●.13

なるほど利口なお嬢さんだ、英霊と相対させて実力を測るのは定石だろう。
完全に人の規格から外れ、その上に格をつけた相手に秘術なしで立ち向かうのは苦しい。
先回マスター殺しの名を欲しいままにしたからこそ、絶対にしなかった愚行。

その愚行を行っているとは、死が怖くなくなったのか、それとも呪いが恐怖を封じてくれているのか。
・・・今セイバーはイリヤと共にいるのだ、命さえ落としかねない。相手が若いと言えども。

「逃げるとしますかね。外されて尚アーチャーに挑むのは間違ってるしね?
寒い中ターゲットが狙えるまで長かったしイリヤにも黙ってきてたんだけど、まずいかな」

大きな銃身、とても人には扱えない巨大なそれを持ち上げて鉄塔から飛び降りる男。
このあたりの地理を少しでも調べたのなら、住宅地そして遠坂邸内部を狙えるポイントは常識では存在しない。

「悠々と帰りたかったんだけど仕方ない」

幾つめかの角曲がる時、人目を気にしすぎたのか、相手が早すぎたのか俊敏な動きで呪いを避けた。
勿論、背負っていた銃は落として、壁を背に攻撃された方向を睨む。

「そう簡単に帰させると思う?イリヤは何処、また足止め受けてるのかしら。
約束を守れない娘を上司に持って大変なのは同情するけどね、なによアーチャー?」

「この相手に余裕はないぞ」

「そうだとも深追いは良くない、サーヴァントも連れていないけれど何せ相手が僕なんだから」

懐から二丁すばやく出して向けた。負けじと凛もガントをいつでも撃てるようにして
堂々と、自信の表れか相手を非難することなく戦闘開始を宣言する。

「覚悟して」

「行くぞ凛」

しかし戦闘は魔術使いと魔術師、実践と実験の差が現われ、経験の差は雲泥だ。
それは英霊がフォローしてくれるだろうが、反撃になる凛がそれでも精神的に五分といったところか。

「あーっ、こらぁっ。待ちなさいよっ」

「はっ。はぁぁっ、うわ。二人がかりかい?
アーチャーにスナイプしたんだ、その蛮勇に免じて手加減してくれないかな。可愛いマスターさん」

「ふざけてっ、馬鹿にしてっ」

一部では有名なオートと呼ばれる魔術でさえないソレを、年端も行かない相手に
使わなければならないなんてね、キリツグは2丁の銃を取り出して二人分の攻撃を迎撃した。

戦いを仕掛けたのは二人が早いが二人分を迎撃する衛宮切嗣。
放つ無数の銃弾はひとつも逃すことなく空中で落される、届きそうにもならない。まるで壁だ。

マスターの攻撃に参加したのは、相手があまりもの脅威だからだ。
人は人となどと甘い事言うマスターの文句も無視して、用心して距離をとって弓を射る。

「そういうことか。凛これは魔術で行っているものではない精緻な技だ人間離れしてはいるが
外れてはいない。だが念のため私がとどめを」

何一つ無駄にならない動作は機械の精確さ、未来を予測しているのではない。
自分の戦い方の効率を極限にまで高めているだけ、単純だからこそ極致にあるのだ。
二千三千と繰り返しを続け、魔術と合わせて錬金術師のように。

「討つ!」

「やばいね、それっ・・ととと、うん順調」

「今の?当たったわよね?」

「ああ、確実に足を貫いた。・・・・何か変だ。
厄介な相手には違いない。ここまでとは私も思わなかったが強化ではないが何か体に、う・・」

「あーあ見せるつもりなかったのに、見たね?この身体、生身じゃないんだ」

アーチャーの放った三本の矢の一本を脚に受けても、平然と精密な戦闘を続け距離を相手に取らせた。
傷跡からは白い硬質感あるものが見えた。

魔術使いという名の片鱗も見せていないのに、魔術師殺しである理由はまざまざと見せ白状さえしてくれる。
イリヤという最強魔術師と、最優のセイバーも用意しているのにアインツベルンは何と用心深く慎重なのか。

