こんなはずじゃなかった、あまりにも突然だったとはいえ私に導いてくれる姉なんて・・・必要ないのに。
「どう?」
でも、この目の前にある写真には『躾』なんて題を持っているとのこと。
姉が妹の世話をしているようにしか見えない。
考え出してしまうと止められない、と同時に私の心は一層冷めていった。
口よりものを言うと祐麒に言われた事もあったけど、笑うことも泣くことも出来なくなっていた。
「・・・これ良く撮れてるね、本当に何時の間に」
「でしょう?急いで現像したの」
「はい返すね」
「あれ?」
「さっそくだけど言い訳、聞きたいなー、ね?蔦子さん?」
「あ、あげようか?え?要らないの・・・そう」
良い絵が撮れたと見せてあげるだけじゃないつもり、これを交渉材料にと
打算もあったけど祐巳の反応は予想外、真剣に見てもらえるのは嬉しいけど喜んでもらっては
貰ってはいない様子。無断撮影は悪いと思ったけど、プレッシャーまでかけられるとは思わなかった。
「本当に紅薔薇のつぼみとのツーショット欲しくないの?典型的リリアン生徒なら誰でも欲しがると思って
たんだけど、祐巳さんは違うみたいね。お願いがあったんだけど、うーん・・・どぅしよーか」
「どんな?引き受けてあげるよ、内容次第だけど」
わたしの名前は福沢祐巳、リリアン女学園の一年生。
お姉さまはいない。
お姉さまとはこの学園特有の上級生が下級生を導くという、スール制度上での上級生の呼び方である。
全員に適用されるものではないし、目の前にいる蔦子さんなんかが良い例だ。
ロザリオは受け取らないと公言していた、稀有な例ではあったが。
私が何故作らないのかと問われれば、相手がいないし誘われた事もないと答えていた。
そんな他愛もない嘘を見破れるほど、心清らかな彼女たちは疑り深くなかった。
しかし、今日は少し様子が違っていた。
「違う、違うのよ。上手く言えないんだけど、あなたが」
「えっと何?」
「一度も今まで妹にならない?と言われた事ないように思えなくて、結構広く活動してるじゃない。
今まで何回も遅くまでいるの見ているし、よく私は時間かかる部にいるから直接みて知ってるけど
ある時は先生方と一緒に、ある時は先輩方と一緒に」
「うん、でも」
「どの部にも入部はしてないのよね?私の場合は姉持つつもりないのよ。
まあこれは入学する前から決めてたからね、でも・・・祐巳さんは違うはずと思っていたのに」
勘違いしてたのかな〜、なんて言いながら祐巳の今までの部活動仮入部遍歴を、次々と口にしてくれるクラ
スメイトの武嶋蔦子さん。中々のやり手と聞いていたけど、私マークされていたのか・・・確かに心身を磨
くためにと、今まで幾つかの部活動に体験入部していた。
そこで親しくして貰った上級生に姉はいるの?と聞かれたりして、妹にというのは本当は何度かあった事な
のだけど良くご存知でらっしゃる。
「所でどうしてこんな話に?」
「藤堂さんが薔薇様に、って噂まだ聞いてないの?」
「え?うん、知らない。藤堂って、同じ組の藤堂志摩子さんだよね?
