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黒のラピスラズリ   第五話「ナデシコ」

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-----A&B part
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むっつりとした厳つい顔、軍神のような風貌の彼。
ゴートホリーは自身の所属する組織の長に呼ばれていた、これは珍しい事だ。
何百万人が所属する世界最大の民間企業ネルガルグループ、その会長に。
ちなみに初対面ではない。
一般人の感覚ではそれは大変凄い事なのだが彼の性格ゆえ、誰にも話した事はないし話したくない。
彼はこう思うのだ・・・みんな幻想を持っていもいい、ネルガルの会長に。
とても威厳があって、カリスマがあって、一流のスーツをパリッと着こなしてどっしり構えていて・・・。


「何?これって・、あ。来たの?こいつはその内復活するから、のんびりしてましょ」


決して、秘書にこき使われて机に沈んで屍になっている若者なんかではないはず・・・。
どうやら溜まっていた仕事を、何日か寝る時間も切り詰められて処理させられたようだ。・・・恐ろしい。
目の前の女性に畏怖をしつつも用件を伺う。


「それで呼ばれた理由はまたなのか?」

「また?ああ、違うわよ。食べていいわよコレ、アキナに持っていくつもりだったらしいけど」

「むぅ・・これは?」

「ケーキ、花谷のチーズケーキよ。知らないの?
美味しいって、中々手に入らないって噂の!ああ、でも男性のあなたには流れない情報よね・・・んんおいしい」

「エ〜〜リ〜〜ナ〜〜くぅ〜ん?」

「うっ、ちょっと脅かさな・・・わ、わるかったわよ」


ふたつめに手を伸ばした所で、復活して怨念込めて睨むアカツキの迫力に手を引っ込めて謝るエリナ。
残りは5つ。
アカツキは残っていたそれを冷蔵庫へ、大切そうに入れて代わりに栄養ドリンクを取り出す。
ちゅーちゅー吸いながらゴートに向かい合うように椅子に座る。


「今日こそと思っていたのに、エリナ君のお陰でアキナと会うチャンスがないじゃないか?」

「それは私のせいではありません・・・」

「まぁ別にいいけど・・・ふぅ」


ぽいっと空ドリンクをゴミ箱へ投げ捨てる、狙いたがわずガンッと入った。
エリナに必要書類を用意させるアカツキ。
すっかり会長して、すっかり秘書して・・・さっきのは見間違いだったのか?


「ゴート君に来てもらったんだ、まずは今の状況を説明してあげて」

「はい。スキャバレリプロジェクトは機動戦艦ナデシコが完成まで1ヶ月を切り、あとは乗り込むクルーのみとなりました。
火星の単独調査の危険軽減の為にシャクヤクを半年後に就航させ、コスモスは7ヵ月後に」

「おさらいできたね?じゃあ予定は」

「クルーのスカウトはプロスペクター氏が既にリストアップしています。
ゴート氏はナデシコでプロスペクター氏の片腕となってもらいますので、クルーのスカウトに同行して下さい」

「私が?畑違いでは?」

「『性格に難があっても腕は一流』・・・人と成りを知っておくべきだと思うわ」

「まったくその通りだよ、エリナ君は賢いね」


うんうんと頷くアカツキ。
仕事以外、アキナ絡みで、エリナを思い通りにこき使っているので、この頃態度がデカイ。
アカツキの態度にエリナはムッとしたが、そんなことゴートには関係ない。
それより・・・


「・・はぁ、所でプロスペクター氏は?」


実はずっと気になっていた、呼ばれたのは自分ひとり・・・プロスペクターは?
いつかのように壁の中から忍者のように現れるのでは?少し身構えていたが杞憂に終わった。


「もうすぐ来ると思うわ、アキナと一緒に」

「彼女と直接会うのは初めてだったね?くれぐれも変な気はおこさないように」

「アンタじゃないんだから・・・」


エリナとアカツキが漫才を演じていると入り口がノックされ、アキナとプロスが入ってきた。
ここに来るまで話していたらしい。
待っていた三人に気がつくと空いた場所に座る、アキナはアカツキの隣にプロスはゴートの隣に。


