太陽光降り注ぐ枯れた大地には、背が低く葉も枯れた様な木が、見渡せる大地に片手で数えるほどしか無かった。
そう、ここは荒野と砂漠の交わる場所。
見上げると青い空が見える、時々地球と違う色を魅せるのは、ナノマシンの輝きがあるからだ。
そう、ここは火星という惑星。
テラフォーミングされ、人が住む事が出来る惑星。
だが人が居住しているのは主に都市であり、幾つかの岩石とその隙間に生える草、そして砂ばかりのここに人の気配はなかった。
一瞬後。
そこに白い服を着た少女が倒れていた。
突然出現した彼女は意識を失っていたが、やがて呻いて瞼を開ける。
「・ぅ・・う・・、ぁあきと?アキト?」
指を動かして手に触れるものを掴もうとするが、砂はサラサラと指の間から流れ落ちていった。
自分の置かれた状況を把握できなかった彼女は、手をついて起き上がる。
「・・・、ここは」
何処なんだろう?アキトは?ユーチャリスは?
砂漠しかなかった、どこまで続いているのか理解できない程の。
ユーチャリスの崩壊、補修受けた月で奇襲されて、アキトと一緒に逃げて・・・・・・変だ。
記憶が繋がらない。
アキトは私を助けると言ってくれて、対峙する敵がいて、救援が来れなくて・・・ジャンプを。
信じられない気持ちで、数歩足を進ませ現実感ある大地にたたずむ。
三百六十度、ゆっくり頭を回転させて目に映る風景を見るが誰も居ない。
世界に一人きりになってしまったような不安感がラピスを襲う。
「アキト・・アキト!アキトは」
言葉を飲み込み。
早くなる鼓動に余計に不安増すが、アキトとのリンクを確認するためナノマシンの活性化を行う。
近くには居ない。
何処?
何処?
何処
いつも頼るオモイカネはいない、目で自分の周りを改めて確認する。
足跡は無く、ただ一人私だけがここに跳ばされてきた事を理解してしまった。
アキトは一緒じゃないの?死んでしまったの?
私がボソンジャンプに成功したのは、アキトのナビゲートがあったから。
アキトはボロボロの体で・・、私を、アキト・・・。
それから数時間、ラピスは灼けた砂漠を彷徨った。
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その日、イネスは午前の予定をこなした後、休憩所で職場の仲間と談笑していた。
後からやってきた男性がその話を切り出すまでは、他愛も無い話ばかりだった。
謎の宇宙人と火星の軍の動向を、ゴシップ好きの女性職員が喋っていたが・・・。
「砂漠で女の子を保護した?珍しいわね、この星で。・・・まるで私みたいね」
テラフォーミングから一世紀、植民始まってからもう四半世紀近く、程よく管理され安定して発展してきた火星。
地球には及ぶべくも無いが、多くの人間が鉱山開発や農業・・・そして軍に従事して経済活動を行っていた。
月とは違い、地球とは六千万キロも離れた火星には地球からの多様な商品は少なく
まだまだ潤いや刺激ある生活はできない。
たまに起こるハプニングは研究所に勤める人間にとっても興味そそられる話題。
「年は12前後の可愛い女の子だって守衛が言ってましたよ」
「私の時より年齢は高いようね、何か聞けた?」
「いぇ・・・怯えて、話してくれないんですよ。男性より女性中心にその娘に接してるんですが・・・。
それでですね、色々変わってる娘なんですよ。イネス博士の時と状況が似ているって事や・・・」
「火星のデータベースに存在しない人間、砂漠で拾われた女の子。
その娘、私と縁ありそうね。案外、私もその娘も軍と対峙してる謎の宇宙人という奴かしら」
「またまたぁ〜。ですが・・その娘、ここだけの話、遺伝子を先天的に操作されているようなんです」
「それは・・・不思議な話ね」
地球に存在すると聞いたホシノルリの事が思い浮かぶ、現在彼女がこの研究の唯一の成功例のはずだ。
この火星でそんな研究をしているなど、イネスの情報網に引っかかっていない。
戦争前夜という今、何かのトラブルで孤児が砂漠にいた。
そう考える事が妥当だが・・・
「とりあえず会ってみましょう」
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ラピスは一人、部屋の中にいた。与えられた飲み物で喉の渇きを癒したが、知らない人間に口を開くことはなかった。
コツコツと足音が聞こえる。
誰かが来たらしいが、ラピスはさして興味を持たなかった。
目を覚ましてからずっとリンクでアキトを探していて、アキトが近くに来たら分かるのだ
アキトではない人間、一人の白衣の女性が入ってきた。
端麗なブロンドの二十歳半ばの・・・ラピスはその女性を知っていた。
その顔、その立ち姿、何所か違和感があるが・・・
ラピスが資料で無くその目で知った、最もアキトに近かった大人の女性の一人、イネスフレサンジュだった。
「・・・イネス?」
「この子・・・そうよ、私はイネスフレサンジュ。どうしてあなたが私の名前を知っているのかしら?」
光色系統の瞳と手のIFS。
遺伝子操作の証、ナノマシンとの親和性を極限にまで高めた体。
この目で見るまでは半分信じていなかったが、彼女は確かにホシノルリと同世代のマシンチャイルド。
ジロジロと見ていたら、何故か呼ばれた自分の名前。
この娘が自分を知っている事を不思議に思う、誰かが名前教えた?
