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黒のラピスラズリ   第二話「覚悟を決めて」

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-----A part
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草原に星空、立ち上がり場所を確認する。
ほぉ・・・時間も場所もぴったりか、幾年たってもここは変わってないな。
星空を肉眼で見るのは何年ぶりだろう、ナデシコに乗っていたおかげで宇宙は身近なものだった。
それでも、地上からの星ぼしはまた別ものだ。
夜風が黒髪を撫でていく。
くぅ
お腹が鳴った、正常な体の働きなので少し驚く。
歩くのも辛いが、まず腹ごしらえしないと何だかまずい感じだな。
フラフラする、ジャンプのし過ぎか特別なIFSのせいか。晴れた夜空の下、町に向かったアキト。
居酒屋を見つける、夜にぼんやりと赤提灯。
それを見て、一瞬何時か引いた屋台を思い出すアキト、妻と義娘の幸せそうな顔を。


「何考えてるんだ、俺は」


つまらない感傷だ、会うつもりは無い。
逃亡の末、こんな状態になってはますます会わせる顔が無い、本人と気がついてくれないだろう。
ふぅ・・・さてと、今日出来る事は腹ごしらえだけだ。
のれんをくぐって入った。


「ここ、右から左全て。ニラレバ二つにA定とB定を三つずつ、それと・・」

「・・・」


メニュー、品書きを指差してつぅーっと示す。
そして下に伏せ気味だった目を上げ、壁にある定番ものに視線を向けて言葉を続ける。
綺麗な小娘が纏う、大人の雰囲気に戸惑う店長。
長いまつげの奥にある瞳は冷たく、何ひとつ拒む事を許さない意思をたたえていて
そんなに食えるのか?と質問も許されない。
周りの客の奇異な視線を受けるが、注文は適量だと思う。とにかくエネルギーが必要だ。


「塩ジャケ定食五つ」

「・・・あ、はい」


間抜けた声、だと思うが普通の反応だろう。
突然、場末の居酒屋にやってきた黒髪の美少女が大量の注文をするのだ。
かなり異常な事態だ、この土地に開店して以来のことだろう。
外見は15ほどの少女が、地球では未だ普及していないIFSを所持しているのもおかしかった。
ちなみにIFSは軍人でも、最前線の兵士が持つのが常識なのだ。
その注目された本人は、陰鬱な様子でため息を吐いていた。
・・・他人の目からは恋煩いと受け取られる程色っぽかったが。


「・・・。はぁ〜」


待つ間、味覚などの心配をして、
これからと明日の事を考えて、自分の身の不幸を嘆いて、と色々忙しい少女。
そこへ酔っ払いが馴れ馴れしく声をかけたので・・・。


「なんだぁ〜、嬢ちゃんは男にでもふられたのかぁーー。おじちゃんに聞かせてみ、おや?
綺麗なお手てに化粧してーーー可愛いや、ぐほっ」
むかっ

「これはIFS、寝てろ」


無断で手を撫でられて、ぞわわーっと悪寒が背筋を走る。
刹那。
落としていた、幸い酔っ払いだったので動きも鈍く他の客も気にしては居ないようだ。
一発で落ちて、床で五月蝿い寝息を立てている。
出てきた食事に嗅覚が刺激されるのが嬉しく、その酔っ払いの存在はすぐに忘れた。
でもやっぱりしてしまう。
やけ食い・・・それも胸が焼けて炭化して分子構造が変化して劣化して何も残らないくらいの。


「食べれるだけ食べてやる、女なんて〜女なんて〜」


だーっと涙を流しながらエネルギー摂取に勤しんだ。
ひとつふたつ、減っていく料理。
山のようになってゆく椀や皿、何処に入っていくの?
細身の15、6の美少女の体を興味深げに見る客たち、店主は足りなくなった食材を
近隣に借りに行ったようだ。
バイトのねぇちゃんが運び洗い、作った品を持ってアキトのテーブルに運んでくる。


「店長〜〜バイト代、色つけてくださいよぉ〜。あっ、はい只今」

「おーいっ、こっち生中ふたつぅ〜頼む〜っ。
・・・それにしてもずげえな、まだ30分も経ってないのに・・・。あの椀でもう六つ目だぜ〜〜〜」

「あんな綺麗な娘が・・・はぁ、うちのも大食らいだが・・・交換したい」

「おいっ、IFSしてるぞ・・・軍関係者?軍はあんな娘で蜥蜴と戦うつもりかよ〜?ぎゃはは〜〜、ぁははは」


サラリーマンたちが愚痴をこぼす、奥さんたちに知れたら小遣い減られる事ばかり口から出る。
酔いも回っているのか、ポロポロと。
そんな事を気にせずに一心不乱に食べて、エネルギーを確保して。
体の調子は間に合ってきていた、ラピスを起こしてお喋りしてもいいだろう。
アキトとの積極的な心の交流はラピス自身が望んでいたことだし・・・。
そういえば、ラピスはまともな料理は初めてだろうか?
変わってやりたいが、今ここで入れ代わるわけには・・・ひとの目がある。トイレ行くか?
そんな事を思いつつ小さな口に大きな魚を突っ込んだ。


「んん、ラピスにも食べさせてやりたいな・・・」


リンクというより自分の傍らで眠っている感じのラピスに対して声をかけ、起こす。


「(ラピス、ラピス・・ラピス起きてくれないか?)」

「(・・・ん、ふぁ・・あきと?)」

「(ラピス、体の調子はいいみたいだ。そっちはどんなだ?)」

「(いい、でもコレなに?)」


生まれたから研究所、ユーチャリスとずっとこんな普通の食べ物に関する知識もなかった、
はじめて見る色とりどりの鮭定に興味しんしんといった様子。視線を送っているようだ。


