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黒のラピスラズリ   第一話「運命の日」

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-----A part
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「ラピス、バッタは?」


焦りは無い、ただ装備と体力が疲弊しているのは自覚していた。
頭を潰したとはいえ未だ火星の後継者を名乗る残党は居る。
あと少しだ、連戦してやっと追い詰めたのだ。
彼らの行う「協力」と「補給」と称する行為の隙をつき、確実に仕留めて・・・執念でここまできた。


「あと25、あっ、戦艦が2機火星に落ちていくよ」


見ると多少の被弾で軽傷だ、まだ逃亡の余地は多分にある。
火星に下りるか・・・。
考え、そして通信しつつバッタを潰す。
通信相手のこの娘はラピスラズリ、俺がユーチャリスを駆るため利用している・・・酷い奴だろう?そう酷い奴。
だがこの戦いが終えたら、俺はこの娘に何でもしてやろうと思っている。
残り少ない命、この娘のために使ってやろう・・・。
血まみれの俺が、再び幸せを得る事はできない。
幸せの象徴、屋台を引いた家族のミスマルユリカとホシノルリを幸せに出来るとは思っていない。
二人にとって、俺は悪夢を見せる存在でしかない。
目的のためにコロニーを幾つも落とし大量殺人を犯した俺は、一人前のコックを夢見ていたあの頃には戻れない。
サレナに乗って行過ぎる敵を追う、25程度ならばラピスのサポートもいらない。
無人兵器などに、万全でない装備だとしてもサレナに傷負わせる事さえできやしない。
つまらないバッタ狩りを終えて帰還の意志をラピスにつたえた。


「了解、ユーチャリスに戻る」


ラピスが操るユーチャリスの元へ帰るアキト、眼下には赤黒く荒廃した火星があった。
・・・最後の決戦から数週間。
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手持ちの戦力でここまで持たせてくれたラピスに、礼の意味を込めて紅茶を入れる。
苺ショートも用意する、料理は出来ないがせめてラピスに美味しいものを。
そう言った女性がいた。
心を向けてあげられなかったのに・・・その心遣いには感謝している。
ラピスにも優しく接してくれた・・・そのラピスはカップを手にじっとしている。
温度を測り、さましてから口にする。
もう幾度となくこのブリッジで繰り返された光景、ラピスが飲み終えるをゆっくり待つ。


「・・・」


疲労した身を椅子に沈めて休むアキト。
ラピスを見る。
光を感じる事が出来ない目なので、この場合は意識を向けると言った方が正しい。
その時のアキトは、優しげで復讐以外なくしてしまった人間には見えない。
・・・残念な事に自覚はしていなかったが。


「・・・」


自分もラピスが入れてくれる紅茶を飲み、休憩をとった。
以前、ただ一度ラピスが入れようとしてヤケドをしそうになった事がある。
味を感じなくなった俺に紅茶を飲ませても意味は無いのだが、慕ってくれている彼女の行為は素直に受けた。


「地上での戦闘は久しぶりだね」

「そうだな、これで最後だ」


普段は無口なラピスだが、アキトと二人きりなら多少喋る。
向き合って話し合う。
リンクの方が楽なのだが、作戦会議にはオモイカネも参加するので、言葉を声に出す。
ラピスはこれ以外はリンクの方が好きだ。
理由はやはり、アキトと一つだから。


「・・・」


ネルガル会長のアカツキと秘書のエリナ、時々会う事があった二人もラピスは優しいとは思っていたが、
気が置けるのはやはりアキトのみ。アキトは特別。
私はアキトの目、耳、手、足・・・すべて。


「・・・」


アキトは少女見つつ考えていた、最後・・・これで本当に最後なのだ。
ラピスをエリナに任せるという選択肢はこれまで何度浮かび消えただろう・・・それは義務の放棄、逃げ。
それはできない。
それが結論だ、が・・・。