「ですなぁ、そういう所ありますから」

「あ、こんにちは。ゴートホリーさん」

「アキナ、こいつお預けだったから今日は甘えてあげて
『お兄ちゃん♪』なんてこの前は別人かと思ったわよ、でもそれで色々助かるからやりなさい」

「僕に聞こえるように言う事じゃないだろ?それ。
アキナはちょっと待っててくれ、アキナにだけ食べさせてあげるからね」

「?」

「ちょうどプロスを待っていたのよ、ゴートに説明とアキナの」

「ええ、わかりました。実は少し話して居た所なんです、ホシノルリさんが居ますから
アキナさんのお仕事は、平時は様々なお仕事をこなして貰えるでしょうし
戦闘態勢時はエステバリスの戦闘指揮ですな。これが一番良いかと・・会長は?」

「自分でやりたいらしいから、やらしときましょ」


あちち、とか言いながらお茶の用意をしてアキナを甘やかす会長さん。
プロスはもはや慣れたが、ゴートは固まっている。
これが地球圏一の企業の会長の姿なんて信じられない、女性を口説いている方が似合う。
部下としてそれは望まないが、相変わらず物凄い違和感をかもし出していた。


「ああ、そうでした。会長、シャクヤクの方は?」

「何処で嗅ぎつけたか軍の奴らがね〜、はぁ〜どうしよう?」

「私に聞くな。プロスの仕事でしょ?」

「あの手この手で押さえ込んだのですが・・」

「こっちの業績が順調だから、クリムゾンの妨害も仕方ないわね。
アキナの誘拐、失敗続きの上に明日香ともやりあってるようだし・・・
軍への情報のリークまで始めたんだから、覚悟の上でしょ。暗黙の了解ってのも反故して・・ってコラっそこっ!」

「「あ」」


話を聞いちゃいない兄弟にエリナが髪を逆立てて怒る。
美味しいチーズケーキを味わって何気に笑顔のアキナにも怒っているのだ。
残しておきなさいよ、私だって食べたいんだから・・・とアキナの持つケーキを睨む。
同居生活でその視線を意味がわかっているアキナは、泣く泣くケーキを一つ箱に戻す。それを取るアカツキ。


「アキナ、譲ってくれるなんて。なんて兄思いなんだ!」


違う。
と言う暇も無くペロリ食べてしまった、最後の一つ・・・よほどショックだったのかエリナは不動。
仲の良いアキナは同じ甘い物好きとして同情し、色々と甘い言葉をかけてやる。
しばしのお別れに、手料理とお菓子作ってあげる。とか。
プロスとナガレはお茶をすすっているし・・・ゴートは待ちかねて質問をようやくしてみた。


「・・・それで、私の仕事はいつから?」

「今からです、はい」

「ついにスキャバレリプロジェクトが本格稼動という訳だ。火星調査を行う・・それと」

「軍や競合会社へのアピールも兼ねる、建前ですからあしからず。覚えておいてくださいねー」

「戦艦に他にどんな役割があるのです?」


少し突っ込んだ質問をかわすアカツキ、その質問をプロスにしても同じだろう。
戦艦を運用する事自体、疑問だが自分は一介のサラリーマン。詮索はやめた、プロスペクターに促され席を立つ。
扉まで足を進めたところで声がかけられた。


「それは言えないよ、いくらゴート君でも。
君は従軍経験もあり、・・・前にもこんな事、ま、いいや。とにかくプロスペクターに従ってくれ」
プロスとゴートが出ていく、アカツキの真面目もそこまでだった。

「・・と難しい話は終わったね、エリナ君?うん仕事も終わったし・・・。
アキナ元気だったかい?疲れてないかい?この前みたいな事起こらないように、心配でガードを増やしちゃったよ〜」

目じりを下げて態度が反転、さっきまでのアカツキナガレは死んでしまった。
交渉の席でコウイチロウと同席したら、娘自慢でさぞや白熱の議論をかわせそうだ。

「増やした!?またですか?・・・イェなんでもないです」
この状態のナガレは実は苦手、仕方なくエリナは我関わらずと茶菓子の片付けをする。

「もしもの時はエリナ君を盾にしていいからね、彼女は優秀だから。
ナデシコにも送り込みたいけど、お兄ちゃんのお仕事手伝って貰う人いなくなっちゃうから駄目なんだ。
無事に帰って来れるようにアキナの部屋を脱出艇に改造して貰おう、うんそれがイイ」

「そ、それは時間が無いと思うよ」

「そう言えばそうだね。う〜ん困ったね〜」


一方的に話し掛ける大関スケコマシとニコニコと笑って相槌を打つ少女。
彼女の仮面の下、シスコンのアカツキをどんな目で見ているのだろう?
彼女は怖い、はずなのだ・・・最初に家に招いた時以来、あの表情は見ていない。
今まで一緒に暮らして、敵という確証は得ていない。
でも完全に味方という確証もない、本当に大丈夫なんでしょうね?


