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昨日の勝負からたった一日。律義に、しかしかたく約束守るつもりの美綴綾子を大河が説得していた。
この時期に部長が引退ではなく退部するというのは誰であれ納得できないこと。


「もう無理です、自信が無くなってしまったんです。そうっとしておいて下さいお願いします」

「どーして?最後の大会だけでも残って」

「最初に挑発したのは私で、熱くなってしまっていた私を止めた相手との約束は守らないと」

「・・・どんなことあったか話せないのね?」

「はい」


大河とて教育者との立場でこうしているのだが、藤村家での生活で知っている覚悟というものを
まだ社会に出ていない教え子に見るとは思わなかった。立派な引き際と言ってあげなければ報われない。


「あたし一人じゃ出来なかったな、根気よく引っ張ってきてくれて。
・・・弓道部顧問から言わせて貰うわ、ありがとう」

「・・・」

「今日いっぱいなら引退日でしょう?指導してあげて、後輩に教えてあげてよ。
今まで弓道に励んできたあなたのすべてを伝えて」


迷ったが、結局引き受けた。

一人また一人と帰り今では三人しか居ない弓道場で、間桐桜は藤村大河の期待に応えていた。
家庭では仮しも恵まれたものと、恵まれないものの差。
学校では教える者と、教えられるものの差を感じでしまうのだけれど
この場所では対等でいられる関係なのだ、五年も前から。思いを同じくする同志として。


「ここまでにしようか」

「もうすっかり暗くなってる、桜ちゃんは送って行くから美綴さんも待っててくれる?」

「一人で帰れますから、先生は大切な次期部長を送ってって
桜にはちょっと自信が足りないが、兄よりは弓持ちが上手いのは確認できた」

「美綴先輩・・・その、でも兄さんにしてくれませんか?」


少し本気になりすぎてしまったかもしれない、兄さんには見せられない姿だった。
何も言わない欲しがらない私が執心していると知られたら、きっと酷い思いを抱かれてしまう。


「桜・・・兄に対して一歩引く態度、家での事を思って見過ごしてきたけど今回は認められない」

「え?」

「度が過ぎると迷惑だと言ってるの」

「そ、そんな・・・私。兄さんにも主将にも望み叶えたいです、でも・・でも、それが出来ないなら」

「悩みをどうしても身体に抱えちゃうんだね、桜は優しいね。
その十分の一でもいいから兄貴にも分けてやりな」

「それは・・・出来ません、あげたくても出来ないことですから。
大河先生・・・わたしが部長なんて許可して頂けるんですか?駄目ですよね」


どうして今になって次々と、間桐家でも学校でも桜にはとても出来ない重要な役割を持たされるのだろう。
しかし、弓も先生が居なければ取ってはいない。
もうひとつの家庭も、先生がいなければ私には手に入らなかったし維持もできなかったろう。
改めて自覚する、余りある恩義を重荷に感じる。


「一人きりで弓をひくならこれを渡す相手は違うんだけど、約束・・・しちゃったもんな。
今のままが本当は何よりいいんだけど、無理矢理に目標なんていらないんだろうけど。
・・・私の我侭で、傲慢かもしれないけど。私を継いで欲しいんだ。
私が、ずっと見ててあげた後輩の女の子はね、これを受け取らないなんてしないはずだよ」

帰ろうとした綾子は桜に、自分の使っていた弓を渡すと振り返らず行ってしまった。
手に握らせられた弓、大河は桜からそれを自然に取り上げると問い掛ける。

「いらない?」

「・・・欲しいです、渡せないです」

「でしょう、今ね手にしてるのは美綴綾子っていう頑張り屋さんの全てなんだから」



■ ■ ■



「帰ったらまずはお風呂だねえ、久しぶりに一緒に入ろーか?お胸の成長具合を
確認しておかないと、可愛い妹のお姉さんとしては悪い虫がつかないか心配なのよぅ」

「もぅ何言ってるんですか?先生は早く一人前の姐さんになって藤村組を盛りたてて下さい。
・・・でも寒くなってきましたし、結構汗かいちゃいましたし、温かいお風呂は恋しいですね」

「よし、お姉さんがお風呂は準備してあげる」

「当然です、夕食はお鍋にしますから」

「かに」

「却下」

「かも」

「却下」


笑顔で希望を絶つ女、だがそれなりに理由がある。
買い物する時間を考えると、夕飯は冷蔵庫の中のものだけで考えざる得ないのだ。


「なによー桜ちゃんの意地悪っ、いーよ、いーよ、おいしいご飯が食べれれば」

「頑張りますよ、拗ねないで、先生。味は保証します」


後片付けを仲良くしていたが、二人きりになったからか冗談とかセクハラとか言い始める年上の女。
一応先生。
桜も気楽に話す、昨日は疲れていて共に出来なかったタイガーの住みかでのごはん。


