『はい、もしもし?』

「あ、アスカ?」

『えっ!?シンジ!!?』

「あ、その、久しぶりだね。元気だった?」

『う、うん。シンジこそ、元気?』



受話器から聞こえてくるアスカの声は、少し震えていた



「僕も元気だよ。綾波も」

『あ、そう言えば、例のあの子。サヲリ、だっけ?あの子のことはどうなったの?』

「うん、解決したよ。良い方向に解決したこともあったし、悪い決着がついたこともある」

『え、何かあったの!?』

「・・・・・・・うん・・・・・・・あ、アスカはどうしてるの?
そっちの、国連の対使徒攻撃部隊だったっけ?うまくやってる?」

『あぁ、それなら、とっくの昔に左遷されたわ』

「え?」

『あたし、今は教官やってるの。惣流アスカ・ラングレー教官殿よ』

「また、随分急な話だね・・・・・」

『まぁ、結構楽しくやってるわ。担当してる部隊の5人も愉快な子ばかりだし』

「そうなんだ。でも、どうしていきなり左遷なんか喰らっちゃったの?」

『ん〜・・・・・・・話せば長くなるんだけどさ・・・・・・・・』










<数週間前:国連軍訓練場>



「今日は、基礎の訓練を行う。一人、来い」



胴衣を着た教官が、アスカを指さした

だるそうな顔で、渋々アスカが立ち上がり、教官と向かい合う

教官が、構えを取った

アスカは両手を垂らしたままだ

くいくい、と手招きする教官



「来い」

「?」

「反射動作の訓練だ」



アスカの略歴に目を通していなかったのが、教官の不幸だった

アスカはこの部隊に編入されてからかなり機嫌が悪かった

教官連中も嫌いだったし、他の隊員も嫌いだった

自分が考えていたよりも、ずっと弱かったからだ

実戦経験がある者など、一握りしかいない

ネルフ出身はアスカ一人だったことも、機嫌の悪さに拍車を掛けている

しかもこの教官は、アスカとは初対面だった

彼女がどういう人間か、まだ知らなかった



「遠慮することはないぞ?」

「・・・・・・・・・何をすればいいの?」

「言っただろう。反射動作の訓練だ。
遠慮はいらん。私の顔面を」



狙え



その言葉は、教官の口から発せられることはなかった

アスカの鋭い平手打ちが、眼にも止まらぬ速さで教官の頬をひっぱたいたからだ

小気味のいい音が、鳴り響いた



「・・・・・・・・・・・・・・どう?敵は不意打ちをすることだってあるのよ」

「・・・・・・・・・・いいだろう」



教官がアスカに掴みかかった













やられる方が悪い

状況次第では、それは確かに正論だと思う

しかし、アスカの場合はやりすぎたと言わざるを得ない

武器を持てば大暴れ、訓練施設を叩き壊すくらい造作もないことで、

例え素手でも教官を叩き伏せ、他の隊員からの集団リンチは苦もなくねじ伏せた



どんな状況で、どんな事情があろうと、アスカが悪いと決めつけられてもおかしくなかった

しかし、ここまでやるアスカもアスカだが、

ここまでやられてしまう方も、やられてしまう方だと思う

そこで、国連長官はある命令を出した

ホワイトハウスの地下シェルターの中から



「惣流アスカ・ラングレーが極めて優秀であることは周知の事実である。
彼女の力を存分に活かすべく、“教官”職に就いてもらう」



早い話が島流しだ





 風、薫る季節

 #2:作戦内容、教官任務


 

 











