「い、一体、何がどうなってんのよ〜っ!!!!!!!!!!」



葛城ミサト作戦部長の悲痛な悲鳴が響き渡った

場所は、伊豆半島海岸線防衛ライン

イスラフェルと呼称することに決めた使徒と戦闘中のことだった





君がために風は吹く


第6幕:イスラフェル・ハザード





少し時間を巻き戻そう



カヲルがコンタクトをとったその時、彼女は自室のベッドに寝転がっていた










<マンション・・・・・・・>



『レイさん、聞こえるかい?』

「?・・・・・・・・何、今の声・・・・・・・」

『僕だ。渚カヲルだよ』

「渚・・・・・・カヲル?・・・・・・・・・えっ、渚さん!!?」

『そうだよ。やっとわかってくれたかい?』

「な、何?何なの?一体どうしてこんな事になったの!!!?」

『落ち着いて。詳しいことは僕にもわからない。
ここから先は推測だけの話になるけど、良いかな?』

「・・・・・・・・・・はい」

『君がどうして異なる時間軸の存在と入れ替わってしまったのかはわからない。
はっきり言って、こちらとしても手の打ちようがないんだ』

「・・・・・・・・私が何とかするしかない・・・・・・ということ?」

『そう。原因は、恐らく“リリスの力”だろう。
というか、それ以外に原因となりそうな物は考えつかない』

「・・・・・・・・・・でも、私にもどうして良いか・・・・・・・」

『そっちの世界にも、エヴァがあるのかい?』

「えぇ」

『今回の一件、エヴァが絡んでいる可能性もある。
迂闊にリリスの力を使うのはやめた方が良い。その世界を滅ぼすことになるかも知れないから』

「わかったわ。そっちの世界も、一度滅ぼしているから」

『・・・・・・・・・・・?』

「あなたを助けに行ったとき、サードインパクトを起こしたのよ」

『・・・・・・・・・・・・・・・・』

「大丈夫。気を付けるわ」



虚空に向かって、ブツブツ呟くレイ

ここが自宅であり、人目がなかったのは幸いであろう

何故って、かなり怪しいからだ

ホントは頭の中の思考をカヲルは拾い、受け答えもできる

まぁ、しかしなかなかそんな器用なことはできないもので

レイは虚空に向かって独り言を呟いている

はっきり言って、ただの怪しい人にしか見えない



「・・・・・・・・・そっちの世界の私の体はどうなってるの?」

『どうやら、この世界の君とそっちの世界の君は入れ替わったらしい』

「じゃあ・・・・・・・・・」

『僕らの世界には、今君が居る世界の“綾波レイ”がいる。
まだ状況が把握できていないのかもしれないけど、随分冷たい娘だね』

「急に別世界の自分を入れ替わるなんて状況、把握できる方がおかしいと思うわ」

『違いない。今はアスカさんやシンジ君達が面倒を見てくれているから、心配は要らないよ』

「こっちの世界は、変なところ」

『どんな風に?』

「エヴァも使徒もすごく大きい。それに・・・・・・・・」

『?』

「みんな、すごく冷たいわ。ギスギスしあって、息苦しいくらい。
この世界の碇君は・・・・・・・・学園長に捨てられてたみたいで・・・・・・・・」

『・・・・・・・・・辛い世界だね』

「葛城先生も、赤木先生も、冬月理事長も、みんな何処かで警戒してる」

『・・・・・・・・・・・・・』

「人類の存亡を賭けて、みんな戦ってるっていうけど、何だか変。
まるで、お互いが利用し合っているだけみたい」

『・・・・・・・綾波さん。今、僕は初号機のコアに残っていた君の意識を辿って、
君のいる時間軸に辿り着いた。君に同じ事が出来ないかな?』

「?ごめんなさい。どういうことなのか、わからない」

『・・・・・・・・・そうか』

「あなた達は、この世界にいた私をお願い。私は私で何とかするわ」

『わかった。じゃあ、あとで』

「また、連絡して」










<総司令執務室>



「・・・・・・・・・錆び付いた歯車を取り除かねば、時計の針は進まない」



だだっ広い総司令執務室

赤木リツコに向かって、碇ゲンドウはそう口にした

その言葉がどんな意味を持つかを、彼女はすぐに理解した

いや、理解できてしまった



「何としてでも、レイを作り直せ」

「しかし、それでは魂が・・・・・・・・・・」

「零号機のコアからサルベージすれば問題はあるまい」

「・・・・・・・・・」



最後の逃げ道を叩き潰され、リツコは為す術もなく黙り込んだ

ゲンドウは冷酷に、逃げ道を無くしたリツコにとどめの一言を投げつけた



「所詮、紛い物の魂だ。何とでもなる」



サングラス越しに、いつも一人の女性の姿を追い続ける男



(・・・・・・・・哀れね)



