の子と女の子が組むべきでしょ」

「でも、9人だと一人余るよ」



ケイタの指摘はもっともだ

男は、シンジ、トウジ、ケンスケ、ムサシ、ケイタ

女は、アスカ、レイ、ヒカリ、マナ



「じゃ、誰か暇そうな女の子を・・・・・」



そう言ってマナがどこかへ行ってから14秒後

黒髪に眼鏡の女の子を引っ張ってきた

山岸マユミ嬢である



「これで10人ね。で、誰と誰が組む?」

「ヒカリはジャージ馬鹿ね」

「えぇっ!!」

「・・・・・・別に構わへんで。ほな行こか、委員長」

「う、うん」



有無を言わさず歩き出すトウジ

その後をヒカリが小走りに追った



「じゃ、ムサシはあたしとね」

「おい、ちょっと待ってくれ!!おれにパートナーを決める権利は!?」

「ないわよ」



そう言って、マナはムサシを引きずってゆく



「あぁ〜、綾波さ〜ん・・・・・・」

「綾波と行きたかったみたいだね」

「でも駄目。霧島さんは谷口君と行きたがってたから」

「そうだったんだ」



残るは、シンジ、ケンスケ、ケイタ

アスカ、レイ、マユミ



「綾波は誰と行きたい?」

「誰でも・・・・」

「じゃ、俺で良い?」



ケンスケだ



「いいわ。行きましょう」

「OK」



心なしか、足取りが軽そうなレイ

案外、楽しみにしているのかもしれない



「じゃ、ケイタは山岸さんとね」

「・・・・・・う、うん」

「嫌なら・・・・良いんですよ」

「そ、そんなこと無いよ!!」

「そうですか」



二人も出ていった



「で、あたしとシンジ?ま、頼りないけど仕方ないか」

「な、なんだよそれ」

「ホントは加持先生みたいな人と一緒に行って、
“きゃー”とかって、悲鳴上げて抱きついちゃったりしたかったんだけどね」

(・・・・・惣流に抱きつかれたら絞め殺されちゃうよ)

「何惚けてんのよ。さっさと行くわよ」

「はいはい」



三人も体育館を後にした










<校舎>



時折聞こえてくる悲鳴は、生の悲鳴だ

脅しや演出の為の、録音の悲鳴ではない



「・・・・・こ、ここまでやるわけ?」

「惣流・・・・怖いの?」

「ば、馬鹿シンジのくせに馬鹿にするんじゃないわよ!!馬鹿って言った人が馬鹿なのよ!!」

「・・・・・・言ってることが無茶苦茶だよ」



二人は、怖々と足を踏み入れる

いつもと同じ校舎

いつもと同じ教室

いつもと同じ廊下

いつもと同じ自分たち

ただ、夜なだけ





きゃああああああぁぁぁ!!!!!!





遠くから悲鳴が聞こえてくる

多分、ヒカリの悲鳴だ



「ッ!!」

「そ、惣流!?」



その悲鳴に反応して、アスカはぎゅっとシンジの袖を掴んだ

顔を伏せたまま、目も閉じている



「惣流。ホントに大丈夫?怖いならここで待ってる?」

「ば、ばかなこというんじゃないわよ!!!
こんなところでまってたらなにがでてくるかわかんないじゃないの!!!!」



既にアスカの口調はひらがなになっている



「わ、わかったよ。じゃあ行こう」

「う、うん」



シンジのシャツの背中を掴んだまま、アスカはゆっくりと歩き出した

びろーん

シャツが伸びる



「・・・・・・・惣流」

「な、なによ」

「離してくれないかな?」

「いや」

「・・・・・・・・・」



こっそりと溜息を一つ

した瞬間、教室のドアがゆっくりと開いた



「ひっ!!」



アスカが息を飲む

シンジも唾を飲み込んだ

教室から、白い霧が出てきて・・・・・・・



「ッ!!!!も、もういや・・・・・」



アスカが震えながらシンジにしがみつく

血みどろの甲冑を着込んだ騎士が飛びかかってきた!



