<学園長室>



「交換留学?戦自とか!?」

「・・・・はい」

「前代未聞の珍事だな。戦自は一体何を企んでいる?」

「恐らく、ネルフの技術の解明が目的でしょう」

「で、どうするつもりなのだ?」

「日本政府もこの提案にかなり力を入れているようです。
戦自の上層が何を考えているのかは知りませんが、ろくな事は考えていないのでしょうね」

「・・・・・しかし、誰を送るのだ?」

「問題ありませんよ、冬月先生。元戦自の生徒がいます。
彼ら3人と二人の生徒を送るつもりです」

「碇!お前は子供達を生贄にするつもりか!?」

「・・・・・・・戦自がそう言ってきたのです。
何故脱走してまでこの学校に来たのか、その理由を知りたいと」

「馬鹿な!!子供への報復でもするつもりか!!?」

「彼らに戦自に何らかの未練があればそれを断ち切るチャンスにもなりましょう。
万が一、危害を加えられることになったとしても、戦自の内部に詳しい者の方がやりやすい。
そう判断した結果です」

「・・・・・・同伴する生徒は?」

「現在、教員が選出しているはずです」





君に吹く風


8月15日:交換留学









<教室>



「えぇ〜、本日皆に集まってもらったのは、重大なことを発表しなくてはならないからです」



ミサトが言った

休み中だというのに教室に集められている面々は、皆うんざりした顔つきだ

ろくでもないことなのはわかりきっているからである



「はっきり言って、正気を疑うような事態なのですが、
戦略自衛隊士官学校が、交換留学の申し出をしてきたのです」

「えぇぇぇ!!!!!!!?」×全員

「はい、静かに静かに。
・・・・・・えぇと、それで既に交換留学することになっている生徒は決まっています」

「ええええええぇぇぇぇぇぇぇぇええええええ!!!!!!!!!!!!!?」×全員

「このクラスからは、碇シンジ君と霧島マナさんが行くことになっています。
詳しいことは後で説明するので教員室に来てください。
では、解散」



ざわざわと、生徒達は教室から出てゆく

しかし、シンジとマナは固まっていた



「おい、シンジ。何か変なことになっちゃったな」

「う、うん。戦自への交換留学だなんて・・・・・・・」

「ま、戦自の連中なんてみんな腰抜け揃いって言うじゃない」

「・・・・・どーせあたしは元戦自の腰抜けですよ」

「や、やーね。マナはそんなこと無いわよ」



マナは、俯いて蒼い顔をしていた

震えている



「マ、マナ?」

「・・・・・だいじょぶ。シンジ、そろそろ教員室に行かなきゃ」

「あ、そうだね。行こっか」

「うん」



二人は、教室を出ていった



「ねぇ、さっきのマナは変だったわよね」

「えぇ、怯えていたわ」

「・・・・怯え?やっぱり、脱走なんかしてこの学校に来たから・・・・・・」

「ただごとじゃないよな」

「・・・・・・霧島が呼ばれたっちゅうことは、ムサシやケイタも呼ばれたんかのう?」

「ありえるわよね」



嫌な予感

それは大抵当たってしまうものなのかもしれない










<教員室>



「あれ?ムサシとケイタ?山岸さんも?」

「シンジ!・・・・・やっぱり、マナもか」

「・・・・・・ムサシ・・・・ケイタ」

「揃ったようね」



リツコがやってきた



「説明するわ。戦自の交換留学の期間は一週間。
8月23日から一週間よ。各自の装備は持参すればいいわ。その許可は申請してあるから。
何か質問は?」

「はい」



マユミが軽く挙手する



「何?山岸さん」

「留学中に、何らかの不都合が起こった場合の対処は、どうすればいいのでしょうか?」

「・・・・・・向こうの指示に従って」

「はい」

「他には質問は?」



誰も挙手しない



「詳しい指示は書類を回します。では、解散・・・・・あ、碇君と山岸さんは残って」

「えっ?」

「・・・・・・・」



何も喋らずに、マナ達三人は教員室を出た

リツコは、神妙な面持ちで二人に話す



「・・・・・もう予想してると思うけど、今回の交換留学。裏があるわ」

「裏・・・・・ですか?」

「戦自があの三人への報復を企てているだけならいいけど、
日本政府からのプッシュもあったのよ。ネルフの技術が目的なんでしょうけど・・・・・・
詳しいことはわからないっていうのが本音ね」

