気が付くと、LCLの中にいた

エントリープラグかと思ったが、なんだか妙だ

シートも固定の事なんか考えていない

レバーも、何もない

目の前に移る光景は・・・・・・・・ガラス越しの光景だ

目の前にいるのは・・・・・・・



「・・・・・・・・学園長?」

『その名で、私を呼ぶな。紛い物が』

「えっ・・・・・・・」

『赤木君。始めたまえ』

「始めるって、」



何をですか?



そう言おうとした瞬間、己の四肢が拘束されていることに気が付いた

急拵えらしいベルトのような物で、手足が動かなくなっている

それの外観は、プラグのような円筒ではなく

棺のようだった



「何ですか!!?これから、何を始めるんですか!!?」

『・・・・・・・・知る必要はない』
















君がために風は吹く


第8幕:明日へ繋がる希望





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





<発令所>



「あの、ミサトさん」

「何?シンジ君」

「綾波、知りませんか?」

「レイ?さぁ、アスカには聞いてみた?」

「アスカさんはいまテスト中で・・・・・・・リツコさんも居なかったし」

「リツコなら、今日は何かの実験のはずだけど・・・・・・碇司令には?」

「・・・・・・・・・・・」

「ごめん。私も探してみるわ」



そう言って、ミサトは保安部に連絡をする

ファーストチルドレンの所在は?



返答:碇司令の命令によりファーストチルドレンに関する全ての情報は凍結されている。確認不能



「・・・・・・・・・・どういうこと?」



それは、当事者と一部の人間にしかわからない










<ターミナルドグマ>



想像を絶する苦痛だった

自分が自分で無くなって行く感覚など、人には決してわかるまい

頭の中が、真っ白になっていって、体の感覚が無くなってゆく

耐え難い睡魔に襲われているようで、眠ってしまうと二度と目覚めることがなさそうな感じ



世界が、ホワイトアウトしてゆく



まるで、指先や爪先から、体の末端部分から崩れ落ちて行くかのように、感覚が消え失せて行く

彼女の全てがLCLに溶けようとしていた

痛みとは違う

締め付けられるような、焼きごてを押しつけられるような苦痛



唐突に、その苦痛が止まった



レイは荒い息を付きながらも、驚き目を見張る

ゲンドウが、ゆっくりと振り返る



「・・・・・・・・何の真似だ」

「もう、やめてください」



顔を歪ませながら、銃を構えるリツコがそこにいた

ゲンドウは表情一つ変えず、命令を下す



「続けろ。命令だ」

「拒否します」

「・・・・・・・・・どうした。情でも移ったか?」

「・・・・・・・・・・・・そうかもしれません・・・・・・・・・」



銃を構え直し、迷いを滲ませた目でゲンドウを射抜く



「そして、あなたが憎い。それだけよ」

「・・・・・・・・赤木先生・・・・・・・」



ゲンドウは、酷く冷酷な声で言い放った



「よくわかった。では、何故撃たない」

「・・・・!!!」

「私を止めたいなら、撃てばいい。簡単だろう」

「・・・・・・・・・・・・」

「そうしないのならば、私が君を撃つ」



ゲンドウは、懐から銃を取り出し、リツコに向けた

撃つべきだった

銃を取り出した瞬間に、撃っておくべきだった

しかし、結局リツコは迷いを振りきることが出来なかった

睨み合う二人

つまらない、という風な口調でゲンドウは呟き捨てる



「・・・・・・・・・所詮、その程度か」





銃声





リツコが引き金を引くよりも早く、ゲンドウが引き金を引いた

硝煙が吹き上がり、ほんの小さな鉛玉が、空気の壁を撃ち抜いて、



白衣が朱に染まってゆく



崩れ落ちる音





絶叫さえなかった





ゲンドウがコンソールを操作し、レイは再び想像を絶する苦痛に襲われる



もうダメだ

もう誰も助けてくれる人はいない

「白」が津波のように押し寄せてくる

諦めたくなかった

何かが変わること何て期待していなかった








それでも、



彼女は、魂の底から叫びを上げる

その呼び声は時の彼方まで届くのだろうか?

届くのならば・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・










(助けて!!!誰か、いやあああああぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!!)

