それは幻想です



その一言を突きつければ、どんなに楽になれるだろう

多分、次の瞬間撃ち殺されているだろうけど



(でも・・・・・・・・それは、私も同じ・・・・・・・・・)



返す言葉もなく、白衣の裾を翻し、彼女は総司令執務室を退室する

愛した男に、憎い女を殺せと命ぜられた

そう思えば、この狂った出来事も受け止められる

しかし、違うのだ

彼女は、あの憎い女とは違うのだ



思考の泥沼にはまりつつ



警報が鳴り響いた










<発令所>



「伊豆諸島沖合を警戒中の巡洋艦“はるな”より入電。未確認移動物体を確認。データを送る」

「照合は?」

「・・・・・・・・・回答が来ました。パターン、青です!」



指示をくれるミサト

その言葉に、機械のような素早さで対応するオペレーター達

リツコも発令所に来た



「第三新東京市全域に特別非常事態宣言!総員、第一種戦闘配置!!」

「了解!」

「エヴァ各機の状況は?」

「零号機、弐号機の発進準備完了まであと357秒。
初号機は装甲の換装、素体の修復は完了していますが、最終調整が未完了です」

「リツコ、出撃は・・・・・・・」

「・・・・・・・・戦闘は無理ね。シンクロにノイズが入るから、それだけ戦力にならなくなる」

「仕方ないわね・・・・・・・レイとアスカは?」

「両機のパイロットは搭乗準備中。初号機パイロットは待機中です」



三人のオペレーターに、忙しく指示を出す

あちこちから来る怒濤のような報告を洩らさず聞き取り、嵐のような指示と命令を各所に飛ばす



「目標が上陸する前に迎撃するわ」

「了解、両機は地下ルートから出撃させます」










<弐号機エントリープラグ>



『アスカ、準備は良い?』

「はいっ!!」

『今回、初号機は未だ出撃できないから、零号機と弐号機で対処してもらうわ』

『・・・・・・・・・・戦力に不安を感じますが・・・・・・・・』



レイがミサトにつっこむ

もっともだ



『使徒がこっちの事情を考えてくれるなら良いんだけどね・・・・・・・
ごめんなさい。二人で頑張って!』

「『はい!』」



モニターに映るレイの顔に、アスカは話しかけた



「頑張りましょうね!レイさん!」

『えぇ』



やっぱり、この世界のアスカには馴染めない

元居た世界のアスカは、首根っこをひっ掴んででも引きずって行くパワフルさがあった

しかし、このアスカはどうもそういう勢いが感じられない

まぁ、そうして欲しいわけではないけど、何となく違和感を感じてしまう










<零号機エントリープラグ>



「・・・・・・・・・・葛城先生」

『何?レイ』

「目標は、どんなのですか?」

『どんなの、って・・・・・・・・詳細は不明。人型に近いということは報告されているわ』

「人型・・・・・・・・・・・・・・・」



頭の中のデータベースをほじくり返す

名前がある特殊な使徒の中で該当するのは、

サキエル

イスラフェル

この二つしかなかった

下級な獣の使徒や、上級使徒を含むと多すぎるが、

それでも「人型」という外見に該当するのはそういない

そして、サキエルは既に殲滅しているという

映像記録で見た。彼女の常識からすれば考えられないほど巨大なサキエル

奴が初号機の頭を撃ち抜き、暴走した初号機がサキエルを叩き潰した

同じ使徒が二度現れない保証はないが・・・・・・・・



『レイさん・・・・・・・レイさん!』

「渚さん!?」



思わず口に出してしまうレイ

それを聞いたミサトが怪訝に思って・・・・・・・・



『レイ、どうかしたの!?』

「すみません。独り言です」



そう言って、プラグ側からモニターをOFFにした



『レイさん・・・・・・・・今はどういう状況なんだい?』

『この世界のエヴァで出撃するところよ』

『その変な服も?』

『・・・・・・・・・・・・一応、ね』