「・・・・・・私達が選ばれた理由を、教えていただけますか?」

「霧島さんと谷口君と河本君は、戦自からの要求。
建前上は、“平和的”にあの三人に話を聞きたいらしいけど、そんなことは信用できないわ。
あなた達の最優先任務は、あの三人の護衛」

「護衛?」

「そうよ。
何があっても、あの三人が殺されるようなことになってはいけないから。
絶対に一週間後にネルフに5人揃って帰ってくること」

「・・・・・・・私が選ばれたのは、この“力”故・・・・・でしょうか?」

「・・・・・・・・・・・・」



沈黙は、肯定の証だった

ネルフも、マユミの夢魔には気付いているのだろうか?



「碇、シンジ君」

「は、はいっ!」



出し抜けに名前を呼ばれ、慌ててシンジは返事をした



「あなたが交換留学生のリーダーです。頑張ってください」

「は、はい!」

「では、リーダーとしてこちらに要請することは何かありますか?」

「えっ・・・・・と・・・・・・・・」



考え込むシンジ



「全員の武装の整備をお願いします」

「わかったわ。それぞれの武器を研究室に持ってこさせて。
他には?」

「・・・・・・以上です」











<研究室>



「・・・・・・あの、先輩」

「何?」

「戦自との交換留学って、本当なんですか?」

「本当よ」



あっさりと、リツコはマヤに答えた



「・・・・・・これは・・・・・フェアチャイルド、アンスウェラーね。
マヤ。ブレードにスタンエッジを組み込む準備をしておいて」

「先輩!!学園長は正気なんですか!!?きっと、戦自は・・・・・・・・」

「みんな、わかっているわ」

「だったら!」

「・・・・・・・交換留学そのものを拒否してしまったら、
もっと強硬な手段に出てくるかもしれないわ。今回のことには、日本政府もつるんでるから」

「・・・・そんな・・・・・・」

「基本中の基本よ。相手の考えを悟っていることを悟られてはいけない。
何かあったときのために、私達は私達のできることをするまでよ」

「・・・・・・・はい」



力無く返事を返すマヤ

リツコは、溜息をつきながら言葉を返した



「・・・・・・・世の中、綺麗事だけじゃ片付かないこともあるのよ。わかってちょうだい」



自分でそう言って、リツコは自問した

何をわかれというのだろうか

あの5人が、危険な目に晒されるのは目に見えている

それを、“わかれ”というのか?

