斬!!



「くっ・・・・・・ふぅ・・・・」

(兄様、大丈夫ですか!?)

「あぁ、大丈夫だよ。サヲリ。
・・・・・・・・それにしても、随分刺客が多くなったな・・・・・・」



カヲルの足下には、溶けてゆく死体が2つ転がっている

改造人間の刺客だ



「・・・・・・そろそろ、シンジ君とも別れるべきだろうか・・・・・・」

(兄様。やはり、シンジ様には・・・・・)

「シンジ君を巻き込むわけにはいかない。
・・・・・・・・彼は、僕らにとって、最初で最後の友人さ」

(・・・・・・・・)

「知恵の実も、既に手の内にあることが分かった。
これ以上、彼を巻き込むわけにはいかないんだ・・・・・・・」





君に吹く風


12月19日:別れ






<校門>



「おはようございます。カヲルさん」



シンジは、沈んだ表情でカヲルに挨拶をした

珍しいシンジの表情に、カヲルは眉を寄せた



「どうしたんだい?酷い顔をしてるじゃないか」

「・・・・・・・・実は・・・・・・・・」



口ごもるシンジ

カヲルは、決して急かすようなことは言わない

穏やかに、微笑む



「・・・・・・友達に、惣流っていう女の子なんですけど、
ずっと、同じチームでやって来たんです。それなのに、最近、急に・・・・・・」

「避けられている?」

「・・・・・・そうなんです。
昨日も、一緒に探索に誘ったら、断られて、こんな事、一度もなかったのに!」

「・・・・・・・・・・とにかく、いつもの場所へ行こう。
あそこなら、ゆっくり話を聞くこともできる」



弟を宥めるような口調で、カヲルはそう言った










<ジオフロント:森林区画>



「・・・・・どうしてでしょうか・・・・・何で、惣流は・・・・・・」

「彼女は、強かったんだね」

「はい」



アスカは、実際強かった

戦い以外でも天才的だった

それでいて、慎重さも備えている

そんな、女の子だった



「何て言うか、男子顔負けの強さでした。
僕なんかよりも・・・・・・ずっと、強かったです」

「・・・・・・・きっと、彼女は自分の強さを持て余してるんじゃないのかい?」

「・・・・・・?」

「彼女は、自分の強さに苦悩しているのかもしれない。
・・・・・・・・・普通の、女の子に、今更なれないことに、苦悩してるのかもしれない」

「普通の、女の子?」



シンジの問いかけに、カヲルは何も言わない

遠い目をして、急に全然違う話を切りだした



「シンジ君。君には、特別な人がいるかい?」

「特別って・・・・・いませんけど」

「・・・・・・・僕には、妹がいた。いや、いる」



カヲルの顔からは、いつもの微笑が消えていた

シンジはその横顔を、畏怖が混じった表情で見つめる



「・・・・・・・・・賢くて、綺麗な子だった。良く、僕に抱き付いたりして、ふざけていたよ」

「僕は、一人っ子ですから、そういうのって憧れますね」

「そうかい?
・・・・・・・・・・・サヲリという名前なんだ」



シンジには見えないが、カヲルの肩をサヲリが後ろから抱きしめていた



「サヲリのためなら、何だってできる。どんなことでも・・・・・・・」

「あの、その妹さんは今・・・・・・・」



カヲルは、首に掛けているロケットを外して、シンジに渡した

中には、カヲルと、シンジは顔を知らないが、サヲリが映っている写真がある

幸せそうに、笑っていた



「・・・・・・・ここにいるよ」

「・・・・・・・・・・・・」



カヲルは、それ以上言わなかった

シンジはロケットをカヲルに返した

カヲルはそれを受け取ると立ち上がり、黙って鞘ごとの刀を構える



「さぁ、始めようか?シンジ君」

「・・・・・・・・・・はい」



シンジも、刀を抜いた



「そろそろ、一本取られそうかな?君は本当に強くなっている」

「・・・・・・・まだまだですよ」

「謙遜だね・・・・・・行くよっ!!!」



カヲルから仕掛けてきた

落ち葉を巻き上げ、シンジの顎を狙って鞘ごとの刀を突き出す

シンジはその一撃を避け、鍔競りにもっていく



「今のがかわせるとは・・・・・・やはり君は強くなった」

「今度は、こっちの番です!!!」



シンジは連撃を繰り出した

凄まじい速度で繰り出される刀

受け止めるたび、カヲルの掌に衝撃が走る



「やるね。流石だ」

「くっ!」


余裕とも受け取れる言葉と共に、カヲルはシンジの刀を弾き飛ばした

そのまま後退し、間合いを取る



(さぁ、何を見せてくれる?)



