ヒサゴプラン、それはボソンジャンプを独占しようとした火星の後継者たちの隠れ蓑だった。
一つ恒星を中心に八つ程の惑星が回る太陽系、その宇宙空間にネルガルを除く地球と木星の企業連合が作ったモノ。
宇宙をめぐる大螺旋、きたるべきボソンジャンプ時代到来のため急ピッチで建造されたモノ。
それは大半の人類が居住する地球と、人類の歴史から消され百年の孤立を余儀なくされていた木星との流通路となり、
多大な利益を生むコロニー網となる予定だった。・・・黒百合が咲き始める時までは。
コロニーがひとつ、またひとつと塵に還されて行った時。
全ての戦の主謀者、草壁は立たざるえない状況に陥っていた。
理由は多い、パトロンの催促、ヒサゴプランに潜入して決起の時を待つ部下の焦り。
次に落とされるコロニーは自分の物かもしれない、敵の情報は?撃退できないのか?
・・・火星の後継者たちをバックアップするクリムゾングループが、ヒサゴの九割完成をさせていたのもある。
意に添わない部下や研究者は北辰を使い隠密裏に黙らせておけるが、クリムゾンはそうはいかない。
遺跡の完全コントロールのままならない今、少数の手勢では占拠可能な
ヒサゴのコロニーは元より、新しい秩序の本拠地置く予定の火星極冠遺跡の防衛も難しい。
跳躍門を介さないボソンジャンプは危険を伴い、安定していない。
いくらBクラスを量産しても、有効的に使用できなければ意味が無い。
それに・・・北辰は元より六連並みの戦闘が出来る人間は少ない。早く遺跡の完全な制御を・・・。
今、原因となっている襲撃犯とそいつを操り計画を邪魔する敵!ここまで無理矢理攻めてくるとは!
隠密裏に処理させない気か・・・。
相手はわかりきっているのに、手を出してきた相手は!ネルガル!落ち目の癖に!
それに・・・ボソンジャンプは独占したはず!?
火星出身者は元より可能性ある人間は誘拐し実験し、ボソンジャンプの全てをこの手におさめたはずなのに。
まだA級ジャンパーがいる?
強力な機動兵器を自由に操り跳躍できる火星出身者の存在、いったい誰だ?
それはホシノルリの代わりとなる、ラピスラズリを奪い返された時に明らかになった。
テンカワアキト。
戦時、戦後通して敵対し続けるネルガル重工業のサポートを得たとは言え、あのコックがここまで六連と渡り合うとは。
人の執念、しかし負けるわけにはいかぬ・・・元々ネルガルの反撃は予想していた事。
電光石火で落とす!我と敵対する悪を!地球連合を!ネルガル重工業を!
「遅かりし復讐人、未熟者よ。滅」
「宇宙を廻る大螺旋、ヒサゴプラン。その内四つのコロニーが連続して破壊されました!四つです!何のために?誰が?」
「ボース粒子の膨大反応!全長約十メートル、幅約十五メートル、識別不能!相手、応答ありません」
「な、なにぃーっ!くそぉお前はゲキガンガーかよっ」
「形は変わっていてもあの遺跡です」
「ホシノ少佐の持ち帰ったデータによると草壁への賛同者は多数。
いずれも軍人政治家拘わらずヒサゴプランの立案計画に携わっていた者ばかり」
「これで二十人目、歴戦の勇者また一人脱落っと」
「わかっていても割り切れないものだってあるよ。そう・・・人間だから」
「こういう時にあの娘もほげーっとできればね・・・艦長かぁ」
遂に遺跡のコントロール、つまりボソンジャンプの独占を我が手にし統合軍からも着々と賛同者を得ている。
技術の勝利がこの反乱の成功を意味する。
新たなる秩序の礎、・・・・・・電子の妖精も手を打っておこう。
「・・・早く気づくべきでした、あの頃死んだり行方不明になったのはアキトさんや艦長、イネスさんだけではなかった」
「知らないほうがいい」
「私も知りたくありません、でも」
「迂闊也、テンカワアキト」
「ふっははは・・新たなる秩序、笑止なり。確かに破壊と混沌の果てにこそ新たなる秩序生まれる。
それ故に生みの苦しみ味わうは必然。しかし!草壁に徳無し!」
「さすがお姫様は気難しいねぇ・・・え?」
「そうなんすよ。ミキちゃん達の発案でして、いくらなんでも裸のままじゃセクハラだと言う事で」
「グラビティブラスト、いっきまーす!」
「哨戒機より映像、ナデシコです!」
「さすがに戦艦一隻を火星まで跳ばすのは堪えるわね。・・・新たな秩序か」
「よくぞここまで、人の執念、見せてもらった」
北辰率いる闇の部隊、六連。
相対した黒い機動兵器のパイロットはテンカワアキト、一度は手に入れた実験体。
ただの実験体に過ぎなかった・・・しかし男は復讐鬼として闇を纏って帰って来た。戦場に。
ナデシコは再び草壁の前に立ちはだかり野望を砕く。
そして、ハッピーエンド。
とはならなかった。
帰ってこなかった黒い王子様、笑顔を消された過去にさよならできない王子様。
今は星の海で命を削って戦い続けている、羽を休める事もせずに戦い続けている。
よりにもよって自分たちが殺した火星の人間たちの後継者と大嘘つく奴らと戦っている。
新たなる秩序を今だ掲げる赤い赤い奴ら、テロリストが正義を熱血で語らないで、本当は冷血の癖に。
プリンスオブダークネスとなった彼にそんな事はもう関係ないだろうけど。
・・・ホント、全部チャラ、無かった事にできたら。
いい?