「いやあああああぁぁぁぁ!!!!!!!!!」



条件反射なのか、それとも恐怖に負けたのか

アスカは前方の敵性目標に反応攻撃

悲鳴を上げながら、格闘家コースの生徒顔負けのラッシュを放つ



「いやいやいやいやいやいやああああぁぁぁぁ!!!!
えっちばかちかんへんたいすけべのーたりんまぬけすっとこどっこ〜い!!!!!!!!」



両腕からは的確に急所を狙った突きの連打

しなやかな脚からは鋭く、斬りつけるような蹴りが放たれる

フィニッシュであろう、踵落としが騎士の脳天に打ちつけられた

パンツが見えるのも気にしちゃいない

ぶっ倒れる騎士

兜がはずれた



「あ、青葉先生!!!?」

「・・・・・・い、良いコンビネーションだ・・・・・
彼女なら世界を・・・・・・とれるぞ・・・・・・・・・・・」



血みどろの騎士に扮していたのは、ロン毛の教員。青葉シゲル教員補佐だった

今では本当に“血塗れ”の騎士になっている

その傍らにへたり込んで、アスカはまだしゃくり上げていた



「・・・・・惣流、あの、大丈夫?」

「・・・・・・・・・・・・」



手を差し出すと、その手を力一杯握りしめる



みしり



シンジは思わず悲鳴を上げそうになった




















突然、衝撃波が校舎を揺るがした











<発令所>



「な、何があった!!!?」

「敵襲です!!!第3迷宮昇降口が使徒に突破されました!!!
現場にいた教員は状況の収拾に向かっています!!!」

「ターミナルドグマ15から30階層までのすべての羽化拠点が羽化を始めました!!
地上に侵攻しています!!!」

「エンジェル・ハイロゥ、ブリュン・ヒルド両部隊は緊急出撃!!!
地下迷宮内の使徒を殲滅せよ!!!」

「エンジェル・ハイロゥ斥候部隊、全分隊緊急出撃!!!」

「ブリュン・ヒルド攻撃部隊、全分隊緊急出撃!!!」

「少数の使徒が校舎内に侵入!!!」

「現場にいる教員、抗戦可能な生徒は寮を死守せよ!!!
何があっても学寮内に使徒の侵入を許すな!!!年少クラスの生徒は緊急避難!!
各自の判断で敵を迎撃せよ!!」











<校舎>



「爆発!?」

「あれって・・・・・まさか使徒!!?」

「青葉先生!!青葉先生!!!起きてください!!大変なんですよ!!!」



返事がない

ただの屍かもしれない



「役に立たないわね!!!
シンジ!!武器を取りに行くわよ!!!」

「な、どうするつもりなんだよ!?」

「戦うのよ!!このまま奴らをほっとくわけには行かないでしょ!!!」



二人は教室まで走る

幸い、使徒には遭遇せず教室までたどり着けた

装備一式を机の上に出す

シンジは手早く新しい装備を身に付けた

新調した戦闘用学生服の上に、特殊装甲板の胸当て

手にはグローブ。脚には脛当てを着ける

頭の防具はヘッドギア

刃こぼれが酷かった前の短剣は名残惜しいが新品に買い換えた

六菱(むつびし)重工の、“不破”と銘打たれた短剣

柄頭にはもちろんコアを填め込んでいる



「惣流、準備は・・・・・」

「OKよ!!」


アスカも装備を新調していた

新調した戦闘用学生服の上に、特殊装甲板で作られたキュライス

手にはアーマーグラブに、お気に入りのガーナード製のリストバンド

脚にはグリーブ

その姿はまるで傭兵のような姿だ

長剣も変えている

ドイツのフェアチャイルド製の、“ヴァルムンク”