それでも、この娘は一目で私をイネスフレサンジュと理解していた様子、どういうこと?
「何言ってるの?私のこと忘れたの?それにどうして私とアキトを離れ離れにするの?」
「忘れるも何も初対面のはずだけど、まぁいいわ。あなたの名前、教えてくれるかな?」
「・・・私はラピスラズリ、アキトは?アキトは何処にいるの?ここに居るんじゃないの?遠い所に逝ってしまったの?」
「その人はラピスの何?」
「・・・ラピスはアキトの・・・特別な人。エリナはここにいないの?
エリナのところにアキトは行っているの?そうだよね?アキト、私を置いて居なくなったりしないよね?」
幾つか出てきた名前を記憶し、思っていた以上に多弁な彼女の相手をする。
どうやらアキトという人間の安否が彼女の最も大切な事柄らしい、今にも泣き出しそうなラピスを安心させるため
イネスは嘘をつき。用意してきたわんこの人形であやして、ラピスの頭を撫でる。
「『アキト』には今は会えないけど、でも待っていれば来てくれるんでしょう?」
「・・・うん」
「ほらこの子と一緒に待ってて、ラピス」
「うん、待ってる・・・アキト待ってる」
あらら?どうして逆効果なのかしら?なんか落ち込ませちゃったみたい。
それが『アキト』を『アキト』と呼んだためと知らないイネス、ラピスはいつもと違う様子のイネスに戸惑っていた。
通常イネスフレサンジュは『アキト』を『テンカワ君』と呼んでいたし、特別な時は『お兄ちゃん』と呼んでいたはずなのに。
「どうですか?話してくれました?」
「ええ・・・ちょっと調べものが出来たわ、誰か側に居てあげて」
研究員と話し、自分自身の過去の経験から誰か一緒に居るように頼んでおく。
少し早足で通路を歩きながら考え事をする、まずラピスの事だ。
ラピスラズリと名乗った、そう言えば・・・その鉱石の和名は瑠璃。ホシノルリ?何か関係あるのかしら?
地球と連絡とって聞いてみるしかない、戦況如何ではもしかしら彼女を連れて火星を離れるかもしれないわね。
そして『アキト』・・・この名前にいたっては誰?としか言いようが無い。
『エリナ』も同じく、ラピスの親代わりの研究員の名前だろうか?
それとも・・・女性と男性、『父』『母』の名前かしら?
その手の研究にはあまり詳しくは無いけど。
その二つの存在に普通は名前をつける必要はないはず、その必要があった?そうだとしたら興味深いわ。まぁ・・とにかく。
「早く調べましょう」
マシンチャイルドの重要性を分かっている人間は、この研究所にも少なくないはず。
本社と6000万キロも離れたココで政争が起こると厄介ね、この件は早く処理したほうがいい気がする。
自分の持つ仕事部屋の隣、キーワードを入れて情報を洗う。
ネルガルのヒューマンインターフェイスプロジェクトを重点的に、明日香やクリムゾンまで洗ったが
アキトとエリナの組み合わせは出てこない、同じ名前は重要度の低い研究所に幾つか見つけたが。
違う。求める解とは思えない。納得できない。
ホシノルリ以外のマシンチャイルドの存在は、幾つか疑わしいものがネルガル内部で嗅ぎ取れたが、
ここにいる彼女『ラピスラズリ』とは別人だろう。
「ふぁ・・」
何時の間にか、もう夜。暖かい紅茶とミカンを準備して休憩を取る。
正解を得られない時のささくれ立つ気分を変えるため、コーヒーも考えたが好きな果物のミカンには合わない。
まだ考えることは多かったが、あの少女はあれから何か話してくれたろうか?
