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視界の許す限りのそこかしこに死が満ち溢れていた、黒と赤の二色刷りの世界を歩いていると何故自分は
もう当ても無いのに彷徨っているのだろうと考えた。帰る場所など持って居なかったし、この身体は
もう限界が見えていて助けてくれる人は既にいなくなり、こんな大火災で死んでしまえるならそれも良いだろう。
どうやら少し開けた場所に出たようだった。


「・・・」


声など出やしない喉で、誰かと言いかけ唾液を飲んだ。
あまりの光景にもう生きている人間を探すことをやめた、呼吸することをやめた、意識することをやめた、目をそらせなかった。
それは確かに生きてはいた、傷つき半身が失われているのに人の形をしていないのに。


「ああ・・・生きてる・・・生きてる、死んじゃいない」


駆け寄っていきたかったが、そんな体力は残っていなく瀕死であるのはむしろ
助けようとしている自分の方だった。酷い傷を負ってもその倒れているものは直ぐには死なないだろう。
サーヴァント・・・最後にこんな形で出会うなど運命なのだろうか。


「どうしてこんなになってしまって」


ただ一人でいるはずがない、しかし炎の海の中マスターは既に死んでしまったのだろうか。
未熟者と一緒にいるだけでは助からない、このまま仇だったとはいえサーヴァントの命が消えていくのを見たくはない。
後も先も無い、ただ今のためだけに生かされていたけれど役目は果たせなかった。


「ぐ、あああっ・・がっ・・ぐっ」


空っぽだった中から汲み上げようとしているのだ、無理矢理の行使に記憶が炎に焼かれ灰となる。
刻印されたちっぽけな何かも、今までの全てを指の先に集めてそのサーヴァントの顔にかざして与えた。
結果なんて考えずに行動するのはいけないと誰に言われ続けたか、それももう消えていく一つの言葉だった。



■ ■ ■



そのあとは白い記憶が続く、視覚も聴覚も無い。
全てを使い切った代償としての死とはこのようなものかと、思っていたが突然暗くなり
誰かに抱き上げられ生を与えられた。その時に一緒に熱い炎の刻印もこの身に生まれた。


「孤児院?」

「そうだ、もう諦めていたが奇跡とは起こるものなのだな。
私は神父でもある、一ヶ月間も死の淵を体験したのだ今は療養に勤めるがいい」


怪しい神父が少しも感動せずに答えてくれた、第一印象は今思えば中々良い方だったと思う。
瀕死の自分を引き取り、しかもあの惨事から一ヶ月も意識を取り戻さなかった・・・。


「神父?孤児?」

「私が誰か問う前にお前の名前を答えてくれないか?
第三者から見れば何処の誰か分からないのはむしろお前の方で、私は言峰という」

「誰・・・この身体は誰のものなの?」

「変な問いだ・・・ふむそうか、火災のなかで生き残った特異性か」

「なにもわからない、でもこの灰色の髪は知らない。この声も知らない。こんな体知らない。」


頭を抱え必死に思い出そうとする、すると五感が抵抗を示し肺で息をする事も耳で音を聞く事もやめてしまい。
痛みだけが全てとなってしまいそうだった。
強く握り締めていた手、パキと爪が割れ血が流れる。
シーツに血痕が鮮やかにプリントされると同時に、室内にあった照明が突然に燃え上がった。
驚くと同時にデジャビュがあり、口をついて出た言葉は忘れていたもの。


「・・違う、発火じゃない。それはもうしないって約束した!」

「何?何と言った、発火と口にしたが魔術の心得があるのか?
それならば拾い上げるのも無意味ではなかった、あの煉獄から生まれた者とは祝福のしがいがある」

「やめろ、違う、違う・・・」


瞬間にこの男の声色に不安を感じさせる何かが含まれた。
そのことに気が付いてしまうと近くにいるだけで不快だった、何故か感情高ぶらせてしまう。
記憶は燃やしてしまったがその残灰でさえ、眼前にいる圧倒的な無視できない敵を消すエネルギーを作り出そうとした。