「・・・・・・・・・・・・ふーん。ま、いいわ」



命令に対し、アスカはそう言っただけだった

命令書を持ってきた名も無き下っ端隊員は、安堵に胸をなで下ろした



「詳しいことは、命令書に書いてあります。
転属先でのご活躍をお祈りします」

「りょーかい」



敬礼に対して、ぞんざいに答礼すると、アスカは個室のドアを閉めた

イライラした動作で封筒の口を破ると、命令書に目を通し始めた



「何々・・・・・・・」



転属先は、ロサンゼルスの対使徒迎撃部隊:ゾディアックの訓練施設



「ま、清々するわね」



それが、アスカの正直な感想であった

こんな所にいても、学ぶべき物は何もないからだ

とっとと見切りを付けてシンジ達に会いに行きたかったが、幾ら何でも顔をあわせにくい



「教官任務なんて、ミサトでもできてたんだから、あたしにかかれば楽勝よね」



そう、思っていた

しかし、彼女は知らなかった

これから自分が付き合う隊員達の、命の重さを










<ゾディアック訓練施設>



ゾディアックとは、黄道十二宮の意味を持つ

ロサンゼルスが誇る対使徒迎撃部隊:ゾディアックは12の部隊から成っている

第1部隊:アリエス

第2部隊:タウルス

第3部隊:ジェミニ

第4部隊:キャンサー

第5部隊:レオ

第6部隊:ビルゴ

第7部隊:リブラ

第8部隊:スコーピオ

第9部隊:アジタリアス

第10部隊:カプリコーン

第11部隊:アクエリアス

第12部隊:パイシーズ

ネルフほどの戦力ではないが、まぁまぁの戦力と言えるだろう

魔法はまだまだだが、コアを導入している分、使徒とは対等の立場に立っている

そして、ゾディアックの訓練施設には、多数の訓練生が居る

訓練生は5人で一つの部隊とされ、教官は各部隊に2人または3人

ゾディアックの12部隊は、エンジェル・ハイロゥやブリュン・ヒルドのようなもので、

訓練生の憧れの的となっている・・・・・・・・・のだが



どんな所にも出来損ないというか落ち零れというか、そういう奴は存在するものだ





アスカが担当することになった部隊は、No,63:クリス隊

入学以来、その偏った実力で、ありとあらゆる成績の最高記録と最低記録を塗り替えた問題部隊

悪夢の五姉妹の異名を持つ、教官さえも見捨てていた部隊だった



そして、そのクリス隊のユニットでは・・・・・・・・・・・・・・










<ゾディアック訓練施設:クリス隊のユニット>



訓練施設の各ユニットは、一つの共有スペースと、5つの個室、トイレ、台所、シャワールーム

その程度のものから成る。決して広くはない



では、そのクリス隊の顔触れを紹介しよう

・クリスティナ・グリムエッジ(18)。通称:クリス
 長い黒髪に、鳶色の瞳
 無口で静かな性格なのだが、何故かこの部隊の班長を努めている
 この訓練施設では珍しい、剣術使い
 冷静な状況判断で、的確な作戦指示を出すのだが、誰も声を聞き取ることが出来ない
 彼女の呪文の詠唱は全く聞き取れないため、まるで詠唱無しで魔法を使っているように見える
 微妙な表情や姿勢で自分の感情を表しているらしい。理解しているのはサトミだけ

・ラキ・フュリィ(16)。通称:フュリィ
 二つに括った赤い髪に、茶色っぽい瞳
 パワフルで一生懸命な性格なのだが、ちっちゃい
 主な使用武器は、重火器
 しかし、どう考えても身長138cmという体躯には不釣り合いとしか思えない
 賑やかで、吠えたてる子犬のような感じの女の子。声が大きい
 日課は背が伸びる体操。第1から第3

・サトミ・フワ(17)。通称:サトミ
 短い黒髪に、黒い瞳
 純血の日本人なのだが、日本文化の中で生活した経験が無いので、日本を若干誤認している
 主な使用武器は、スナイパーライフル
 その機械のように正確無比な射撃が最大の武器なのだが、基礎体力は0に近い
 実質、この部隊の副官
 その根拠は、クリスの通訳ができるからという意味不明な理由で

・ヒルデ・プレセア・フェイムフェイン(19)。通称:ヒルデ
 長い金髪に、碧眼
 この部隊の最年長なのに、精神年齢では誰よりもお子様っぽい
 主な使用武器は爆発物系トラップと銃
 真っ黄色なキンキン声で笑う彼女の声は、耳にしただけで心が苛つくほどである
 料理好きなのだが、彼女が台所に立つと何かが爆発することで有名
 かなり強烈な心労製造機

・チャーミー・ロレイン(18)。通称:チャーミー
 灰色に近い銀髪に、碧眼
 おっとりのんびりな性格と、長く編んだ三つ編みに眼鏡がチャームポイント
 主な使用武器は魔法と料理
 彼女は、ゾディアックの12部隊を入れても5本の指に入るであろう強大な力の持ち主である
 それでも、その力も制御不能では役に立たない。まるで抜かない名刀
 一度、暴走した魔法が訓練施設半壊という結果を招いたことがある



