あれから、数週間が過ぎた。
圧倒的な技術力の差で、多くの血を流した軍は面子など関係無しに逃げて完全に火星から姿を消していた。
地球へと渡るすべは無くなり民間人の多くは残された、そこへ来襲した無人兵器群。
彼らは軍隊の代わりに火星の大地の支配を始めた、無人兵器が行う殺戮を止めるすべは無かった。
二メートル程の大きさにディストーションフィールド、そして機動力が脅威だった。
「・・・、ん、良し!出来上がりよ!」
「ありがとうイネス」
「お礼はいいから早く持ってってあげなさい」
「うん」
話の通じる相手では無かった。
しかし、ここにはアキトが実験艦から強奪してきた機動兵器がある。
試作ゆえ特殊仕様らしいが、規格上バッタよりは格上で命令できる能力を持っていた。
その外見は作りかけの兵器、と言う言葉が似合っている。
パーツ一つ一つを別の場所で作って、組み合わせただけに見える。それでも動いてくれている、幸運といえる。
惑星全体が戦地と化しした火星に、人が生きていくだけの安全を確保できたのだから・・・。
「あの娘に、ようやく光を与えてあげる事が出来たわ」
ラピスを見送り、イネスは両手を機器から開放して息を抜く、作業開始からもう数時間が経っていた。
製作していたものはアキトの五感補助のバイザー、設計はラピス。
それを頼まれた時、イネスは喜んで引き受けた。
「闇ばかり見ていた瞳に、光を・・・見つけて欲しいわ」
イネスフレサンジュが、この遺跡に人を集め始めた当初は
色々と目の回る忙しさだったが、この頃はコーヒーも飲めるほど落ち着いていた。
アキトも、ラピスとのリンク強化で以前よりは外界との接触を増やしてくれるだろう。
最初は冷たい少女に、やって来た仲間達も戸惑っていたようだが
ラピスと共に可愛がられている事だし・・・なにより彼女達がここに光をもたらしてくれた事実は大きい。
「でも・・・あの娘の狙いはなに?何者なの?」
「あ、博士。頼まれてた修理しておきましたよ」
「そう、ありがと」
イネスがずっと感じていた疑問をまた考えたとき、作業服着た男性が通り過ぎた。
ここは部屋ではない。
一つの巨大な空間を居住施設や研究施設として使用している、境は今だ曖昧なままだ。
理由は避難民の増加。
生身の人間では一匹のバッタにも対抗できないが此処にはそれが存在している。
「ああちょっと待って、これもう使わないから他にまわしてイイって知らせておいて」
「・・・誰も使えないですよ、それに何作ってたんですか?」
「・・・説明してあげましょうか?」
「いいっす、遠慮します。オレ頼まれごとあるんで、この辺で」
物資少ない火星では、非汎用の特殊な機器は必要とされていなかったりする。
せっかく一から作ったのに、素直で可愛い子なのに。
そそくさと逃げ行ってくれた整備員、残念そうに見ていたが・・・休憩の続きをすることにした。
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見えない目の代わり、強化してもらったリンクで弱い五感を得た今・・・大地に吹く風を感じていた。
外に用があるわけではないが、空気を吸っていたかった。
いつもは、オモイカネが無い為に木星トカゲ相手にあの兵器の中で電子戦をしなければならないから。
何時間も太陽の光届かない場所に居ると日数の感覚が薄れていくものだ、
成人男性ならば生活の周期をある程度自由に変化させれるが今の体ではそんなに無理は出来ない。
その為ラピスと二交代制を採用していた。
電子戦・・・と言っても俺はラピスと比べたらビギナーで乗っ取り損なった敵を実戦で潰す事数回。
この兵器の影響範囲は距離にして十キロ未満、発見から無力化まで与えられた時間は少ないのだ。
しかし、侵攻からもう数週間が経ち来襲してくる数も少なくなっていた。
木連は、火星はチューリップでいつでも確保同然と判断したようだ。
今ごろは月侵攻に戦力を投入しているのだろう。
「・・・」
あと一年、ここで耐えていればナデシコが来てくれるだろう。
それまでに地の利を生かして遺跡の確保を考えたが、イネスの協力が必要だった。
ボソンジャンプによって人生が変えられた彼女・・・
記憶戻ればネルガルによる、独占と利益のために手を貸すとは思えないが、今はわからない。
それに俺の考えが固まりきってない今はまだ話せないな。
「アキト・・・かけて」
気配を感じて伺うと駆け寄ってきた人影が手に何かを持たせる、ラピスの声・・・。
「できたのか、ん・・・見える、そんな顔するな。泣くな」