わるい?
違う、それは選択できない事。しては駄目な事。
それは過去、ナデシコが選択した道。歩み続ければならない道。
たとえ遺跡を使えば可能なことだとしても、過去をどれだけ後悔しても、人はそれでも時を積み重ね生きて行くのだから。
>
>
>
>
Princess of life 01
>
>
>
>
夢を見ていた、夢と自覚していても儚くて涙が出るような夢を。
ナデシコでコックの傍らパイロットとして生きていた頃の、今とは違う、復讐に身を焦がす以前の思い出。
鋭い瞳と人の死をも厭わない思考ができる、今とは違う。
声が、俺を呼ぶ声が聞こえる。
アキト。アキト、・・アキト、アキト・・・・・・アキト!
急速に戻ってくる意識、それと痛み。
重なった激しい戦闘でピットは危険を知らせるウィンドウが大量に浮いていた、気を失ったのは一瞬だけらしい。
しかし体は限界に近い。
操縦桿を強く握る手は血が出ている、気を失っても離さなかった証。
敵からの攻撃に回避行動をしながら、痛みで痺れる手で役に立たなくなった装甲を破棄して機体のスピードを上げる。
「く・・血が」
「アキト!良かった生きてる」
戦況は最悪、敵の戦術に見事にはまった。
草壁以下幹部は火星の遺跡後基地で捕らえた、しかし残党の中にもまだ優秀な指揮が出来る人間が居たらしい。
今回は敵の質も違った、量で押して来た今までとは明らかに違う。
草壁が木連で育てた、遅れてきた精鋭部隊に首を取られそうになるとはな・・・。
「ラピス」
無理を重ねて追い続けた失敗か、敵の戦術を見破れなかった失敗か。
どちらにしろ自分の失敗だ。
ラピスだけでも助けなければ、巻き込むわけにはいかない。
「くっ」
「アキト?」
「阻まれて帰れない、ジャンプする」
被弾し、ブラックサレナの損傷率がまた増える。
ユーチャリスもそれは同じだろう、Aクラスに属するジャンパーのナビゲートさえあればジャンプさせれる。
疲労あるが、跳ばした後は死んでも・・・
「敵機より通信」
「拒否」
単独でのボソンジャンプができる俺を捕まえることは不可能、しかしラピスはB級。
挑発をして、ユーチャリスから俺を遠ざけ集中攻撃するつもりだろう。
・・・それとも、木連の奴等は北辰のように口上好きなのだろうか?