「次はどうするの?アキト」


いつものように聞いてきたラピス、答えは・・・見つからない。
全てを終えたら・・・。


「ラピス、エリナの所に行く気はないか?後遺症で俺の命は短い、あとは衰弱するばかりだろう・・・君に俺の死を見せる気はない」

「アキト・・・私はアキトのすべてじゃないの?
ずっとこのまま一緒にいて、アキトが私を見ていてくれると嬉しい。・・・駄目なの?あと少しでもいい」

「・・・そうか、わかった。約束する。ずっと一緒だ」


不安そうで壊れそうな声、近づいて来たラピスの手を取り約束をした。
安心してくれたようだ。
いつもの結末になってしまった・・・本当にこれでいいのだろうか?
答えは見つからない。
そして大気の底へと降りていくユーチャリス、復讐の仕上げだ。
・・・ようやく。
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「なんだほとんど終わってるじゃないか、奴らもガタガタだったのか・・・」

「北東に120、南東に20」


失望した声をあげるアキト、火星に落ちた二隻は地でガラクタと化し
『火星の後継者』を名乗った奴らもろくなのが残っていなかったのか、機動兵器も捨ててある。
あたりに生命反応はなくラピスに探索させた所、荒廃した大地を2つに分かれて逃亡していた。
数に隔たりがある、仲間割れか誘導か上司に見捨てられた哀れな兵士たちか。


「どっちから行く?」


感情のこもらぬ声でラピスが聞いてくる。
地形を探ると北は谷になっていて潜りこまれたらやっかいだ、グラビティーブラストで塵にするのもいいが
相転移エンジンの出力が落ちている事を考慮すると。


「急いで北東の奴から処理だ」

「わかった」


こちらも余力は少ない、時間節約をしよう。
サレナの整備をし準備を終えた頃、ちょうど発見した。よし行くぞ。


「ブラックサレナ出る」


火星の空、ナノマシンが見える。ここが最後戦場か・・・故郷も近いらしい、思う事はもうないが。
敵は簡易な武器だけ、思ったとおり雑魚。
軽く焼き払い、8割ほどに死を与える。
その程度、俺は直撃でもしない限り生身でも死なないぞ・・・
あの世でヤマサキと待っていろ、すぐに追いかけて痛みと苦しみを与えてやる。
あいにく今は時間が惜しいのでな。
パキュン
果敢にもか、気が狂ってしまったのか銃でサレナに攻撃してきた兵士。
それに腕をむけ惨殺。
三分後、残った生命反応を探す。
残った岩に隠れている虫けらを処理しユーチャリスに戻る。
さらにその6分後。
暴走したようなスピード、その二台のバギーは感じている事だろう。
恐怖を、必死にここまで逃げてきても追撃の手を緩めぬただ一隻の戦艦とテンカワアキト。


「あれが奴等のなれのはて、ユリカ・・・ようやく俺は」

「・・・」


滅多見せない感情を、しかも喜色を見せるアキト。
金色の瞳でそんなアキトの姿を見ていたラピス、この後の事など考えたことはなかった。
これからもないと思っていた。
でもこれが終わったら。


「ラピス出る」


彼女は不安を感じていた。
一瞬ののち、返事を。・・何か来ている。近づいていた。


「っ、アキト。戦艦が」

「ちっ、囮か?まだ・・・あれはナデシコ、追いつかれたか」


オモイカネとナデシコCをフルに生かせば、ジャンプを行わなくとも・・・いつかは捕捉される。
それが今になっただけ。
補給できてない装備、一戦し逃走は・・・可能か・・・しかしここまで来て。
残党を逃すわけにはいかない、俺は奴らを滅ぼしたい。
それはナデシコに居る人たちにとっては愚かな行為だろう・・・もし俺がナデシコに居たのならそう考えたろう。
だが、もう遅い。


「グラビティブラスト打てるか?極小でもいい」

「どっちに?」

「・・・」


一瞬迷う。


「終わりですアキトさん」


それが不味かった。電子戦を畳み掛けれ、ルリちゃんに母艦ユーチャリスを落とされてしまった。
作られたウィンドウにはルリちゃんの顔、ユーチャリスも万全の体制なら電子戦特化のC相手でも逃げる時間は作れたのに。
電子制圧され、もはや自由にならぬ戦艦の中でラピスは唖然としていた。


