●.10

ここに存在し続けたいと望んではいないのだ、現世に古きひとが出でて何を為す?
目的などなく、消えてしまうなら、それでも良いと・・・ただ少し気になった少女がいたが。
それでも、かりそめの生に執着するまでには至らない。

ただ、与えられた知識でライダーというクラスを得ていると知っていたので、今はキャスターという
最弱と言われるクラスにしてやられた悔しさがあるのみ。

「私を見捨てたマスターとは言え、おめおめと帰れるものか、もう、消えてしまおうか・・・」

キャスター、ライダー、共に格闘に特別特化したクラスではない。
単身で戦い挑んできたキャスター、思っていたよりさらに手応えのない相手で楽に片付くと最初は思った。
血を流し傷を癒しながら、それでも意地を張る相手だった。


「話しかける相手を間違えましたね、私たちは戦争をしているのですよ」

「降伏などしません、望んだ戦いではないとはいえサーヴァントとして
マスターより前に出て戦うのは、キャスターとて同じ見下さないでください」

「強情ですね」


英霊であるのにまるで人並みではないか、私のスピードに翻弄されて魔術は無駄に浪費される。
それでも少しマスター狙いされる危険があるので、なるべくキャスターに近づき戦った。

何度目かの接近、卑怯な罠もかけないキャスターはとても最弱とは言えない意思を持っていた。
しかし力だけが及ばない。
倒れこむ相手に振り上げた鋲をその首に狙いをつけ突き出す、もうチェックメイト、もう追い詰めた。


「間に合ったか・・・」

身代わりになった人間がいた、信じられない事だ。魔術師がサーヴァントを庇った?

「あぁっ・・マスター、手を」

「な、なんなんだ?何故葛木が、魔術師でもない人間が」

「間桐慎二か、今日は変わったつれがいるな」


ようやくマスターが揃うが、混乱する慎二は相手を無視して恨み言を言うだけ。
そして、急に今まで話かけもしなかった相手に言葉をかけた。


「聞いてないぞ、桜め・・でもな、葛木風情が間桐の恐ろしさ知ってるわけないもんな。
犠牲者が一人から二人になっただけだな、なぁ?美綴?新しい仲間だぞ嬉しいか?」

「やめろ」

「く、・・くはははは、あああはははははは」


足蹴にされていた美綴綾子がうめく、血が止まらないようだった。ライダーに襲われエサにされそうに
なった彼女を、キャスターはただマスターの教え子だからという理由で目の前で消されたくなかったのだ。
もう一方が同じ教え子だとしても、戦争に深く関係している限り同情はしない。

高笑いあげる慎二、そこには正しく悪魔に魅入られた者が居た。
昨日まで、仲悪いとはいえ共に弓をとり学び生きてきた人間ではない。
何かが取り憑いた、そうとしか考えられない。

会おうとすれば誰にでも悪魔には出会えるが、その姿を焦点合わせて見極める事は難しい。

「見てしまえたのだな、ならば」

殺人者の自覚持った自分こそが『悪魔』なのだ、鏡を通してだけ瞳に写せる。
悪魔とはそういう存在だ。

「私が相手となろう」

「・・・笑えるなライダー?活躍できるか分からないが獲物が増えたぞ」

有利はそこまでだった、決してキャスターのマスターを戦場に出させてはいけなかった。
魔術で牽制するキャスターに鎖を、マスターに立ち向かう相手マスターを片手間に刺そうして
私の腕が悲鳴をあげて曲がった。二本とも奇妙な方向に外されていた、言葉が出ない・・何が起きたのか?

「腕が・・・くぅぅぅー、ああっ」

「何故だ!嘘だ!人間が、ひぃああーーっ」

腕一本なら無理矢理に戻せるが、これでは逃げる事しか出来ない。
地面に転がる私に近づいてきたキャスターの手には歪な短剣、初めての焦りが、直感的にソレが宝具だと
理解した。
片腕に突き刺さる、それを感じつつ私は刺されたまま相手に首まで傷をつけさせて撤退を成功させた。

かなりの魔力と血が足りなかったが、それがラインを切られた為と理解したのはこの時ではない。
誉められない戦略をとったマスター、しかし手札の少なさを思えば祖父に言われるまま実行した
すべての事は理にかなっていた。
だから私も義理立てなどではなく、マスターの資格失った彼を危険な街に見捨てるのではなく
教会まで連れて行く。


「ここでお別れです、間桐の魔術師」

「ああそうか僕を見下した奴らへの復讐は手伝ってくれないのか、お前・・・」

「私は消えますしあなたは今回はここまで、本来ならサーヴァントはマスターだった者を
裏切り者として食い殺すのでしょうが、私は聖杯を望まないイレギュラー。
それに、あなたはちっとも美味しそうじゃありません」