届いた










<発令所>



「タ、ターミナルドグマに強烈なATフィールドの発生を確認!!!」

「ま、まさか、使徒!!?MAGIは!!?」

「回答を保留しています!!状況不明!!」

「くっ、総員、第一種警戒態勢!!非戦闘員は緊急避難!!全隔壁緊急閉鎖!!!」

「了解!!」



まるで、蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった

怒号のような命令と、悲鳴のような報告が飛び交う





だから、発令所のドアが開いて、彼が入ってきたことには誰も気付かなかった

手に、二本の黒と青の棒を持っている

沈んだ口調で、誰ともなしに彼は聞いた










「・・・・・・・・・・・綾波は、何処ですか」



彼の呟きに耳を貸そうとしないミサト

仕方のない事だったのかも知れない



「シンジ君!?早く着替えて、出撃準備をして!!」

「綾波は何処に居るんですか」



彼女は、気付いていなかった

彼は、碇シンジでありながら碇シンジとは違うことに



「シンジ君!!早くしなさい!!命令よ!!!」










「綾波を何処にやった!!!!!」





彼が手にしている青い棒

それは、鞘に収まったままの刀:御霊鎮

彼は、それをドアのコンソールに力任せに叩きつけた



発令所が、静まり返る



一目でわかる尋常ではない目つき

その場にいる全員を睨み倒し、全身から怒気を発散させている



サードは、もっとおとなしい子供だったんじゃないのか?

本当に、あれがサードなのか?



その場にいた全員が、そう思った



「・・・・・・・・・答えてください。綾波は何処ですか」



口調はおとなしくなっても、怒気はいっこうに収まらない



「シンジ君・・・・・・・あなたは・・・・・・・・」

「答えてください」



有無を言わせぬ口調

返事に窮するミサト

脳裏に、カヲルの思念が割り込んできた



『シンジ君。レイさんの所在がわかった』

「本当ですか!?」

『あぁ、どうやら地下深くにいるらしい・・・・・・・アスカさんは、どうやら更衣室のようだ。
今、サヲリが接触に行った。彼女の武器も転送してある』

「わかりました。誘導をお願いします」

『了解。なるべく短いルートを誘導するよ』



踵を返すシンジ

コンソールを叩き壊したため、自動で開かないドア

視線を背後に向けると、ミサトが銃を構えていた



「シンジ君。あなたは何者?返答次第では撃たせてもらうわ」

「やめてください。無駄ですよ」

「・・・・・・・・・・そんなこと、やってみないとわからないわよ」

「“ミサト先生”」

「!!」

「僕は、大切な人を護るためにここに来ました。それを、止めるんですか?」



優しい眼差しなのかも知れない

しかし、今は憤りに満ちている

この世界で、レイが助けを呼んだのだ

何故、自分がこの世界に来れたかなんてわからない

理屈は要らない

綾波が呼んだんだ

助けを求めたんだ

何かが、あったんだ

間に合わないかも知れない

時間が惜しい



「止めないでください」



ただの鉄板と化したドア目掛けて、シンジは御霊鎮を一閃させた

刀身から迸るATフィールドが、ドアを吹き飛ばす

彼は、走り出した



声もなく、少年の背中を見送るしかなかった










<女子更衣室>



「よし、準備完了!」

『では、ご案内します』

「お願い。まずはシンジと合流しないとね」



サヲリの思念を意志を交わすアスカ

その時、血相を変えたマヤが飛び込んできた



「アスカちゃん!!シンジ君が、その、何て説明すればいいのかわからないけど、
とにかく大変なのよ!!!今は、出撃準備に移って!!」

「・・・・・・・・もう、とっくに終わったわよ」

「へ?」



おかしい

アスカなら、こんなぞんざいな言葉は使わないはずだ

マヤは、そう思った



「止めない方が身の為よ・・・・・・・・・レイは何処?詳しい場所知らない?」



片手で、シルファングを弄びながらアスカ

驚愕に表情が塗りつぶされて行くマヤ

悲鳴を上げて、逃げていった



「・・・・・・・まるで、あたしが脅したみたいじゃない」

『十分、威圧的だと思いますけど・・・・・・』

「否定できないのが悔しいわね」



アスカも、更衣室を駆けだした

半狂乱に叫ぶマヤの悲鳴が聞こえる

通路の角から、保安部であろう何者かが発砲してきた



『危ない!』



間髪入れず、サヲリがATフィールドを展開する

最強の楯に護られたアスカは



「邪魔すんじゃないわよッ!!!!!!!!!!!