アスカはドイツ生まれだからなのか、ドイツ製の物にこだわる癖がある

新品のヴァルムンクの柄にグリップテープをぐるぐる巻きにして準備完了



「よっし!!いくわよ!!!」

「OK!!!」



二人は教室を飛び出す

校舎内にも、生徒はまだ残っているはずだ

悲鳴を聞きつけて、聞こえる方に走り出す



「・・・・・あれは、レイ!!」

「ケンスケもいる!!!」

「碇君!!アスカ!!」

「た、助かったぁ!」



下級使徒が3体

猿のような姿をしている



「いっくわよぉ!!!!」



月の光を反射して、ヴァルムンクの白い刀身がぎらりと光る

剣にしては思いがけないほど繊細なカーブを描く長剣は、正確に猿の首を刎ねた



「たぁっ!!」

「はぁぁああっ!!!」



所詮、下級使徒は敵ではなかった

数秒で、切り伏せる



「すまない、助かった!!」

「碇君、アスカ!何が起こってるの?」

「原因はわかんないけど、迷宮昇降口で爆発があって・・・・・」

「使徒が出てきたんだ」

「ただごとじゃないな・・・・・・よし、俺達は装備を回収して校舎内の掃討に当たる。
シンジ達は外の迎撃に参加してくれ!」

「OK!!」



レイとケンスケは教室に向かった

シンジ達は、迷宮昇降口に向かう

加持やミサトが大声で指示を出しているのを見つけた



「抗戦できない生徒は直ちに避難!!急げ!!!」

「加持先生!!!」

「アスカか!?」

「校舎内の掃除はレイと眼鏡ヲタクがやってるわ!生徒は装備の回収に行かせて!!」

「わかった!ミサトは校舎の指示を頼む!俺は迎撃に行く!」

「わかったわ!」

「行くぞ!アスカ、シンジ君!!」

「「了解!!」」



加持に連れられて、迷宮昇降口に向かう

そこは既に、使徒によって蹂躙されていた



「全部下級使徒だ!!各自の判断で敵を攻撃!!」

「「了解!!!」」



加持の指示にシンジとアスカが走り出す

拳銃一丁しか持っていない加持は、その場に残って指示を出しながら二人を援護する



「りゃぁぁぁあああ!!!!」



アスカの長剣が閃く

セントラルドグマの上層でしか生きていられないような下級使徒は、その閃光の前に為す術がない



「たあっ!!」



シンジも、的確に急所を攻撃する

一撃でコアを貫かれ、やはり下級使徒は息絶える



「へんっ!!チョロいもんね!!」

「・・・・・?・・・・・・何か出てきた!」

「?・・・・・う、あ、あれって・・・・・・・・」



迷宮昇降口からのっそりと姿を現した使徒

炎を映し、赤く輝く銀色の毛皮

満月のように、鈍い光を宿した二つの瞳

狼と言うにはあまりに巨大で、神々しい姿

一度だけ見た

春に



「・・・・・フェンリル!シンジ、一旦退くわよ!!」

「・・・・・・・・・・・・・・逃げちゃ駄目だ・・・・・・」

「!?」



がくがくと震えながら、シンジは何かを呟いていた



「・・・・・・・逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、
逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・逃げちゃ駄目だっ!!!・・・・・・」

「シンジ!!」

「うあああああぁぁぁ!!!!」



短剣を握りしめ、フェンリルに躍りかかるシンジ

フェンリルも銀色の疾風と化して、跳躍する



ギンッ!!!



