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急速な成長を遂げて士陰はただ一人違うステージに立っていた、子どもから大人への階段を一足飛
びに上がっていた。周りが気がつけば時に見せる笑みは色香を纏い、ただ髪が白いから目が紅いか
らという理由からでなく視線を集めていた。
背の高さで教師に迫り、ゆえに同世代は見上げる形であるのに加えて造形は無国籍に美しいと感じ
るもの。こんな相手に告白する勇気ある人間は、まだ完成の途上であった過去には居ても現在には
いない・・・未来にはどうだろうか?

不相応だと思うが今、管理者の真似事をしている。言葉使いを直してから要らない気遣いを誰に対
してもしなくなっていたらしく、それが大人びているとか場馴れしているとか思われたのか、担任
の教師にまとめ役として重用されてしまったからだった。


「まぁ・・・それがいけなかったんだろうね」


呟いて視線を移す、今もいつものように学校行事に開催する立場から参加したりしている。これは
教会の仕事に差し障り無い限りのことなのだけど、特に何も言わない綺礼の様子を窺いつつ参加し
ている。しかし、段々と決して居心地の良い場所ではないと気がつきつつあった。


「誰にでも良い顔ばかりして・・・許せないよ」

「そう、かな?面倒ごと押し付けられてるだけに見えるよ。確かに色々と目立つけど・・・それに
孤児だって、知らない子けっこう居るみたいよ。最初転入してきた時、送り迎えがあったでしょ?
だから、どこぞの洋館の別荘に住んでると思ってたんだけど」

「へぇそうなんだ、それ本当?」

「聞いた話よ?でも何度も耳にしたから・・・知ってると思ってた。
ねえなんでそんなに気に入らない?彼女。態度かな・・・冷たそうだもんね」

「ちがう」

「え?そうだと思ったんだけど、まさか嫉妬かなー、それはないよねー」

「何を、馬鹿にしてるのか。ふん・・・そんなじゃない」

「そうかそうか、だよね、前から思ってたヨ。
蒔寺っていくら誉めてもお世辞だと思って本心から相手にしてない」

「それは、ちょっと傷つくなーかなり冷たそうに聞こえる」


蒔寺楓は学校では活発な子と言われていたが、母親から言われ幼い頃から伸ばしてきた髪は長く整
っていてよく日本人形に例えられ実はそれがコンプレックスになっていた。
拗ねて見せるが、今はそれが通じない馴染みの相手。


「え、ごめん。でもね」

「いやなの、それ以上言わないで」


この頃は始めたスポーツのため、切っ掛けがあれば切ろうかと考えているし
鬱陶しく思うのは何より、和と洋に当てはめて自分が士陰と比較対照とされること。
綺麗ねと誉められるのは長い髪で、士陰のように妖精や天使のようとは言われないのも・・・。


「波長が合わない、ってだけなら気にしない無視するだけ」

そう確かに変だった、ここまで執拗に敵視するのはさっぱりとした性格の彼女には極めて珍しい。

「でもね私にとってはそれだけですまないの、孤児院って何処?一度行ってみる」

「う、うー・・・ん。橋渡った先の丘にある教会がそうよ。あ、見られてた!」

「げっ、マジで言峰見てる・・・偶然?」

「さあ」


時が強制した変化に心が追いつかない人が居る一方、確実に変わる人間も居る。
それが良い方向へとは、限らないが・・・。


「はあ・・・」

「憂鬱そうだなー、今から早くもテストの結果でも予測していたか?」

「そんな苦行を態々するか、違うだろ。きっと恋煩いさ」

「テストはまだ一ヶ月以上も先だぞ、それにお前の口から恋なんて言うな。汚れる」

「ひどっ、差別だ」

「そうか?」

「恋とはお前たちのように多ければいいもんでもない。一途にあればきっと・・・」

「相手いたのか?教えれない?だったら進んでるのかぐらい、話しかけたのはお前から?」

「ちょっと待て、こいつと仲間にするな」

「違うのか?ちょっと前まで隣のクラスまで通っていたろう、顔に見事な紅葉を咲かせて帰ってく
るまで。それにだな、できるならしている。その・・・彼女はだな憧憬すべき相手ではあるが、一
緒に居ると何を話したらよいのか考えがつかない所がある、そうだろう?だから・・・そのような
心配は無用だ」


説教で痛いところをつくと、昨日と明日を考えないと座右の銘を実行して2対1になってしまった。
切り替えと変心の速さは感心さえする、見習う気持ちはさらさらないが。
最後は言い訳となってしまったので曖昧に濁した。