様子を見に行くことした。
「あら?」
「あ・・・」
「ラピスは?ラピスは何処?」
「イネス博士、え、今はちょうど・」
部屋の中に一人で居た女性職員は言い訳するように視線彷徨わせる、と。
奥の扉からラピスが出てきた、ホコホコと湯気、頬を赤くさせて、でも相変わらずのすまし顔。
「なんだ、お風呂。・・ラピスこれあげる」
「・・うん」
持ってきたミカンを手渡す、女性職員にお茶を準備をさせる。
季節・・・と言うものが火星には気薄だが、今ここは昼は暑く夜は寒い。
ラピスの倒れていた砂漠などは凍死してしまう可能性もある、本当に助かって良かった。
「おいしい?」
「・・」
「そう良かった」
こくこくと頷くラピス、イネスは笑顔を浮かべるとミカンの皮を剥いてくつろぐ。
お茶に菓子も付いて来た、お礼を言うイネスに別にいいんですよと笑って急須に熱い湯を注ぐ女性職員。
イネスフレサンジュ。
この研究所に配属になった時点で所長と同等の地位を持ち、才能もあり、年頃で・・・
実力、才能、容姿、三点揃っている女性。
なにより性格も悪くはない。部下からは慕われ色々と良い扱いをして貰っている、それに苦笑し答える事もしばしば・・・。
「ラピスにはもう少しマシな服が必要ね」
「はぁ、合うサイズのものはなくて。明日買いに行くと言うわけにも行きませんし・・・裁縫できます?」
「・・・出来たとしても道具がないわ、困ったわね」
「そうですね」
定期的に都市から物資を送ってもらっているが、今は子どもの衣服は何処にも無い。
この研究所には家庭を持つ研究者は少ないし、何よりほとんどが地球に家族を置いてきている仕事人。
裁縫道具など在る筈も無かった。
なので、ラピスはブカブカの服のままミカンを食べお茶を飲んでいる。
「どうして砂漠なんかに・・・可愛いのに」
「分からない、けれどこの娘には何かある。・・・それに重要性を考えると全て私が管理した方がいいわ」
「わかりました」
所長には要相談の話だが、一応ここは彼女にラピスを任せておいてもいいだろう。
上空で始まりつつある戦闘に火が付けば、今日明日にも混乱が起こって安全に地球に行ける確率が下がる。
それに・・・気がかりなのが今この火星遺跡から発掘した技術がもし、敵にあるとしたら。
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「納得したわけではない、君に今ここを離れられると・・・もう少し後にならないか?」
「ご理解頂けないのでしたら、私が事の重要性を説明したい・・所ですが」
翌日の予定を立てている所に、フレサンジュ博士の訪問があり
異動の要請に驚きつつ、もう少し火星での仕事の延長を頼み込んだ。
「時間が惜しいので、それに未知の異性人の事も気になります」
「上空のアレかね、軍が負けると?大きいとはいえ、たった一隻だよ」
あの大きさは脅威だろう、それに第二があるはずだ。それに・・・それとも、たった一隻で侵略を行う能力があるのだろうか?
この所長は無能ではないけれど、戦争は別分野。
自分の心配が杞憂に終わればいいが、どちらにしろマシンチャイルドは一刻も早く地球に送るべきだ。
「今すぐに必要な事です、手配して頂けますよね?」
「・・ああ」
「ではこれで失礼します」
「貴女は貪欲な人だな」
「・・」
研究を恋人にするイネス博士に所長はため息を吐き、白旗を上げた。
少し愚痴を言うが、それを無視してイネスフレサンジュは、未知の敵と火星の未知の遺跡に考えを巡らしていた。
自分達は『ディストーションフィールド』『相転移エンジン』を実用化しているが・・・。
実戦投入できるのは何時になるだろう?
「明日の8時のシャトルを確保しよう、乗り心地は保障できないがね」
「ありがとうございます、地球に私信などがあれば」
「いや、いいよ。家族とは週一の手紙で連絡しあっている」
「まめですね」
家族・・・か、所長の家族は珍しく火星に移住していない。
開発途中の火星、ナノマシン処理やネルガルの事を含めて、考えた末の事だろう。
足をラピスのいる部屋に向ける。
天涯孤独の私、他人の身を心配して部屋を訪れるなんて珍しい。けどやっぱり親近感あるのよね。
どうしてかしら?