「だって・・だって、アキト・・・・・・・・側にいて、いてくれるから」
「また世話になる、五感補助のリンク・・・ありがとう」
二人はしばらく抱き合っていたが、壁を背に並んで座ると取り留めの無い会話をはじめた。
「ねぇ」
「なんだ?」
「うん・・・ココに、ココにいるんだね♪」
「ああ?」
「アキトぉ・・すこし」
「(なんだ・・・甘えさせて欲しいのか。まだ子どもなんだ当然か・・・)」
じゃれついてきたラピスの桃色の髪を撫でる。
数分そうしていたがラピスは満足したのか顔あげて、少し上気した表情で質問する。
「・・・アキト、これからどうするの?」
「ここで生活できるのも悪くないが、この大地で生産できるものなんて限られてる。
必要なものが足りないんだ。ナデシコが来たら、ナデシコに乗り込もうと思う。
イネスが人殺しの俺のことを庇ってくれるのかは判らないが、ラピスだけは必ず乗せるから」
「・・・う、うぅ」
また、泣き出してしまうラピスに優しい声をかけて慰める。
木星蜥蜴が非情の無人兵器と思われている内は、殺人は伏せておくべきだろう。
ナデシコのクルーに隠し事は辛い、しかし話すわけにはいかない。
特にアキト、この世界ではどうか知らないが。
命奪う奴をどう思っているかなんて判り過ぎるほど判っている事。
けれども、それはさほど重要な事ではない。
憎むにも、この容姿だから可笑しな同情や哀れみでもかけてくるかもな・・・それこそ知った事ではないが。
今はラピスの持つ能力こそ気がかり。
アカツキの思惑を上手く利用できれば、ラピスを守れるだろうか?場合によってはネルガルに遺跡を。
「ラピスはイネスに任すことになるかもしれない・・・だがそれは最悪の場合だ。
俺は諦めたりしないから、一緒にいれるよう全力を尽くすから・・・だから泣かないでくれ」
「・・・・・・ホントウ?ほんとぅにほんと?」
「ああ、約束しよう。もう二度とラピスに悲しい涙を流させない」
「・・」
バイザーかけたアキトは口元に笑みを浮かべ、ラピスの白い頬を伝い落ちる雫を拭ってやる。
「それと考えていた、イネスなら最後までラピスの味方となってくれるだろうから。
・・・だから。ああ、もぅ泣くな・・・可能性の話だ、この体で守る事が可能かと考えてな」
木連式柔他、実験漬けのひ弱な体では理解していても体がついて来ない。
何より重要なことは、A級のジャンパー体質がB級のジャンパー体質へと変わってしまった事だ。
黒百合時代、武器となった体、銃と小型のジャンプフィールド発生装置、機動兵器とボソンジャンプ可能な戦艦。
幾つもの叶わぬ望みがあった。
手元に残ったものは銃器を扱う技術と多少のメカニック技術。
残った少ない物の一つに、この防刃防弾の黒いマントがある。ラピスがジャンプ時に身に纏って来た物だ。
大人用だったので二つに分割、アキトとラピスが活用。
余談だが、アキトと服がお揃いなので実は密かにラピスは気に入っていたりする。
「きっと大丈夫ダヨ、アキト来てくれる・・・信じているから」
「・・・」
言葉が出なかった、ここまで信頼してくれる少女に自分がしてやれることは期待に答えることだけ。
もし・・・や、けれど・・・なんて余計な言葉で彼女を説得しても無駄だろう。
「守るよ。俺がそれ以外の何をして君の幸せを願えるだろう」
「笑って」
「え?」
「笑っていて・・・それが私の幸せ、エリナが教えてくれた」
「そうか・・・エリナが」
ユリカ、ルリ、五感・・・大切なものを無くしてしまってから、優しく接してくれたエリナ。
常態で情熱的なアプローチをかけてくるユリカより、イネスのような普段は自分をおもてに出さない女性だった。
好き・・・それ未満の感情はあったろう、あの頃は彼女の優しさに溺れてしまうことを怖がって何一つ・・・
必要最小限の話すことをやめていた。何もかも鎧の中に閉じ込めていた。
なのに彼女はラピスに戦場で戦う兵士ではなく、ごく普通の少女の生き方を教えてくれていた。
ラピスラズリの手を引いて、死が待つかもしれない戦闘をアキトと行うため連れてきた彼女。
どんな想いが胸中にあったろう?感謝しても足りない。
「エリナほかにもたくさん話してくれた、話してくれないことも。たくさんあったけど・・・」
「・・・」
「ねぇアキト、エリナに好きって言った?」
アキトのサポートを居場所とするエリナが、ラピスラズリに自分を見ていたように
ラピスもエリナを『ワタシの未来』だと思っていた。だから、無垢な瞳で問い掛けた。
エリナとお別れしたアキト、彼女に好意を伝えたの?