「オイオイ最初の一歩が無理なのか、で誰だよ」

「うーむぅ、蒔寺じゃないか?予想つかないだろ?あいつと友達以外での付き合いなんてトコ」

「なにをっ!?何故いつもお前達は一緒に彼女を論じるっ、外見で判断するなといつも言っている
のに、蒔寺などあっけらかんとして神秘性も全くないだろっ?」

「暴露したぞ」

「まぁいつものことだ。でもなあ、言峰か・・・言峰ねえ〜」

「似合わねーもはや姉と弟?・・・あいつスーツ着たら確かにうちのと同じかも、ますます恋愛対
象から程遠くなるなー。・・・本気かよ?あんなすらりとしたプロポーションの隣に立てるか、そ
いえば蒔寺も姿勢がいいというか、背筋は伸びてるんだよな家での躾厳しいとか聞いたけど」

「う、うぅーん・・・本物の姉持つお前にどうこう言われると、さすがに考えを直さなければと感
じてしまうなあ・・・とにかくだ、今は駄目でも成長期だ来年と再来年ある」

「そうだよな、女より背低いのは勘弁だよなー」


言われる通り幼さのなくなった体、その為に余計に周りと距離が生まれた。
他にも信じて貰えない事が少しずつ増えていた。全体として緩やかに、私をやんわり拒否する空気
が出来たのも制服に腕を通したこの頃。今までは私服もあり個性が重視されたが、制服で組織へと
成人への段階一つあがり準社会へと変えられると色々と違ってくる。明確な敵意や悪口も聞こえる
ようになって、士陰はそれらを冷めた目で見ているのだ。

アイドルのごとく偶像の押し付けもされていたが、士陰は情報収集家でもなければ自信家でもない
ので全く気にしなかった。胸へや脚への熱い視線だけは眉を動かしたが。


「・・・」


男子生徒たちの話題はアイドルへと代わり、興味失ったので私は興味なさそうに
私が話題の彼女たちの方を向いて、しかし耳は通常聞こえないはずの声を捕らえる。


「まだ見てるよ話しに行けば?わざわざ教会まで行かなくても」

「周りの目を気にしないでいれるなら直ぐにでも、ひっぱ叩いてあの髪掴んで暴れてあげるわよ」

「こ、こわい・・・バイオレンスね」


拗ねたように言う蒔寺楓にそれは物騒ねと苦笑い、もし本当に掴み合いになったら二人ともにさぞ
や痛い思いするでしょうに。窓の近くにいる言峰の太陽光あたる髪は透き通る銀糸、長く延びたそ
れを後ろで一つに束ねて、今日は象牙色の髪飾りでとめていた。


「、〜〜〜?」


身体的特徴について色々と言われることが多かったが、違うようだ。何処が悪いのか見当がつかな
いのは珍しい・・・その一人、私をひどく毛嫌いする子に興味を持った。



■ ■ ■



「寂しいところ・・・本当に此処にあいつが居るの?」

今日此処に来た理由は、この心にある重石を取り除くため。教会に住むという孤児の言峰というク
ラスメイトと会って、話し合い・・・もしくは殴り合いさえ覚悟してきた。

「だれか──────居ますか」

カツンカツンと石畳を歩く。

「誰もいないのか、はぁ・・・なんで私が緊張しないといけない!」


教会内は適度な光で満たされ、誰かがいるなら分からないはずなかった。思えば士陰に約束取り付
け訪問したわけではない、留守である可能性も考慮すべきだった。しかし即断即決な性格である私
が約束させる相手の都合の悪さなど、気にするはずもなかったろうから結局は同じ。

静かだ。

言峰士陰を探してまずは奥へと進んだのだけど誰の声も聞こえないし、清潔ではあるが生活の匂い
が薄かった。教会が孤児院だと聞いたけど確かなのか疑ってしまう。そういえば他の孤児は何処に
生活しているのだろう?士陰だけが残っているのだろうか、親が見つかっていないのだろうか?

ただ一人?変な考えが浮かんでは消える・・・この音の無さは怖い。
言峰士陰がここで暮らしているのなら、そこの角を曲れば会えて話せる・・・しかし二人きりなん
てのも怖い。息詰まる空気も納得できる。


「え?」

「誰だ?」

「あ、あの・・ここに言峰士陰がいるって聞いて来たんですが」

背後からいきなりだったから驚いたけれど、その男性は特徴的な黒い衣服を着ていていつも士陰を
送り迎えしたと言う神父だろう。


「ああ、ああそうか君は彼女の友達か何かか?」

「話があるから訪ねて来ただけで、今いないんですか?」

「あいにく仕事で出ている。・・・なに直ぐに戻ってくるだろうから、Zionの家を見学していきな
さい。何なら私が案内してやってもいい、ちょうど話し相手が欲しかったところだ」