カヲルはそんなことさえ考えていた

シンジは、なかなか動かない

お互い、様子を伺ってなかなか身動きがとれないようだ

シンジの頬を、汗がつたう

カヲルは鞘ごとの刀を腰に戻した

そして、右足を踏み出し、柄に手を掛ける

抜刀術、居合いだ



「・・・・・・いよいよ、本気ですか?」

「本気・・・・とは言い難いがね」



じっとりと、シンジの掌に汗が滲む

カヲルは真剣な表情になり、シンジを見つめる



「さぁ、行くよ!」



掛け声と共に、カヲルの姿がかき消えた

そのように、シンジの目には映った

しかし、それは違った

漆黒の刃は風を切り裂き、ほんの髪の毛一本分ほどの差でシンジの首に触れていない

冷や汗が、背中を伝う

カヲルが笑った



「やっぱり、まだ無理かな?」

「・・・・・・・・」



今になって、全身に震えが来る

怖かった



「ショックかい?シンジ君」

「・・・・・・・」



震えながら、シンジは頷く

カヲルの手の中に収まっていた漆黒の刃は、鞘の中に吸い込まれていった

鍔が、優しい音を立てる



「気にすることはない。君は春に比べればずっと強くなった。身体も、心も」

「そんなこと・・・・・・・・」

「謙遜することはない。自分の強さというのは自分では分かりにくいのかもしれない。
でも、僕が保証しよう。君は強くなったよ」

「・・・・・・・今日は、随分持ち上げますね」



シンジの顔にも、強ばっているが笑みが戻った

カヲルもその顔を見て微笑んだ



「免許皆伝・・・・・とは言い難いけど、もう卒業の頃合かもしれない」

「えっ?」

「前に言ったね?僕には探している物があると」

「は、はい」

「それが、見つかったんだ」

「えっ!?」



カヲルは寂しそうに笑った



「ごめん、シンジ君。もう、君に会うのは今日が最後だ」

「そんな!急に、そんなこと・・・・・・」

「本当に、済まないと思っている・・・・・・・」

「せめて、せめて、僕が卒業してみせるまで、居てくれませんか!?」



シンジは必死だった

カヲルは、自分の卒業のために手を貸してくれたのだ

恩に報いるには、卒業してみせることしかないのに・・・・・・・・



「済まない・・・・・・それも無理なんだ」

「そんな・・・・・・」

「君が無事、卒業できるように祈っているよ」

「・・・・・・・・・・」



シンジは俯いていた

カヲルは何も言わなかった

しばらくの間、二人はそうしていた

突然、シンジは顔を上げ、カヲルに言った



「今まで、今までありがとうございました!!
絶対卒業して見せます!!卒業したら、世界中捜してでも会いに行きます!!」

「・・・・・・・・・ありがとう、シンジ君」



それが、別れの言葉になった

シンジは、走って帰った

振り返らず、走った

その後ろ姿を見ながら、カヲルは呟く



「・・・・・・僕は、嘘つきだね・・・・・・」

(・・・・・・・・)

「きっと、僕の本当の目的を知ったら、彼は許さないだろうな・・・・・・・」

(兄様・・・・・)

「さぁ、行こうサヲリ。僕らに残された時間は、もう幾らもない」

(はい、兄様)










