あの日、ネルフにとって忘れられない一日となったあの日から10日が過ぎた

その間に、浅間山の使徒:サンダルフォンを殲滅し、世界は今のところおおむね平和を貪っている

あれから色々変わった

 

リツコは、最近になってやっと退院できた

体調の方は本調子ではないが、デスクワーク程度はこなせるようになってきている

そして、レイに対して・・・・・・・いや、誰にでも、優しさを見せるようになった

厳しい時は厳しい。だが、以前の冷たさが抜け落ちた彼女は、随分変わっていた

レイの一件が、彼女の仮面を壊したのだろう

 

ゲンドウは、未だ入院中である

御霊鎮に打ち据えられた膝は、なかなか回復しない

流石にICUはとっくに卒業したが・・・・・・・・・・・・

療養が彼の一番の仕事だ

今は、冬月が総司令代行を勤めている

冬月本人は、それを頑なに拒んでいたが(彼もゲンドウの片棒を担いでいた)、

 

「見過ごすつもりなんかこれっぽっちもありません。贖罪のつもりで職務に従事してください」

 

と、レイが半ば脅迫したため、彼は総司令代行の任に就いている

ゲンドウよりも仕事が速いので、いっそ交代したらどうだ?という声も少なくない

 

ネルフも、相次ぐ情報操作の嵐に翻弄されていたが、それも今ではおとなしくなってきている

サンダルフォン戦では一度も「魔法」を使うことなく勝利を収めたからだ

 

しかし、レイの生活はまるで変わっていない

以前と同じ、うちっぱなしのコンクリートに囲まれた部屋で暮らしている

一応修繕されたドアにチャイム、バスルーム。彼女なりに居住性を考えた部屋

少なくとも、此処は彼女が居た世界の、ネルフ学園の女子寮の一室ではない

『自分の部屋』なのだ、と思うとそれはそれで胸が躍ったものだった

自炊の生活も、慣れれば楽しいものだった

サヲリは、この世界を訪れる度、もと居た世界の近況などを教えてくれる貴重な話し相手だった

しかし、最近ではシンジやアスカが訪ねてくるようになり、結構賑やかなものだった

自分の居た世界に帰れるかどうか、という不安はある

でも、少なくとも今はこの状況に浸っていたかった

 

 

しかし、どうもこの世界の因果律は、人を破滅させるのが好きらしい

 

 

 

 


<第三新東京市立第一中学校>

 

「なぁ、知ってるか?」

「知らん」

 

宿題を写すのに必死なトウジは、ケンスケとの会話を1秒で叩き壊した

思わず絶句してしまうケンスケ

再起動。今度は暇そうなシンジに矛先を変える

 

「シンジ。珍しい話が有るんだけど知りたくないか?」

「え、何?」

「何でも、今度転校生が来るんだってよ」

「転校生?この学校に?」

「あぁ、確かな情報だぜ。
・・・・・・・・・・なぁ、シンジ。もしかして、ネルフの関係者か何かなのか?」

「さぁ・・・・・・・僕は何も聞いていないけど・・・・・・・アスカさんは何かしてる?」

「私も何も・・・・・・・」

「綾波は?」

「知らないわ。相田君、その人の名前はわかる?」

「あぁ、確か・・・・・・・・何とか島・・・・・・霧島とかいう名字だったと思うぞ」







 

君がために風は吹く


第9幕:闇に潜む裏切り者





 

 

 

 

<ネルフ本部:食堂>

 

「・・・・・・・・・・気に入らないわね」

「あれ?リツコ、いらないの?」

「食事の話じゃないわ」

 

対面して座っているミサトに向かって、リツコは切れ味鋭く突っ込んだ

ちなみに、彼女たちは徹夜明けでちょっと遅い朝食を摂っている

 

「食事中くらい仕事のことは忘れないさいよ。っていうか忘れさせてよ」

「・・・・・・・そうかもしれないけど・・・・・・これ、どう思う?」

 

そう言って、リツコは手の中で棒状に丸めていた書類の束をミサトの鼻先につきだした

そんなに枚数はないようだ

 

「何、報告書?」

「諜報部が集めた情報の一端よ」

「出所は?」

「戦自。それも、相当に奥深くから」

 

