「違うわよ!!そこ、照れない!!山場なんだからね!!」

「で、でも・・・・・」

「おっとこのこでしょ!!!しゃきっとしなさい!!しゃきっと!!!!」



大声を出しているのは、葛城ミサト

怒鳴られているのは、彼女の担当クラスである2年C組の一同

場所は体育館ステージ

今は、学園祭の出し物である演劇の猛練習中なのだった







君に吹く風


10月29日:演劇









ジオフロント立ネルフ学園

腐っても、この学園も、学校である

故に、学園祭というものが存在する

例年、この学園祭の出し物はほとんど決まっていた

小等部は、担当教員同士で話し合って決めるので、毎年代わり映えのしない物になっている

中等部は、大抵が、喫茶店、お化け屋敷、夜店風屋台、等々

ステージを使って劇をすることなんて、ほとんど無かった

まぁ、有志バンドに大幅に時間が与えられていたのだが、今年はそうもいかない

有志バンドが、全くないのだ

体育館が閑散としているのはあまりにも寂しい

そこで、碇ゲンドウ学園長は急遽、中等部三年生担当の教員に招集をかけた



曰く



「中等部三年生は、三クラス協力して演劇をすること。
教員、及び教員補佐も含めて全員参加だ」












<体育館>



「はい、発声!!せーの!!」

「あめんぼあかいなあいうえお〜!!!!!」



やけくその様な大声で、がなる役者一同

見慣れた顔が多い

シンジ、アスカ、レイ、トウジ、ヒカリ、ケンスケ、マナ、ムサシ、ケイタ、マユミ+その他

顔を真っ赤にして照れているのは、やはりというか何というか

シンジとケイタ

ほとんど自棄になっているのが、アスカとトウジ、それにムサシ

割りと楽しそうにしているのが、マナとヒカリ、ちょっと意外だがケンスケ

淡々とこなしているのは、レイとマユミ

その他の面子についてはどうでも良いので何も言うまい

舞台装置、大道具、小道具の作成・管理担当は加持

力仕事もあるし、男手が必要なときもあるだろう

演出、脚本の担当はリツコ

あらゆる状況を想定することができるリツコが脚本を作るのもわかる

ここまでは良い

総監督がミサトというのはどういうことか



「声が小さい!!もっとこう、お腹のそこから!!!」

「あ、え、い、う、え、お、あ、お、
か、け、き、く、け、こ、か、こ
さ、せ、し、す、せ、そ、さ、そ!!!」



ミサトの陣頭指揮の下、役者一同は皆やけくそだ

この面子を選択したのも、実はミサトである

その理由は



「この子達が一番面白い!」



と、断言したからだそうだ

一番期待しているのは、やはり、シンジとアスカとレイ

今も、ラブシーンなんかどうかしら?なんて考えている

まぁ、何にしても演劇で練習と同じくらい大変なのが準備である

大道具から小道具、衣装、舞台装置

何せ、みんなやる気がほとんど無いんだから作業は遅々として進まない



古今東西



劇なんて、「やれ」と言われて素直にやる気になる奴なんてほとんどいない

案の定、皆、だるそうな顔で作業をのろのろとしている

本番で困るのは自分たちだろうに



「あ〜ぁ、劇なんてやだなぁ」

「出なくていいのはまだましだけどさ、準備だって大変なのよねぇ」

「出演よりはましだけどね」



とかなんとか

こんな会話がそこかしこで囁かれている

三クラス合同というのが、そもそも無茶なのかもしれない

100余名の人数である

サボる奴が出てくることは間違いない





リツコの手掛けた台本には、既に『決定稿』の判が押され、皆の手に渡っている



舞台は中世

圧政に苦しむ民を救うため、悪の枢機卿を討つというストーリー

『三銃士』のストーリーを想像していただくと分かり易いと思う

折角、ネルフ学園では剣術を教えているのである

使わない手はない

『一心同体』を合言葉に戦いを繰り広げる三銃士のストーリーをアレンジした物だった



配役はそれぞれ決まっている

詳細はまだ秘密



「剣術を習ってる役者、来てくれ〜!」



加持だ

手には、小道具の一つである「剣」があった



「一振り作ってみたんだが、こんな感じか?」



細身のサーベルを、アスカは手に取る

軽く振ってみたり、構えを取ったりしてみる



「このくらいが扱いやすくて良いと思うわ。でも、どうやって作ったの?加持先生」

「安物を仕入れてきてな、刃を潰しただけさ」

「でも、剣術を習ってない生徒はちょっと扱いづらいと思うぜ」



ムサシの意見

重戦士コースの彼には、軽すぎるくらいだったが、一応そういう意見を出した



「なるほど、ちょっと軽目のがいるな」

「それに、もっと無骨な感じでもいいかも?」

「ふむふむ」

「スペルコースの生徒のために、短剣みたいな物は?」

