波乱に満ち満ちた夏休みは終わりを告げた

去ってゆくのは、夏の思い出

帰ってくるのは、訓練と友情の日々

聞こえは良い

かもしれない

兎にも角にも、二学期というのは重要な時期である

色んな意味で







君に吹く風


9月1日:新学期





「・・・・・・はぁ」



憂鬱そうな溜息をつくのは、惣流アスカ・ラングレー嬢



「どうかした?アスカ」

「・・・・ん〜・・・・・何かさ、夏休みってあっという間だったような気がしてさ」

「あっという間だったわ」

「・・・・・・そうよね」

「えぇ」



無表情に返事を返しているのは、綾波レイ嬢

二人は、三年C組のアイドルである

最近では、戦略自衛隊士官学校からの脱走・・・・・・・・

もとい、転校生である霧島マナ嬢も伸びを見せている

そして、隠れたカリスマなのが洞木ヒカリ嬢

委員長の名で親しまれ、面倒見の良い彼女だが、結構シビアな性格だったりする



「ふわぁ〜・・・・・・」

「・・・・・だらしない顔。男だったらしゃきっとしなさいよ!!」

「う、うわっ!!・・・・・なんだ、惣流か」

「なんだとはなによ!!!」

「別に声を掛けて欲しかったわけじゃないから」



寝不足の頭ではろくな言葉を紡ぐこともできない

若干寝癖を残した頭をぼりぼりと掻き、彼、碇シンジは生欠伸

その態度に、アスカは勝手に憤慨した



「何よ!!!その言い草は!!!!」



平手が走る

腰の入れ方と言い、スナップの利かせ方と言い、実に見事なビンタだった

景気の良い音が、教室に響き渡る



「なっ!なにするんだよ、いきなり!!!」

「うっさいわね!!あんたの寝惚けた頭を治してあげたのよ!!」

「・・・・・・僕は壊れたテレビじゃないんだから」

「似たような物じゃない」



確かに目は覚めた

その代償として、丸1日かかっても消えそうにない手形が付いてしまった

ミサトにからかわれることは間違いないだろう

こっそりと溜息をつくシンジ



「おーっす!」

「おはよ、トウジ。ケンスケ」

「おっす、シンジ!!」

「どうしたんだ?シンジ?それ」



シンジの頬を指さしながら、彼の親友である相田ケンスケが尋ねた

怪しく光を反射する眼鏡が彼の表情を隠している

口元が笑っているので、けっこう怖い



「こ、これは・・・・・・」

「なんや?朝っぱらから夫婦喧嘩かいな?」

「そ、そんなんじゃないよ」

「そーよ!!何でこのあたしが、この馬鹿シンジなんかと夫婦喧嘩なんかしなきゃいけないのよ!」



いまいち、テンポが合わない否定の仕方である



「照れながら言っても、説得力に欠けるわね」



状況を(わりと)冷静に観察していたマナが呟いた

横槍を入れずに観察していたのは、ただ単に面白そうだったからだ

他意はない

と思う



「はーい、はいはい。着席、着席ー」



担任の、葛城ミサトがやってきた

三十路に片足を突っ込んでいる年齢にしては、若々しさを備えた美貌である

憧れる男子生徒は少なくない、若干の女子生徒もいるようだ

しかし、その実態は、のんべぇの無精者である

救いようがないところまで行ってるかもしれない

まぁ、そんなことは捨て置こう



生徒達は予定通り、体育館に向かった

始業式だ










<体育館>



「・・・・・では、新学期も頑張ってください」



冬月理事長の長い、なが〜い話がようやく終わった

続いて席に立つのは、碇ゲンドウ学園長

シンジの実の父親であり、ユイの夫

ユイ曰く:髭面の君

サングラスが視線の動きを隠し、はっきり言って悪党にしか見えない様相の彼

しかし、これでも結構、恥ずかしがりで照れ屋で子供好きなんだそうだ

そして、ゲンドウはマイクを握りしめた



「・・・・・・・あ、あ」



こっそりマイクテスト

しかし、高性能なマイクは、ゲンドウの声をしっかり拾った

くすくすという笑いが、あちこちから聞こえてくる



「・・・・・・いよいよ、諸君は新学期を迎えた。
君らに残された時間は、あまりにも少ない。
しかし、私は君達全員が、決して驕らず慢心にとらわれることなく、
己が努めを忠実に果たさんことを願う。
そして、戦友と共に幾万もの敵に恐れる事なく屠らんことを願う」