「(アキト・・・)」


ラピスはリンクを通して、不安を伝える。
あと少しだったのに。


「私に任せてユリカさんに会ってあげてください、もう復讐は終わったはずです。アキトさんが戦う理由はないんです」


確かにルリちゃんなら火星の後継者の生き残りに、それ相応の断罪をしてくれるだろう。


「(ごめんなさいアキト、私・・・私が・・アキト・・お願い近くに来て・・)」


電子の妖精二人に詰め寄られるアキト。
手足を縛られ囚われの身となったラピスはアキトに思慕の感情をぶつけ、そして肝心なところで役に立てなかった
自分にイヤになり、支配下におかれたユーチャリスの中、ひとりラピスは身を抱き涙を流す。
アキトと離れ離れ・・・それは耐えられない事。


「みんな待ってますよ、エリナさんだってイネスさんだって本当は帰って欲しいはずです。
ユリカさんに会ってあげて下さい・・・私も待っているひとりです。一人で何もかも背負いこまないで下さい」


ルリちゃん、それはないよ。
あの二人は最後まで俺の命の時計を見続ける事に耐えられない、ごめん・・・そう言っていたんだ。
ユリカに、王子様は命短き大量殺人者なんて教えちゃダメだ。
俺の事には弱いんだ、あいつ・・・。
ごめん。


「ジャンプ」


大規模ジャンプフィールドを使わない、人間ではA級だけ使える単独ジャンプ。
ラピスに駆け寄り声をかける、外では主を失ったサレナがスタンバイ状態に移行して地面に降りたった。
ルリは冷静にアキトの行方を捜しウィンドウを作成した。


「・・・アキトさん、ラピスとこちらに来てください。直接会いたいです」

「断る」

「どうしてですか?ラピスも道連れにするつもりですか?そんな事できる人じゃないです、元のアキトさんに戻って
・・・イネスさんを信じて治療してください。このレシピはアキトさんのものです。いつか料理だって」

「できない。ダメだ、俺がのうのうと生きているなんて事は俺が許さない。これ以上近づけば俺はここで死ぬ」

「やめてください!もう・私・・私は・失いたくない、私が守りますから。
死ぬなんて言わない下さい、私の家族になって欲しいんです。一緒に生きてください・・・」


アキトは懐から出した銃を自分の頭に向ける。
ジャンプユニット使いラピスと逃げる方法があるが、ここでルリに諦めさせればとも考えていた。
動揺しているルリを見てラピスは思い切った行動に出た、自身の全てを賭ければ経験劣っても。
ユーチャリスの全てでなくても、ジャンプユニットだけでも落とせば。


「(アキト、今ならユーチャリスを取り戻せる)」

「(無理するな)」

「でも・・私はアキトのっ」


アキトも分の悪い賭けだと分かっている、ラピスとはリンクされているのだから。
それでも流れる涙を拭きもせず、アキトを見つめるラピスに負けた。


「・・やってくれ」


一秒にも満たない。
そんな僅かな時間をルリら切り取り、光を溢れさせユーチャリスをジャンプさせた。
過負荷が主要ユニットが融解と小規模な爆発を始めている、疲れた様子のラピスにチェックさせたが
壊れていくユーチャリスの速度は落とせない。
艦橋も崩壊の危機にあっている。
ラピスの傍に寄りいつでもジャンプできるようにする、情報を集めるラピス。
場所は遺跡・・・。
イメージが固まらないままのジャンプでは長距離は移動できなかったようだ、火星の良く知る所は
ユリカとキスをしたここなのだろう。
未だ。
近くのコロニーまでは距離があり、俺とラピスが身を隠せる場所はない。
死の大地が多い火星、逃亡先は限られる。
ルリちゃんたちはもうこっちに向かっている事だろう。