あの5人の不安は決してわかることはできないのに・・・・・・










<教員室>



「教員の同伴が認められていないっていうのも怪しいわよね」

「そうだな。しかも、留学中の生徒に対する全権は戦自持ちだ」



眉根を寄せているのは、葛城ミサトと加持リョウジ

二人とも神妙な面持ちだ



「・・・・・・監察部としてはどのような意見をお持ちかしら?
加持リョウジ特殊監察部部長殿?」

「ま、なるようにしかならない。としか言いようがないな。
葛城ミサト作戦部部長殿」

「何とか、探ることはできないの?」

「・・・・・・できないわけじゃない。
しかし、向こうだって馬鹿じゃないだろ?万全の備えに立ち向かうのは少々きつい」

「・・・・・・・・万が一、あの子達に何かあったら・・・・・・・・」

「命令違反は独房一週間だぞ」

「安いもんよ」

「へいへい」










<女子寮:マナの部屋>



「マナ、いる?」

「あ、勝手に入ってー」



ドアの向こうから、そんな声が聞こえた

アスカはドアを開けると、マナの部屋に足を踏み入れた



「アスカ?レイにヒカリも?みんなでどうしたの?」

「どうしたの?じゃないわよ!」

「霧島さん・・・・・大丈夫なの?」

「何が?」

「何が?じゃなくて!!!」

「・・・・・・交換留学の事よ」

「あ。へーきへーき!戦自の連中なんか目じゃないわよ」

「でも、心配よ」

「ヒカリったら心配性ね。大丈夫だって」

「ま、何かあったら連絡しなさいよ。
少なくともうちのクラスは全員武器担いで突撃する気があるから」

「あはは、ありがと。でも、大丈夫よ。降りかかる火の粉は、自分で払わなきゃ」



マナは、気楽に笑ってみせた



「それに、シンジ達も一緒なんだし、山岸さんもついてるから」

「・・・・・・・あいつらだから不安なのよねぇ・・・・・・」

「ま、何かあったら戦自と一戦交える覚悟はあるし。その準備もしてるから」

「準備?」

「みんなの武器、赤木先生の研究室で整備中。
こんな馬鹿げた交換留学の、ささやかなご褒美ってとこかしらね」

「ふーん・・・・・・ま、頑張ってね」



ぼやくように呟いて、アスカは部屋を出ていった



「・・・・・・あれでも、心配してるのよ」

「わかってるよ。アスカって結構わかりやすいから」

「そうね」

「もうちょっと素直だったら、男の子もほっとかないのに」



マナの言葉に、三人はくすくすと笑った

しかし、次の瞬間、悪鬼と化したアスカが窓から部屋に飛び込んでくる










<男子寮:ムサシの部屋>



「今、悲鳴が聞こえなかったか?」

「気のせいだろ」

「そっか」

「疲れとんちゃうんか?」

「大丈夫だよ」



ムサシの部屋に、ムサシとケイタとトウジとケンスケが集まっていた



「・・・・・しっかし、ホンマ災難やなぁ」

「あぁ。まったく、偉いさんは何考えてるんだろうな?」

「でも、大丈夫なのか?戦自に帰ったりして」

「おいおい、ケンスケ。戦自には“行く”んだ。“帰る”んじゃない」

「あ、そっか」



ケンスケの言葉を訂正するムサシ

トウジは、青ざめているケイタに話しかけた



「ケイタ、ホンマに大丈夫なんか?」

「う、うん」

「無理してるだろ?」

「そ、そんなことないよ!」



しかし、青ざめている顔には、はっきりと書いてある



「ま、こいつはお守りと思って持っていってくれ」

「?」



ケンスケが渡したのは、小振りのナイフだった

隠し持つのに不便はないサイズだ



「何があるかわかんないだろ?いざ、って時にはそいつを使いな」

「・・・・・ありがとう」

「使わないにこしたことは無いんだけどなぁ・・・・・・ま、保険みたいなものかな?」

「そういや、シンジはどうしたんだ?」

「どっか、出て行きよったで。何処に行ったかまではしらへんけど」










<森林区画>



「・・・・・・なるほど、そんなことが・・・・・・」

「はい」



森林区画に、シンジとカヲルはいた



「裏がある、か」

「何でも、日本政府も絡んでるらしくて、学園としても拒否することは難しいみたいで・・・・・」

「複雑な事情がある、そういうことかい?」

「はい」

「・・・・・・・僕には何もできないよ。君達が解決すべき事態だ」

「それはわかってるんです!
・・・・・・・・・・・・・・・・でも・・・・・」

「君が不安だということはわかる。リーダーという責任を負っているなら尚更だ。
でも、リーダーだからこそ、不安は隠さなきゃいけない。不安というのは他の人にも伝染る」

「・・・・・・・・・・」



沈黙が二人を包み込む

森林区画は、静かだった



「・・・・・・少し、動こうか?」

「・・・・・・・えっ?」



俯いていたシンジが顔を上げると、そこにはカヲルの姿はない

咄嗟に、シンジは練習用の短剣を抜いた



「さぁ、行くよ!!」



上からの声

鞘に納めたままの刀が、大上段から振り下ろされる

受け止めようとはせず、後退してかわすシンジ

地面に叩きつけられた衝撃が、あたりに木の葉の津波を巻き起こす

シンジは、樹上に飛んだ



「良い判断だ。しかし、まだ甘いね」

「くっ!!」



木の葉に隠れて、カヲルの姿は見えない

刹那、木の葉の中からカヲルが飛び出した!