サレナを降り、帰ったユーチャリスを死ぬ事を覚悟でジャンプさせた。
・・・大丈夫だったが、ふらつき壁に手をついて歩くしかない程、体力を消耗していた。ゆっくりラピスの元へ向かう。
ラピスラズリ、今回の戦争の事実上ただ一人の戦友。
桃色の髪を持つマシンチャイルド・・・北辰に襲撃されたネルガルの研究所で生まれた彼女。
今は俺の五感のサポートをしてくれている。
人体実験され、五感を無くした俺は復讐の力を得るため、彼女とのリンクが必要不可欠だった。
「賛成できない」
「うーん、でもねぇネルガルも人材不足なんだよね」
「・・・」
「君は傍観者でいるのかい?奴等は君から家族を奪ったのに?」
復讐だけを考え生きていた俺は、利用できるものは利用した。そう、人の思いさえも。
ワンマンオペレーション可能な戦艦、ユーチャリス。
強力なディストーションフィールド装備した機動兵器、ブラックサレナ。
揃えてくれたエリナの悲しげな顔を見ても、彼女を喜ばせる言葉をかけてやれなかった。
仕事、会長の御使いでココまでしてくれるはずないのに。
彼女に何もしてやれなかった、ラピスにもこのまま何もしてやれないのだろうか・・・。
「やぁ、テンカワ君。・・どうしたんだい?相当無理してるようだけど?」
「・・・アカツキか」
急の通信だ、何かあったのか?
壁につく血に鋭い目を向けるアカツキ。
ユーチャリスの定時報告はあと一時間の猶予があったはずだ、奴らが動いたのか?
通路から部屋へ入る、ついてくるウィンドウ、部屋の中に居たラピスが駆け寄ってくる。
「アキト!」
「ラピス・・大丈夫だ」
「・・アキト」
「相変わらず懐かれてるね〜。あ、そうそう。さっきルリくんに会ってね、色々言われたよ」
帰れ。という事か。
アカツキ自身は微塵もそんな期待を持っていないが、今さっき会ったばかりの
不安そうなホシノルリのため、聞かないわけにはいかなかった。
「アカツキ、俺が帰ると思っているのか?奴等はまだまだ残っている」
「はぁ・・・そうかい。
火星の後継者は統合軍から三割も協力者を得たのに、そのうち君が二割、ルリくんが三割と頭を抑えたんだよ。
ほんと、君たちが居れば軍隊なんて必要じゃなくなる。まだ復讐を続けるつもりかい?残党相手に」
「ああ、木星から草壁の代わりが来た。南雲と名乗っていた」
「君と渡り合うなんて強敵らしいね、さすがに木星の動向は伝わりにくいし・・・どんな奴だった?」
アキトは通信拒否したが、ユーチャリスのオモイカネは、暑く長い口上を略して挑戦状と結論づけている。
草壁の熱血に心酔しているようだったし、遺跡の再確保を諦めていないようだった。
「知らん」
「あ、そう。・・・まぁいいか。君もそんなだし、こっちの問題はこっちで処理するよ。
それより、君は体を大切にしないと駄目だ。多くの女性を悲しませるんだ、覚えておいてくれ」
横になるアキトにラピスが心配そうに身を寄せる。
「・・・ラピスの保護者の役目は果たす、それ以外の事は期待しても無駄だ。
もう用は無いのか?ユーチャリスの補修のため、月に補給に行く」
「・・・そうかい。エリナくんによろしくね、じゃ」
しばらく消えたウインドウの方向を見ていたが、ラピスに視線を移す。
金色の目を見つめ返して、ようやく自分に意識を手放すことを許した。
>
>
>
>
アキトを見続ける私、先程までの戦闘は激しくユーチャリスも酷く傷ついていたから
ブラックサレナの動きが停止した時は怖かった。今も心配でたまらない。
ずっと戦っていたアキトの体力を回復させるには、寝続けさせる事、私には出来ることなんてない。
他に体を治す知識もない、イネスみたいに過去の話もすることができない。
「オモイカネ、被害報告」
「ユーチャリス左舷ジェネレーター損傷率五割、使用不可。バッタ二割使用不可、残存は五割。
装甲破棄されたブラックサレナは一割のパワーダウン、被弾により二パーセント損傷、以上です」
「敵勢力の動き」
「チューリップを使用した形跡はありません、ボソンジャンプを使用できる者が限られている今
追撃を受ける可能性は1.0パーセントを切ります」
「わかった」
アキトが心配で、会うまで手をつけていなかった仕事を処理する。
いつもとは違う状況、初めてだ。
ブラックサレナが追い詰められるなど・・・さっきの戦闘はそれ程きつい物だった。今まで無い程。
幾つか、処理をIFSで行った後は私の好きな時間、アキトの眠る簡易ベッドに戻って見つづける。
「アキト・・」
特に戦闘前後はバイザーの下の素顔に安らぎを見る事は無い。
ラピスが以前見た、データの中にあったアキトのお葬式の写真に写る人間とは、別人と思えるほど違う。
バイザーに補助された視力で鋭く見るものは何だろう?
