●.12

学園にはまだ正確な情報がないのだから、直接出向いて昨日の美綴綾子の足取りを探さなければならない。
家には勿論、立ち寄りそうな生徒の家やお店に聞き込んでみたが何も得られなかった。

夕闇も迫っていて、手掛かりなく夜になってしまうのは失点だと思う。

「最後に残った昨日からの異常のはじまりを見ていって、帰りましょう」

「しかしいいのか、昨日のもう一つの戦場は」

「教会・・・か」

昼間に警告受けた学園よりはグレーだが、今のうちに白黒はっきりさせた方が良いのかもしれない。
始まった聖杯戦争の監督者が、参加者と共謀しているのかどうか。

結局、暮れ始めた道を丘を登ることに決めた。

「覚悟して、手ごわいわよ」

「無論だマスター」

「何か急にあんた生き生きし始めたわね、まさか破滅型の英雄だった?これから戦争の
調停者を消しに行くのかもしれないのに。・・・綺礼みたいな奴でも居て役立ってるのよ」

「・・・君も十分に危険な魔術師ではないか、本気で言ってるのか?」

「さあね。自覚はしてるわ、気にしないでくれる?」

「気にしないでおこう」

素直に尻尾掴ませてくれるものか、もしかしたら罠にはめられるかもしれないのに。

それでも、早急に確かめた方が良いに決まってる。
とても見えなかったが、襲った外れた魔術師が誰なのかイリヤか、間桐・・・違う。違う。

ついた教会は無人だった、探る為部屋を一つ一つ見ていくがこれといって怪しい所はない。
意外なほど清潔で中庭も手入れされ、枯れている植物もなく繁茂しすぎているということもない。

物音もしなければ、ふいに背後にあの背の高い神父が現われるようなこともなかった。

「親友が被害者になってショックか」

「なに突然?」

「終始無言でそう緊張されてはな、やっていること考えればそうなるかもしれないが。不法侵入に
窃盗紛いな過度な調査と教会の侵犯だからな、魔術師には命一つ懸ける価値があることなのか?」

「まだ始まったばかりよ慎重に行くわ、人を殺める戦争してるのよ?単に隙を作らないようにしてるだけ。
相手を見極めて戦って勝利して、平穏を壊した相手には相応の処罰をうけてもらうわ・・・その一人目が
ここにまだ潜んでいるかもしれない。油断しないで」

「それでいい。魔術師らしくて私も安心できる・・・本当に」

ここの地下から酷い悲鳴が聞こえる、もちろんそれは死を超えた英霊だから分かる事などではない。
まだ凛には話せないし、これからもそんな機会は訪れない方がいいと考える。

キリツグが存在するなら、そちらの方が危険度が高いし何より・・・秘密探す意味などない。
地下に入ってまで冒す危険より言峰の二人とも、行方が気になる。
今はいないが帰ってきてしまったら追求と対決・敵対は覚悟済みのマスターには悪いだろうが分が悪い。
・・・帰宅を促しておくか。

「ここが、士陰の部屋みたいね・・・なにもないわね」

一見家具も少ない白い部屋がシオンの部屋だと分かったのは、一つの綺麗なベッドがごく最近まで
使われている事を示しているからだけだった。
入り口に立って、アーチャーも開きかけていた口を閉じて注意深く調べる。

まるで地下室のように感じるのは窓がないからだろう、家具には何も残されていなかった。
衣服も小物も持って出て行ったのか、他に何かないかと調べると壁を塗りなおした痕跡を見つけた。

「外で待って、いぇ、来てくれる・・注意はしててよ」

「なにか見つけたのか」

「ええ、ここ・・・随分古いけど下に何かあるわ、微量だけど気配が違うのよ。
アーチャー、手伝いなさい。慎重に削って」

言われて壁を、宝具でない刃物、投影した果物ナイフで削る。
白の下にがりがりと削り取った後に表れる色は、黒い焼け跡らしき箇所と紅い色。
元の壁に筆で絵の具塗りたくったような・・・所々の隙間が意味するのは何か?

