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「ちょっと待てーーっ!待ちなさいったら!」


竹刀片手に走るタイガー、生徒たちはさっと進路をあけて災害から逃れる。
暴走せずに冷静に怒っているなど奇妙で珍しい、だから関わりたくはないのだ。猛獣は獲物に追いつくと前に回りこみ。


「待ってったら、こらっ。呼んだのはアナタよ」


虎をひらりと闘牛士の様にかわし歩き続けようとする相手の肩を掴み停止させる。


「・・・藤村先生何か私にあるんですか?思い当たりませんが」

「あるから追いかけてきたの、ほんと口堅かったけどね。美綴さんが話してくれたわ、アナタがそうなの?
弓道部の顧問として、どうしても納得できなくて・・・昨日あったこと聞かなきゃならないの」

「美綴さんが・・・そうですか・・・どんなことを私に関して聞いたのか知りませんが」


呼び止められた事が不快であると隠そうとせず、あからさまに視線を合わせずに返答。
この学校で藤村大河がご立腹であると分かりながら、そのような態度を取るなど出来る者はいないだろう。


「それが出来たらね。遠まわしには聞かない、一悶着あったってことじゃ済まさない。・・・彼女に何をしたの?」


担任の時とは違って顧問は真面目にしているのか、でも竹刀持って弓道なんてやっぱり変な先生だ。
そんな新たな発見は別にどうでも良かった。
もし、昨日の続きを対多数でさせられるなら今日はとても都合が悪いので逃げる算段をする。


「勝負してください、と私が言って無理矢理させたわけじゃありませんよ」

「でも」

「あまり感心しませんね、私の・・」


先生の疑問解決しない限り、ここを離れられそうに無いようだ。
誰か代わりに相手してくれないかと探す、丁度その視線のその先に駆けて来る美綴綾子を発見した。


「先生!?あのことはもういいって言ったでしょう」

「・・・」


二人の乱入者が加わって、校門の真ん中ではまずいと少し学校内へと戻る。


「先生もう終わったはずじゃなかったんですかっ?」


綾子は言峰に迷惑かけるつもりなんて、これっぽっちもなかった。
虎が駆けて行ったと桜から聞いた時、何かあったと来てみれば詰問されている言峰士陰がいた。
持ちかけたのは主将から、それでこんなことになってしまい嫌な顔されてしまうのは耐えられないこと。
複雑な感情を抱いてしまった相手だ、それに一度失敗している、だからもう手遅れにしたくない。


「真剣勝負をしたんです、今更なにを先生に言ってまで彼女にさせること何もないんですよ」


一人は士陰の知らない顔だったが礼儀は心得ているらしくお辞儀をしてきた。


「で・・・でも、でもなんか納得できないでしょ?それに生意気なのよ、この娘」

「美綴さんは良いと言ってますが?」

「うんそれは納得済み、まぁあれは私の慢心。弓を折るって事に二言はないよ、ただ後輩にアンタの弓を
見せてあげたくてさ。先生だって無理強いはしませんよね?言峰さんが自分から言うなら別ですが」


本心を隠すにしろ、これでは薮蛇だなと思いつつ士陰に話をふり同意を求めた。
確かに昨日は二人きりでの勝負、時間も遅かったし観戦する者も居なかった。
まだ誰か居るとは思わなかった時間、シュンという風切音に誘われて士陰は
入学以来初めて弓道場に入って美綴綾子に捕まり、体の良さで入部を勧誘され勝負となった結果。


「・・・誰に?」

「あ・・え、すまない。弓道部の次期主将候補たちにな、こっちはその一人、いや筆頭かな。間桐桜っていう良い子」

「そ、そんな・・美綴先輩、まだ私じゃそれに兄さんも。・・・でもただその言峰先輩の凄い弓見せて欲しいのは本当ですから」


控えめな桜という後輩、そして女丈夫と教師に弓を期待されたが、私の返事は『確か』に外したつもりだった。


「残念ですけど」

「今日は無理なのか?」

「昨日が特別だっただけで、いつかまた機会があったなら。私にはそんな時間を作れないので」

「いつも早く帰宅してるらしいけど、何かあったっけ?」


一応担任らしく事情を聞くが、藤村大河らしく抜けていた。
仕方なく自分が孤児院暮らしであることを説明すると、墓穴を掘ったと黙ってしまった虎。
もう用はないのだと理解した士陰は、やはり暗い表情の二人に別れを告げた。



■ ■ ■



いつものように坂を登る、珍しく養父の神父が出迎えていた。
顔には笑みがあり不吉な雲行きと共に私の帰宅を祝福してくれる、私も挨拶し今日初めて笑う。
礼儀正しくはあるのだが、含む感情に幾分かの善くない物が混じってしまう。
綺礼と相対する場所に立つといつもこうだ、他の誰かとは距離置く時以外しない口調で話していた。


「ただいま帰った」

「よく待たせてくれた、残り僅かな希望よ」

「それでここで出迎えてくれた理由は、大体見当がつくが・・・残りは?」

「二つ、何をしている?貴様こそ生き残るつもりで、真逆最後までここに居るつもりか?」


手渡されたバッグにはキーと書類と幾つかの私物、勝手に私室から持ってきたのだろう。


「勝手に女性の部屋に入るのは感心しないぞ、神父が聖職者であること忘れているだろう?
自覚無ければ今すぐに私がその手引きちぎって神に捧げ、埋葬と葬送の準備を整えてやるから
聖書と剣を用意しなさい・・・フゥ、それで何故追い出される?」

「過激で結構な挨拶だ、しかしグズグズしていたお前が悪い。
ここは既に立ち入りが禁止されたのだ。召還のための場所は決めてあるのだろう?」

「・・・何度も口にするな、あの場のことは。
それに戦争の開始は宣戦布告と言っていたはず、嘘は無いのだろうな?」

「それは確かだが、サーヴァントを召還したマスター同士が出会った瞬間にそんな律は崩れる。
ふむ、しかし風雨しのぎ管理人もいる冬木において居場所を作る必要まで用意しないわけではない、家屋は手配した。
遂に時は満ちたのだ十年前からこのために生きてきたお前が一番待ち望んでいたろう?行け」


くるりと背を向ける私、投げかけられたたぶん最後の師である人の言葉に私は感謝を口にした。


「それに立場上、聖杯戦争では平等でなければならないからな」

「何を言うか、何処へ行くともお前の娘であってやろう」








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