機密用紙に印刷されたそれは、7枚ほど

読み進めていくうちに、流石に顔付きが変わるミサト

 

「・・・・・・・・トライデント級陸上軽巡?
それに・・・・・・・・・次世代パイロット候補生・・・・・・!?」

「既に十機余りが稼働しているらしいわ。それに、パイロットも」

「次世代パイロット候補生・・・・・・・14歳のパイロットか・・・・・・」

「エヴァを模したわけではないみたいよ。5、6年後の戦争を想定しているらしいから」

「・・・・・・・・・・・・・・・リツコ。もし、戦自がこれで攻めてきたら・・・・・・・・」

「第三新東京市は、ひとたまりもないでしょうね。
使徒襲来でない以上、エヴァも動かせないし」

 

エヴァを知る国のトップは、いつもネルフと日本を批判している

その気になれば、エヴァで世界征服ができるからだ

建前上、ネルフが人類の存亡を賭けて戦っているが、実状はそんな物である

エヴァに対抗するにはエヴァしかない

ATフィールドがある限り

 

「でも、この情報はまだ奥があるわ」

「?・・・・・・・・これ以上は何も書いて無いじゃない」

「・・・・・・・・わからないの?」

「・・・・!!!!・・・・・・まさか!?」

 

声を落として、リツコは呟いた

 

「その情報を最後に、内偵を進めていた諜報員は消されたわ」

 

 

 

 


<第三新東京市立第一中学校>

 

ざわついている教室

転校生という存在に過敏に反応するのは学生の基本的な習性である

転校生が来ると聞けば、まだ見ぬ同級生になる人物を思い浮かべ勝手な想像に一喜一憂するのだ

しかし、現金なもので期待はずれだった時には、ありありとその様子は現れる

まぁ、転校生だって、好きで転校しているわけではないんだから優しくしてやれよ

と、思うのは私だけだろうか・・・・・・・・?

 

そして、今回の転校生は前回の転校生であるアスカに勝るとも劣らない、

屈指の“あたり”であった

 

「霧島マナです!!よろしくお願いします!!」

 

どよめく教室

一見、どうでも良さそうに装っているが、少し前までレイは内心戦々恐々としていた

 

『良かった・・・・・・霧島さんは私が居た世界の霧島さんと変わりなくて・・・・・・』

 

今は、こんな妙な安心をしていた

“お淑やかなアスカ”には、かなりの破壊力があったからだろうか・・・・・・?

マナには、ほとんどギャップを感じない

 

「では・・・・・・そうですね・・・・・・霧島さんはそこの、
惣流さんの隣の席に座って下さい」

「はいっ!」

 

と、元気な声で、栗色の髪の毛を揺らしながら彼女は自分の席に着いた

 

「よろしく!惣流さん」

「こちらこそ、よろしくお願いしますね。霧島さん」

「ん〜ん〜、マナで良いよ」

「じゃあ、マナさん。私も、アスカで良いですよ」

「OK!よろしくね」

「はい」

 

休み時間には、彼女の周りには人だかりができ、

彼女は投げかけられる質問に答えたり、時にははぐらかしたりしていた

 

 

 

 


<昼休み>

 

「ね、ね、ちょっと良い?」

「何?霧島さん」

 

レイの所に、マナが来た

ちなみに、レイと一緒にいるのは、シンジとアスカ、トウジとケンスケとヒカリ

 

「私も、一緒に良いかな?」

「えぇ、どうぞ」

「えへへ、ありがと。アスカ。
でさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど・・・・・・・・」

 

そう話を振って、彼女は全員の顔を見回した

皆、一様に箸を止めて彼女の顔を凝視している

 

「あ、いや、そんなに大した話じゃないんだけど・・・・・・・・
この、第三新東京市ってさ、随分事故が多いらしいけど、ホントなの?」

「あ、あぁ・・・・・・せやな」

「そうそう、結構色々あってね」

 

トウジとケンスケが、そんな返事を返した

ちょっと濁った返事しかできなかったのは、彼らも真実を知っているからだ

 

「でもさ、こーんなに」

 

