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黒のラピスラズリ   第三話「疑いつつも悪巧みを」

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-----A part
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炎天下。
都心のど真ん中にある超巨大企業ネルガル重工の本社ビルに前に一人の人物が来訪していた。
風に髪を揺らせて、片手にトランクを持ち白のワンピース。


「・・・ネルガル」

呟いてニヤリと笑う、相当の悪巧みをこれから行うらしさが出ていた。

「行くわよ、アキナ」

「(ガンバ)」
がくり


せっかく気合を入れようとしていたのに。
でもまあ、応援があることは頼もしい。
それにこの作戦は二人で練り上げた、細かい理詰めはラピスがしてくれた。
後は・・・実行あるのみ。
そしてビルの中へ、インフォから愛の伝道師に連絡を入れる。
アポは既に取ってある、ラピスが偽造で。


「はい、火星科学研究所のアキナ博士です・・よね?」


どうみても未成年、16だろうと思いつつも確かにパスは正当なもの。
止める訳にはいかない、窓口の人間には其処までの権限は無い。もちろんこの身分証も偽造したもの。
偽造に堂々もコソコソもないが、ラピスが自信もってしてくれた仕事(ハッキング)なのでアキナも少ない胸をはって演技する。


「はい。今日は会長に呼ばれまして、あのこれ・・届けてもらえます?」

「・・・荷物は、そうですね。手続きしておきます。・・・では、こちらへ」


自信たっぷり言い切った、もちろん招かれざる客なのだが、あの女たらしはきっと・・・。
フフフ、アカツキ首を洗って待ってろ?
示された通路へ、そして何度かのチェックを受け。階を上がる。
トランクも何処かでスキャンされているはずだ、元諜報員だからこそ分かるチェックもあった。
未来で見知ったシークレットサービスの人間も、何人か行き交った。
一応戦時中、偽造のパスなど既にばれていると見て間違いない。
それでもここまで来れているのは、インフォに頼んだペンダントccが役立っているのだろう。
トランクも取り上げず、テロかもしれないのに興味を持つとはあの道楽会長らしい・・・五感で何度か探りを感じたが無視。
そして、見知った顔に出会う。


「(エリナだ)」

「はじめまして、小さな宝石商さん?」


大人の余裕で笑いかけられた、ここは年齢相応にぎこちなくできるか?
エリナの観察眼を誤魔化すのは厳しい、でも第一印象は大切だ。頑張るアキナ。


「(生娘を演じて)」

「は、はじめまして、綺麗なお姉さん。ところで何故私が宝石商なんですか?科学者ですけど〜」


あら、お世辞とおとぼけなんてませたガキね。
お寒い体形ね、フッ買ったわ・・え?こ、これはスッピン・・負けた。
若いからって何よ、いくら会長がストライクゾーンが広くて、好きもので、軽くたって、女の私には効かないわよ?
でも、ここで帰ってもらうわけには行かないのよね。こんな物を送ってこられては。
・・・エリナの手中、キラリと光るペンダント。


「ま、そういうことにしておきましょう。それに綺麗な石の取引は女の私が同席しなくては、と思って」

アキナのペンダントccを手に微笑むエリナ、エリナキンジョウウォン。名前は知っているが一応。

「(名前聞く)」

「そうですか、ええっと?」

「エリナキンジョウウォン。会長秘書をしているわ。どうぞ」


部屋に案内される。
そして、部屋の中には一人の男が上から下までこちらを観察していた。
ぶるっ
その視線に以前との違いを敏感に感じ、本能的な危険に身を震わせてしまった。
勿論、以前というのは未来ではなく男性と言う意味でだ。


「(これが女の勘・・・)」

「(・・・違うと思うよ、アキナ。身の危険ではあるけれど)」

「(心配するな、いざと言う時はccを持って逃げればいい)」


ラピスの突っ込みを無視して、勝手に話をすすめるアキナ。
かつて感じたことの無い危険を敏感に感じて、久しぶりにかなり本気で暗い感情を溜め込む。
『ある意味』の身の危険まで心配しないといけないとは、アカツキめ。
お前も一度女になって自分の姿を客観的に見てみろ、そして性格直せ。


