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本当に幼かった頃にはベッドに入るのも一人では心細かった事をよく憶えている、傍らにあった暖かさや
空気を失いたくなかったが為に家に有るものすべてを大事に扱い。
ミスして壊してしまったら大変苦労して探して同じ物を買いなおしていた・・・遠坂凛の本当に幼かった頃の話だ。

師としていた父親の後を形式上の弟子がついだけれど、どうしても性に合わなくて
独学で魔術を学び続け、ようやく順調に宝石を増やしていくことが出来るようになった時のこと。


「朝から失礼した、その代わりここは任されよう。
・・・一度も顔見せない弟子だが、師に託けられているのでな」

「いいわよ別に、それより紹介してくれない?」

「今度引き取った娘だ、一ヶ月前の大火災の唯一の生き残りだ。
こうして引き連れて歩かせているのもリハビリテーションの一環だ、食が細くて困っている」


火災?そうか協会に属しているから聖杯戦争の後始末しているのだ、言峰綺礼は孤児院の担当なのか。
澄ましているように見える同い年と思われる彼女、くすんだ紅の瞳が印象的で少し長く見つめていたと思う。
一瞬その目が本来は黒いはずだと思ってしまったのは何故だろうか?


「名前は?」

「私がつけた名がある、以前の事は何もわからないそうだ。
人見知り激しく私以外には口開かないが気にしないでくれ、話を聞いていないわけではない」

「綺礼」

「なんだ」

「ここで食事できる?今日はここで?」


私に聞こえないようにか小さな声で、ただし夢見てるような空気は無くて意思はあった。
それにしても突飛な質問、飲食店に入るのは初めてなのだろうか?
父の面識は広いだろうから幾人か日本以外の知り合いもいたようだが、私は灰色の髪など実際初めて見るから
何処の国の言葉を話すかと思えば何の違和感も無く綺麗な日本語だった。


「そうだ、それで彼女が・・・詳しく自己紹介してくれ、そういうコトだ」

「別に・・・いいけど。はじめまして私はこの冬木の魔術師遠坂家の長女凛。
名前をわたしに教えてくれない?・・・返事なしか、治療は急いだ方がいいんじゃない?
私ぐらいの年齢で記憶喪失と失語症になって・・・私が言うべき事じゃなかったわね」

「気にすることではない、このくらいにして冷めたらまずい食べよう」

「そうね」


赤い料理の数々を頂く、美味しいけれど辛く少しずつ食べたが女の一人前は少女には多く半ばでリタイアした。
大きな体に次々と吸い込むように食べる言峰、その隣の少女は空のコップを見ていた。
水しか口にしていない様子、心なしか顔色悪い。
ちゃんと栄養あるもの食べているのだろうか、何も言わないがそれが正しい推論だと思った。


「ちゃんと食べてる?」

「・・舌が痛くならない水みたいな食べもの、ここにはある?」

私が聞いたのに答えは綺礼、頼りにされているのか刷り込みなのか躾なのか知らないが少しピキッって来た。

「病み上がりに相応しいと思っていたが、そうか淡白な食事が必要だったのか」

「孤児院で何出してるの?粗食が悪いわけない、仮にも養父なら献立考えなさい」

「私が喜ぶものがそうでない、そうだな・・・今はそうしよう」


まただ、綺礼の娘見る目がおかしい事に気がついた。
兄弟子で今は師匠とはいえ、そんな理由で魔術師が魔術師を信じるなど有り得ない。
魔術師や精霊があたりまえに存在している世界の裏側、そこに住むなら虐待や動物扱いが普通・・・同情はしない。
彼女もまた縁ある者が聖杯戦争の参加者なら、敗者が代償を支払うことは分かっていたはずだ。
それに・・・冷静になるべきだ、ここで言うべき事ではない。
私が独り立ちできるだろう、次の第六回聖杯戦争まで師匠と弟子の関係が私には必要。
至極当然で現実的な問題として経験と知識と力、その差があるからこそ私は忌み嫌っても何も言わない。
冬木の土地を管理する魔術師の家柄を継ぐ為に私は私だけを犠牲にしてはいないのだから。



■ ■ ■



生き死にの差は僅かなもの、死を崖に例えるなら底には水が溜まっていて、しかし崖には手を伸ばせば届く高さ。
後少しで指先をかけれそうで、上がれそうで、しかしチャンスは一度きり。
何故なら足が浸かった水はとても善くないもので、だんだんと身体が重くなり最後には倒れ底の水で溺死してしまう。

私は崖に指かけどうにか死者にならずに済んだものの、後遺症なのか突然に足が悪化した。
這うぐらいしか出来なくなり、膝から下が未だあちら側にあるような不自由な生活。
言峰士陰としての最初の半年間が過ぎてからのこと、不自然な潜伏期間の病だった。
孤児院での暮らしは敵と認識する言峰綺礼の世話なり二人きりで過ごす、精神的に綱渡りだった期間。