「(ああ、これは鮭と言う魚を調理したものだ。こっちはトマトだな)」

「(辛い)」

「(ラピス?味覚は共有できているのか?じゃあこれは?)」


入れ代わる必要は無かったみたいだ。
トマトを口に、ゆっくり味わいながら飲み込む。
ラピスにとっては初めて味わうものばかり、ジャンクフードとケーキ程度で
味覚の幅が少なかったので戸惑っている。


「(生苦い・・・甘いのがいい)」


拗ねてしまった。
少し刺激的過ぎたのだろう、感情では楽ではなく苦と判断されたようだ。


「(はは、ごめん)」


そして何事もなくと言うか、アキト以外にはかなり衝撃を与えた食事を終えて店を出る。
何故か店長が泣きながら見送ってくれてる。


「まぁまぁ食べたな」


あの量をまぁまぁで済ませてしまう所に大人物を伺わせる。
そんな少女は夜も遅くなってきていたのでホテルを探す・・・ふと見上げる街頭のテレビ。
一応の平和を得て、つまらないニュースを流しているはずが、木星トカゲうんぬん・・・あれ?


「なんで?」


視界をもっと上へ、黒い空に星と花火?花火?
違うあれは戦闘だ、機動力勝るバッタが軍隊を次々と撃墜させている。あ、落ちた。


「え?え?え?・・・えーっ!?」


こっちに振ってくる火のカタマリに唖然として、あ・・・目の前のビルに突っ込んだ。
野次馬が少し出来る。保険に入ってないらしいビル主は泣き出しているし、あーあ建て直しだな。
アレは。
と、傍観していたが・・・近くの通行人にとぉぉぉっっても気になった事を聞いた。


「おい、そこの黄色い頭。アレは何だ?」

「え、俺?・・・ありゃ木星トカゲだよ。当然だろ?」


通行人その1は、お前馬鹿か?そんな表情を作って答える。
夜の街中、相手がかなりの美形と知った。じーっと見ていると今度も変な質問。


「今は何年だ?」

「・・・。・・・は?ああ・・2195年だが???」


あ、いかんいかん。ぽーっと見ていたか、それにしても綺麗なのに変なこと聞くなー。
とか思ってる通行人その1、てめえの頭の方が変なのだが?髪を黄金に染めて鳥?ボッサボサ。


「・・・そうか、迷惑かけたな」


とその場所から歩き去るアキト。
しばらく通行人その1は、その後姿を見ていたが不思議なものを見たと思いつつ帰路についた。


「(聞いたかラピス)」

「(うん、2195年・・・)」

「(そうか聞いたか・・・・そうか、じゃあ、まずホテル探すか・・・)」

「(うん、そうだね)」

「(火星歩いて埃っぽくなったしな・・・・)」

「(うん、シャワー浴びたい)」

「(ビルに落ちたのはバッタ・・・撃墜できたのか?珍しい、軍も意地だな。でもまだ動いてるな)」

「(でも倒壊するビルの重さで・・・うんやっぱり潰れたね)」

「(ぷちってな、早くシャワー浴びたいな)」

「(うん)」


ホテルを探し歩きはじめたアキト。
人はそれを現実逃避という、ラピスラズリもとりあえずアキトと同じ気持ちになっているらしくパニックにはならない。
ホテル見つけ泊まる。
フロントで不信の目で見られたが、視線で黙らせた。
シャワーを浴び着ていた衣服を洗濯、一人暮らしが長かったため苦労はしない。
ようやくシャワーに入る。
最初から着込んでいた水着みたいなものを外し・・・後ろに手をまわして、あれ?
どこで別れる?んーーーっ、ぶちり!
壊しちゃいました、慣れないことはしない方が良いですね。
夫婦生活も短かった彼、色々と女の子には疎いんです。・・・そしていよいよ未知の領域へ。


ドキドキ
「な、なに俺動揺してんだ?あ、あはは」


聖域を手に入れるため下げていった手を上げて、鼓動が静まるようにと手を膨らみにおく。
しかしそれは逆効果で、ますます神経が過敏になってゆき、もはやどうにもならない。
なるようにしかならない、流されてしまった方が楽。
そんな状態でギュッニと、両手で胸を抑える・・・ますます変な気持ちになるアキト。


「自分の体に興奮してどうする?で、でも・・」

ドキドキ

「え、えぇ〜と」

「(裸)」

ドキン!

「うわっ、ら、らぴすーっ!?あ、あ・・ええ・・マズかった?
やっぱり外に出て俺は中で寝て、うんそれがいいと思う。そうしようと思って」

「(?。裸にならないと洗えないよアキト)」


何当然の事言わせるの、と不思議そうな顔で覗き込まれる感じ、感じなのだ。一心同体なので。
シドロモドロで弁解しラピスの機嫌を取る、黒百合らしくない。
テンカワアキト、既婚ではあるがこういう所はうぶなまま、同棲の時はルリがいたし
結婚式もナデシコの仲間たちが色々と邪魔をしてくれた。極めつけの新婚旅行は地獄行き。
ごく普通のラブラブな新婚生活は昼夜通して、未体験なのだ。


ドキドキ
「そ、そうか・・・じゃあ交代してくれ、頼む」

「(変なアキト、じゃするよ)」

そう言葉を聞いた直後、体の中から来る。きゅっ、ん

「ん・・・んん・ん、く・・・・ふぅふぅ」


二度目なので耐性が出来たのか、前よりは悶えずにすんだ。
頬を桃色に染めてうずくまる・・・そして数十秒、すぅーっと意識が明確なものになって。


「(ん?)」

「アキト?」


言葉を紡ぐ口、それを自覚はできるが操る事は不可能。
五感はあるのだけれど、自由に使えない・・・。


「(変な感じだな・・・五感を無くした時とは違う、確かにラピスの体の中という事は分かる)」

「アキト?」

「(ん?・う、ちょっと寝てるから着替え終わったら起こしてくれ・・)」


うーむ、これは父親が娘の裸見てるようなもんだよな・・・馬鹿か俺、相手はラピス。
命かけて守ると誓った相手だぞ。
罪悪感満載。
寝よう。
今の状態を思い出し、鍛えぬいた集中力でバカらしい考えを記憶の隅へ押しやる。