「やぁ、僕がネルガルの会長だ。驚いてるね、宝石商さん?商品の代価は僕の愛でもいいかな?くく、可愛いねー」


会長が若すぎるので戸惑っている。
そんなアキナにアカツキは笑う、それが計算済みとは知らずに。
そして、裏でいじめてやるっトコトン困らせてやるっと考えている事も。


「(母親の形見)」

「え・・・。そのっ、あ、あのっ、会長さんですか?あのペンダントは母の形見なんです、返していただけますよね?」

「ふーん。そうなの?ま、いいだろう。エリナ君」

「はい会長」


エリナは透明な青色の石を手渡した、ナガレのカードが一枚減ったが切り札が減ったわけではない。
会長が一番最初にソファーに座り、向かってアキナ。
ナガレの隣にはエリナが、品定めの視線で遠慮なく観察してくれている。
一言目はアキナから。


「差し上げたいものがあります、それと交換で私をネルガルが保護していただけませんか?」

「ふむ・・・保護、保護ねぇ〜♪どんな宝石より、君自身の方が僕としては良いんだけど〜♪」

「会長!」

「はは、冗談だよ」

「・・・、会長さん。私は地球の流儀を知りませんし、交渉は苦手です。
ですからこれを見て判断してください。気に入っていただけると思います」

「(月出身者って事かな?)」

「(わかりません。地球と火星はあたりましたが月までは、見落としていました。もうしわけありません)」


小声で視線を合わせ会話する二人。
ソファに座る彼女をデータ照合したが地球には存在しなかった、火星まで手を広げたが確認できず。
アカツキが睨んだ月のデータはというと・・・。
月の管理は地球にとって重要、防衛も重要で三日前に防衛ラインの一部が敗れて、軍は月を非常事態体制にしてしまった。
それ以来、情報が遮断されているので調べようが無いが謝るエリナ。
本物のcc・・・その貴重性を知るエリナはボソンジャンプの研究が進むかもしれないと、舞い上がっていた自分を戒める。
しかし、すぐに動揺してまった。アカツキも同じく。


「これです」


トンと、テーブルの上に置き、がちゃっと開く。
トランクの中には大量のcc、選り取りみどりと表現するべき量のccが詰まっていた。


「こんなに?何処にあったというの?何故貴方が!?」

「・・・エリナくん落ち着きたまえ。しかしこれは・・凄いね。どうしてネルガルに持ってきたんだい?」


驚く二人、今地球にある全てのccの何分の一が見知らぬ来訪者によってもたらされたのだから。
いち早く冷静さを取り戻したアカツキが、冷たい視線でアキナを見る。
その視線に震えてみせるアキナ、ナガレも役者だが、その一枚上を行くアキナ。


「(練習の成果出てる、お口お上手だね♪次は母の遺言だよ)」

「ぇ・・・はい、それは母の遺言で(・・・演技、演技)」

「「?」」

「もっと詳しく話さないといけませんね・・あ、名前も名乗ってませんでした。
私、アキナっていいます。アカツキアキナ、15です。多分」


エリナは話術でこの相手と戦うことに決めた、その名前・・・その一言で。
伊達や酔狂で秘書を勤めれる訳ない。


「まさか・・・」

「会長、ここはお任せください」


前会長の隠し子・・・ありうる。
ネルガルという企業の大きさを考えれば、ペテンと切り捨てる事も簡単。
だが相手の持つ火星カードとccカードの影響力は大きく。信憑性を高めた。
親の事してきた事はほぼわかっている、大企業のトップは外道が多いというのが常識。
現にネルガルの役員たちはナガレの言う事を聞かず、こそこそと何かしているし。
そして、そんな奴等を相手に戦い抜き、エリナはココにいる。
話を続ける。


「じゃ、あなたのお母さんはネルガルの関係者だったのかしら?」

「はい、火星の研究所に居ました。つい先日まで」

「先日?それはおかしいわ、一年前に軍が撤退した後もあの火星で生きてきたと?
生き残りが他にも居るの?それに一番重要なこと・・・脱出方法がないわ」

「それは存じません。何故なら私はネルガルの施設に居ましたから。
他の人間は信用するなと母が常々言っていましたし、それに母が行方不明になってからはずっと一人で生きてきました」

「それでネルガルを頼って来たわけね・・・でもどうやって地球に?」


自然に手を組替えるフリをして、特別な端末を操作。部屋の周りにシークレットサービスを配備させる。
貴重なジャンプの情報を知っている彼女を逃すわけにはいかない。
今のネルガルは以前のネルガルとは変化しているとはいえ、ボソンジャンプは裏の裏。
取引材料として前会長の名を使うリスクは計算済み・・・となると彼女は容姿に似合わぬ強者。
・・・なのに、隣で鼻の下を伸ばしているバカ殿。つねってやった。
フン、いい気味。