「それは、遠慮します」

「・・・そうかZionと話があると言ったね、同席して加わっていいかい?適当に聞き流すから、い
いだろう?書類整理終えてリラックスしたかったんだ」

「う、ぅぅん・・・じゃぁ、案内お願いできますか?」

「うん♪そうだね、では建物から」

怖そうな人と聞いてたが、不機嫌にもなるし笑うし強引だけど至ってあたりまえの反応。
案内されながら建物を出て裏手へとまわる、そこには墓地が広がっていた。

「ここは良い墓場だね」

「良いとか悪いとか、あるんですか?昔から日本の墓石とは違いますよね十字架で」

「残っているのは見る価値がある。もう少し行ってみよう、ここは古いやつばかりだから」

「それで孤児院にはいつから居るんです?」

「え?」

「士陰です、今日はそのことも知りたいと来たんですから」


歩きながら話すが整備された道なので、足元に注意しなくてすむし何より相手の顔色窺って話が出
来てよい。ちょっと行くと木が小さな森を作っていた。時代ごとに区画整理されてその間は庭園の
ようになっているようだ、水道も幾つか見かけた。ただ、ここに来るまで人は見かけなかった。
今の時間は時期ではないのだろう、死者と邂逅する墓地とはそういう場所だ。


「・・・友達になりたいとかじゃないようだね、それなら話そう。
はっきり言うと嫌いでね、いつも一人でいるだろう?」

意外だった、学校から出れば帰るべき家庭があり父がいて母がいてと思っていた。士陰は本当に一
人でずっと、そして私みたい奴に嫌われていたのか・・・。それは本人も知っているのだろうか?

「いやきっとそうだと思う、あの考え方では在り方に可愛げがないし無駄な人生を生きるより死ん
でいた方がまだマシ、そう思わないか?殺して埋葬する手伝いをしてくれるね?」

「何を」

「協力が必要なんだ」

「何を言って」

言い過ぎではないかと、そう伝えようとしたが神父の顔は正常だった。全くの笑顔、だからこそ危
険で異常で、私は迂闊にも立ち止まってしまった。走り出せばまだ可能があっただろうに。

「魔術。特に操り人形するには瞳術などありますが、僕は特殊な詠唱で行います。そうそう心だけ
は自由がいいですよね。それに・・・苦しみを生み出せるのかが気になりますので、綺礼が出てい
て本当に良かった。あ、綺礼というのは彼女の養父をしている神父なんですが、これがまた救いを
求めているんです。分かるんです、あなたも迷った羊だ、さぁこれで悩みを切って来なさい」


悦に入った話し方で懐からナイフを出すと、話し掛けつつ私に向け差し出した。
私は何の疑問も持てれず、この不自然さを分かっているのに口は自由には動かず足も動かず、しっ
かりと武器を受け取り服の中に隠し持った。

「さあ役立って頂きましょう」



■ ■ ■



外出時は修道着でシスター、同世代の女の子たちのように着飾りたいっていう気持ちが分からない
少女失格な私なのでずっとこれで通していた。始めの頃は注目されたけど、回数重ねるうちに空気
と同化され、買出しは時間の節約のため人家離れた教会でも最寄の普段通り同じ店。
帰ってくると教会に誰かが入った気配がした。
バイクから降り綺礼の車を探すがない・・・魔?敵?客?導かれる答えはこれまでの統計から算出
し、確立はそれぞれ八一一。キーを抜いてポケットへ。このバイクは私に与えられた足、教会の仕
事の手伝いにも使うし一日に移動する距離が長いときもあり、何処からか用意された。
中々に便利でこれには感謝している、決して綺礼にではない。


「綺礼も留守、調べて侵入か・・・初めてだ」


そう言いながら人射し指に着火、小さな火花と見間違うほどの火に魔術回路から注ぎ込みを始めて
爪の先に集中させる。気配が分かったのは魔術の鍵に明確な痕跡を残してくれたから。
修復は試みたろうが半日仕事では並みの魔術師では無理だし、留守とわかって入るのは泥棒は一回
あったけど・・・魔術師なら死を覚悟してるはずで厄介だ。
久しぶりの日常から非日常への状況の始まりに、私は腰背腕指を伸ばして目を細める。


「いらっしゃい?」


緊張は一瞬にして霧散した、私のやる気と炎は消し去られた。
一人確かに居たが、もう片方の怒っていない宥めていた子の方だった。
何故彼女が来るのか分からない、困惑する。


「や」

「・・ハイ」

「本当にシスターなんだ。似合うなあっ、あぁもぅそんな不恰好なヘルメットとか、買い物袋も気
にならないよお。いいなぁいいなぁ・・・ってこんな和みに来たわけじゃなくてね。楓が来て、あ
楓って言うのはクラスメイトの蒔寺楓ね、ん?まだ来てない?でもあの勢いだったのに」


