●.5


「早く、早くしないと」


背後に感じる死の気配は圧倒的で、心は恐怖に魅入られた。
間桐桜はサーヴァントが学校で活動する、危険な想定外の事態に見通しの甘さを認識した。


「兄さんに会って令呪を・・」


間接的ではあるとはいえ、今こうして追われる原因となった結界を仕掛けたのが兄であるとは思いもしない。
藤村先生と二人で居たのだから、私があんな素振りしなければ良かったのだ。
校庭で見つけられてしまった後は、まさしく呪いの魔術であっても使って先生を逃がせば良かったのに。

死にたくなかった、自分だけ生き残る為に先生を身代わりした。
なら、なら本当にそれで良いというのか?
殺されてしまうとしても陰の幸せなど得ていいはず無い。
助けて貰うあては兄しかない、もしマスターがあの人なら私はとてもじゃないが話せないのだから。

一心に走っていたので、逃げた方向が家とはまるで反対の柳洞寺である事など考えていなかった。
・・・かなりの遠回りをして間桐家に行くしかない。
時間の流れを早く感じた。

とても悪い夢もいつかは覚める時が来る、そうを信じて生きてきた。
時に空にある月、雲の無いときには星をみて朝が来るのを待ちわびていた。
そんな私の人生。
しかし、遂に訪れた聖杯戦争は容易く私からかけがえのないものたちを奪い去る。



 ◆ ◆ 



「桜?」


綾子は公園で黄昏ていた、自分らしくないと思いつつも一直線に家に帰るなど出来なかったのだ。
そうして一時間も居たろうか、足音に目をやると街灯の下を駆け抜けていく人影に後輩を見た。


「先生と一緒じゃなかったのか?いやそれより」


桜の家とまったくの反対方向、ここまで来る理由が思い浮かばず呼び止めなかった。
私に用事あるはずないと思う、弓は受け取ってくれたのに。
でも、この時間帯で一人はまずいだろうと後を追うことにしたが結論得たのは遅かった。
姿を見失う。
仕方なく学園に歩を進めると、綾子はそこで出会ってはいけないものと遭遇した。



■ ■ ■



落ち着き考える暇など無かった、何処をどう走ったのか今さっきの事なのに記憶が沙汰かではなかった。
一緒にいたはずの間桐桜の姿もなかった。
あんなにも危険なものが校庭にいたというのに、一番身近に居させるべき生徒をはぐれさせて・・・しまう
なんて悔やみきれない。この月夜と言っても気がつけたのは彼女のおかげだ、平穏な場所のここで殺しあう
ものが居るとは考えもしなかった。


「落ち着き、落ち着きなさい大河」


ビュッ


そのオトは大きかったが聞き慣れていた、接近と命中の意味を持つ。
ここが慣れたテリトリーであるなら、第六感も冴えていたのが幸いした。
投擲された凶器を奇跡的に避ける。


「お、よくここまで」

「何よあなたは、学校であんなこと・・・わたしを藤村先生だと知って」

「おー怖い、そんな睨むなよ。震えてるが武者震いというやつか?
でも良かったおたくが教師なら、もう一人は何処の誰か教えてはくれないか・・・まぁいい直ぐに送る」

「言わないわ、誰が」


職員室まで行けばこんな時の為の武器が用意されているが、今は身体能力のみが頼り。
夜の校舎に場違いな兵士、戦場をかけるものが気安げに死を宣告した。


ズグッ

「ぐ、うぅ、うあ・・あぁ・・・ぁ・・」


棘というには大きく、骨というには異質のものが心臓に刺さった。もう助からない。
数分で脳への酸素供給が止まり、藤村大河という人は居なくなる。

遺体となれば、それはただの血が詰る肉の塊と変わらない。
槍兵は溜め息をつくと、哀れな目撃者の呼吸が止まるのを見て二人目を探しに夜へと駆けて行った。

それから一分ののちに唖然と瞬きもせずにいる少女が、傍らに赤い服の男を従えて居た。
二言三言、会話ともいえないやりとりをして男が立ち去る。

「よりにもよって、あの子にも私にも一番愛をくれた人なのよ・・・死んでいいはずない」

涙を流した、目をつぶった、そうすれば誰も見てはいないのだから。
自分さえ見てはいないのだから。

ずっと一人で寂しさに耐えて、立派に魔術師として生きてきたと思う。
最後まで魔術師だった父に許しを乞うのはこれ切り。
公私共に妹の家族であろうとした人を助けてしまう私の甘さを、此処で捨てますから。
だから、どうか生きかえって・・・。