「あだっ・・、酷いよエリナく・・いえナンデモナイデス」


メデウサに睨まれた兵士のごとく、ピシリと固まり石像になるアカツキナガレ。
そんなのは捨て置いて、彼女の母の事に考えをめぐらす。
研究所の科学者?
隠密裏に何かの研究をしていたか、手を出して本当に・・・愛があったかは今となってはわからない。
続きを聞きましょう。


「ああ、コレは気にしないでいいわよ」

「それを話すには母の事を話さなければなりませんね。これは母の研究対象でしたし、形見にもなってしまいましたが・・・。
価値がある物らしいので大切に持っていました。もしもの時、役立つと思って・・・
この石には不思議な力があるって聞いてましたから」


哀れな地球圏最大企業の会長を無視して、話し合いはいよいよ盛り上がる所。
エリナは興味津々。
撤退後の火星で、ボソンジャンプの研究はかなり進んでいたのね。やはりオリンポス?
イネスフレサンジュ博士以外にそんな人材が火星に居たかしら?
表のデータでは分からないかもしれないわ、前会長が隠していた可能性が高い。


「そして、逃げ出す事態があった・・・木星蜥蜴?地球へはいつ?」

「はい、死を覚悟しました。装備があったのでバッタぐらいまでなら楽なんですがヤンマまでは生身では無理でした・・・
あとはよく覚えてなくて・・これを持って逃げる途中爆風に巻き込まれて・・・気がついたら」

「何時の間にか地球ってわけ?それにバッタが楽?」

「はい。バッタは戦いなれた相手でしたし、対人戦闘はした事ないですがある程度使えると思います。
信用されるお話か心配ですが私には」


目を伏せて悲しげに儚げに、そして頼れるのはネルガルしかと決め台詞を言おうとした。
しかし、遮られる。


「いいだろう」

「会長!?」

「詳しく調べさせてもらう、結果はおいおい・・・検査はプロスくんに任せよう。
有能な人材の確保は大変だしね〜ネルガル関係者なら特に他に行っちゃうと困るなあ、そうだろエリナくん?」

「そう・・ですか、はいわかりました」

「エリナ君も分かってると思うが、協力してくれる人間は優遇されるべきだよ・・・それに調べれば分かる。
父が・・・罪滅ぼしってわけじゃないしガラじゃないのもわかってる」

「・・・仕方ありませんね、女の子。しかもこんな可憐な美少女を会長に任せて置けません」

「あ、ばれた?」


現世に復帰して、珍しく感情的になっているスケコマシにエリナは人間として少し感心していたが・・・
その視線の先がアキナの体のラインを見ているのを確認すると・・・ぴくり。
目を細めて、魔の手から女の子を守るため先手を打つ。そしてやっぱり残念そうなアカツキ。


「世間体もありますから、彼女は私がお世話をさせていただきます」

「あ、おねがいします」
アキナも抜け目無く瞬時にエリナと結託。

「(上手くいったね)」

「(ああ、だがこれからが大変だ・・・女言葉、何処でほつれるか)」

「(私がフォローするよ、アキナ)」


頭の中で色々話しながら頭を下げるアキナ。
アキナを退室させ二人になった所で本音の話し合いを始める、会長の決定は少し軽率ではなかったか?
そう思うエリナ、トランクから一つccを手に取り見つめながら質問した。


「どう思います?私は・・何から何まで怪しすぎると思いますが」

「まぁ、いいんじゃないの?ほらこんなccを貰っておいて邪険に扱うってのも気がひけないかい?
・・・それに彼女は惹かれる瞳をしていたしね」


それは会長としての勘なのか?
可愛い義理の妹ができたのが嬉しいのだろうか?
どちらかと言うと後者、そう感じたエリナ。
フワフワと浮かれ気味のロンゲを地面に引き戻すためエリナはきつく・・・そして丁寧に忠告をした。


「会長は女性には・・特に綺麗な女性には弱いですし、私は会長の極めて個人的な行為、行動に細かく何も言うつもりは
毛頭ありませんが、彼女と二人きりになる事や、彼女のお願いを気安く聞かない事、その他ネルガルの機密をぺらぺらと
喋らない事、彼女に拘わって仕事を滞らせたりしない事を約束していただいたら、私は反対致しません」