顔でにこにこ笑って、視線で器用に私を嬲り者にする彼女には不純な何かを感じ、消した火を灯し
直してしまった。綺礼とはまた違うが危険だと体が訴えタラリと汗を流す。
一方的な質問にぽつりぽつりと答えるという事を半時していたが、肝心の待ち人は来たらず。
空も赤くなり今日はもう来ないのでは、そう問い掛けると。


「帰り道あんな剣幕だったから、ここを教えちゃった私としては仲裁に入らないと思って」

「もう夜になる、帰ってはどう?」

「そーね楓が諦めてるとは到底思えないけどね」

「一人では迷うだろうし送る」

「迷う?坂道一本だよ、私の家まではそりゃ遠いけど大丈夫だよ。
街頭も多くなってきてるし危なくなんて無いよお、え?バイクなの・・・じゃ甘える」


迷う、というのは迷わせる存在が教会近くには多く居るからで、時間帯で今が二番目ぐらいに危な
いから一緒に行こうと思って言った。バイクは夕食にも間に合うようにと利用を決断。

遠くからは順に黒に塗り替えられ、目に見える所は茜色に染まって景色が曖昧になっていく、教会
の外は赤く染まっていて振り向くと白い建物がオレンジ色に塗り替えられていた。
バイクを用意していたら、彼女が不意に声を上げた。


「あ、あれ?今あっちに楓が、裏手はどうなってるの?
もう蒔寺ったら留守だったからって、他の所に行かなくても」

「墓地になってる、他には何も無いけど」

士陰を置いて走って行ってしまう、後を追おうとするが彼女の荷物載せたバイクは不安定で慌てて
降ろし止める、墓地はいつも居るやつらが起き出している時間なのだ。


「楓──?楓──?」

「待ちなさい、そこも口を閉じて、みんな大人しくなさい」

「──────」

「─.」

「─y」


キィキィとコウモリ、そして目に見えないものたちを叱り付けて士陰は進む。その先では追跡者が
遂に追いついた、背を向けた蒔寺楓がいる場所は木が茂って暗くなってしまっていて、声をかけ肩
を掴もうとして意識を失う。


「やっと追いついた、なんで楓こんな所に、あれ?え?」


随分遅れてから言峰士陰も足音を追っていた、少し攻撃的になっている墓地の住人たちに戸惑う。
一、二秒であるが足止めされて、彼女の姿を見失う。だが例え姿が見えなくても魔術により強化さ
れた聴覚、相手を失う事は無かった。教会に来たはずの蒔寺楓が、どうして墓地に迷い込んだのか
分からないが、綺礼の留守中には色々と厄介ごとが起こるジンクスがある。
いつも冷静に対処して来たが慣れてくると、この悪意が半ば絶対に綺礼が裏で絡んでいるか操って
いると結論を出していた。今回のこれも相当な仕込み期間があったのだろうか?


「本当手間かけさせてくれるな」

「なに、言峰さん?」

「彼女は?」

「先に帰ったんでしょ、二人で話ししたいって言ったの」

「どうして?」

「どうしてもなにも、一人勝手な行動おこしてお節介なの分からないかなー。邪魔なの・・・でも
良かった。墓地なら、人は滅多に来ないし・・・そうよね、まるで私が望んだ通りにこうしてお話
ができるから」


茶番と思いつつ、綺礼が蒔寺楓にどんな暗示をかけたか気になり話しを続けたが、実に不出来なも
ので戸惑う。まず様子が明らかにおかしい。半笑いの口元、冷ややかな視線・・・怪しんで下さい
と言っているようなもの。しかしそれも蒔寺楓が木の陰、暗闇に居るせいで表情が見えにくくなっ
ていた為に偶然にもフォローされている。自然を装い一歩ずつ近づいてくる楓を動かず待った。
肩から先に力もいれずに、爪の先には有りっ丈の魔力を集めて待ち受けた。


「そう、聞いてあげるわ。話して」

「うう、いいの。これを受けとって」

「いらない」


一瞬、それは見事な奇襲だったが士陰には通じない。ここに誘導される前に、教会に只者でない侵
入者が居ては誤魔化しは効かない、油断はなかった。突き出されたナイフを避け、距離を逆に詰め
て楓の体に触れて魔術を行使、武器と意識を奪った。

と、同時に背後から現われた少女が士陰を掴まえようとする。それも躊躇の無い衝きで意識を奪う
手にしたナイフを見ると納得し、二人を操ったろう魔術師を呼んだ。


「帰っていらしたのなら挨拶しなさい、外道」

「ああ、なんだ相変わらずの綺麗な顔で悪態を、僕に見せるどうしてだ?」

「彼女たちに協力させて私を捕まえるなど・・・・いえ何もありませんよ、ただ火傷ていどでは退
出願えないのです。下らない演出でしたから、綺礼もきっと引き止めて欲しいと思いまして───
それまで生きていられれば良いですね」

