「たああああぁぁぁっ!!!!!!」



アスカの振り下ろした長剣が、獣の使徒を切り倒した

ゆっくりと、呼吸を整える

振り返ってみれば、シンジもレイも同じ様な有様だ



「流石に、きついわね」

「20階層以降から、こんなに使徒が強くなるなんて・・・・・・」



ターミナルドグマ:第23階層

洞窟のようなつくりは、上層とさして変わりはない

しかし、不気味さと闇の深さでは、比較にならない

使徒の強さもまた、同様だった

しかし、そこには使途ではないものも潜んでいるのだった





君に吹く風


12月11日:毒








「ちょっと、休憩しましょ」

「そうね」

「そうしようか」



袋小路の部屋に突き当たったところで、アスカがそう言いだした

言うが早いか、壁に背を預けてへたり込んでいる

シンジも同じ様な有様だ

立て続けに魔法を使ったレイも、疲労はしている

それでも、決して表情に出しはしない

ポーチの中から、ドライフルーツを取りだしてシンジとアスカに配っている



「はい」

「あ、ありがと。綾波」

「Danke!レイ」



しばらく、座ったまま呼吸を整えていた



「随分、下層まで来たよね」

「そうね。でも、最下層ってヘヴンの第40階層でしょ?
まだあと、18階層も有るんだから」

「でも、卒業考査の範囲は第35階層までだったはずよ」

「どうして、最下層まで行かないのかしら?」

「危険すぎるからじゃないかな?」

「でも、行ってみたいじゃない。最下層に何があるのか」



干しアンズを囓りながら、アスカは熱弁を振るった



「冒険科に入ったときは、絶対地下迷宮を完全制覇してやるって思ってたわ。
教員だって、最下層に到達したのはいないんでしょ?」

「噂じゃ、父さんと母さんと、理事長だけらしいけど・・・・・・・・」

「だったら、尚更ね。絶対最下層まで降りてやるんだから」

「・・・・・・・・・・・・・アスカは、すごいわね」



レーズンを少しずつ口に運んでいたレイが呟いた

口の中にあった干しアンズを水で流し込んで、アスカは聞いた



「すごいって、何が?」

「ずっと前から、目標を決めて、今でもそれを忘れていないところが」

「執念深いだけよ。そんなに大したことじゃないわ。
それより、シンジとレイはどうして冒険科に入ったの?」



唐突な問いかけに、シンジは思わず干し洋梨を詰まらせそうになった



「ど、どうしてそんなこと聞くんだよ?」

「何となくよ。ね、どうして?」

「・・・・・・・私は・・・・・」



レイが、俯いたまま話し出した



「・・・・・・綾波、その話は・・・・・・」

「良い。アスカにも聞いてもらいたい。私の両親は、いないの。もう、死んでるわ」



アスカが息を飲むのが、はっきりわかった



「私の両親は、遺跡探索チームに入っていたらしいわ。
その時、学園長やユイさんがその遺跡に来ていたらしいの。
そして、その探索チームは全滅。
溢れ出してきた使徒に襲われそうになったとき、学園長とユイさんが助けてくれた。
そして、私はこの学園。ネルフ学園に保護された」

「そんな・・・・・・・・」

「全部、ユイさんに聞いた話。本当かどうかなんてわからない。
私の両親は誰なのか、私の故郷は何処にあるのか、何も、確かなものはないわ」



レイは、淡々と話した

二人とも、何も言えなかった



「だから、確かな物を捜すために、私は冒険科に入ったのかもしれない」

「・・・・・・・・そうだったんだ・・・・・・・」



アスカは、半ば呆然と呟いた



「シンジは、知ってたの?レイのこと」

「うん・・・・・・・・・・・知ってた。
僕も、小さいときからネルフ学園にいたんだ。
レイが来る前から、もしかしたら、僕はこの学園の医務室で産まれたのかもしれない。
どうしてかな?
僕には、確かな理由が思い出せないんだ。
何かあって、誰かと約束したんだと思う。
でも、それが誰だったか、どんな約束だったか、思い出せない。
冒険科に入ることは、もしかしたら産まれたときから決まってたのかもしれない」