「・・・・・・僕ってそんなに信用ないの?」

「はい♪」


自分の秘書にここまで言われるとは自覚してなかった極楽トンボに、本当に嬉しそうに微笑むエリナ。

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-----B part
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ネルガルに身を寄せたアキナことアキト&ラピスは、エリナに案内されて一つの高級マンションに来ていた。
黒百合の頃の癖で厳重な警備をチェックしてしまう、エリナの羽の休め場所らしいトコロだ。


「アキナ・・・でいいわよね?私の事もエリナでいいわ。
ここが私の家、と言っても私は会社人間だから殆どいないけど・・・。
貴方もネルガルで仕事を持ってもらう事になると思うわ、まず部屋を決めようかしら?」


ボソンジャンプ、研究が進展する事を願い。
そして、そのキーとなるアキナを手中にするためエリナは自宅へと招いのだ。


「・・・はい、お願いします」


綺麗な部屋、滅多に使われない家具たちが整然と並ぶ。
エリナに了解を得て部屋を一つ貰って自室とする。
一緒に軽食(ジャンクフード)をとって、エリナはシャワーを浴びに行くエリナ。


「色々と聞きたいとこだけど今日はもう寝かそうかしら?」


時計を見て決める。
戦う服、制服を脱いで熱い水滴を浴びる。


「(エリナご機嫌、鼻歌うたってる)」

「以前と同じだな」

「(どうしてアキトが知ってるの?私はエリナとお風呂入った事あるけど)」

「・・・大人の事情だ」

「(じゃあ変わりばんこしない)」

「・・・ごめんなさい」


リビングで待たされたアキナはテレビもつけず、椅子に座ってプラプラと足を振る。暇だ。
なのでラピスとそんな会話をしていた。
ココの所、いろんな事でラピスに連敗中・・・。
ため息を吐く。
特にする事も無いのでシャワーの準備、壁にもたれかけてある大き目のトランクに手をかけた。
アキナの荷物は全てここに入っている、柄はチェック。
黒百合には似合わぬものだが、年相応の物が必要だったので店員の勧めで購入したものだ。
中には機能的な機構はなく、雑に衣服類が入っている。


「アキナー、空いたわよ」

「はーい」


たったったっ
ボタンを外して服を脱ぐ、しかし出てきたエリナの裸体からは目を外す。
だが、アキナの気持ちなど分かるはず無いエリナはタオル一枚手にとるだけ。
アキナの胸元に目を向けるエリナ。ccを見つけて何か会得したらしく悪巧みする顔。


「あらいつも身に付けてるの?・・・なぁーる♪」
ドキドキ

「(どうして心臓が?)」


ラピスの疑問答えず、アキナは無言のままエリナの横を通りすぎて浴室に逃げ込む。
エリナはビール片手にリラックスしていた。


「・・頼む」


入れ代わりをラピスに頼んで目を閉じる。
習慣になってきたので10秒もかからない、ラピスは不満そうに手を胸にあたる。
ドキドキしてない。


「何かバタバタしてたけど?そんなに急いでどうしたの?」

「な、なんでない・・」


エリナが茹で上がっているアキナに聞く。
ラピスにやられた。
いつもは着替え終わるまでラピスが体の管理をしていてくれた、しかし今回は・・・。

「(終わったよ♪)」

気がつくべきだった、エリナの裸でドキドキして機嫌悪かったラピスが愛想良くしてくれる事に。
目をあけると・・うっ、まずい。
それからは急いで体を拭いて、まだ完璧に覚え切れていないブラや服を着込んで。
ドタバタとリビングに走り込んだアキナ、トランクを持って割り当てられた部屋に行こうとする。


「ぐぇっ」

「ちょっと、待ちなさい。アキナ」

「な、なんですか?」

「お話しない?まだ寝るには早すぎる時間よ」


襟元を捕まれて首が絞まる。
バスルームでの光景を早く寝て忘れたいアキナ、しかし同居人として兎も角ネルガルでの強力な協力者としては親睦深めたいエリナ。
今のこの心理状態ではボロを出しやすい、断りたいところだが・・・エリナは逃がしてくれそうに無い。
アキナを椅子へと座らせてじぃ〜〜と見つめる。
良くない企みごとをしている時の顔だ、ラピスが注意してくれる。