「・・・変わった?人の振りをしていいだけだろう、このガラクタめ」

手を置いていた墓石、十字架のそれを持ち上げ士陰に向かって投げつける。

「遂に死を望み、ましたかっこのっ」

「大人しくしてろ」


振るう腕、五本の指から出す高熱は致命傷を与えるだろう。接近したならばの話、走って十秒内と
はいえ墓石を武器と防具に使われて、さらに場にある呪いまで使用されると、いくらシオンでも距
離が負担になり、飛ばす火の粉は石の冷たい防御に掻き消される。キッチンでは無敵のクッキング
マスター士陰に料理された前回を反省して、中々考えている。

奇しくも呪いは方向性を持って術者に集まり、士陰を傷つける。綺礼が放置し荒れるままだった外
人墓地、それを調伏という手段をもって整備したシオン。・・・怨みに怨まれてたようだ。


「空気が悪いな」

「いや良い墓地だ、澄み切った魂が用意に集めれる」

「無理矢理に集めて、還しなさい」

「いやだ」

「ここは私のもの、馬鹿な泥棒に奪われては名が落ちる」

「お前が名前など持って良いと思うか、言峰という存在、それに繋がる者を消すのは天命だよ」


飛来する岩石群を打ち落とすが、それは背後に居る二人の少女を守るため。
死者を見送り、死者と語らってきた士陰でも無意味な死には立ち会いたくはなかった。
本当にただそれだけだ、理由なんてのは。


「人殺しを命令して手を汚さない、酷い奴が存在したものだ。それはもしかして言峰綺礼という名
前では?奇遇だ。その名前の人間なら、私も嫌いだから妥協してあげたのに」

「許せないね。許しがたい悪意だ、それは・・・その格好で。偽りなら君らのほうが上手か、なら
答えよう。あれは確かに異端だが異教徒ではない。その点、お前は飼われているとはいえ祝福され
ない生き物じゃないか。心汚れた蛇から生まれた化け物だ」

「何だと!」


未だ笑って墓石をふるう男、士陰はお前こそ化け物だろうと発火の出力を倍加させる。道化の化け
面焼いて大人しく地下に埋めさせろ、死者となれ。地面に手をつき石畳をマグマにしてみせた。


「凄いな、でも遅かった。クズレルガケ」


何?と思う間もなく意味のある言葉と理解した、急速な変化とマナの動き。発動した、魔術は完成
していた。墓石が意味ある形に並び揃っているのを、今ようやく気づくが遅い。発動者の足元へと
吸い込まれていくのがわかる、空気だけでなく空間ごとなのかもしれない。術者が乗る墓石が基礎
となり、士陰の足元までが確実に捕らえていた。


「間に合わない、く・・・おのれ罠など使って」


初めての焦り、もはや発火などではどうしようもない。士陰がまともに使える攻撃用魔術はこれだ
けなのだから、しかし背後の二人を守る事はすべきことだった。腕力強化して掴み遠くへ投げ飛ば
せば助かるだろうか?渦を巻いて拡がる陣は、もはやどんな攻撃をしかけても止めることは出来な
さそうだ。


「んん?そうか二人を助けたいのか、なら安心するがいい。お前を落とすためだけに使う移動用の
陣だから少女たちは標的ではない、巻き込まれて二人が生きているかは保証しないが」

「やっぱり救えない、外道だ」

「罠にはまって強がるなんて、人間らしいじゃないか」

シオンは攻撃に賭けた、言葉言い終わらない内に飛び込みをかけ、迎え撃つ男も姿を消す。



■ ■ ■



輝ける何千もの星の一つ、秘める価値は計り知れないけれど深海に沈んでいるので、その輝きが人
の目には届かない。それが私の評価だった。師匠である男が一人前の証であるとくれた服、白地に
黒のラインの入ったもの。それをある夏の終わりに渡されて言われた言葉。

教会を、孤児院を、後を、継がせないと言われた気がして、ほっとした反面とてもがっかりしたの
を憶えている。強大で慇懃で、私の立ち向かうもの全てが養父そのものだった。通過点か終着点か
はわからないが、用意されたその服は魔術師の着るに相応しいもので、腕を通して綺礼の前に出る
と心が軋む、身体は大きくなったが急激な変化に体内には空洞が出来てしまったのか。正しくは綺
礼に新しい服を着て見せる時はいつもこうだった。

毎回従っていたが・・・この恥辱はもうこれ以上・・・。


「それで、私はここから出て何処へ行くべき?」

「何を言っているのだ?まだ貴様が返していないものがある、余地はあるというに馬鹿者が!もう
一人前になったつもりか、それにまだ自由にするとは言っていない」

「だが」

「何だ?誰彼構わず地獄を見せたいと言うなら、本当に何も得ないまま『■■■■■■■』に冷た
くされるがいいだろう!それを望まないと言うなら、身を売りすべてを捌いてからにしろ!」