「・・・実は何にも考えてないんじゃないの?会長」


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「これからスカウトに行くのは操舵士のはずだが?」

「私の持つ情報によると、彼女は余暇を資格取得に利用しているとか、隠れた才能と申しましょうか。
人は見かけによりませんよ。ハルカミナト、一流の人材です」

「ミスターのようにか?」

「ははっ、私はつまらないおじさんですよ」


ネルガルとも取引のあるアジアのいち大企業の社長室に向かう二人、部屋の持ち主に用があるわけではない。
社長秘書のハルカミナト、彼女がスカウト対象だ。
プロスペクターのリサーチによると、彼女は某一流大学を主席で卒業した後、三つの大企業を才能で渡り歩いていた。
ヘッドハンティングも何度か経験済みらしい。
プロスのスカウトマンとしての腕の見せ所だ。
現在この企業で社長秘書をしつつ、何か思うところあったのか、資格取得に励んでいるミナト。
インテリアコーディネーターと准看護士は学生時代に趣味として片手間に取得、と本人談。
そして、彼女がナデシコに乗る切符となった戦艦の操舵士資格。
それはナノマシン処理を必要としない連合軍の高給取り、民間人が取得できる最高の職とも言えた。
ただし、軍との親和性高い操舵士は今以上に戦況が切羽詰まってくれば、徴兵も覚悟しなければならない。


「ネルガルの人?」

「はい」

スリルもリスクもない人生、それを歩む足を彼女は切り捨てたかった。
それは叶う。
この先に何があるのか分からない、でも深い深い海底に心地よく沈む自分を変えれるきっかけになればいい。
太陽輝く海面に出てみたい、空を見てみたい。

「私を操舵士として雇ってくれるの?へぇ」

「はい」


肩肘張った人間ばかりのある意味停滞した職場、そんな民間企業に勤めて数年。
つまらない。
そんな失望からその資格に手を出したミナトは、まさかネルガルからスカウトされるとは思っていなかった。
社長がまだ何か言ってるが、無視してこれからの事に想いをはせる。


「いいわよ♪」

「社長秘書ってそんなに嫌なの?・・そ、そんなぁ〜」

セクハラ好きの重役の泣き言を聞き流して、つまり無視してプロスに笑顔を向ける。

「ありがとうございます、こちらの会社に未練などは?
ネルガルにも優秀な女性がいらっしゃいますから、退職金に色付けなどのサービスなどは?」

プロスは完璧な情報を掴んでいて、ハルカミナトが『あふたーけあ』を望むならソレもしてあげましょうと言う。

「いらないわ、面白そうってだけで良いし♪それに〜やっぱ充実感かなぁ〜」


彼女は楽しそうに笑って言う、ゴートとプロスの組み合わせも愉快でこれからの何かを期待させる。
ついでに可愛い人も同じ職場に居てくれたらなお良い、『生きている』『夢ある』男性とのも出会いも期待して。

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「また・・か?」


この男の考える事は良く分からない、通信士に何故声優を?
戦争中に民間人で戦艦を運用する事も含めて、俺の常識外の事態が目の前で着々と進められている。
プロダクションの人間に連絡を取ったプロスが、ガラスの向こうに見えるメグミレイナードと話を始めた。
ふと、近くにあった冊子に目を止める。


「メグミさん、貴女をスカウトに来ました」

「え、ええっと・・・スカウトですか?プロスペクター?本名ですか?」

「いえいえペンネームみたいなものでして、はい。
ところで・・・スカウト、不思議にお思いでしょう?」

「はい、私のお仕事は声優です」


声優のお仕事は楽しかった、でも・・・。
このスカウト、受けようかな?
どうしようかな、転職先はどんなだろ?