シルファングの一撃が通路を分断した










<発令所>



「ふ、二つ目のATフィールドの発生源を確認!!」

「な、何ですって!?どういうこと!!?」

「伊吹二尉より緊急回線!!セカンドチルドレンも、その暴走しています!!」

「保安部!!諜報部!!何としても、何を使っても良いから!!
セカンドチルドレンとサードチルドレンを拘束、捕縛しなさい!!!!」



彼女。葛城ミサトが愚かだったのではない

この世界において、あの二人はあまりにもイレギュラーすぎただけなのだ



彼女の命令を遂行できた者は、誰一人としていなかった



二人は、駆け抜ける

世界最強の14歳と化した二人にとって、障害は長い通路くらいだった











<ターミナルドグマ>



既に、悲鳴も弱々しくなってきた

ここでも警報は聞こえていたが、ゲンドウはこの作業を優先した



「・・・・・・・・ぁぁぁ・・・・・ぅぅ・・・・・・」

「ふっ」



もがくこともできず、苦悶の声を漏らすレイ

ゲンドウは、嘲るように笑う



「そこまで生に執着するか・・・・・・・・私のシナリオを書き換えておきながら・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「消えろ、イレギュラー。貴様はこの世界にあってはならん存在なのだ」



(・・・・・・・・・ダメ・・・・・・タスケテ・・・・・・・・・・・・)





















































「・・・・・・・・・・・・・・・・父さん・・・・・・・・・」





装甲隔壁のドアを開け、肩で息をしているシンジの姿があった

振り返りもせず、ゲンドウは言い放つ



「何故、お前がここにいる」

「・・・・・・・・・綾波が、僕を呼んでるんだ」

「消えろ」



聞いたこともないほど、冷たい声音だった

思わず、身が竦むシンジ

倒れ、血溜まりに沈んでいるリツコの姿が目に入る



「!!!・・・・・・・そんな・・・・・・・・」

「今すぐに消え失せろ。そして、ここで見たことを忘れろ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・どうして、そんなこ」