「わかった」


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「(起きてアキト、起きて・・・起きて)」

「・・ん・・、ああ・あれ?」


戻ってる、服も着てる。
ラピスは中で、俺は外にいる・・・ベッドに寝転んで、髪は濡れてる。


「(アキト、髪乾かして)」

「ああ、・・・慣れないな、エリナにしてもらっていたのか?」

「(うん、アキトして)」


ドライヤーを探しタオルで水気をとった髪にあてる、ラピス一人じゃ無理か・・・
まだまだ子どもなんだ、当然か・・・。
男親ってこんな感じなのか、お義父さんもこうやってユリカを育てて、俺と酒くみかわして喜んで・・・。
懐かしい。
中々乾かないな・・・こういうことはエリナに任せっぱなしだったからな、うーん。
難しい、自分の髪はこんなに長くなかったし、
あの極楽トンボや元木連のタカスギも、こんな風に髪の手入れをしていたのか?
性格に似合わないぞ、こんなこと。
それにしても時間かかるな、見かけに俺が無頓着なだけか。
ユリカやルリちゃんはどうだったんだろう?一緒に居たとはいえじっと見つめた事はないな。
特別関心があったわけじゃないから、記憶もあいまいだしな。


「やっと乾いた・・」

「(うん、でもエリナはもっと時間かけてたよ)」

「う、そうか・・・。」


疲れた声をあげるアキト、髪を切ろうかとも思ったが
この黒髪がラピスの薄桃の柔らかそうな髪のように思えてきてやめた。
女・・・だしな。
えぐえぐと泣くアキト、まだ染まってないようだ。(笑)
ちなみに黒百合の時は、ラピスラズリの世話はエリナがしていてくれた。
その時、いくつか昔のアキトの事を寝物語のように話したと本人に聞いたことがある。
・・・ラピスの精神の成長はエリナが居たからこそか、かなり世話になったな。
いつか、この世界のエリナに恩を返せたら返そう。
備品を元に戻して髪を編みまとめる、慣れない作業をラピスに助言される。


「(もっと・・ん、そう)」

「さて・・・これで今日出来る事はなくなった、あとは寝るだけか」

「(アキト・・・それ本気で言ってるの?)」


ガラスのような鋭利な口調でちくちくと刺すラピス、エリナの影響か?
冗談だよラピス。
何だか、今の状態は某超巨大企業の会長と秘書の関係に酷似している。
一応の主であるアキト、その補佐をするラピス。
・・・アカツキ、見かけによらず苦労していたんだな。


「わかってるよ、ラピス。過去に来てしまった・・・ジャンプの影響はこの体だけじゃなかった。
・・・俺はまだ考えを固めきっていない、ラピスはどうしたい?」

「(私はアキトと一緒ならそれでいい、アキトはどうするつもりなの?)」

「・・・まさかこんなことになるなんてな。オモイカネもユーチャリスもない、
しばらくの間は大きな動きは出来ないし、しない方がいいだろう。多分ネルガルにも接触しない方がいい」

「(じゃあイネス博士と接触する?火星に居るよ)」

「いやそれも避けたほうがいい、ナデシコとの接触までにどうにかできるとは思えない。
マシンチャイルドと融合したA級ジャンパーな俺を面白がるに決まってる、ラピス・・・実験されたいか?」

「(うっ)」


珍しく苦痛の声を上げるラピス、科学者が苦手なせいもあるが・・・。
イネスとは色々とあった。
そしてアキトの脳裏にも、イネスの興味本位で味わされた数々の修羅場がよみがえる。
フクベ提督やユリカ、メグミ・・・そして黒百合の時までエリナを相手に喧嘩。
みかんをくれた優しいアイちゃんは随分と捻くれて・・・。


「はぁ・・・イネスもアイちゃん化してる時は可愛いんだがな・・・」

「(・・・)」


呼び捨て?可愛い?
むかっ


「(アキト、私は?)」

「?・・・ラピスはここにいるだろう?一つになったんだから」
どうしてアキトは鈍感なんだろ、可愛いなんて私以外言って欲しくないって分からないのかな?

「ああ、そうか・・・この時期のラピスの居場所はわからないな。会いに行くにしても・・・ごめんな」

「(無理なのはわかってる・・・、違うのに・・)」

「それにしても俺はどうして・・こう」


何時の時代かは確認する必要性があった、今までもランダムジャンプは時を大幅に移動すると言うのは経験していたはずなのだ。
地球に来た時と月に移動した時。
地球に来た時はアイちゃんを道連れに、月に移動した時は2ヶ月も時をさかのぼった。
ラピスはともかくアキトは2度以上も経験したのに、経験を生かしていない自分を罵る。


「俺のバカ野郎っ!」


ぽふんとベッドに両手を叩きつける美少女、アキトは本当に自分に苛立っていたが、
外面上は恋人に焼餅ついてるよーな様子にしかならない。


「(野郎は男性に使う言葉だよ、『腰抜け』とか『フヌケ』って、エリナがそう言ってた。それにアキトは馬鹿じゃないよ。
アキトは私と一つになって、女の子♪)」

「・・・うん、まぁそうだな・・・」


エリナにラピスラズリの情操教育を、短期間とはいえ任せたのは間違いだったかも・・・
思っても無かった言葉をラピスから聞き、汗を流してアキトは後悔した。
ラピスは邪気のない声で励ましてくれたが、
最後の『女の子』と言う言葉は、未だ心まで女性化していないアキトはつらい。

