●.6

・・・忘却とは違う。
不完全な召還のつけで記憶が霞みに包まれたが、戦闘したのが切っ掛けだろうか所々薄れてきた。
未だもやもやとしたものはあるが、思い出した中で私は彼女たちを知っていた。
ならば生前かなり親しかったはずだ、既に■■■ではないのだから気に止める程の事でもない。

しかし、一人目の犠牲者が果たして教師の彼女だったか釈然としなかった。
■■■■は生きている、だからいつか死ぬ。
その事実と、■■■■は死んだが生きていつか死ぬ、その違いが何だというのだ?
記憶の混乱なのか、これは?何かわからないがおかしい。
感情が平坦過ぎた・・・根本に鍵がかかってるように激発に至らない。結びつかないのだ。


「いいのか?もし生きてると知れたら、また殺される」

「ああっ!そうか、もう私としたことが」

「おい。何処へ行く、今日はもうおしまいだと」

「いいから来る!」


初めての戦闘で犠牲者を出し、まったく優雅でない遠坂凛として最低の今日は終わりだと思っていた。
それなのに、見逃してしまった。
アーチャーの質問が無かったら、明日学校で私は死ぬほどの後悔をする所だったろう。


「急ぐわよ」

「いきなり行って、家族に何と言う?お宅の娘さんの命が狙われていると」

「しないわよ、あの先生の家はね。家族が多いから犠牲者が二桁違っちゃうの」

「戦争だぞ、死者はつきものだ」

「違う、だからチャカやらC4やらで反撃したら、これはもう私の戦争じゃ無くなるのよ」


そしたら教会の介入が本格化してしまうだろう。
異端は排除され魔術は闇に消え、人の世の今になっても愚かしく続く聖杯戦争は望まない形になる。
遠坂家が抑えると確約しているから、大人しくしている者たちが居る。

それを忘れてはならない、前回に続いての惨事を公にしてはならない。
不吉な兆候を見過ごしてはならない。
課せられた仕事をこなせなければ、それはもはや魔術師 遠坂凛ではなくなる。


「あまりに気負うな君は、それでは、誰か来たぞ」


消えるアーチャー、霊体になったのだろう。
すぐに足音が聞こえた、この暗闇の中に姿見咎めたのは流石英霊といえる。軽い足音は凛の前まで来た。


「あなた、どうして?」

「遠坂先輩?えっ、えと・・」

「こんなに遅く急いで何処へ行くのか知らないけど、今日は早く家へ帰りなさい」

「・・・ごめんなさいっ」

「あ」

おどおどとそわそわを足したり掛けたりしていた間桐桜は、凛を振り切り走った。

「待ちなさいってば!?」

「着いてこないで下さい、私は急いで」

「一体何処に行くのかそれだけはハッキリ答えてから行きなさいよ、ちょっと」

「時間が無いんです、お願いですから」

手を掴み引き止める、本当はこんな厄介ごとに拘わっている場合ではないのだが。

「もう先生を助けれるのは私だけなんです!なのにあなたは──あなたは!?
・・・すみません変な事言って」

「先生?それって」

「兄さん帰っても居なくて、だから学園にもいなかったから・・・先生が」

高ぶる感情に身を振り回される年下の女の子、見たこと無い様子に何かがあったと察してしまう。
慟哭する桜、今にも泣き出してしまいそうな声で助けを求めた。



■ ■ ■



「そう先生が殺されたのね」

「・・・冷静なんですね、ぅ・・うう・・・魔術師だから?殺しあわなきゃならないんですね。」

「間桐桜はマスターかしら?でなければ死という代価以外で聞いてあげるわ」

「・・・マスターじゃないです」

「なら、大人しくしてる事ね」


桜との接触でまた凛の様子はおかしくなった、アーチャーはそれを見抜いて傍観している。
加えて間桐の娘は小さな嘘をついた。
魔術師ならマスターになれるのだ、聖杯戦争作成時に抜け道を作り忘れた家系は唯一遠坂家だけ
だろうと、後から小細工もしないとは真面目すぎて・・・これが魔術師かと笑えない。

二人に血のつながりがあること、それは直ぐに見てとったが二人とも名乗り合いはしなかった。
魔術師でも、だからこそ身内などと考え持って行動してはいけないのに。
名乗り合わないことで赤の他人を演じ、暗黙の了解を感情さえ利用して実現させる。
一人は愛から、一人も愛から・・・しかしどうだろう、一方は血の愛であるのに一方は・・・。


「案内だけして出番はないのよ、本当ならついてこないほうがいいし、すぐにでも家に帰りなさい。
なにアーチャー?」

「さっき言ったはずだ、ここまでが感情で動く最後だと。
君は勝つつもりがないと私は判断するしかないのだが、いいのかね?」

「え、・・・」

「私のサーヴァントよ、反抗的だけどね」

「力の行使をわたしがするのは君がマスターであるからだ。勝利へと進んでいるからだ。
今のうちから怠惰な意識を捨てずにいるのなら、今後は令呪を使って貰うことになりそうだな」

「いいわ、あなたは自分の命かけて戦わない。だから相手のマスターを再起不能にして
あなたの仕事をなくしてあげる。それでいいでしょ?」


いきなり現われた赤の死に神、青の死に神と戦っていた相手が目と鼻の先にいる恐怖。
桜は二人の会話の内容を聞く余裕持てなかった。
とても、重要な事であったのに。


「アーチャーだからと侮るな、勝利を単独で得て見せよう。向かう所敵なしと思い知らせよう。
それは数日あれば十分だが・・・君の方針に従おうか」


腑抜けたマスターなど生存していればいい、適当に閉じ込めておくぞ。我がマスター?
もし死んでも、アーチャーの能力を知らぬ君ではなかろう。言外に確かにそう行えると知らせたぞ。