私の幸せを教えてくれた、彼女は幸せになれたの?
知りたかった。
「・・・」
ラピスの真意を知らないアキトは無言で少し考え、ありのままを口にした。
「言っていない」
「・・・・そう・・なの。・・・・・・・エリナのこと嫌いだっ・・・たっの?」
はっきり喋ることもおぼつかない、ひっくひっくとしゃっくりをあげながら泣いてしまう。
何度も泣いたせいで、目元が赤くなって痛々しいが溢れる涙は止まらなかった。
とても不安だったから。
一度でもまばたきしたらアキトがいなくなってしまうような不安があった、だから見つめ続けた。
だから掴んで離さないつもりだった、私はアキトに好きと伝えたいし嬉しい返事を聞きたい。
今はその時ではないけれど。
ユーチャリスやエリナ、イネス、アカツキ。
ラピスラズリという名前を認めてくれた人たちと別れ、今はアキトと二人きり。そのアキトも・・・いつか。
彷徨った砂漠で感じた、ただ一人になってしまう恐怖は耐えがたいものだから。
「違う、違うんだ。逢えなくとも死んではいない、だから」
「また逢えるの?」
アキトにぬか喜びさせる気持ちはない。
衝撃大きいだろうがラピスに強くなってもらうには、伝えなければいけないのだ。
いつかの一人立ちために現実を受け入れさせないと・・・。
「無理だろう、エリナもイネスも・・・今ここにいるイネスフレサンジュがラピスの知っている人間とは違うように。
逢えるエリナも違う、冷たく刺すような視線を向けるだろう。それでも逢いたいなら・・・耐えなければ駄目だ」
「エリナが?エリナ・・・・・・エリナ、エリナ・・・」
アキトといる、それでも悲しい涙が出ることを知ってしまった。
それは感情豊かになっている証拠で、エリナもきっと喜んでくれるだろう。
ラピスラズリ・・・・・・彼女は死線を幾度となく潜り抜け、今ここで確かに生きている。
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蜥蜴の攻撃も沙汰止みとなった半年ほど経過した、ある日のお昼どき。
ラピスたちが拠点としている施設の一角。
「・・・」
「食べないの?」
「・・・」
「聞いてる?」
「アキト?」
「え?ああ・・・すまん。何か用か?」
出されたレーションに手をつけず、腕組んで思案していたアキトに同席していたイネスが声をかけた。
結局ラピスにリンクと肉声両方で呼ばれてやっと反応を返したアキト。
思考に沈んでいただけ、体が睡眠を欲してウトウトしていたわけではない。
厳しい状況下を知っている、能力と責任ある立場の自分、労働時間の長さに文句は言わない。
そもそも人の一日とは約二十五時間、火星の自転と同じ。
地球では朝の太陽の光を見て本能的にズレを調整しているに過ぎない。
太陽の光届かない場所で長時間労働に従事していたとしても、体調を崩す心配はしなくても良い。
「気が緩んでるんじゃない?出会った頃は声色もっと硬かったわよ、それより」
「何だ?」
「火急の用って奴が無くなって来て、時間が空いたのよ。そろそろ教えてくれない?