「う、嘘!!?」



フェンリルの爪の一本をへし折った

シンジの短剣が



「加持先生!!援護して!!!」

「任せろ!!」



加持は拳銃を構えた

フェンリルの目玉を狙って、引き金を絞る



・・・・・・・カチッ・・・・・・・



「・・・・・弾丸切れ?」

「加持さぁーん!!!」

「救援を呼んでくる!!それまで持ちこたえていてくれ!!」



加持は校舎に走り出した

アスカは、振り返る

シンジが吹っ飛んできた



「きゃっ!!」

「っつぅ・・・・くそっ!!!!」



シンジはすぐに起きあがり、フェンリルに向かっていく

既に特殊装甲板で作られた胸当てには大きな傷が付いている

フェンリルの爪の一撃を受けたのだろう

もう一撃喰らえば砕けることは目に見えている

しかし、シンジは戦う

何かに憑かれたように、戦っている



「この、馬鹿シンジっ!!!」



罵声を吐いて、アスカも突っ込んだ

爪の死角に回り込み、急所を狙いすました攻撃を繰り出す

しかし、フェンリルはその攻撃を予知していたかのように華麗に身を翻す



「くそぉっ!!!」

「マジックプログラム:ファンクション!!フィールドレベル:7!!
サイコ・スピア:ドライブ!!」



背中の向こうから聞こえてくる、ヒカリの「魔法」

彼女にしては珍しく、攻撃魔法を使った

ATフィールドを捩り合わせた光の槍がフェンリルにぶち当たる

傷を負わせることはできなかったが、若干体勢を崩すことに成功した



「サンキュー!ヒカリ!!」

「委員長だけやないで!!ワシもおるんや!!!」



トウジの手甲の一撃が、フェンリルの横っ面を殴り飛ばす



「おらおらおらおらおらおらおらぁぁぁ!!!!!」



2発、3発、4発、5発

トウジのラッシュに、崩れかけていた壁まで吹っ飛び、叩きつけられるフェンリル

瓦礫の雪崩に巻き込まれた



「・・・・・やった?」

「まだっ!!危ない!!」



ヒカリの制止

瓦礫を弾き飛ばしてフェンリルが跳躍する

正確に、アスカの首筋に牙を突き立てようとする



「・・・・ひっ!」

「惣流!!!」



ビシッ!!

フェンリルの右目が弾けた

流石のフェンリルもたまらず地に落ちる

校舎に目をやると、3階の窓にスナイパーライフルを構えたマナの姿があった

そして2階にはグレネードランチャーを構えるケンスケの姿

杖の先に魔法を構えるレイの姿



「散開!!」



かろうじて聞こえるケンスケの声

その場にいた4人は、慌ててフェンリルから離れる



バシュッ・・・・・・



グレネードと魔法が放たれる

しかし、命中よりも一瞬早く、フェンリルは飛びすさる

しかし、フェンリルが爆煙を突っ切るよりもはやく、奴に飛びかかった影がある



「っりゃぁぁああああ!!!!!」



3階から飛び降りたムサシが、フェンリルの脳天に大剣を叩きつけた

刃こぼれしたが、ある程度の打撃を与えることができた



「エッジプログラム:ファンクション!!フィールドレベル:7!!
剣閃・白浪:ドライブ!!!」



シンジの「魔法」

閃いた短剣から飛び出したATフィールドの刃が、フェンリルの左目を潰す

そして、のたうち回るフェンリルの喉笛にナイフを投げつけた

赤い血飛沫が、銀の毛皮を汚してゆく

断末魔の咆吼が、長く尾を引く



「・・・・・・・」

「し、死んだ?」

「・・・・・・・まさか、フェンリルを倒したの?」

「はは・・・・やったな、シンジ」

「・・・・・・うん・・・・・。
これで、やっと春の借りを返せたよ」

「?」

「・・・・・・何でもない」



皆が、半ば呆然としている

上級使徒の中でも指折りの強さを持つフェンリルに勝ったのだ

その時になって、加持がライトマシンガンを担いで駆けつけた



「大丈夫か!!?」

「加持先生!!遅いわよ!!」

「えっ?まさか、終わっちまったか?」

「はい」

「・・・・・そうか、よく頑張ったな。
後の掃除は教員達が引き受けるから、後退しててくれ」

「「「「「了解」」」」」










<教室>



「どや!?ワシの新品の手甲は!」

「へっ!俺の剣の方が良いに決まってるだろ!」



そう言って、お互いの武器を自慢しているのはトウジとムサシ

トウジの拳を覆っているのは、梅田鉄工製:軽手甲“白鳳”