「・・・なんて言った?何を、する?痛いっ持ち上げるなっ、この」

「頭を冷やせ」


問いかけは私にとっては当然だったが、神父は滅多に口にしない罵詈雑言で私を罵る。反論は許さ
れず、養父の持つ勢いに飲まれて唖然と言葉を失った。掴まれた腕に手錠をかけられ、手荒い連行
されてまたも自室に監禁された。反省していろと言われて、孤独と向き合う籠の鳥が一羽きり。

ベッドにうつ伏せに寝転がり考える。

またも私はいとも簡単に神父の前に屈した。それなのに何故手のひらで踊り続けろと言われて、大
人しく従ってきたのだろう?いつか起こると思っていた暴挙、それに抵抗が出来ずにいるのは死に
も等しい事なのに。力がないから『悪いもの』に勝てない、たったそれだけの現実を受け入れたく
ないのだ。薄っぺらな信念だが自我とも言える、目覚めた時に刷りこまれたのだろう。捻じ曲がっ
た性格がそうさせる、こんな事を考えるのは無意味だとも言う。魔術師として異質な在り方、振る
舞い、すべてが示す士陰という存在が実に空虚なものだと。遠ざけようとする相手には何もせずに
利用しようとする相手には、知らせてあげないと駄目だ。綺礼は例外なのだろう、そうだ怖がられ
るのは当然だ、数多の人の命を奪って私は生まれた存在だ。それも二度も。一度目は母と父の命、
二度目は名前も知らない群集たちの命。

考えただけで、これ以上思ってはならない、考えてはならないと体がこうばる。
ゆっくりと息を吐き立ち上がる、ドアは開かないし鎖は魔術封じの手の込んだ一品。


「自然に体が反応するとは、完全にトラウマか」


自由にならなかった足のせいで部屋から出たのは数えるほど、その頃の私は酷かった。例えるなら
捕食者が餌を卵から育てるかのよう、本能で恐怖以外感じないのだからどうかしてしまう。そのど
うかしてしまった結果がこの私、人に期待を持てない女。言峰士陰だ。

閉じ込められて24時間後、お腹もすいてトイレにも行きたくなった頃、やって来た綺礼はよりにも
よって、監禁していた事実を忘れていたと面と向かい正直に言う。それでも懺悔をしてやる、まだ
お役に立てるのなら喜んで役に立ってやるし、お気に召さないなら直してやる。強制的でも何でも
いいさ、と啖呵をきっているのか懺悔か分からない話しをした。そうしたら、あの激怒は何だった
かと思うほどあっさり奉仕活動に出された。小賢しくも綺礼は実に手回しよく、学校に社会奉仕と
いう理由で欠席が申請済みだったので、私は空腹を満たしたあとシャワーを浴びて修道着に着替え
ピアノを弾きに福祉施設に向かった。今までも遠地への布教活動が組まれた時に、学校を休んだ前
例がありおかしくはなかった。

頻繁に表の仕事をこなすようになると、裏の仕事も一人で出されるようになる。
・・・そこで私は言峰と呼ばれた、それまではただの拾われた娘で。ただの養子。
人の境界を踏み越えてはいなかった、一歩踏み越えると自分の死が近づいてきた。



■ ■ ■



水が押し寄せてきた、口と肺に侵入しようとする海水を私は吐き戻す。
転送先は海、確認すると岩礁の形はサークル状になっていた。一つ一つに魔具が置かれ、あちら側
で作った墓石の形とリンクしていた。高等魔術を瞬時に発動させたことに、カラクリがあると思っ
ていたが下準備は完璧らしかった。綺礼の留守狙いも中々に考えてくれる。

火を使う私、完全に開けた所では出力に制限をかける必要は無いが・・・。

「げほっがっはぁ・・がふ、がぶ・・」

強い潮の匂いに海岸近くだと分かる、とにかく空気を得るため水中から海面を探し目指した。
守るべき二人が近くに居ないことに安心をしたが、あいつは何処かと探す。

「・・・成功か勝った・・・・・何処に落ちた?居た、殺す」

ひとつの岩の上に居た、しかしその声は力がなかった。どうしてか意志の強さは返って増していて
含まれた殺意は肌に突き刺さる。よくみれば人為的に製造された岩場だとわかる、海上とはいえ火
は完全に封じられたと言ってよい。・・・小癪にもよく考えられていること。


「死ね死ねぇっ、この程度では無理か。やはり思ったとおり埒外の身体だ」

魔術で氷の針をつくり、襲い掛からせ水中で仕留めようとする。しかし士陰の爪の先の炎、それは
発火と言っても威力は桁外れ、爪の先への集中運用で行われる迎撃で氷は溶け空と化す。