ラピスと貴女が何処から来たのか、何が目的なのか・・・時間はそうね・・・一時間はあるわね」
蜥蜴対策は順調だし、人々を纏める役やバッタの改造・・・死は遠ざかり、ここには今、日常があった。
責任ある地位の人間も空き時間を取れるようになってきたらしい。
「それで?」
「それでって貴女、私が今の状態を納得していると思うの?本当は使える時間全てを貴女に割きたいのよ。
でもね、避難して来た人たちの後から付いて来るバッタの処理もしないといけないし・・・
戦渦の人間たちの精神安定のためにドクターもしないと駄目。この苦労わかる?」
「・・・感謝している」
「じゃあ話して欲しいわね、無理な話だろうけど・・・。けれど興味尽きないのよ、科学者としてあなたたちに」
「それは・・・マシンチャイルドとしてか?」
「半分はね」
「そうだな。木星蜥蜴については報告書を出そう、今は未完成だが・・・あと」
「食べないのアキト?」
「・・・イネスの話を聞きながらの飲食は食べた気にならないからな」
「そうだね」
「ラピスまで・・・そこまで言わなくてもいいじゃない、時間あるんだしさ」
説明好きは一人拗ねていたが、二人の妖精は構わず食事を再開した。
そんなつれない二人を寂しく思いながらも、二人の保護者として二人の食事に付き合う。
ここでは贅沢品、嗜好品、医者の不養生、を吸う事はしない。
幼い体の二人に気を使い、じっと眺めているとイネスは自分の頬が緩んでいる事を自覚する。
半年、彼女達の色々な側面を見てきた。
表情乏しかったラピスと、無表情以外見せなかったアキトは、互い以外信用しなかったが、やはり月日は人を変える。
数週間前にイネスフレサンジュが構築した迎撃システムが稼動し始めて、二交代制が崩れて二人一緒に眠っていた。
迎撃システムといっても、防御に改造したバッタを使用するので
アキトたちが行う電子戦のように敵を無傷で捕獲できるわけもなく、最悪時間稼ぎにしかならない。
それでもラピスたちで二十四時間戦うよりは良く。
・・・なにより戦いの中にいる二人を見なくて済む。
たまたま二人の部屋を訪れた時に見た、妖精たちの寝顔は可愛かったし、微笑ましかった。
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夜半、捕獲改造した並ぶバッタの一つにラピスがちょこんと腰掛けて人を待っていた。
待つ相手はアキト。
今は木連の兵器のシステムのチェックをしていた、手製の縄梯子を降りるとラピスの存在に気が付き、ラピスを見上げる。
「アキト」
「どうしたラピス、ほら降りろ」
すとっ
バッタはラピスの足の倍以上の高さ、危なっかしく見えたので
ラピスと比べても背は少しだけの高いアキトだが、手を掲げ手を取るとバッタの上から安全に地面に着地させる。
「待っていたのか・・・」
「ウン。アキト・・・悩んでる、でもワタシに話してくれないから」
「心配させたか?」
「・・・」
こく
この数週間悩んでいるのは確かだ、ラピスに相談せずにいたが不安がらせるつもりはなかった。
五感補助リンクを以前より格段に強化したためか、もしかしたらアキト自身が感じ持った感情が伝わってしまったのかもしれない。
ナノマシンの変化も関係有るだろう、CCを調達し使用してみたがB級ジャンパーへと体質低下が残念な事だが確認できた。
「いつまでもここにいる事はできない、だから考えていたんだ。
バッタを確保したところで消耗戦になるだけだからな、ナデシコが来たら」
「ルリがいるナデシコに行ってしまうの?」
「俺一人行くわけないだろう、ラピスも一緒に行くんだ。そんな顔しないでくれ」
「ウン・・・、一緒なら何処でもイイョ」
「ナデシコは嫌いなのか?」
「ワカラナイ・・・でもアキトは好き、ルリはワカラナイ・・・でもアキトとは一緒にいたい」
ルリとの会話は嫌悪抱くようなものではなかったはず、しかし・・・ラピスの不安げな態度は見ていられない。
・・・心苦しい。
復讐の道具とした少女に、こんなに思い入れ強くして・・・・・・もはや完璧な復讐鬼ではいられないな。
・・・俺はラピスをユリカの代わりとしてみてしまっているのだろう。家族として。
「あと半年以上時間に余裕ある、だから今のうちに手札を増やした方が安全だろうと考えていたんだ。
ディストーションフィールドは装備されていないが、火力は中々のものだ『クロッカス』が火星にもう存在しているはずなんだ」