「・・・まったくどういうことだ、魔術使い?そこまで生き汚いとは思わなかったぞ」

「イリヤは良い魔術師で、僕は正反対にいる立場というわけさ。だから文句は今のうちに」

「独断専行で暗殺ですって、アインツベルン!?それじゃ中立と監視の教会が
吸血鬼を飼っていたり、聖杯を手に入れたりするのと同じことでしょう。アーチャーヤッチャッテイイワヨ」

凛がナナメの視線で味方である筈のサーヴァントにも敵意をもって命令する。

召還未遂まがいや、学校で襲われ逃げ、身内や一般人への被害、そして神父に馬鹿にされたのが
決定的に堪忍袋の尾を切っていて、ランサー以来存分に戦える相手が現われたのだから
溜めたストレス発散のために、昨日から今日に、よくぞ溜めてきたと自画自賛する怒りが吐き出される。

「こ、こわいねぇー。女性は」

「了解した」

三から六へ、と数を増やすと共に威力も上げた矢が襲う。

「と、た、たたっと。この程度かい?奥の手があるんだろうアーチャー。
もしかして当てる自信ないのかな?宝具を使わないのなら簡単に逃げてしまえるんで助かるんだけど」

「何を企んでいる・・・」

「僕は逃げたい、生け捕りに出来るはずが無い。なら使うしかない」

「マスター!情報さえ得れればどうなったってかまわんか?間桐や藤村の娘には
今までだって隠して通してきた、秘密が一つや二つ増えたってどうと言うことはないだろう?」

「待ちなさい!忘れないでアーチャー、命呪を消費してまで願ったでしょ!
私は私の戦いをやめない、継続させるから!だから言うわ、敵を打倒しなさい!」

「・・・」

「了解した」

アーチャーが接近して両手で切りつける、銃弾を弾いて・・・キリツグはアーチャーが前回と同様に
トリッキーな相手だと理解する。一撃。そして押す、押して潰す。

「アーチャーは相変わらずの反則カードというわけ、だ」

「おまえこそ、マスターでもないのに。
聖杯戦争に未練を、残している亡霊だろうにっ、はっ、や、あ、ふっ」

非常識な中距離の射撃から、近距離の格闘と援護になり形成は傾いたように見えた。
だが、どうだろう。アーチャーの武器が力とスピード劣る人もどきの体を切り裂くことはない。

奇妙な感覚を味わいつづけることになる、このままでいいはずない。魔術を使われているのか。
焦燥が顔に出ないように。

「さて」

「くっ」

咄嗟に逃げの態勢に入ってしまった、すかさず蹴り飛ばすエミヤ。

「アーチャー、援護するから」

信じられない結果に一瞬でも恐怖を感じてしまい、動揺を隠し消し去るように連射されるガント。

「ふふふふふ驚いたろ」

魔法なのか、そうでないのか如何でなくて───────────
この胸に灯る感情を消し去って、決めた。
殺そう。
桜にはいつか話すから、だからこの規格外の人である敵を私の魔術で打倒(コロ)させてください。とうさん。

「ああ驚いた。貴様辻褄合わせをしているな、対処法はあるが・・・凛?」

「打倒できるというのね理解したのね。
いいわ、私が命じる」

「・・・そうかそうか決めたのだな?」

「く、くくく似合うねぇ悪い笑み。僕はね好きだよまだまだ子供の君が」

「誰がっ」

乱撃で滅茶苦茶に切嗣を追いかけて自身も走った。

「放って!」

ダンッと砲撃のようなまるで射撃に相応しくない力強い連射に、二撃目、三撃目と
エミヤに追いつき縋り始めた。もはや人間とは呼ぶこと出来ない切嗣には凛の攻撃
は掠ろうが当たろうが傷は小さい。