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-----B part
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翌日、チェックアウトしその足で売店で新聞を買い込み。
左手に大量の新聞丸めて抱えて歩き、そしてIFS対応の情報端末を探していた。
中々、見つからない。
それもそのはず、IFS普及していない地球ではそんなもの、大都市に1つあればよい方。
市民は軍が役立たずなのを十分に理解していて、軍に志願する人間も少なくIFS所持者は奇異の目と変人扱いを受けていた。


「・・・はい、どうぞ」


胡散臭そうな目を向けられ、無愛想に端末の使用カードを渡された。
白衣着て片手に新聞を持つ美少女がIFS使用となど、冗談にもならない。笑えない。


「・・・なんだかな」


用意されていたテーブルと機械、ばさっと新聞を投げてネルガル製の端末に手を置く。
ブゥン
闇色の髪から光が零れる、不思議な光景だが見るものはいない。
この時点でここまでフルにIFSを使える人間は存在しないだろう、ルリさえも。


「(ラピスはIFSを頼む、2時間くらいで軍の状況を重点的に頼む)」

「(わかった)」


片手で新聞めくる事、30分。
読み終わったのでエネルギー補給のため、Telして、丼ピザ寿司中華をとる。
ここの使用は3時間、一時間で食事をし最後の一時間でラピスと熟考。と計画を立てた。


「本日の蜥蜴とチューリップ活動、っておいおい・・」


大量の食べ物をテーブルに並べてテレビを見つつ苦笑、この頃は怖くてこんな滑稽なニュースも見れなかった。
改めて見ていると地球の危機感の無さにあきれる、とピザをかじり思った。


「天気予報じゃあるまいし・・・気楽だな。軍の上層部が馬鹿なだけか。
地球の制空権の半分、ばら撒かれたチューリップは1000を軽く超えてるってのに」


ごくっごくっごくっ、牛乳を飲む。
もう食べ物は無い、いくつも・・・飽きれるほどの量が一時間前はあった。
空の容器を取りに来る出前の人たちに奇妙な視線を送られるが、気にせずIFSを操作。光が増幅される。
そして数分、ラピスもそろそろ終わるようだ。


「(完了)」

「ごくろうさま・・・ふぅ、まずはこの世界のアキトだな。タイムパラドクス起こって死んでるかもな」

「(生きてる、監視機器の記録で雪谷食堂で働いてる事がわかってる)」

「そうか・・ん?俺ラピスにそんな事話したか?」

「(エリナとイネスが話してくれた)」
あの二人が、純粋なラピスに何吹き込んでいたのか非常に気になったが報告を続けさせる。

「じゃあ、ネルガルも軍も同じか?」

「(だいたい同じ、ちなみにナデシコ出航予定日まであと半年ほど)」

「そうか・・・」


考え込む、干渉できる事は少ないようだ。
もはや基本が出来てるナデシコを改良できるわけがない、手段もない。
他の方法で有利な状況に持っていくにも、仲間が必要、この身ひとつで世界を変えれるとは慢心していない。


「出来る事と出来ない事、それを分けよう。
この世界のアキトは俺と変わらない結末を迎えてしまうだろうな、・・・」


助けたいと思う、けれど難しい。
この身をネルガルに売り込めば、高額でオペレーターとして雇い入れられナデシコに乗り込む事も可能だと思う。
でも・・・ネルガルに関わり無いマシンチャイルドなんて怪しすぎる。
アキトが生きた時代を通してマシンチャイルドはネルガルの独壇場、木連や火星の後継者は乱暴に改造人間を量産したくらい。
そうなると、ラピスのように預かり知らぬマシンチャイルドとしてアカツキに話をしなければならない。
しかし、幹部たちが会長にも隠してる研究所から逃亡などできるはずもない。
今や手の届かない火星の研究所なら・・・もしくは。
そう、火星ならばA級ジャンパーとしても、正体不明のマシンチャイルドとしても、口実になる。
両親を暗殺したネルガルグループの前会長は、非人道的な事にも積極的だったはず。
地球では出来ない事も火星なら目が届きにくい。
しかし、いちオペレーターでは立場が弱すぎるかもしれないな。
ルリちゃんに近すぎるのも問題だ、ボソンジャンプを自由に行える事がばれたらヤバイ、エリナに何されるか・・・怖い。
恩はあるが、ボソンジャンプを手中にしようとしていた頃のエリナは危険だ。


「(アキトはアキトを救わないの?このまま生きていくの?
確かに今の姿なら、火星の後継者や連合軍、クリムゾンにネルガルにも目つけられないはずだよ)」

「だろうな・・・でもいつ何処でこの体の秘密を知られるとも」

「(私はこの体のままでもいい!)」


強い口調でアキトに訴えるラピスラズリ。
それは確かに今はラピスの本心なのだろう、では五年後は?十年後は?
その時に原因である遺跡の研究が進んでいるだろうか?それはありえない、全てはあれからはじまったのだ。戦争も何もかも。
アレを外宇宙に送り出したとしても意味は無い。
力を手にしたものが全力で回収し、また悲劇が繰り返されるだろう。
だからと言って、ネルガルが確保しても順調に研究が進むとは限らない。
木連がいる。火星の後継者がいる。北辰に草壁、山崎・・・、後ろにはクリムゾンが・・役立たずの軍が・・・。
自分ひとりでは無理だ。
敵が多すぎる、協力者としてアキトとユリカ、アカツキにイネスが必要。歴史の大きな流れを変えるのだから。