『それよりも、出撃というのは?』

『相手は恐らくイスラフェル。分裂されると厄介な相手だわ』

『この世界の使徒というのも、僕らの世界の使徒と同じなのかい?』

『大きさが桁違いに大きいわ。それ以外はほぼ同じと言っても良いわね』

『なるほど・・・・・・・・それで、他には』

『・・・・・・・・・・ごめんなさい、詳しいことを話している時間はないようだわ』



発進準備完了

発令所側からモニターをONにされ、ぼんやりした顔付きを見られていたらしい

ミサトが心配そうな顔をしていた



『レイッ!!!しゃきっとしなさい!!!』

「はい。葛城先生」

『ったく・・・・・・・・準備は良いわね!?出るわよ!!!』



強烈なGが体を襲う

カヲルの思念はとっくに消えていた










<海岸線防衛ライン:零号機プラグ>



海面を割って、奴が現れた

灰色の、取って付けたような人型の巨躯

まごう事なき・・・・・・・



「イスラフェル!!」

『な、何?どうしたんですか?レイさん!!』

「アスカさん。迂闊に仕掛けないで!赤木先生!!」



モニターに、リツコの顔が映る

「先生」と呼ばれたからなのか、理由は定かではないが顔が不機嫌そうだ



『どうしたの?』

「魔法の使用許可をお願いします!」

『駄目よ』

「どうしてですか!!?」

『戦自やら、ネルフとは無関係な“目”が多すぎるわ。兵装のみで対処して』

「でも!」



その会話に、アスカが割り込んできた



『レイさん!来ます!!』

「くっ!!」



イスラフェルが前進を始める

パレットライフルを構えるは零号機

戦自の戦車の主砲が火を吹いた

それに合わせて、弐号機はソニックグレイブを片手に突進、跳躍



「アスカさん!!待」(って!!!)

『任せてください!!!』



間に合わなかった

弐号機が振り下ろしたソニックグレイブは、イスラフェルの頭頂から股間までを、

真っ直ぐに両断した

しかし、まるで肉の方から裂けたかのような不可解な手応えを感じるアスカ

グレイブを握り直し、すぐさま後ろにとびすさる

その判断は正しかった



「やっぱり・・・・・・・・」

『イ、インチキですよ・・・・・・・・こんなの・・・・・・・・』



呻くように呟く二人

目の前にいるのは、2匹のイスラフェルは、何だかちょっと小さくなったような気がする

棒立ちになって、隙だらけのように見える



『たーっ!!!』



自棄になったアスカが、今度は真一文字にかっさばいた

胴切りにされるイスラフェル二匹

しかし、それは二匹のイスラフェルを四匹にしたにすぎなかった

やっぱり、ちょっとずつ小さくなっている

もう、許可なんて言ってる場合じゃない

レイは零号機のコアに意識を集中

胸部装甲板をぶっ飛ばして、真紅の光を湛えたコアが露出した



「アスカ、避けて!!」

『えっ!?』

「マジックプログラム:ファンクション!フィールドレベル:17!!
アイシクル・ランス:ドライブ!!」



ATフィールドから生み出された氷の騎兵槍が、四匹のうちの一匹のコアを貫いた

レイの常識から言えば、これで一匹は片付いたはずである

思惑通り、コアを完全に貫かれた奴は、分裂することも立ち上がることもなかった



「いける・・・・・っ!!!」



動かない三匹

しかし、レイの思惑通りに進んだのはここまでだった

恐慌にかられた戦自の戦車隊が、一斉に砲撃を開始したのだ



「ちょ、ちょっと!!?か、葛城先生!!砲撃をやめさせてください!!」

『そんな事言われたって・・・・・・・指揮系統が違うんだからどうしようもないわよ』

「でも、そんな事言ってる場合じゃないんですよ!」





その時になって、レイはやっとイスラフェルの考えを読みとった

奴が動かなかったのは、こうして分裂させてもらう為なのではないか・・・・・・・?