リンクされた関係であっても理解できない事も多い、イネス博士にそう話したら。
「それは・・・仕様がない事、アキトくんにあなたがいくら近づいても叶わないわよ?」
そう、アキトじゃない。
アキトの目、アキトの耳、アキトの手、アキトの足、アキトの・・・アキトの・・・。
でも、アキトじゃない。
私はラピスラズリ・・・いつまでも一緒に居れたら良いのに。
アキトは私の特別な人、私を必要としてしている人。名前をくれた人。
『ラピスラズリ』
私の名前、初めて得た自分だけの失うことの無いもの。
イネスとの秘密の会話聞くまで、不安は無かった・・・一年も一緒に居れないなんて信じない。
アキトとイネスしか知らない事、エリナも知らない・・・私が知ってしまった残酷な現実。
私はずっと・・・ずっとアキトと一緒、そっと手を繋ぐ、そして初めて出血していた事を知った。
「この傷・・アキト」
気がつかなかった手の負傷、急いで簡易な手当てを施す、指一本一本丁寧に包帯を巻いていく。
止血を終えて、再びラピスの小さな手でアキトの手を包むように触る。
私も一緒にいれる場所は戦いの中にしか無い、ユーチャリスだけ。
アキトの居場所はこの戦艦だけ、ナデシコには・・・帰らない、帰さない。ずっと・・。
リンクが繋がっていても、今は気を失っている、今だけは感情を溢れさせることが出来る。
こんな我侭な感情をアキトに伝えずに済む。
「・・・」
オモイカネに航路を入力し、アキトの側で眠る事にした。
突然赤いウィンドウが量産される、警報と周囲の宇宙空間からの映像。
「敵!?オモイカネ!」
「航路前方四十五キロ、質量から艦隊クラスと推定。
待ち伏せです・・敵、リアトリス級戦艦二隻、駆逐艦六隻。
敵、四連筒付木連式戦艦からステルンクーゲル多数射出」
「月に救援を」
「四十五分かかります」
この程度ならラピスだけでも退けるかもしれないが、慎重に考えエリナに連絡を入れた。
今までは待ち伏せを行う敵など存在しなかった、何か他に罠があると考えていいだろう。
サレナの損傷率を考え、アキトが戦える状態に無い今、バッタとグラビティブラストで応戦するしかない。
ナデシコCの実戦データもあり、敵のシステム掌握も上手くなっていたので、その方法も採れば・・・。
「・・・ここは私が守る」
「バッタ稼動させます、ディストーションフィールド・・85、87パーセントです
相転移エンジン、稼働率115パーセントへ上昇」
遠距離からのグラビティブラストは直撃しない限りびくともしない、一人での戦闘に微かに気負いがあったが、
アキトとの居場所を守る事は当然のこと。
敵は一隻と甘く見ていたようだ、でなければこの距離で手負いの獣に攻撃を仕掛けるなど・・・。
他に狙いがあるのだろうか?
ラピスは外見からは想像出来ないが、実戦経験は既に二桁を越えて死地を生き延びている猛者なのだ。
収束率高めた連射でクーゲルの数減らして、敵の艦が近づくまで周辺宙域にバッタを展開させた。
月への信号を送って10分、戦闘は始まったばかり。
「セルを作ってプランB、クーゲルの動き封じて。目標、四連筒木蓮式戦艦・・・」
後退する事無く戦線を維持するラピス、何百というタスクを処理しているので体が輝いている。
敵は寄せ集めの部隊に過ぎないようだ、ラピスの不安は杞憂に終わった。
主砲で二隻を爆散させ、混乱している敵を分断。
クーゲルをバッタで掃除しつつ、一隻を中破に追い込んだ。数機のバッタを消費したが、
ついに戦闘開始から43分経った、漸く救援の部隊が来る。
月のネルガルにある駆逐艦五隻と、どうやら近くの宙域に居た宇宙軍も動いたらしい。
リアトリス級戦艦が七隻、艦隊を組んでやって来た。
黒百合の事情知らぬ宇宙軍との接触を避けるため、ジャンプで逃げる用意を始める。
「・・アキト」
ラピスはアキトとのリンクレベルを上げ、ナビゲーション開始。
通常B級ではチューリップが必要となるが、A級とリンクしている関係から弱いイメージなら遺跡に伝えれるラピス。
「イメージ月ドック、・・ジャンプ」
>
>
next
>
>
ver 1.12