「いくら未来を知っていると言っても、必ずそうなるわけじゃないと思う。
俺がここにいる事自体が歪み、それがだんだん大きくなっていって手が付けられなくなるかも知れない。
どんな風に状況が展開していくのかは、誰にも分からないだろう・・・」

「(そうだね、でもイネス博士なら説明してくれかも)」

「あの説明・・・そ、それは関係ないとして。止めとこう。
接触して味方に引き込むには、やはりテンカワアキト本人に会ってもらって失われた記憶。
アイちゃんを思い出してもらうしかない。それ以前の彼女は色々と裏がある。アカツキもエリナも然りだ」

「(でもそうすると、出来ることが少ないし・・・変化が小さくなると思う)」

「・・・そうだな。仕方ない、やはり本命のネルガルに接触しよう。クリムゾンはもっての他だしな」

「(事前調査は念密にしようアキト)」

「慎重だな、そういう事はエリナに教わったのか?」

「(うん)」


再びコンソールに手をおいてネルガルホストコンピューターにハッキング、補助脳に主要な情報を流れ込ませる。
ここで出来る作業はもう無い。
アキトが端末を出た時、じぃーっと失礼なほど、インフォにいる男が気味悪そうに見ていた。
彼の中では、年端も行かないIFS所持の物好きな変な小娘から不審者に格上げしたようだ。
それはそうだろう。

綺麗に軽くなった食器類を喜んで、持ち去る人間を何人もを見ている。
「ありがとうございましたぁ〜」

あの部屋には他に誰もいないはずなのに、十人前近くぺろりと平らげたら。
「またのご利用を〜」

一人、また一人と出前持ちが営業スマイルで出てきて。薄気味悪いったらありゃしない。
「まいどー、次もお願いしますー」

最後の一人が出てきた、軽そうなおかもちを持って出ていった。
「ありがとーございやしたぁ」

そして、アキトが来てカードをご返却。
「・・・」


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予定を立てたアキトは手始めにデパートへ、ネルガルでプロスペクターを相手に交渉するなら
身だしなみをきちんとした方が良い。・・・問題が発生。
服がない。
火星で調達した白衣ではダメ、礼儀にかける。
この可愛い姿には、戦闘服である黒百合では違和感があり過ぎるし
だからと言って、年頃の女性よりゲキガンガーに熱血していた自分が服選びなどできるはずない。
そこで、キャリアウーマンのエリナに色々と教わったらしいラピスだけが頼み。


「(ラピス頼む、あのお願い聞くから)」

「(ほんと!?)」

「(ああ、本当だ)」

「(ほんとに本当?)」

「だから・・好きなだけ、時と場所選んでくれたら」

「(嬉しい♪)」


この体になってしまってから、ラピスラズリが渇望していた行為を許されて心躍らせるラピス。
どういう行為かというと・・・。
抱きつく事ができない体、だけれど・・・そのかわりリンクしていた時よりも心というものが近くに感じれるようになっている。
寄り添う・・・と表現した方が正しいかもしれない。
どうやらナノマシンが仮想的に、アキトとラピスの精神体を心の奥底でリンクさせ触れ合わせているらしい。
しかし、それをすると・・・。
アキトがとってもいけない気持ちと状態になってしまうので禁止していた、それが許可されたので天にも昇る気持ち。
お預けされていた子犬みたいな様子だ、懸命にシッポをふって愛らしい。
今日の夜は眠る事可能だろうか?
アキトのそんな心配をしつつ、この体に似合うと思われる衣服が並ぶ場所へ歩く。


「う・・むぅ」


辿り着いてから数分、捜索して見つけて考え込んでいた。
色とりどりの服が並ぶショップの中、険しい眼差しを黒い服に向けるアキト。
しかしそれは戦闘服とは似ても似つかぬフリフリがついたもの・・・ミナトが持っていたような気がする。
養女のルリに色々と世話焼いてくれた、そんな心優しい彼女の悪癖。
それを悪癖と思えない俺は変な奴なのか?いいや違う、ナデシコに居たからそう思えないだけだ。
こ、・こんな・・こんな服、着たく無い。
しかし、黒系統は喪服とこんなのしかないのか?ここには?別の場所へ行けばいい奴があるはず。
時間は限られている、どうする?


「・・・」

「・・・」

「・・・」

「・・・く」


じっと動かぬまま熟慮する事5分、最後には選択権をラピスに委譲した。
散々悩んだアキトと違い、ラピスはサクッとフリフリの黒服と水色のワンピースなど他に3着購入した。
その後は、アキト得意の実践重視の戦闘服代わりになる服を探して専門店街へ。
銃器や護身用の武器並んでアキトには落ち着くところ、さっきのところとは違い勝手知ったる場所。
以前の外見ならある意味似合いだが、幼さの残る黒髪の美少女は似合わない。
注目されながら店内を歩いていると、アキトの気に障る事が起こる。
腕っ節自慢らしい軍人がバカ(ナンパ?)にしてきたので、軽く捻り落し踏み付けて顔に足跡をつけた。


「おやーふぅ〜ん?こんな所にどんな御用かなレディー、こんなのより俺みたいな男とお付き合いした方がいいぜ」

「・・・何だ?」

「このシリーズは護身用にしても君には荷が重過ぎる、戦闘のスペシャリストたち御用達は素人向きとは限らないのさ。
女の子は大人しくオトコ作って・・・特に君みたいな綺麗な」