「なんでしょう?」

「決めた」

「なにをです?」

「アンタをダシにあの極楽トンボをこき使うわ、協力よろしくね」

「ね、って・・私、会長さんの弁慶の泣き所なんですか?苗字が同じって事は・・まさか!?お父さん?」

「っなわけないでしょ!・・・たぶんって言うか計算合わないわよ。アンタが17でナガレが20なんだから」

「じゃあクローン!?火星の秘密研究所で生み出された禁秘で悲劇な女の子?」

「違う」

「ってここまで冗談です。私ってつまり何ですか?訳ありの兄弟って所ですか?」

「切り替え早いわね・・・そう兄弟よ。
だからって、あんなのを慕いなさいなんて女として言えない。そこは安心してて良いわよ」

「酷いな〜」

「「なぁっ!?」」


いつ間にかリビングの出入り口に真っ白なスーツを着て奴は居た。
ラッピングされたコスモスなんか持って・・・おいおい、デートに妹を誘うのか?キラリと歯を光らせて。
コイツの非常識には慣れたエリナも、会長の特権まで利用して無断で家へと侵入した事を許すつもりは無い。
持っていたビールの空き缶を投げつけて、テーブルの灰皿を掴む。


「アンタわぁ〜」

「ま、うわっっ、アブな・や・・」

「はあっ・はぁっ・ちっ逃がしたか」


とっ捕まえて、女性だけの住宅に不法侵入の罪で会長の座から引き摺り下ろそうと思ったのに。
・・・考えてみると大関スケコマシの名を上げさせる事にしかならない。
奴の秘書という立場が嫌になる。
まったく手の速さは重々承知していたが、逃げ足まで早いとは・・・。
アキナの様子を見に来たのなら、素直にチャイム押せばよいものを。
人を驚かせる事を、趣味にしている奴にそんな普通の行為を期待した私がバカだった。


「良かったんですか?」

「いいのよ、あんなの。それより貴方の方が・・」


さっきとは違う、何かに囚われ魅入られたような視線をアキナに向ける。
それはモルモットを見つめる、そんな冷たい目、アキトがもっとも嫌う目。


「エリナ、私をそんな目で見ないでくれる?」

「・・わかったわ」


思わず闇を少し出してしまった、復讐鬼の血は抜け切れていないらしい。
黒百合として宇宙に華を咲かせた、生と死の狭間に身をおいた修羅の視線はエリナを屈服させたようだ。

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「でわ、まずは遺伝子強化体質の検査ですね。火星のナノマシンも気になりますし」


今日はプロスペクターに連れられネルガルの研究所に来ていた。
精密検査されても秘密がばれるとは思っていない。
ジャンパー独自のネットワークを作るナノマシンをネルガルに採取されても、まだ色々と実用化には壁があるはずだし。
火星生まれがキーワードという事に気がついている人間は皆無、イネスもその段階に来ていないはず。
アキナが心配したのは、IFS伝達率と実力を何処まで出すのかという事だけ。
この時期のルリ程度までで抑えるのが懸命だが、パイロットの経験生かしたいので、その事も匂わせておきたい所。
色々考えながら手を差し出すと白衣を着た女性が血液採取の準備・・・。


「まずは血液採取させてもらいます、その他の精密検査は一時間後です」

「・・・」


注射の針を乙女の柔肌にブスリと躊躇無く刺す、思わず冷めた視線を送る。


「やや、すいません。科学の探求者という人間は性別関係なく、えてしてああいうものですから」


目を諌めたアキナの横に立っていたプロスがにこやかにフォロー、さすが人を見る目がある。
アキナの秘めた危ない性格を早くも察知して居るのだろうか?


「・・・別に気にしてないです」

「そうですか、では次はIFSのテストですね。今日はあと護身術などを覚えて貰おうかと。アキナさんは要人ですから、はい」

「ここに手を置くんですね・・承認、パス・・。・・へ〜」


見慣れないコンソール、ラピスには懐かしいものだがアキトは初めてだ。
火星ではナノマシン処理で得れる技能はパイロット、と決まっていて検査などしない。
それがごく自然な事だった。
オペレートを始める、ゆっくりとナノマシンを本格活動させて行くと・・・。
ナノマシンの線が全身に浮かび上がり髪も光を零し始めた。


「こ、これは・・・いったい!?マシンチャイルド!?しかし瞳は黒かったはず」


プロスが驚き、その核心の言葉を喋った時。
アキナの瞳から漆黒が溶けて消え、代わりに遺伝操作された証の金色が浮かび上がっていた。
ブゥン
機械がフル稼働を始めた、アキナの手の甲のIFSが光を溢れさせる。科学者たちは唖然とその光景を見ていた。