事態は劇的に進行してゆく

瞬く間に、伊豆半島海岸線防衛ラインは、人間大の大きさまで小さくなった

しかし、それでも2mほどある、無数の、雲霞の如きイスラフェルに蹂躙された

戦車隊が壊滅した

エヴァも応戦しきれなかった

爆撃編隊が飛来した

NN爆雷が投下された

伊豆半島の3割が消し飛んだ



それでも、今でも奴は未だ健在で、自己修復しながら侵攻の機会を待っている





と、いうところで現在に至る










<ネルフ本部:記録室>



「本日、午後3時58分15秒。目標の攻撃によりエヴァ零号機及び弐号機は撤退。
戦略自衛隊、戦車大隊壊滅。移送ルート26、完全閉鎖」



ナレーターを努めるマヤが、先の戦闘についての報告を始めた

この部屋にいるのは、しょげ返った顔付きのレイとアスカ

ミサトにリツコにシンジ、冬月とゲンドウ

最後に、マヤというところ

そして、モニターに映る両機の姿

あちらこちらに大小のイスラフェルがまとわりつき、鉤爪を装甲の隙間に突き刺している

零号機に至っては、露出したコアに打撃を受けていた

戦車に取り付き、エヴァの移送ルートから侵入しようとする奴まで

小さなイスラフェルは、かつての巨体以上の惨禍をもたらせることに成功していた



「午後4時3分を以て、作戦指揮権を戦略自衛隊に譲渡。
爆撃部隊が新型NN爆雷を投下」



切り替わる写真

一面の焦土と化した伊豆半島の一角

木々は焼き払われ、砂浜は一瞬でガラスと化し、それさえも溶けていった



「目標の活動を止めることに成功」

「これ、死んでるんですか?」



アスカが、振り返って誰とも無しに聞いた

帰ってきたのは、ミサトのだれきった声だった



「んなわけないでしょ・・・・・・・・」

「MAGIの予想では、再度侵攻は5日後と予測されています」



どんよりと沈んだ空気が、記録室に流れる



「パイロット両名」

「「は、はいっ!」」



出し抜けにゲンドウに声を掛けられて、うわずった声で応える二人



「・・・・・・・・・これは、遊びではない。生き残るための戦いと知れ」

「・・・・・・・・・・・・・・」



違う

やっぱり、この人は学園長じゃない



「それと・・・・・・レイ」

「は、はい」

「話がある、残れ。他の者は配置に付くように」



そう言われて、アスカとミサトとリツコ、マヤは席を立った

シンジは、ゲンドウに



「父さん、綾波に話って、一体・・・・・・」

「お前には関係ない」

「でも、綾波を責めないでよ。使徒がどんな奴かなんて誰にもわからないんだし・・・・・・・」

「シンジ」



サングラス越しの視線に射すくめられて、シンジは喉を凍らせた



「その失敗は、何度も許されることではない。そんなこともわからんのか」

「・・・・・・・・・・でも」

「まだ、何か言いたいことがあるのか。無いのならば帰れ」

「・・・・・・・・・・・・・・・」



シンジは、黙って、俯いて、唇を噛みしめて、記録室を後にした

部屋に残っているのは、ゲンドウと冬月

そして、レイ



「レイ」

「は・・・・・はい」

「正直、私はお前が別世界から来た人間と言うことを信用していなかった」

「・・・・・・・・・?」

「しかし、第5使徒との戦いを見て確信した」



第5使徒。ラミエル

あの時、初めて魔法を使った・・・・・・・・



「お前は、この世界には不要だ」



この言葉を最後に、レイの記憶は混乱している

銃のような物を構える冬月の姿

ぷしゅっ!という音

胸に突き刺さる20cmはありそうな針

それが麻酔針だと言うことに気付くよりも早く、彼女の意識は闇の中に転がり落ちていった










<ネルフ学園:研究室>



「?」

「兄様・・・・・・・・」

「あぁ」



頷き合う二人

しかし、それでは後ろにいる野次馬の面々には何もわからない

ちなみに、雁首揃えている面々は、

シンジ、アスカ、ヒカリ、トウジ、ミサト、リツコ、惣流隊5名、(別世界の)レイ

代表して、アスカが文句を言った



「ちょっと、一体何があったのよ!?わかるように説明しなさいよ!!」

「詳しいことはわからない。でも、レイさんの身に何かあったことは確かだ」



固い声で言うカヲル

どよめく一同

シンジが言った



「綾波に、何があったんですか!!?」

「そこまではわからない。でも、彼女の意識が全くない」

「寝てる・・・・・んじゃないかしら?」



聞きようによっては、かなり的確かも知れないが、

聞きようによっては、ただのお気楽な意見に過ぎないことをのたまったのは、意外にもヒカリ



「そうじゃないと思う。寝てるときでも、表層意識を感じ取ることができる。
でも、それもできないんだ。、薬か何かで強制的に意識を失わされているのかも知れない」

「他に何かわからないの!?」

「申し訳ないけど・・・・・・・・何もわからない」

「打つ手、無しね・・・・・・・・・・・」



レイが、静かに口を開いた

声こそ小さかったが、その言葉は一同の心に大きな波紋を呼び起こした



「・・・・・・・・もし、別世界で私が死んだら、どうなるのかしら・・・・・・・・」



それきり、誰も口をきけなくなった



状況は最悪

何が起こっているかわからない



訂正



何かが起こっていることしかわからない





つづく





後書き

そろそろ、「君風」キャラを本編に介入させようかと思っています
次回辺りで登場することになるかも知れません
それにしても久々の更新・・・・・・お待たせしてごめんなさいね

では、次回をお楽しみに