「これ文字に見えない?文字・・・血液、なんてこと・・・・綺礼!」

シオンの手は魔呪だ、魔術ではなく・・・回路も無理矢理表に出しているに過ぎない。
爪で灯す魔の火を見た時にもっと深く考えていれば、凛の持つ知識からだって理論上は
理解できた。残忍な方法だがシオンと同じような魔術の行使を知っていた。

だから・・・それがどうだと、綺礼のなぶり者となっていたからと言って。
何が共犯!企みはただあいつ、言峰綺礼が十年も前からもじっと準備していた。
そのレールにシオンが乗っているだけに過ぎない、止めなければ・・・。

「怒っているのか凛、言峰の娘がこんな状態であったのは昔の事だ。会う前の話だ」

アーチャーはそう言うが、彼は知らない。

同情なんて安っぽいものでは説明つかないだろう、同じ年齢で同じ土地で同じ魔術師と見ていた娘。
彼女が教会にいる時間は、綺礼に苦しめられ魔術の道具とされていると思っていた。だから償いなどでは
なく胸の痛みがなくなるように、没頭して魔術磨いてプライベートの時間を潰した。
同じ学園に進み直接会えるようになってからは、静かに観察して人形扱いを改め、ライバルかもしれない
と考えるようになっていた。

見ていた。同じ教室にはならなかったので話をしたりはしなかった、どんな感情を持っていたのか私は口
に出来ない、他人にのめり込むほど興味持たなかったのだから。
なんと言われれば肯定し得ただろうか、この感情は。
愛といわれれば肯定しただろうか。
恋といわれれば肯定しただろうか。

だから、魔術師として敵対してきたあの時はその思いの終わりだった。

最初出会ったあの時は、まだ引き取られて一ヶ月も経っていなかった筈、そこで私は士陰を見捨てたにも
関わらず自分にできることなどない、無力だと決めてしまった。

「何か、何か綺礼を徹底的に倒せる口実がいるのに。私は何も知らない・・・士陰のことを知らない。
イリヤが着てしまう前に帰らないと駄目なのに」

「今度は言峰の娘に肩入れか、間桐の娘、アインツベルンの娘・・・聖杯戦争に臨む魔術師だ。
それぞれに事情があって当然だろう、いつまでも振り回されているつもりか?」

「・・・そうね」

血を静めて戦う相手を決める時がきていた。

さっき通った中庭は非常に好感持てていたのに、今は見向きもしない、一刻も早くここから出ないと。
白い嘘で塗り固めた赤い部屋、シオンの生活があったところから出ても追いかけてくる鉄錆びのにおい。
教会から出て、裏手へ、ちょうど柳洞寺がある山に太陽が半分浸かっていた。