「帰れ!!」



ゲンドウは振り向き様に、銃をシンジに向かって構えた

小刻みに手が震えている

シンジには、一目でわかった

扱い慣れていないのだ

視線をサングラスで隠しているが、定まっていない

扱い慣れた者特有の緊張感も感じない

ただのはったりだ



シンジにはわかった



しかし、体が動かなかった

自分の知る父親ではないとはいえ、父親に銃を向けられたことがショックだった



「・・・・・・・・・綾波は、何処?」

「答える必要はない」

「答えて。赤木先生を撃ったの?その銃で、父さんが」



当たったのは、ただの偶然か、狙いを付けてから撃ったのだ

抜き撃ちで命中させられるほどの技量はないはずだ



「・・・・・・・・・・・・これ以上喋るな。殺すぞ」



その時になって、ゲンドウの目に見慣れない物が入った

それは、シンジが持っている刀、御霊鎮と荒御霊だった



何故、そんな物を持っている



その疑問を口に出そうとしたとき



「・・・・・・・・碇君・・・・・・・来てくれた・・・・・・・」



棺の中で、呟くように言うレイ





聞こえた

聞こえてしまった



レイはここにいる



すぐそこにいる



「綾波!!」

「動くな!!」



銃を向けるゲンドウ

明らかに、シンジの目つきが変わった



「・・・・・・・・父さんなんだね・・・・・・・・綾波を苦しめているのは・・・・・・・」

「だったら何だというのだ?」

「許さないよ」

「許さない、だと?」

「・・・・・・・・今すぐ、綾波を解放して」

「断る」

「・・・・・・・・・・・・・父さん、考え直して。今なら、まだ止めれるんだ」



ゲンドウは、何も言わずに銃を撃った

シンジの耳元を掠めて、壁に小さな穴を穿つ

それが返事と言わんばかりの冷たい視線



泣きたくなった

これから、自分はとてつもなく愚かなことをしてしまうのだ



「・・・・・・・・・馬鹿だよ・・・・・・・父さん」



父親と同じ姿をしている男を目掛けて、シンジは襲いかかる

ATフィールドを併用するまでもなかった



一足でゲンドウの懐まで飛び込む

彼の知る父親ならば、懐には入る前に吹き飛ばされているだろう

しかし、目の前にいる男は、反応さえしていない

御霊鎮の峰を、膝に叩きつけた

本来、曲がるはずのない、曲がってはいけない方向に足が曲がる



悲鳴を上げながら、ゲンドウは撃った

1発、2発、3発、4発、5発、6発



そのうち5発はシンジの体をかすりもしなかった

唯一命中しそうだった1発はATフィールドで叩き落とした

恐怖のあまり銃を放り出して逃げ出そうとする哀れな父親と同じ姿の男に対し、





殺すつもりは毛頭ないが、シンジは容赦をしなかった















「・・・・・・・・・・綾波」



棺に填め込まれたガラスの向こうに、レイが居る



「・・・・・・・赤木先生を・・・・・・助けてあげて・・・・・」

「綾波は、大丈夫なんだね?」

「・・・・・・・私は、平気だから・・・・・・」



とてもそんな風には見えないが、今はリツコの方を優先した

幸い銃弾は貫通していたが、出血が激しい

血がべっとりと染みついて重たくなった白衣を脱がし、自分のシャツを裂いて傷を縛る

アスカが入ってきた



「シンジ!!レイは!?」

「綾波は、大丈夫。でも、赤木先生が・・・・・・・」

「ちょっと待ってよ!何でリツコが倒れてるの!?それに、あれ学園長なんじゃ・・・・・」

「・・・・・・・・それよりも、追ってきてた人達は?」

「全員、気絶してもらったわ。人数が多くって面倒だったけど・・・・・・」

『良く言うよ。ほとんど一撃だったじゃないか』



カヲルの姿が、ぼんやりと空中に浮かび上がった



「カヲルさん!!」

「何よ。うるさいわね。ホントだったら一撃いらないわよ半太刀で十分だったわよ」

『アスカ様は、強いのですね』

「あ、あのねぇ・・・・・・あんた達二人とも自覚しなさいよ」

『何を?』

「歩く災害だってこと」

『今は、飛んでるんだけどね』

「くだんない揚げ足取りなんかするんじゃないわよ!!!」



賑やかに言っていると、リツコの意識が戻った



「・・・・・・・・シンジ君・・・・・アスカ?・・・・・・何で・・・・・ッ!!」

「無理しないでください!!まだ止血も済んでいないんですから!!!」

「・・・・・・・・大丈夫・・・・・・ちょっと、肩を貸して・・・・・・・レイを助けるから」

「あ、はい」

「仕方ないわね」



そう言いつつも、傷に障らないようにそっと肩を貸す二人

コンソールの前までゆっくり歩き、リツコは片手で何とか操作する

脂汗がしたたり落ち、顔からはどんどん血色を失ってゆく



「・・・・・・・これで・・・・・・・・・・最後・・・・・・・・・・・」



棺の蓋が開く

LCLが排出され、息も絶え絶えのレイが出てきた



「レイ!!!!」

「綾波!!!」

「アスカ・・・・・・・碇君・・・・・・・・」





三人の姿を尻目に

リツコの意識は闇の彼方に沈んでいった



「・・・・・・・・・!!!・・・・・・・・・・赤木先生!?」

「ちょ、リツコ!!!リツコ!!!!」

「すぐに手当と、何とかミサト先生に連絡を!!!!」

「しっかりしてください!!!!」





微かに、そんな声が聞こえていたが



それも、次第に薄れていった・・・・・・・・・・・・・・・・










<発令所>



「ターミナルドグマ深部から、緊急回線です!!」

「繋いでちょうだい」

「了解!」



受話器を取るミサト

緊張で震える息を吐き出し、凛とした声で言う



「こちら、発令所」

『こっちの場所は捕捉してるんでしょ!!?すぐに救護を手配して!!!』

「ア、アスカぁ!?」

『何よ、あたしだったら文句があるって言うの!!!!?』

「そ、そんなこと無いけど・・・・・・・」

『だったらとっとと手配しなさい!!!!!リツコが死にそうなのよ!!!!!』

「何ですって!!!?」

『銃創、弾は貫通してるけど、出血が止まらなくて。危険な状態だわ!!
あ、それに、保安部だか諜報部だか知らないけど怪しい黒服の人数分も追加!!!!!』

「一体、そこで何があったの!?あなた達は何をしたの!!?」

『うっさい!!!!!!!!!!!!!
説明だったらあとでするから!!!!今は一刻を争う状況なのよ!!!!』

「わ、わかったわ!!」

『あ、ついでに学園長の分も追加』

「学園長って、碇司令のこと!!?司令もそこにいるの!!?手当がいるってどういうこと!!?」

『だぁかぁらぁ!!!!!説明なんて後でもできるわよ!!!!
急いで手配をしなさい!!!!!』



切られた



救護班の手配を急いで!!