ぺた

「あれ?」


冷たい廊下から起き上がろうとすると手に何か触れた、宝石だ、赤い。
わたしの血から出来たものじゃないみたいだけど、所で私なんでこんな所で寝てたんだろ?
ああ、廊下が真っ赤だ。
掃除しとかないと、頑固頭が風紀が乱れてるって五月蝿いからなぁ。

「うーん、これでいいか・・・適当適当」

今日は桜ちゃんが美味しいお鍋を作ってくれるって、話してたから走ってかえろ。
何故か殺された事を実感できず、いつもの調子で帰宅する。
途中、衛宮家の前を通り過ぎようとして桜が居ない理由を思い出した。

「え、え・・・桜?何処に・・・そっか、何てこと・・・間桐の家に無事帰ってるといいけど」

急いで家にあがって電話をとり、急に痛んだ胸を抑える。
造られたばかりの心の臓は体に馴染むのに時間が必要なのだろう、特に魔術の心得も無い人間には。

本能的にそのことを理解し体を横たえ楽な姿勢を保った。それでも脂汗が噴出してくる。

トゥルルルと何度も呼び出し音が続く、それでも意識も薄くなる中、足音を聞いた。
顔を何とか振り向かせると死に神が無表情に立っていた、さっきより一層不満そうな顔。
なんだ・・・そうか、やっぱり死に損なったんだ。
胸が痛いのも寿命だから、死に神さんはこんな痛み与えない為に簡単に死なせてくれたんだ。

そう大河は運命を受け入れた。
意識が真っ白になっていく、目を閉じると心だけは安らかになれた。


「そうか、瀕死の人間いたぶる癖はないからな。助かる」

「じゃあ助けなさい」

「な、」

グォボゥゥゥゥ


巨大な火球に死に神は燃やされて庭へと棄てられた、第三者の声は台所から聞こえた。
修道着の上にエプロンをして、現われたのは何故かおかんむりの魔術師シオン。
彼女は相手が誰かも確かめず死ぬかもしれないのに、鬱憤を晴らせたから善しとする言峰姓似あう女だった。


「今ので完全に落ちましたね、先生?まったく目の前で殺されないで下さい。
誰を連れて来たんですか?ああ、答えれないですね。いいです、相手は私がしますから
しっかり休んで私の作った夕食冷ました罪を悔いなさい」

「ったくどんな魔術だよ」

「あら生きてた?とんでもない存在でも多少ダメージあると思ったのに。
やっぱり初歩の初歩、桁外れでも正真正銘の発火じゃ焦げもしないか・・・料理しがいあるわ」

「舐めんな!住居(いえ)半壊してるじゃねえか、貴様・・・」

「大家の娘さんを見殺しにしたら追い出されてしまうからね」

「何だよ魔術師が借家なのか?」

居着いた住人がこんな厄介ごと持ち込まなければ、此処での暮らしは綺礼と居るより快適なのだけど。

「相手して欲しいのか、と言うなら肯定よ。来なさい」

「マスターじゃなさそうだな」

「そうよ」

「死にたいわけでもなさそうだ、一戦してみるか」


槍を構えそして貫く、それを素手で受け止め爪で切り裂き反撃。
力負けはしてしまうが手に何も持たずして、英霊と殺しあおうとするだけはあるスピードはあった。
短いはずのリーチ、その弱点をなにでおぎなっているのか?


「へぇ」

「驚いてくれた?これがわたしの魔術、大火傷するわよ」

「今夜は実に俺らしい、いい女と何人巡りあっても殺さなきゃならねぇなんてな」

「殺した?」

「うぉっ」


瞬時に凍った表情、そして熱い指先は空気を焼いて酸素を持っていく。
重い炎から衝撃が発生しランサーを襲う、これは予想できない攻撃だから速度は関係なかった。


「そうか藤村先生の胸の傷痕、殺し損ねたのはあなた?
その話素直に信じてあげるとして、まだ一般人始末するつもりなのよね?」

「いい観察眼だ、ひと目で蘇生者を見分けたのか・・・しかし誰がまた生き返らせたのかね」


心当たりは有った、赤い絆を持つ二人だろう。
どうもああいう輩とは相性が悪い、まっすぐの道をフラフラと歩いてやがるからだ。
きっと、女絡みで最後に損するのは俺のような気がする。


「聖杯戦争に参加するつもりか?まぁそうだろうな、魔術師である以上資格は十分だ。
そんな嬢ちゃんには少し痛めつけて警告しろとさ、うちのマスターの命令だ。
俺としても、女にやられっぱなしで引き下がれねー」

「殺さないの?」

「おっとお喋りは此処までだとよ」

今度こそ人の業を超える衝きが、シオンを襲った。








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