「貴様、桜なら良かったとでも言うのか。く・くく、はは・・そうだなそうだな
桜ならきっと貪り合えるなあ、く・くく、はは・・何だ?まだいたのか目障りだ!行け!」


確かに教会にいつまでもサーヴァントがいてよいはずがない、ここは確かに不吉な空気が流れている。
少し、振り向くと未だ慎二は笑っていた。

魔術回路のない間桐慎二は偽臣の書が使えない、本当なら桜を探すべきだが何処へ行ってしまったのか?
もう、消えてしまう私にはどうでもよく・・・老いた猫が死地求めるように、何時の間にか私は
死の気配の強い場所を巡っていた。そこには間桐の屋敷が立っていて、避けて通ってもよかったが入る。

かつかつと足音を響かせ、無音で人形っぽさを演じた令呪の支配下だった私との縁を切る。
誰も・・・いない。


「なんじゃ今夜はもう帰ってきたのか、一人でも仕留めたか?」

「・・・」

「あ奴の姿見えぬがどうした?お前の食ったえさで遊んでおるのか?
まだまだ魔力は足りぬじゃろう・・・しかし血のみで生きるとは気味の悪い存在じゃな。
喰らうてこそ生きる意味があると言えるのだ・・・さて」

「私はもはや脱落しました宝具も消えました、あなたは令呪を持ってはいないでしょう」

「わかっておる、キャスターにしてやられたのを見ておったからな。だがまだ役にたって貰わぬとな」


何故知っているのか、わからないまま老人から恐怖を感じて一歩出口に向かって足を進める。
すると、屋敷に潜んでいた何者かの攻撃を受けた。
黒い衣装に身を包んで、瀕死のサーヴァントに止めを・・・忠実にキャスターとの
初戦を写したような展開だが、私は戦おうとはせず駆け抜け窓を破って逃げおおせる。

その後は何処をどう走ったのか、一人で公園にいた。
ここもまた死地だった、昼間の喧騒が引いて、より鮮明に死の空気が漂っていた。

「・・・最後の時が来た、これは何のための生だったのか」

キャスターとの私怨も、魔術師才能ない実に魔術師らしい厭らしい戦い方を命じたマスターも
どうだっていい。今はただそれだけが不満だった、わからないまま死に戻るのは悲しい事だと思うのだ。

物音が聞こえた、人に見られるのは嫌だったので霊体化する。
魔力の消費がほぼ止まるので延命にはなるが、根本的には何も解決してはいない。

それにしても無粋な人がいるものですね、この寒い夜、この公園に来るなんて。


「しょうがないでしょ、こうでもしないと話を聞いてくれなさそう。
浸ってて気配現しても気が付いてくれないから、結構間抜けさんだね」

「なっ・・・・んっ、です、て。何者です!?魔術師だとしてもマスターではない?いやそんなはず
しかしサーヴァントの気配がありませんね・・・しかし能力低下で自覚できないだけか、アサシンか」

「ここには私ひとりで居たし私以外に誰も来てない。ほら姿現したら?
まさか私以上に真っ赤なのかしら?血を浴びて壮絶な姿なら・・・歓迎よ、使い魔」

言っている本人からも相当な血の匂いが出ていた、その女は白い衣服を赤くペイントしている。
一滴たりとも他人の血が混ざってはいない、良い色した乙女の血。

「なるほど。手負いの獣同士ですね、傷でも舐めあいますか?」

「ここに惹かれたにしては案外素直ないい女(ひと)なんだ、早く話しないと儚く消えそうで
幻を見てたと私が後悔するな、だから早く私と契約してくれない?言峰士陰、魔術師よ」

「名乗りませんよ・・・私がそれに応じると思っているのですか?
初対面のあなたが信用に足るのか、まったくわからない。私を現界させる魔力はあるのですか」

「弱い魔術師だと、そう思われてる?でもねサーヴァント」

クラス不明だから呼びかけはどうしてもサーヴァントとなる。
その相手に互いに手を伸ばせば触れ合う位置まで近づいた、驚いた事に二人の背格好は瓜二つだった。
姿態は幾分ライダーの方が完成形と言えるが、顔を隠しているライダーよりは
紅い瞳みせているシオンの方が好ましかった。たとえ血に塗れていても。

「無理矢理にでもあなたが欲しい、顔見せて」

「やめなさい。これは封印、これは宝具。敵意のないあなたを無意味に殺したくはない。
・・・私が欲しいなら、令呪が入用だ。それと戦えるだけの力の証を見せて欲しい」

間桐では魔力の不安定さと不足を裏技で解決しようとし、その方法に頼りすぎていた。
だから、こんな結果になったのだ。
マスターの力不足で別れてしまうなら契約などしない、流すつもりだった。