そう言おうとした瞬間に、また警報が鳴った



「今度は何!!?」

「し、使徒です!!!第7使徒が侵攻を再開しました!!」

「何ですって!!!!?」

「MAGIは・・・・・・・全会一致で撤退を推奨。
本部自爆とNN爆雷での殲滅作戦を提案しています・・・・・・・・」

「エヴァは・・・・・・・!!!パ、パイロットが一人も居ない・・・・・・・・」



目の前が真っ暗になった

こうなったら、ぶっつけ本番でやってもらうしかないのか?

自問自答する



再び受話器を手に取り、発令所からコールした



『何よ!!!?』



アスカの声

随分乱暴で、他人の声のように思えるが間違いなくアスカの声



「さっきの警報、聞こえた!!?」

『聞こえてるわよ!!何かあったの!?』

「使徒が攻めてきたわ」

『やっつけなさいよ!!!』

「できればやってるわよ!!!でも、エヴァのパイロットが一人も居ないの!!!」

『数と種類は!!?』

「種類って・・・・・・・とりあえず、イスラフェルって呼んでるのが・・・・・・・その」

『その、イスラフェルが何匹!!!?』

「・・・・・・・・・・千以上・・・・・・・・・・」



申し訳なさそうに、ぼそっと言うミサト

しかし、アスカの返事は常軌を逸していた



『んなもん!!!死ぬ気で掛かれば対処できるでしょうが!!!!』

「で、できるわけないでしょ!!!!!」

『エンジェル=ハイロゥにブリュン=ヒルドは・・・・・・・いるわけないか。
あ〜、もぉ!!!!それで、どうするのよ!!!!?』

「エヴァに乗って!!!」

『それくらいなら自力でやるわよ!!!シンジ!!!』



微かに、「何?」とかいう返事が聞こえる



『出撃よ!!イスラフェルが千匹ほど来てるらしいから!!』

「ちょ、ちょっと待ってよ!!!いくらあなた達でも、あの数を・・・・・・」

『地上の避難はどうなってるの!!?』

「ちょっと待って・・・・・・青葉君!」

「はい、避難は既に完了しています」

「聞こえた?避難はもう終わってるわ」

『じゃあ、上はもう無人なのね!?』

「そうだけど・・・・・・」

『それがわかれば十分よ!!シンジ!!行くわよ!!!誰かに案内させて!!!』










<ターミナルドグマ>



「レイ、大丈夫?」

「だいぶ、楽になったわ」

「そ。じゃ、アタシとシンジは上でイスラフェルの迎撃に行くから。無理するんじゃないわよ」

「・・・・・・・・・わかったわ」

『僕達も手伝おうか?』

『微力ですが、お力添えをさせてください』



申し出たのは、幽霊もどきの渚兄妹

アスカは、頬を掻きながら苦笑い



「あんた達。その恰好でどうやって戦うのよ」

『大丈夫。短時間なら実体化できると思うよ。サヲリはこのままで大丈夫だろうけど。
僕はそうも行かないからね』

「OK、とにかく上がるわよ」










<第三新東京市>



「流石に、壮観ね」

「ガンナーが居ないのが辛いよねぇ」



呑気なもんである

山間部から、数千のイスラフェルがぞろぞろぞわぞわと進軍してきた

その姿は、正に灰色の川とでも言いたくなるような光景である



『まぁまぁ、君達二人に僕とサヲリも居るんだ。負けるはずはないよ』

「でも・・・・・・・この世界のイスラフェルって、習性とか違うのかな?」

『問題になりませんわ。今は彼の者達を砕くことのみ、考えましょう』

「でも、カヲルさんは・・・・・・・・」



振り返る

そこには、幽霊のような姿ではなく、実体を持った姿のカヲルが居た

シンボリックな黒いコートを着て、銀髪を掻き上げる