「・・・」

「何だよ、無視かよ?はっ、無理しちゃってお高くとまっても襲われてからじゃ遅いぜー」

「五月蝿い。自分の技量くらいわかっている、あんまりひつこいと・」

「ん、んー?何ー?」


おどけて顔を近づる男に両手を伸ばし、空中を舞わせた。
油断している相手なら基本的な技も必要ない、プロスペクターほどまで行くとそれは言えないが。
どさっ


「ふん」


背丈で圧倒的に不利だったにも関わらず猛者を軽く亡骸にした美少女に、店主は
オドオドしながら接客し、服と靴の合うサイズを探してきて値引きもしてくれた。
戦う服には黒という色以外こだわりはなく、頓着しないアキト。
店主の勧める体に合いそうな服を購入、予備にサービス過剰なデザインは捨て置いて一つ購入。
デパート内の中央に位置する広場、ベンチに座って次の事を考えていたが・・・。
もはやバイザーをかける意味は無いが、今はかけたい気分のアキト。
ナンパされ飽きた。
つまりそういうこと、素人には目にもとまらぬ速さで落しまくり、屍を量産することが面倒で面倒で・・・。
衣服を買いこんで店を渡り歩く、別に片手でも持てる重さなのだが
好色や奇異の視線を集めるのはイヤなので、カートに入れて持ち歩いていた。


「(ランジェリーショップ)」

「行かないとダメか?」

「(こくこく)」

「口で言わなくても・・・やっばりダメか?・・・わかりました」


再三繰り返しラピスが進言するので足を向かわせるのだが、アキトは牛歩戦術を使ってラピスを説得しまくる。
それが五回目に達した時、抵抗を諦めた。


「ぅ・・」


顔を赤くして気恥ずかしげにカラフルなフリフリの森を歩く、服飾に好んでいた黒い系統はさすがにヤ!なので無難に白を探す。


「(サイズ)」


ラピスが何か言ったがこういう事には免疫がないので、あわあわ。


「ああっ、どうすれば・・こ、こんな大きな・・いやユリカなら・・でもううっ・・サイズわかんないし・」

「あの〜測りましょうか?お嬢さん」


女性に声をかけられ振り向くと店員さんだった。
この店員さん、この売り場に入ってきた時からアキトに注目していた、整った容姿と流れるような黒髪に。
アキトの様子も気になる要因の一つだった。
ブラは初めて・・・なのかも?
と、聞き耳を立てていると出番らしいので声をかけてカーテンの中へ。


「う、・・いえいえ、こちらの話。ど〜も手上げ下さい」


緊張気味のアキト、店員に羨望の眼差しを向けられてもただなすがまま。
白く透き通る肌をさらして、色々と勧められてもろくな返事は出来ないが・・・。
美少女のうぶな反応に、ハルカミナトのように店員さんは世話を焼く。
右から左に幾つもアキトには未知な物体が流れていく、それを採点するラピス。


「(良くない20点)」

「(いい)」

「(もっと、60点)」

「あわあわ、うみぃ〜、アキト恥ずかしいよぉ〜」
首を振って、何気にユリカ言葉を駆使している。

「(アキト?・・・大丈夫?)」

ラピスの声にも気が回らないアキト、いつのまにやら相当の時間がたっていた。
「・・・・。っ!?ここは?いつのまに・・」


気がついた時にはデパートのベンチでイチゴダブルアイスを舐めていた・・・・ペロペロと。
ラピスが買ったものだろう。たぶん。
自分はそんな甘いもの好きではなかったはず・・だし、体が求めてるのかもしれないが・・・。
片手にはちゃんと購入したらしい数々のブツ、くらっと意識を手放しかける。


「(アキト、気がついた?上手くいったよ)」

「・・・そう」

「(お気に入りが二つ、見てね)」

「・・・そう」

「(アキト?)」

「はぁ〜〜・・・。ラピス、疲れた、帰る、眠る」


両膝に両肘を当ててため息。
ラピスは慣れてきたのか、精神的にダメな人になっているアキトと体を入れ替えると仮宿に足を向けた。

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「(今日の予定は体のテスト)」

「(・・・昨日に比べたら楽だな、しかし荷物が多いな)・・もぐもぐ」


仮宿としているホテルで朝食をとりながらラピスと会話、ちなみに1Fにあった食堂は
アキトにとっては運良くバイキング形式だった。
スパゲッティの皿を積み重ねて山を二つ作るアキトにコックたちは冷や汗をかいていた。
今食べてる朝食、洋食はラピスの希望。
食べる事を楽しむ事を覚えたラピスは、アキトに甘えてメニューを次々に制覇していく。


「(仕方ないか、身体能力向上のナノマシンを活性化させるから食料が多くなっても)」


その通りだ。
この体のスペックを把握しなければ、木連式格闘術に代わる我流であれ何であれ生み出し扱う事は出来ない。
今日から三日は、そのために人里はなれた場所へ移動して鍛錬の予定。
・・・何故三日かと言うとそれ以上食料が運べないから。
未知のナノマシンも投与されていたし、マシンチャイルドと融合してしまった体の求めるエネルギーは膨大なのだ。
ジャンクフードに逆戻りはラピスにとって良くないので、野営可能日数の限界が食料の事を考慮して三日。
部屋に戻ったアキトは準備をする。
この体に似合わぬ大きさのリュックとダンボール五箱。
迷彩模様のリュックには軍用のキャンプセット、昨日ナンパされた店で購入したものだ。
中にはナイフから鍋まで一応の装備が入っている。
実質宝石箱となっている小型金属製トランクからccを二つ手にとる。


「勿体無い、が・・・」


ccを手にイメージ。
余りにも勿体無いが、木星トカゲの無人兵器の破壊活動でシティの外は交通手段が
限られている。その上・・・外見15あたりの少女がヘリや車などチャーターできない。
青い光が周り漂いはじめ・・・光が強まって体に文様が現れる。
イメージは山奥。
ラピスが、ハッキングで手に入れた衛星写真から大まかな3Dイメージを作成してくれた。
ボソンジャンプに慣れているから、この程度でも結構イけるのだ。
漂っていた光が動きアキトに集まって来て、瞬間、ナノマシンに負荷がかかる。

目をあけるとそこはもう森の中。
誰も来ない雑草林を選んだだけ合って、地面は斜めだし野営しにくそうだ。
二十分、彷徨って平地を見つけた。
川のせせらぎも聞こえる。
重たいリュックをそこで解体してテントを設営、中でワンピースから戦闘服に着替えて髪を結わう。
屈伸して軽く二、三度ジャンプ。
力を入れていないのに軽く一メートル近く飛び上がる体。
木連のように無理やりの強化でないのに、容姿に似合わぬ力だ。
魔法のようだ、余計な筋肉がないかわりに必要な筋肉もない・・・なのに。ナノマシン・・か?