シンボリックな黒いジャージには、何ともミスマッチな真っ白な手甲

ムサシが構えているのは、ドイツ、フェアチャイルド製:大剣“アンスウェラー”

真っ黒で厚い刃の大剣は、まさしく重戦士のために作られたような剣



「そうかぁ?やっぱ俺のが一番だと思うけどな」



ケンスケが構えてみせるのは、ネルフ技術開発部謹製:サブマシンガン“パレットライフル”

扱いやすく、どんな状況に置いても100%の実力を発揮する自動小銃・・・・・・

というのが、ネルフ購買部の宣伝文句

他にも腰に下げている、ネルフ技術開発部謹製:グレネードランチャー“一撃”

どんな使徒でも一撃粉砕、切りつめた銃身が持ち運びにも便利な多目的ランチャー・・・・・

これまた、ネルフ購買部の宣伝文句



「銃ならあたしのが一番よ!」



マナが自慢げに構えるのは、ネルフ技術開発部謹製:スナイパーライフル“ゲイズ”

“視線”の意味を持つ長大なライフルで、全長はマナの身長よりも大きい

また、腰のホルスターには、ネルフ技術開発部謹製:ハンドガン“ジェイソン”

ハンドガンには、他にも“プレデター”とか“フレディ”とか“ザ・リパー”とかあるらしい

とんでもない名前だ



「・・・・・みんなよくやるね」

「そうね」



レイの杖は変わっていない

先に填め込んでいるコアだけを新品に変えたらしい

ヒカリも同様のようだ



「それにしても、何やってるんだろうな?ケイタの奴」

「もしかして、戦闘に巻き込まれたんじゃ!?」

「大丈夫だよ。山岸さんと一緒なら」



シンジの言葉に、みんな不思議そうな顔をした



「ねぇ、それってどういう意味なのよ」

「山岸さんは、強いんだよ」

「どのくらい?」

「僕達が束になっても、敵わないと思う」

「うっそぉ!!?どうしてよ!?」

「山岸さんが、一人で探索に行ってるのは知ってる?」



頷く者がいたり、いなかったり



「山岸さんの強さは、半端じゃないんだ。
だから、周りにもとばっちりが行くから一人で探索に行ってるんだって」

「嘘でしょ!!?」

「な、なぁ、何でそんなに強いんだ!?」

「・・・・・・そ、それは知らないけど」



詳しいことは言えない

リツコに口止めされている

それに、夢魔の強さを考えると、無闇に口外することは躊躇われた



「ま、そんなに強いんならケイタも大丈夫でしょ」



銃声も、まばらになっている

あらかた、掃討し終えたのだろう



「でも、春の時もそうだけど何でフェンリルなんかが出てくるのかしら!?」

「・・・・・・・さぁ?」



放送が、一同の会話を中断した



(放送します。使徒の殲滅は完了しました。
校舎に待機している生徒は、体育館に集合してください。
繰り返します・・・・・)

「体育館だって」

「急ぎましょ」










<体育館>



「あ、ケイタ」

「みんな無事だった!?」

「あぁ、お前こそ大丈夫だったのか?」

「うん、山岸さんも無事だよ。戦闘に巻き込まれることはなかった。
下手に動き回るのも危険かと思って、ずっと隠れてた」

「はははっ、ケイタらしいな」

「な、なんだよそれ・・・・」



談笑していると、壇上にゲンドウが立った



「ATTENSION!」



整列する生徒達



「先の事故について説明しておく。
一部の結界が破れてしまったことが、全ての原因のようだ。
使徒についてはすでに殲滅を完了している。
結界の修復は完全ではないが、緊急で隔壁を下ろした。
このような緊急事態に直面しても、協力してくれた生徒諸君には、感謝の言葉もない。
せめて、できることとすれば・・・・・・・」