両手を目一杯広げるマナ

 

「おっきなビルが、根本で切られたみたいに倒れてるのって、幾ら何でも変じゃない?
ビルが倒壊するっていうだけで、大変なことなんだし」

「さぁ・・・・・・・ニュースで詳しいことは言わないから」

 

誤魔化すレイ

本当のところは、アスカの“ドレッドノート・アヴェンジャー”と、

シンジとカヲルの「詠唱合わせ」“天破・風塵閃”が原因である

何せ崩したのがかなり大きなビルである。撤去にも時間が掛かって仕方がない

そして、シンジとアスカはボロを出してしまわないようになるべく黙っている

レイから、一応説明されたが、未だに信じていない・・・・・・信じ切れていない

 

別人格と入れ替わってイスラフェル1000匹以上と喧嘩をして、楽勝だった

 

何て言われて「あ、そうだったんだ」と鵜呑みにする人間はそういないだろう

まったく、嘘が苦手というのも、根が正直というのも、案外困りものである

 

「それにさ、ここの地下、ジオフロントだっけ?
そこには、えっと、ネ、ネ・・・・・・・・・・・・・・」

「ネルフ?」

「そう、それ!!ネルフとか言う変な団体があるんでしょ?
後進国支援機関とか建前掲げてるけど、自分のお膝元がこんなで良いのかしら?」

 

そう、特務機関ネルフは、

“表向き”には、後進国支援機関となっている

しかし、実体は後進国から搾り取れるだけ搾り取っているような存在だ

時々、パイロットをやっている彼らも疑問に思う

エヴァがあるから、護れる人が居る

でも、エヴァがあるために、死んでゆく人もいる

子供が悩むには、ちと大きすぎる問題だと思うが・・・・・・・・・

 

「さ・・・・・こういう市内の事故とかは、第三新東京市が処理するんだからいいんじゃないか?」

「ん〜、そういうもんかな〜」

 

首を捻りながら、マナは自分の卵焼きを箸に突き刺して口に運ぶ

 

「でさ、でさ・・・・・・・・・・ちょっと、噂で聞いたんだけどね」

 

卵焼きをもぐもぐやりながら、彼女は一段声を落として

 

「・・・・・・・エヴァ、って何?」

 

レイだけが、気付いた

マナの瞳には、さっきまでの好奇心が見えない

形容しがたく言い難い、悲しげで冷たくて鋭利な何かを探る猛禽のような目になっていた

シンジとアスカの箸が、ぴたりと止まる

何と説明するべきか、どう言い訳をするべきか必死で考える

 

 

その瞬間だった

警報が鳴り響いた

同時に、市内の各所に設けられたスピーカーが、一斉に特別非常事態宣言の発令を告げる

生徒達は、食べかけの弁当もそのままに、廊下に並び、窓よりも体勢を低くしてシェルターに向かう

 

「え、な、何なの?」

 

マナが、一人だけ狼狽えていた

教師の一人が引っ張ってシェルターに連れていく

問答無用だった

 

「綾波、アスカ!」

「えぇ」

「行きましょう!」

 

チルドレンは頷き合い、誰もいなくなった廊下を駆け抜け始めた

ネルフの迎えが来るはずの正面玄関に向かう

 

迎えが来る“はず”だった

 

「変ね・・・・・・・」

 

街の異変に、真っ先に気付いたのはやはりというか何というかレイだった

まず、スピーカーが急に黙った

次に、照明が消えた。昼間で、屋外にいた彼らはなかなか気付かなかったが

そして、電光掲示板が消え、空調が途絶え、蝉時雨が陽炎の第三新東京市を支配した

ネルフの迎えも、なかなか来なかった

5分待っても、黒塗りの公用車が来ないというのは明らかにおかしかった

 

「・・・・・・・おかしいね」

 

顎を伝う汗を拭いながら、シンジは呟いた

容赦なく照りつける日差しに、身体の水分は絞り出されるかのように流れ出している

 

「連絡してみます」

「そうだね」

 

アスカがそう言って、携帯を取り出した

ネルフ本部、発令所の通信端末に繋がるはずの電話は、何故か繋がらなかった

 