もう夜の11時、ラピスは寝てしまったろう。
「イネスよ、入るわ・・・・・」
居ない。
人形だけがぽつんと落ちて・・・あの娘が一人で出て行ってしまうとは考えにくい。
それに頼んでおいた女性職員もいない、約束を破るような人間には見えなかった。
外部犯ではない、ラピスが保護されてまだ一日と経っていない。
内部犯だろう、マシンチャイルドの価値を知る人間。
「面倒なことになったわ、探さないと」
しかし探すところは少ない、他の企業にラピスを渡すなら火星からの出航方法。移動手段は一つ。
操縦士を強引に・・・それに専用飛行場に急がないと、とガタガタと物音。
「?」
「ーーっ、んんっ・」
「大丈夫!?」
部屋の奥、バスルームに縛られて口を塞がれミノムシにされていた女性職員を自由の身にすると、犯人の名前を聞き出す。
「ラピスを連れ去った奴は誰?複数?」
「顔は見てないんですっ、物音したから扉開けて確認する間もなくて・・気が付いたら、すいません」
「いいわ、こんな強硬手段に出る奴。限られているから」
事あるごとに対立した問題ありそうな研究者をリストアップし、マシンチャイルドの価値を知り
そしてイネスの手から強引に奪い取っても、と考え実行しそうな人間。
「あの計画に関わっていた人間なら、大人しくしているわけないわよね・・・」
いた、地球の職場と聞いたことがある。
何かの理由で外されて火星に来たらしい。
あの男が人道的ではない実験に呵責を感じていたとは思えない、ラピスは奴にとって実験材料でしかない
「あれ?なんでしょう?」
「え?」
窓から見える、星空のみの殺風景な一気に明るくなる。
思わず目を閉じる二人、その数瞬後の轟音。
隕石ではない、これはたぶん・・・ビリビリと振動する窓に近づいて開けると近くのコロニーを見る。
「え・・・コロニーが、コロニーが!・・・・・そんな」
「・・・」
「逃げないと、シェルターに行きましょう!博士!あ・・地球に行く手立ては」
「専用機、の確保が必要でしょうけど」
厳しい目で見るイネス、夜空に数百の火があがる、たぶん・・・軍の戦闘機が攻撃しているのだろうが。
数十キロ離れたここからでも、コロニーは絶望だ。
情報を得るため隣で端末をいじっている女性の手元を覗く、親ネルガルの軍からの
情報を噛み砕いて要約すると、火星の戦況は最悪だ。
戦線はすぐに崩壊し、一方的な展開となって母艦と思われた物体は数千の戦艦を吐き出した後、落下。
その際、信じられない失態を味方のはずの軍は行ってくれた。
後にチューリップと呼ばれる物体の軌道を変え、南極からユートピアコロニーへ。
コロニーは直撃を受けて一瞬にして壊滅。
その後の情報は錯綜している。
「非常時ね、変わって」
「・・・そう、ですね」
各地で防衛にあたる残存部隊のネットワークに侵入するイネス、勿論犯罪だが
自分自身の命に直接関わる事、女性職員も黙ってじっとのイネスの操る端末を見続ける。
第一の攻撃から逃れたコロニーは次々とシャトルを発進させているようだ、火星の全データを写す・・・
敵の手に落ちていない場所は少ない。
ここのように例えば人里はなれた研究所はまだ手が伸びていない・・・・。しかし、それも時間の問題のように思えた。
この研究所も警戒体制に移行しているが、防衛のための本格的な武装など存在しない。
ネルガルの機動兵器が一機でもあればまた違うだろうが、無いもの強請りはしないし、それに・・・誰が扱えると言うのか?
IFS所持している人間なら動かすことは可能、しかしパイロットでなければ戦闘にもならないだろう。
「ここは直ぐにも落ちる。すぐに逃げ出さないとダメね、大急ぎでラピスを保護してくるわ」
「わかりました、私はシャトルに席を確保してきます」
手に武器を、自信は無いが説得に応じないようなら使うしかない。
ラピスの身に何かある前に。
「キャア!な、なに?・・もう来るなんて、早すぎる」
通路を走っていたイネスは大きな衝撃に立ち止まり、それがついに来た敵の襲撃だと理解する。
舌打ちして、破壊される研究所の轟音を聞きながらラピスが居ると思われる部屋へ。
「ブライフ!ラピスは何処!」
もう説得などと言っていられない、すぐ近く、壁一枚向こうのフロアと思えるほど音は真っ直ぐに近づいていた。
銃を手に、一人の男に向ける。
ラピスはガラス管の中に裸身のまま居た、危険は直ぐそこまで来ている。
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