「ア、アキナさん?これはいったい?火星にもマシンチャイルドの研究施設が」

「プロスペクターさん?・・わたし変なんですか?」

「え?はい、ちょっと驚きまして・・・私もまだまだですね。
アキナさんは先天的に操作された遺伝子を持っていますよね?火星には他にまだ生き残って?」

「いいえ、私一人だけです」


珍しく戸惑いの表情を浮かべるプロスペクターに、外側できょとんとした顔。内心は意地の悪い笑み。
不思議そうに問い掛ける彼女、プロスは演技と疑う事はしなかった。
・・そう、そうだった。
最初の報告で食わせ者だと思った、社運を賭けたプロジェクトが二ヶ月後に迫るこの時期に隠し子!?
出来すぎている。
疑いながら接して分かった事は、彼女は裏があるとは思えない素振りをしている事。
不自然さは見つけれなかった。
そして今では、人を見る目は確かと自負しているプロスペクターは、
アキナという少女の真実はありのままという可能性にチェックを入れていた。
そう考えればこの状態も合点が行く、コレは彼女にとってはごくごく普通の事。
だが、彼女の重要度が増す事は確かだ。
機械から吐き出される数値は、聞きかじり程度の知識でも分かるほど異常な数値を示している。
ナノマシン処理を先天的に行わなければ不可能な伝達率と処理速度、火星という環境も影響していたのだろうか?


「アキナさんのご出身は火星でしたよね?しかもネルガルの研究所。ナノマシンの研究成果を利用されたのでしょうなぁ。
地球では色々とありまして、遅れているのですよ。ナノマシン自体もまだまだ・・あ、これは関係ありませんでしたな」

「成果・・・へぇ、そうですか」

「もう少し時間をさいて調べたい所ですが、次へ行きましょうか」

「はい」


アキナが手を離すと機械から光が消え、アキナの瞳も漆黒に戻る。
プロスの内心をかなり詳細に把握できるなんて貴重な経験だ、たぶん遺跡関連のナノマシン解析の話だろう。
それにしても上手く行った。
プロスペクター直伝の心の制御の仕方や感情の隠し方で騙し通せた、未来のプロスも喜んでいる事だろう。
不本意ではあるかもしれないが。
当りさわりない言葉で言われるままついていく、結構忙しく移動、小走りで研究所内を移動するので
フワフワと肩辺りまで伸びている髪が邪魔に感じた、後で一つに結おう。髪型はラピスに任せて。


「ふぅ」

「おつかれさまです」

「あ、すみません」
軽く休憩、プロスの買ってきたホットドッグとジュースを口にするアキナ。

「いえいえ・・・それで希望ありますか?
私のお薦めは、貴女のナノマシン研究と遺伝子強化体質を生かしてみてはどうでしょう?」

「研究ですか?」
この体の由来の一方の両親は研究者、裏で上手く立ち回るなんて出来なかった・・・良くも悪くも研究者。

「貴方の故郷、火星はもはや完全に敵の手に落ちています。地球で生きる術を身につけてください。
ネルガルは貴方を歓迎しますしサポートしますよ。火星は・・・既に敵にとっても愛しきものですから」

「ソレって落日の帝国みたいです、縁起でもありません」

「冗談です。決まってるじゃないですか、ネルガルはちゃんと逆転ホームランを打ちますのでご安心を」

「でも木星トカゲですよ〜秘策でもあるんですか?」


やられっ放しのケチョンケチョン、それなのに自信たっぷりのプロスペクター。
アキナは裏技で『相転移エンジン』と『ディストーションフィールド』を知っていたが・・・。
ここで疑問に思わない方が不自然だろうから聞いておく。


「それは就職してからお話しますよ」


書類を何処からともなく出してくる、ダーッと細かい文字。
うげっ
そんな表情で確認していく、こと就職という言葉には関わりなかったので少し興味ある。
何々、福利厚生充実のために男女間の交際申告でネルガルの娯楽施設を安価に利用できる・・・俺には関係ないな。
読む事、十分。
ナデシコクルーの契約書とは違い、お子様向け項目はなかった。