ゲンドウの静かな演説

決して、照れたりはしていない

別人のようだ



「我らは、誇り高き人間として限りある生を全うする。
それが、己の魂を示す唯一の方法であるからだ」



静まり返る体育館

生徒も教員も、静まり返る



「・・・・・・期待している。以上」











<教室>



「ねぇねぇ、さっきの学園長、格好良かったわよね!」

「うんうん!!」



という会話が、学校のあちらこちらで囁かれている

あの話を聞いてから複雑な表情を浮かべているのは、シンジである

実に、らしくないからだ

そして、腑に落ちない

何故、あんな事を言ったのか・・・・・・・・・・・



「カッコつけただけかな?」



結局、シンジはそう結論づけた

そうしていると、ミサトがやってきてHRが始まる

今日は授業も探索も無し

あとは寮に帰って自由時間だ



「お〜い、シンジ!久しぶりにゲーセンでも行かないか?」

「ん?いいよ」

「おっし、決まったぁ!!」

「ちょっと待ったー!!」

「おぉっとぉ、ちょっと待ったコールだぁ!!」



しかし、「ちょっと待ったコール」をしたのはミサトだった



「ごめんねぇ。ちょっちシンジ君には用があるから」

「「・・・・・・・・」」

「え?何ですか?」

「ん〜、詳しくは聞いてないんだけど、学園長室に来るようにって」

「父さんが!?」

「そ」



シンジは怯んだ

今だかつて、学園長室に呼び出しを喰らった生徒というのは存在しない

案外、どうでもいいようなことなのかもしれないが・・・・・・・・・・



「わかりました。すぐに行きます」

「はい、よろしい」



シンジは教室を飛びだした



「あいつ、何かやったんですか?」

「さぁ・・・・・・あたしも何の説明も受けてないからさっぱり」










<学園長室>



「来たか」

「は、はい」



初めて入る学園長室は、予想よりも遙かに大きく、遙かに不気味だった



「シンジ」

「は、はいっ!」



出し抜けに名前を呼ばれて、慌てて返事を返すシンジ

やはり、心の何処かが、理由も聞かされずに呼び出されたことにびびっているらしい



「これを預ける。使えるようになれ」

「えっ?」



細長い包みが、ゲンドウの机の上に置いてあった

シンジは歩いて近寄り、手に取ってみる

ずっしりと重い

ほどいてみると・・・・・・・・



「刀?」

「あぁ」

「でも、僕は短剣を使ってるし・・・・」

「頼む」

「・・・・・・・どうして?」

「理由は言えん」

「でも、コアの再設定や魔法の事を1からやらなきゃいけないし」

「問題ない。コアはお前の使っている物と同じタイプだ。
呪文は「エッジプログラム」と「スラッシュプログラム」。
魔法に関しても、問題はない」

「・・・・・・でも、刀の訓練なんて、誰に受ければいいかな?」

「・・・・・・・・・よし、一つ稽古をつけてやろう」

「父さんが!!!!?」

「そうだ。少し待っていろ」



ゲンドウが取りだしたのも、一振りの刀

二人は部屋の真ん中に行くと、抜刀する



「では、行くぞ」



返事をする間もなく、ゲンドウは凄まじい踏み込みを見せた

風を切り裂く白刃をかろうじて受け止めるシンジ

片手で使う短剣に慣れているので、両手で扱う武器にはなかなか馴染めない



「と、父さん!!!?」

「ほぅ、今のをかわせるとは・・・・・・」



今度は連撃が襲いかかる

一撃を受けるたびに、手が痺れて刀を落としそうになってしまう