「力ずくで奪ってあげる」

そう言った彼女は私を捕らえる。体だけでなく、心まで・・・心で既に理解した。
死に惹かれて来たのでない、彼女に惹かれてきたのだと。
そのことが運命で片付けるには恐ろしくて、彼女の紅い瞳からは逃れられないと肯定したくないのだ。



■ ■ ■



消えそうになった彼女に血を与えて仮契約を結んだ、今できるのは
それだけだ・・・それ以上のことをすれば、ただでさえ血を流した私は死んでしまうだろう。

「魔力なら必要十分なはずよ、前のマスターと違ってね。そして私は戦える、投影」

聖杯戦争が始まって教会でしていなかった魔術に挑戦し、成功し続けている魔術がある。
不思議な事に消えない・・・本物と同じ、刃物の類だけでなく実に様々なものが存在し続ける。
それに、壊されても何時の間にか自己修復している。

両手に肉厚のククリナイフを投影、一方を背に一方を鋭さを強化し切り込ませると
完全に同化しひとつとなった。
そのまま変化をかけて、長く細身にし扱いやすいように、強化で強度十分な刀とする。

「どう?」

「なるほど女性の長所生かせる武器ですね、しかし闘いでは身を守ることに専念して欲しい」

「過保護ね、この程度の武器では身を守ることしかできないでしょうけど。
私が本当に得意としているのは発火、威力は二層目のそれよ。目眩ましになると思う」

魔術による発火の威力、人間が使うのは一層目の表面部分が殆どで
二層目といったら種が違ってくる、魔でも眷属の違いで三層に達することもままあるが。

「人間の火ではないありませんね」

かつて盗まれた火種は、極東の此処に至り人類の手に余るようになった。
それが有っても、なかなか信用できない話なのでライダーは肯定も否定もしなかった。

「ところで食事は要る?私が貧血になるほどなら盗まないと」

「・・・それはどういう意味ですか、魔力の豊富さだけならバーサーカーの
マスターとセイバーのマスターの圧勝でしょう───それを否定する貴女が」

「家がないの」

「は?」

「そう単純な話よ。養父に追い出されて、そして借家をセカンドオーナーに強襲されて
追い出されて、行くあてが無い。でも戦わなかったら、あの男は私の令呪を奪いに来るでしょうね」

「何者なのですか養父とは、私が聞き知った所では監視者であるそうですが」

「片手に聖書を持って嘘をつき、片手に剣を持って神の名を騙って殺人行う、ごくごく一般的な聖職者よ。
それより今は路地で眠る以外の方策を考え述べて、私を休ませてくれない?」

「色々大変ですね・・・現世に詳しいわけではないので、衣服は敵地なのでしょうか?
ならば明日の明け方でも良いと思います。それでは私は霊体化して必要なものを調達してきます」

ライダーは傷ついたマスターを休ませる為、寝床を作製する材料を失敬してきた。

帰ってくるとシオンは壁に向かって笑っていた、血が流れすぎたのかちょっと様子がおかしい。
寝床に執拗に誘うシオン。
何を考えているのか少しだけ視線をライダーに向けて、狡猾な女なのは相変わらずだが・・・。

「ライダーはマスターの体が心配じゃないんだ、」

「そんなはず、ないでしょう?」

何故?自分はマスターにまた怒られているのだろうと考える。
理不尽な怒りなのだが、体傾けただけで触れ合うほど近くに詰め寄られて言い続けられていると
自分がとても悪いように思えてしまう。じとーと無言のプレッシャーを受けて折れた。

「私はべつに霊体化していれば迷惑かけないと思うだけでそんな」

「・・・」

「マスター、私が添い寝していますから安心して眠ってください」

「本当?」

無邪気な子どもの瞳が信じられない事にシオンの顔に浮かんでいた、虚はなく裏もない。
思わずライダーは呟き、慌てて今見たことを忘れようとした。

「・・・かわいい。な、なにをいってるのでしょう!?私は、いやだってこれは仕方ない」

仕方のないことなのです、だってこの娘は非常に魔術師らしいのに
あんなにも無垢な笑みを私なんかに魅せて・・・綺麗という言葉を抱いた私に。・・ごくっ。

血を、もう少しだけ、欲しくなって、腕を伸ばして彼女の体を優しく抱いた。

「血を、私に」

「あむ」

ぴちゃぴちゃと傷つけた肌から染み出す血液を舐めた、はじめて人の体温というものを感じつつ
シオンも夢見ごこちでライダーの噛む真似をして、甘いもの舐めるようにゆっくり闇へと落ちていった。








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