「もう、これまでか・・・ここで死を待つ」

「私も一緒にいる」

「・・・ラピス・・・お前は生きろ、俺が安全なところにジャンプさせる」

「アキト!?私だけ?私だけなの?」

「ユーチャリスもオモイカネも、俺の墓標には高すぎるがな」

「アキトが死んだら、私人形になっちゃう!
そんなのイヤ!アキト見捨てないで!私のアキトでいて!居なくならないで!」

「ラピス・・・」

「私アキトと離れたくないよ、ずっとどんな場所でもついていく!・・・それが私のただ一つの願い」

「もう逃げ場所はなくなってしまった。せめてお前だけでも、きっと幸せになれる。俺は死を待つだけだ」

「そんなのヤダ!今までしてきた事が全部無駄になっちゃっう!!絶対にイヤ!!捨てないで!!」

「俺は復讐鬼だ、酷い奴だ・・・だからお前を復讐に利用した。
お前は利用されたんだ、慕うな!嫌悪していい、だから行け!行ってしまえ!」

「っ!!」


俺は大声を上げ無理やりラピスの心を追い詰めて、傷つけた。だが・・・これで離れられるだろう。
ショックを受け茫然自失に、と予想に反して覚悟を決めた顔をするラピス。
まずい。
ここまで俺は甘かったのか?冷酷に、ずっとそうあったはずなのに。
それとも、ラピス自身の変化を甘く見すぎていたのか?


「・・・・・・」

「嘘つき」

「ごめん。ラピスラズリ、本当に俺では君を幸せに出来ない。この血塗られた手ではもう・・・それだけだ」

「私知ってた、アキトの命はもう1年も」

「そうか、そこまで知って」

「手、握って」


差し出された小さな手をつかむ、涙を流して笑みを浮かべるラピス。
少し躊躇し、もう何も感じない手を繋ぐとリンクという科学的な何か、ではない何かがようやく繋がった気がした。
心をリンクしていた以上の、それは絆というべきもの。


「・・・じゃあ始めるぞ」


火星の後継者の残党はルリちゃんお父さんたちに任せよう、すまないラピスここでお前を死なせるわけには行かない。
ナビゲーションなんて流暢な事は言ってられない、ラピスを死なせないために。


「いいか?」

「うん、アキトの望む場所は?」

「遠くへ、お前と」


思う事は一つ。
ルリちゃんたちに捕まるわけにいかない、ユリカの元へは帰れない。
遠くへ、果てしなく遠くへ、ラピスが望む幸せが叶うところへ。
失った五感、それでも感じるナノマシンの脈動。
ぼぉっと全身に現れるナノマシン、それがジャンプの合図だった。
ジャンプ。


「ラピスッ!離れるな、何処へ行くにも一緒だ」

「アキト」


ラピスラズリはアキトにをもっと感じるため抱きつき、小さな体全体でしがみ付いた。
フッと消える人影。
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-----B part
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薄暗い、太陽光がかすかに届く穴の底にひとり人間が倒れていた。
やがて意識を取り戻したのか顔をあげて周りをみる、光を調節して闇に慣れていく目。


「っう、はあ・・・、・・・・・・んん?」


無理なジャンプを続けたせいか少し意識が朦朧として、はっきりしない。
ようやく目が慣れると周りが見えてくる。
遺跡?
ここはあの遺跡じゃないか?どういうことだ?目を覚ましたアキトは辺りを見渡す、誰も居ない。
ラピスも乗っていたブラックサレナも、ユーチャリスさえも。
ただ遺跡があるだけ。
ふと人が見えた、自分ではなく肩まで髪を垂らした綺麗な女性。
見詰め合う、何処かで見たような気がするとても見慣れたような、しかし思い出せない。
肌の色は純白で髪は対照的な漆黒。遺跡の近くと言う事は俺と同じように飛ばされたジャンパーか、誰だ?


「誰だ?」


警戒し相手も同じように、バッとその場を離れ構える。構えは木連式柔?
隙を出さないが体は軟そうだ、先手は貰おう。
体?
ん?
沈黙。
よく見ると鏡みたいに・・・遺跡の壁が綺麗に平面になっていて・・・。


「・・・・」


戦闘時のように睨むと相手も睨む、これは・・・まさか!?この子!?
唖然としながら両手を見る、裸眼だ・・バイザーは無い。
長くなっている髪は黒くサラサラとしている、細くて華奢な腕。
そして手には見た事も無いIFS、手を見た後、両手をゆっくり恐る恐る体に近づけて二つの膨らみにあてた。