「変な理由ね」

「うん。自分でも変だと思う。でも、本当にどうしてなんだろう?
自分でも、わかんないや」

「誰かと約束したって言ってたじゃない。その約束が関係してるんじゃないの?」

「・・・・・・う〜ん・・・・・・ごめん、そのことは、何も思い出せない」



シンジは、干し洋梨を囓った



「ね、私達、卒業したらさ。三人でレイの故郷を探しに行かない?
ついでに未発掘の遺跡を探索したりしながら世界中を旅してみない?」

「・・・・・・・・でも・・・・・・」

「夢は大きい方が良いじゃない。シンジだって、勿論手伝ってくれるわよね」

「うん、そうだね」

「よぉっし!!じゃ、卒業したら、三人で世界中を旅するわよ!!約束だからね!!」

「気が、早いわね。アスカは」

「何よ。レイ、そんな言い方しなくても良いじゃない」

「まだ、12月よ。後3ヶ月もあるわ」

「3ヶ月しかないのよ。卒業まで」

「そう言う見方も有るね」

「そろそろ、良いでしょ?休憩は終わり」



レイは立ち上がって、スカートの土埃を落とす

アスカとシンジも立ち上がった



「じゃ、行きましょっか」

「うん」

「えぇ」



三人は、再び探索を進めだした

先頭はアスカ

真ん中にレイ

最後尾はシンジがつとめる

レイの探知を頼りに、慎重に進む

使徒との先頭は最小限に止め、止むを得ず戦うときも短期決戦で一気に決める

最大の敵は時間なのだ



「・・・・・・前方に敵性反応。9つ」

「やりすごせるかな?」

「無理だと思うわ。一本道だし、迂回路はないと思う」

「じゃあ・・・・・・・」

「突っ切るしかないわね。向こうはもう気付いてるかな?」

「わからないわ。前方の約20m先」

「ラミエルなら射程距離ね。撃ってこないてことは近距離戦闘タイプか・・・・・・・
シンジ」

「わかってる」

「私も、いつも通り?」

「そう、手早くやるわよ」



シンジとアスカは詠唱を始める

詠唱合わせだ



「「スペルコード:エントリー!タイプ:ユニゾンダンス!!
スラッシュプログラム:ファンクション!フィールドレベル:11!
バーミリオン・ノヴァ:ドライブ!!」



巨大な朱色の火球が飛び出した

一本道の通路を塞ぎながら進む

火球が通った後には、炭の塊が転々と落ちていた



「あっけないわ」

「たいして強くなかったみたいだね」

「下がって!!!」



微かな反応を探知したレイが、二人を呼び止めた

その言葉が、シンジとアスカの命を救った

風景が滲んで、鋭い爪が繰り出されたのだ

咄嗟に後退していた二人は、辛うじてその攻撃を回避することができた



「な、なに!?こいつ!?」

「カメレオンの使徒!」

「そんなのいるの!!?」



いるのだ

ぐるぐると、大きな目玉を馬鹿にするように動かし、保護色から戻る

鮮やかな黄緑色をしたカメレオンだった

但し、普通のサイズの十数倍はあるだろうか?

四肢には鋭い爪

口には牙

鞭のような舌を迸らせる



「うわっ!」



バシッ!!