「手が今日はとても熱い、指?なんでだ?」

「何かの暗示ではないか?例えば憎悪そして殺意、しかし私に向けるとは利口でないな君は」

睨むことしか出来ないのを知っていて逆なでする、怒りが沸々と湧き上がり冷静にはなれない。

「汝迷える子羊よ、神聖な誓いを忘れたか?」

「それこそまさか、生かされた恩と言峰姓貰った恩に誓ったこと。
私は裏切らない、本当しか口にしないと」


相手はそんなことお構いなしに、書類整理と教会の儀式を執り行っていた。
私はと言えば第二の誕生に消費されたエネルギー、その辻褄合わせのように歩くのもやっとの状態で
食事を摂ろうにも、嫌がらせのように子どもに甘くない食べ物ばかり出す慈悲のない使徒。
それでも、とても負けた気になるので変えてくれなどとは空腹を感じていても絶対に言わなかった。


あのニセ神父の流儀で言うなら、私が二度目の生を得ても
回復が遅く小食で不健康を謳歌していて・・・仮親を楽しめた貴重な時期。
それは後に理解した事だが魔術回路のオーバーヒートで倒れる事が多かった。

軋みあげた身体、エネルギーの摂取と消費、その辻褄が合っていないのだ。
コントロールできていない魔力回路と死に引かれる構造の身体にあると、綺礼は言った。


「また祈って、いつに心を洗っても生来のものは変えられないと言ったはず」

「心底思う在りもしない者に仕える形とっても、戯言は聞かない。
変えれるのか試しているだけだ・・・言峰士陰は生まれたままでまだ何も持てていないのだから」

「いま一度その傷を診てみるか」


その言葉に反応し空気を焼いた、やはり魔術がコントロールできていない。
だからそれ以上近づくのは死の覚悟をして欲しい、好んで身体を弄られたくない事では決してない。


「ふむ・・・十分だと思うが。羞恥心あれば少女でないと誰が言おう、既に持てているではないか」

「酷いな、そんなコト、言うなんて!」

誰であれ拗ねてしまうだろう、そんな核心衝かれれば。

「まあ良い。お前の扱える魔術は少ないうえに、何処か歪んでいる。
扱いにくいだろう、その原因は魔術回路そのものにあるようだなのだが・・・」

「回路?」

「あの火災の中で作られたのだろう、凄まじい半年経った今も冷めぬ熱を放ち続けている。
余りの熱さに手に触れること叶わなかった・・・残念なことだ。
だがまあいい、お前という存在自体が周囲にあった生まれかけの怨霊死霊の類まで材料にした作品なのだから。
あれほどの絶望を飲み込んでは褪めない、なるほど自然な流れで死に引かれるわけだ。
本当なら安定に時間をかけ、あの地獄を忘れていけば良いところだが
一ヶ月の昏睡で体力落ちたお前ではな・・・根本たる原因の回路に手を加えねばならん」

「身体が安定しない理由はそれか、何か善くないものが混ざっているんだろうとは思っていた」

「理解したか、いずれにしても魔術を欲しなければ自重で潰える身体だ。今から流れを折り曲げる」

「根源が死だとしても死ぬつもりないから、早くして」

「それは結構、後に直接回路を強制冷却する方が痛むだろう。
解体するのはお前の心、お前の身体、覚悟はできているな?では始める。
お前が内包する死神の声が聞こえようとも耳を貸し話すな、心まで折れないよう祈りを捧げていろ」


綺礼の魔力で聖堂内には闇が満ちる、その手には投影したのだろう物騒な形の祭器が握られていた。
磔とされた私はいつか死んだ愚者のよう、まるで奇跡の代償の為の生贄のよう。
それは悪魔の召還儀式と見えるだろう、白い死装束の少女と凶器持つ黒衣の大きな男。
教会には異端の、しかし起源と流れの中に確実にあったそれらの正邪を有する言葉と魔の力が士陰を包む。


「始まりの時、お前の在り方を決めた者との出会いを思い出せ空気は淀み焼けていた。
その手その指に、火を持て血を流し・・・無から紡いで有と生せ、死生の塊」


肉体に沈む凶悪な祭器、切る用途に本来は使う・・・血は出ない。
士陰に意識は既になかったが、その身体からは火が溢れて綺礼だけを包む。

結論を言えば完治はしなかった、死にはしなかったものの直りかけた身体に裂傷を受けていた。
足が動かない・・・唇を噛む。
綺礼は何も言わなかったが、自己防衛本能で魔術行使したのかもしれない。
・・・何処か生き方間違えている神父の馬鹿に、身体弄くらせた結果はこんなものなのだろう。








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