「私どもはその声を買いにここまで来ました、貴女の才能を活かして見ませんか?ナデシコで」

「ナデシコ?」

「はい、今度就航させる機動戦艦の通信士をしてみせんか?」

「・・・」


戦艦かぁ〜、きっと凛々しい男の人も居るんだろうな〜。
軍に入るってことになると、色々と考えちゃうけど・・・お給料とか。
悩んじゃうなぁ〜、う〜ん。


「どうです?このくらい出しますよっ残業手当もほらこの通りっ」

「ええっ!?こんなにいいんですか?行きますっ!」


扉の所にいる大男ゴート、よく見ると暇を持て余したのか勝手に台本を読んでいた。
魔法少女アニメを理解できるのだろうか?
ともかく、メグミレイナードのスカウト完了。

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「それはつまり・・軍艦なのかい?」

「いえいえ、我がネルガルの所有の戦艦でして」

「ふーん」


厨房は忙しく、この時間での交渉となった。
夜の帳も下りて人通りも少なくなり、後は店を閉めるだけになった時間に来客。
ネルガルのプロスペクター氏、どうやら私をスカウトしに来たらしい。
世界最大の企業が私を何処へ配属してくれるのか期待する、腕に自信があるので堅苦しい高級レストランは断るつもりだった。
しかし、このひげメガネの御仁は戦艦の食堂に是非と言って譲らない。


「一流の人間を集め、民間人で運用するものですから料理人も民間からという事になりまして」


それはそうだろう、必要エネルギー摂取を目的とした量だけの食堂も軍には多い事を知っている。
民間人ばかりの戦艦に軍属のコックは合わない。
この戦争がはじまって数年、色々と思いがある。
その思いを受け止めて、ホウメイはここにいる。
集めた調味料も味わってくれる人間が居なければ意味が無い、就職先の戦艦には世界各地から人が集まるのだろう。
その時、厨房を任されたコックが昔の私みたいな奴だったら・・・。
かわいそうだね。
食べ事に関しては人間なのだから、軍も民間も関係ない・・・けれど民間の船か。楽しみだね。


「いいよ、幾つか持ち込みたい道具と調味料があるけど」

「どうぞ、この味を維持するには材料だけでなく手になじむ道具が必要でしょうから手配します。
では冷めないうちに頂きます」

「・・・なにやってんだい?大きい人は食べた事無いのに頼んだのかい?」


そして箸に手をつけるプロス。
隣ではゴートが四苦八苦してラーメンを食べようとしていた、箸の持ち方がグーだった。

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「いーのいーの、居るんだろ?この腕。居るんだろ?可愛い女の子。そんなのちょちょいと」

「契約書はよく読んでおいて下さいね。じゃあ、よろしくおねがいしますよ」


あっと言う間の出来事だった、ゴートホリーはリリーちゃんのせいで少し淵が焼けた資料を見る。
違法改造屋ウリバタケセイヤ、既婚。
済み。


「次はパイロットですね、予算的にも二人確保は戦時には難しいのですが・・・」

「しかし、アイツで本当にいいのか?」

「・・・致し方ありません」

「その間は何だ?ミスターも不安を感じているのではないか?
もう一人は複雑な事情を持っているとの事だが?
・・・本当にあのヤマダジロウをスカウトするのか?
奴は『不幸を呼ぶ邪魔者』の二つ名で有名だぞ、奴の所属する部隊の消耗率は異常だ!」

「・・・致し方ありません。
軍のナデシコへの干渉を防ぐ為に奔走しての結果、お荷物を押し付けられてしまったのです。
そのお陰で何とかもう一名確保、会長の指示どおりになるのですから我慢しましょう」

「だが、しかし・・・」

「今、ネルガルがスキャバレリの為に確保しているパイロットは三名。サツキミドリ二号で訓練中です。
戦時中ゆえに高いスキルを持った兵士の確保は予算的にも難しいのです。
ある程度の実戦経験は必要でしょう?
育てる期間も必要ですし。
それに、次期エステバリスのために地球に残さなければなりせん」


その結果が出航時、パイロット一名だけという喜劇を前回生んだのだが。
この時点ではヤマダジロウをスカウトするという苦行の為に、二人とも其処まで気が回らないのであった。
そして基地に着いた。
二人がお荷物を引き取りに来た事は噂として知れ渡っているのか、兵士たちが歓迎してくれている。
ゲキガンガー男の場所を聞くと、まるで九死に一生を得たような嬉しそうな笑みで教えてくれた。