「どうした、シンジ!」

「くそっ!!」



繰り出された刀を受け流し、シンジはゲンドウの肩口に刀を振り下ろす

この辺に戸惑いはない

カヲルとの特訓で抜き身を使うのは馴れている



「ぬぅっ!やるな!!」

「たぁああっ!!!」



シンジも連撃を繰り出す

重さはゲンドウの一撃に比べれば軽い一撃だが、

速さはゲンドウと同程度、或いはそれ以上のものがある



「おぉっ!!?」



ゲンドウを突き飛ばして、シンジは一旦距離を取った

何故かゲンドウは、にやりと唇を歪めた



「鬼哭流、血散斬」

「えっ」



シンジの目の前に、ゲンドウの刀があった

いつの間に踏み込んだのか、視認することもできなかった

そして、刀を覆っている紅い輝きはATフィールド

間違いなく、魔法だ



「そ、そんな・・・・・どうして詠唱が・・・・・・」

「私くらいになればな、低級の魔法は詠唱がいらなくなる」



ゲンドウは刀を納めた

その時になって、シンジの両膝に震えが来る



「どうだった?刀は」

「・・・・・・・・・・・」



悪くはなかった

長剣に関しては呆れるほど下手なのに、この刀は行ける気がした

決めた



「やります」

「・・・・・・すまないな」



何故、父は謝るのだろう

シンジにはわからなかった










<男子寮:シンジの部屋>



「へぇ、それでその刀もらったのか」

「うん」



シンジの部屋に、一同が集まっていた

結局みんな、ゲームセンターには行かなかったらしい



「ちょっと見せて」



ケイタが手を伸ばす

シンジはケイタに刀を渡した

よく見ると、“九頭竜”という銘があった



「・・・・・・何か、すごいね」

「何か?」

「ムサシ達の“剣”とは違う。凄味みたいなのがある」



ケイタはスカウトだ

鑑定眼は確かである



「でも、コアとかはどうするんだよ?」

「赤木先生の研究室に持っていって調整してもらうよ。コアはその時付けてもらう」

「魔法は?」

「短剣魔法と共通らしいよ。剣魔法も使えるから、
僕がそっちを勉強すれば、「詠唱合わせ」だってできるかもしれない」

「スラッシュプログラムで?」

「うん」

「こういうときは剣術使いや銃使いが羨ましいわ。
格闘術使いはほとんど数がおらんからなぁ、詠唱合わせなんぞ夢のまた夢や」



冒険科の中で一番多いのが、

シューティングプログラムを使う「ガンナーコース」

ちなみに、マナの所属する「スナイパーコース」はちょっと特殊な「ガンナーコース」のこと

その次が、スラッシュプログラムを使う「重戦士コース」、「剣士コース」

そして、マジックプログラムを使う「スペルコース」

エッジプログラムを使う「軽戦士コース」

エイミングプログラムを使う「アーチャーコース」

コンボプログラムを使う「格闘家コース」

「スカウトコース」の生徒が使う武器は、人によってまちまちである

それぞれが使う武器を決めて、スカウトコースの訓練をしながら、それぞれの訓練をする

その場合、コース名も変わる

スカウトコース兼ガンナーコースなら「特殊部隊コース」

兼重戦士、剣士コースなら「傭兵コース」

兼スペルコースなら「怪盗コース」

兼軽戦士コースなら「忍者コース」

兼アーチャーコースなら「アサシンコース」

兼格闘家コースの生徒はまだいないので、呼称は決まっていない

もちろん、スカウトコースのみという生徒もいる。戦闘力は皆無だが

一番多いのは、銃と短剣だろうか?