「・・・そうそう、それで今預かってるのよ。ええと、その」

「?」

「たぶん噛みつかないと思うけど・・・うん、餌付けなんてされてないよ?桜ちゃんのが最高だもん」


言峰士陰の同居が一時的とはいえ、祖父に言われていたにも拘わらず数日間すっかり忘れていた大河。
聞き流してしまって、賛成も反対も言わなかった結果。
突然、バッグひとつで来たシオンに混乱していた。
美綴綾子の退部のことも重なり、桜に伝える事をしていなかった。
頼りになる先輩と因縁持ち上がった相手と食事を共にするなんて、桜には酷だろう。
それに、生意気だし、背高いし、愛想なしだし・・・とにかく今言わないともうチャンスは無い。
既に帰宅してくつろいでるだろうシオンと鉢合わせでは、それはもう久しぶりに桜は笑顔で切れてくれる。


「あー、えーと・・・切嗣さんいつ帰ってくるだろーね?まだかなー?」

「そろそろじゃないですか、本当は・・いえ何でもないです。
乙女なんですね、憧れの人の前では先生も。フフッ」


出来たなら総てが終わった後に会えたなら、どれだけ良いだろう?
そんな本音を胸の奥にしまって、珍しく小さな事で悩んでいる藤村先生に笑いかけた。



■ ■ ■



言い争いと言うには程遠いが、しかし地獄とかくたばれなど酷く物騒な言葉がポンポン飛び出た。
一人残された男は渡された掃除道具を離すと、カーテンだった
両の手で布切れを掴んで、ほんの少し一瞬後にそれはマジックのように元の形に戻る。

「まったく我侭なマスターだ」

見事に破壊されたテーブルを修復しつつ溜息をつく。
言葉は本心ではない、今回のマスターは無茶な命令をする相手としてはBランクで、本当の
無茶と言うものは世界の破壊や呪いを望まれたりする事だ。あらゆる所にその愚かさは落ちているものだ。

此処に呼ばれた原因となるもの、英霊の座にエミヤと名を持つ時、当然のように所有していた紅い珠玉。
生前に一度それに込められた魔力で私は命を救われた。
瀕死の人間を蘇らせる魔力がそれだけ込めれると言うのは、宝石として価値も大きい。
だからこそ、所有者の死後必ずといってよいほど埋葬されず何人もの人の手を渡っていたようだ。

その結果、時代場所を問わずに引き寄せられた。ほんの少し未来や、時には魔術師では
ない者にも偶然に、他の要素にも左右されて・・・当然何度も遠坂凛に呼ばれた。
あらゆる世界で成長した彼女や、その■の■にも涙を流されて引き止められたが・・・。

そう、聖杯戦争に呼び出されたのは今までも何度もあったこと。
ここで私がせいぎのみかたに出会えるかは、未知数。

まあいいすべては明日だ。



■ ■ ■



二人が冬木に入ったのは正午過ぎの事、すぐ後から来る使用人たちには
事前に郊外の城を使うと言ってしまっていたが、やはり地の利を考え街中にある屋敷に来ていた。


「ここが切嗣の家?魔術師らしくないのね、でも最強の魔術使いらしいわ。
本当にここで暮らすの?頼りない構えだしちっさいし、砦にもならないじゃない」

「仕方ないよ借家なんだから、今回十分な準備は出来なかったからね。時間も惜しかったし。
セカンドオーナーに分かり易いようにしちゃ本末転倒だったんだ。聖杯戦争で勝ちに行くにはこれで十分」

「まあそうね」

最強のマスターと、最優のサーヴァントをもってすれば・・・如何なる障害があろうか。

「ともかく入ろう」

「・・・キリツグ、これはどういうこと?」

少女の冷え切った声が問い掛ける、コートの男、切嗣は微動だにせず屋敷をじっと見る。
拒んでいる。
家を得たときに張った必要最低限の結界、それが何かに押し潰され覆われていた。

「随分と堂々と強盗してくれてるね、留守かもしれないがいま手を出すのは懸命じゃない。
仕方ない城に行こう」

「まだ聖杯戦争は始まってないし、セラに小言言われたくないでしょ?キリツグ。
時間はあるわ、贖う者には哀れみを、すぐに始まる生死を賭けた戦争のために。
ここは家屋一つぐらい譲りましょう」

気品ある言動のあと親の前行く子どもらしく走りだして幼さが表れる、タクシーを捜して何本目かの交差
点に差し掛かった所で立ち止まり言った。

「そうだ、切嗣の家族は紹介してくれるんでしょう。それまでに・・・あの家を陥落(おと)すね」

不愉快な事態にアインツベルンの至宝は、絶対の言葉で宣言した。
今日の夜に血祭りにあがるのはどんな小物か知らないが、今この街に居る魔術師である以上マスターだろう。

「イリヤは可愛いし頼もしいね、サーヴァントとの組んで戦う絵が楽しみだ。そうすると挨拶は明日
かぁ・・・二人とも大家さんちに居ると思う。・・・あれは誰の仕業か知らない、それを見過ごして
盟を破ったのは間桐か遠坂か、どっちだろう?・・・遠坂かもしれないな。
間桐は堕ちているけど表には出ないからね」

「トオサカ?今代の当主は何を焦っているの、手回しが早いと言うにはちょっと過ぎる行動ね」








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