アスカは、この5人の略歴と今までの訓練成績を呼んで真っ青になった

確かに、優秀な部分は優秀だ。それは認めよう

しかし、出来ない部分は全く駄目である



そして、今アスカはクリス隊のユニットのドアを、渡されたばかりの教官用IDで開けた

そこにいたのは、ヒルデを除くクリス隊の4人

事前に連絡が行ったのであろう

一応、直立不動だが、サトミは既に顔面蒼白

アスカは聞いた



「ヒルデ・プレセア・フェイムフェインは?」

「・・・・・・・・・・」

「?」



クリスが顔を僅かに上げてアスカの方を見た

それだけだったような気がする



「ヒルデ・プレセア・フェイムフェインは!!?」

「・・・・・・・・・・・」

「クリスティナ・グリムエッジ!質問に答えなさい!!」

「きょ、教官!クリスはさっきから「寝ています」って答えてるんですけど・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・叩き起こしてきなさい」



こめかみをほぐしながら言うアスカ

フュリィとチャーミーが、ヒルデの個室に突入した

もの凄い音が聞こえてくる



「・・・・・・・遊んでるわけ?」

「・・・・・・・・・」

「あ、クリスは「いつもああなんです」って・・・・・・・」

「自分で喋りなさい」

「・・・・・・・・・・・」

「あの、「さっきから喋っているんですけど、聞こえませんか?」って・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・聞こえるように喋りなさい」