「続ける?面白くない」

「だな」

「とりあえず逃げさせてもらう、地面に足がついてないと」

「ここはもはや君のテリトリーではない、海からは出させない」

「死を覚悟したの?私を自由にするほど力があると言うの?それは無理でしょ、綺礼と同じほどの
力があなたにあるとは思えない。さっさと逃げていきなさい」

「遠吠えを吐くなっ、Apua...」


無数の氷柱を無差別に、さっきと違い狙いを点から面に切り替えた攻撃、マナを汲み上げ変化で海
水を氷とする、それらは五指と二手では対処できなく強化した拳で弾き返すシオンだが口ほどの余
裕ではなくなっていた。足は水の中で浮いて、姿勢が悪いままで素早くは動けず幾つもの破片が腕
に刺さり血が流れる、傷口に塩分の霧は痛い。


「私のフィールドで戦う不利を知り、自分を戒め理解したか?おまえは所詮、夜に生まれた生物で
群れた羊に混ざろうとし、近づこうとも逃げられる。口を閉じ牙を隠し、そうやって本性隠そうが
ひと目で分かる彷徨う獣なのだ。今までの全ての行いを悔いながら死に行くが良い」

「・・・」

「茶番をそろそろ終わらせようか」

「決着をつけてしまうと言うのか、それなら私も命をかけよう」


そう言って指から魔力を拡散させた、自殺行為である。
防御を一切行わなくなった結果、氷の針が身体に突き刺さり生命活動に支障をきたし始めるが平然
としたもの、左薬指から腕にかけて持って行かれてしまったが眉一つ動かさない。自分自身の死を
受け入れて祈るがごとく落ち着いていた、死闘の中では奇異に見えるが世界に創る者と理解されて
いるシオンには、相手などいない。例えば海の果て地平線、何処までも自分だけが。


「楽しみだよ、君が奈落へと落ちる姿を思うと」

「ここからは戻れない言葉を紡ぐ、死を、血を、捧げ、受け、そして」

圧倒的な戦力比であるのに、微塵の恐怖もない顔でただ士陰は攻撃を受けた。
きっと心臓が動かなくなっても、穏やかだろう。
その安心は相手にとって裏切りだ、まさしく殺し合いにさせない士陰は咎を受けている。
だが、それも終わる。


「あなたに問う、全てはここにあるか。」

瞳に相手は映っていなかった。

「ならば、かの者との誓約を破って、裏切りの忌まわしき身体を捨てよ。
三度振り向き、再び罠へと導け、三つ目の命が廻り言葉となる。」

爪の先に火はなくて、自らの血が海水に混ざっていた。氷塊を受けて満身創痍の身体、このままで
は殺されてしまうのに顔には笑みさえ浮かべ、痛みを感じず死を恐れず・・・ただ詠唱を続けた。
・・・苛立った相手が氷を槍の形にしてシオンに打ち込む。

「此処より先には何も無く、あなたが誰かも知らされない。
迷いが虚無へと還るまで、ここにそれをもたらそう。・・・失われた黒の森」

槍は届かなかった、シオンのいた場所は地面が持ち上がっていき海が割れた。変化はそれだけでは
なかった、薄暗くなるが雲が流れてきたわけではないようだ。太陽光が何か目に見えないものに遮
られ、世界が灰色へと色褪せてしまっていた。と同時に無数の数え切れない何かが、海から飛び出
してくる。それらは枝と葉を持つ様々な木々だった、成長過程を早送りするように驚異的な速度で
伸びていき太陽を完全に遮って暗黒を育成する。
・・・不思議と、睨み合う双方の間には遮るものは無かった。

海岸から遠いここに森を創ったすべは魔術ではなく既に魔法の域に達していると言えるだろう。
世界の書き換え、それはあらかじめ決められていたに違いなかった、才能だけで成し遂げれるもの
ではない。

「何だ・・・これは」

この現象、と言った方が適切な魔術は一子相伝、秘術の類で書物には一節あるかない程度のもので
実際に目に出来る人間は限られている。そして、経験回数を重ねる存在は少数である。


「探していたもの、それが之」

「嘘を」

「人の身に許された最大の禁秘が私には認められている、主の前に跪くがいい愚かなる者」

「嘘をつくな、この・・・あぁああああああ・・・」

「無駄だ」

「この天地創造が貴様によるものだと?悪魔の跡目が我が父と、言うのか!悪魔め」


水と呼べるものが無くなった世界では、無機物であるのは土のみだから攻撃はそれを使ったものに
なるのだが、全くそれは自由にならない。所有権が示された土は魔術には適さない。