「クロッカス?」
ナデシコにエリナが乗り込んだのは火星脱出後のこと、思い出話もそこから始まっていた。
ラピスが知らないのも当然だろう。
戦艦運用とオペレーションなどの知識は持っていたが、一般常識に関しては
エリナが教える時間も無くぽっかりと穴が空いていた。隔たっていた。ラピスは首をかしげる。
「地球でチューリップに飲み込まれた軍艦のことだ、もう火星に出現してるはずなんだ。
使えないかと思ってな、前回はフクベ提督が操縦を行って囮になってくれたが・・・」
「ならバッタを使えばいいと思う、でも」
「そう・・・問題はこの時期のバッタでは高度な処理が難しくバグも多いということ。とても上手く行くとは思えない」
せめてもう一隻、何処へ飛ばされたかも分からなかったパンジーがあれば、
色々と作戦の立てようもあるが、それを探す苦労はできない。動かせる駒が少なく机上の空論でさえない。
「イネスに相談する?」
「・・・してみよう」
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火星で唯一トカゲが侵攻できていない地、その場所は幸運が幾重にも重なって今を維持していた。
木連は第一次火星侵攻を成功させて、地球まで攻める勢いを弱めなかった。
チューリップを送り、無人兵器群を送り続けて、巨大な戦争であるにも関わらず短期終結の見込みを立て戦勝に酔っていた。
壁補給線の伸びや生産能力の限界・・・火星は少数のバッタで確保していた。
それでも一年後まで地球の何一つ火星降り立つことは無かった。
「あら?こんな時間に」
「失礼」
「どんな御用かしら、ラピスも一緒に。砂糖は確か二つで良かった?」
「三つ」
「俺は二つで」
様々な仕事を抱えるイネスの部屋で女性らしさを探すのは難しい。
医者や技術者など肩書き多い彼女、仕事関係の物が多い中、貴重な菓子類などのお茶セットが潤いの源だ。
「ありがとう」
「いいえ、で?あなたはともかくラピスは眠そうだから手っ取り早くなさい」
「そうだな。・・・いつまでこんな生活を続ければいいと思う?・・・地球からの救助は絶望だろう?」
受け取った紅茶を少し口に、まだ熱かったので息を吹きかけて冷ますラピス。
しかしイネスとアキトは関係なく飲んでいた、イネスは大人だしアキトは体の五感鈍っている。
「回りくどくない?ま、いいけど・・・ええ、そうね。
ネルガルがいくら上手く立ち回っても、軍が戦線を火星まで押し戻すには
技術の実用化、量産化、運用、・・・最低でも一年、最悪火星の二の舞よ。・・・それで?」
「フネが欲しい」
「簡単に言うわね、敵の機動兵器をどうにかするだけでも手一杯・・・何か見つけたの?」
レーダーの役割持たせた改造バッタを火星の現状調査に飛ばしていた。
帰還率は低かったが何体か戻ってきたので、蓄積されたデータ解析をラピスたちは任されていた。
「北極圏に無人の戦艦があった」
史実通りの場所に『発見』した。
「軍が捨てて行ったのかしら?壊されていなければ価値あるわ、ありがとう早速」
「どうするんだ?」
「防衛に使うわ。もし戦艦やチューリップが来ても、有ると無いとでは生き残れる確立がまったく違ってくるじゃない!?」
ぬか喜びさせるつもりはなかった、けれど現実主義者らしくないイネスに
表面上はともかく、ここの人間たちが精神的にかなり切羽詰っていた事を知る。
「ここまで移動させるのか?蜥蜴を刺激せずにそれは無理じゃないか?」
「そ、そうね・・・」
イネスはアキトに切り返され詰まり、不確かな希望にさえ簡単に心乱されている自分を否定したくなった。
首を振って紅茶をもう一杯入れる。
砂糖を溶かしていると落ち着いてきた、アキトが提供した材料を吟味して組み立てるといつもの調子が戻ってきたと感じた。
科学者であろうとすれば、落ち着く性格なのだ。
自分の生死さえも客観してしまう楽な生き方、けれどそれは心に欠片で埋まらない穴があるから。
それは『イネス・フレサンジュ』という名を得る前、空白の幼少期が影響しているとずっと前から確信していた。
「・・・考えてみるけど、実際調査してみないと駄目ね。
それに、本格的な戦争の経験がない私たちでは運用は無理。それが結論になるわ・・・はぁ」
「絶望的な未来予想図は木連の動向如何でかわるとは限らないぞ、できることを示せ。