「体力は期待してないが、どうかな?」


山を一つサルのように跳びはねて移動して一息、二十メートル程の木を登るのに歩数にして十二歩。
バランス感覚を試したが、五感が戻った時点で完成されたものだったらしく
暗闇を歩く事に慣れていた黒百合の技能を受け継ぎ、視力と三半規管が回復した今は片手でサーカスの綱渡りができそうだ。
総合では黒百合時代よりは落ちるものの、神がかり的なスピード。これは武器になると感じた、でもお腹すく。


「(・・・おなかすいた)」


今まで黙っていたラピスが疲れた声でそう訴える。
山野を駆けまわって二時間、そろそろお昼ご飯の準備。
枯れ木を集めて質素な調理器具で炊飯と持ってきた食料でカレー作り、雰囲気的にこれしかない。


「よし、できた・・・川原で食事なんて。
ナナフシを思い出すな、夜でもないし差迫った敵もいないけど・・・」

「(それってリョーコに襲われそうになった時の事?)」

「・・・エリナ、イネス、感謝はしてる・・・が。
それは間違ってるぞラピス、あの二人は素直で可愛いラピスに有る事無い事言ったんだ」

「(・・・可愛い?かわいい・・・・えへ)」

「そうだぞラピス。さぁ食べるぞ」


経験豊富さを生かして、操縦法を少しは覚えたようだ。
金属の皿に調理されたカレーを口に運ぶ、久しぶりの料理はブランクがあった。納得できない物だった。


「んー」

「(甘い)」

「少し甘すぎたか・・・ラピスには丁度いいみたいだけども・・・うーん、感覚が戻るのは何時になるやら
少し残念だが、ここまで味覚が戻ったのは嬉しいことだな」

「(あまあま・・・水飲みたい)」

「ん・・それはそうと午後からはラピスに護身術教えるからな」

「(どうして?一緒なのに?)」

「いつも俺が外に出てるなんて事はない、ラピスには好きなだけ自由で居て欲しいんだ」

「(でも私はアキトがいれば他に何もいらない)」

「この世界にはラピスが知らない事がまだあるんだ、それを知って欲しい。
そのために俺はラピスラズリ、君をサポートする。
ユーチャリスとオモイカネが全てじゃない。エリナも居ればイネスもいた、おまけにアカツキ・・・奴らは嫌いだったか?」


「(・・・違う、うん)」


ようやく納得させた所でカレー二杯目、まだ食べれる。
電子戦を行うよりはマシだがエネルギーまだ足りない、消費エネルギーが半端でないらしい。
身体能力の把握はラピスへの助言に役立つだろう・・・


「えい・・うわっ、ぅ〜」


ぽてっ
そんな音を立てて転ぶ体、心を文字通り入れ替えての訓練中。
感覚が身についてないのもある、それとラピスの年齢を考えれば仕方ないかもしれない。
同じ体なのに・・・・大丈夫かな?
一時間で三つの技と、状況判断を教える。
これからも時々訓練しないと上達は難しそうだ、抜刀術や暗殺術、木連式柔・・・
奥義まで必要とは思えないが護身術は覚えておいて損はしない。


「(終了だ)」

「・・・アキト抱っこ、は出来ない。ナデナデもダキダキもチュッチュッも、・・ぅ」


ラピスは手に入れたことの無いご褒美を強請る。
けれども今になっては手に入らぬものばかり、後でたっぷりアキトを身悶えさせよう誓った。


「ラピス?うーん体が重い・・何故?
使い方分からないから、当然限界も早いわけか・・・」

「(・・疲れたよう)」


ダウンしているラピスを中へ、外に出たアキトは体の疲れを癒す為
換えの服を持って沐浴へ行く事にした、川に身を沈め髪をとく。


「はあ」


綺麗な群青色の河に浮いて空をみる、この際、裸であることも気にしない。
とても気持ちがいい。
水の中に沈み、目をあける。
入ってくる光は反射し揺らめいてとても綺麗だった、四肢の力を抜いてただよう。
こぽこぽ
口から空気が玉になって出ていった。


「(・・・綺麗)」


電子の情報ばかりで自然に触れる事が無かったラピス。
五感で感じる膨大な生の情報に心囚われていた、アキトも同じく。
宇宙を巡ったとはいえ、火星に生まれ
広く感じた草原は少年時代だけ、地球へ来ても自然に触れることなくナデシコへ。
そして、地獄へ・・・。
数刻・・・水中から上がると日が傾いていた。


「夕日か、そろそろ準備しないと」

「(・・・鍋?)」

「そうだよ、ラピスは猫舌か?
外へ出て味わってみてくれないか?ラピスには薄味がいいはず・・ん、完成だな」


洋食より和食、中華に近い和食は得意とする分野。
野菜をたっぷり入れて、だしをとる手間は野営という都合上省いたが中々の出来だと思う。
ラピスに味見をしてもらう。


「もう少しだけ甘い方が好き・・」


ユリカのように何でも美味しいといってくれる娘ではない、ルリのような娘だ。
屋台を引いて生活していた頃の夕食時に似ている。
ごくり
ごくっ
・・・けふ
アキトの作った物を食べ尽くすのは早いラピス。
物思いにふけっていたアキトにごちそうさま、と声をかけた。