「・・・」
ムニムニ・・・・
闇の皇子様になってから、かいた事がない種類の汗を大量に流してしまう。


「・・・」
ムニムニ・・・・
しかし柔らかいな、ユリカよりは小さいがココまで柔らかいと優しくしないと。


「・・・ぁ」
ムニムニ・・・・


「はぁっ!?は」


いったい俺は何を!?
う、違う違う違う違う違う違うっ!何にも感じなかったぞ、俺にそんな趣味は無い。
両手でこんな長時間なんて妻にもしなかった事、勿体無いような気がしてきた・・・
ムニムニ・・・・ムニムニ・・・・ムニムニ・・・・ムニムニ・・・・ムニムニ・・・・ムニムニ・・・・。
でも、3桁を越えた辺りから空しくなってきた。
唖然としながら揉むのをやめ、下から両手で持ち上げてみる。
男にゃ理解できない胸部の大きな持ちもの、あとで測ったら思っていたよりはなかったが・・・その時の俺にはそう思えた。
あれほど鍛えぬいた体が一瞬で、男性として出てはイケナイ所が出て、
成長後のルリちゃんよりキュッと締まったウェストになって、ショックは大きい。


「女になってる・・・あ、あはは、あはは・・・ははは・・・はは・・・あぅ」
がくり
滅茶苦茶渇ききった笑いを数秒、そして膝を地について落ち込むアキト。
こんな事態になるなんてわかっていたら、ジャンプするんじゃなかった。
しなきゃ、ラピスと心中だけど。


「女・・・女・・・女か。・・・女難の相か?」


聞いたことも無い現象に、あながち見当違いでもない人生観をもちつつあるアキト。
落ち着いてよく自分を見ると視角以外の五感も戻っており・・・それは願ったり叶ったりだ、が。
何処を見ても普通の女の子の体、足が増えたり指が増えたりしてる訳ではなく、力も普通で・・・
唯一の不思議は両手にある不思議なIFSだけだった。
血を吐く努力で身に付けた柔も、それ相応の体がないので
綺麗さっぱり使いものにならないようだ・・・また一から鍛えるしかないのか。
しかも女の体でだ。
強くなると言っても男性と女性では大きな違いがある、男性とは違い
女性は力のキャパシティが低く「しなやかさ」という利を生かさなくてはならない。
第一俺の知ってる木連式柔は男専用だ、なにせ木連はゲキガンガー信仰で戦争していたし。
はぁ、我流かぁ・・・。


「木連式柔、疾風」
ふわりっ
一応出してみたが風が凪いだだけ・・・何とも言えない風凪音に気が遠くなるアキト。
はたしてこの体で裏の世界を渡り歩けるかと言うと100パーセントNOだ、体得した柔が使えない。
ラピスを早く見つけるためには裏の情報網が必要だが、あのロンゲのバカ殿の前にこんな体で行ったら
話をする前にナニされるか・・・鴨がねぎから箸まで一式担いで行くようなものだ。
寒気がする。
こうなった原因は分かりすぎるほどわかる、ジャンプの失敗だ。
誰が言ったか知らないが『全ての始まりは遺跡』だ。
恨みこめて遺跡を殴る。


「い、いたい・・・」


ちょっと涙目、白くて綺麗な肌に痣が出来るかも?
ああ何て事をしてしまったんだ・・・確かに今は俺の体だ、でも女の子の体だ。
可哀想だな。
それに痛みもあって涙が出そうになる、骨大丈夫だよな?痛む右手にふぅふぅと息吹きかける。
ふと周りを見るが何も無い。
別人として生きていくにも、ここは遺跡以外何も無い・・・ジャンプできるかな?


