●.16


美綴綾子が目を覚ますと、いつもと違う布団に畳に戸惑った。和室だった。
あたりを観察したが何故ここにいるのか理解できなかった。
まずここが何処か知ろうと立ち上がろうとしたが、体に力が入らなかったので這っていき襖を開ける。
・・・・柳洞寺?
何度か訪れたことがあって綾子の知る限り山林の中にある日本家屋は会長の自宅しか知らない。
山を上ってくる風が朝の寒さを一層感じさせた。
でもやはりわからない。

「いったい誰が、生徒会長か?でもどうして私ここにいるんだ・・・あ・・生徒会長、葛木先生!?」

「起きたか」

「食欲はあるなら食べるがいい。置いておく粥だ、他に何か欲しいものあれば寺とはいえ
多少融通はきく欲しいものあるなら用意するが・・・ちなみに作ったのは俺ではないからな」

「まだ休んでいるといい」

「ではな」

「待ってください!聞きたいことが、私どうしてここに居るんですか!?」

「あとは私が見ていますから任せてくださいますか」

まだ質問があるのに入ってきた二人の男性が退室していこうとすると、一人この場に似つかわしく
ない女の人が現れる。不思議に思いながら話しかけられて、綾子がここにいる経緯を話された。

「ここまでは宗一郎さまが運んで来られたの、身体に異常はない──────かしらね。
あなた昨日倒れたのよ、それで私が提案したの。
距離的には近くはなかったけれど、まだあなたが保護したほうが良いって」

「記憶にないから・・・わたし」

「思い出さないほうが良いわ、そんなこと。信じられないじゃなく信じないといけないでしょう」

「家族に連絡して・・・・は、はい信じます」

「それでいいの、思い出さなくて。ちょうど家族はいない、今は冬木に頼る人はここしかないでしょう」

「でも・・ぅ・いいんですか先生?それと柳洞の方も。
・・・私が私の家族が私の心配をしないから、わたしはここにいたいです」

そうだった。
わたしの家族は遠くの何処か知らない場所にわからない理由で行っている、一人暮らしでいたのは誰も知らない。
昨日の夜、日常が途切れてからは美綴綾子はこの女の言葉を疑ったりはできない。
その綺麗な顔に浮かぶ微笑に焦燥感強くなる、悪い予感に襲われていた一刻も早く外へ出たい。そう思っても
直感が一瞬であやふやにされて頷くしかなくなる。

「それであとであなたを紹介したいのよ、あなたをきっと気に入るわ」

そう言われ、流される私。

「私から言っておく幸いここは療養するには向いている場所だ。二日もすればよくなるだろう。
彼女を頼るといい。以前保険医として他の学校にいたそうだ、今は学園にも時々行っている」

「そう・・ですか、じゃあこれからよく会うことになったかも・・・・・・・・しれないですね。
弓道部にいたので。・・・あ。桜っていう後輩を面倒見てあげてください、危なっかしい後輩なので
藤村先生じゃ二重に不安になりますので」

「ふふ心配なのね。いいわよ」

誘拐されそうになっていた、薬で眠らされた、混乱していると言われた。
そうかもしれない、私はたまたま新都に用がないのに行こうとしたし、桜が先生と一緒に・・・わからない。
何か大変なことがあった気がする。

いつも会っている教師の葛木先生の口から言われたので、事実なんだろう。
でも信じられないのは、綺麗な女の人が隣りに居てまるで変わりない様子で婚約者だと紹介されたからか。

「大丈夫かしらまだ寝ていたほうがいいわよ」

嘘をつくようには見えない笑顔で引き止められので私は厚かましくも新婚状態の二人の邪魔になる。
一時のつもりで脚を縫いとめられた。
もう動けない。















日ごと誰かが登校しなくなっていく学園、風邪だとか理由は耳にするけれど誰もがなにかおかしい。
そう肌で感じている。
街で多発する事故・事件があると頭に思い浮かんではいるが、ここが現場になる可能性には普通至らない。
既にテリトリーはライダーからキャスターに移って容易には踏み込めないはず、賢明であれば。

戦場・・・その地獄を意図せず避けるのは、葛木宗一郎のような『何も持たない』異端のマスターだけか。

「では行って来る」

「はいお気をつけて」

自分の拠点を構築しているし、昨日魔術師を追い出した時期からも考えて安全だろう。
何処かで再会しても対策が手の内にある。
最弱といわれているが最重要拠点と続けざまに最強と最速・・・あとの二体も退けている。
まだ、確認していない敵がいるものの準備は怠りない自信があった。