「ごちそうさま」

「(・・・あ、じゃあ汚れ物は川に行って洗うか・・・交代しよう)」

「わかった」

「(明日もあるしな、ラピスは寝てもいいぞ)」

「わかった、でも歯は自分で磨く」


調理器具と歯磨きセットを持って川へ、ちなみにこの川・・・
山奥だけあって清流らしく機器で調べたところ、口に入れても問題なしと出た。
ラピスラズリさんは少女ですので、イネス、エリナのしつけ関係なく歯は磨きます。
いざという時の為にお口は清潔にしているのです。
今となっては手遅れ、それでも生来生真面目な性格らしく手を抜く発想は浮かばない。


「(・・・くぅ)」

「疲れたろ?明日は見学、俺が」

「(変・・・アキト、やっぱり・・・言葉使い直した方がいいと思う)」

ラピスの提案は当然のものだが、明日は格闘術。
そう決めている、それに・・・まだ男に未練がある。

「で、でもな・・俺は黒百合の事を無かった事にするつもりはないし、この体だって」

「(アキトはアキト、体がどうしたの?
私はアキトの手だよ、目だよ・・・黒百合が一人称程度で愚図るなんてことしない)」

「・・・そうだな」

柔らかいベッド、という訳には行かないけれどこんな人里離れた場所で眠れる。
装備は中々良い品、だったらしい。
マクラに顔をうずめて会話、久しぶりにラピスの感情のこもらない言葉を聞く。
決心できた、女?その程度何だと言うのか。


「『テンカワアキト』はもういない、ここにいるのは黒百合。
宇宙の闇を歩き華を咲かせ返り血を浴びたプリンスオブダークネスだ。
俺はそれでも生きていく・・・
偽名が必要だな、ラピスを名乗って・・・それはやめておこう。
ラピスラズリは君しか居ない。
・・・偽名は黒百合の学名から頂くとしよう、カムチャッカリリー」

「(りりー?)」

「変か?この黒髪には似合わないか・・・
・・・アキナ、アキトの一文字違いなんていいんじゃないか?」


せっかくの名前、自由に出来るのならアイツを苛める為にこう変えよう。
アカツキ・アキナ
・・・そっちの方が面白い。
それに都合も良い、色々と皮肉をこめてアイツの身内になりきっておいてやろう。
前会長には両親を殺された借りがある、そんな人間だ。
悪行が一つ増えたところでどうってこと、ないない。実際、隠し子の一人居たろうし。
それを匂わせて、あの極楽トンボを思いっきりからかってやる。


「(身が危険)」

「そうか?」

「いくらアカツキでも義理の妹に手出さない、だろ・・うな?」


あのスケコマシに疑いを持ちつつ眠りについた。

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あれから五日、色々とあった。
二日目の夜、木に登って三日月を眺めていたら・・・突然、パァァと月が輝いた。


「こんなに綺麗な月を見るの何年ぶりだろう」

「(月はいつもこうだったよ)」

「そんなことにも気がつかなかったな、あの頃は・・・あれ?」

「(木連の襲撃、連合軍はこの戦闘で制宙権の一部を失ったと記録されてる)」

「・・・風流じゃなぁーいっ」


三日目と四日目には我流を編み出していたところに、獲物が突進してきたので仕留めた。


「ていっ」

「(今日はイノシシ鍋?)」

「・・・そうだな」


そして五日目、延ばし延ばしにしてきた女言葉の特訓。
教官は完璧主義をイネスから受け継ぎ、女性らしさの基礎をエリナに教わったラピス。
生徒は女の子レベル1、そして『はーどぼいるど』を極めた黒の皇子様。


「わ、わたしは・・」

「(往生際が悪い)」

「わたしぃは・・アキナデスぅ・・ぐっ、なんて難しい・・ユリカって実は凄かったんだな」

「(アレは別。・・・ってイネスもエリナも言ってた。
それより口調直さないと甘える・・・甘えて・・・うんと甘えて・・・)」
ぽっ

「・・・勘弁して」


アキトの伴侶をアレ扱いですか、ラピスさん。
過去に、熱血にもその対極の無慈悲な闇にも染まった前科があるアキト。今回も大丈夫でしょう・・・たぶん。
はまって、極めようとしなければ。
でもやはり、短期間では黒百合のアクは抜けないようで、仕方なく当分は基本は無口で行く事に。
ちょっとした仕草や雰囲気を消す事は出来きれてないので、ネルガルとの初接触は
全て今のうちに決めておく事にした。


「(ナデシコ出航まで二ヶ月の猶予、付け焼刃の言葉はエリナに直して貰う)」

「エリナに?確かにドキッとする女性らしさはあるけれど危険でもある、ん〜」


アキトの考えではナデシコに乗れば何とでもなる。
ルリだって、乗る前と降りる時であそこまで性格変わったのだから。自分が染まらないはずがないのだ。
それまでは知らぬ存ぜぬを通して、エリナあたりに教えこうのも一案。
どっちみちネルガルと関わる事は必要必須必然なのだから。


「私はアキナ、いい?これからアキナと呼んでね♪」

「(・・・うん)」


可愛らしい声、そして微笑みをラピスに向けて炸裂させる。
女になってもこういう部分は変わらないみたいで、無意味に性別構わず落としてしまう危険がありそうだ。
心の表面を変え始めたばかりで、魅力的過ぎる笑みを作れるアキナ。
ラピスは他人(特に男)にこの笑みを向けなさせないように、真剣に知略をめぐらすのだった。

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