「ジャンプ」
出来た。
しかし、遺跡の上に乗ってしまった。この体じゃ、降りれん。・・・ぁぁ情けない。
「ジャンプ」


ふぅ、何でこんなにひよわになってしまったんだ。見たところ15あたりの女性の体だな。
そう結論付けたが実は17、かなり成長遅れ気味の体である事が後でわかる。


「この服変えないとな」


ちょっと肌が出すぎている、誰も居ないので気にする必要は無いが自分自身に刺激的過ぎる。
妻に対する裏切りだと思えたし・・・まぁ、守りきれなかった事が最大の裏切りだが。
少女ひとり、『遺跡』に居ても何もすることがない。
気温は普通だが、着ているものがまるで水着な服なので肌寒い、着替えたいが着替える事もできない。


「・・・ジャンプは可能、体術は不可・・・持ってるのはこの体一つ」


服が居るな、火星の壊滅都市で調達しよう。
そういえばCCがないのに・・・まぁ別にココは全てがCCに満たされたところだし地球にあったはずの遺跡もある、特別サービスか。


「さてどうするか」


立ち直りが早い、というよりコレ以上挫折のしようが無かった。
ラピスとのリンクがないし、ブラックサレナもない。
ナノマシンは・・・変わりすぎている。
そうか!?やつらの大量投与が原因かもしれないな、ラピスのリンクもそれで説明がつく。
ということは、この体は元に戻せるのか?
いやだめだ、それはリスクが大きすぎる。


「くくく・・・ふっ」


フフフ・・・無様な結末じゃないか。こんな姿になって。
少し黒い雰囲気をまとわせても、可愛いので意味なし。むしろ落ち込んでる美少女は萌えだった。


「(う・・ぅ・・・あ、アキト・・)」

「ん?」


不意に、声が聞こえたような気がした。
誰も居ないはずの遺跡の中、闇に意識を進ませてみる。
やはり誰も居ない・・・・・・・と大音量。


「(アキトぉー!!何処にいるの?アキト?アキトーっ?アキトーーっ?)」

「ラピス?リンクはまだ生きてるのか?何処に居る?
安心しろ俺は生きてここにいる!!うごけないのか?助けてやる、ラピスーっ!!」


錯乱しかけているが心繋がっているラピスの声だ、ちゃんとどこかで生きているようだ。
急いでリンクに語りかけ、体は走り回り、遺跡の中をくまなく探していく。


「(アキト、良かった。・・・え?えーっ、えっーーーっ!!!
あのアキト・・・だよね?アキト?だよね・・・リンク先間違えてるのかな?)」

「何?俺が見えてるのか、いや・・だがそんな・・・まぁこんななりだが、間違いなく。ラピス、見えてるのか?
黒髪の恥ずかしい格好して走り回ってるの。その・・何と言うか・・・俺だ。ジャンプの影響だと思う」

「(うん、それはわかってるけど。あの・・・たぶんソレ私が)」

「え?なんだ?聞き取りにくかった、もう一度。
何処に居るんだ、五感戻ってるからわかるがラピスの何か気配がおかしいな?近い・・・のか?」


元々、五感を失った時に身に付けた技で気配を探る。
曲がりなりにも全快しているので、並の人間の業ではないはずだが・・・ラピスラズリの行方がわからない。
何処か違う・・・何処に居る。というより・・・


「(私、アキトの中だよ)」

「・・・・そうか」


あっさりラピスとびっくりアキト。
最初は理解できていないが、だんだん言葉が染みてきて事実を理解すると。


「(うん、だからアキトの中)」

「・・・。な、なにぃーーーっ!?中?この体の中にラピス居るのか?」


心をつなげて、他人とはいえない関係だったが合体してしまうとなると。
困った。
よく考えると融合と言ったほうが正しいかもしれない、年齢とこの体を見る限り・・・ベースはラピスで
成長はしてるのだから、プラス俺も混じってるという感じだな。
だから黒髪なのか?五感が戻ったりしてるって事は、ナノマシンはどうなっているんだ?
ユリカは遺跡と融合させられたのだし、有機物であるものの方が納得はしやすいが・・・。