シンジは走っていた

何故か、涙が溢れてきた

視界が滲んで、うまく前が見えない

校舎の前まで来て、目の前に立っているのが誰なのかも分からなかった










<校舎前>



「・・・・・・シンジ」

「惣流・・・・・」



そこに立っていたのは、アスカだった

思い詰めた表情、落ち込んだ顔

そして、手に持っている白い封筒を押しつけるようにシンジに手渡した



「・・・・・・・ごめん、読んでね」

「ちょっと、惣流!!?」

「それじゃ」



アスカは走り去った

制止の言葉を無視して、シンジの視界から消えてゆく

溜息を一つつくと、シンジは封筒を見た



「碇シンジ様」



真っ白な封筒にはそう書かれている

糊で貼り付けてある口を破って、中を取りだした

便箋が一枚

目を通すのに10秒も掛からない文書

その内容は、極めて重要な物だった










<女子寮:アスカの部屋>



ばふ



枕に顔をうずめて、アスカは寝転がった

しばらくそのまま動かない

今更、後悔の波が押し寄せてきた

どうしてあんな手紙を渡したんだろう



・・・・・・それは、自分の気持ちに決着を付けるため



どうしてあんな事書いたんだろう



・・・・・・それは、自分の想いを伝えるため



どうしてあたしはアイツを好きになったんだろう



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





鼓動が早い

ネガティブな思考が渦巻いている

泣き出す一歩手前のような顔だということに、彼女は気付いているだろうか



起きあがって、鏡の前に立つ

酷い顔だった



「・・・・あは、酷い顔・・・・」



呟いて、顔を洗う

手にすくった水を、顔に叩きつけるように










<男子寮:シンジの部屋>



シンジもまた、悩んでいた

アスカの手紙を読んでいる

何度も、何度も、読んでいる

書かれている内容に暗号的側面がないとするなら、ごく当たり前の解釈をするなら



シンジは悩む

何故、アスカはこんな手紙を渡したのか



もしかして、惣流は僕を騙そうとしてるんじゃないだろうか



・・・・・・・有り得ない。アスカのあの態度はそんなこと考えてる態度じゃない



もしかして、惣流は僕を馬鹿にしようとしてるんじゃないだろうか



・・・・・・・有り得ない。アスカは真剣だった



もしかして、惣流は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・










<教員室>



ミサトの机上

そこにあるのは書類の束

書類の束が、書類の山になって、

書類の山が、書類の壁となっている

案の定、ミサトは書類の壁を格闘していた



「はぁ、もぉ何でこんなに書類が溜まってるのよ!!!?」

「溜まったんじゃなくて、溜めたんだろ?」



ぼやくミサトにつっこみを入れるのは、加持

コーヒーを啜りながら、呆れた口調で言う



「その分じゃ、今年の聖夜祭は、葛城は欠席か」

「ちょ、ちょっと、手伝ってよ!加持君!!」

「駄目だ。自分の仕事だろ?自分でやれよ」

「加持の馬鹿ーっ!!!!!あたしが聖夜祭に行けなくなるのがそんなに嬉しいかーっ!!!」

「・・・・・・あぁ、後片付けが楽になるな」

「薄情者ーっ!!!!」

「急性アルコール中毒で倒れる生徒もいなくなるだろうし、
(去年、シンジとケンスケが倒れた)
よし、生徒と教員と、学校のために葛城。お前は聖夜祭は欠席するべきだ」

「人でなしーっ!!!!!」

「嘘だよ」



しれっとした口調

底意地の悪い笑みを浮かべて、加持は言った



「生徒も、葛城が来るの楽しみにしてるのはいるからな。
とっとと書類整理、終わらせろよ」

「で、でも、こんなにあるのに・・・・・・・」

「わかったよ、手伝ってやるから」

「さっすが、加持君!!」

「今度奢れ」

「・・・・・・・・・・・割り勘で良い?」

「駄目」









<女子寮:食堂>



「最近のアスカって、おかしくない?」

「いつも、部屋に閉じこもってるし・・・・・・」

「体調が悪いのかしら・・・・・・でも、それにしても」

「最近の惣流さんは、妙ですね」



食堂で顔を突き合わせているのは、マナとヒカリとレイとマユミだ

話題は「最近のアスカ、その謎」



「聖夜祭にも、行かないっていったのよ。ホントにおかしいわよね」

「えっ!?アスカ、聖夜祭に来ないの!?」

「・・・・・あんなに、楽しみにしてたのに。アスカ」

「聖夜祭の日に、何か予定があるのでしょうか?」

「でも、ずっと前から知ってたんでしょ?予定なんか入れるかなぁ?」

「やむを得ない事情があって、予定が入ったのかも・・・・・・・」