「私ネルガルのプロスペクターと申します、ヤマダジロウさんは?」

「え、はい。第二の倉庫に居るはずです・・・あの・・・本当にスカウトに?」

「・・・ぇぇ」

「っ!あ、あ・ありがとうございますーっ。
奴にどれだけ迷惑したか・・ぅぅ・・カオリ、奴さえあんなトコで・・あんなバカ、助けに・・・ぅぅ」


忌み嫌う人でなしの仕事や、裏での取引。
これまで嫌な仕事は数限りなくあったが、ここまで本心で引き返したいと思ったことは無かった。
ヤマダジロウ・・・成果はあるようだが仲間を窮地追いやる技も一流、同僚に相当恨まれているようだ。


「こっちです。すみません民間の人にみっともない所見せて・・・でも奴は干したぐらいじゃ、ちっとも堪えないバカなんです。
悪運が強いので前線に出してやって下さい、頼まなくても死に急ぐバカですし、死にそうになったら見殺した方が懸命ですよ。
返品不可です。助けなくていいです。それで何度他人を巻き込んで・・・ううっ・・カオリぃ・・。
ああ、また愚痴ってすみません。ヤマダに不運を。貴方に幸運と武運を願ってます」

「・・・ありがとうございます」


話を聞いて足取りはますます重くなる、それでもヤマダが居る倉庫に案内してもらう。
そこでは軍の専用機がずらーっと並んでいる、新品同様。
勿論、ヤマダが壊しまくっているからだ。
ライバルの一つ、明日香インダスリー製。


「ヤマダ!客だ、さっさと来い。アニメみてんじゃねー」

「ゲキガンガーがぁぁぁぁーーーっ!うぉぉっ、あああっ!?何だよっ、今いいところなのに。
それに何度もいってるがダイゴウジガイ、俺には魂の名があるっ!」


ごちゃごちゃとしていた。
新品の機体の周り、その男がいる其処だけは物が散らばっていて足の踏み場も無い。
さっきから聞こえている音は、ポータブルのAVプレイヤから流れる熱いアニメのものらしい。
案内した兵士がドツキ倒してようやく意識をこちらに向けた。


「ほら、ネルガルの人」

「いつつ、ゲキガ・・へー、アンタがネルガルの?楽しみにしてたんだぜ!」

「こちらは楽しんでなどいない」

「ゴートさん、手早く済ませます。私はネルガルのプロスペクターと申します」

「ミスター、すまない。つい本音が」

「ミスター?ぺんねーむだぁ!?プロスペクターなんて野暮だぜ?おっさん。
よーしこの俺がもっと良い名前を、次に会う時までに漢の魂の名を考え出しておいてやるぜ!
俺はダイゴウジガイ、ヤマダなんて呼ぶな!」

「はいはい・・・」


本当に嫌な仕事だが放棄するわけにはいかない、コレを引き取らないと
もう一方との交渉権を軍が与えないだろう。
こいつが必ずナデシコに危機を導き、もう一方が回避する。
卑劣なマッチ&ポンプをさせるつもりですね、軍は。
しかし、軍と違い予算の限られたネルガルは、ナデシコ一隻という戦力を有用に扱わないといけない。
頭痛薬と胃薬が必要ですね、この男と相対した今になって悟る。
・・・非常に切実に残念な事に、会長の杞憂が当たってしまいましたね。


「パイロットってことは最新の奴乗せてくれるんだろ?そのロボット、足とかついてるのか!?」

「・・・はい、契約書です。そして日時は」

「うひょー、マジ?行く!絶対行く!誰がなんと言おうとも絶対行く!止めてもムダだぜカキムラ、サユリにミヅキ!」

「・・・お前が死んだという吉報を待ってるよ」

「フン、バカが。死んで来い」

「うん頑張ってね・・・。頑張って・・・死ぬほど頑張って、体がバラバラになるほど頑張って、死んで」


周りに居た整備士たちに冷たく凍えるほどの言葉と視線を贈られても、一向に堪える気配なしの処置なし熱血バカ。
周りの『声援』にプロスは頭がくらっとした。
もう終わらせましょう、こんなこと・・・・・・世にも珍しい商売やる気なしの投げやりプロスペクター。
契約書を押し付けるとまだ何か言い続けているヤマダに、営業スマイルも返さず帰っていった。
それに気がつかない熱血ゲキガンマニア。