「奴が言っていたのはこの事か・・・その腕に刻印は無かった、どんな仕掛けだ?診てやろう」

「これ以上近づくな、来るなっ、痛い・・・ぐ、ううう・・はな・・せ、この」


威嚇を試みたけど細く軽い腕を振り回すこともままならなかった、自分は今
どうしようもなく非力だと言うことを、思い知らされるだけだった。捕まり身動き取れなくなる。
二度目の生を得る奇跡が起きたのだ、それだけでも凄い事。
死ぬ運命に逆らい、魔術なんていう規格外の才能なんて望むべきではない。
先ほどの照明を燃え上がらせたのは偶然に過ぎないはずだ、一ヶ月も休養があったから自然治癒も働く。
言峰綺礼の鍛えこまれた腕の力に簡単に捕まる、敵にまるで歯が立たないことが悔しかった。


「動けるはずなかろう、一ヶ月も眠り続けたのだ。さて、診療してやるとしよう・・・観念したのか?」

「・・・そうだよ、考えると自分の証を何一つ持っていなかった。
お前が嫌いだという感情と発火という力を持つこと、手がかりはそれだけぐらいだ」

「喪失したことに失望する事はない、真っ白な状態で生まれなかったことに感謝するがいい。
普通の人間には出来ない経験だぞ・・・今から調べてやる、身を任せよ」


言峰という男の手が、身体の中に入ってくる感覚に嫌悪と憎悪が湧き上がる。
しかし成すがままさせた。
記憶は写真を焼いた灰のようで、鏡に顔を映されても納得できる材料は無いだろう。
この手も髪も・・・体全体さえも小さく感じる。
素肌も辛うじて透明ではない白、髪など枯れ果てた証の灰色となっていてこの身は誕生と死去を同時に体現している。


「魔術はどんなものを使える?」

「わからない、ただ魔術と問われれば強く燃える何かがイメージできるだけ」

「・・・ふむ年の頃は十あたりだな、しかし不思議なのは身体は作られたばかりという印象が強いことだ。
創造主に見放されたか知らないが、生命力生み出す力が弱い身体に炎を・・・魔術としては初歩だが
使うのだから、死へ誘引される構造の体だな。実に興味深い」

一番気になっていることを聞いた。
血を流す指も手のひらも、灰色の髪と非常に痩せた感じの腕や足などは単純に強制的に認めるしかないが。
この身は何と呼ばれ存在したのかということは、息を忘れるぐらい不安になってしまうほど気がかりなコト。

「名前は」

「カルテには■■士郎と、あるが?」

「そんな名前知らない」

「そうだな、普通なら・・・しかし死者に行方不明者を含めても可能性が大きかったそうだ。
お前だった者の名だ、それさえ憶えが無いと?それに魔術はどうして使えた?親は魔術師か?」

「次々と知らない事ばかり教えておいて、聞いたりされてもわからない」

「何か・・・見落としていると自分で思わないか?自分の体を見て気が付く事あるだろう?」

「十と言う割に小さいし痩せていると思うけど、それは死にかけた」

「違うそうではない、鏡を見るまでもなくお前は日本人には見えない上に
男ではないと何故分からない?男ではないつまり女だ、どうしようもない純然たる事実。
士郎など女子につける名ではない」

ビキッと鏡にヒビ入るような音が、聞こえた気がしていた。
勿論、それは綺礼が面白がる反応で実際女子という言葉で呆けるように周りを見なくなった彼女の顔を観察する綺礼。
ベッドの脇に合った机から色々と書類を取り出すと、楽しそうに講釈を始める。

「手掛かりはこれだけ、あの一帯は全て燃え尽きたとはいえ役所でも得れる情報少なすぎるのだ。
不思議な事だが家族構成も無い、分からないのではなく引っ越してきたばかりで書類に不備があったようだ。
僅か二ヶ月前のことだ、前は何処いたのか?など詳しい事は未だだ。
ここを長く留守にするとお前の世話する人間が居なくなるから、私が調べれたのはこの程度」

「もうどんな名前だっていい、それだけの権利があるだろ・・・生かしてくれたんだ。
あれ・・・あれ変だ・・・変だな、なんで涙を流しているんだ?わからない、わからない」

放心から脱すると俯き呟いた、ぽたりと落ちる水滴。
手の甲で拭っていたが、やがて如何しても止められなくなった。すすり泣きをしてしまう。
それを無表情に眺める命救った男は、この問題ある娘が何処から来たものなのか分かりかけていた。

「では士郎から一字、そして神父の私が養父となるのだから
クリスチャンネームを持ってもらう。今から言峰シオンという存在になるのだ」

「字はどう読むんだ?漢字でサゥンド、オトで士音?」

「陰、それをオンと読んで士陰。言峰士陰」








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