「(私アキトと一つになれて嬉しい)」

「え、ええっとだな、嬉しい?(汗)」

「(うん最高♪)」

「・・・そうか。じゃないっ。考えろ・・・。考えろ・・・。
ラピスの状態、俺の体の変化、そして最後の約束・・・混ざったというより、交わっちゃった?かなり危ないな」


嬉しそうな声に悩むアキト。
色々と言い訳が頭の中を駆け巡る、ユリカ、ルリ、と会わないと決めたのだから今更だが。


「俺にとっては今更だが、ラピスはイヤじゃないのか?」

「(そんなことない、ラピスはアキトの全てになれて嬉しいよ。アキトの考えてる事全てわかるもん)」

「何処まで分かるんだ?」

「(ぇ・・・その、あう・・・・ぽっ♪)」


聞かないでおこう、蜂の巣はつつくもんじゃない。
俺は過去何度も経験した女難を今に生かした、先送りかもしれないが藪から何が出てくるのか怖かった。
ラピス、ぽーっとしてるな・・・でも忠告しておかないとな。


「ラピス?俺が見たり聞いたりしちゃダメだと言った時は、そうしてるんだぞ?できるか?」

「(・・・うん)」


こくこく、しかし残念そうに頷く。


「ラピスはまだ子どもだから、俺の心をそんな積極的に読まないように・・・な?な?」


リンクされていた時以上の一体感に、歓喜するラピスラズリと、何かを心配しドキドキが止まらないアキト・・・
後ろめたい事でもあったのか?


「(うん、でもずっとこれからずっと一緒だから♪アキトが気をつけても、見ちゃったり聞いちゃったりすると思うよ?)」

「うっ、でもまぁそれは俺が最大限気をつければいいし・・・何より女の体だからそんな機会は無い方がいいしな・・・
それとラピスは体の何を感じ動かせるんだ?俺は自由に動けるが」

「(今は主にIFS関係だよ、それとナノマシンの最適化ができるみたい。
それによって何か出来るようになるかもしれない、あ・・・凄い。これ・・・・)」

「どうした?」

「(アキトに無理やり入れられた奴。綺麗に作動してくれてるよ、もう命失わずに一緒にいれるね♪)」

「・・・そうか・・・ありがとう、ラピス」

「(ううん、私も嬉しい。
あとジャンプも私がナビゲートすればかなり大きなものでも大丈夫だと思う。
その分エネルギーが必要みたいだけど。・・・それに、触れれなかった所に触れる。・・・こうやって)」


さわさわ、きゅっ


「ん?なにか・・・」

「(アキトの心に近づけるみたい、・・・あたたかい・・・このまま)」

「ん?んん・・・ん?そうみたいだな、でもなんか・・・ぅ・・ぁ、ちょっとむず痒いというか・・・はぁ、コレってまさか?」


きゅくぅ、くぅ、ぁ
悶えるアキトの体、じょじょに薄くなっていたものが濃くなって・・・体温が高くなって体が重くなっていく?
この感じはラピス?体の中を体がすり抜けていくような感じは、まさか?


「ラ、ラピス・・・離れてくれないか?は、ああ・・・んん。ふぅはぁ、まだ何かよく分からんが」

「(私わかった。入れるみたい、アキト)」

「入れるって・・・体は融合してるから、なるほど。でもする時は言ってくれ、じゃないと体が一時的とはいえ不味い状態になる」


とりあえず俺が外に出てる状態でいいか、元の体より劣っているとはいえ
ラピスには戦闘経験が無いからな。いざと言う時、ユリカみたいに助けれないなんて事やだからな。


「(アキト、これからどうするの?)」

「まず服だな、それから戸籍などか・・・それは地球に行ってからだな」


それにしても、ラピスは入り変わり・・・何とも無いみたいだな。
じゃあ俺が耐性つけないとダメか、はたから見たらかなり危ない女だ。


「はぁ、これから・・・か」


償いきれない罪を犯した俺はココで大人しく死を待つのもいい、だがラピスまで巻き込んでしまう。
最後まで付き合わせた娘に償わなければ。
エリナには・・・こんな姿だからフリなど出来ない、いくらなんでも女。何処から見ても女。しかも小娘。まぁ綺麗だけど女。


「ああーっ、・・・はぁーー」

「(アキト、大丈夫?)」


俺はどうにかなってしまいそうだった、盛大にため息をつくとトボトボと歩きだした


「ああ、心配する程の事じゃない。ジャンプ」
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火星、破壊された都市・・・変わらないな。
チューリップがまだある、ジョロもいる・・・何故だ?木連もいいかげんだな、放棄したのか。
この体では戦えない、ジョロやバッタに会うたびジャンプで逃げた。