かなり微かに、クリスの口が動いた

「了解」、と

声は聞こえない



そして、寝惚け眼のヒルデを引っ張ってきて、クリス隊の5人が集まった



「既に通知を受けていると思うけど、本日よりクリス隊の教官を務めることになった、
惣流アスカ・ラングレーよ」

「惣流教官、質問があります」



チャーミーが挙手



「あなたは、チャーミー・ロレインね。ロレインで良い?」

「いえ、チャーミーと呼んでください。
あの、惣流教官はネルフの出身という話を聞いたのですが・・・・・・・」

「えぇ、そうよ。それと、アスカで良いから」

「まぁ・・・・・・・・・すごいですね」

「ね、チャーミー。ネルフって、何?」



ヒルデの言葉に、アスカは盛大にこけそうになった



「ネルフというのは、国連直属の特務機関のことですよ。
対使徒の戦力は、世界一でしょうね」

「へぇ、じゃあ、アスカ教官もすごい人なんだ」

「・・・・・・・・・・・・」

「あの、クリスが「教官も剣を使うのですか?」って、聞いてるんですけど」

「え?そうよ、あたしは剣士コースだったわ。つい最近卒業したばっかりだけどね」



ちょっと、空気が凍りかけた





「じゃ、じゃあ、教官ってネルフを卒業した後すぐに国連の対使徒攻撃部隊に!!!!?」



フュリィの声は大きい

ちょっと顔をしかめながらもアスカは応えた



「えぇ、そうよ」

「じゃあ、まだ15歳なんじゃないですか!!?」

「そうよ。あなた達の方が、年では勝ってるわね」



今度こそ、5人は開いた口が塞がらなかった

教官の平均年齢は、28歳程度である

上は52歳から、下は21歳まで

若い年齢想が圧倒的に多いので、平均年齢は20代だが、アスカの15歳というのは前代未聞だ

訓練生の中でも最年少の部類に入ると言ってもいい

しかし、その実力、こと戦闘能力に掛けては誰よりも上だ



「じゃ、明日から訓練の指揮は私が執るから」



そう言って、アスカは立ち去る

教官専用の自分の部屋に帰っていった

アスカの姿が消えると、元クリス隊、現惣流隊の面々は思い思いの行動に出る

クリスは雑誌を読み始め、フュリィは体操に励む

サトミはチャーミーと夕食の準備をし、ヒルデは惰眠を貪る

そして、アスカは



「よっし、明日はあたしの教官としてのデビュー戦なんだからね!気合い入れて行くわよ!!」










一週間後

これ以上落ちることはないであろうと思われていた元クリス隊、現惣流隊の成績は



更なる急降下を見せた



これに関しては、様々な噂が流れた

アスカは、ネルフ出身の実戦経験バリバリで歴戦の猛者にも劣らぬ実力と噂されていたからだ

そ噂の一部を聞いてみよう





「おい、知ってるか?惣流隊の話」

「あぁ、聞いた聞いた。
何でも、シミュレーション・マトリクスを使わずに訓練してるって話だろ?」

「訓練に使ってるのは、スパーリングドールぐらいなんだってよ。
それじゃ、成績だって落ちるだろ?」

「あぁ、何考えてるんだろうな?あの、惣流教官っていうのは」





以上、囁かれた噂の平均値である

これに多少、尾鰭背鰭がついたり、つかなかったり

まぁ、噂を流した当人には悪びれなんざこれっぽっちもないであろう

しかし、事実だった

ゾディアックの訓練施設で、最大の売りはシミュレーション・マトリクス

スーパーコンピュータによる仮想現実空間

そこに、訓練生と敵性目標が“配置”され、訓練を行うという物である

しかし、アスカはそれには頼らなかった

常に実戦形式で、5人をしごいた

ヒルデが泣きわめこうが、

サトミがぶっ倒れようが、

アスカは自分のやり方を変えるつもりはなかった





「もう駄目なの?三人一組でかかってきてこんな物?」



目の前には、息も絶え絶えのクリスとフュリィ

倒れて息絶え掛けているサトミ

アスカは、アーマーグラブを付けた手でシルファングを弄びながら言った

勢い良く顔を上げたクリスが、歯を食いしばって細身の剣を突きだしてくる

クリスの剣も、実戦用の真剣だ

鋭い切っ先を持つレイピアが、アスカに迫る

ATフィールドを併用した本気の一撃だ



「必死さは、認めるわ」



アスカは、突き出されたレイピアを、アーマーグラブで“掴んだ”