「ネルガルのロボット、このIFSで思いどーりに動かせるんだろ?
足も手も頭もある!正にゲキガンガー!ゲキガンガーが俺を呼んでいる!がははははは!」


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油にまみれる手、自分の使う命を守る機械を整備。
その仕事は本来彼女の本職ではない、けれども一人前の力量と資格を習得しているので誰も文句は言えない。
この作業が好きな彼女は、恵まれた容姿にも関わらずフリーで、基地内でも浮いた噂は聞くことができない。
真面目過ぎる所がある。
とは、同僚の言葉でそのまま彼女の評価になる。
数少ない正装姿だけを見た者は、凛々しく艶やかな長い髪を結った彼女に幻想を抱かずにはいられないはず。
だが、今ここに居る彼女はツナギを着込んで髪も帽子に押し込んでいる。
一言で言ってしまえば無粋。


「カザマイツキは何処に居る?」

「え?」

「すみません、こちらにカザマイツキさんが居ると聞いたのですが?」

「え・・・・はい、私ですけど?」


一言目がレスラーのような体格のゴートだったのが災いしたのか、警戒されていると思ったプロスペクターがフォロー。
何かに気がつくプロス。
整備士に聞いたつもりだったが、この気配に声色。
姿形に囚われていた自分を軽く戒める、私も・・まだまだですね。
その声は女性、振り向き確認すると確かに『カザマイツキ』その人だった。

「私はネルガルのプロスペクターと申します、今回は貴女をスカウトに来まして」

「ええっ!?そんな、え、でも!?」

「どうやらこちらは当たりのようだな」

「ええ。ほらこんなにお給料も増えますし、福利厚生は充実してますよ〜」

「私は軍を離れるつもりは・・・お父様もお母様も喜んでくださらないですし」

「まぁスカウトと申しましても、貴女ほどの腕のパイロットを軍は手放す気はないようでして
ネルガルへ出向というカタチを取って貰いますのでご安心を」

「でもネルガルは民間企業ですし、手の先から足の先まで軍人の私に仕事があるのですか?」

「新兵器が実用段階になりましてトカゲに対抗できる一流のパイロットを」

「なるほど」

「民間ゆえ弱い部分もありまして、その為に貴女をスカウトに来たのですよ」

「しかし・・・。・・・わかりました。軍人の仕事があるというのなら、どんな戦場あれ私は立ち向かうのみです」

「おおっ、ありがたい」

「うむ」


プロスは電卓片手に、ゴートは腕組んで喜ぶ。
軍はヤマダは簡単に首にしたのに、手がかかるとはいえ優秀なカザマを手放すのは惜しいらしいので出向扱い。
いくら扱いづらくても、彼女の出自は近世の戦争の英雄の家系・・・その令嬢、カザマイツキ。
プロスは、優秀な彼女を案外簡単に雇えてほっとしている。


「それで乗り込む機体の方は?」

「エステバリス、陸海空と宇宙まで活躍できるネルガルの新兵器です。
性能の確認は実際乗ってみた方が良いでしょうね・・・ところで整備もされるのですか?」

「え、はい。私の大切な機体ですからまだまだ未熟ですけど、習い覚えました。
私を守り、地球を守る・・・若輩ですが幸いにして今まで生き抜いたお礼です」

「謙遜なされなくとも純粋に私は貴方を評価しますよ、高い志をお持ちですね」

「そんな・・」


はにかみ微笑む彼女、服は汚れていたが彼女は内面から光溢れていた。
プロスは連合軍が彼女を紹介したわけを理解しつつあった、家系もあるだろうが彼女は清らか過ぎる。
それは資料では見えない事。
高潔過ぎる性格と色気の無さと真面目が合わされば、嫌煙される。
超一流の腕を持っていても軍には彼女は扱いづらいのだろう、とても可哀想な事にヤマダジロウよりはマシという程度に。

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「第五次試験、接続切断、終了します」


それは試験と言う名の仕事、生体と機械のコミュニケーション・・・何処まで人間は大量の情報を処理できるのか?
過去のどんな知識人より多くの、そして早く理解する事も含めて・・・。
彼女の名前はホシノルリ。
ネルガルが目をつけたナデシコを管理できる唯一無二の逸材である。
例外として、オモイカネを作り上げたイネスと教育できるアキナが存在するが相応しいのはやはり彼女のみ。
アキナは忙しい身だし、イネスフレサンジュに至っては火星で避難民と共に隠遁生活をしている。