「ぐぅっ!!!」



受け止めた短剣が、火花を散らす

飛び上がったカヲルの放った一閃に、シンジは体勢を整えきれず樹上から落ちるように降りた

正面に、カヲルが降り立つ

シンジは突っ込んだ

斬りかかる瞬間に、腰より低く体を沈める

脇腹目掛けて短剣を・・・・・



「りゃぁぁああ!!!!」

「なるほど、良い動きだね」



余裕の言葉と共に、短剣が弾き返された

瞬間、シンジは短剣の動作を放棄

カヲルの脚を払いにいく



「無駄だよ」

「!!」



カヲルは地面に鞘を突き立てた

シンジの脚が繰り出されるよりも早く

シンジの脛は、カヲルの脚ではなく、鉄拵えの鞘を蹴ってしまった

脛が折れるかと思った



「っつぅっ!!!!」

「はい、これまで」



カヲルの構えた鞘ごとの刀が、シンジの首筋に当たっている

負けだ



「・・・・・はぁ、やっぱり勝てないや」

「最初から諦めてしまっては、何もできないよ」



幾度と無く繰り返された言葉

確かに、それは事実だ



「君には目的があるんだろう?だったら、諦めてはいけない」

「そうだよね・・・・・・そういえば」

「?」

「カヲルさんは何でこの学校に?」

「・・・・・・・・探し物さ」

「探し物?」

「そう、僕の探してる物がこの学校にあるかもしれないから」

「?学校に・・・ですか?それとも地下迷宮に?」

「地下迷宮さ」

「でも、IDを持ってないのに、どうやって!?」

「それは秘密。
それより、最近何か変わったことはなかったかい?」

「変わったこと?迷宮で、ですか?」



頷くカヲル



「・・・・・・・地下迷宮で、使徒の繭みたいなのが見つかったことと、
地上に使徒が出てきたこと・・・・かな?」

「使徒の繭?」

「あ、はい。羽化拠点って呼んでますけど、すごいんですよ。
使徒の繭が部屋中にびっしり張り付いてて、一斉に羽化を始めるんです。
カヲルさんも気を付けた方が良いですよ」

「忠告ありがとう。それで?」

「確か7月の最後に、地下迷宮から使徒が出てきたんです。校庭に」

「おかしいね。確か結界が張られているはずだったろう?」

「・・・・・・それが、結界の一部が崩壊してたとかで・・・・・
それに、使徒の中に下級使徒を指揮する個体がいたって」

「指揮個体?」

「はい。その時は、フェンリルでした」

「ふむ。無事でいるということは、勝ったんだね」

「はい。みんなで」

「おめでとう。春の借りは返せたね」

「・・・・・・でも、腑に落ちないことも」

「?」

「何故、フェンリルが出てきたのか。
・・・・・・・結界を破ったのは何者なのか・・・・・・・・」

「まぁ、誰だってわからないことはあると思うよ。
考えたって仕方がないこともあるさ」

「じゃあ、カヲルさんは何を探してるんですか?」

「・・・・・・・・・・」



シンジがそう言った途端、カヲルは沈黙した

普段の笑みはかき消えている

冷たく、鋭い眼差し

シンジは息を飲んだ



「・・・・・・・・・・知恵の実」

「へ?」

「知らないかい?」

「・・・・・・知恵の実?」



シンジは首を捻った

聞いたこともない



「聞いたこともないですけど」

「・・・・・・・・・そうか。すまない、変なことを聞いてしまった」

「あ、先生達に聞いてみましょうか?」

「良いんだ。余計なことはしないでくれ」



冷たい口調

射抜くような眼差し

触れられたくない話題なのだろうか?



「・・・・・そうですか」

「今日はもう終わりにしよう。また次の次の日曜に」

「はい!」



シンジは立ち上がって土埃を落とし、カヲルに背を向けた

途端



「シンジ君!」

「えっ?」



後ろからカヲルが呼び止めた

何事かと思って振り返るシンジ



「さっきのことは忘れてくれ。その方が良い」

「?」

「君の身に災いが降りかかるかもしれないからさ」

「??」

「じゃぁね」



カヲルはそう言い残して去っていった





知恵の実





カヲルは確かにそう言った



シンジがその言葉の意味を理解することができるのは





もっと、先の話である





つづく




後書き

結局、彼らに夏休みはありません(笑)
そろそろ、色んな所にキーワードを出してみました

まだ、全然わけがわからないですけど
次は、戦自の士官学校での話です