「あれ?壊れたんでしょうか・・・・・・?」

「どうしたの?アスカ」

「レイさん。携帯電話で本部に連絡を取ってくれませんか?私のは、壊れてるみたいで・・・・・」

「?そう簡単に壊れたりはしないと思うけど・・・・・・?」

 

レイも、同じだった

 

「・・・・・変ね」

「公衆電話はどうかしら?」

「あ、試してくるよ」

 

シンジはそう言って、玄関の向こうにある公衆電話の受話器を上げた

耳に当てても、何の音も聞こえない。聞こえるのは外の蝉時雨だけ

ボタンを押しても、何の変化もなかった

軽く殴ってみても直らなかった

 

「電源が、入ってないのかな・・・・・・・・?」

「どう?碇君」

「変なんだ・・・・・どうも、電源が入ってないみたいで」

「電源・・・・・・・?」

 

レイは、何気なく玄関の一番近くにある窓口兼用務員室の方を見る

来たときは、確かに電気が点けっ放しになっていて、アナクロな扇風機が熱い空気を掻き回していた

しかし、今は電気が消えていて、扇風機も止まっている

ようやく思い至った

急に黙り込んだスピーカー、光を亡くした電光掲示板、止まった空調、唸りを止めた扇風機

 

停電しているのだ

第三新東京市全体が

 

 

 

 


<シェルター>

 

生徒達が避難しているシェルターは、パニックの渦になった

呑気に談笑していたら、突然照明が落ち、空調が止まったのだ

澱んだ空気が徐々に熱を帯び始め、今ではサウナさながらの状態になっている

非常食や水、サバイバルキットの備蓄があるため、しばらくは持つだろうが・・・・・・

職員一同は絶望的な予感に、蒸し暑いはずなのに冷や汗を流していた

生徒達も、一時は騒いでいたが、今は一応落ち着きを見せている

 

「・・・・・・・・どうなったのかな?」

「さぁ、知らん」

 

ヒカリの問い掛けに、当時は無愛想な返事を返した

ヒカリはタイを外し、シャツのボタンを2つほど外している

トウジはと言うと、黒ジャージの上を脱いで、タンクトップ一枚という姿だ

 

「ケンスケ、何かわからんか?」

「・・・・・・・おかしいよ」

 

Tシャツ一枚のケンスケは、トウジの首を抱え込むように寄せると、

液晶テレビの画面を見せた

 

「どのチャンネルも、何も映らないんだ」

「・・・・・?どういうことや?」

「今までは、何かしらの画面が出てただろ?それも無いんだぜ?
どのチャンネルも、ノイズが走るだけ・・・・・・・どう考えても、変だ」

 

トウジでも、ケンスケが言わんとしていることを理解できた

 

「・・・・・・・・ケンスケ、この事誰かに言うたんか?」

「いや」

「・・・・・・誰にも言うんやないで。センセェやろうが黙っとくんやで」

「わかってる」

「ちょっと、鈴原。相田君と何の話してるの?」

 

ヒカリが割り込んできた

トウジは、そっぽを向いて言う

 

「何でもあらへん」

「嘘よ」

「嘘やない」

「・・・・・・・・・・何かあったことに、気付いたんでしょ?」

「委員長」

「教えてよ。委員長にはこの状況を何とかする義務があるんだから」

 

非常用の、橙色の照明が照らす中で、トウジはまっすぐにヒカリの目を見て言った

 

「混乱を煽るような情報は、知らんでもええ。でも、これだけは約束するわ」

「な、何よ」

「何かあったら、パニック起こして暴れ出す奴とかがおったらワシが止めたる。ワシが助けたる。
せやから、今はワシとケンスケを信じてんか?」

「・・・・・・・・・わかったわよ」

「すまんなぁ」

 

トウジとケンスケは、頭を突き合わせて状況の打開策を検討し始めた

 

「この前、こっそり抜け出した時の通路はどや?」

「無理だよ・・・・・・電子ロックのかかった扉があっただろ?
前は偽造カードで騙せたけど、停電してる今だったら動かないよ」

「手動で動かすっちゅうのはどないや?」

「無理無理。腐っても対爆シェルターの隔壁だぜ?手動で動くような代物じゃないよ」

「空調の、ダクトとかは?」

 