その自信が崩れたのは聖杯の準備と、日課の陣地強化をして綾子に食事を作りかけた時・・・
マスターとのつながりが切れた。

あ・・・嘘、なんて!なんでわたしは分かっているのにこんな悲しい喪失感を持つのだろう?
不幸など幸せを感じなければなれないものなのに。
また、考えては駄目だ。
まだ聖杯がある。
私は必ず手にする、願いは・・・・ある。

「また・・うっ・・・まずいわ、ああ」

前回と違いイレギュラーな契約の今回は急速に単独行動に制限が課されていく、力が消えていく。
早く私につなげないと、その為に媒介も用意していた・・・。
食事の用意はそのままに走ってある部屋へ。
美綴綾子がいる部屋へ。
もしかしたら、現世とのつながりが切れて美綴にかけた暗示が解けかかっているかもしれない。

「あの。あ、あれ?・・わたし家族」

「そう解けたのね?アヤコ来なさい」

「な、なにを」

「時間ないのよっ!竜牙兵で運ばせるなんて演出をお望みではないでしょ、私のかわいいMaster」

睨んで魔眼発動させた何とか彼女の足だけ意志をもぎ取る。
寺を出て門前をちらと見て、そのまま走っていった呼び出したアサシンが消えていた・・・本当にもう時間はない。
躊躇無く池に脚を入れた。

「どうなってるのっやめてっこれ・・わたしを!やめっあああっ」

自分の意志など関係なしに進む脚に恐怖して叫ぶ。
夜からの記憶がよみがえる、あの闇に沈んだ学園に居たのは黒い女だったが今目の前にいるのは違う。
違うのに同じだと分かってる。
人の形をしている化け物、根本的な力の違いがある霊長類たる人間と彼らとは上位と下位であると。

ぐっしょり水含んだ衣服、まるで入水自殺の二人の目の前には得体の知れない黒い穴が空中にあった。

「着いた。さぁ契約として呼んで私の名前とあなたの名前を。
ここなら、あの世とこの世の境目のここなら何とかなる。愛しいあの人と会うために言って」

「死ぬ?死ぬの、わたし・・」

「そうよ。悪魔との契約よ逃がしやない」

嘘だ。
でも本当だ、私が殺してしまうわ八つ当たりでね。あの人を奪ったのが学園の関係者でなくてもね。
恐怖しているあなたに狂う私を止める術を教えてあげてるのだから、望むものをよこしなさい。

「メディアと美綴綾子は契約をするっだから殺さないで、あ・・ぁぁ」

泣き出してしまう綾子。
その手には淡い光、キャスターが作った令呪があった。












「やっと一人殺せたわキャスターもこれで終わりね。アーチャーどう?
頼りがいあって仕えがいある魔術師でしょ私、こんな下らない行為でも立派に見えたかしら?」

「言峰士陰ほどではないが、自分を裏切って悦ぶとはマスターにもそのような癖があるのだな。
これは本位ではなかった、間違っているか?
脱落者とはいえ魔術師ではなかったがな。良いだろう、まだ先は遠い。
私が戦う機会は減りはしない」

足元には倒れている葛木教諭。
パッと見て傷見当たらず暖かい体だが死んでいた、そしてそれを行ったのは彼女以外にいない。
魔術師が毒盛ってそのマスター殺すことぐらい凄くも無い、どうってことない些細な油断だ。

あるがまま純粋に生きてきた遠坂凛の現実は綺麗で、昨日受けた奇襲に躊躇を捨てさせられた。
確かに怒っていたのは私で、致命傷を与えたのが己のサーヴァントだとしても・・・・あの時ほど
心乱れたことはない、今は平静にみえる弓兵が激昂して衛宮切嗣を殺し過ぎていた。

「人が消えたら目立つぞ今の冬木では特に」

「細工は柳洞寺に行って細工すればいい。なんならここで燃やせばいいし・・・時間は際どいけどね。
キャスターの結界もあるし最善はこうすることね、誰か来ないか見張ってて」

