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寝に入る前に礼拝することが日課だったが、時間も忘れて無心に祈ってしまう時はそのまま眠ってしまう事も多々有る。
そんな時に・・・半分夢の中、抱きかかえられベッドに連れられていく経験がこれまで数回ある。


「昨日は私を、ベッドに連れて行った?」

「・・・知らないが、またあんな所で寝てしまったのか?」

「それはごめんなさい、確かに気をつけないと死んじゃうかもね」

「いつも思うが、本当にお前は神に・・・寒死したいと願ってでもいるのか?」


例えば次の日に問うても、血の繋がりない保護者はいつもと変わらぬ平坦な返事をこのように返すばかり
それどころか一緒に暮らして数年立つのに彼が声を上げて笑ったことさえ見たこと無い。
少しのユーモアは、長年近くに居ないとわからない程微量あるのだけど。
何より環境の影響は大きい、人家離れたこの教会で二人きり、厳しい戒律のある生活を営んでいるからか
血の繋がりがないとはいえ親子でありながら、実の親子以上に距離があるのも当然。
ゆえに知らない事の方が圧倒的多い。


「違うが、なぁにアナタなら棺おけ一つ用意するぐらい日常的でしょ?
それに綺礼に埋めてもらうなら本望だな、フフフ。
逆に涙流したりするなら私が恐怖して、黄色い悲鳴なんてものをあげるぞ」

「それはどういう意味だ?」

「すまない、ありえない仮定だった。ここで暮らしていると信心深くない者でも
数々起こる不思議な現象事象に神の存在を信じずには終えない、ただの不理解かもしれないが」


口でそう言っても二人以外の誰かの気配を常に感じていた、それを考えないようにすることも慣れていた。
孤児として養われているこの身には、プライベートや私生活が無い。
それを変だと思わない自分に気が付いたのは、同年代の学友たちと係わり合いを持ってからであるが。


「今日は午後空けておけ、一件仕事が入ったと昨日連絡があった。
お前の奏でる葬送曲は格別だと注文されたから、準備する時間も必要だろう」

「昼は外でとっても来てもよいか?」

「それは構わない、自由に時間を利用するといい」


しかし傍目には似ていて睦まじく見えると世辞を言われる。
その人たちは誤解している、似ているのは理由がある未発達な年頃から共に暮らしたからではなく
私には、生きていなかった空白の時があるのだ。
原初の記憶の始まり、確かに暗いところから私は抱き上げられ生を得たのだ。


「だが出前を取れば」

「いや、自分で作るには他人の作るものも数多く食した方が良いです」

「ん・・・そうか」

「良いことと学校の人間たちも言っていました、誰とはわからないですが」


綺礼の波長に常人なら合わせること不可能だろう、それほど彼は深い。
・・・ゆえに私は思うのだ、あの飯店の主人は何者であろうかと。よそう、解の得ない問いだ。


「動揺しているのは何故だ?」

「そのようなことないです、ええまったく私が綺礼の誤解招くような考えを持つなど
だから本当に気にして下さらなくても良いのです。食事に関しては勝手にして欲しいです」

「気味が悪くて敵わない、その癖をどうかはやく治して欲しいものだ」


歯にきせぬ言葉を出せない、曖昧で丁寧な言葉遣いは似合わないと嫌っているはずなのに。
本音がつい出てしまう会話をこれ以上は続けられないと、席を立ち学校に向かった。
余程、急いでしまった為に髪も纏め整えなかった。


「・・・」


何か視線をいつもよりも多く集めていたが、それは肩まで垂らした
絹糸のせいだと本人は考えもしなかったが、この日密かに彼女は新たに数人を魅了してしまった。魔眼も使わずに。



■ ■ ■



帰宅すると数名の見知った教会関係者が死者送る服装した司祭の言峰綺礼と話していた、私に気がつくと
好奇の視線で挨拶をしてきたので、私はそんな彼らの言葉を無心に聞き流す作業に徹した。


「ほうほうこれは珍しい聞いていたとおりの成長、将来が楽しみな弟子ですな」

「いやこれは養子に出す予定で後を継がせる者ではない」

「それは勿体無い、言峰の血を分けたものではないからですかね?」

「・・・解釈は随意に」

「今帰った、もう私は私の準備して良いのか?この無礼な客の相手するべきか?」

「お前を待っていた者も多い、すこしは慎め」

「相変わらず気が強い娘さんだ。久しぶり、憶えているかい?」


綺礼に紹介されたにこやかに微笑む青年、だが瞳の奥には私に対する欲望が隠し切れずに居る。
こいつは態々、綺礼の留守に訪ねてきたとんでもない外道さんだ。


「・・・どなたでしたっけ?知りませんが」


女性に乱暴してようとして火傷程度で許してあげたと言うのに、つくり笑いの顔が醜い奴だ。
そのうち綺礼に殺されて、ある日の朝食時に命落としたと私は聞くことになるだろうと何の感慨もなく思う。


「相変わらず人形のような外見と我侭な中身が気に入らないな。
綺礼の趣味の悪さはここに極まっているんだね、それに覚え悪いガラクタだ」

「頭に仮面貼り付けて気持ち悪いんだよ、ガキ」

「なんだと、あの時切り刻んで」


聴覚鋭くしなくても、教会の中では単純に音響効果で誰の耳にも届く。
聖なる場所に集う聖職者というのに、動揺するような純真さ持ち合わせた人間はいなかった。


「それは同意だな、今日ここでついでにもう一人看取ってよいのだが?」

「・・・わ、わかったよ。それは確かに綺礼のおもちゃだったね」


殺人をこの場所で綺礼以上に上手く行えるの人間はいない、血染めの教会など洒落にならない。
私が練習始めると後ろに綺礼が立って、今日の演奏予定曲を告げて彼らの輪の中に戻っていった。
一人で教会に唄を響かせているとまた来客が来たようだった。
しかし、今は礼拝と一緒で無心になれる数少ない時間、その存在を無視していた。
私の指は冷たい水面から段々と熱を帯びて、赤い煉獄を紡いだ。視界を閉ざし演奏に没頭する。


「・・・」

「鬼気迫る死の気配がつたわる良い曲である、誉めてやろう」


若い男の声、しかし心はここには無くあの世にあって
目はここにあっても見えているのはあの世、私にとってのあの世とは赤くて黒い。
俯き鍵盤に目をやってはいたが、赤いあの場所からいまだ帰ってきては居ない。


「返事はどうした?相変わらずの気丈さよな、それでこそ我が物にならなかった女。
しかしそれも約束された時間までのこと、生き延びさせてやった我を忘れていると死ぬことになるぞ」

「・・・・・・・・綺礼?」

ようやく恍惚状態から抜けて、振り向くとバタンと閉じる扉から誰かが出て行った。
誰だったのだろうと話していた内容思い返す。

「・・・・今の?聞いたこと・・・ないはず、生き延びさせた?死ぬ?」


夢見の状態で聞いた声色、それでも心に残った声紋が気になり相手を確かめるため教会を出る。
人影は木生い茂る道の上にいた、もう暗かったけれど視覚を強化して光を補う。
視覚ではなく魔術師しての感覚が逃してはいけないと命じる。
空中に透明な焔飛ばして照明とする、そして木々が作る暗闇も消して走った。
魔術使ってまで知りたかった、誰にも興味抱かなかった私がそこまでするのはとても異常なこと。
相手の正体を知りたかった、声と喋った内容はきっと私の原初の謎を解いてくれるに違いない。


「待って・・答えて!」


道は誰も居ない外人墓地に続いていた、探し人は見つからなかった。








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