「・・・・・・あまり、長い時間は保たないかもしれないな・・・・・・」

「どういうことですか?」

「そうだね。君達、シンジ君にアスカさんは、レイさんに呼ばれたんだよね?」

「そう、だと思うわ」

「君達は、“リリスの力”によって召喚された。
しかし、僕とサヲリは君達の意識を辿って、この世界に、無理矢理介入した存在だから」

「?」

『つまり、シンジ様とアスカ様は“この世界の自分”と入れ替わったのですが、
私達は“この世界の自分”がいないのです。
だから、兄様のように実体を作ることは酷くコアを疲弊させることになりますね』

「だったら、あの姿のままの方が・・・・・・・」

「サヲリはこの姿でいることは慣れてるけどね。
僕は、やはり戦いの時はこっちの方が良いよ。あ、シンジ君。荒御霊を貸してくれないかな?」

「あ、はい」

『兄様、酷いです。そんな、幽霊でいることが慣れてるだなんて・・・・・・・』

「あぁ、ごめんごめん。涙を拭きたくても拭けないんだから泣きやんでおくれ」



ちょっと間の抜けたやり取りを繰り広げるのは渚兄妹



「あんた達って、そんなキャラクターだったっけ?」

「アスカ、そろそろ来るよ」



灰色の洪水が、第三新東京市に流れ込んできた

御霊鎮を抜き払うシンジ

荒御霊を構えるカヲル

ATフィールドを集中するサヲリ

そして、シルファングのプログレッシブ・エッジを起動させ、アスカは吼える



まさに、流れに立ち向かう石のようだった










<発令所>



「目標と接触、戦闘を開始しました」

「状況は?」

「・・・・・・・・・その・・・・・・・食い止めています」

「嘘・・・・・・・・」



呆然と呟くミサト

無理もない

小さいとは言え奴らは使徒

ATフィールドを展開し、戦車隊を壊滅させ、エヴァ2機を退けてみせたのだ

それを、そのイスラフェル達を

こともあろうに、3人と見えない1人は張り合っているのである

頭を抱えたくなるのも仕方がないことかも知れない



「レイに始まり、シンジ君にアスカまで・・・・・・それに、誰よあれ・・・・・・」



黒いコートのカヲルを指して、ミサトは呻いた










<第三新東京市>



「シンジ。こいつら・・・・・・」

「うん。僕もそう思う」



アスカの言おうとしていることを先読みして、シンジが答える

横からイスラフェルが一匹、突っ込んできた

振り返りもせずにコアにシルファングを突き立てるアスカ



「僕らの居た世界の使徒より、弱い」



口にこそ出さないが、カヲルとサヲリも同意見だった

まぁ、この二人にとっては世界中の大抵の使徒は“弱い”のだけど・・・・・・・

確かに、弱い。というか脆い

数が多いことが厄介なだけ

本当にそれだけなのだ



「スラッシュプログラム:ファンクション!!フィールドレベル:15!!
ドレッドノート・アヴェンジャー:ドライブ!!!」



アスカが魔法を放つ

イスラフェルを数十匹飲み込む紅の牙

兵装ビルの一角をぶち壊し、それだけでは飽きたらず、ビルの後ろにいたイスラフェルも砕き散らす



「それでも、この数はちょっとしんどいわよ!!」

「よし・・・・・・・・・一気に決着を付けるよ。
シンジ君。“詠唱合わせ”を!!エッジプログラム:天破風塵閃!!レベル16!!」

「はいっ!!」

「サヲリ、援護を!!」

『かしこまりました・・・・・・・・・・・
スペルコード:エントリー。タイプ:ダブルスペル。
マジックプログラム:ファンクション。フィールドレベル:19。
フィールド・レインフォース:ドライブ』