そこで、ゲンドウは言葉を切る

そして、名案を閃いたように顔を上げた



「よし、明日から2日間、臨時休業とする。
校内の全施設は開放。もちろんプールも開放しよう。
今までの疲れを、存分に癒してくれたまえ」

「さっすが学園長!!!」

「いよっ!!大統領!!!」

「かっこいぃ!!!!」

「では、解散とする。各自、寮の自室に帰るように」



ゲンドウの言葉に、ざわめきながらも一同は帰る



「ぃやったー!明日と明後日はお休みだぁ〜!!」



よほど嬉しいのか、マナはぴょんぴょんと飛び跳ねていた



「あはは、嬉しそうだね。マナ」

「嬉しいに決まってるじゃん!!ね、ね、明日はみんなでプールで遊ばない?」

「校内の?」

「もち!!ただで済むもん!」

「僕は良いけど・・・・みんなは?」

「ワシはえぇで」

「俺もOK」

「私も大丈夫よ」

「俺は良いぜ」

「僕も」

「・・・・仕方がないわね。あたしも付き合ったげるわ」

「・・・・・・・問題ないわ」

「やっほ〜!!じゃあ、明日の10:30にプールにしゅうごぉ!!!」



と、いうわけで、明日はプールで泳ぐことになったらしい

夏真っ盛りなのだ、朝から泳いでも良いだろう

皆、降って沸いたような休暇に、浮かれていた

しかし、浮かぬ顔の人物もいるのだ










<学園長室>



「・・・・・・・学園長。報告しておきたいことがあります」

「赤木君か。何かわかったか?」

「はい。結界のことなのですが・・・・・・何者かが結界を破壊したと思われます」

「!?・・・・ふむ」

「それと、使徒のことなのですが、信じられない事実が判明しました。
報告によると、下級使徒の中に、上級使徒、通称:フェンリルがいたという報告がありました。
このフェンリルが、下級使徒を集合させ、統率していたようなのです。
特殊な音波、電波のような物を発信し、下級使徒を指揮していたようなのです」

「猿山の大将というわけか?」

「はい。つまり、使徒は組織的な戦闘をする可能性があると言うことです」

「・・・・・ふむ。群を大将が率いているのか。
それで、その特殊な音波、電波の正体は分かったのか?」

「詳細はまだ調査中ですが、フェンリルの場合は「咆吼」と言う形で、
辺りの使徒に発信していたようです」

「・・・・・・結界の修復作業は?」

「明日、午前4時には完了します」

「そうか・・・・・御苦労だった。君も休みたまえ」

「いえ、私はこれから結界の修復作業の指揮をしなければなりませんので。
では、失礼いたします」

「うむ」



リツコは去った



「・・・・・結界を破壊するだと?
・・・・・全体の破壊ではなく、結界の一部を破壊するなど・・・・・・
・・・・・・・・対を持つ者が現れたか?」



ゲンドウの手には、群青色の鞘に収められた一振りの太刀があった



「・・・・・・・・シンジに、全てを託さねばならぬか・・・・・・」










<屋上>



(予想外でした。私の詠唱にここまでの反応を見せるとは・・・・・)

「あぁ、しかし、思いがけない収穫だ。間違いなく、ここだ。
この地下迷宮の最深部に、“奴”がいる。結界を切り裂いた甲斐があった」

(・・・・・・兄様)

「・・・・・・・・ぐううぅぅ!!!」

(兄様!!!)



カヲルは、血を吐いた

屋上の床に落ちた血は、すぐに消えてしまった



「・・・・・大丈夫だ。この体はまだ朽ち果てはしない。サヲリの笑顔を見るまでは死ねないよ」

(・・・・・・・・・兄様)

「心配しなくても良いんだよ。お前のために、僕はいるんだ」

(・・・・・はい)





つづく





後書き

短い夏休みの、夏期合宿の話でした
今回は、シンジ君が格好いいですね

カヲルとサヲリの兄妹も何やら暗躍してますし・・・・・・
今後の展開にご期待ください