「はじめまして」


しゅった、と名刺を渡すプロスペクター。
デカデカと相変わらずペンネームが書かれた名刺を渡す、本名は名乗らない。


「・・ネルガル重工業ですか」

「私はプロスペクターと申します、こちらはゴートホリー」


子ども扱いをしない所は評価できますが、隣の人とはどんなご関係はなんでしょう?
言っちゃなんですが、こんな子どもと交渉・・・いえ、お話するためにそんな護衛を連れてくるなんて、変な人。
今まで私を買おうとした人間は門前払いでしたから、ここまで来て私の意志の確認をするという事は
・・・私の職場が変わるという事。
転職先の仕事は予想できます、戦時中ですし、相手は兵器製造のトップ企業。
戦闘兵器に搭載するソフトの開発でしょうか?
新技術が開発されたという情報はなかったはずですし、物量と機動力で勝るトカゲにはその分野で対抗するしかありません。


「私はルリ、ホシノルリです。
それで私にどのような御用でしょう?」

「ルリさんには、我がネルガルの開発したナデシコに乗っていただきたいのです。
ナデシコにはオモイカネと言う、まったく新しいスーパーコンピューターが搭載されていまして
そのオペレーターにはあなたが相応しいと」


ここの生活も悪くもなかったのですが、それも終わりですね。
必要と感じたので挨拶、無口である私でも礼儀作法は知っています。
ナデシコ・・・話の流れから行くと兵器の類のようですが、私はオモイカネが気になります。どのようなものでしょう?


「オモイカネですか・・・わかりました、行きます」


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「いや〜美味しいですな〜コレを毎日エリナさんは食べていらっしゃる?」

「うむ」

「・・・で、何しに来たんです?」


さっき突然やってきて、また遅くなるエリナの代わりに夕食を食べているプロス。とゴート。
エリナ以外、滅多に食べれぬアキナの手料理に舌鼓を打つ二人。
何かこの時期に仕事があったのかとラピスに問うが、特にないはずとの答え。
オモイカネ。
は、この前良い子にして送り出したばかりだし、その後トラブったとは聞いていない。
ナデシコ。
は、ほぼ完成しつつあるのでタッチしていない。
だったら何?


「今日はですね、これを」

「書類?契約書?・・・あれ?私って社員待遇ですよね?」

「ナデシコへは出向ではなく、転属という形をとります。
今までと違う職場ですし、何よりネルガルの機密に関わる仕事についていたという事を隠す為に、新たに契約をしてもらいます」

「オペレーターですか?」

「違う、アドバイザーとして乗ってもらう」

「多才なアキナさんには幾つかの職業を兼ねてもらう事になります、表向きは仕事時間の短い食堂の調理補助ですが。
オモイカネ、エステ、その他もろもろ・・・おや?気に入りませんか?」

「べつにいいですけど・・・コックってのは会長に伏せておいた方が」

「勿論です」

「当然だ」


きっぱり言う二人、アカツキ・・・実は部下に恵まれていなかったのか?
今アキナの手料理を食べた事も無かった事にするだろう、ともかくまたナデシコにコックとして乗り込める。ちっょと嬉しい。

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ナデシコの航行は一年にも満たぬものだが、そこでの事はナデシコクルーとなる彼らの一生の宝となることだろう。
自ら進み選んだ道なのだから、手に掴むものは大きく多い方が良い。
ある者は現状の打破を、ある者は必要とされる事を望み、ある者は考えなく・・・。誰とは言わないが。


「いろんな人間が集まったな」

「ええ、選考基準に『性格は問わない』なんて一文がありますから楽しくなりそうです」

「プロス・・・」

「な、なんですかその目は?いいじゃないですか女子が多く、そして楽しい職場ですよ〜♪
モチロン、その分だけのリスクはついて来ますが」


戦場に身を置くことが普通だったゴートはともかく・・・プロスもついでに。
ナデシコに乗る事になった人間達にとって今はまさに人生の転換点。
秘書に声優、改造屋にパイロット、マシンチャイルドと半マシンチャイルド、そして・・・コック志望。

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