ケイタのように弓を使う生徒は、少ない部類だ

そして、ケイタが自分のコースを「スカウトコース」としか言わないのは、

「アサシンコース」と言うのが嫌だからだ

忍び寄り、静かな武器に毒を仕込んで暗殺を遂行する

そんな人間にはなりたくないとケイタはいつも思っている

士官学校時代に、隠密行動を徹底的に仕込まれた身体をいつも疎ましく思っている



「でも、詠唱合わせってやっぱり恰好良いよね」

「すごかったよ。一度ミサト先生と赤木先生の詠唱合わせ見たんだけどさ、
使徒の羽化拠点で羽化した使徒、一撃で殲滅させたからね」

「でも、俺達の面子で詠唱合わせができる組み合わせって・・・・・・・・

シューティングプログラム:ケンスケ、マナ:○

スラッシュプログラム:シンジ、アスカ、ムサシ:○

マジックプログラム:レイ、ヒカリ、マユミ:○

エッジプログラム:シンジ:×

エイミングプログラム:ケイタ:×

コンボプログラム:トウジ:×

だろ?
ケイタとトウジは絶対無理だな」

「「がぁ〜ん!!!」」

「ケンスケだって、マナとユニゾンする自信あるか?」

「・・・・・・・・・無い、な」

「シンジも、あの惣流とユニゾンできるか?」

「できると思うよ」



至極あっさりとシンジは答えた

一同の驚愕の視線がシンジに集中する



「その根拠は!!!?」

「そんな、最初から諦めてちゃ、何もできないよ」



カヲルの受け売りの台詞を、シンジは言った











<ジオフロント:森林区画>



森の中に、カヲルはいた

木漏れ日の中に立ち尽くしている



がさ



誰かがやって来た

その男は、日本人には見えなかった

壮年だが、がっしりした体つき

鋭さを備えた眼光がカヲルの姿をとらえている

そして、カヲルの後ろにいる、見えないサヲリの姿にも



「捜したぞ。カヲル」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「よもや、こんな所に逃げていたとはな」

「・・・・・・・・」

「今ならまだ間に合う。マスターも罪を責めはしないと言っている!
だから・・・・・・・・・」

「・・・・・・・マスター?あいつらの言うことは信用できない」

「カヲル!!お前は自分の運命を知らないのか!?」

「知っているよ。勿論」



冷たい声だった

凍てついた剣のような声が、その男の耳朶を撫でる



「僕は希望を見つけたんだ。サヲリを生き返らせるための」

「・・・・・・・・・そうか」

「それで、どうするんですか?僕らを始末しに来たんでしょう?」

「いや、今回は独断専行だ。
マスターは近々お前の廃棄命令を出すつもりだ」

「それは貴重な情報をどうもありがとう。でも、何故そんなことを?」

「・・・・・・・・できれば、お前とサヲリには帰ってきて欲しかったんだよ。
でも、無駄だったな」



ふっ、とカヲルの顔にも笑顔が浮かんだ



「僕も、あなたとは戦いたくない。
僕とサヲリに名前を付けてくれたのはあなただからね。
“冷厳なる”ラヴェル」



ラヴェル、と呼ばれた男も、笑いながらカヲルに言った



「私とてお前とは闘いたくない。何の繋がりもないが、大切な弟妹だからな。
“最強の”タブリス。“悲風の”リーゼン」

「・・・・・・お互い、こんな名前で呼び合うことなく、顔を合わせられるときが来るだろうか?」

「多分、来ないだろうな」

「厳しいね。ラヴェルは」

「冷厳な性格でね。では、さらばだ。カヲル、サヲリ」



ラヴェルの姿は、木々の中に消えた

カヲルは、険しい表情で切り株に座る



(・・・・・・兄様、ラヴェル様は・・・・・)

「うん。僕らの味方に付きたかったんだろうね。
でも、それは駄目なんだ」

(なぜですか?)

「下手にマスターを刺激すれば、僕達が狙われるのが早くなる。
ラヴェルの動きだって筒抜けのはずだ。多分、ラヴェルは始末されるだろうね」

(そんな!!)

「・・・・・・・覚悟はしてたはずだ。僕もラヴェルとは戦いたくなかった」

(・・・・・・・・・・・・兄様!!)

「・・・・・・サヲリ、僕に残された時間はあと7度月が満ち欠けする間しかない」

(・・・・はい)

「でも、安心してくれ。必ず、知恵の実を見つけだしてみせる」





謎の組織がカヲルを狙う

カヲルはサヲリのために知恵の実を捜す



知恵の実、それは一体何なのだろうか




















「くしゅっ!」

「ちょっと、レイ?風邪?」

「・・・・・・大丈夫」





つづく





後書き

夏休み、呆気なく終わらせちゃいました
番外編か何かで日常の描写をしようかと思っていますが・・・・・・・

ゲンドウ、格好良すぎたかも?