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「今日から編入させる、一通り準備はしておけ」


突然の変化、晴天の霹靂、綺礼との息の詰まる時間は終わりを告げた。
言い続けてきた通学が許されると思わなかった、シスターなら修道院だろうかと思っていた。


「だが足が」

「わかっている、送ろう」


袖通す制服は慣れない茶の色彩で、被介護人シスター患者などの白の職業から初めて立場が変わる
けれども本質は変わらない。綺礼が世界を広げる行為を許可したとしても、偏執が直ったはずなく
監禁と監視が与えられるのだ、不自由だが変化しない一室での暮らしはつまらない。
病院以外では初めての道を走り、校舎に着くと駐車場には教師らしき人が待っていた。
少子化や高福祉の影響と聞いても学校側で用意された車椅子では自由には程遠い、それでも動き回
れるのは素晴らしい事。


「挨拶しなさい」

「はじめまして、士陰といいます。未だ全快には遠い病状で
無理を言い、その、来てしまいました。コレからお願いします」


嘘を信じて行う行為には慣れていた、見事な手本が近くにあったから。
とっさの誤魔化しは苦手、絶対的な経験不足だが人を騙し通すという目的は同じ・・・大丈夫だろ
うとは思う。日本語を壊して片言にしてみた、私に一次目の生来の話し方があったとしても神父と
暮らしていると無邪気とは程遠い言葉遣いが常態となるしかない。
だから年齢相応の人との接し方、話し方や行動を諦めていた、そんな学生生活が始まった。


「は、はじめまして・・言峰さん」

「誰?」

「わぁっ!ご、ごめんなさーい」


自己紹介の後、中途の学生に接触図るのは決まっているだろうけど
なんだろう?笑ってあげたのだけれど・・・目を細めて口を歪めて、何処が間違えたのか。
挨拶した相手は逃げていってしまった、教会ではこれが普通だったのに。


「ちょっと・・うん、正直に言うとかなり怖い人みたいだな」

「えーでも、ニホンゴで通じるのかな」

「染めてないでしょあれは、それに自己紹介のとき名前読めなかったよ。
あたしはね思うよ、アプローチ危険と。真面目クンに聞いてみよーか、なんて書かれてたのか」

「少しなら分かったけど、名前の横の、つまり洗礼名ってやつ」


小耳にはさむ彼女たちの会話、自分の事らしいので
ゆっくりと移動して近づく、これはわざとじゃなくて車椅子ゆえの事。


「なんだそーなの?で?センレイメイって何?」

「ふぅ説明できるほど知識持ってないの、本人に聞いちゃえば?」

「イヤよ」

「なんで?分からないのはイライラするんでしょ、あ・・・そっかー」

「何よ、アンタこそ」

「気後れ?嫉妬するんだ、うんうんそうかー。
可愛い所あるじゃん、意中の相手の反応だけ気になるってコトかなー?」

「あ、あんたねぇ誰に向かってそんなこと言う?
アタシみたいに真黒くないとかでね、負けるはずないの。会ってさえないんだから」

「ね」

「え?」


無表情の紅い瞳に見つめられて、時を止めた。
会話楽しんでいたのだけど袖を引っ張られ、自然になによ?
振り向くと車椅子で間近に、いつのまにか白い彼女が来て居た。


「ね、はじめまして。言って欲しかったみたいなので、来てみた」

「あ、そう。そ、そうなんだけど・・・ホラ」


一見慣れが感じられない日本語は、実は文脈を追う作業がいらない。
こんな下手な偽装行為でも初対面相手なら通用する様で
比較的鋭い傍観者の立場の生徒も、容姿が異質な異分子でシオン相手ならこうなる。


「質問あるんだって」

「ちょっとそんななんで私に」

「って、あれ?行っちゃうの、挨拶だけ?」

「引き止めてどーする?」

「そ、それは・・・はーもう仕方ないなうん質問はあるし行ってくるよ」

「あれれ?アタシ一人悪人?」


転入生と会話しに行くために、普通は緊張など必要でないのだが
言峰士陰と相性が良い人間はこのクラスには教師も含めていなかった。


「何か?はじめまして?」

「うん、こんには。言峰さんとお話していい?質問あるのよ」

「質問?構いません」

「良かった、不思議と誰とも一緒じゃないから苦手かなと思ってた。
でねシオンさん、教会ってどんなとこ?」

「話すことは好き、でも少ないです。
うん教会は住んでるところで・・・ここよりは暗い、人は少ないよ。・・・人の他には色々いる」

「えーと、それは白くてふよふよ浮いてたり」

「丘の裏手に居るのだな?違う、しっかりとしてる、色は知らない。
ただ時々に寝所から存在していることを知らせてくる、質問終わりですか?」

「怖くない?凄く勇気いりそうなトコに住んでるよね。
見たことないのよ、そーゆーの。ところで以前は何処に居たの?」

「・・・教会と似たところ」

「外国かな、本当の教会ってとても綺麗なんでしょ?ステンドグラスとか」


私の生まれた場所を何故そのように言われるのか、本当の他人と最初の会話では分からなかった。
口下手でないが話し聞かせる事には制限と量の問題があって、友達は出来なかった。