奇襲を堂々と迎え撃った葛木に卑劣とも言える殺害方法を採った。
魔術で結界を張って人払いし、装飾剣をおとりに本命のペンに仕込んだ一突きで致死量の毒で殺した。
キャスターも間に合わず、死体は魔術の火に塵と化して後には何も残らない。
でも手傷は受けた。
あのタイミングで反撃される事は予想していなかったから何本か骨がやられた。
腕も裂傷が酷い・・・しかしこれは違う人物、生徒会長への接触で受けたものだった。キャスターの
小細工に引っかかるなんて私思っていたより馬鹿だったみたい・・・くやしい。

「柳洞寺くん殺しちゃうなんて思わなかったな、嫌いじゃなかったのになあ」

弓兵がここにいたのなら凛泣いているのか、と問うて慰めもしただろうがそんなの望んではいけない。
それにしても、本当上手く日常に溶け込んでいた。
この殺人機械と呼ぶべき男。
教会などの暗殺者だったのだろうか?馬鹿な感想を一般人である教師に感想持ったが
望まずかは知らないが聖杯戦争に参加したのなら、本来教師とは違った道を歩いてもいたのだろう。

それを私は、学園を喧騒に巻き込んで優雅でなく綺麗でもない殺人者として手を下した。
そんな戦いを嫌っていた。

間桐慎二は妹の桜を大切にしなかった、魔術師の家系で別の血持つなら全て始まる前から分かっていたこと。
見逃すべきだった。

例えどんな扱いを受けたとしても、姉は妹に何一つすべきでない。
助けてはいけない、その瞳に桜を映したり、そしてまた桜と呼んではいけなかった。
それほど切り捨てていたのなら衛宮切嗣の方が家族として相応しかった、私のつまらない感情なんて無価値であれば良かった。

冷静に考えてみると今回の聖杯戦争に限らず、これまでの参加者が本当に次に何も考えなく生死をかけに来たのだろうか。
60年という人の寿命を当てはめたような周期、ただ一度きり一回目で終わる予定だったのだ。
続くと誰が考えよう。
二回、三回、と積み重ねてしまった、だからこそ異質な儀式と化してしまっているのだ。

それとともに聖杯戦争で一番有利な参加者とはどんな存在か考えてみる必要があるだろう、それははじめた三家のうち
聖杯を用意するアインツベルンだろうか。魔術も本筋によって極めていて反則も厭わない。
英霊もセイバーを二度続けて召喚できる格の高さ、冬木に有利な領地に陣地持てていない弱点と機会主義であるのに
失敗してしまう根本のミスはあるがそれは遠坂も似ている、でも雇い魔術師で補った前回は惜しかったはずだ。

それとも冬木の土地において闇の知識を極め、血臭が漂わせる外道間桐なのだろうか。
印の魔術を令呪に使用した技術の鬼、しかし利用する力を失って刻印と回路さえ保持できなかった。
いまはただ朽ちるに任せた化け物が腐臭漂わせるのみに過ぎないと聞く。

では遠坂家は何を求めて要らないとはいえ血筋を一人渡したのか、その不可解さが今回は顕在化している。
遠坂の今代当主にいたっては目的が手段になり自分以外は何も求めぬ異様さだ。


「最後は間桐にするわ。あの魔術師たろうとした父さんが何を考えていたのか見極めるためよ。
相手がどうとかじゃないわ、魔法使いになれなかった人だから気にしても仕方ないと言わないでよアーチャー」

「まあいいだろう教会の娘はどうしているか知っているか?」

「え?調べてないけどなにか気になることでもあったの。
間桐桜からは何も言ってきてないはずだし、グルになってる可能性もないとは言い切れないけど・・・。
アインツベルンが動いてるなら私も知りたいけど・・・知らせてくれないわ」

「そうか・・・いやあれから動きがないのでね、気にするほどでもない」


ずっと信念は変えていないと遠坂凛は思う、でも今ようやく魔術師になれたのだと自覚もしていた。
家族から手離れて生きてきたが私は無意識に絆を求めていた、赤子が母親を求めるように自然なことかも
しれないが、それがその相手に余分なモノだと言われて・・・特に心に影落とす二人に思いもかけず言われて気がつけた。
だから私は魔術師だ。

土地を提供し魔法使いの分家、オーナーの地位にあるとはいえ飾り程度に過ぎない。どうしてせせこましく出てくる
教会との折衝など雑務を任されたのか、他の二家との扱いの差はなんだ。
軽く見られているのか?力はアインツベルンに及ばず陣地にこもる間桐には知識に及ばない、唯一の長所は魔術師には
珍しい戦いへの姿勢と経験だ。そこで学んだ振る舞い方と宝石を用いる事が今を保つ。








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