生徒会・・・そう言えば見た気がするなぁ、あれそうだったんだ、あーあ、まずぃなぁ・・・」
「そう白薔薇のつぼみ、知らなかったの?」
二人の有名人にラブコールされて、結局の所は白薔薇に納まった立場の志摩子さん。山百合会の一員である
のだしクラスメイトとして協力はしてくれるだろうか───頼みにくい。
一方の当事者である祐巳ならどうだろう、許可を貰うついでに写真を持って山百合会に行く方が楽しそうだ
なにより美味しいシャッターチャンスがあるかもしれない。
「そう、そんなわけで紅薔薇のつぼみの妹は未だ不在な訳だから
それだけ許可は楽だと思うの、妹のいない生徒は姉候補であって未だチャンスはあるのよ?ね?」
「噂されないかな、他につぼみに妹が出来ない限り代役なんて御免だよ」
「あなた変わってるわねえ姉を望まないなんて、持ち上がり・・・あ、でも。
ううんなんでもない、展示の許可はつぼみとも一緒に話して決めたいと思うの、ご協力願います」
「それもそう・・・かもね、うん」
/
薔薇の館と呼ばれる生徒会が使う建物には一度だけ入った事がある、その時は仮入部した部活が忙しかった
ので私も色々と雑用をやっていた。あの時のことは自分でも恥ずかしいほど慌てていたから、実は良く憶え
ていないので書類処理から何から、かなり手続き急がせてしまって相当に失礼だったかも・・・。
「誰か憶えてもないのは、でも聞くのも逆に失礼な話。・・・複雑」
「なにぶつぶつ言ってるの行きましょう」
「あら?ご用かしら」
扉の前で祐巳は立ち止まって、あの時の生徒会のだれかと会うならあの時のお詫びをと考えていた。
これから写真の交渉もできるのか心配だ。
来ないほうが良かったんじゃないかと、蔦子さんには悪いことしたけれどもあの写真には興味持てない。
「私たち薔薇のつぼみに」
「入って、私は少し用事あったものだから遅れて来たのよ。
もう全員いると思うけど、黄薔薇のつぼみはもしかしたら居らっしゃらないかもしれないわね」
「それは妹の関係ですか、病院では流石に一度ツーショットを貰えないんですよ。いくら私でも。
今日は、福沢さんと、その、紅薔薇のつぼみがいらっしゃるなら良いんです」
階段上がると部屋の中の声が洩れて聞こえた、誰か言い争っているようだ。
志摩子は足を止めて今はいるべきか迷ってしまった。
蔦子はかまわず祐巳を促して、扉開けようとした。
「え、っ?」
「きゃ」
「ああっ、だい、大丈夫?祐巳さん」
「いただきっ」
他人のピンチをチャンスに変えるこのひとは───武嶋蔦子さんには後でしっかりお礼しよう。
まずは、誰が私の上に・・・。
「あなた大丈夫?」
「え、ええ」
志摩子さんの手を取っていたけど、押し潰した相手も手を出してくれたので自然に。
なんと今朝の夢うつつの人、でもよくも私の小さな汚点を見つけてくれた。
・・・タイを乱していた私が悪いのだけど。
「あら?いらっしゃい、今は少し立てこんでいるから待っててくれるかしら。
志摩子、おふたりのことは任されてくれる?」
「はい」
「お姉さま?妹がいれば良いのですよね、なら」
「ん?」
「え?」
「・・」
紅薔薇さまに言われて一年の三人はふちっこで待っていようとした、その一人が手を繋がれたまま
真ん中に引っ張ってこられた。
あなたのなまえは?そうお姉さまはいて?と聞かれて戸惑いつつ答える、これは何回目かわからない。
でも途端に世界から色が消えるのは同じ。
やはり口に出すたびこうなるのは運命か。
「いませんが」
「良かった」
何が良かったのだろう、と止まった心で傍観しているとずぃっと三人の薔薇たちの前に出されて紹介をされた。
私の妹ですと、そこから喧々轟々の騒ぎが起こる。
妹宣言をした祥子に意図が掴めない一年生たちと、攻撃の手を休めない薔薇様たち。
「だから、どうしたの?それで役が降りれると思ったの、素直なかわいい子ね」
「うんさすが容子の妹、でもびっくりだなあ。
初対面でいきなりスールなんて、私でも出来なかったことだよ」
「白薔薇さま、あなたは一年間延ばしたのよ。何事にも長短はあるということよ」
「白は紅と相性ぴったりに最悪ね」
黄薔薇さまが紅薔薇と白薔薇の関係を揶揄して、本来の主役である祐巳は置いて行かれた。