クリスのフィールドは一瞬で中和され、アスカのフィールドにがっちり固定されてしまっている



「こんな状況になると、援護もできないのよ」

「・・・・・・・・・・・!!」



クリスは、後ろを振り返った

そこには模擬弾を装填したグレネードランチャーを構えているフュリィの姿

アスカは、レイピアを引っ張って、クリスの体を引き寄せた

クリスが手を離す前に、顎先に切っ先を向ける



「これまで。全員整列」



アスカは、クリスを話した

惣流隊の全員が、へとへとの足取りでアスカの前に整列する



「今日の訓練はこれで終わり。
明日の予定は、メールか何かで連絡するわ。じゃ、解散」











<ゾディアック訓練施設:クリス達のユニット>



クリスは、自室に入ってそのままドアにもたれかかった

今日一日の出来事を反芻してみる

3つも年下の子に、手も足も出なかった

悔しさを感じる前に、怖かった



フュリィは、その時日課を果たしながら考え事をしていた

今までのように気楽だった日々が懐かしい

しかし、そんなことばかり考えて入られないのだ

背が伸びる体操、第2に入った



サトミは、ベッドにひっくり返ったまま指一本動かせなかった

焦点が合っていない瞳で、天井を見つめている

なんで、教官に嫌われてるのかな。私達

そんなことまで考えていた



ヒルデは、なんと机に向かって勉強していた

驚天動地の事実である

自分のポジションについて、自分なりに何かできることを探そうとしているのだ

悔し涙に潤んだ瞳で、参考書を睨む



チャーミーは、ベッドの上で膝を抱えて座り込んでいた

今日一日、何もさせてもらえなかった

制御が下手だから、それが理由でチャーミーはほとんど訓練に参加していない

目を閉じる










<ゾディアック訓練施設:アスカの個室>



アスカは、ベッドにひっくり返って天井を見ている

ゾディアックの訓練方法は、ネルフの訓練方法とはかけ離れていた

シミュレーション・マトリクスの訓練など、子供だましのような代物としか思えなかった

しかし、アスカの訓練方法は、かなり異色である

確かに実戦志向の教官はいる

それでも、アスカほど厳しい訓練を課す者は希だ



そんなことを考えて思考の泥沼にはまっていると、電話が鳴った

むくっ、と身を起こして受話器を取る

そのままひっくり返った



「はい」

「惣流教官。お客様が来られています」

「?誰?」

「特務機関ネルフの、葛城ミサ」



そこまで聞いたところで、アスカは子機を親機に叩きつけるように切った

エントランスホールに向かって全力疾走











<エントランスホール>



「ミサト!!」

「やっほ〜、アスカ」



目の前にいるのは、間違えようもない

葛城ミサト先生だ

不覚にも、アスカは泣きそうになってしまった



「ど、どうしたのよ。急にこんな所にいるなんて」

「ん〜、まぁ、ちょっち出張でね。それで国連に顔出したら教えてくれたのよ。あなたのこと」

「ふ、ふんっ!国連の連中なんて、みんな腰抜け揃いだったんだもん!!!」

「あっはは、流石はアスカね。ね、どぉ?これから暇?」

「もう訓練は終わってるし、時間は空いてるけど?」

「じゃ、さ。ぱーっと飲みに行かない?色々話したいこととかあるし」



普段のアスカだったら、絶対に断っただろう

しかし、今夜は特別だ



「うん!!行く行く!!」



その無邪気な笑顔を見て



(アスカって、こういうところは子供っぽいかしら?)



などと考えているミサトであった










<バー:ルナティック・ハイ>



ルナティック・ハイは、随分派手な店だった

満月の月光のように明るく、柔らかい照明の下で、皆が賑やかに飲み食いしている

どうやらゾディアック御用達のバーでもあるらしく、見たことのある顔も混じっていた

アスカとミサトは、カウンターの片隅に陣取って、

ミサトはバーボンを、アスカはビールを飲んでいた



「それにしても吃驚したわよ。聞いたら、アスカは今、教官やってるって言うんだから!」

「あはは、やっぱり驚く?」

「そりゃ驚くわよ。つい最近卒業したばっかりの子が、
いきなり配属先で左遷されて教官なんかやってるなんてね」

「自分でも、ちょっと信じられないわ。あたしが教官やってるなんて」



アスカは、ビールを一気に煽った

ミサトが軽くたしなめたが、これ以上言うには酒の勢いが必要だった



「・・・・・・・ミサトは、先生をやってて、辛くなかった?」

「どして?」

「自分の教えたことに、自身があった?」



ミサトの表情が真剣になった

黙ってアスカの言葉の続きを待つ



「あたしの、教官としての役割は、敵を倒す優秀な兵隊を養うことだから、
自分のやり方が間違ってたら、あの連中は死ぬんじゃないかって・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

「教官任務なんて、大したこと無いって思ってた。
でも、あの5人の命を預かってるのはあたしだから。
今更みたいだけど、わかったの。あの5人の命の重さが」

「・・・・・・・・・アスカ」

「あたし、今、無茶な訓練方法でしごいてる。
でも、それはあたしが習った方法だから。
ミサトや、リツコや、加持さんや、他の色んな人も、ネルフでそうしてくれたから。
だから、今あたしは生き残ってると思う。
その方法は、絶対正しいと思ったから。だから、そうしてる」

「本当に正しいことなんか無いわよ。
私も、あなたと同じだったわ。
・・・・・・・・・・ちょっと、昔の話になるけど、良い?」










私は、セカンドインパクトで両親を亡くしたわ

セカンドインパクトが直接の原因じゃなかったんだけど、使徒に殺された

だから私は、使徒に復讐することが理由で、ネルフに来たわ

先生なんて始める前は、ずっと使徒と戦うことしか考えてなかった

自分なんか、いつ死んでも良いって、思ってた時もあった



それから、先生を始めることになって

最初はどうでも良かったわ。先生なんて

だから、授業でも訓練でも適当に教えてた。今は違うわよ!