サヲリの魔法が、シンジとカヲルのATフィールドを数倍に強化してくれる

二人は肩を並べて迫り来るイスラフェルの群と対峙する



「多少、心が痛むけど・・・・・・・止むを得ないね」

『何故ですか?兄様』

「街を破壊してしまうからだよ・・・・・・・・・行くよ!!!」

「はいっ!!」



二人揃って、息を吐き出す

呼吸のリズムを合わせ、それぞれの刀を握り締める

目の前の敵を見据え、静かに、力強く詠唱を始める



「「スペルコード:エントリー!タイプ:ユニゾン・ダンス!!
エッジプログラム:ファンクション!!フィールドレベル:16!!」」



蒼の刃が光を放つ

黒の刃が闇を放つ

破壊の力を振り絞る

街は再建できる

でも、人は二度と蘇ることができない

だから



だから、僕らは使徒と戦うんだね



「「天破・風塵閃!!!:ドライブ!!!!」」










<発令所>



誰も、口を開く者は居なかった

彼らの“常識”は、とうの昔に崩壊している

エヴァが散々苦戦した使徒を、生身の、しかも子供が

剣やら刀やらを振り回して戦って、

しかもそれで勝ってしまったのだ



「・・・・・・・・・・・・・・・・・」



開いた口が塞がらないミサト

シンジとカヲルの詠唱合わせで、イスラフェルは殲滅した

その代償に、第三新東京市の兵装ビルの7割方が倒壊した

まぁ、人の命に比べれば安い物だ

何か、やるせないような、見過ごして良い物かどうかの疑問は残っているけど



「パ、パターン青の消滅を確認・・・・・・・・」



マコトが、思い出したように報告した

主モニターに映る光景と、報告されたデータを信用しきれていない



「・・・・・・・・・・第一種戦闘配置を解除。第一種警戒態勢に移行して。彼らの回収を」

「了解!」



止まっていた時間が、やっと動き始める

ぎこちなくも、慌ただしく動き始める人々

ミサトはそんな中、険しい表情を張り付けたままだった



「・・・・・・・・レイのこと、リツコのこと・・・・・・・それに、碇司令。
・・・・・・・・・・・・私の知らない何かが動いてるのはわかってる。
でも・・・・・・・・・・・・・」