「スペルコースの生徒の役は、剣を握る場面が無いから大丈夫。
他に何か注文はあるかい?」

「特に、無いです」

「了解だ」



作業の進みは遅い

本番は、11月3日

あと、一週間もないのだ



「はいはい!!!ぼさっとしてる暇はないわよ!!!
次!!セリフ合わせ!!!!
最初の場面、王子が騙されて追放される所から!!!」

「は、はい!!えっと・・・・・」

「ちゃんと憶えておきなさいよ!!!」

「は、はい!!!」













<休憩時間:放送室>



「はぁ、やってらんないわ」

「時間が、足りないわ」

「でも、頑張ろうよ」



アスカ、レイ、シンジの三人は、放送室にいた

理由は、誰もいなくて、静かで、広いから

だそうだ



「珍しいじゃない。あんたがそんな積極的な意見を言うなんてさ」

「そ、そうかな?」

「そうよ。あんたって、劇とかすごく苦手そうに見えるけど?」

「・・・・・・・・・」



黙り込むシンジ



「・・・・・・・そんなこと、ないよ」

「ふん、ど〜だか」

「でも、うまくいくかしら?」

「さぁね、なるようにしかならないわよ」

「そんなんじゃ駄目だよ!!みんな頑張ってるんだから!!」



シンジは立ち上がって大声を出した

そんなシンジの姿に、アスカは目を丸くして椅子からずり落ちた

レイも、驚いている



「ど、どうかしたの、シンジ?熱でも有るんじゃないの!?」

「随分、積極的なのね。普段にない姿だわ」

「えっ?」



実は、シンジの役のセリフが一番多い

細かい動作や、立ち位置とかを考えたりすると、かなりやらねばならないことは多い

それでも、シンジはその役を志願した

誰も志願しなかった役を、シンジはやると言った

それだけでも、みんなかなり驚いた

しかも、この積極的な態度



「あんた、演劇とかって好き?」

「・・・・・・・・そんなこと無い。苦手だよ」

「じゃ、どうして?」



あんな大変な役を?

という言葉を省略して、レイはシンジに尋ねた





「・・・・・・・これが、最後だから、何かやりたいって思った。
最後だなんて、あんまり言いたくないけどね」



すぐそこのマイクの電源が入っていることに、気付いていない










<体育館>



(もう、この学校を卒業したら、劇なんてする機会は二度と無いだろうから)



うんざりしていた顔付きの生徒達は作業の手を止めて、スピーカーからの声に耳を傾ける

ミサトも、それに気付いた

椅子にひっくり返って顔に乗せていた台本を取ると、真剣な顔になる



(すごく、尊敬してる人がいて、その人の口癖なんだ。
『最初から諦めていては、何もできない』って)



馬鹿馬鹿しい、と言う顔をしていた生徒達の顔付きが、徐々に変わりつつあった










<教員室>



(最初は、はっきり言ってやりたくなかった。でも、変わったんだ)



教員室にいた教員、生徒は思わず黙って耳を傾ける

その静かな告白に



(どうせ、最後だから、とかそういうことは言いたくないよ。でも、これが最後になると思う)



スピーカーを見上げて、加持はにやっと笑った










<購買>



(だから、最初から諦めたりはしない。大変な役でも、諦めたりしない。
辛いことでも、僕は諦めない)



湯飲みを傾けていた碇夫婦は、息子の独白に聞き入っていた



「流石、私の息子だ」

「私の息子でもあるんですからね。あなた」



(今の、ジオフロント立ネルフ学園中等部三年生冒険科の生徒が全員集まって劇をするなんて、
こんな機会はもう二度と無いと思う。だから、僕は成功させたい!)










<放送室>



「失敗しても良いと思う、精一杯頑張れば、それも思い出になると思うから。
だから、中途半端なことをして、つまらない思い出は作りたくない」



二人は、呆気に取られていた

格好いいのだ

シンジが

予想外に



「・・・・・・・・だから、頑張ろう?」



にわかに、ステージの方から大声が聞こえた

ミサトの声だ

三人はステージに降りた



「はい、大道具!!準備はどう!!?」

「今日は無理でも、3日以内には形にして見せますよ!!!
大掛かりなセットの準備は時間が掛かるかもしれませんが、何とかして見せます!!!」

「良く言った!!!小道具!!!」

「加持先生が材料の調達に走ってます!!
帰還次第、作業に入りますが、今は大道具のサポートに廻ります!」

「OK!!!」



ミサトの携帯電話が鳴る



「もしもし!!こちら総監督!!」

(こちら衣装!!布が足りません!!)

「わかったわ!!ネルフ学園の名前で購入を許可します!!
最高の物を作りなさいよ!!」

(了解!!)