またしても、ヒカリだった

さっきの話しも、しっかり聞かれてしまったようだ

 

「委員長・・・・・・・」

「一緒に考えようよ。みんなで考えれば良い案が・・・・・・」

「駄目。それだけは絶対に駄目だ」

 

いつになく、強い口調でケンスケが言った

驚くヒカリ

 

「ど、どうして?」

「案が出尽くして、「どうやっても脱出できない」ってみんなが思い始めたらどうなると思う?」

「・・・・・・・!!!!」

 

絶句した

それこそ、パニックの種になるではないか

 

「俺達が考えてみる。委員長は、騒ぎ出す奴を宥めててくれよ」

「・・・・・・わかったわ」

「頼むで・・・・・・・・・せやな・・・・・」

 

薄暗がりの中で、

眠る者

ぼそぼそと喋る者

泣き出す者

宥める者

脱出を算段する二人

誰も気付かなかった

 

 

霧島マナの姿が見えない

 

 

 

 


<ネルフ本部内:発令所>

 

発令所は、いや、本部施設はシェルターと対して違わない状況だった

ほとんどの機器が光を失い、混乱が渦を巻いている

 

「生き残っている電力はどのくらい!?」

 

ミサトが怒鳴る

下の方から、職員の誰かが

 

「予備の3%だけです!!他は完全に停止しています!!」

 

その位だろうとは思っていたが、改めて聞かされるとやはり最悪の知らせだった

 

「リツコ、どういうこと!?発電プラントが急に機能停止なんて・・・・・・」

「・・・・・・青葉君。通信状況は?」

 

シゲルが、クラシカルな風体の、電池で動くラジカセをいじっていた

しかし、聞こえてくるのはノイズばかり

 

「駄目です。いつもはここでも入ってたのに・・・・・・・」

「そのラジカセが壊れてるだけじゃないの?」

「そんなこと無いッスよ!!」

 

そんなことはミサトも知っている

このラジカセは彼にとって夜勤の友で、上司の目を盗んで音楽やら何やらを聞いていたからだ

つい、昨日までは数時間前まではまともに動いていた

 

「妨害電波・・・・・・?ネルフの目と耳と心臓は、“機能しなくなった”のではなく、
何者かによって“潰された”と見るべきね。
残った電力は、全部、MAGIに回して!!!」

「先輩!それでは、職員の生命維持に支障が・・・・・・」

「MAGIが機能すれば、状況を打破できるかも知れないわ。
今は、一刻も早く発電プラントと通信を復帰させなければならない。
それに・・・・・・使徒がいつまでも大人しくしてくれるとは思えない・・・・・・・」

「そう言えば、チルドレンは?」

「それが、ゲートが完全に閉鎖されているため、保安部が出動できないと思われます。
携帯電話への連絡も繋がりません」

 

ミサトの問いに、マコトが報告する

本部のゲートは、TNT50kgが爆発しても破れないという強固な代物である

内側から開くための非常用の手動ハンドルもあるのだが・・・・・・・

エレベーターが止まっている今、そこまで辿り着くのにどれほど時間が掛かるだろうか

 

「くそっ!!使徒が攻めてきたって言うのに!!」

「レイ・・・・・・・だけね。頼りになるのは」

 

 

 

 


<第三新東京市>

 

山間部から、使徒が姿を現した

蜘蛛の様な長い足を持ち、椀のような身体を支えている

その身体には、目を彷彿させる模様が刻まれていた

 

「マトリエル・・・・・・・・」

 

レイが、小さく呟く

こうなったら、自力で本部に向かうか、生身のままで対処するしかない

考えていると、アスカが思いだしたように言った

 

「そう言えば、戦略自衛隊はどうしたんでしょうか・・・・・・?」

「・・・・・・・確かに、いつも来てたのに、今日は全然居ない・・・・・?」

 

そうなのだ

戦自の部隊が見えない

航空機一機、車両一台も見えない

使徒は、悠々と山間部をくぐり抜け、第三新東京市に足を踏み入れようとしていた

 