「聖夜祭を欠席するほどの?」

「「「「・・・・・・・・うぅ〜ん・・・・・・」」」」



考え込む四人

マナが、三人に聞いた



「ねぇ、あたしは初めてだから知らないんだけどさ。
聖夜祭を欠席する生徒って、毎年いるの?」

「ほとんど、いないわ」

「当日、風邪とかで出ることができない生徒はいるけど・・・・・・・」

「予定があって欠席する生徒というのは、まずいませんね」

「そうなんだ・・・・・・・じゃあ、アスカの行動はますます不可解よね」

「碇君の様子もおかしい・・・・・・・・」

「惣流さんが気になるんでしょうか?」

「もしかして、アスカの様子がおかしいのはシンジのせい?」

「どうして碇君が?」

「例えば、碇君とアスカは人には言えないような関係で、聖夜祭の日に・・・・・・・」

「有り得ないわ。碇君に、そんな甲斐性はないもの」

「・・・・・・・レ、レイ。そこまで言わなくても・・・・・・・」

「も、もしかして、アスカの両親がクリスマスくらい帰ってきて欲しいって言ったとか」

「それで、シンジの様子がおかしいこととの関連性は?」

「え、えっと、碇君に話したらショックを受けた」

「それだったら、先に私達に話している方が自然だと思うわ」

「そうかなぁ・・・・・・」

「惣流さんは、聖夜祭を楽しみにしていたんですよね。
それなのに、行くことができないと言うのは・・・・・・・・・」

「「「「・・・・・・うぅ〜ん・・・・・・」」」」



やっぱり、頭を捻る四人

その頃、男子寮でも同じ様な会議が開かれていた










<男子寮:食堂>



「最近のシンジって、おかしくないか?」

「いっつも、部屋に閉じこもっとるしなぁ」

「体調でも悪いのか?」

「どうだろう・・・・・・・最近のシンジは、妙だよね」



食堂で顔を突き合わせているのは、ケンスケとトウジとムサシとケイタ

話題は「最近のシンジ、その不可解」



「シンジは、悩むことは多いけど、そんなに考え込んで自爆するような奴じゃないんだけどな」

「せやな。今回は特別な問題なんとちゃうんか?」

「特別って、何だよ?」

「例えば、どんな問題?」

「せやな・・・・・・・・・・女絡み」

「有り得ない!!絶対に有り得ない!!!」



力一杯否定するムサシ



「ま、それはわからないぜ。シンジって結構もてるんだろ?」

「噂は、色々やな。今年になってから強うなったし」

「1、2年の時なんかは、筆記だけだったのにな」

「まぁ、それは良いとして、仮に女絡みだとしたら、誰となんだろうな?」



考え込む四人

最初に口を開いたのはケイタだった



「やっぱり、綾波さんかな?」

「せやろか?」

「惣流も最近おかしいんだよな。もしかして、惣流なんじゃないのか?」

「そりゃないだろ?あの惣流がそんなこと・・・・・・・」



ムサシの言葉に、一同は最近のアスカの表情を思い浮かべる

いつもの、生気に満ちた顔ではない

繊細で、儚げな横顔

少ない口数

半分、忘れかけていたが、アスカは美少女だったのだ



「・・・・・・・・・・ま、まぁ、最有力候補は綾波さんじゃないのか?」

「でも、他にもマナとか山岸さんとかいるけど?」

「あのな、ケイタ。“あの”マナに限って、そんなことあると思うか?」

「・・・・・・・・・無いことは無いと思うけど・・・・・・・」

「マナじゃない。断言できる。山岸さんは・・・・・・・良くわからないところがあるからな」

「山岸さんって、Bの委員長だろ?あの、夢魔の使い手とか言う・・・・・・・」



マユミが夢魔の使い手であると言うことは、3年生の周知の事実となっていた

だからといって、何かが変わったわけでもない

むしろ、マユミに人気が出てきた

探索に誘われるようになったし、避けられたりするようなことはなかった



「まぁ、最有力は綾波やな。次が惣流。他にも女は色々おるけどなぁ・・・・・・・・・」

「でも、シンジがあれほど悩む相手って・・・・・・・」

「綾波さんだったら、そんなに悩むこともないんじゃないのか?幼なじみなんだろ?あの二人」

「・・・・・あのさ、ムサシ。幼なじみだからこそ悩むこともあると思うんだけど」

「そりゃそうやな」

「じゃあ、惣流か?それって考えにくく・・・・・・・・・・はないか」

「何にしても、俺達が考えても仕方がない問題ではあるよな」



ケンスケがそう結論付けて、この会議はお開きとなった





























<シンジの部屋の机の上:アスカの手紙>



碇シンジ様



12月25日

午後7時に3年C組の教室に一人で来てください

夜が明けるまで、待っています



惣流アスカ・ラングレー





つづく





後書き

・・・・・・・・・・・どうしよう