例えばコロニーを潰したチューリップ、あれを除去するにはどれほどの火力が必要だと思う?」
「それこそ不可能と言われる領域の話よ、そうねぇ・・・私達、自力で潰すことはまず無理ね。
リアトリスが幾つあっても技術と数量の差は埋められないもの。
・・・チューリップを構成している物質の強度調査ならできるかも、まずはそこから始めましょう。
何を企んでいるのか知らないけど拒否はしないから、安心した?」
「ああ、報酬を用意してきた甲斐がある。ここに置いていく」
「もう出来てるの?時間があわないわ・・・・・ずっと前から用意してたワケね?」
レポートは真実をなるべく書いたつもり、自分の価値を明確にさせるため推敲してネルガルへ渡る情報を選びはしたが。
咎めるようなイネスの言葉を無視して、席を立ちラピスを伴い出て行こうとする。
「ラピス」
「・・・」
「待ちなさい、私にチューリップに対抗できる方策を話してくれてもいいんじゃないの?」
「・・・まだ完全じゃない」
「あるの?」
「だから話に来たんだが、イネスに思ったより余裕が無かったからな」
「最初に言ってくれれば私も冷静で居られたのよ、以心伝心・・・貴女達じゃないのよ」
「一を聞いて十を知ることが可能だと思っていたが・・・違うのか」
当然だ、アキトが知る幾多の危険を生き抜いたイネスフレサンジュではないのだから。
アキトにフィルター通してイネス博士を見ている自覚はなかったが。
「買い被ってくれたわね、で?」
「チューリップがたった一つ在る場合の仮定で、戦艦を囮とする事ができれば
母艦としての機能を破壊できる案がある。ただ・・・まだ完成にはパーツが足りない」
「それを私に製造しろと言うのね、違うの?」
「機動力と輸送力ある戦艦とアレを繋ぐものが要りようになる」
「・・・まさか、空想の域を出ないそれが可能なの?本格的な電子戦・・・・・・」
ブラックサレナで戦艦さえも狩った経験と、ユーチャリスで完全なワンマンオペレーションを実現させた経験・・・
ホシノルリが未来で行った火星圏制圧には及ばないだろうが、初代ナデシコの性能ならば火星圏脱出は可能となろう。
イネスは驚き呆れた。ネルガルの計画の先にまさしくソレがあるはずだ。
とても野心的な計画・・・環境さえ整えば最小限の危険で最大限の効果が出せる。
「本当に可能だと言うの?でもどうして貴女は経歴不詳に磨きかけて不信感を抱かせようとするの?何が狙い?」
「そんなつもりはなかったんだが、信用できないならこちらで勝手に進めさせてもらう」
「・・・・・・止めても無駄なら協力するしかない、お互いを信頼しましょう」
「ラピスもういいのか?もう行ってもいいか?」
「うん」
「かなわないわ・・・・・・・・いつか理解できる時が来るのかしら?」
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三人の人間が会話を交わしていた、その内容は極秘中の極秘に当たり
記録される事は無いし、参加している人間さえ内容は元より誰との会話と証言しないだろう。何があっても。
「火星にマシンチャイルドが?イネス博士と最後まで一緒に居た女性の証言か・・・信用に足るのかな?」
「珍しいですね、あなたが女性を疑うなんて。
ですが・・・戦艦を向かわせるリスクを考えれば、その情報が確かなら『保護』しないといけませんね」
「でも生きてる保障もありませんな、最後の状況から考えると」
「嘘と本当を見抜くには直接会って話し合わないとね、相手が女性ならなおさらでしょ?」
「口説くおつもりですか・・・でしたらプライベートでお願いできます?愛の伝道師さん」
呆れて冷たく切り捨てると、肩をすくめて男性はつれないなぁ〜と首を横に振る。
「それにしても不思議な事もあるもんだね、木星トカゲが誘拐なんてさ」
「イネス博士の名声を考えれば不思議ではありません、未知のマシンチャイルドの事も気になります。
・・・クリムゾンでしょうか?それとも、やはり時期的に考えると・・・」
「どっちでもいいさ、火星のネルガルの資産が手に入ればね」
残りの一人は二人の意味深な会話を黙って聞いて、一瞬だけ眼鏡の奥の眼光鋭くさせる。
「・・・ふむ」
悪巧みは着々と進んでいるようだ。
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Ver 1.12