それに、この■■のまがい物も可能性を秘めている、私にとって堪えられない存在へとなってしまう可能性を。
しかもだ、私は容易く、この危険な存在を許してしまいそうになるのだ。
何故なら今は願える・・・守護者として存在していない今こそ私は。

・・・ただ殺すだけなら容易い。
人でなくなったにも関わらず、完全だったものに戻ろうと惹かれてしまうのだろう、凛の魔力も暖かすぎる。
冷たくならなくては。
心も体も。


「それで、いい、私は・・・絶対に負けないのだから。
ランサーは逃げてしまったのよね?そうだわ、あなたの力は及ばなかった。なら良いでしょう?ねぇ?」

ランサーを仕留められなかったことを言うのだろう、我がマスターは鋭く狡賢い。
良いだろう、もう少しだけ人の子である魔術師遠坂凛に付き合おう。



■ ■ ■



雲がゆっくりと空を覆う、月光が射さない暗闇の中に浮かぶ白い姿。
暗い、暗い、暗い屋敷。
電灯ひとつもついていない、そこに入った間桐桜は藤村大河ではない人間に驚き問うた。


「誰?誰、ですかっ」

「どうしてここにあなたが・・・」

「まったく今日は客が多い、事前に知らせてくれればもてなしの用意も出来たのに。
招かれざる二人はどちら様なのかな?」


敵意には鋭敏な桜は受身で、不屈という心の盾を持つ自信家の凛は受けて立ち向かう。
口の悪い最強のサーヴァントは傍観の様子だが、何か辻褄が合わないことに首をかしげた。


「こいつは私が引き受けるから行きなさい」

「強盗に入らしたの?」

目細めてクスクスと笑う、再び開いた瞳は冷たい言峰士陰がいて、桜は動きに動けなかった。

「何を物騒な、ここはあなたの家じゃないでしょ。
ここには先生だっているんでしょ?」

そう先生がいる桜は行かなければならない見捨ててしまった人を助けに、前進しなければならない。
それを勇気付ける言葉の後押しと阻む視線を送るシオン。
板ばさみにあって、あの遠坂凛に期待されたのに責任に押し潰されそうだった。

「・・・あら、知ってる。ご心配なく、一般人に迷惑かけないつもりだから」

無造作に陣を発動、シオンは闇に浮かび上がる。

「死にたくないなら逃げてね、凛さん?桜さん?」

「上等、下がりなさい桜」

輝きが凛にも灯る、シオンのオレンジに対して姉は数などない色、虹色。
その姿に動悸が早まる・・・興奮ではない、恐怖だ。

この身体に強制的に与えられた術では及ばない、正統の血筋は素晴らしい力を持つという。
・・・最も重視される才能、才能、才・・が姉にはあり私にはないというのか。
私は置いて行かれるのか、という恐怖だ。


「あなただけで私を?笑わせる」

「桜はマスターではないと言った、それを信じているわ」

「なんだ、そんなこと。私も信じてあげるわよ?だからこの家が私の借り家であると認めてね」


二人とも傲慢な口調で一歩も退かずに睨み合う、ただ一方は透き通ったガラスのように
凛の怒りを通過反射させているだけ。紅いビー玉の瞳には意思が見つからない、だが白い正装は
夜には映りが良くてまだ乾かない血の痕跡が見咎められる。


「その血」

「この血が誰のなんて知らないわ、我が敷地から早く出なさい」

「・・・独り立ちしたのね知ってるでしょう?冬木での遠坂家の力を分かってるでしょう?
見せなさい、私が見て汚れていないと判断するんだから」

「帰れぜにげば、と綺礼が言えって・・・ふふふ」

「あんたは・・・・断言する。血は藤村先生のもの、そしてあなたはここの主。
迷い込んだ人間を生贄にして吸血鬼でも飼っているの?でなければあなたが吸血鬼かしら?
いい?冬木のオーナーを勤める遠坂として言う。除きなさい、見せなさい」


士陰は未だ召還を終えていないというのに、その強気な態度・・・一度
サーヴァントを撃退した事が働いたのだろうか。
凛に対して、身長と立ち位置の利を最大限に利用して見下すように告げた。


「立ちのくのはあなたの方。本当は理解しているのだろ?ここがもう何処なのか」

「先生がいるはず、ここはあなたの家じゃない。衛宮と表札にあったのだけど?」

「今は違うの分かるでしょ聞き分けなさい、眠りを妨げるなら」


垂らした手、右の五指のひとつひとつに小さな火の卵を作って見せて打ち出した。
それは凛の足元近くに着弾し、綺麗な銃の連射で動きを封じる形を作る。桜は驚きさがる。

日本家屋で繰り広げられる魔術の打ち合い、まださっきのランサーとの戦いのほうが人間的だったろう。
常識外の二人の少女は、相手をもはや人間とは見てはいなかった。


「出ていきなさいっ」


振られる手から飛び出すバスケットボールほどもある魔の火、ガントで返す凛だが相手は戦い慣れていた。
急所狙いが上手い指揮者のような攻撃、近距離はまずかった。
打ち落とすのに手一杯になってしまうが、その隙に桜は覚悟決めて駆けて屋敷に侵入を果たす。








next