「く、ぐっっ・・・何て重い」

それでも持ち上げて飛ばす、対してシオンは傷を応急処置して木に寄り添った。
何故だろうか、この世界は確かにすべて言峰士陰のものであるのに敵である相手に対して苛烈な拒
否反応がないうえ、所々にほころびがあった。それは火だった。

「なぜ君のような悪意によって生まれた存在を神は許したもうのか、聖職者としての原点に立ち戻
って考えないといけない。これは望む望まないに関わらない、私の行いではない・・・何より言峰
の家系を継ぐ者など認められない」

「都合の良いように主を使って、代行者より忌み嫌う異端が似合うわ」

それはどんな理屈なのか、他人を粗末に扱って自分だけが逃れれると思っていたらしい。

「許されるはずが無いと分かっていた、そうでしょ?」

私は取って置きの笑顔を披露して、彼の手を焼き炭と化す。
血が通う生物である生物である魔術師はこんなにも簡単に死んでしまう、例外なく私も。

「逝け」

続けて森の涼しい空気に満ちる純粋なマナ、集めて空気を凍らせる。シオンは指一つ動かさず世界
に命じた。死骸となった魔術師は地面が飲み込み咀嚼し、世界の糧となる。
その様子をじっと見ていた、また足元に新しく火が生まれる。
最初から崩壊する火種を孕んで産まれた森、真っ暗なその中で所々小さな火の揺らめきが膨らむ、
決して速くはないが確実に、そして不自然に燃え広がっていった。

「そうか、お別れか・・・一分も持たないか」

寂しそうな士陰の声、限界は思うに任せない。特に人為的な行為には魔力を多量に要する。まだ青
かった木が不自然に崩れた、もうこうなると行使者さえ世界を維持支配出来なくなり、証明するよ
うに火は森をはしる。拡がった火の海は、戻るはずの世界を見失なわせる。



■ ■ ■



夜浅い時に鳥が一羽ゆったりと飛んでいた、眼下の広い海には漂流物がひとつだけ。シオンが瞼を
開けるが闇に目が慣れるまで、何につかまっているのか分からなかった。しかし、自分の身体を確
認だけは他の感覚ですることは出来た・・・思い出せる最後の記憶は燃え盛る森。

自分の手を離れ、自由に燃える森は最後には一体どうなってしまったんだろう?そんな埒もないこ
とを考え・・・やっと目が慣れると何かが分かった、かなり大きな木につかまって海を漂っていた
ようだ。たった一本だが、焼けた跡残るところを見るとこの幻想は現実に留まったらしい。今まで
はなかったことだが・・・良かった。固有結界は養父には見つかっていない、独自に編み出した之
を綺礼に見咎められたら何が起こるか分からない。

「私の森・・・海に還ったんだ、何故お前だけ残ったの?」

あの嫌な笑みの仮面かぶった魔術師との戦いで見せた、鋭い眼光でなく本当に優しい眼差しで問い
掛ける、答えはシオンの心の中にだけ返る。あの魔術を作り出すにおいて教会と協会は役に立たな
かったのだが、それも当然だ完全に観測された固有結界など記された書物など存在しなかったのだ
から、私がそれを見つけたのは意外に近い場所・・・教会裏手の墓標にあった。

「人柱・・・かな」

そんな憶測をつけた呪われていそうな木を加工し、ちょうど良い大きさにして泳ぎだす、魔力を失
った今体力だけで陸を目指さなければならない。それはとても骨の折れる事で、血液が足りない今
は時間が過ぎるほどに苦痛だった。


「こんな、なんで、綺礼の留守には災いが起こるの」

「は、はぁふう・・もう夜になってしまう・・・街の明かり頼りにするしか」

「・・・あの二人、回収したかな?仕事なんだから怠慢はないと思うけど」


愚痴を言いながら、たまに養父の神父の悪口を言いながら、真黒な海を進み海岸を目指した。
辿り着いた時はすっかり空に星が満ちてて、私はずぶ濡れで人目につかないように道を選んだ。

ざぁと、雲が流れて新月に成りかけの月が教会のある丘の上で私に不吉を持たせる。
果たしてそれは真実だった、黒い大きな影がいた。


「遅かったな、使い魔で海にいると確認してから随分と経った」

「家事をさせたのか、それは悪かった」

「それは喜ばしき事なのだが、お前・・・何を相手にしてそこまで魔力すり減らした?」

「それは言いたくない、アレを食べて夭死してしまう私に手向けよ」


帰宅すると早速嫌味を聞かされた、二人は既に帰ってしまっていたので恩知らずの二人を思いまた
私は人間嫌いの症状悪化した。精神を蝕む神父の説教のせいだろうか、元凶となった魔術師よりも
助けた二人に感謝されない事、むしろ蒔寺という少女には綺礼がどんな記憶改竄したのか容易に想
像できる・・・だからあの選択に間違いが無いとは、口に出来なかった。








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