でも、ある事件が、私を変えたわ



私が教えていた生徒の一人が、実習中に死んだの

そんなにヤワな子じゃなかったんだけどね。死体も残らなかったわ

それで、空っぽの棺桶に土をかけた時に、無茶苦茶後悔したわ

私の教え方次第で、あの子は死ななかったのかもしれない

私の所為であの子が死んだんだ

あの子を殺したのは、私だ。ってね



だから、私は訓練で絶対手は抜かないことにした

どんなに嫌われても、人から蔑まれても、自分のやり方は変えようとはしなかった

そのやり方で、それまで私は生き残ってきたから

敵を倒す方法よりも、私が教えたかったのは生き残る方法だった

その方法を、全ての人が認めてくれたわけじゃないわ

でも、そのやり方が教え子を救うんだから、それだけは間違いないって今でも思ってる

そのやり方が正しいとか正しくないとか、そんなことは関係ないわ

自分のやり方に自信を持ちなさい

私に言えるのは、それだけ










話し終わって、ミサトも一気にバーボンを飲み干した

隣のアスカも、つられるようにビールを胃に流し込んだ



「・・・・・・・・私は、大丈夫かな?あの5人を、守ることが出来るかな?」

「らしくないわね、アスカ。
大丈夫よ。あなたなら、絶対大丈夫。あたしが保証するわ」



その言葉で、アスカはどんなことでも出来るような気がした

あの5人の命を救うためなら、悪魔だって利用してみせるだろう



「ありがと、先生」

「なによ。急に先生だなんて」

「べ、別に良いじゃないのよ!
あ、そう言えば、今シンジはどうしてるの?」

「シンちゃん?今は本部に帰ってきてるわよ。
レイのエヴァとのシンクロ実験を手伝ってるわ」

「エヴァって、あの暴走した奴?改造人間が取り憑いてて・・・・・・」

「それは零号機。今回は初号機よ。まぁ、実験は順調みたいよ」

「ふーん」



頬を膨らませるアスカ



「あれ?もしかして妬いてるの?」

「ば、馬鹿!シンジはあたしの・・・・なんだから!」

「あたしの、何?」

「そ、それは・・・・・・・・・あたしの、大切な人なんだから」

「もー!!アスカったら可愛いわね!!!恋人って言えばいいじゃない!!!
それで、何処まで行ったの?当然、キスくらいは・・・・・・」

「な、なんでミサトにそんな事言わなきゃいけないのよ!!?」

「いーじゃん。聞きたいだけよ。で、どうなの?」

「キ、キスだけよ。まだ」

「まだ、ってことは先の予定があるわけね」

「ミサトぉぉぉぉぉっ!!!!!」

「あっはっはっはっはっは。
ま、たまには電話くらい掛けてみなさいよ。シンちゃんも結構寂しそうだったんだから」」

「あの5人の世話が一段落したら、そうするつもりよ」



満月の夜は更けてゆく










それからも、アスカの課す訓練は変わらなかった








<次の日>



二日酔いで、揺れる頭を振らないように気を付けながらアスカは特殊訓練計画書を提出した

書かれている内容



「野外訓練:殲滅任務実践演習
 ・場所:ゾディアック本部より北10kmの羽化拠点“ザップ・ノイズ”
 ・内容:本物の使徒との実戦
     羽化拠点の殲滅・それに伴う作戦の立案」



