●.2

お世辞にも事前連絡あったとは言えない状態のまま、その屋敷は引き渡されたようだった。
それでも料理できることと、寝床として使えるのならそれで十分だと思い見て回る。


「しかしこれはまったく落ち着かないな。あとで、全て庭に集めて焼却しよう」


一つの部屋だけなら兎も角、何処を向いても縞々がついてきて、やっと見つけた自室に
相応しい場所は庭の片隅にぽつんと建っていた倉だった。
掃除もしていないのだろう、荒れ果てていたし、とてもとても暗かった。


「ここなら落ち着く・・・なんだこれは」


静寂感に包まれる場所は礼拝堂にも通じていて心地よかった。
暗闇を歩くため、魔の炎を指に灯し目を強化しているとそれを発見した。
この家に立ち入ってから自分の領域ではないと感じていたが、ここは一種の工房だ・・・。


「他の魔術師の住居だったなら納得できるじゃないか。この作りかけの式、完成に時間割くのは勿体無くはない」


恋する相手に惹かれたように指でなぞり、一心不乱に埃を取り除いていると突然背後を何者かに取られた。
直後日本に居るはずの無い獣の絶叫が聞こえた。


「とおりやぁーードロボめーー」


後にも先にもこんな不覚をとらないだろう、一瞬で後悔したほどの間抜けな顔で見たのは
まさしくこの虎屋敷の権化、がぁーっと幻背負って立つ。
焼却などと考えたのが悪かったのだろうか?繰り出された鋭い爪は肉を易々と切り裂く、
凶器は自らの肉体で自在の変化が可能、ならば避けられる筈が無い。


「わぁぁぁぁっ」

「逃がすか」

「虎がどうして?悪霊?」

「虎と呼ぶなぁー」


床に強引に転がり避ける事が出来たが、理解できない恐怖が頭から離れない。
その状況において、士陰は情けなくも悲鳴あげ再び振り上げられた竹刀から逃れ足の踏み
場も確認しないまま倉の奥へと走り、途中で何かに躓き倒れその上にガラクタが降ってき
て埋もれた。魔術も使うことを忘れ、屋敷に住み着いた不気味なほどの虎マニアの怨霊の
出現に敗れ去った。


「勝利!」


竹刀掲げてビクトリーとポーズ取る藤村大河、戦果確認されるまで
周りに聖少女と言われ続けた言峰士陰は哀れな姿で気絶してしまっていた。
余りにも長い髪、それが解けて埃っぽいここで溢れて濁流と化していた。



■ ■ ■



「さっきはごめんね」

「いえ仕方ないですよ私も興味半分で入ってしまって、それより何か作ります」

「え?そうか士陰ちゃんは孤児院じゃお姉さんだもんねー、うん頂こうかな」

汚れた髪は白い三角巾でとめ、調理道具を取り出す。

「はい」

「本当にごめん、ここはねー私の別室みたいに使ってるからまさか誰か来ると
思ってなかった。それに滅多に帰ってこないけど衛宮切嗣さんっていう、私と
は別に本当の家主さんがいるの」

「なんて言いました、衛宮って、言いました?」


猛獣が住みついている上に、ここがあの正義の味方が居たところなんて衝撃的で思わず
聞き返した。アインツベルンを裏切ったのなら何処か縁の無い土地にいるのかと思うだ
ろう。それが聖杯の土地、冬木の町に残っているなんて・・・リスクは大きい、だから
二度と足を踏み入れないのだと考えていた。魔術師としての家を持ってしまうなんて、
ずっと考えたことも無かった。ああそうか、綺礼は知っていたからこそ私の自由を奪い
人形にしたんだ。そして聖杯戦争が再び起こった今、解き放っんたんだ。


「表札はもう外してあったのかな、うちの気の利くやつがしてくれたとは思うけど
私の持ち物に手をつけなかったのは誉めてあげないと、・・・で士陰ちゃん?」

「広いですから私の部屋以外は使いたいならどうぞ、衛宮さんとはどんな人なんです?」


虎とかはホントどうでもいい。
奴は監督者権限を拡大解釈して、私をここに住まわせたのだ。
最初はあの教会から私を離したい何かあると疑ったが、放り出す先がここなら
意外と素直に何かを期待しているようだ。


「切嗣ってあなたからしたら、おじさんの。別に会う必要ないけどね。
わぁ結構いいにおい」

「できました、どうぞ」


出来うるだけ恩を売って、この居座り居住者から情報を取り出すことにしたが・・・
どうでも良い話ばかりで。


「初めて会ったのはね私がまだあなた位の、そうそういつもそこの縁側で」

「はぁ」

「これ美味しいねーやっぱり洋食でも上手な人が作ると、私は大の和食好きではあるんだけど。
これはまた、これはこれでイけるわー。ビール一本持ってきてくれない?」

「合うとは思えませんが・・・口に合いましたか、そうですかありがとうございます。
それで最後はいつ頃何処へ行くと言ってました?」

「ヨーロッパかな、知り合いに会いに行くようなこと珍しく言ってたから。
いつ帰ってくるのかな・・・それは聞いてないんだけど、いつもはもう帰ってくる時期なのよ」


私は確信を得ていた、彼はきっと聖杯戦争に参戦するため帰ってくると
そこで私は彼に相対してこの十年の思いを伝えれる、その喜びに笑みを浮かべた。


「え、うん・・・いま笑ったよね?」


何か感づかれたか、目線あわさないように軽く会釈して私は部屋を出る。


「気のせいじゃないですか、私そろそろ祈りの時間ですので」

「へーそうなんだ、将来はシスターって進路だったよね。
坊主の柳洞くんとペアなんて、結構良いと思うなぁー、うーん」


面白くない無責任なこと言っている教師を置いて、私は祈りのためではなく召還の為に倉に入る。
崩れかけている道具を治していく、と共にあまりにも物が多い蔵内を掃除した。
魔の炎で綺麗にした蔵の内壁は真黒に、それは炭化した魔具の円陣。
一番得意とし、破壊と再生を司る私の魔術は手足のようにこの蔵から延び屋敷を覆っていった。








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