「馬鹿にして」

「数で勝ち目は、っと危ないね。踏み込めないじゃないか逃げも出来ないし
さすがに屋敷までは深入りだったか・・・君殺し損ねて追跡までされるなんて」

「チェックメイトだエミヤ」

「子供に罠は必要ないって思っていたんだが深追いもさせてくれないのか」

「子供扱いして不意を襲うなんて狡猾すぎるじゃない。
深追いは確かに良くないわ、だって私を怒らせているんだもの」

ガントはさらに過激に、濃密に。
破壊は止まらない。
路地も、夜も、浮かぶ月も壊し尽くすように。相手だけでなく自分さえも殺し尽くすように。

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十年ほども前に、ひとつの出会いをして初恋を体験した少女がいた。
相手の男性はふらりと出かけては不意に帰ってきて土産話を聞かせてくれた、別離の期間もあったけど
ついこの間までは人柄と性格を良く知っている筈だと思っていた。
やさしい人だといつも感じていた、でも決して私を叱ってくれなかったのは優しさだったのだろうか。

ぼぉっと天井が見えている、何もかもよく分からない、しばらく夢見心地でいたが・・・
目を開いていると自覚すると昨日のことが色々と思い出されてきた。
小娘が来て騒がしくなって姦しくしてくれて、久しぶりに桜ちゃんが切れて。えっと。

「・・・ああ、そうだっけ桜ちゃんに。ん・・んん、まだ眠い感じ・・・。
普段は礼儀正しくて良い子なのに、人には欠点の一つや二つあるわよねー。
それにしても頭痛が、飲まなかったから、寝すぎたのかも・・・・あれ?誰もいないのかな変だな」

二日前からどうも体の調子が狂ってる、ここまでのは生まれて初めてだ。
だから大遅刻を覚悟していたのだ、けれども今は衛宮邸に桜も居てくれるし、何より主がいる。
キリツグさんのことだから自分と同じようにネボスケとか・・・?

「まぁ〜ずいぃーなぁ〜」

慌てて居間に入り、柱時計を確認すると、一時間も早くて損をした気分になった。

体内時計、俗に腹時計と実に可愛い妹が言うそれは正確に動いているようなので
もうすぐ朝ご飯を作りにくるはずだ。しかし、あの二人は何処へ行ったんだろうか。散歩かな。

少し早く起きすぎた、いつもなら桜の後姿を見ながら花嫁修業だのおませさんだの
言っては反応を楽しむ日課なのだが・・・時々きつい反撃を貰うことがある。昨日のように。

「あ、れ・・電話した憶えないんだけど」

時間帯からいってテレビも見る番組なく暇なので、留守電の確認でもとみると受話器が外れていた。

「前使ったのっていつだっけ?」

なにかの拍子に外れたにしてはおかしく、そのままにしていくほど慌てても
よく気が付く、というか細かい桜がいるのだし・・・・私が使ったのはいつか思い出せない。
じゃあ一週間以上前か、でもやはり憶えがない。

どうしてこんなに気になるんだろ・・・・

手に受話器持って、どれだけ前に忘れたか、体の記憶に頼ってのみ考えたが・・・どうしても分からない。
履歴表示をディスプレイに出すと時間と番号とマトウサクラとあったが、途端に視線が定まらなくなる。
・・・暗示が効いていた。

「んっ、あーもう」

頭が重くなり視界と思考にもやがかったのを、体調のせいと思い諦めた。
そこからは切り替え早い大河、ちっとも来ない朝ごはんの友とか母を捜す旅に出た。
母とは桜をいい、友とは衛宮切嗣さんのことで、ついでに生意気・・・白い小娘。

「どこ行ったんだろ昨日はたしか」

居間からひとつひとつ探して、離れまで着たがいない。
庭に顔を出して、玄関へ、誰もいなかったが。

「む」

何故か半開きのままの戸、外へ出てみると地面に黒い染みが庭へと続いていた。








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