様々な理由で頭の挙がらない相手、佐藤聖にとって水野容子とはそんな人間だ。
「あの」
「なに?」
「話が見えません」
蔦子の質問でようやく、何がどうしてこんなになっていたのか知ることが出来た。
今度やる演劇のキャストに問題ありと紅薔薇のつぼみの我侭・・ギラリん、と紅薔薇のつぼみに睨まれ
異議と言い直す蔦子。
それが、この会議というか発端らしい。
そして最も大切な今の宣言の理由は、どうしても演じたくない人の無駄な反抗と紅薔薇さまは言われた。
福沢祐巳は口を真一文字にしたまま考えていた、これで何人目かな。
私が本当に美人と言われていたなら納得しようもあるが・・・
でも妹にし易い体質、というか・・・そんな星の元に生まれたらしいぞ。私、福沢祐巳は。
「じゃあなかったことに」
「そんなこと言いません、ちゃんと面倒見ます。祐巳」
「おや本気だよ困った子、動物拾って帰ったら既に自分の物扱いなんて・・・他の姉妹だけど
口出していいよね?紅薔薇さま黄薔薇さま」
「わたしは構わないけど、容子がねーそれに妹の事でとやかく言えないし」
「おふざけはここまで、二人とも黙ってて。祥子、本当にその子にロザリオを渡すの?」
「・・・お姉さま、私は虚偽は嫌いです。
役がどうとか勘ぐりなさるのなら、渡せば納得してもらえるんですよね?」
小意地なって、でもこの人は本気なんだ、だから私も誤魔化しては失礼だ。
今までの一見逃避とも思える断り方では納得してくれないだろう。
姉を作らない理由を話さないと駄目だろうか、本当に慕い憧れていた姉の事を。
「待ちなさい、祥子はひとつ大事なことを忘れているわ」
「それはなんですの、お姉さま」
「私もあなたを妹にする時に言ったわ、そしてからロザリオをあげたじゃない」
「・・誓いですか?」
互い思いあってスールはあるのだから、有無を言わさずロザリオを渡しても
受け取ってもらえないのなら、それは儀式とは呼ばないだろう。
黙って聞いていた主役、祐巳がはじめて紡いだ言葉は拒絶だった。
「残念ですけど、それはいりません」
「あなた・・・」
「可哀想にまたふられた」
「意地悪な義理姉、白薔薇さまはぴったりのようね」
「もう劇の練習?気が早いよ」
「二人とも・・・まあいいわ、そうね。名前も聞いてなかった、急ぎすぎていたのは謝るわ。
あなた名前は?私は水野容子、紅薔薇さましてる。こっちが鳥居江利子と隣のが白薔薇の佐藤聖」
「福沢祐巳です」
「福沢?聞き覚えがあるわ、確か・・・そう、松組のユミさんよね?」
名前に首をかしげて何かを思い出そうとする、紅薔薇さまは明晰な頭脳の持ち主。
その記憶力で、入学早々入院というか病院通いしていた一年生だと思い当たったようだ。
「はい、私けっこう知られてましたか?やっぱり一度凄く失礼な事」
「それは私、憶えてるかな?久しぶりね」
「あの時の」
「何回も顔出しに来るから、あなたが何部に入って居るのか興味あったんだけど」
「何回も、でしたか?いつも慌てて、その、すみません」
「黄薔薇さまに目つけられたわね、大変よ。ところでユミとはどう書くの?
思い出せなくて・・・私そういうの嫌いなの、ちょっと変わっていたと思うのだけど」
「天祐のユウに巳年のミです、それで祐巳」
「うん変わってるわね」
「黄薔薇さまに言われたら救いが無いわ、でも福沢で祐と巳なんておめでたい名前ね」
「希少かも」
「ますます好みのタイプよ、それに聞いたところによると確か部活動すべてを仮入部なんて面白い。
私がしてみたかった、今から見学がてら祐巳ちゃんに案内頼もうかしら」
「江利子!」
「冗談よ、紅薔薇さまは相変わらずダイヤ並の硬さだこと」
「とにかくお客様には席に着いていただいてはどうでしょう?」
「志摩子の言う通り」
白薔薇のつぼみ、藤堂志摩子の提案を姉が了承し二人には席が用意された。
紅茶が出され祐巳と蔦子が志摩子に礼を言いつつ、蔦子の方は面白そうな顔していた。
「知らなかったな、祐巳さんが顔広かったり私と同じように姉をつくらない人だなんて。
それに薔薇さま二人に名前覚えてもらってて、桂さんの言うところの有名人なのねえ」
「違うって、本当に」