「遺伝子強化体質は地球では進んでいない、でしたよね?」

「はい、そちらの方面に配属希望ですか?
それは助かります、研究所もネルガルの外部内部問わず二ケタも存在しない上に失敗続きでしたから」

「それから戸籍は仮にハッキングで作っておきましたから、上書きしておいて下さい」

「ほぉ、なるほど」


やりますね、準備期間などを考えれば火星から来て数日との事。
それだけの能力があれば高給になりそうですが、それだけの仕事を期待できますね。

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それから数日、アキナは試しにネルガルのコンピューターを使って明日香のホストコンピューターをしばき倒していた。
この時代でも、ネルガルはスーパーコンピューター分野の先駆者。
相手のシステムの下から上まで滅多切り、明日香インダストリーの裏は鈍るだろう。


「まずはラピスの居場所だ、トラウマが出来る前に」

「(早く私を見つけてアキナ、悪い人にさらわれてしまうの♪助け出された私は・・フフ♪)」

「あの〜ラピス?エリナにまた?」

「(イネスに読んでもらった本に囚われのお姫様のお話があったの♪)」

「そう・・意外と子どもっぽい・・と言うか子煩悩なのか?さて・・ラピスは〜何処かなァ〜っと」
妄想続けるラピスを無視する事に慣れてきたアキナ、もはやアキトらしい優柔不断さはなく切り替え早くなっていた。


体内のナノマシンを活性化。
戦闘だけでなく黒の王子様は対電子戦の訓練も積んでいた、殆ど共に居たラピスと離れ孤立戦闘の危険もあったからだ。
ネルガル内部からのハッキングなので比較的楽な事、ラピスの助けなしでも簡単そうだ。
古狸め、ラピスラズリを何処に隠している?
ラピスの記憶の始まりはアキトに出会ってからで手がかりは無い。アキトがラピスを確保した場所は、未だ森林。
北辰たちに襲撃された研究所は、アカツキがナデシコに乗り込んだ時期に立てられたのだから当然だが。
会長のいぬ間に悪巧み。
本当に分かりやすい古狸、しかし今は何処にラピスを隠しているのか疑わしい場所が多すぎて不明だった。
今、手を出すとアカツキアキナの立場を手に入れた意味が無くなる、プロスに警戒されてナデシコに乗れないかもしれない。
では何も出来ないのか?
それはない、罠をはる事はできる。
社運が賭かるスキャバレリプロジェクトが一旦挫折する、つまり火星でナデシコが消息を絶つ時。
その時発動するように根回しすればよい。


「(助けたらこっちのアキトに会わせてあげて)」

「ルリちゃんも居るしちょうどいい、ナデシコが帰ってくるまでに・・・。あのバカに囮になってもらうか・・・ふふ」


空白の八ヶ月間を有効利用しない手は無い。
ラピスを確保して、アカツキにエステをパワーアップさせて、重役たちを脅してシャクヤクを作らせて、
極東方面軍司令官ミスマルコウイチロウはユリカをダシにして軍にパイプを作って・・・出来そうな事から優先度をつけていく。
とりあえず今出来る事は・・・。
ラピスと共同で攻勢をかけて、クリムゾンを探る事。
オモイカネが完成していないので実力を出し切れなかったが、見つけた。


「(あった・・・これが)」

「なんて事を・・」


木星連合とクリムゾンの接触の証、それは月にある鉱物をチューリップ経由で横流しの情報。
・・・木連の資源は元々かなり少なかった。
木星にプラントを確保しているとはいえ、強力な無人兵器を無尽蔵に作れる訳ではなく
必要となる材料を小惑星帯から採取するしても、月ほど良質な合金を作るのは難しかったはず。
そこで木連に武器と元となる鉱石を、地球に得意分野のバリアを。
この戦争をクリムゾンが、キャストから脚本まで決めていたなんて許せない。感情が高ぶる。
消し去りたかった、今この瞬間にも。
しかし生ある限り守ると約束したラピスと、思いが別人とはいえラピス。助け出したい。
ユリカたちが遺跡を飛ばして、戦争を終結させ・・・ラピスが幸せを得るまではクリムゾンは生かしておこう。
・・・本当はこの時点でシッポを掴んでおきたかった。
しかし、掴んだシッポは切り離し可能な物が多い。徹底的な物は無い・・・奴らはやはりトカゲだ。


「仕方ない。月を陥落させるほど軍もバカが揃っているわけじゃないだろうし」


地球が月で必死にトカゲを抑える理由も鉱物。
機動力で負け、物量で負け、それでも負けを認めない。
認めたら過去の悪行と現在の悪行で幕僚は全員極刑だ、そんな状況なのにネルガルから袖の下で
ナデシコを作らせて奪うのだから・・・救いようが無い。
こんな無能たちが居たから、統合軍は火星の後継者を察知できず反乱を鎮めれなかったのだろう。