涼しい場所なら、きっと沸騰している感情を殺しきってしまうと考えていたが先客が居た。

「いたの?」

「さっきまで客の相手していた、お前は何故ここに来たのだ?
協定違反と分かって来たのか、無駄だシオンの過去なら既に消してある」

「削って見たわ、あんたの小細工を、本当に匿ってない?」

「聖杯が必要になったのかね?雑でとても遠坂当主らしくないな、死人がでたのか?報告は着てないが」

「行方不明よ、あんたの悪女も学園に来てなかったけど?」

「ふむそうか・・・どうやら買い被っていたようだ、つまらんな。
それにしても幾分似合わない遣り方だが、似てるとでも思ったか?拘わるなら見逃すとしよう」

「どういう意味!?シオンに何を仕込んだと言うの」

「期待していたのだよ、娘が私に聖杯をもたらすと」

こいつと禅問答していても何も得るものが無い、シオンのことも、イリヤのことも
山積している問題の山を切り崩すにはこいつを後回しにするしかないのだ。不愉快な事に。

「・・・」

「問題などなかろう、まだ何かあるのか?」

「今は、ないわ。急いでいるから」

気分は最悪になった、イリヤ現れるだろう時間まで間もない帰宅を選ぶ。

「聖杯戦争中に客か?」

「遠方から、アインツベルンが来てくれるから」

「間桐ではないのか?あの娘はお前の所にいるのだろう、それでか」

「何を勘違いしてるか知らないけど、エミヤと一緒に居るわ」

「・・・・・そぅ、か。ふむ、ふ・っ、ふふふ・・・・・継続とはな」

「時間ないから帰るわ、じゃあね次会うときは聖杯を貰うから」




■ ■ ■



記憶するのは名前と力のみ、友人となった誰か、死を見取った誰かを思い出すことはない。
世界との契約時に、簡単に印を押してしまったのか。
・・・それさえ記憶には無い。

それにしても実に奇怪な世界だ、せいぎのみかたは生存し継承者居ず
ぽっかりと過去の自分だけがいない。誰もがそれを当然として受け入れている。

「存在・・・していなかった、士郎などいない?」

凛に聞かれてもたぶん知らない相手と言われるのだ、滑稽な心配をせずには済むが
一方で記憶が完全に戻ったのかなど詰問されるだろうから、どう行動するのかの考え事はひとりでに限る。

「アーチャー、来なさい」

「なんだね人使いの荒いマスター、イリヤはまだ来ていないが罠でも作戦でも立てるのか」

机に用意された紅茶に手もつけずにいた、凛は中々来ないアインツベルンに
痺れを切らしてアーチャーをやつ当たり対象として呼んだ、と言うところか。

小馬鹿にしてやると据わった目でいじめっ子になる、しかしフンッと笑い返されただけだった。

「なによ、人聞きの悪い。それに今日はもう来ないでしょうね」

「何故だ?」

「アインツベルンにセイバーよ、聖杯戦争に臨もうとするなら
知るのも嫌な悪夢のような組み合わせよね。その情報。それが流れた、というより知った
他のマスターのすることは一緒・・・今日は休みましょう。私はロジックで動くことにする」

「それが今日休む理由か、残念だマスターは小心者だとは思わなかった」

「違うわよ、いい?私はいま数多くの抱えなくていい負債を背負ってるの。
あなたに言われるまでもないわ、間桐桜への過剰な保護してしまってる・・・」

昨日、今日とわざわざ目立つ行動をとって、街からマスターを燻りだしているイリヤスフィール。
連続戦でも途切れる事無い魔力は脅威だし、セイバーの攻撃力は当たれば致命傷を受けるだろう。

しかし仕留め損なうのは何故か、宝具の不使用と余裕持ったゆえに勝利への最短路をとらないことにある。
結果的に朝になってしまう、時間が足りなくなって、撤退していく羽目になるのだ。

セイバーという戦力の運用法をイリヤは単純に考えすぎている。

キリツグがそれを止めないのは疑問があるが、アインツベルンに雇われた者が主人に指図はまずい。
前回、聖杯を手に出来なかったキリツグの立場は弱いのかもしれない。

「浅はかな、なにを」

「えっ、アーチ、ァッ?!な、うわっ」

凛の座っていたソファーの破片が木っ端微塵になる。
屋敷へどころか、部屋に既に侵入を許していた?慌てて、助けたサーヴァントに背中を預ける。

けれども気配はつかめず、アサシンだとしたら強敵だ。

「今のは狙撃だな、サーヴァントも近くはいなかったから油断したな」

「魔術師の砦を舐めた真似してくれるわね、エミヤ・・・腕がたつわ。さすが経験者」

「誉めてる場合か、イリヤの代理人に挨拶を返さなければ失礼だろうマスター」

「私のアーチャーに対してこれは侮辱的な攻撃だから逃がせないわね。
文句のひとつも言わないと、不本意でしょうけど、あの魔術師殺しを射なさいとは
言わないわよ。アーチャー、イリヤの罠かもしれないけど表に出るわ」








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