「碇君、アスカ。ネルフ本部まではどのくらいかかる?」

「わかりません。エレベーターが動いていない以上、非常通路を通ることになりますが、
その非常通路は流石に通ったことがないので・・・・・・」

「・・・・・・・・二人は、急いで本部に行って」

「あ、綾波はどうするのさ!!?」

「食い止めるわ。倒すことは不可能でも、時間を稼ぐぐらいはできると思うから」

「危険すぎます!!だったら、以前の、イスラフェルの時のように・・・・・・」

「それは駄目」

 

サヲリに言われたのだ

過度の精神転移(人格交換をこう呼んでいる)は、精神に何かしらの悪影響があるかも知れないと

改造人間である彼女や、兄のカヲルならば大した影響はないだろうが、

あくまでも“普通の人間”であるシンジやアスカはわからない

助けを求めれば彼らは何が何でも駆けつけてくれるだろう

しかし、頼りすぎては彼らの身体がどうなるかわからない

サヲリとカヲルは呼べば来てくれるが、それにもどれくらい時間が掛かるかわからない

 

「・・・・・・・急いで。エヴァを!」

「でも・・・・・・レイさん・・・・・・」

「行こう、アスカ!!」

「えっ!?」

 

シンジは、じっとレイの瞳を見た

黒い瞳と、紅い瞳が見つめ合う

それだけで、解り合えた気がした

シンジは非常通路目掛けて走り出す

少し遅れて、アスカもついていった

 

「・・・・・・・・・行くわよ」

 

コアの填った腕輪を身に付け、ATフィールドを展開する

両足が熱気のこもるアスファルトから離れ、第三新東京市を一望できるビルの屋上に飛んだ

真っ直ぐ、マトリエルがこっちに向かってくる

今まで居た世界のマトリエルとは比べ物にならないほど大きい

しかし、基本戦術は同じなはずだ

足による刺突攻撃に、強烈な溶解液

試験の時に一度、僅かだが浴びたときは皮膚が焼け付くように痛んだ

その痛みは、まだ忘れていない

 

孤独な、圧倒的に巨大な敵との戦いが始まった

しかし負けるわけにはいかない

極小範囲でATフィールドを展開

大出力の魔法を使えば、一瞬でコアが電池切れになってしまう

時間を稼がねばならない

作戦を組み立てつつ、レイとマトリエルは対峙した

 

 

 

 


<その頃のシンジ達>

 

「こっちです!!」

「えっと、このドアの非常用ハンドルは・・・・・・・」

 

手動で開くためのハンドルを探すシンジ

しかし、そのドアはおかしいことに近付いただけで開いた

 

「えっ!?」

「電源が・・・・・生きてる?」

 

アスカが辺りを見回す

ドアの脇のパネルが外され、何かの機械が繋がっていた

 

誰か居る

 

アスカはその事を直感し、シンジを止めようとした

 

「えっ!?」

 

しかし、シンジは既にドアの向こうの暗闇に踏み込んでいた

そして、驚いたような声

何かの金属音

アスカには聞いたことがある

拳銃の撃鉄を起こす音だ

しかし、シンジは動かなかった

闇が、口を利いた

 

「・・・・・・・シンジ?」

「そんな、どうして・・・・・・?」

 

闇の中で、彼女は黒いツナギで身を包み、銃を構えていた

栗色のふわふわした髪に見覚えがある

 

「霧島さん・・・・・・・」

「え、マナさんが!!?」

「ど、どうして!?どうしてこんな所に!!?」

 

銃を突きつけた姿勢のまま、マナは狼狽えた

シンジ達も呆然としている

 

遠くから、マトリエルの足がビルを貫通し、倒壊する音が低く響いていた

 

 

つづく

 

 

 

 


後書き

無茶苦茶お久しぶりのT.Kです
半年も更新できなくてごめんなさい

さて、この度。私T.Kも社会人となってしまいました
お陰で、この1話を書くのに1月以上かかっていたりもします

なかなかエンジンがかからなくて、更新もかなりとびとびになると思いますが、
完結はさせるつもりなので、どうか、どうか気長に、長すぎるくらい気長に、
おつきあいして下さい

では、次回をお楽しみに