同級生にこの言に少し照れて、誤魔化すように美味しい紅茶に口をつけた。
「ふーん」
「な、なんですか」
「祐巳ちゃんは砂糖なしで飲めるんだ、確かに志摩子のいれた絶品だけどさ・・・意外と大人〜?」
「白ば、らさまっ離してくださいよーんー」
近づき抱きつき、やりたい放題されて文句ひとつ言えずにいると
隣から蔦子さんがシニカルな笑みでレンズ向けてたりしたので、またこの人は・・・。
どうしてくれよう、と怒りの矛先を変えた。
「やめて下さいます、白薔薇さまは私の妹に何をなさるのです」
「えーでもー祥子ーいいーでしょお、なんかいい声だしてくれるし、ちょっと痩せてるけど」
「この人は・・・祐巳も暴れると面白がらせるだけよ」
「なら祥子が代わる?」
「どーしてそうなるのです、この人は・・・まったく」
たんに白薔薇さまに抱きつかれるのが嫌なのだろう、悪戦苦闘する祐巳をつまらなそうに見て
いるだけになった。・・・こぉのぉ薄情姉、確かにわたしは認めなかったけどさ。
「次は私ね」
「・・・大変ね」
「黄薔薇様も抱きたいの?」
「あんたとは違うわよ、令は帰ってしまっていじれないから代わりにね。
妹とセットだと面白いし、その妹と似てる感じだから」
一年で黄薔薇のつぼみの妹より非力と言われた私を、こんな三年の餌食して
他人事のように大変ねとは、良い印象無くしたよ。
珍しい事に黄薔薇さまが傍観から会話に加わって、福沢祐巳は傍観決め込む小笠原祥子に代わって二人の
薔薇と会話する。雲の上の人二人に対して割りと会話が成立していた、でも話の中身は頭が痛くなる。
「・・・やだもうすこし、抱いてる」
「だっ、駄目ですよ離してくださいってば。やめて」
「聖はひつこいからね、諦めが肝心よ祐巳ちゃん頑張って」
「そうそう」
「三分経過、離してあげなさい。祐巳ちゃんこっちに来なさい」
「容子のチェックが入ったか、仕方ない」
祐巳を解放し隣の子に話し掛ける白薔薇、祥子も二回目はないと踏んだのか会話に加わる。
しかし距離を取る、抱きつかれるのは御免だ。
「志摩子の前でよく出来ますね」
「・・・別にいいじゃない。そうだ祥子、残り物には福があるというし
このカメラちゃんなんてどう?意外性狙いなんでしょ?」
「結構です、白薔薇さまは私を玩具にしないで下さい。
そういえばどうして来ているの?ふくざ・・祐巳、と蔦子さんは何か御用事?」
「えっと、それはですねこの」
「あー・・・少し待っててよ、もうすぐ容子が終わらせるから。
名前の割りに運がない子が江利子に遊ばれるの見ていったら?」
白薔薇さまはアンテナにかからない人間には実に、消極的な一面を持っている。
それがいま出ていた。
容子と江利子に渡した福沢祐巳を横目で見ながら、祥子を観察していた。
「写真なんですが」
「興味ないなあ生徒会関係は容子に聞いてよ」
武嶋蔦子さんはデリカシーの無い人、たとえば築山三奈子に似ていると聞いていたので
つんと澄まして傍観していた。
福沢祐巳を祥子は諦めてはいない様子、だが今更初対面の後輩を釣ることが可能なのか。
姉と黄薔薇さまに捕まっている祐巳に話し掛けるにしても
タイミングというものがある、それは遅きに失していた。
「違います白薔薇さま、祥子様。これ見て頂けます?
今度の時に部で展示したいのですが、紅薔薇のつぼみの許可を頂きにきたんですよ」
「何かしら武嶋蔦子さん、あら?これは・・・いつ・・・」
・・・思い出せない、・・・思い出せない、・・・思い出せた。
「よくやったわ」
目が輝いたと思った、許可をもらえそうだ。
「はい、では?」
「お姉さま」
「何かしら、妹獲得に二度も失敗した祥子」
「な、なにを言ってもこれを見ていただけば、私が姉としての資質ありと思って頂けますわ。
そして、祐巳が私と初対面ではない事も納得して横暴なご判断を変えていただけます」
福沢祐巳にふられたことで、無くした自信を取り戻した祥子は蔦子の手にある写真奪うと、姉に見せて生
徒会での発言権を手にしようとする。蔦子は思った以上に強引な人柄に唖然として、また祐巳がつまらな
そうにしているのを見てがっくり来てしてしまう。
せっかく山百合会にお近づきになれるというのに、嬉しくはないのだろうか。
next