他の学生と違い、登下校は綺礼任せの特別待遇は肩身苦しかった。
綺礼が迎えに来ている事も、自由を奪われている事を私に知らしめているようで息苦しい。
悔しい事に病弱な私は、倒れる事もしばしばで
早退で保護者役する世話焼き悪魔の過度の親切を不気味に感じた。


「調子どう?」

「先生が聞く事は気にしない、良い事です」

「え?・・・ああ、ご心配なくであってる?」

「合格」


二週目に入り会話は自然にしてきたけれど、今のように誤解される言葉を選んでは話す。
日本語なんて習いたての私が正しく言葉を組み立ててはいけないのだ、綺礼の助言だが・・・
これで良かったのだろうか?
そしてようやく、クラス内で得た安定したポジションが孤高の白百合とのこと。
丘に一人咲く事を望まれた高値の華の心境は、誰に摘み取られる運命を待ち続ける?
私はきっとそんな安っぽい結末を拒むだろうな。


「何だろう食べてるものが違うと差がこんなにもでるものなの?」

「何見てる?」

「気にしないで、私も気にしない」


ようやく回復した私は体育授業も見学を解かれ、クラスの仲間入りしたのだけど時々不思議なこと
に同じ女子生徒からの視線を感じる。確かに痩せた私の身体は奇異だろう、健康とはいえないのだ
から興味半分でもそんなに力込めて見つめられると浮いた存在なのだと落ち込んでしまう。


「髪だけは・・・もう綺麗になったと思うけど、これはどうしようもない」


季節が移り木々が若葉生やすように、灰被り色だった髪は一本残らず真っ白になった。
栄養無かったボサボサの髪、今は櫛も入れ大切にしているのだけど・・・。


「これは・・・邪魔」

「ぴょんって撥ねてるね、癖っ毛?直らないの?」

「それにしても別人と言わないけど、元気になって良かったと言いたいけどぉ・・・でもねー」

「そう!でも反則だねー、いいなー同じ育ち盛りのはずなのに・・・。
けどっけどさっ、病人って感じ無くなって興味なくした奴居るの知ってる?」

「へ?なにそれ?車椅子おす役割は任せてなかったし、接触の機会って
他には朝も帰りもあの神父と面と向かって、話せそうな勇気あんのは見たこと無いなー」

腕組み考える半裸の生徒たち、話し振った彼女はうんざりとした様子で話した。
上から下まで、白い出で立ちには妖精を思うが紅い瞳はとても魅惑的な悪魔の色彩だ。

「馬鹿っていうより変態の域、大変ね」

「好きにさせておく、見ないであること・・だし」

「そうだね。アンタは私たちとは違うもの、色々と」



■ ■ ■



ころころと笑う二人、顔は似ていないのけれど仲の良さは際立っていて長く伸ばした漆黒の、髪型
を同じくしてて双子のように仲良かった。そんな本当に羨ましい関係の二人を見ていた、他人であ
りながら信じれる相手がいる、そんなのは孤児院と教会での生活ある私には考えられない事。


「ほら、なにか、口に出来ないよね?あんなに自然に怖いほど綺麗な笑顔できるの」

「それは見てないから分からないなー、今年から同じクラスの私は」

「っだっけ?」

「でも噂には聞いたよ醜いアヒルの子がいたってさ。
綺麗になって確かに近寄りがたいオーラって言うのかな・・・あるの?」

「間違いなく保証しますって、私が」


ほぼ毎日ふたりで居て、よく誰とでも話し教師にも受けが良かった。
例外にただ一人だけ苦手とする生徒が居た。
それがこの私、言峰士陰である。
地獄耳とはよく言ったもの、強化して空気の振動捕らえて彼らだけでなく他のおしゃべりも聞くの
が暇な時に私のしてる事、趣味というのだろうか。聞き流すだけで反応一つ返した事は無い、顔色
一つ変えないし批判にも応じて自分を変えようとはしないけど。

「話合わないし、一人でも平気そうに見えるのがいけなくない?」

それは女子に限る事でなく、何があるでなく自然に、誰一人仲良しにはならなかった。
虐められてはいない。
むしろ、ただ一人の助けもなく何処にも敵はなかった。
決して人間嫌いでない為、来るものには拒まず捕まらずとしていただけ。
白い髪に紅い瞳で女子生徒には一目置かれていた、男子生徒には背の高い神父が養父ということも
あり勇猛果敢な人間以外はただ眺めるだけ。


「あーいうタイプ、困ってても・・・それは違うわね。
どんな事があっても動じない、性格とかじゃなく・・・違うでしょ?」

「・・・分かりにくい、違うのはわかった」

「うんそれだけ分かればいいの、簡単な言葉にしにくいから丁度いい前例を話してあげる」

「違う、ねえ・・・ああ良いよ話して私は言峰眺めてるから」


昨年の終わり頃、授業が予定より進んで余りの時間で担当教師が古武道を自慢・・・もとい披露し
て黄色い声援浴びたかったのか知らないけど。組み手相手にシオンを選び、投げ飛ばされたのだ。


「胴着が意外と似合ってて、その先生も嗜み程度じゃなくて達人とまで行かないらしいけど教室通
いして腕に覚えはあったよーなの。それでもシオンさんの身が引き締まる気迫、凄かったって皆言
うよ。いま思い出しても凛々しかったというか、本当に綺麗だったなぁ・・・」

その声はかなり悦が入っていた。








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