唖然とする三人

さっきまでの無気力な空気が嘘のようだった

皆、汗を流しながらそれぞれの作業を進めている



「シンジ君!!アスカ、レイ!!セリフ合わせいくわよ!!」

「「「は、はい!!」」」



体育館の一角には、役者一同が集まっていた

シンジの姿に、皆が肩を叩き、声を掛ける



「頑張ろうぜ!!シンジ!!」

「頑張ろうね!」

「絶対、成功させようね!!!」

「ど、どうしたの?みんな」

「細かいことは気にすんなや!!みんなやる気になっとんねんで!!」

「お前って、大した奴だよな!!」

「碇君、頑張りましょうね!」

「・・・・・・・・頑張りましょう」



時計の針は、9時を廻った

体育館では、今だ明々と電気が点いている

加持が指揮する大道具は休むことなく金槌を振るい、

小道具は細かい道具にも凝った作りを見せる

衣装は布と格闘し、針を指に突き刺しながら、

リツコの指示の下、演出の音響、照明、舞台装置は知恵を振り絞る

そして、役者一同



「ここで、踏み込んで剣を突き出す」



だんっ!!



ステージの床を踏み込む



「それを払って肩を狙った突き」



カキン!!

キュッ!!!



シューズの底が鳴る



「その突きを身を捻ってかわす。足下を斬りつける」



タッ

トンッ



「軽くジャンプ。バックステップで一旦距離を取る」

「合わせて踏み込む!」



ダンッ!!



弾丸が発射されるような鋭い踏み込みの音

そのまま数合剣を打ち合わせる



カンッ、カキンッ、キュッ!



「ここで剣を叩き落とす」

「そして、倒れる」



どたっ



「余裕を見せて歩み寄る」

「這って逃げようとする」

「剣を逆手に構えて振りかぶる!」

「ブーツに刺してあったナイフを抜いて突き立てる!」



ビュッ!



「数歩蹌踉めいて、倒れる」





「OK!!完璧よ!!二人とも!!」

「どんな感じでしたかね?」

「格好良かった!!セリフも入れたらかなりの迫力になるわ!!
青葉君もなかなかやるわね!!!」



舞台で斬り合っていたのは、ムサシとシゲルだった

主に、主役組は生徒、敵役組は教員、教員補佐の担当だ



「この調子だったら、絶対大丈夫ね」

「まだまだ!!シンジ!!あたしのシーンに付き合って!!」

「わかった!!」



張り切りすぎてる生徒達の様子に、担任教師は苦笑い

ミサト、リツコ、加持の三人は、それぞれの仕事がある

役者として出演することはないが、舞台裏の仕事として尽力している



いつまでも、金槌を打つ音が響き、セリフ合わせの声が消えることはなかった



「頑張っているようだな。葛城君」

「学園長!」

「台本は、もうできているのかね?」

「は、はい。これです!」



台本に目を通し始めるゲンドウ

ふと、ページをめくる手が止まった



「・・・・・ふむ、この枢機卿役は決まっているのかね?」

「あ、はい。一人二役で日向マコト教員補佐が担当することになっていますが」

「・・・・・・・ふむ、それは大変そうだな」



その時、件のマコトが姿を現した



「ふぅ、やっぱり一人二役は辛いですね」

「・・・・・・日向君」

「が、学園長!何ですか!?」

「その枢機卿役、私にやらせてもらえないかね?」

「「えええぇぇぇー!!!!!?」」



驚きの声を上げるミサトとマコト



「そ、それは手伝っていただけるのはありがたいのですが、学園長は・・・・・」

「問題ない。まるで私のためにあるような役ではないか。はまり役だぞ」

「そ、そうですけど・・・・・・」



実際、ミサトはマコトの枢機卿役には物足りなさを感じていた

黒幕、悪役らしくないのだ

その点、ゲンドウなら全ての問題は解消される

文句無く悪人面だし、人数が増えるのもありがたい



「しかし、日頃の激務の合間を縫っての練習というのは・・・・・・」

「問題ない。任せたまえ」



深夜まで、練習と準備は続いた

本番まで、いくらも時間がないのだ

できることは、できるときにやってしまわなければならない

体育館は、数日間中等部三年生冒険科の貸し切りになった










<校舎、屋上>



「・・・・・・成る程。演劇、か」

(見に行かれては如何でしょうか?)

「シンジ君達の劇かい?それもいいかもしれないが・・・・・・」

(良いではありませんか、兄様。きっと、シンジ様も喜ばれますよ)

「・・・・・・・気が向いたら、行ってみよう」

(はい)



いやに乗り気なサヲリだった



「サヲリ、もしかしてお前が見たいだけなんじゃないのか?」

(そ、そんなことはありません)

「・・・・・・・ま、いいさ」



実はその通りだったりする















彼らは、教室で顔を合わせれば、互いを励まし合い、稽古に励む

助け合い、協力し合った4日間は、あっという間に過ぎた





そして、11月3日はやってくる





学園祭、本番





午後7時より公開

中等部三年生冒険科、演劇



『亡国の詩』





つづく





後書き

今回は、T.Kの実際の心情です
本気でこう思ったときがありました
でも、自分にしかできないことがあって、それに専念することにしたんです
それが間違ってるとは思いませんが

悔しかったですね