シンジは、振り下ろされた舌の一撃を、何とかかわした

しかし、かわすので精一杯だった

アスカがフォローに入る



「この、カメレオンの癖に!!」

「・・・・・・言ってることが無茶苦茶よ」



アスカがブンと長剣を振るう

その一撃を、予想していたよりも遙かに速いスピードで動き、カメレオンはよけた

そして、保護色で身を隠す



「くっ!レイ、探知できない!?」

「・・・・・・・・・・見えない、駄目!」

「たぁっ!!」



シンジは、床に向かってナイフを投げた

適当に、だ

しかし、ナイフは土埃を僅かに巻き上げただけだった



「くそっ!!何処にいるんだよ!!?」

「きゃぁっ!!」



アスカの手から、長剣が落ちる

手を覆っているアーマーグラブにひびが入っていた

痛みを堪えて、アスカは後退する

剣を拾う暇はない

それが奴の狙いかもしれないからだ



「シンジ!!なんとかしなさいよ!!」

「なんとかしろっていわれても・・・・・・・よし」



シンジは、久しぶりにこの力を使った

カヲルに習った、『力の流れ』を見切る術

ゆっくりと呼吸をし、精神を研ぎ澄ませる



「・・・・・・・・いた」



先ほど、アスカがいた所の真横の壁にへばりついている

こっちが見えていることに気付いていないのか、カメレオンはレイの方に目を向けていた

次の獲物に決めたらしい

しかし、その前にシンジが見切った



「たぁっ!!」



アスカとレイの目には、何もない空間を切ったように映っただろう

しかし、凄まじい断末魔の悲鳴が上がり、鮮血を噴き上げるカメレオンの死体がどさりと落ちた

自らの血で赤く染まったカメレオンは、何度か痙攣を繰り返していたが、やがて動かなくなった



「・・・・・・・・・はぁ・・・・・・・」

「いっ、痛たたたた・・・・・・・」

「大丈夫?アスカ」



アーマーグラブを外すと、アスカの手は真っ赤だった

骨は大丈夫なようだ



「畜生、あのカメレオン・・・・・・」

「大丈夫?惣流」

「ん、だいじょぶ。ちょっと、剣拾って」



シンジは、足下に落ちているヴァルムンクを拾って、アスカに手渡した



「っ!!!」



しかし、アスカは剣を取り落としてしまった

どうやら、うまく握れないらしい



「〜っ!!」

「惣流・・・・・・・今日の探索は、ここまでにしよう」

「それがいいわ」

「くっ・・・・・・悔しいけど、仕方ないわね」



三人は、来た道を戻りだした

アスカが戦線から外れるというのは、あまりにも大きな打撃だ

シンジ一人で前衛をつとめるのは厳しい

それに、疲労の加減も限界に近いのだ

しかし、こんな時に予想もしなかった災難は起こる



「よく見ると、ターミナルドグマにも虫とかいるんだね」

「そりゃそうよ・・・・・・・・・いない方が良いけど」



レイにはアスカの呟きがはっきりと聞こえたらしい

困惑顔のシンジ

その時!