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「ミスターの口から急ぎ呼ばれた理由は話せないのか?」

「まあ、ゴートさん。それは会長から説明される思います、それに秘書さんから何を言われるか・・・
たぶん、私の後任でしょう」


ビジネスマンと軍人、一見そのように見える二人はネルガル本社にきていた。
世界を飛び回る凄腕の二人がこうして顔を合わせる事は実は少ない、通信などを合わせればその限りではないが。
ともかく、ゴートホーリーは中南米から呼び戻された理由を尋ねる。


「後任?」

「はい、会長直々の。ま、仕事頑張ってください」

「・・ふむ」


ゴートもサラリーマン、そういう会長自ら指示される仕事は名誉と受け取られねばならない。
滅多に会う事の無い、事実初対面だが・・・噂では若いらしい。
入室すると室内の雰囲気を敏感に感じた、緊張する。
厳しい顔の一流のスーツを着込んだ男、若い・・・予想以上に。
三十路にも見えない。
そして呆れた顔の女性、こちらも若い・・・エリナキンジョウウォン、彼女は知っている。
仕事にとても厳しい、はずなのだが・・・内心驚愕しても顔は変化させない。
プロスペクターに紹介される。


「会長、こちらがゴートホーリー氏です」

「よく来たね、ゴートホーリー君。
堅苦しい挨拶は抜きだ、さて早速用件だが・・・これから話す事はくれぐれも内密に頼むよ」

「わかっております」

「・・・今度、シークレットサービスを増員する事になってね」

「新しいプロジェクトですか?」

「それもあるけど・・・エリナくん、あっちもプロスくんと平行して貰おうか?」

「そうですね、あの艦も八割完成してますから。
木星トカゲたちへのリークを防ぎつつ、始めなればいけませんが・・・ゴート氏が適任でしょう」


ここまで真剣に話すのを見た事が無い、会長が偉い大人物に思えてしまうエリナ。
顔を引きしめて計画をプロスペクターとゴートに伝える。


「・・・それは軍需計画なのですか?」

「片方はね」

「一つはスキャバレリ、一つは要人警護・・・この極楽トンボにとって重要なのは後者よ」


エリナが説明を簡潔に終える。
そこでやっといつものアカツキナガレになった、非難がましい目でエリナに見られて必死に弁解する。


「極楽って・・酷いなエリナ君、僕の個人的な理由で判断を誤ってネルガルの屋台骨にひびを入れるとでも?」

「私はそう理解しましたが?警護にまるまるひと部隊あてるなんて・・・まったく」

「仕方ないじゃないか?彼女の重要性を考えればねえ〜」

「シスコン」

「うっ」

「アキナの才能には私も舌を巻くほど、そう評価してる。
この前の誘拐未遂も実力で退けたって聞いてる・・・け・ど・ね・ぇ?」

「いいじゃないか・・でゴート君には先に部隊を組み立てて貰おうじゃない、一刻も早く」

「・・・よろしければそれだけ急ぐ理由をお聞かせください」

「そうだね、アキナが」

「このバカはね、妹つきのSSに男性が居る事が気に入らないのよ」


何をくだらない事をと吐いて捨てるように言うエリナ。


「しかしだね、エリナくん?アキナの為の部隊だ、つまり女性だけの。
こう・・なんというか・・華やかさが必要だと思わないか?
スキャバレリにも送り込める一流で固めないと。
か弱い彼女を泣く泣く死地に送り込まねばならない・・・そんな僕の気持ちぃーーーっ!」

「だまれぃ」
すぱこん


書類を束にした物で、シスコン全開の馬鹿兄を絨毯に沈み込ませる。
プロスは何事も無かったように、ゴートは暴挙に唖然とする。
会長と秘書の力関係を知る人間にはいつもの事、プロスペクターは沈む会長を見捨て仕事に戻って行った。


「と、こういうわけよ。残念ながら与えられる時間は少ないけれど頼むわよ」

「は、はぁ・・・しかし本来シークレットサービスはプロス氏の管轄では?」

「諜報はね、それにプロスペクターには少し動いてもらってる所なのよ。
戦闘はあなたが教育してあげて、女ばかりだからって鼻の伸ばしたら私とコレが怒るからね♪」

「・・うむ、肝に銘じておく」


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