「ああ、情けない」

「(・・・アキト、私が)」


気遣う声、もう二度と傷つけないように優しく返す。


「いや、ラピスいいんだ。命が延びたんだしな・・・ずっと一緒だ」


そんな事を繰り返しながら壊滅したコロニーで数時間、よくわらない施設の中で見つけたダンボールの中に白衣を見つけた。
たぶんネルガルの研究施設だったのだろう。


「他に役に立ちそうなものは・・・念のためこれも」


贅沢は言ってられない、自分の今の姿は下着姿に近いのだから。
鏡の中、ナースになった自分に今まで生きてきた間に吐いたタメ息のなかでも、ある意味最上に近いものをはく。
ジャンパーも羽織ってついでに麻酔と注射器を幾つか拝借。
ポッケの中でジャラジャラいっている。
そういえば栄養を取らないといけないな・・・味覚はどうなっているのだろう?くぅ・・・と可愛くお腹から音。
命をつなぐ為だけに、ジャンクフードばかり摂取していた黒の皇子様の時はこんな事無かったのに。
二時間かけてカードや護身用ニードルガンを見つけた、地球に行ったら手に入りにくいCCも遺跡からもぎ取っていくか。


「それにしてもお腹減った・・・ああ、そういえば爆薬仕掛けても駄目だったな。じゃあやっぱり」

「(アキト、私寝てていい?)」

「ん、どうしてだ?」

「(機能し始めたナノマシンが凄くて、二人分以上のエネルギーを消費するみたい。IFS使わない時は私がいても役に立てないから)」

「わかった、おやすみ」

「(アキト、おやすみ)」


ラピスは寝つきのいい子だった、すぐに安らかな寝息を感じた。
実体がなくなっても一つになっているからよく分かる。心が安らぐ。


「さて」


気持ちを切り替えて、CCをどうするか考える。
最低5つほどは欲しい。
しかし遺跡は破壊できない、オリンポスの研究所に行ってCCを探した。
トラック一台分くらい山に成っていた、発掘した時のまま放棄したらしい。
どうしよう・・・ま、あって困るものではないしトランクに詰めて持っていこう。
ジャラジャラと詰め込む。


「・・・ペンダントにするか、ついでにこのIFSも調べて」


一つを首にかけるタイプに、懐かしいな。
ちょうどここはいろんな道具が揃っている、ネルガルの遺跡研究所なので色々と便利なものがある。
オモイカネは無かったが、IFSの情報を調べる・・・ラピスが就寝中の影響なのか詳しい事は調べれなかった。
自分の知識と力では無理のようだ、非常食を食べながら考える。
イネスさんに・・・こんな姿は見せられない、何をされるのか怖い。改造?
それにいくらなんでも女。何処から見ても女。しかも小娘。まぁ綺麗だけど女。
テンカワアキトとばれなくても、まずミナトさんが飛んで来る、そしてルリと並べて可愛い服着せて・・・。


「だぁぁぁ・・・、はぁはぁ・・・ぁぁ」


もはや発作のようになっている、落ち込み方。
火星で一通り出来る事した、この体の事。今後の事。どちらにしろ地球に行くしかない。


「それにしても、何故遺跡があったんだ?もう火星の後継者いないのに、遺跡も地球にあるはずだが
また時間がずれているのか・・・少し未来に来てしまったのかな。遺跡の設置場所なのに警備がいないのは
おかしいが・・・」


疑問が浮かび上がる、あの後木連が宇宙軍に横槍でも入れたのかもしれないが・・・。

でも現実的な問題、一応火星でできることの全ては終えたし、それにしてもとてもお腹が減っている。
この体にあるナノマシンのエネルギー消費はラピスの言うとおり本当にかなりのものらしい。
まず食堂だな・・・いきなり町のど真ん中に現れては不味い。
地球を意識する、始めての地球。
草原と夜と瞬く星・・・


「ジャンプ」


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