「きゃあっ!!!」

「なっ!?」



アスカの耳の付け根。耳朶の辺りに蛇が噛みついていた

負傷していた右手側だったからだろうか

咄嗟に反応できなかった



「惣流っ!!」



シンジは蛇の頭を掴むと、口をこじ開けた

レイが、鋭く叫ぶ



「碇君。それ、毒蛇よ!」

「!」



シンジは短剣を抜くと、蛇の頭を切り飛ばして踏みつぶした

のたうつ胴体は蹴飛ばし、ファーストエイドキットを広げる



「くそっ!!この中にあるのは使徒用の解毒薬とかしかない!!」

「すぐに保健室に!!」

「いや、綾波は保健室に行って先生を呼んできて!僕は応急処置をするから!」

「わ、わかったわ!」



レイが慌てて走り出す

アスカは、傷口を押さえたまま蹲っていた



「惣流!大丈夫!!?」

「だ、大丈夫よ。毒蛇なんかの、ど、どくなんかで・・・・・」

「待ってて!応急処置をするから!」



シンジは、ファーストエイドキットの中で唯一使えそうな物

ポイズンリムーバーを取りだして、アスカの耳の付け根に押し当てた



「・・・・・・・・駄目だ。うまく当たらない」

「だ、大丈夫よ。し、搾り出せば・・・・・・・・」



しかし、アスカの指先はさっきから震えている

痺れているのだろうか



「・・・・・・惣流!」

「えっ!?な、なに!?」



シンジは、後ろからアスカの髪を掻き上げると、耳朶の傷口に口を当てた



「な、なにすんのよ!!!このへんたい!!」

「動かないで!!!」



いつになくきつい口調のシンジ

アスカは驚いて、そのまま固まってしまった



「・・・・・・・す、吸い出してくれてるの?」

「そうだよ。早くしないとまずいから」

「・・・・・・・・・くっ・・・・・・ん・・・・・・」



くすぐったいらしい

気恥ずかしさを憶えたが、そんなことを気にしている状況ではない

アスカは時々身じろぎをするが、シンジは後ろから押さえつけて離さなかった



「・・・・・・・・もう、いいかな?」



口の中に、大分血の味が濃くなってきた

アスカの耳朶から、唇を離す



「惣流、大丈夫?」

「・・・・・・・・ど、どうしてあんなことしたのよ」



アスカの顔は真っ赤だ

しかし、シンジは俯いて、暗い口調で言った



「蛇の毒は、痕が残るんだ」

「?傷の痕じゃなくて?」

「毒の痕。
小さかった頃、母さんの知り合いの人だったかな?
綺麗な人だったよ。婚約者もいた。でも、耳を毒蛇に噛まれたんだ。
ちょうど、さっきの惣流みたいに」

「そ、それで、どうなったの!?」

「・・・・・・応急処置ができなくて、耳から顔の3分の1くらいが、
内出血したみたいに青黒くなった」

「!!」



青ざめ、思わず傷口に手を当てるアスカ



「でも、その人は婚約者に見捨てられもしなかったし、結婚したよ」

「で、でも、何であたしにそこまでするのよ!」

「・・・・・・・・・・・惣流だって、女の子じゃないか。
そういうの、嫌じゃないの?」

「そ、そりゃ、この玉の御肌に傷が作ってだけでも相当嫌だけど・・・・・・」

「だったら良かったじゃないか。早く保健室に行こう」



シンジは黙って、アスカを背負った

当然、アスカは抗議する

かと思いきや、意外におとなしかった



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「どうかしたの?惣流」

「な、なんでもないわよ!」



頼りない背中だと思っていた

思っていたのに、どうしてこんなに広くてあったかいんだろう

自分一人で、何でもできると思っていた

でも、助けられた

思わず、涙が出そうになった










<迷宮昇降口>



「碇君!アスカ!」

「綾波!」

「無事なの?二人とも」



迷宮昇降口から出てきた二人を迎えたのは、レイとリツコだった

救急箱を手に持っている



「状況は?」

「はい、毒は何とか吸い出しました。傷口の処置をお願いします」

「わかったわ。焦らなくても良いなら、保健室に行きましょう。
その方が、処置がしやすいし」

「・・・・・・・・・・・・アスカ、寝てるわ」

「へ?惣流?」

「・・・・・・・・・・・・・・・く〜・・・・・・・」



穏やかな寝息をたてて、眠っていた

魅力的な寝顔だったが、シンジはその寝顔を見ることができなかった










<保健室>



「・・・・・・・・ん・・・・・・う〜・・・・・・あれ?保健室?」

「目が覚めた?傷の処置は終わったわよ。
取りあえず、傷痕が残らないようにはしたから安心なさい」



辺りを見回すと、シンジとレイとリツコがいる



「あれ?もしかして、あたし寝てた?」

「えぇ、シンジ君の背中でよく寝てたわ」



リツコの言葉に、シンジとアスカの顔が一気に真っ赤になる



「な、何言ってるのよ!・・・・・・」



返す言葉も、勢いがない



「ほらほら、怒鳴るくらいの元気が戻ったなら早く帰りなさい。
今日はお風呂に入らない方が良いわよ」

「げっ!か、体ぐらい拭いても良いわよね?」

「・・・・・・まぁ、風邪を引かないようにしなさい」

「は〜い」



教室に帰り、装備一式を片付けた

そして、三人は口数も少なく寮に帰る










<男子寮:シンジの部屋>



「はぁ」



ばたっ、とベッドに四肢を伸ばしてシンジは寝転がった

静かだった

すると、微かに自分の名前を呼ぶ声が聞こえた

起きあがって、窓を開ける

アスカが手を振っていた



「惣流、どうかした?」

「・・・・・・え、えっとさ、今日はありがと。助かったわ」

「大したことじゃないよ。気にしないで」

「う、うん」



暗くて良くわからないが、アスカの顔は真っ赤だ

言葉の歯切れも悪い



「・・・・・・・大丈夫?何処か調子悪いんじゃないの?」

「そ、そんなこと無いわよ!」

「でも、何かおかしいよ?」

「・・・・・・・・なんでもないわよ。
取りあえず、今日はありがと。それだけだから。じゃ」



一方的に言って、アスカは窓を閉めた

首を捻りながらも、シンジは部屋に戻る

よく考えてみた

今日の状況について・・・・・・・・



「・・・・・・・・!!!!!」



アスカの顔が真っ赤になるのも、わかるような気がした





つづく





後書き

う〜ん
ちょっと、どきどきさせられる展開です

ここまで来れば嫌でもわかるでしょう
「君風」はLASです