単刀直入に言ってしまうと、羽化拠点を攻撃しに行くというのだ

訓練生を引き連れて



「危険すぎる!」



その一点張りだった

しかし、アスカは自分が同行することと、アリエスの同行を条件に承諾させた

その旨を連中に伝えると、びびりまくっていたが



「大丈夫。何かあっても、あたしが絶対死なせたりしないから」



その言葉で、5人を引っ張った

これだけは、どうしてもやっておきたかった

ネルフの訓練所でやったことは全部やった

残るは、実戦だけだった

ゾディアックは軍隊なので、地下迷宮を有している冒険科とは勝手が違う

そこで、今回のような無茶をやらかす必要があった



「大丈夫・・・・・ですよね?」



震える声で言うサトミ



「大丈夫よ。絶対・・・・・・・それと、チャーミー」

「はい?」

「あなたも準備して」

「あ、しかし、私は・・・・・・・・」



自分の力を制御できないんです

その言葉がチャーミーの口から発せられる前に、アスカが言った



「その位がちょうど良いわ。羽化拠点って言うのは、絶対なめてかかっちゃいけないのよ。
出発は明日。今日は羽化拠点と作戦展開に関する講習を行います」



後悔はあった

やらない方が良かったかもしれないと思った

でも、やらなきゃいけないことだと思った












<翌日:輸送車内>



「さて、羽化拠点についてどの程度のことを知ってる?」



輸送車内で、アスカは授業を始めた

授業内容は、羽化拠点の性質について



「使徒は、繭、もしくは卵のような物から羽化するわ。
その繭や卵が集まってる所を、羽化拠点と呼称しています」



チャーミーが挙手

アスカは視線で質問を促した



「教官は、羽化拠点を見たことがあるのですか?」

「嫌になるくらい、ね」

「でも、羽化拠点の所在が最初に報告されたのは、ほんの1年前くらいですよ?」

「あたしが、第一発見者の一人だからよ。
それからは嫌になるほどお目にかかったわ」

「はいはいはい!アスカ教官質問!!」

「何?ヒルデ」

「羽化拠点をどっかーんってするにはどうすれば良いんですか!?」

「そうね。
まぁ、作戦の話は後にして、今は羽化拠点の説明をしましょうか。
どうも最近は使徒が野生化してるみたいで、地上の至る所でも縄張り作ってるわ。
これから攻略する“ザップ・ノイズ”もそんなのの一つ。
羽化していない使徒は、外部の衝撃や電波に反応して羽化するわ。
それも、一斉に羽化から、作戦領域に入ったら、無線通信は厳禁よ。
予定外の事態は各自の判断で対処すること。いいわね」」



青ざめた顔でサトミが呟く



「そんな・・・・・・・何か弱点とか無いのですか?」

「無いわけじゃないわ。
羽化直後の使徒は、ほんの数分間だけど活動が出来ないの。
虫や獣と同じで、体が乾くまでは動けないらしいわ。
でも、一番良いのは羽化する前に叩く事ね。
羽化拠点の周囲を警戒してる前哨を始末して、寝首を掻き切る。それが常套手段ね」

「・・・・・・・・・・・・」

「「具体的には、どんな作戦なのですか?」って?
そうね、まず、クリスとサトミで前哨を仕留める。
あんた達が気付かれたりしたらその時点で作戦は失敗よ。良いわね」

「了解」

「・・・・・・・・了解」

「サトミ。あなたは遠距離からの精密射撃に徹しなさい。サイレンサーを付けてね。
クリスは敵の前哨を発見次第、こっそり襲いかかるのよ。
それで、前哨を仕留め終わったら、ヒルデ、あなたの出番」

「えぇっ!!?」



驚くヒルデ

自分たちが



「爆発物を使えるのは、ヒルデしかいないじゃない。
前哨を仕留めたら、ヒルデは羽化拠点に接近。炸薬ワイヤーとリモコン爆弾を設置して」

「ひ、一人でぇ!!?」

「そうよ。最も重要な部分だから、しっかりね」

「ふぇ、そんなぁ・・・・・・・・・・」

「ヒルデは作業が終わったら、安全圏まで離脱。
起爆後は、仕留め損じた残りをフュリィとチャーミーで攻撃。
チャーミー、遠慮はしなくても良いわよ」

「は、はい」



杖を握り締めるチャーミー

その杖は、いつも握り締めているだけだった

しかし、今日は力を振るうのだ



「私も同行するから。いざとなったら作戦なんかお構いなしで羽化拠点なんかぶっ飛ばすわ」

「そんなぁ、そんなことできるんだったらアスカ教官がやってくれれば・・・・・・・・・・」



じゅるるるるるるるる



鼻水を盛大にすすり上げながら、涙声のヒルデ

何故、自分たちが行くかという理由を完全に忘れているらしい



「できることならそうしたいんだけど、訓練にならないじゃない」

「でも・・・・・・・・・・」

「安心して、情報によるとそんなに大きな拠点じゃないみたいだし、
指揮個体は、一体だけらしいから」

「・・・・・・・・指揮、個体?」



珍しく、クリスがその場の全員に聞こえるくらいの声で呟いた

驚いたときだけは、こんな風になる



「下級使徒を支配する。まぁ、群の女王みたいな物ね。厄介な敵よ。
もし、ヒルデのトラップでも、フュリィの重火器でも、チャーミーの魔法でも、
指揮個体を倒せなかったときは、全員逃げなさい。あたしがやるわ」



断固たる決意を秘めた眼差しだった



車が止まる

到着



「全員降車。これより作戦を開始する!」

「「「「「了解!」」」」」



こんな感じは、久しぶりだった

まるで初陣の時のようなぴりぴりした緊張感

5人の緊張感が移ったのかもしれない



「・・・・・・・・・アスカ、行くわよ」



こう呟くのも、随分久しぶりだった





つづく





後書き

何処かで出したことがある人達が再登場
性格は随分変わってますけどね

次回も、アスカの話です