今の状況はあまりにも理不尽だ










<第三新東京市>



「また、派手にぶち壊したわね」



アスカが腰に手を当ててぼやく

まぁ、仕方がない

シンジとカヲルの詠唱合わせ:天破・風塵閃は、確かに多大な被害をもたらしたのだ

目の前に立ち並んでいた兵装ビルが残らず倒壊し、山の半分近くがえぐれている

はっきり言って、「破壊の限りを尽くした」と言われても仕方がない



「でも、僕達はこれからどうする?」

『どうするもこうするも・・・・・・・・・・僕らは帰るだけだけどね』



幽霊のような姿に戻ってしまったカヲルがぼやく

同じ姿のサヲリも



『シンジ様とアスカ様を連れ帰ることは、私達には・・・・・・・』

「んと、この世界に来たときは・・・・・・・」

「レイの声が聞こえて、それで意識が遠くなって・・・・・・・・」

「気が付いたら、この世界の体と入れ替わったんだよね」

「じゃあ・・・・・・あたし達が居た世界の体には・・・・・・・・」

『あ、その心配はないよ』

『シンジ様とアスカ様は、意識を失ったままでしたから』

「今は?」

『多分、意識を失ったままだと思うよ』

「多分、って・・・・・・・・・・・・・・・」



ふと、世界が暗転した



「ッ!!!!」

「な、何!!!?」

『どうしたんだい?』



混濁する意識

言葉にならなくなってゆく言葉

何も言うことができず



シンジとアスカは、倒れ伏した



ほどなくして、ネルフの回収班・・・・・・もとい、救護班が到着

二人を保護したという

また、補足事項として二点

碇シンジ、惣流アスカ・ラングレーの両名と行動を共にしていた黒いコートの男は所在不明

そして、二人が持っていた刀剣類は消えていた

黒いコートの男が持ち去った可能性もあり、現在男の行方を捜索中










<病院:赤木リツコの病室>



「・・・・・・・・結局、シンジ君とアスカは・・・・・・何も憶えていないのね?」

「はい」



清潔なベッドに横になっているリツコと、見舞いに来ているレイ

リツコは、あの日の事を聞いているのだった

一時は命も危ぶまれたが、幸い一命を取り留め回復に向かっている



「・・・・・・・・そう・・・・・・・・その、レイ」

「何ですか?」

「一つ、聞きたいことが有るんだけど・・・・・・・・・」

「?」



口ごもるリツコ

怪訝そうな顔のレイ

窓の外に視線を逸らして、リツコは躊躇いながら口を開いた



「・・・・・・・・・・・・・・・碇・・・・・・司令は?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



長い沈黙の後、レイは言った





「・・・・・・・・・・・・無事です」



その一言で、リツコは跳ね起きた

一瞬だけ、レイの顔を凝視する

見る間に表情が崩れ、目から涙が溢れだした

涙を見せまいとして、膝を抱え込むように座ってリツコはくぐもった嗚咽を漏らした



「・・・・・・・・・・・・よかった・・・・・・・・・・・・・よかった・・・・・・・・」



名状しがたい表情のレイ

顔を上げないまま、リツコは答えた



「・・・・・・ごめんなさい・・・・・・・私は・・・・・・私はやっぱりあの人が好きなのよ。
愚かなことかも知れないけど・・・・・・・あの人が死んだりしたら・・・・・私は・・・・・・」



段々、声にならなくなってゆく声

複雑だが、穏やかな気持ちで、静かに退室しようとするレイ

帰り際に、リツコの呟いた、嬉しそうな声が耳に残った





良かった。みんな生きてて

良かった。誰も死なないで










<レイのマンション>



『おかえりなさいませ。レイ様』

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・サヲリさん」



朧な姿のサヲリが、自室に帰ったレイを出迎えた

レイは、冴えない曇った表情でサヲリに聞く



「・・・・・・私には、結局何が起こったのか、良くわからないわ。
どうして、私が居た世界の碇君やアスカがこの世界に来てくれたの?」

『・・・・・・・推測でよろしければ、お答えできますが・・・・・・・』

「・・・・・・・・推測でも、何でも良いわ」

『では・・・・・・・きっと、レイ様が“呼んだ”からではないでしょうか?』

「呼んだ?」

『えぇ。シンジ様とアスカ様は、どちらもこの世界に来る前、
レイ様の声が聞こえて意識が無くなった。気が付くと、この世界に居た。
そう、仰っていました』

「・・・・・・・・・・・・それも、リリスの力なの?」

『・・・・・・・・・これ以上のことは、私や兄様でもわかりません。
あの、イスラフェルとの戦闘終了後、シンジ様とアスカ様は戻ってきました』

「・・・・・・・私だけが、この世界に取り残された・・・・・・」



俯くレイ

その表情はサヲリには見えないが、きっと泣きそうな顔なのだろう



『・・・・・・レイ様が元居た世界に戻ることが可能かどうかは、正直、わかりません。
それでも、いつかきっと、帰ることができると私は信じています』

「・・・・・・・・・・しばらく、帰れないわ」

『何故ですか?』

「この世界にも使徒が居るから・・・・・・・・・・・」



レイは、ぱっと顔を上げた

ちょっと、目尻に涙が残っているが、ごしごしと手の甲で擦る



「使徒殲滅は、私達ネルフ学園の最優先任務だから」

『・・・・・・・レイ様・・・・・・』

「私が助けを呼んだら、嫌でも駆けつけてもらう。みんなにそう伝えて」

『畏まりました・・・・・・・では、私はこれで・・・・』

「あ、待って!サヲリさん!」

『はい?』



珍しく、大きな声のレイに、不思議そうな顔をするサヲリ

ちょっと言いにくそうに、レイはぼそぼそと口にする



「もう一つ、みんなに伝えて」

『何と、ですか?』



はにかんだ、晴れやかな笑顔で彼女は言う



「・・・・・・・・・ありがとう。いつか帰ってくるから」










ひとまず、嵐は過ぎ去った

この世界の因果律は、彼女に何をもたらすだろうか



それは、今は未だわからない










つづく





後書き

久方ぶりの更新です
とうとう、「君風」シンジ達を登場させてしまいました
んでもって、今回はリツコに注目!(笑)

今後は、マナ達やマユミの話、ゲンドウの動きなどを書いていきたいですね
それに、「本編」レイの活躍とか

そうそう、皆様に是非教えていただきたいことがあるのですが・・・・・・・・
「鋼鉄」で、ムサシとケイタが乗っていたあのロボットは、何て名前なんでしょうか?
ご存じの方がおられましたら、是非教えていただきたいと思っています
あ、でも、彼らの名前は「谷口」と「河本」で通します

では、また次回で